岡田監督、左サイド問題の解決に着手

2008/06/19(木)

2008年6月18日:グランパスと関係があり、素晴らしい左足を持ち、岡田武史監督が強い関心を寄せている選手――。1998年当時なら、ワールドカップ・フランス大会の日本代表22人に入った平野孝を想像したかもしれないが、10年後の今はもちろん本田圭佑のことである。

2010年ワールドカップ・アジア最終予選への進出が決まった現在、岡田監督は代表の弱点解決に着手しつつある。言うまでもなく、未だ解消されていない弱点の1つは、左サイドを担当する左利きの選手がいないという点だ。そのため岡田監督は、埼玉スタジアムでの日曜日のバーレーン戦を前に、オリンピック代表から本田を昇格させ、さらに復調した安田を再招集した。

私が駒野のファンであることは以前にも書いたが、私が好きなのは右サイドにいるときの駒野であり、左サイドにいるときではない。駒野の場合、なかなかのクロスを上げるときもあるが、左足でボールをうまくミートできるかどうかはまさに出たとこ勝負。相手が強くなる最終予選では、大切なところでのちょっとしたミスが勝敗を左右するだろう。
それゆえ、このポジションの強化が不可欠であり、今週の代表合宿そして場合によってはバーレーン戦で本田を見てみたい、そう岡田監督が考えるのももっともである。

同じような立場にあった平野と同様に、本田は生まれつきの左利きで、高い身体能力を持っている。基本的には攻撃志向の選手ではあるが、左サイドの深い位置でも仕事ができ、4バックの左サイドを任せることもできる。
そして、本田のもう1つのセールスポイントは、セットプレーの巧みさ。オリンピック代表がカメルーンと戦った先日の試合でも、本田は、大きく曲がりながら落ちるフリーキックとともに、相手のディフェンダーとキーパーの生命を脅かすようなフリーキックの両方を披露していた。本田は、リベリーノのような爆発的なフリーキックを打つ技術を習得しつつあるのだろうか? そうに違いない、と私は思った。

結果的に、日本はバンコクであっさりと勝利を得た。強力な爆撃隊(闘莉王と中沢)がタイの守備陣を打ち破るのに時間はそれほどかからなかったが、ボールをサイドに回して流れの中で点をとるには、まだまだ前線を強化する必要があると感じた。
果たすべき使命は果たしたのだから、俊輔を休ませるのは至極当然。マナマで不本意な敗北を喫した日本はモチベーションが高まっており、俊輔を欠いてもバーレーンを撃破できるはずだ。俊輔を休ませ、右足首の治療に専念させる。それからセルティックの夏のトレーニングで調子を上げさせ、9月の大事な試合に呼び戻せばよいのである。
リベンジしたい気持ちはよくわかるが、バーレーン戦で俊輔を使うというリスクをわざわざ負う必要はまったくないと思う。

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梅崎の一長一短

2008/06/16(月)

2008年6月13日:梅崎司、素早くそして賢い…そして同時になんとも鬱陶しい選手である。本当に良い選手なんだ。日本サッカー史上最高の選手になれるほどの大いなる可能性を秘めた21歳の優れた選手。だが彼は簡単に、そして度々、グラウンドに倒れこむ。皆さんは、彼のそんな姿に違和感を覚えないだろうか?

木曜夜に国立競技場で行なわれたカメルーン戦、おそらく梅崎は日本記録を作ったのではないだろうか。ボールに6回しか触っていないのに7回もフリーキックを貰ったのだから。オーケー、少し表現が大ゲサだったかもしれない。しかし、彼は倒れこむ度にレフリーがフリーキックをくれることを期待するかのように、やりすぎる。これはあまりにも危険な賭けだ。もしもレフリーがそれを流したら――よくあることだ――その間、彼はゲームから離れることになる。ピッチに転がりアピールしたり、文句を言うことがチームにとって良いわけがあるまい。
優れた選手であることは間違いない。カメルーン戦で、18名のオリンピック代表入りを確実にしたことだろう。

前半9分、梅先は右サイドから森本に低いクロスを合わせ、決定的なチャンスをお膳立てした。ただ、これは森本がファーポストへ大きく外してしまった。オリンピック代表の座が危うい彼にとっては痛恨のミスである。
森本が右サイドバックのジョルジュ・ヌドゥムに対するショッキングなプレーで退場にならなかったのはラッキー以外の何でもない。親善試合ということ、まだ27分だったことなどから、レフリーも大目に見たのだろう。あのプレーにはレッドカードが出て当然だと思ったし、夜にテレビで見返してその思いをさらに強めた。森本の代表入りは厳しいが、梅崎は間違いないだろう。

話をトゥーロン国際大会に戻そう。レッズの若き戦士、梅崎はフランス戦で見事なヘディングシュートを決めた。遅れてボックスに走り込んでくると、岡崎の右からの絶妙なクロスをドンピシャのタイミングで、ニアポストからファーポストへヘッドで叩き込んだのだ。DFには梅先の姿が見えていなかっただろうし、GKもなす術がなかった。
それは開始16分のことで、梅先は試合中、フランス選手とベンチを悩ませ続けた(彼のディフェンスも、フランスにとって鬱陶しいものなら私も文句はないのだが…)。

カメルーン戦で彼は、ジョスラン・マエビの好セーブに阻まれたが、技アリのサイドボレーでシュートを放つなど、マーカーをかわして上手いタイミングでボックスへ走りこんでいた。67分でベンチへ戻ったときには、反町監督は熱烈な握手を求めた。まるで「よくやった!代表チーム入り決定だ!」とでも言うように。
梅先には明るい未来が待っている。その資格がある。まだ、フリーキックの名人とまではいかないものの、良いフリーキックも持っている。フリーキックをもらう名人であることは間違いないのだけれど。

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巻の起用が論理的

2008/06/12(木)

2008年6月11日:岡田武史監督は、思慮の深さで定評がある。しかし、出場停止処分となった大久保の代わりとして土曜日のバンコクの試合で使う選手については、あまり考え込まないで欲しい。はっきり言って、答えは簡単。巻を起用して空中戦での強さを活かし、この試合をモノにすればいいだけなのだから。

遠藤と俊輔という右利きと左利きのフリーキックのエキスパートが二人揃い、中澤と闘莉王がいる。このチームに巻が加われば、日本が勝利する可能性は大きく高まるだろう。ホームのオマーン戦で立証されたように、ゴール前にシンプルにボールを集めるのはまったく間違いではない。土曜日のタイ戦では、試合開始からこのアプローチをとって欲しい。

日本はタイに比べて体が大きく、強く、さらに敏捷性と経験があり、技術も優れている。つまり、実際にはあらゆる面で優位に立っているのだ。落とし穴があるとすれば、メンタル面だろう。タイに自由にプレーさせ、そのような状況で求められる対応力と冷静さが欠ければ、厄介なことになるかもしれない。
そのためにも、巻を起用すべきである。巻ならば、その空中戦の強さによって1人または2人の相手ディフェンダーを引き付けて他の日本選手がつけ込むスペースを生み出すことができる。ちょうど、羽生がジェフユナイテッドでやっていたみたいに。

ファーポストでマーカーより高くジャンプし、ボールをヘディングで危険なゾーンに落とすことができるのが、巻の最大の強みである。そうなれば、玉田がチャンスをモノにすることができる。
バックから強力な爆撃隊が加わるフリーキックとコーナーキックにさらに1枚戦力が加われば、日本は十分な数のチャンスを作り出し、楽々と勝利できるはずだ。

かっこいいサッカーにはならないかもしれない。岡田監督が究極の目標とするスタイルにもならないかもしれない。だが、今回のような相手では、そうすることが現実的で論理的なのだ。
勝点さえ取れば、それがどんなやり方だったかを気にする人はいない。それに、その夜の結果によっては、3次予選を1試合残した状態で最終予選進出が決定する可能性がある。

大久保が出場停止になっていなくても、タイ戦では、たとえ玉田をベンチに下げてでも体力的に優れた選手を前線に入れ必勝を期すべきだという意見が出ていたと思う。しかし今は、巻か矢野のいずれかを玉田と組ませるしか選択肢はなくなっている。となれば、経験豊富な巻を選ぶのが妥当だろう。
雪が降った2月の埼玉でのホーム戦では、日本はタイを4−1で破った(中澤と巻がともに得点したのをお忘れなく!)。セットプレーでの空中戦の強さという利点を生かしてプレーすれば、バンコクの湿気の中でも同じような試合ができるはずだ。

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オーバーエイジ論議に終止符

2008/06/09(月)

2008年6月6日:大事な試合が次々と近づいてくる。6月12日(木)のU−23(23歳以下)日本対カメルーン戦もそうだ。試合の結果はさほど重要ではないが、反町監督とオリンピック候補選手にとっては非常に重要なのだ。
NACK5スタジアムで行なった大宮アルディージャとの練習試合の後、反町監督と話をした。そのとき彼は、カメルーン戦後にオーバーエイジの選手を決めると言っていた。もちろん、誰を選ぶかを発表するのではなく、オーバーエイジ枠を使うかどうか決める、ということである。

23歳以上の選手を1人、2人、そして3人とチームに加えることを決断すれば、シーズン真っ最中のJ1クラブも考慮することになる。
「仮に、闘莉王、鈴木啓太、そして高原を選べば、レッズファンに怒られてしまう」と反町監督。「JFAとチームの間で交渉が必要です」。
私は、日本代表はオーバーエイジ枠を使わずにオリンピックへ行くべきだと思っている。反町監督には、ゴールキーパー2人を含めわずか18人しか枠がない。そして監督には、優れたチームを組むのに十分な選手がいる。

ここでは、メダルについては考えていない。日本の場合、オリンピック・サッカーのメダルについて述べると要点がずれてしまう。他の多くの競技と違い、オリンピックは選手たちの目指すべき頂点ではないのだ。
ワールドカップのはるか下どころか、大陸選手権大会(コンチネンタルチャンピオンシップ)やクラブ選手権大会(クラブシャンピオンシップ)よりも下。できることなら、JFAが、将来に向けた若い選手を選んでほしい。オリンピックを、若手選手が経験を積み代表チームへと上がるための踏み台にしてもらいたい。

3人のオーバーエイジ選手がチームを強化するとはいえ、森重の代わりに中澤、梅崎に代えて俊輔というように、才能ある若手の貴重な経験をベテラン選手が奪うのを見たくはない。補足すると、9月にはワールドカップの最終予選が始まる。8月の中国でベテランを消耗させず、彼らを見るのは最終予選まで待ちたいものだ。
反町監督は、21名のカメルーン戦メンバーを発表した。他にも、フル代表に入っている長友、内田、香川、負傷中の安田もいるのだ。18名を選ぶのはとても難しい。ただ、木曜日が過ぎれば少しクリアになってくるだろう。

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横浜での悲報と凱歌

2008/06/05(木)

2008年6月3日:月曜日。その日は不安で始まり、悲しいニュースが追い討ちをかけ、そして日産スタジアムでのオマーン戦快勝で幕を閉じた。
今回の試合は、力を出すことなくバーレーンに敗れた日本代表にとって大事な試合であったが、その日の午後遅く、我々がスタジアムに入場する列に並んでいるところに、長沼健氏の訃報が伝わってきた。
その瞬間、岡田監督の選手起用とフォーメーションに関する議論など、どうでもよくなった。日本がサッカー界のパイオニアを失ってしまった、その瞬間には。

日本サッカー協会(JFA)の前会長と最後におしゃべりをしたとき、埼玉スタジアム2002で行なわれた大会に1,000人以上の子供たちが参加してくれたと話していた。長沼氏はこの成果にとても誇らしげで、とても嬉しそうで、目がキラキラ輝いていた。まるで少年が初めてサッカーシューズを履いたときみたいに――。

国歌斉唱前の黙祷と選手たちの黒い腕章が重苦しい雰囲気を醸し出していたが、その後に日本代表は一転して活き活きとしたプレーを見せ、誇るべき結果を出した。
日本は、この試合ですべきことをすべて、楽々とやってのけたのだ。戦術や選手起用なんてどうでもいい。最も印象深かったのは、選手たちの勝利への渇望、積極的な姿勢、威厳。アジアのトップチームとしての地位が問われる試合だったが、選手たちは見事なプレーで実力を証明し、最後まで観客を魅了したのだ。
キャプテン中沢の大胆なヘディングシュートで、試合は動き始めた。バックから怒涛のごとく駆け上がっていた闘莉王を中村俊輔が見逃さなかったがために生まれた、大久保の冷静沈着なシュート。それから、松井の左サイドでの素晴らしい仕事を引き継いだ、中村俊輔のゴール隅に決めた右足のシュート。

予想どおりではあったが、試合後の会話とテレビのリプレイはペナルティエリア付近での俊輔の魔法に焦点が当てられていた。しかし、松井の貢献も見逃してはならない。フランスでプレーしている、この優雅な選手はますます完成度が高まっている。京都にいた、若くて、軽いプレーの選手がいまや風格を身につけ、ワールドカップを目指す日本の中心的選手となったのである。
それから、試合終了のホイッスルが鳴ったときのファンの歓声! そこには、日本の理想の姿、あるべき姿、鮮やかな青の残像があった。

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スーパーマンから透明人間になったタカ

2008/06/02(月)

2008年5月30日:どんなストライカーでも、ゴールから遠ざかればフォームを崩すもの。そんな時、たいていの監督はこう言うだろう。
「彼がシュートを何本か外したとしても、さほど心配はしない。すべての試合でゴールを決めることなどできないし、誰でもそういう時はある。それよりも、シュートする機会に恵まれない方がよっぽど心配だ」。

高原直泰も例外ではない。タカが単にシュートを外しているだけなら、岡田武史監督も彼をチームに残すだろう。高原の実績からしても、それは時間の問題。またゴールを決めるようになるのだから。だが、問題は彼がシュートを打つ機会に全く恵まれていないということなのだ。毎試合シュートを外しまくっているのではなく、存在感自体がない。2007年アジアカップのスーパースター高原は、透明人間になってしまったのだろうか。

高原が途中交代させられた直近のレッズの試合後、私はゲルト・エンゲルス監督とブンデスリーガから復帰した彼について話す機会があった。
「もちろん彼は不安だろうね。でもそう深刻なことでもないよ。シュートを外したから交代させられたというなら別だけどね」とエンゲルス監督。高原とチームは、まだお互いに慣れていない。高原がチームに馴染み、相手ディフェンスに対してどのようにして攻めるか学んでしまえば、ゴールは必然的に生まれるはずだと楽観しているとエンゲルス監督は言う。そしてこう続けた。「もちろん、彼は現状に不満を持っているよ。今の彼はオーバーワーク、冷静じゃないと思う。我慢が必要だな。それが一番のポイントだ」。

先日のキリンカップ、パラグアイ戦で途中出場した――後半18分、巻に代わって登場――高原だったが、明らかに調子を崩していた。高原の復調…そう、以前の高原に戻すにはレッズへ帰すのが一番だと考え、岡田監督は代表メンバーから外すことにした。
高原はきっと、戻ってくる。6月に入りこれ以上の不運に見舞われなければ、ワールドカップ最終予選に必要とされる選手なのである。南アフリカ目指し、透明人間はスーパーヒーローに戻れるはずだ。

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岡田監督の尽きぬ悩み

2008/05/29(木)

2008年5月28日:キリンカップの目的が月曜日のオマーン戦に向けた日本代表の準備にあったのだとすれば、その準備状況に対する岡田武史監督の懸念は1週間前より深まっているに違いない。彼がどのようなスタメン、フォーメーションで臨むのかは、ゴールキーパー(楢崎)と最終ラインの4人(駒野、中沢、闘莉王、長友)以外は定かではない。
もちろん、中村俊輔もスタメンに入るだろうから、確実なのはこれで6人。残りは確定したとは言いがたい状態だ。それに、日本は4−4−2と4−5−1のどちらを採用するのだろう?

今後数日間で岡田監督がどのような決断を下すのかはわからないが、1つだけ確かなことがある。日本は、開始から猛攻を仕掛け、早い時間にゴールを奪わなければならない。ゴールを奪えないまま試合が進めば進むほど、選手たち――そしてファンたちも――の苛立ちが募るようになるからだ。
オマーンは深く引いてくると見なければならない。引き分けで満足なのだから。つまり、日本はパラグアイ戦ではうまくできなかったが、動き回ってディフェンスの裏をとり、ゴール前にボールを入れてゴール至近距離でチャンスを作る必要があるのだ。選手たちがディフェンダーに勝負を挑み、積極的にシュートを打ち、全体的に速いテンポでプレーすることで、オマーンにプレッシャーをかけて欲しい。

パラグアイ戦では、ビルドアップするのに無駄に労力をかけすぎ、相手がさほど危険だと思っていないエリアでのパス・パス・パスが多すぎた。そうなればオマーンは喜んで深く引き、パス交換を見守ることだろう。反対に、試合開始から日本が積極的にサイドや中央から勝負を仕掛ければ、浮き足立つかもしれない。そのためには、大久保を起用して欲しい。大久保はポジティブな思考をする選手。俊輔にうってつけのゾーンでフリーキックを得るコツも知っている。
私なら、松井は左サイドに置く。フルバックを抜き去るための技術とスピードを持ち、正確なクロスを供給できるからだ。同じような理由で右サイドは山瀬。彼本来の位置ではないけれど。

私が見たいのは、スピード豊かでダイナミックなウィングでのプレー、それから中盤からの厚みのある攻撃だ。日本代表は、ボールを持つたびに中盤の複雑なパス回しにこだわりすぎ、チャンスを作ることもなく動きが瓦解してしまう傾向があったから。
鈴木と今野が中盤の中央でチームのバランスをとり、俊輔は大久保――ルーニーのようなワントップのスタイル――の後ろで自由に動き回らせるようにする。このチームには、スピード、確実さ、奥行き、経験、バランス、高さ、それからさらに言えばゴール――少なくとも2つ(しかも前半だけで)!――が備わっているのではないだろうか。

私が選んだ月曜日の先発メンバーは次の通りだ(4−4−1−1)
楢崎、駒野 – 中沢 – 闘莉王 - 長友、山瀬 – 鈴木 – 今野 – 松井、中村俊輔、大久保

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李の五輪代表入りは確定

2008/05/26(月)

2008年5月23日:李忠成がこれまで反町康治監督率いる18名のオリンピック代表候補に入っていなかったのなら、これで決まりだろう。
若手の有力選手が集まるトゥーロン国際大会。オランダを1−0で破った試合で日本の唯一のゴールを挙げた柏レイソルのストライカーは、勤勉さと勇気を見せた。実際のところ、日本のフォワード陣はかなり手薄な状態。反町監督にはあまり選択の余地がない。オーバーエイジ枠の有力候補に大久保嘉人が挙がっているくらいなのだ。

李は、オランダ戦後も代表の座を確保し得る良いプレーをしている。ターゲットマンとしてはかなり軽量ではあるが、スピードと鋭い左足を持っている。そして、テクニックとパワーでオランダのマーカーを打ち負かし、左足のアウトサイドでゴールを挙げたのだ。さらに言うと、私はピッチでの態度に見られる彼の人間性が好きだ。

日本代表でもう一人輝いていたのが、キャプテンの水本(テレビフィードでは右サイドバックの伊野波をキャプテンとしていた)と並んで4バックの真ん中でプレーした森重真人である。ただし、バックスのポジション争いは熾烈。青山、伊野波、水本、吉田、森重に加えて牧野がいる。彼らの誰をとっても代表として遜色はない。オリンピック代表のディフェンスの中央に闘莉王や中澤が必要だと言う人もいるが、私には理解できない。バックスは日本代表の強い部分でもあるのだ。とはいえ、若い選手の方が闘莉王や中澤より優れていると言いたいわけではない。

反町監督のフォーメーションは、李をトップに水野、谷口、そして本田圭佑が彼をサポートする4−2−3−1という興味深いもの。これは、この年代の選手にストライカーが不足している日本にとって理に叶った解決策だ。欧州チャンピオンズリーグでのルーニーやドログバのように、ローンレンジャー(1トップ)を置くのは近代サッカーの流行りでもある。
谷口は大宮NACK5スタジアムで行なわれた先の練習試合で2ゴールを挙げた。反町監督はエリア付近からのシュートを期待して、いつもフロンターレでプレーしている位置より前で使ったのだ。

最後に伊野波について一言。ファウルはとられていないが、伊野波は序盤、悪質なシャツプリング――シャツを引っ張る行為――をいくつか犯していた。反町監督がこれを注意していることを願う。
オリンピックで日本のゴールは、非常に貴重になるかもしれない。であるからして、こんな不必要なファウルでPKやエリア近くでのフリーキックを与えないよう、十分に注意する必要がある。そんな姑息でリスクの高い手を使わずとも、伊野波は相手ストライカーを負かすことができる選手のはずである。

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自発的行動でエスカレーションの回避を

2008/05/22(木)

2008年5月21日:土曜日の埼玉スタジアムは、不穏な雰囲気となった。2組に分かれたファンの間で物が飛び交い、ファンを分離していたフェンスが押し倒された。そして、スタジアムの外側で待ち構える1万人のホームチームのサポーターがようやく散開するまでの3時間半、800人のアウェーチームのファンが安全上の理由によりスタジアム内に足止めされたのだ。

私は80年代の古き悪き時代を思い出した。当時はこのような出来事が、イングランド内でのサッカーの試合そしてイングランド代表がプレーするあらゆる場所において、日常茶飯事だった。ただし、現時点では日本のフーリガン問題は議論すべきほど大規模なものにはなっていないし、当局も早急な処置をとれる態勢にはある。
さまざまな制裁が課せられる可能性があり、状況をうまくコントロールできなかった浦和に罰金が科せられるのは確実だろうが、ファンも重要な役割をしっかりと果たす必要がある。
たとえばイングランドのサポーターは、選手の人種を誹謗した人物を見つけた場合、警備員に知らせるよう求められている。スタジアム内での人種差別と戦うためである。こうしたことがJリーグでもできないものか。相手側のファンが投げつけた物体が子どもに当たれば、その子は試合を観に来なくなるだろうし、母親も来なくなるだろう。それはJリーグの評判や将来にとって大きな痛手となる。

日本のサッカーは、家族で楽しめるというのが自慢で、それはまったく素晴らしいことでもある。70〜80年代にイングランドのあちこちで危険にさらされながら観戦してきた私には、Jリーグの試合会場の雰囲気は今でも新鮮なものに思える。
だから、責任感のあるガンバファンは、無責任なガンバファンが水風船を投げているのを見かければ、彼(または彼女)を叱責して欲しい(「または彼女」と書いたのは、ウォルバーハンプトン・ワンダラーズの首謀的人物が女性であったことがよく知られているからだ)。
トラブルメーカーには勇気を持って意見を言い、必要とあれば彼(または彼女!)を当局に突き出そう。何かしよう――このような自発的な行動が問題の予防に大いに役立つのだ。

Jリーグが公認サポーターグループの代表を招集し、たとえば鹿島ホームでのレッズ戦あるいはガンバホームでのレッズ戦といった舞台でのエスカレーションを避けるためにとるべき行動をアドバイスするのも悪くはない。埼玉でのあのシーンが日本でのフーリガン行為の始まりではなく、終わりとなるように願おう。もっとも、この問題が済んだことだとは、私にはどうも思えないのだが…。

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厳しい環境で成功を手にした松井

2008/05/19(月)

2008年5月16日:キリンカップ、そしてワールドカップ予選までのあいだ、誰がニュースの主役になるか、なんてことは聞くまでもない。当然、それは中村俊輔だ。バーレーン戦では、彼の持つセットプレーと大舞台での経験がないことが日本代表に大きく響いた。
そして海外組のもう一人、メディアへの露出が増えるであろうと私が期待しているのが松井大輔だ。

フランスのルマンで大活躍している京都の“紫王子(パープル・プリンス)”は岡田ジャパンのキープレーヤーとなるかもしれない。私が感心するのはそのプレーだけではない。それ以上に、2004年にフランスへ渡って以来、いかに彼がフランスでの生活に馴染んだか、である。
正直なところ、フランスは住みやすい国ではない。他のヨーロッパの人間にとっても、言葉は難しいし、街も非常に異質、ときとして排他的だ。そんななか、ヨーロッパでイングランド、スペイン、イタリア、そしてドイツの4大リーグに続く5番目のフランスリーグで名声を得た松井は素晴らしい。

2000年の京都入団から彼を見てきた人たちのなかには、フランスでの成功に驚いている人もいるかもしれない。もちろん技術的にも優れているし、観衆を魅了する華やかさも持ち合わせている。しかし少々目立ちたがり屋で独りよがりなところもあった。
1998年当時、フィリップ・トルシエ監督が小野伸二について感じていたのと同じように、ピム・ファーベーク監督も京都で松井が受けていたスーパースター扱いにフラストレーションを感じていた。スピードがありフィジカルなアフリカ人プレーヤーの多いリーグで生き残るために、松井は自身のスタイルに鋼の身体と規律を加えなければならなかった。

岡田監督が4−4−2を採用する場合、後方に優れたディフェンダーを配置すれば、松井は左サイドMFとして最適だ。残念だが中田浩二に出番はこない。しかし、おそらく松井にとってベストのフォーメーションは3−4−2−1。センターフォワードの後ろに置いて守備的な役割を軽減してやれば、松井は2人のシャドウストライカーの1人になれるだろう。いずれのポジションでプレーするにしても、松井は日本代表の攻撃陣に必要とされるペースを与えてくれるに違いない。

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二兎を得るのは大変

2008/05/15(木)

2008年5月13日:数年前のシーズン中に、岡田武史氏がJリーグとアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の両方を同年に勝ちとることの難しさについて述べていた。「二兎を得ようとするようなものだ」と当時横浜F・マリノスを率いていた岡田元監督は表現した。それぞれの兎が別々の方向に逃げて行くため、それを追う者は二兎の動きを見ながら、どちらを狙ったらいいのかを選択しなければならないのである。

昨シーズン、浦和レッズは狙うべき兎をはっきりと定め、ACLという兎を得ることができたが、そのためJリーグに集中することが難しくなり、結果的に失速、僅差で優勝を逃すことを余儀なくされた。現在は、昨季の浦和の失速により恩恵を受けたチーム、鹿島アントラーズが同じような立場にある。
2007年にJリーグ優勝という兎を得たチームは、今季のリーグ戦では首位に8ポイント差をつけられているが、ACLではベスト8の座を確保するために奮闘している。ガンバ大阪がすでに1次リーグ突破を決め、シードされている浦和に続いてJリーグでは2つめの準々決勝進出チームとなった。アントラーズも1次リーグ突破はかなり有望だが、クリアしなければならないハードルがもう1つ残されている。つまり、ヴェトナムでの最終戦を勝ち、北京国安に引導を渡す必要があるのだ。

ホームでヴェトナムのナムディンを6−0で破っているのだから、勝点3を得られなければそれこそ大番狂わせということになる。だが、とにかくこの5月21日のアウェー戦をなんとかものにし、リーグ戦突破を確実なものにする必要がある。
NACK5で大宮アルディージャと引き分けたあと、オズワルド・オリヴェイラ監督は、「2つのチームを用意してこのような厳しいスケジュールに対処するのが理想的である」と語った。移動、環境とコンディションの違い、それから日本への帰国を手ぐすね引いて待ち構えている手強いJ1のチーム。2つの戦線で戦う際には、とりわけこの最後のファクターが重要である、とオズワルド監督は言う。他のJ1チームはJ1での戦いだけに焦点を絞り、十分に準備することができるからだ。

もっとも、オズワルド監督は言い訳をしているのではない。まったく違う。彼は、二兎を追うことの難しさを示した、岡田理論を詳述しただけである。もしアントラーズがガンバに続いてベスト8入りを決めれば――つまり、準々決勝に日本の3チームが進出し、同じ国のチームの対戦が避けられるように抽選されるため3チームがベスト4に入るチャンスが生まれるようになれば――少なくともチームを再編成する時間を持てるようになるだろう。
さて、そうなったとき。オズワルド監督はどちらの兎を追いかけ、捕まえようとするのだろう?

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ジェフ・メモ 〜ミラー監督就任〜

2008/05/12(月)

2008年5月10日:2008年、埼玉スタジアム2002はJリーグの監督たちの墓場と化しつつある。
埼玉での試合に負けた翌日にクビになった監督は今のところまだ2人。そう言うのは少々大げさかもしれない。しかし監督たちを包むムードは不気味なほど似ている。
1人目は新シーズンが始まってわずか2試合、ホームでグランパスに敗れた後にクビとなったホルガー・オジェック監督。そして今週、ヨジップ・クゼ監督が2人目となった。クゼ監督は勝点を2しか挙げることができず、就任からわずか11試合で去ることとなった。

その翌日の木曜日、ジェフはその後任としてアレックス・ミラー監督の就任を発表した。彼はジェフをJ2降格から救うためにアンフィールドを後にしたのだ。ミラー監督にはもちろん自身の考えがあるだろうが、オジェック監督の後を継いでレッズの監督に就任し、チームをリーグ首位に導いているゲルト・エンゲルス監督の言に注意深く耳を傾けると良いかもしれない。

正直なところ、エンゲルス監督には良い選手、より大きく、より経験のある選手が揃っている。しかしながら、彼の観察力によるものも大きい。エンゲルス監督の最初の仕事は、選手たちが楽しく練習し、試合を楽しみにできるよう、チームのムードを変えることだった。そう彼は語っている。さらに、よりダイレクトでストレートに、ピッチを右往左往しないプレーをチームに心がけさせた。

ミラー監督がまずはじめに気づき、間違いなくウンザリするのは、日本人選手が危険なエリア、例えば自身のペナルティエリア付近でもショートパスを多用することだろう。これがうまくゆき、チームが危機を脱することができれば、観ていても楽しい。ただチームが自信喪失状態にある時には自殺行為に近い。ミラー監督は最初に、チームに安全なプレーをするようにと言うはずだ。つまり、エリア内でボールを繋ぐより、ボールを外へ蹴り出し逃げろということである。これは非常にイギリス的に見えるかもしれない。しかし同時に、そうした追い詰められた状況では非常に現実的かつリスクが少ないのだ。

もう1つ、エンゲルス監督のポイントを上げるとすれば、それは固定されたフォーメーションを作ったこと。それにより選手たちはそれぞれ自分の役割を理解し、交代が必要な時でも途中出場の選手がプレーしやすい。なんだか、トルシエ監督の声が聞こえてきそうだな…。
クゼ監督は、シーズン開始から4−5−1を使おうとしていた。しかし故障者の多さと戦略的崩壊で、システムどころかチームを固定することができなかった。自信を喪失し、故障者の多いチームを率いてスタートするミラー監督も、同じ悩みを抱えることになるだろう。とはいえ、ミラー監督には多少時間がある。13節を終え夏の中断期間に入るまで残りホームで2試合。他のチームから遅れること4ヶ月。ジェフのシーズンが一から始まるようなものだ。

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フクアリの呪いを打ち破れ

2008/05/08(木)

※ジェフ千葉は7日にヨジップ・クゼ監督の解任を発表していますが、本コラムは同日早朝に書かれたものです。あらかじめご了承ください。

2008年5月7日:現在のジェフユナイテッドの惨状をいかに表現すべきか。勝点の満点が33なのに対し、実際に得た勝点は2。マスコミではすでに監督の去就が大きく取りざたされ、舞台裏では新選手をテストし獲得しようとする必死ながらも実りのない努力が進行している。

それでも変わらないのは、千葉の忠誠心溢れる人々からのサポートである。
火曜日の埼玉スタジアム2002には、このような人々が数千人集まった。アウェーチームのスタンドを埋め尽くした黄色のサポーターの数は、初期の頃に市原臨海競技場に集まっていたその総数より多いくらい。
オーストラリア出身のセンターバック、エディ・ボスナーは言う。「僕がこれまでプレーしたクラブのなかでも、最高のサポーターだ」。
「ディナモザクレブでこんな成績なら、外で食事することもできないだろうね。絶対に無理。でも、このクラブには…素晴らしいサポーターがいる」
だが、もっとも気の毒なのがジェフのサポーターであることも確かだ。寄る辺となっていたオシム・ワールドが崩壊し、廃墟のなかに取り残されてしまったのだから。

私の見通しはごく少数派のものではあったが、正直言って、シーズンはじめにはこれほど事態が悪化するとは思っていなかった。
もちろん、レギュラーとして確固たる地位を築いていた水本、水野、佐藤、羽生、山岸の5人を失ったのは痛かったが、斉藤−下村−巻のバックボーンは残っていたし、それらの選手をサポートすべきオシム時代のベテラン、ハングリーな新獲得選手、そして右サイドバックの松本、中盤の米倉に代表される印象的な若手、さらに外国人選手も揃っていた。
また、等々力で快勝したナビスコカップの初戦も観ていたので、私は、ジェフはそこそこやれそうだと思った。

ただしリーグ戦では、フクダ電子アリーナの呪いがまたも襲い掛かった。シーズンの流れを決めたのは、ホームでのヴィッセル神戸戦だったと思う。この試合、ジェフは1−0とリードしたままロスタイムに入ろうとしていたが、鈴木規郎の1発のロケット弾によってすべてが台無しに。1−1の引き分けに終わったのだ。
ジェフがその試合をなんとか凌ぎきり、リーグ戦で4位の座と勝点3を死守していたなら、以降は順調に波に乗り、さらに成長することができていただろう。心からそう感じている。
いまは、シーズン当初のようなきびきびした動きが見られなくなっている。レッズに0−3で敗れたあとのキャプテンの下村は、まるで打ちひしがれた人だった。
自信を失っている、というのが下村の言葉。昨シーズンと比較すると攻撃時のボールを持った選手へのサポートが少ないので、ジェフはまるで10人でプレーしているようだった。また、レッズがボールを持ったときにも、ジェフは10人でプレーしているように見えた。横浜F・マリノスに敗れた(0−3)後には、選手同士の口論があり、キャプテンの自分が割って入ったとも下村は言っていた。

問題は山積しているが、私は今でも、ジェフにはこの状況から脱出してJ1に残留するだけの力があると思っている。夏の長い中断期間に入る前に、ジェフには2つのホームゲーム――相手は京都と大分――を控えている。そこで勝点6をあげれば、ジェフは息を吹き返すだろう。
そして、もしフクアリでまたも(これまでのように)躓くようならば、ジェフに必要なのは新監督ではなく、祈祷師(エクソシスト)かと思われる。

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朴智星、縁の下の力持ち

2008/05/05(月)

2008年5月2日:アレックス・ファーガソン卿は言う。5月21日に行なわれる欧州チャンピオンズリーグ決勝、チェルシー戦のメンバー表のトップにはポール・スコールズが来るだろうと。では京都パープルサンガで頭角を現し、今やオールドトラフォードでも人気を誇るMF朴智星はどうなのだろう。
バルセロナを破った準決勝での活躍で、朴はおそらくモスクワでの決勝ではスターティングメンバーに入ってくるだろう。
もう一度言おう。圧倒的な運動量で攻撃でも守備でもバルサを翻弄し続けた朴は、マンUの縁の下の力持ち。チームの公式サイトで、彼が“勤勉”とか“肺が破裂する程の活躍”と言われる所以だ。彼こそアジアサッカー界の誇り。韓国にとって、Jリーグにとって、そして京都パープルサンガにとって。

彼はプロ意識を持ちつづけ、常にベストのプレーを忘れない。飾りもトリックもない、ただ堅実にプレーする。精神力も強く、正しいプレーを選択する能力に長けている。
プレーだけでなく、それは彼のキャリアについても同じことがいえる。朴はKリーグでプレーせず、2000年6月に京都パープルサンガに入団。良き師フース・ヒディンクを追って2003年1月にPSVアイントホーフェンに移籍した。そこで欧州CL準決勝のミラン戦での活躍するなど地位を確立した後、2005年7月にファーガソンに請われてマンUに移った。以来、深刻なひざの故障と戦いながらも成長を続け、いま再び桧舞台を迎えようとしている。

AFCが4月22日に発表した候補者リスト21名の中には、朴の名はなかった。アジアサッカー連盟にはいま一度、2008年の年間優秀選手の候補者リストに彼を入れる事を望む。そもそも、11月発表の賞の候補者を4月に発表しなくてはならないのか。理解に苦しむところだ。
AFCのメインの大会、アジアチャンピオンズリーグだって、ようやく盛り上がり始めたところ。最優秀選手など、誰にも予想できないだろう。

だが、私にアジア最優秀選手の話はさせないで欲しい。今年のこれまでの活躍を見る限り、朴は私のリストの中に入っている。そう、たった一人のリストにね。

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レッズを生き返らせたのは、やっぱり闘莉王

2008/05/01(木)

2008年4月30日:ゲルト・エンゲルス率いる浦和レッズが劇的な復活を果たしているが、その最大の要因の1つは、ディフェンダーからミッドフィルダーに転向した田中マルクス闘莉王の活躍である。闘莉王を前に配置するのは当初、彼のエネルギーと積極性でチームに刺激を与えようとする、応急的な処置のように思えた。
しかしこの策が成功しているため、闘莉王はまだしばらく中盤の中央でプレーする可能性が高い。ご難続きの鈴木啓太がウィルスと数キロの体重減と戦っている現状では、なおさらである。

レッズはシーズンの早い時期に立ち直りのきっかけを必要としていたが、闘莉王がそのリーダーシップ、他の選手の良い部分を引き出す能力、そしてピッチにおける空中戦の強さによりチームを立ち直らせた。
火曜日の埼玉スタジアム2002でのコンサドーレ札幌戦、4−2という慌しい展開の試合をモノにしたチームのなかでも、闘莉王の働きは際立っていた。レッズでは、闘莉王は高原やエジミウソン以上に危険な選手。レッズを止めたいのなら彼を自由にプレーさせてはならない。コンサドーレの三浦俊也監督はそう認識していた。

「フリーキックのときにどのディフェンダーがマンツーマンでマークしても、闘莉王にはまったくかないませんでした」と三浦監督。
「これが、J2とJ1の大きな違いですね。J1では、コーナーキックやフリーキックの精度が高く、どのチームにも空中戦が得意な選手がいます。新潟の矢野とか、鹿島の田代、それから浦和の闘莉王…」。

コンサドーレ戦で、闘莉王は今季リーグ戦5ゴール目を記録した。アウェーチームのディフェンス陣をなぎ倒しながら、梅崎の左サイドからのコーナーキックをヘディングでファーポストに決めたのだが、コンサドーレにはなす術がまったくなかった。

しかし試合終了後も長く議論の対象になったのは、無効となったゴール、つまり0−1で追いかけていたレッズの前半19分における幻のゴールの方だった。そのときもやはり、梅崎から完璧なパスがきた。梅崎はフリーキックでシュートを狙っていたが、ファーポストに闘莉王を見つけてキックの角度を変更。驚異的なジャンプをした闘莉王には、ジャンプの途中で高原に気づいてボールを折り返す余裕があり、高原が流れるような動きでそのボールを見事にシュートした。素晴らしいゴール、みんながそう思った。スタジアムのスコアボードのオペレーターもそう思ってスコアを1−1にしたし、スタジアムのアナウンサーもゴールだと思った。しかし、その後に闘莉王のオフサイドが宣告されたのである。

ここで注目すべきは空中戦における闘莉王の勇敢さではなく、彼の試合勘であるのは言うまでもない。ホルガー・オジェック前監督は、闘莉王の両足を使ったパスレンジの広さを、ドイツを代表するフルバック、アンドレアス・ブレーメに例えていたくらいだ。エンゲルス監督は、闘莉王は現在の中盤のポジョションでもバックのときと同じように代表レベルのプレーができると確信している。だが代表レベルかどうかは私には関係ないことだ、とも語っていた。
それを判断するのは日本代表チームの岡田武史監督の仕事。緊張感に欠ける彼のチームにも、バーレーンでの失速から立ち直るための刺激が必要だ。闘莉王が日本代表の中盤の中央を務めるのか? 日本代表監督にとっては、キリンカップまでに考慮すべき価値のある選択肢であることは確かだろう。

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夢を諦めない“スッポン”北斗

2008/04/28(月)

2008年4月25日:反町康治監督が最後に必要とするものは、オリンピック代表チームに自身の考えを加えることのできる、もう一人の幅のある選手である。1年半に渡る故障から復活した中村北斗が、まさにその“もう一人”。

水曜日に行なわれたオリンピックトライアル、NACK5スタジアムでの2試合の練習試合のうち1試合、大宮戦にフル出場した22歳の北斗(誰もが彼を下の名前で呼ぶ)をじっくり観察していた。
2006年にアビスパでプレーしていた頃、ダイナミックで攻撃的な右サイドバックだった昔の北斗では必ずしもなかったが、北京オリンピックまでは3ヶ月の調整期間がある。私は反町監督に特に北斗のことについて聞いてみた。北斗は2006年に膝のじん帯を負傷する以前は、私のお気に入りの若手選手の一人だったのだ。
「彼はまだ100パーセントではありません」反町監督は答えた。「彼はもっとできるはず。まあ、プレーは悪くなかったですよ」。しばしの沈黙の後、「うちには、良いサイドプレーヤーがたくさんいますからね」と続けた。

確かに、反町監督が3−5−2システムを採用するなら、内田、水野、そして長友に次いで現時点で北斗は4番目のチョイスだろう。4バックを採るなら内田、長友に次いで3番目。これでは、キーパーを含む18人の代表に選ばれるには不十分だ。2007年、わずか3試合しかプレーしていない北斗にとっては難しい注文かもしれない。彼にできるのは、体調を整えベストを尽くすことだろう。

水曜日、4バックの右サイドで彼がプレーをするのを観られたのはもちろん喜ばしいことだ。そして彼にとっても、大宮の経験豊富な左サイドである波戸や藤本との対戦は良いトレーニングになったはずだ。タフで積極果敢なフルバックとして、そして優れたマンマーカーでもある北斗には、一度噛み付いたら離さない“スッポン”のニックネームがある。イングランドのサッカー界ではこういう選手を“テリア”と呼ぶ。小さいながらも踵に噛み付いたら二度と離さないという犬だ。
まあカメだろうがイヌだろうが、これだけは確か。一度すべてを失ったかに見え、そして復活。北斗はそう簡単にオリンピック代表の夢を手放さないだろう。

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京都の怒りもわかる

2008/04/24(木)

2008年4月23日:サッカーの将来を憂いたくなるような試合がある。たとえば、土曜日にビッグスワンで行なわれたアルビレックス新潟と京都サンガの試合。私の率直な感想は、恥ずべき試合であり、Jリーグそしてモダンサッカーの現状に対するひどい逆宣伝だというものだった。
サッカーを観ていると、こんな試合に出くわすこともある。とはいえ、Jリーグの全クラブのキャプテン/監督に集まってもらい、ひたすら正直にプレーし、欺瞞を排除し、観るに値する、立派で魅力的な作品を日本のサッカーファンに提供しようと呼びかけたくなるような試合ではあった。

子供っぽい意見といわれるのは承知の上。でも、ひどい試合だった。みなさんご存知だろうが、京都は3人の選手が退場処分になり、挙句には加藤久監督までもが退席処分。選手が次々に退場となると、クラブカラーに合わせたように「カトキュー(加藤監督の愛称)」の顔は怒りで紫色になり、怒りの度合いはテクニカルエリアの形状を素晴らしい足技で再設計するまでに至っていた。

そりゃ、彼だって怒るだろう。シジクレイにアタリバ、増嶋が試合終了を待たずにロッカーに引っ込んでしまったのだから。だが、そんなに荒れた試合だったのだろうか? 出されたカードの数だけ見ればそういうことになるのだが、内実はまったく違う。
より詳しく言えば、監督が退席し、ピッチ上に選手がわずか8人しかいない状態で京都が試合終了を迎えるようになったのは、シミュレーションと負傷のフリが巧妙に行なわれたこと――それからレフェリーの経験不足――が原因だ。

アレッサンドロと矢野へのファウルにより、キャプテンのシジクレイが2枚のイエローカードをもらい前半に退場。その後、アタリバにはいきなりレッドカードが提示されたが、その理由は、テレビ・カメラが捕らえていない、ボールとは関係のない場所における矢野との接触であった。また、増嶋も2枚のイエローカードで退場。1枚目は矢野に対する微妙なファウル判定に対して不満を述べたためで、さらに2枚目のイエローは空中戦での衝突が理由。その相手は…そう、ご名答。矢野である。

今シーズン、私は京都の試合を3試合観ている。増嶋の空中戦での強さ、具体的にはジャンプのタイミングにはいつも感心させられていた。彼はジョン・テリーのような体格をしているわけでもない。どちらかと言えばSMAPのメンバーに近いだろうか。さらに付け加えれば、カードが連発される混乱状態のなか、京都のベテラン選手・森岡が、グラウンドに寝転がる矢野に話しかけた内容も詳しく知りたいところである。
アルビレックスは今シーズンのリーグ戦初勝利を挙げたが、このような大混乱では誰も満足していないことだろう。

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FC東京と岡田監督を感心させた若きリーダー長友

2008/04/21(月)

2008年4月18日:岡田武史監督は、若手にチャンスを与えることをためらわない。1998年初頭、ワールドカップ・フランス大会の日本代表22名を選出するとき、結局は外された3名のうちの一人となった市川大祐、そして小野伸二が良い例だ。

4月21〜23日のトレーニングキャンプに招集された選手の中にも、興味深い若手がいる。21歳のフルバック、FC東京の長友佑都である。チームの情報によると、長友は明治大学から入団したばかりのルーキーながら、すでにピッチ内外でリーダーとしての素質を発揮し始めているらしい。
例えば2月に新宿で行なわれたファン感謝祭では、長友は新加入のエメルソンにお辞儀の仕方とサポーターへの感謝の言葉を教えていた。そしてさらに土曜日、騒々しい東京ダービー、ヴェルディ戦に勝利した後、長友は試合終了後のホィッスルが吹かれた後もピッチに残り、アウェー席にいたFC東京ファンの前で、決勝ゴールを挙げた羽生に勝利の儀式のお手本を見せていた。
長友自身がゴールを挙げたわけではないが、試合終了間際、ロスタイムにヴェルディのエリア内で、彼の存在が今野のヘディングシュートから途中出場した相手側の柴崎のオウンゴールに繋がったといえる。

長友はジュビロ磐田の駒野のようにとてもタフなディフェンダー。彼を振り切るのは難しい。ヴェルディのフッキも今回の東京ダービーで身にしみて感じたことだろう。
FC東京では右サイドには徳永がいるため左サイドバックを務めているが、長友は右サイドもできる。実際1−1の引き分けに終わったU−23代表のアンゴラとの親善試合では右ウィングバックをこなし、ゴールを挙げた豊田にクロスを供給している。

今回岡田ジャパンに招集されたことで、彼が北京オリンピック代表の18名に残る可能性はグンと増した。オリンピック代表の反町監督には右サイドに内田と水野、左サイドには安田と本田という経験ある選手がいる。とはいえ多才な長友がメンバーに残る可能性は高い。
近い将来、多くの大きな場面で彼を見ることになるだろうが、北京オリンピック出場はプロとして始まったばかりの彼のキャリアにとってパーフェクトな出だしと言えるだろう。

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埼玉の“Fワード”

2008/04/17(木)

面白いと考えるか、悪趣味だととらえるか。試合の一部なのか、それともやりすぎなのか…。「埼玉事件」について、どのようにお考えだろうか。

私が言っているのは、先週土曜日、埼玉スタジアム2002でのビッグマッチの前にアントラーズのファンが掲げたレッズ向けの下品なメッセージのことである。
メッセージは、「F**k You Reds」という3つの単語を大きく表示させるつもりだったのだろうが、それぞれの文字が大観衆のなかでバラバラになり、巨大なジグソーパズルのようになってしまった。
なんとか表示できたのは1つ目の文字列の「F**k」(文字が隠されている部分はご想像の通り、おめでとうございます)だけで、2つめの文字列は「Y」だけがさびしく孤立。残りの部分は3つ目の文字列とごっちゃになって「R EOU」となり、その直後に「D」と「S」が漂っていた。つまり、1つ目の文字列以降は「Y R EOU D S」となっていたのである。

試合前のこの余興は前半の試合内容以上に注目を集めた。何といっても、この文字列がゴール裏で前進後退、右往左往していたのだから。実際のところ、ひどく面白かった。アントラーズ・ファンは毎試合メッセージを組み立て、それを最初に判読した人に賞品を贈呈すべきだと私は思った。
メッセージの内容がついに明らかになったとき、我々は2つのことを学んだ。試合をしている2つのクラブの敵対関係がもはや修復不可能なほど悪化しているということ、そして茨城県には英語教師が著しく不足しているということである。おそらく、茨城県では、「ジ*コ」みたいに話せるよう、皆がポルトガル語を勉強しているのだろう。

アントラーズのファンは、ハーフタイムに自ら進んでアクションを起こした。3つの文字列でメッセージを構成するのをあきらめ、より大胆な「F**k Reds」というメッセージを採用したのである。
試合終了の笛が吹かれ0−2での敗戦が決まったときに「F**k」だけを掲げればよかったのに、と同僚の一人が冗談めかして言っていたが、永井の2点目のゴールが決まった後のアントラーズ・ファンにはユーモアの余裕はなかった。

近くにいたマスコミの人々の反応はさまざま。浦和を日本のマンチェスター・ユナイテッドに、鹿島をリバプールに喩えたうえで、両クラブの激しいライバル心が顕著になり、「すばらしい」と評した人がいた。
またある人は、日本人は“Fワード”のインパクトあるいは重大性を十分に理解してはおらず、例のメッセージは敵意からきたものではなく、ファンを扇動することを目的としたものであると指摘した。

レッズのゲルト・エンゲルス監督は試合後、メッセージが目に入らなくて良かったと話した。「悪趣味だよ。主催者やホームチームにはどうすることもできないしね。あまり格好の良いものじゃない」。
この点については、私はエンゲルスに賛成だ。悪趣味だし、扇動も度が過ぎる。日本サッカーの発展に合わせて、チームそしてファンの間でライバル心が高まるのは大賛成だが、今回の埼玉事件のあとにどのような事態が待ち構えているのかを心配する必要がある。横断幕だけの問題で収まれば良いのだが。

鹿島は心からの謝罪をすべきである。レッズ・ファンに深く頭を垂れ、アジアチャンピオンズリーグの覇者に無礼な振る舞いをして本当に申し訳なかったと浦和のファンに詫び、浦和ファン全員にジ*コまたは野沢のポスターを無料でプレゼントするのだ。
そのときの、レッズの反応はどうなるのだろう? 私は、Fで始まる4文字の言葉が返ってくる可能性が高いと思うな。

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“ジーコ・ダービー”の望みを打ち砕いたチェルシー

2008/04/14(月)

2008年4月12日:日本では、いわゆる“ジーコ・ダービー”というものはなくなってしまったが、アジアやヨーロッパのチャンピオンズリーグにはその可能性が残っていた。
ジーコ・ダービー?
そう。フェネルバフチェが欧州チャンピオンズリーグを制し、アントラーズがアジアチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝すれば、12月に開催されるFIFAクラブワールドカップで“ジーコ・ダービー”が実現したのだ。もちろん、実現の可能性は大きくなかった。そしてそれは水曜の夜、フェネルバフチェとの準々決勝・第1戦を落としたチェルシーが第2戦でジーコのチームを破ったことで望みが絶たれた。
だが同時にそれは、12月に来日するのはリバプールかチェルシーかマンチェスター・ユナイテッド、あるいはバルセロナ? という日本のファンにとって魅力ある可能性を残したことになる。悪くない話だ。

鹿島アントラーズについて言えば、彼らはまだガンバ大阪と同じくACLの戦いの真っ只中。それから、決勝ラウンドから登場する昨年の覇者・浦和レッズも忘れてはならない。
余談になるが、私にはAFC(アジアサッカー連盟)の考え方がどうもよく分からない。昨季王者にグループリーグを免除することは、宣伝効果やマーケティングのチャンスを逃すこと。もったいないと思うのだ。

さて。グループリーグを半分終えた時点で、アントラーズとガンバは各グループの首位を走っている。準決勝進出8チームのうち3チームを、日本のクラブが占める可能性も高い。準々決勝で同一国のチーム同士がぶつかることはないので、準決勝進出の4チームのうち3チームを占めることだってあり得る。

水曜日に行なわれたアントラーズ対北京国安戦は、冴えない試合だった。寒風吹きすさぶなか、わずか6,487人の観衆が選手たちを盛り上げようとしていた。ホームチームにとってひじょうに苦しい内容ではあったが、1−0の勝利で勝点3を得たことは大きい。良いプレーが出来なくても勝つのが、良いチームと言われる。そしてアントラーズはそれをやってみせた。
この試合の功労者は、なんといっても曽ヶ端だろう。チアゴのPKを阻止しただけでなく、試合終了まで集中力を途絶えさせることがなかった。
6試合を終え上位2チームが勝点で並んだ場合、順位は直接対決の結果で決まる。左ウィングのマルティネスのシュートを足で止めた曽ヶ端のセーブが、大きく響くことになるかもしれない。

イングランドのプレミアリーグのように、Jリーグの3チームがCL(ACL)の準決勝に残ることを祈ろう。アジアでの昨季までの対戦成績以上に、Jリーグは強い。そしてそれが疑う余地もない事実であることを、彼らは証明できるはずだ。

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フロンターレを完封した京都の“カトナチオ”

2008/04/10(木)

2008年4月8日:ディフェンス学を学ぶ者のために、京都サンガF.C.が土曜日(5日)に等々力陸上競技場で上級者クラスの講習を行なった。
京都はスリーバックで目覚しい働きをした35歳のシジクレイが中心となり、川崎フロンターレの攻撃をことごとくはじき返した。フロンターレも青息吐息で攻め立てたが、本陣の攻略までには至らず。0−1での敗戦という辛い結果を甘受するしかなかった。

この試合は、京都にとってはJ1復帰以来初のアウェー戦勝利。加藤久監督の功績は大いに讃えられなければならない。加藤監督の守備陣は見事に訓練されており、カウンターアタックはぞっとするほどの迫力。イタリア名物“カテナチオ”の日本版が誕生したとさえ思えた。今後はこのシステムを“カトナチオ”と呼ぼうではないか。

1960年代にインテルの指揮を執ったアルゼンチン出身のエレニオ・エレーラ監督が好んで使ったカテナオチ(イタリア語で閂(かんぬき)の意味)は、ネガティブなスタイルのサッカーそのものの象徴となった。だが私は、京都あるいは加藤監督を批判する気など微塵もない。
むしろその反対で、前線にキープ力とスピード(ジュニーニョ)パワー(チョン)を装備し、さらにサイドからの攻撃(森および山岸)高さ(寺田)中盤の構成力(中村、大橋)を持つ危険な相手に対し、チームが一丸となって行なったディフェンス方法を称賛したいのである。

京都のディフェンダーは地に足をしっかりと着けてタックルすべきボールを見定め、無謀な飛び出しで自らを役立たずな存在にするような真似はしなかった。また、必ず相手フォワードの内側に付き、壁となってシュートやクロスを防いだ。その守備は観ているものを感心させたし、相手チームをジワジワ苦しめた。
ジュニーニョに対するシジクレイの仕事ぶりは、あらゆるディフェンダーのお手本となるものだった。また、右側の増島と左側の手島はともにベテランらしい落ち着きと集中力を発揮。後半早々に手島がピッチを去ると、シジクレイが左に移り、森岡がバックの中央に入ってディフェンス陣を統括してチームをリフレッシュさせた。

中盤の中央は、アタリバがずっと引いた位置にいるなかで、佐藤勇人がビックリ箱のような働き――スッと飛び出してはボールを持っているフロンターレ選手を脅かし、その後またもとの場所に戻る――をしていた。
そして、まさに“カトナチオ”スタイルの京都は後半の半ば過ぎに反撃、柳沢の決勝ゴールで1−0という完璧な“カテナチオ”的勝利を達成したのである。

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ストイコビッチ監督、英国式の大宮を堪能

2008/04/07(月)

2008年4月4日:ドラガン・ストイコビッチ監督にとって、水曜夜の大宮アルディージャ初訪問は楽しいものとなった。チームのプレーも納得のゆくもの。前半を終え1点のリードを許していたものの、結局2−1の逆転勝ちを収めた。さらには新たに“NACK5スタジアム”としてリニューアルオープンしたスタジアムにも大満足だったようだ。
「素晴らしいね。まさにサッカーのために作られたスタジアムだよ。雰囲気だけでなくピッチもスヌーカーがプレーできるほど素晴らしいよ」。

美しい絵のように大宮公園の一角に位置するスタジアムの改修で、大宮アルディージャはJリーグでもトップクラスのホームグラウンドを得た。座席もピッチに近く、ゴール裏の急勾配のスタンドはスタジアム全体の歓声を増幅させる。
「イギリススタイルだね」グランパス監督はそう続けた。「ピッチが本当に近く指示が出しやすい。コーチだけでなく選手たちにとっても非常にいい。すべてが素晴らしいよ」。

ストイコビッチ監督は現役時代、その卓越したボールテクニックとその仕草でわたしたち観衆を楽しませてくれた。監督としての彼はとても穏やか。しかし前半には、レフトサイドバックの阿部翔平に向かってボールをパンチしてスローインを促すなど、ファンに今でも激情家の一面を見せてくれた。
どういうことだったのかを尋ねると、彼は笑って答えた。
「ラインに沿ってなるべく遠くへスローインを入れるよう言ったんだ。不用意に中へスローインを入れてボールを奪われ、カウンターを許したりするからね。0−1で負けていたんだし、彼に“起きろ!”って言ったんだよ」。

見ていて楽しいゲームは時が過ぎるのも早い。そんななか、そして日本代表の岡田武史監督の前で阿部は非常に素晴らしいプレーをしていた。レアンドロのファーポストへの見事なヘディングシュートをクリアしたかと思えば、前線に上がり攻撃に加わった。ひとつプレーを挙げるとするなら、左足でタイガー・ウッズでさえ自画自賛しそうな強烈なスピンをかけたパスだろう。171cmという身長はディフェンダーとしては大きくないが、後半にはマリノスの小宮山のように積極的にヘッドで競り合い、勝つ場面もあった。

「阿部。彼はとても面白い選手だ」。ストイコビッチ監督はお気に入りのトルシエ監督の口癖を真似して言った。「身長はそれほど高くないが、ジャンプ力があるし、ジャンプするタイミングが良い。これはディフェンダーにとって重要なことなんだ。それに彼はいつも(前線に)上がること、オーバーラップしてクロスを上げることを考えている。そういう血が流れているんだろうね」。岡田監督も、そのことに気づいたに違いない。

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ついに勝利。それにフェアプレーも

2008/04/03(木)

厳しい新シーズンの出だしとなったこのチームには、週末のゲームに団結して臨むことが何より必要だった。そして、彼らは見事に団結し、シーズン初勝利を飾っただけでなく、流れのなかから3つのゴールを奪った。忠誠心溢れるサポーターは、ようやくいつも通りにシーズンが進行し、これからは順位を上げていくはずだと感じているに違いない。
そう、まさに印象的なパフォーマンス。そのチームの名は、徳島ヴォルティス(ごめんなさい、浦和レッズの話だと思った?)。

J1の試合がなかった土曜日のお楽しみは、湘南ベルマーレ対徳島ヴォルティス戦。実際期待通りの試合となり、とくに平塚競技場の4,474人の観客のなかにいたアウェーチームのファンにとってはこたえられないものとなった。ヴォルティス・ファンの数はさほど多くなかったが、息のつけない展開のなかで自チームを懸命に応援し、最終的には3−2で勝利を祝うことができた。

たくさんの横断幕が張られていたが、そのなかに「Share good times and bad times(良いときも悪いときもいつも一緒)」と書かれていたものがあった。なかなかの出来栄えであったが、そう見えたのにはセイドゥ・ドゥンビアのダイナミックなプレーが少なからず貢献していたのだろう。
柏レイソルで頭角を現すことができなかったこのコートジボワール出身の20歳のフォーワードは、ベルマーレ戦で1ゴールを挙げただけでなく、玉乃淳と阿部祐太郎が決めた他の2点もお膳立て。勝利の立役者となった。現在彼は、徳島の注目選手である。

この試合ではたくさんのゴールが生まれたが、なかでも最高だったのは勝ち越し点となった76分の阿部のゴール。ベルマーレが攻勢をかけているなか、ドゥンビアが先陣を切り、右サイドからのヴォルティスのカウンターが始まった。ドゥンビアは自らのスピードとパワーを最大限に発揮し、かつてエスパルスの守備の要であった斉藤俊秀をあっさり抜き去り絶好のクロスを供給。ドゥンビアの突進にぴたりと合わせて動いていた阿部がボールに全身を投げ出し、フライングヘッドで強烈なシュートを決めた。

ただし、ヴォルティスが勝点3の獲得を祝うまでには、防戦一方となる場面も何回かあった。このときに徳島のキャプテンである西河翔吾が見せた一連のフェアプレーとスポーツマンシップを、私は賞賛したい。
まもなく90分が経過しようというころ。徳島が3−2でリードを保っていたときに、ベルマーレのキャプテン、ジャーン・ウィッテと空中戦で競り合った徳島のディフェンダーがピッチに倒れこんだ。そのディフェンダーが倒れたままだったので、はじめは、ケガをしたふりをしてトレーナーを呼び時間稼ぎをするつもりかと思った。だが西河は、そのチームメートに立ち上がりプレーを続けるように合図を送ったのである。
ゲーム全体に影響を及ぼすようなことでないが、現在の風潮のなかではホッとするような光景だった。というわけで、私のフェアプレー賞は、西河翔吾に決まりだ。

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成す術なしの日本が得損なったもの

2008/03/31(月)

2008年3月29日発:「日本は成す術がなかった」。バーレーンのミラン・マチャラ監督のその短いコメントがすべてである。これまでに何度か日本と対戦し、日本のサッカーを熟知している“中東の魔術師”のあまりにも厳しいコメント。しかし水曜夜、日本はアウェーのバーレーンに0−1で敗れ、6月まで続く4試合のグループ予選で自分たちにプレッシャーがかかる状況を作ってしまった。それがフェアな評価といえよう。
ピッチ上の日本代表はペースも上がらず、お疲れ気味。リーダーシップも経験も欠いていたように見えた。バーレーンのボールに対する素早いプレスに、ボールキープどころかリズムに乗ることさえできずに終わった。

マチャラ監督が語ったように例え“成す術がなかった”としても、日本だって“得るもの”はあったはずだ。試合終了まであと13分のところで、川口が重大ミスを犯すまでは…。スコアレスドローに持ち込み勝点1を得る。バーレーンだってその結果に十分満足したはずなのだ。
主導権も握れず、単調な攻撃ばかりの日本だったが、それでも後半にはゴールを挙げるチャンスが二度あった。
バーレーンがゴールを挙げる前には駒野が右サイドから上げた絶妙なクロスを大久保が決め損ね、バーレーンが先制した後には阿部が、やはり決め損なった。これらの決定的なチャンスを決められなかったのは、技術的な問題ではなく自信の欠如というべきだろう。

彼らの不甲斐ないプレーと試合結果が影響したのかはわからないが、翌日の国立競技場でのU−23日本代表のアンゴラとの親善試合の観客はわずか1万2,718人。しかし少なくとも、観戦した人々には、強豪と対戦するU−23代表選手のエネルギーと大望が見えたはずである。
特にMF中央、細貝と青山敏弘のコンビに、私はあらためて感心した。反町監督のオリンピック代表メンバー18名への生き残りを賭け、頑張ってきたのだろう。ボールを追い、攻撃を阻止し、そしてボールを奪って攻撃選手にボールをフィードしつつチームを動かし続けた。
試合終盤には、細貝はまるで闘莉王のように相手ペナルティエリアで体を張ってプレーしていた。リードを守りきれず同点に終わったのは残念だが、彼らは胸を張って競技場を後にしたし、サポーターたちも彼らを誇りに思うことができた。
前夜のバーレーンでは、こうはいかなったのだが…。

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勝点1なら悪くない

2008/03/27(木)

2008年3月27日:日本代表は水曜夜にバーレーンでワールドカップ3次予選を戦うが、この試合が岡田武史のチームにとって厳しい試練となることは確かだろう。
3次予選の6試合のうち今回が日本にとって最も難しい試合になることは、ずっと前から分かってはいた。現状では、引き分けて、雪の埼玉でタイから奪った勝点3に積み上げられれば悪くない結果ということになるのだろう。仮に日本が負けたとしても、まだ残り4試合。なんとかグループ2位以内に入り、10チームが2組に分かれて戦う最終予選進出の10チームの枠に入るのは可能だろう。

バーレーンでのアウェー戦後、残りの4試合はすべて6月に行なわれる。まず2日にホームでオマーン戦があり、次にアウェーでのオマーン戦(7日)。さらにアウェーでのタイ戦、ホームでのバーレーン戦(22日)が予定されている。
この連戦への準備として、5月にキリンカップの2試合が組まれている。岡田監督には、ヨーロッパから招集した選手をチームに馴染ませるチャンスが充分にあるということだ。
それでは誰を呼ぶのかということになるのだが…私は、岡田監督が今回のバーレーン戦に中村俊輔を招集しなかったのが、今なお残念でならない。中村の招集は所属クラブであるセルティックでのプレーに“専念”させるために見送られた、という記事をあちこちで見かける。だが、水曜日の予定はどうなんだ?

中村は日曜にセルティックの一員としてグレトナ戦に出場した。土曜日にはレンジャーズとのオールドファーム・ダービーに出場する予定となっている。しかし、だからといってバーレーン戦に出場できないということはない。
中村を招集しなかったのは、“クラブに専念”させるためではなかった。岡田監督が準備に時間をかけたかったからで、試合の2日前に中村を練習に参加させることを望まなかったからだ。

私自身は、例のグレタナ – セルティック戦の有無に関わらず、岡田は中村を選ぶべきであったと、理由を挙げてすでに書いている。だから、ここで同じ理由を書くのは止めておこう。
中村は、月曜、火曜、そして水曜をグラスゴーでぶらぶら過ごすのだろう。だがその間に日本代表はさほど離れていないところでワールドカップ予選を戦い、他の選手たちは国際試合が組まれている週であるため世界中を飛び回り、自国のためにプレーしようとしている、と言えば充分だろう。
実際のところ私には、日本のテレビ局あるいは新聞が、セレブ解説者として俊輔をバーレーンに招待しなかったことのほうが驚きである!

今夜? 私の予想は0−0だ。両チームともグループでの初戦を勝っているし、最終予選に進出する可能性が最も高い2チームと見られている。したがって、優先順位はグループ最大のライバルにこんなに早い時点で負けないようにすることとなるだろう。

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リズムが掴めないフロンターレの“ファブ・4”

2008/03/24(月)

2008年3月21日:リーグ開幕から3試合(ナビスコ杯も含む)。現時点でフロンターレの“ファブ・4”がいまだにゴールを挙げていないなんて、誰が予想していただろうか。
ジュニーニョ、鄭大世、我那覇和樹、そしてフッキの4人が揃ってノーゴール。これまでのフロンターレの2ゴールはMF森(ヴェルディ戦)と大橋(ヴィッセル戦)によるものだ。ところで、大橋のゴールは素晴らしかった。惜しむべきはその時点でチームは0−4だったということだ。

そして木曜の午後、寒さと雨、そして強風で荒れ模様の等々力スタジアムでジェフ千葉と対戦したフロンターレは、千葉DFにノーゴールに抑えられ、そしてカウンターで2ゴールを失うという散々な試合だった。
興味深いのは、フロンターレの関塚監督がチーム名を“カミカゼ・フロンターレ”とでも変えた方がハマるような総攻撃体制のスリートップを早々に諦めてしまったらしいことだ。千葉戦では本来の3−5−2に戻し、我那覇とジュニーニョをトップに、鄭大世をベンチに置いた。そしてフッキは故障。
フロンターレに詳しいある人物は、フッキの故障は精神的なもので、ゴールが挙げられず、かつてヴェルディでキングとして君臨したのが嘘のように自信を喪失していると言う。
本当なのだろうか? 超人ハルクが凡人ハルクになってしまったのというのだろうか?

アジアチャンピオンズリーグの出場もなく、確立された基盤の上に爆発力のある攻撃陣が揃った今年のフロンターレは強い。私はそう思っていた。もちろん、30試合以上のリーグ戦を残し、ナビスコカップの予選グループ戦では千葉を逆転可能な5試合を残している。まだまだ挽回は可能だ。
とはいえ、ジェフ戦ではスピードとインサイドのパワーゲームで相手をねじ伏せるようないつものフロンターレではなかった。
我那覇はまったくペースが上がらず、交代出場した鄭大世はボスナーのタックルにしてやられ、さらには後半から出場した19歳、米倉には憲剛不在のフロンターレMF相手に自由にカウンター攻撃を組み立てられていた。

この米倉はおもしろい選手だ。
チームを去った“五井ギャラクティコ”羽生と同じ背番号(22)、同じ出身校、同じポジション(攻撃型MF)。ただ、体型だけが違う。羽生がワンマン駅伝チームのように走り回ってポジションを取るのに対し、米倉はピッチ上重要なエリアで体を張ってポジションを取る。
一方、フロンターレの最大の見せ場は、大橋の強風を利用して内側に曲げたコーナーキックでGK立石を爪先立ちにさせたことぐらいだろうか。

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エンゲルス監督の七転び八起き

2008/03/20(木)

2008年3月18日:波乱の土曜日と騒乱の日曜日が過ぎ去った月曜日、大原サッカー場の様子はまったくいつも通りだった。前日に容赦なく解雇されたホルガー・オジェク前監督はすでに過去の人。ゲルト・エンゲルスが“またも”スポットライトの中央にいた。
クリップボードを手に持ったエンゲルス監督は、流暢な日本語で、混沌のなか新シーズンを迎えたチームを再び正しい軌道に戻そうとしていた。彼と一緒にいる選手の数はそれほど多くはなかった。代表招集とケガで持ち駒の数が少なくっていたからなのだが、ナビスコカップを戦うチームの基礎は明らかに整っていた。

月曜日の練習でとりわけ目を引いたのは、新入団選手である梅崎司のセットプレーでの巧みさ。素早い動作から蹴ったボールがスワーブしながら壁を越える、いやらしいフリーキックを何発も見せ、キックの度にゴールキーパーをあわてさせていた。デビッド・ベッカムの技巧をずっと勉強していたのだろうか? どうやら、そのようである。

練習後、エンゲルス監督は非公式の記者会見を2度開いた。まずは日本語で、それから英語で。アジアチャンピオンの監督に電撃昇格したというのに、彼は極めてリラックスして見えた。
イベントが目白押しとなった前日の慌しさを自ら振り返ったときには、人間的な一面も見られた。「その日の午前中に昇格が決まり、午後は4時からの公式記者会見の準備をしていたから、練習後に子どもたちとぶらぶら過ごす計画が台無しになってしまったよ」。彼はそう語ったのである!

「子どもたちに納得してもらうため、事情を説明した」。
「子どもたちの最初の質問は、『ホルガーはどうしているの?』だった。とても優しい子たちだよ。彼らは、私が同じ経験をしたとき、私がどんな気持ちだったかを知っているんだ。こういう仕事なんだよ、と言うしかなかったね」

現実的な話をすると、日本語のできる人物が練習を直接指揮し、練習グラウンドやチーム・ミーティング、試合現場で通訳者を通じてメッセージを全員に伝える必要がなくなったことは、大きな意味を持つだろう。
さらに、エンゲルス監督は、何か不満があるときはメディアに伝えるのではなく直接自分に言ってくるよう選手たちに話すつもりでいる。ベテラン選手のオジェク批判がコミュニケーションの崩壊をもたらしたのを知っているからだ。

「隠す必要なんてまったくない。選手も知っているよ」とエンゲルス監督。
「私に直接言ってもいいし、コーチに話して、コーチから私に伝わるようにしてもいい。私は、1日24時間、彼らの話に耳を傾ける」

ただし、エンゲルス監督への批判はあまりなさそうである。クラブは建て直しの真っ最中。新監督は分け隔てのない好人物で、選手たちに敬愛されている。エンゲルス監督はフリューゲルスの消滅という挫折を味わい、さらにジェフユナイテッドと京都で解雇の憂き目に遭っているが、歴史が証明しているように、彼は生き残っている。そして、またも日本サッカーのトップに上り詰めたのである。

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俊輔を外したのは岡田監督のミス?

2008/03/17(月)

2008年3月14日:金曜午後に発表されたバーレーン戦(3月26日)に向けた中東遠征メンバーについて、いくつか話したい。
まずは稲本の招集。中盤を強化したい日本にとって、これは歓迎すべきことだろう。次に玉田。復調しているのなら、使わないテはない。ワールドカップ、ブラジル戦でのゴールは誰もが鮮明に覚えている。
そして、俊輔の招集見送りだ。これについては賛否両論。いや、どちらかと言うと否定的な見方が多い。

今回の見送りについて、ある人は、3月15日、18日、23日とセルティックでの試合を、ワールドカップ予選の3日前にはグレトナでのアウェーゲームを控えているのが理由だという。チームに合流して2セッション、ひょっとすると1セッションしかトレーニングできないかもしれないタイトなスケジュール。そんななか、わざわざ招集することもないと。
他方、俊輔は好調で良いプレーをしているし、グラスゴーから中東なら日本から行くより近い。岡田監督は俊輔を招集すべきだったという意見もある。

スケジュールがキツイのはわかるが、私はそれでも、岡田監督は俊輔を招集すべきだったと思う。日本代表のミッドフィールドが完璧というわけではあるまい。稲本がタフさと中央からの突破力を加えてくれるとはいえ、それでも俊輔の力は必要とされる。
この一戦はタフなゲームになるだろう。
素晴らしいフリーキック、中澤のヘッドにどんぴしゃりと合わせるコーナーキック、飛び出した玉田へのスルーパス、そして弧を描いてキーパーを避けるようにネットへ刺さるシュート。これらの中村のワンプレーが全てを変える可能性があるのだ。

それに加え、この21名は全員が初日から集結するわけではなく、準備も各自バラバラとなる。メンバーの多くは月曜日にドバイへ向け出発するが、ガンバとアントラーズの5名は水曜のアジアチャンピオンズリーグを終えてから金曜に。フランクフルトの稲本は木曜に合流する。そこからチームは数日かけ、徐々に準備することになる。
こうした状況とこの試合の重要性を考えるとき、俊輔を呼ばないのは岡田監督のミスのような気がする。どうやら、バルセロナとはプレーできるがバーレーンとはできないということらしい。

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オレンジ・ダービーを制したのは黄色い恐怖

2008/03/13(木)

2008年3月12日:土曜日にはアルディージャ対アルビレックスの「オレンジ・ダービー」が大宮で行なわれたが、アルディージャの勝利に貢献したのは黄色い恐怖だった。
アルディージャが2−0でアルビレックスを退けたその試合、軽やかな足どりと目にも鮮やかな黄色のシューズで、ペドロ・ジュニオールが只者ではないことを立証した。このブラジル出身の21歳のフォワードは、素早い動きと賢さでアルビレックスのDF陣に仕事をさせず、自身初ゴールでもある先制点を決めたほか、2点目のシーンでも相手DFを振り切ってからのシュートで小林大悟のゴールをお膳立てした。

前半に2点をリードされたアルビレックスは、後半早々から大宮DFに波状攻撃を仕掛け、ゴール裏に詰め掛けたサポーターの近くまで突き進んだ。しかしその初期の猛攻でもゴールラインを割ることができず、大宮が逃げ切りそうな雰囲気となった。
全体的に見れば、この試合ではアルディージャが改修されたNACK5スタジアム大宮で完璧なスタートを決った。ファンも、これからのシーズンに向けての自信を心のなかに芽生えさせたに違いない。ホームゲームのために埼玉県内を旅行していた時代が終わり、シーズン当初から本当のホームグラウンドを持てただけでなく、ついに海外から優秀な選手を獲得できたかもしれないのだ。
今年がJ1での4度目のシーズンになるが、これまでの最終順位は13位、12位、15位と、J1の安定勢力と呼べるほどにはなっていない。チームに密接に関わってきた人なら誰でも、その主な原因は失敗続きの外国人選手獲得にあると知っている。こうした失敗が常に、アルディージャのJ1での足かせとなっていたのである。

かつて監督を務めていた三浦俊也氏は、たとえ相手が大分でも、両チームの外国人選手を比べては愚痴をこぼしていたものだ。それは昨年のロバート・ファーベックも同様。誰か、覚えているかな? アリソン、エニウトン、サーレス…まあ、これくらいにしておこう。ただし、レアンドロは2007年に守備の要となり、今シーズンも順調なスタートを切った。また、ペドロ・ジュニオールとデニス・マルケスが入団したのは昨年の8月だった。

昨シーズンの後半は、デニス・マルケスの方がペドロ・ジュニオールより良さそうな印象を受けたのだが、アルビレックス戦はベンチだったし、その前のプレシーズンマッチではペドロ・ジュニオールがなかなかのプレーをしていた。
外国人が少しばかり安定した状態でシーズンを迎えられたことは、経験豊かな選手が揃っているチームを引き継いだ樋口靖洋新監督にとって大きな安心材料となっているはずだ。
開幕戦では、ペドロ・ジュニオールが黄色いブーツでの華々しいステップで大宮を勝利に導いた。アルディージャ・ファンは、彼がすごいゴールを決めるコツ(英語で“knack”)を知っていて、それをNACK5スタジアムで発揮して欲しいと思っていることだろう。

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J1の“スーパーリーグ”、優勝候補はレッズ

2008/03/10(月)

2008年3月7日:Jリーグの優勝を予想するのは難しい。そう、たとえシーズン最終日であっても。
シーズンの開幕前日になんて、これはもうほとんど不可能? いや最近流行りの言葉でいうと「不可能なんてあり得ない」だ。だって、2008年のチャンピオンはJ1“スーパーリーグ”の中から出るのだから。
ここで私が言う“スーパーリーグ”とは、レッズを筆頭にガンバ、アントラーズそしてダークホースのフロンターレの4チームだ。この4チーム以外に優勝争いに加わってくるチームは、たとえば、中村俊輔が夏にF・マリノスに復帰しチームを小笠原流に変身させるとか、そんなことが起きない限りおそらくないだろう。

ワシントンの得点力、MF長谷部のゲームメイク、そして小野の技を失いはしたが、今シーズンの私の一押しは浦和レッズだ。さらに、故障中の三都主とロブソン・ポンテは復帰までまだ数週間かかる見込みで、浦和としては良いスタートが必要になってくるだろう。
冬の間、レッズは良い補強ができた。高原とエジミウソンは良いコンビになるだろうと確信している。これまでのワシントンのワンマンショーではなく、彼ら2人でゴールを競いつつ挙げていくだろう。また梅崎の加入も大きい。積極果敢な攻撃型MFの彼は行動範囲も広く、中盤を攻撃にうまく結びつけてくれるはずだ。

自陣深くからの疾走でレッズサポーターの人気も高かった長谷部。浦和では彼の可能性を十分に活かしきれていなかったように思う。彼にはゲームをがっちりと握り、支配する能力があるのだ。とは言え、チームの核として阿部と鈴木啓太のコンビは彼の移籍で開いた穴を十分埋められるはずだ。すなわち、ディフェンスのカバーだけでなく攻撃がうまく機能するための基盤が揃った。トータルで見て、レッズの中盤はより強力になったと言える。
レッズは各ポジションに2人の選手がいる。さらに、ガンバやアントラーズと違いアジアチャンピオンズリーグで準々決勝まで試合を行なわなくて済むのだ。

一方、昨シーズン不本意な成績に終わったフロンターレだが、今シーズンは優勝争いに加われるだけの戦力は揃っている。爆発力のあるフッキがチームに新たな側面を持たせ、山岸がミッドフィールド左サイドを引き締める。ここ数シーズンの安定感に加え、フロンターレの今回の強さは本物だ。
昨年はガンバを優勝候補としたが、だとしても、私の優勝候補はレッズである。

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テレビの役割とは

2008/03/06(木)

2008年3月5日:英語にほとんど非の打ちどころがない、鹿島アントラーズのオズワルド・オリヴェイラ監督が、どの試合のあともメディアに対してコメントする様子は、まるでコメント製造機のようだ。
土曜日のゼロックススーパーカップ後も、彼はとりわけ調子がよかった。この試合は、ある英字新聞ではゼロックス・スーパーメス(スーパー騒動)と表現されていたが、まさにその通り。オズワルド監督の鋭い洞察には、このような問題でテレビが担っている役割――むしろ、どちらかというとテレビが担っていない役割――に関するものも含まれていた。私も以前に書いたことがあるのだが、この地でのテレビ局のアプローチは、イングランド、それからおそらく他のほとんどすべての国とは大きく異なっている。
オズワルド監督は、議論の的となる出来事が「やり過ごされ」、画面が次の瞬間にあっさりと「飛ぶ」ことがよくあると指摘した。スローモーションの再生なしに。分析もなしに。議論もなしに。誰が正しくて、誰が悪かったのか?

土曜日の試合のスポーツニュースは、ファウルの大盤振る舞いを受け、レッドカードから認められないゴール、ペナルティ・キックの裁定からキックのやり直し(両サイド)まで、そしてもちろん稀にしかないピッチへの侵入事件までを徹底的に切り刻み、消費した。
週末のサッカー番組でこのような瞬間をさまざまなアングルから繰り返し繰り返し再生し、レフェリーの誤審と思える事例(久保のペナルティ)を映すだけなく、レフェリーと彼のアシスタントが正しかった事例、たとえばクロスを出す前に新井場に対するオフサイドを示すフラッグがはっきりと上げられていた前半の田代のゴール取り消しも放送すれば、エンターテインメントになるし、教育的でもあるのではないだろうか? オフサイドを犯したのは、田代ではなかったのである。

最初に見たときには、レフェリーの判断の多くが誤っている、あるいは厳しいように思えるものだが、リプレーにより審判が正しかったことが判明することも多い。たとえば、イングランド・プレミアリーグの実況アナウンサーがレフェリーに謝罪し、実際にはレフェリーの裁定が素晴らしかったと認めたことも幾度かはあった。

土曜日には問題があまりも大きくなり、何が何だか分からない状態になっていた。テレビの評論家たちによる徹底的な議論そして分析があれば多少は助かっただろう。しかし、そんなことはありえない。日曜早朝に私が見たG+チャンネルでの再放送はPK戦後の大混乱を無視。佐藤寿人のヒーロー・インタビューに焦点を当て、背後で起こっていたドラマと騒ぎは完全に蚊帳の外であった。
オズワルド監督は両チームに公正な評価をしようとし、サンフレッチェへのレッドカードもアンフェアであると思うと語りながら、PK戦でダニーロと本山が失敗したときにはサンフレッチェのキーパーの方が、曽ケ端がストヤノフと斉藤のキックをセーブしたときよりもゴールラインの前に出ていたと指摘した。
議論を行ない、結論を得るには格好の話題だが、私が試合後に見た土曜日と日曜日の番組では、それらすべてが、オズワルド監督の言うように「やり過ごされて」いた。

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Jリーグスーパーマーケットは大盛況

2008/03/03(月)

2008年3月1日:ボールを蹴ることなく、サッカーシーズンのハイライトの一つが終了した。
金曜午後、ザ・プリンスパークタワー東京で「2008Jリーグキックオフカンファレンス」が開催され、全33チームから監督、選手が集まった。そこには大久保、岩政、鈴木啓太、下村、玉田、そして徳永の姿もあった。あるJリーグの役員はこのイベントを、メディアにとってシーズン・プレビューのための“スーパーマーケット”のようなものと表現していたが、この豪華なイベントに700名をこえるメディアが集まった。

イングランドのフットボール・ライターズ・アソシエーション(フットボール記者協会)主催の、シーズン終了後にロンドンで行なわれるプレーヤー・オブ・ザ・イヤーの授賞式以外に、このような華やかなイベントは記憶にない。これらのイベントには選手や監督が大勢参加するが、公式行事というよりはむしろ、ディナーテーブルを囲んで談笑したり、リラックスする非公式なものだ。

もちろん、イングランドと日本では事情が異なる。
サッカーが生活の一部でメディアが常に注目しているイングランドでは、このようなシーズン前の盛大なイベントは必要ない。施設がどんなに貧弱だろうが、メディア対応がどんなに無愛想でも、そして時として監督や選手がどんなに取材に対して非協力的であっても、メディアは群がってくるのだ。
一方、Jリーグはサッカーを確立させるために、歴史と伝統溢れる野球や相撲に夢中になるメディアを勧誘し、しっかり捕まえる必要がある。そういう点において、Jリーグは非常にうまくやってきたと言える。33チームのカラフルなブースでは豊富な情報が提供され、金曜日は大盛況だった。

カンファレンスのメインテーマは、2010年までに年間総入場者数を1100万人にするという目標を掲げた 「イレブンミリオン・プロジェクト」。昨年の数字は880万人。目標を達成するには毎シーズン7%の観客増が必要となる。今年の目標は、J1、J2、ナビスコカップ、そして3チームが出場するアジアチャンピオンズリーグの各ホームゲームを併せて950万人。おそらくそれは達成できるだろう。
日本のスポーツ界において、Jリーグは着実に地位を築いてきた。だが、将来Jリーグがこの華やかな「スーパーマーケット」を閉店することは私には想像できない。

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ジェフの光明

2008/02/28(木)

2008年2月27日:最初の印象が誤っている場合がある。とりわけ長期にわたる戦いが始まる前には――。
しかし、土曜日のフクダ電子アリーナでのジェフユナイテッド千葉を見れば、冬にチームの戦力の半分を失った今シーズンも、多くの人が予想しているほど苦しいものにはならないかもしれないと思えてくる。
ホームにレイソルを迎えた「ちばぎんカップ」でのプレーは活気とエネルギーに溢れ、選手たちは自分たちの実力を証明しようとしているように見えた。それは1つの時代の終わりというよりは、新しい顔ぶれを起用する機会を得た、新しいチームのスタートのようだった。

試合後、ヨジップ・クゼ新監督もこの点を認識していたようで、チームが順位表の下のほうに沈む危険はない、とジェフのファンを元気づけた。時間はかかるかもしれないが、チームにはかなりの潜在能力を持つ、優秀な若手選手が何人かいるし、自分には「本格的な」チームを作るのに充分な経験がある、と彼は語った。

さらに、その場にいた誰もが気づいたように、チームにはエディ・ボスナーがいる。
身長191センチ、体重88キロ。坊主頭のオーストラリア出身のこのセンターバックは、ゲームがとてもよく見え、左足のすさまじいフリーキックも持っている。12,933人の観客のなかにいたジェフの熱狂的ファンは、レイソルの選手たちを仰天させたらしいざっくり切り裂くタックルを見て、すっかり彼が気に入ったようだ。また、今シーズン、彼の荒々しいスタイルに対するレフェリーの対応方法も興味深い。レフェリーには、ファウルとハードタックルをはっきりと見極め、相手選手のリアクションではなくタックルそのものから判断を下して欲しいと思う。

バックの水本と、水野、佐藤、羽生、山岸という中盤の4人組を失ったジェフでは、欠けた部分をボスナーが早急に補う必要があるだろうし、同じことが斉藤や、出戻りの坂本、ニューリーダーの下村(私の昨年度のジェフのMVP)のようなベテラン選手、そして復調したときの巻にも求められるだろう。

巻が不在の日曜日の試合、クゼ監督は4−1−4−1のフォーメーションで中島を4バックの前の中盤の底に起用、レイナウドをワントップにした。監督が大きな期待をかけているのは野洲高校出身の青木孝太。彼はその試合ではじめは中盤の左サイドでプレーし、途中からはトップ下でプレーした。
野洲高校時代の活躍、そしてJ1での時折の出場を見た者ならわかるように、青木は素晴らしい左足を持っている。クゼ監督は、20歳にして「偉大な」選手になる素質を持っていると感じているらしい。

ジェフには、いつだって明るい面がある。スター選手はいなくなったが、その抜けた穴はすぐに埋められている。正直言って、現時点では入れ替わった選手が抜けた5人に匹敵するとは言えないけれど。ただし、6人あるいは7人の選手を故障で欠いていた土曜日の試合を観ればわかるように、現時点でのジェフの前途は明るい。

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冷静さを失わなかった日本代表

2008/02/25(月)

2008年2月23日:水曜夜の東アジア選手権、日本代表は2つの勝利を収めたと言える。まずアウェーでの1−0の勝利、そしてもう一つの勝利は挑発的で暴力的な環境のなかで見事な対応をしたことだ。

とりわけ最悪だったのはもちろん後半10分、安田理大に対するGK宗磊の酷いファウル。その瞬間私は、1982年に開催された歴史的なワールドカップ準決勝、西ドイツ代表GKシューマッハがフランスのバチストンに対して犯したファウルを思い出していた。バチストンが中央を突破してボールを蹴った瞬間、突進してきた相手GKに体当たりを食らうというその状況は、今回と非常によく似ていた。
全身で相手選手にぶち当たりながら、ピッチで意識を失い倒れているバチストンを心配する素振りも見せず、腰に手を当てゴールキックを蹴ろうとしていたシューマッハの方が、さらに悪質だった。

少なくとも宗磊はイエローカードをもらったが、審判がこのプレーをファウルだと判断したのであれば、あれはレッドカードでなくてはならなかったはずだ。ボールはすでに蹴られた後で、中国のGKは安田に対して右足で飛び蹴りを狙った。故意で危険なプレーだったのは明らか。日本側が激怒するのは当然だ。

他にもある。特に中国選手の手荒いプレーに怒り、ピッチに数分間倒れていてもおかしくないような場面でもすぐに立ち上がりプレーを続けた楢崎の自制心とスポーツマンシップには敬意を払いたい。ここでも私は、1982年W杯準決勝、フランスのウィング、ディディエ・シスがルーズボールをめぐって大胆にもシューマッハに挑み、無慈悲な怒れるドイツ人GKを感じたのを思い出した(ヘラルド・“トニー”・シューマッハについては、彼の自伝『開始の笛・原題:Anpfiff』を読まれることをお勧めする)。

厳しい状況のもと、中国選手たちが試合も冷静さも失いつつあるなかで、日本選手たちはときとして芝居がかったプレーを見せたものの冷静にプレーを続けた。これは大きな評価に値する。いずれにしても、これはサッカー界、特にアジアのサッカー界にとって大きなイメージダウンだ。
数時間後、チャンピオンズリーグ、セルティック対バルセロナの試合を見るためにテレビをつけ、ホッとした。重慶での馬鹿げた試合後の清涼剤だ。

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年齢制限と年齢違反

2008/02/21(木)

2008年2月20日:年齢制限のある大会でオーバーエイジの選手をプレーさせたとして、いくつかのサッカー協会に処分を下したアジアサッカー連盟には満点を与えたい。
U−16アジア選手権の予選中に行なったMRIテストの結果を受け、北朝鮮とイラク、タジキスタンには罰金とともに失格処分が、予選を通過しなかったバングラディシュ、ブータン、カンボジア、キルギスタンそしてマカオ5ヶ国には罰金が科せられた。サッカーの統括機関としては正しい措置だが、規則を巧妙に破ろうとする試みを撲滅するのは不可能な課題でもある。
こうした事柄から思い出されるのは、1994年にジャカルタで開かれたU−19アジア選手権、つまり日本が決勝にシリアで敗れた大会での出来事だ。

その舞台裏では、どのチームが「クリーン」で、どのチームがルールに従っていないのかをみんなが噂していたし、見た目は年齢制限通りに見えるものの、パスポートの中身はどうやらそうでないらしい選手も何人かいた。
私は、準決勝で勝利を収めたあとのシリア選手にインタビューしたことを覚えている。我々は広大な国立競技場のメインスタンドに腰掛け、通訳が付いてくれた。インタビューは行きつ戻りつしながらも無事に進行。私がいつも通り、最後にその選手の経歴について質問するまでは。

「誕生日を教えてくれるかな?」
私はなんの下心もなく、そう尋ねた。初めて会話が行き詰まり、通訳がその選手と議論を始めた。経歴に疑わしい部分があるのは明らかで、選手と通訳はそわそわし始めた。そのとき、私は理由を理解した。彼らも私が当惑しているのに気が付いたのだと思う。それまでインタビューは順調に進んでおり、彼らはとてもフレンドリーで、協力的だった。私は、バッグのなかを探して、すべての選手の誕生日が記されているチーム・リストを取り出して締めくくることにした。

「あった、あった」と私は言った。「この通りかな?」
2人は嬉しそうにうなずき、我々は握手をして、分かれた。危機は回避されたのである。

ちなみに、そのときの日本代表は、名古屋グランパスエイトに入団することになる、ゲームメーカーの伊藤卓がキャプテンを務めていた。鹿島アントラーズでケガに苦しみながら選手生活を送ることになる熊谷浩二が、中央のミッドフィルダーであるにもかかわらず、最優秀ディフェンス選手に選ばれた。また、前線には大木勉がいた。
あぁ、それから記憶が曖昧なのだが、日本の右サイドにはなかなか良い選手がいたなあ。なんて名前だったかな? 確か、ヒデトシとかいう名前だったような…。

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安田は岡田ジャパン左サイドの新オプション

2008/02/18(月)

2008年2月16日:岡田体制になって、まだ日は浅い。中国で開催される東アジア選手権で監督はプレーヤーたちのことをより詳しく知り、そして戦術を公式の大会という環境で試すことができる。
岡田監督が何とかしたいと思うであろうことを一つ挙げるなら、それはチームに、特にディフェンスにバランスを持たせる左利きの選手を見つけることだ。現時点では駒野を左サイドバックとして起用しているが、彼にとっては本来右サイドの方がプレーしやすいし、より効果的だ。
岡田監督の右サイドのオプションは内田、そしてジーコ監督のお気に入りだった加地と、豊富だ。したがって駒野は左サイドに回されることになる。私は駒野の大ファン。彼の粘り強さや前向きな姿勢を尊敬している。彼の頑強な体つきは対戦相手にとって厄介なものだ。しかし彼を左で使うというのは、あくまで一時的な妥協案に見える。

最近追加招集された20歳の安田が、岡田監督の新たなオプションとなるはずだ。安田はユース、オリンピック代表、そしてフル代表へと急速に成長してきた。7日間で3試合を戦うこの中国で、彼は間違いなく初出場を果たすだろう。
岡田監督の4−4−2システムでは、2人のフルバックは中盤の選手へというよりフォワードに幅を与えることが求められる。したがって左サイドのプレーヤーは、コンスタントに正確なクロスを上げることが必要となる。
駒野の左足からのクロスは、お世辞にも安定しているとは言えない。安田が安定したクロスを上げてくれれば、日本の攻撃に新たな一面を持たせ、エリアの中でより危険なものにできる。

候補は他にもいる。たとえばレッズで復調すればアレックス、さらにはマリノスの小宮山。
もう一人、左足のスペシャリストを挙げるとすると、ヴィッセル神戸の古賀誠史だろう。昨季途中に、元ボスである松田監督がアビスパから獲得した28歳の選手だ。中国でのチームの出来次第ではあるが、左サイドにより自然なバランスをもたせるために、岡田監督が経験のある選手を探するなら、新シーズンが始まったら元マリノスの古賀を試してみるのも良いだろう。

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千葉と寺田の朗報

2008/02/14(木)

2008年2月13日:2人の有望選手が、シーズン早々のU−23日本代表の遠征メンバーに選ばれた。1人はアルビレックス新潟の千葉和彦、もう1人はガンバ大阪の寺田紳一である。
日本代表が厳しい予選を戦っているときには、いずれもキープレーヤーと呼べるほどではなかったが、現在の2人は今後の数ヶ月で18人のオリンピック最終メンバーの座に居座りそうな勢いがある。

千葉はディフェンダーとして登録されているが、中央のミッドフィルダーとしてもプレーすることができる選手で、サッカーをよく知っているのは間違いない。1つ1つの動きを見ていればそれがはっきりとわかるし、数の限られている最終代表の座を射止めるには、そのような万能性が大きくものを言う。
昨シーズン、埼玉スタジアム2002でのレッズ対アルビレックス戦で素晴らしいプレーを見せたことを覚えている。チームは終盤のポンテの劇的な一撃により0−1で敗れたが、千葉は山のようなワシントンをマンマークし、見事に仕事をこなしていた。
ワシントンは、シュートを決めるだけでなく、フリーキックやペナルティーをもらうのも得意。しかし千葉は集中力と意志をもってプレーし、大柄なブラジル人が無理を通そうとするのを頑と拒否、職務を充実に果たしていた。
簡潔に言えば、千葉はしっかりとした態度でその才能を発揮して見せたのである。その姿は、昨シーズン、ジェフのメンバーとして等々力でジュニーニョをマークした水本とそっくり。若い日本人選手が懸命にプレーする姿、とりわけ経験と実績を持つブラジル人ストライカーと渡り合おうとする姿を見るのはいつも楽しいものである。

寺田については、私は素晴らしい可能性を秘めた選手であると思っている。速くて、鋭くて、大胆。両足を使うことができ、ゴールへの嗅覚もある。寺田が今シーズン、素晴らしいコンビネーションを誇るガンバの中盤でレギュラーの座を獲得するには、実力をコンスタントに発揮できることを監督の西野にアピールする必要があるだろうが、その素質には疑問の余地がない。
千葉も寺田も、2007年の末端メンバーの立場から、2008年のオリンピック代表に躍進できるだけの資質は充分にある。私はそう感じている。

中国での東アジアサッカー選手権に参加する日本代表チームについて言えば、すべてを賭けてプレーすべきは4人のストライカーだ。
高原、大久保、巻。岡田監督のトップ3のフォワードが全員欠場のため、播戸、矢野、前田、田代はアピールのチャンスを得たことになる。個人的には、播戸のゴールを期待している。先週の雪の埼玉でのタイ戦で、半袖、手袋なしの姿で途中出場した彼のことだから、きっと活躍できるはずである。あのときの播戸の姿こそ、まさにサムライ・スピリットではないか!

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日本代表のDFに違う一面を持たせた坪井

2008/02/11(月)

2008年2月9日:坪井慶介の日本代表引退という決断は、大きな驚きだった。キャップ数40を誇る28歳のDF坪井は、岡田武史監督率いる日本代表には自分の居場所はないと感じ、金曜日、今後は浦和レッズでのプレーに専念すると発表した。

先週土曜日、私は千葉県稲毛市で行なわれていた代表チームのトレーニングで坪井を見たが、彼はハツラツとしていた。しかし、彼は水曜日のタイ戦18名のメンバーには選ばれなかった。監督は中澤−阿部のコンビでディフェンスの中央を固定、ベンチには坪井や岩政でなく水本を置くことを選んだのだ。
3バックのレッズで右サイドバックを務める坪井にとって不利だったのは、岡田監督が4バックを採用していることだ。彼のスピードやマンマークの技術は3バックだからこそ非常に有効。レッズの攻撃中、ディフェンスの要として相手側FWのカウンターに目を光らせるのに、坪井ほどの適任者はいない。彼のペース、そして1対1での読みは、相手のカウンターを阻止するのに非常に効果的だ。この点において、坪井は代表チームに一味違う貢献をしてきた。しかし、水本の台頭により坪井の日本代表DFとしての序列が下位へ押しやられてしまった。

中国での東アジア選手権を欠場するもう一人のレッズプレーヤーは高原だ。高原はドイツから帰国して以来、精彩を欠いている。しかし復調した高原がどの程度やれるかは周知の事実。この点について、岡田監督は不安を持っていない。
中国での3試合は、岡田監督がチームの5人のフォワード、巻、矢野、播戸、大久保、そして前田のコンビネーションを試す良い機会になるだろう。

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タイ代表監督の興味深い指摘

2008/02/07(木)

2008年2月6日:日本のサッカー・ファン、とりわけ横浜F・マリノスのファンにとって興味深い話題を紹介しよう。
山瀬功治と中村俊輔では、どちらが良い選手なのだろう? タイ代表のチャンビット・パラシービン監督の答えには揺るぎがない。彼は山瀬の方が上だと考えている。月曜日の午後、西が丘サッカー場での練習後に少数のメディアから取材を受けたとき、このマリノスのゲーム・メーカーは日本のトップ・プレーヤーの1人だと述べた。

最も注目している日本人選手は誰かという質問には、チャンビット監督はチームのバックボーンである中澤佑二、鈴木啓太、高原直泰の名前を挙げ、さらに「ただし、先日の試合で2ゴールを記録した選手も大好きだ」と付け加えた。
山瀬ですね、とメディアが指摘すると、「そう、山瀬だ」と監督。「私は、彼の方が中村より良い選手だと思う。若くて、まだ伸びしろがある」

それは憲剛と俊輔、どちらの中村ですか?
「スコットランドにいる方だね」とチャンビット監督は明言した。
面白い…。それに、山瀬にとっては自信になる発言である。岡田武史監督はどう考えているのだろう、と私は思った。その答えは、まもなく分かる。一連のワールドカップ予選が進行し、中村(憲剛ではなく俊輔の方)がセルティックで本来のゲーム勘を取り戻すようになれば――。

チャンビット監督は自チームの選手についても面白い指摘をした。タイ代表の多くがJリーグでプレーすることを夢見ているという。そのため選手たちは日本戦にやる気をみなぎらせており、タイ代表の才能豊かな選手がJリーグのスカウトの目にとまればいいのだが、と。
上品な発想だし、タイの選手がJリーグにスパイスを添える可能性について考えるのも楽しいものだが、どうやら期待は薄い。私自身は、クラブの選手獲得ポリシーがもっと多様になればよいと思っている。しかし、タイの選手にできて、日本人の選手にできないことというと…一体なんだろう?

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山瀬をタイ戦スタメンに!

2008/02/04(月)

2008年2月2日:監督というものは時として、思いがけないチームの成長を目の当たりにするものだ。先日のボスニア対日本戦を例に取ってみよう。
前半33分、巻の負傷により山瀬が途中出場した。山瀬は動きの緩慢だった日本の中盤に活力を与え、その存在感を示すのに時間はかからなかった。そして後半、山瀬は1点のお膳立てをし、その後自身でも2得点を挙げる活躍をみせた。
水曜に行なわれるタイ戦ではおそらく、横浜F・マリノスの業師・山瀬が中村憲剛にから右サイド先発メンバーの座を奪うだろう。そのくらいのプレーをしたのだ。そうなると、鈴木はボランチ、遠藤を左サイドにそして大久保は高原と巻の下、ダイヤモンドのトップでプレーすることになるだろう。

フォワードライン後方という難しいポジションではあったが、ボスニア戦で大久保を先発起用したのは非常に良かった。チリ戦では純然たるフォワードとしてプレーし、このポジションで大久保がうまく機能するのか不安だったのだ。ゴールに繋げられなかったのはアンラッキーだったけれど、大久保は、深い位置からボスニアのディフェンス陣の後ろを取る良い走りを見せていた。

チリ戦では巻がボールの回りを動き回り、高原にシュートチャンスを作っていた。ということは、巻が同じように動きまわり、そして高原がエリア内でオープンスペースを探すことで相手ディフェンスは大久保の突進を計算する暇もなくなるだろう。
山瀬は自信に溢れ非常に積極的、シュートを打つ気満々。彼のおかげでチームやファンのムードが上がったと思う。

試合後のコメントで岡田監督は、前半は選手にその気がなかったというか、綺麗に決めようとし過ぎていたと語った。ゴールを目前にし、パスを選択するより自身の役目を果たすべき時に、遠藤と内田はシュートを打たなかった。
これは日本代表にとって昨日今日起こった問題ではないが、少なくとも岡田監督にはこの点についてはもっと厳しく、交代させるとかチームから外すぐらいの手段でもって対してもらいたいと思うほど十分腹立たしい程イライラさせるものだ。このレベルでは、そのくらい非常に大事なことだ。

ワールドカップ3次予選を目前に控え、試合開始からやるべき事をきちんとやれば、タイ戦は何の問題もなく勝てるだろう。積極的に、そしてとにかくシュートを打たねばならない。チャンスを逃すことなく決めること…。私の予想スターティングメンバーは、川口、内田、中澤、阿部、駒野、鈴木、山瀬、遠藤、大久保、巻、高原だ。

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調子は悪くても、俊輔は俊輔

2008/01/31(木)

2008年1月30日:岡田武史監督が下すべきもっとも重大な決断の1つは、中村俊輔の処遇である。中村をジーコと同じようにキー・プレーヤーとするの、それとも、やがて関係を絶つのか。岡田監督は、試合の勝敗を決める一瞬のきらめきを得るために中村をレギュラーとして使い続ける覚悟を決めるのだろうか?
今後数ヶ月は中村起用法に注目が集まるだろうが、それより何より、中村は調子を戻さなければならない。

日曜日のフォルカーク戦での中村のデキは充分というには程遠かったが、前半ロスタイムに上げたクロスボールが、この試合唯一の得点となるスコット・マクドナルドのヘディング・シュートを生み出した。
俊輔らしいプレーだった。この時点まではまるでお客さんのようで、彼の位置である、中盤の右側でボールを触ることはほとんどなかった。

それからロスタイムの3分の間には、ペナルティ・エリア右側にスペースを見つけて右足でボールをコントロール。もちろん左足にボールを持ち替え、走りこんで来たマクドナルドの動きを察知し、宝石のようなクロスを上げたのである。
コメンテーターが賞賛した。「あとはシュートを入れるだけの、完璧なアシストだ」。後半の中村はコメンテーターの言う“魅惑的なフリーキック”でフォルカーク・ディフェンスを翻弄。67分、途中交代でピッチを去るときには「明白なチームへの貢献」をコメンテーターに讃えられた。

まだ負傷離脱からの復帰途上であるため、動きにはまだキレがなく、スピードも物足りなく見えた。だが彼が最も求められるのは、試合の流れを変えてしまう、一瞬のプレーなのだ。
選手にとって何より必要なのは、試合に対処できる体調の良さである。岡田監督はそのあたりをうまく見きわめなければならないが、今すぐやる必要はない。それは5月末のキリンカップ、そしてホームで2試合、アウェーで2試合が予定されている6月のワールドカップ予選の時期が最適だろう。

セルティックの話題を続けるが、水野のジェフからの移籍がついに本決まりとなった。シーズン半ばだというのに、おなじみのグリーンと白の横縞に背番号「29」が付いたシャツがすでにオフィシャル・ウェブサイトで販売されている、しかも大幅なディスカウント価格で――。
契約期間は3年半。水野はスコットランドにじっくり腰を落ち着け、実力をアピールすることができる。それに、ひょっとして契約期間が終了するころには、見事なグラスゴー・アクセントを駆使するようになっているかもしれない!

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岡田監督始動

2008/01/28(月)

2008年1月26日:日本の選手たちが、金曜夜に開かれた記者会見で岡田武史監督が見せたパフォーマンスを真似できれば、日本代表の未来は明るい。そこには、やる気に熱く燃える男がいた。真剣に毅然としながらも、時折ジョークを飛ばす余裕。オレ流を貫く自信に満ち溢れていた。現場から距離をおいたのが良いリフレッシュになったのは明らかだ。

1997年、加茂監督更迭を受けアシスタントコーチから監督になった頃よりもずいぶんと力強い。言うなれば、サラリーマンのオカちゃんから岡田社長になったというところ。
とにかくやってみよう、そして試合に勝つための準備をしようという、ということが、その練習風景から見てとれる。前に監督を務めた時の保守的な手法からの、もう一つの変化だ。

岡田監督は、2010年のワールドカップで世界にインパクトを与える新しいブランドのサッカーを築きたいと語った。そしてそれを実現するため、スピード、スタミナ、積極性、そしてとりわけチームワークを選手たちに求める。早くも岡田監督の目にとまった一人の選手を挙げるならそれは、オリンピック代表のキャプテン、水本だ。4バックを採用するとなれば、彼はディフェンスの中央で中澤のパートナーになるだろう。

昨シーズン、水本はジェフで急成長した。ガンバはそのプレーに目をつけ、獲得を決断したのである。岡田監督がピッチ上の選手に求める素質を、水本は備えている。
大久保にも同じことが言える。日本代表としてのゴール数が誤解を招きやすいが、彼はデータで見るよりもずっと良い選手だ。昨年の日本代表の最終戦、エジプト戦でのゴールが大久保をその呪縛から解放し、今後のゴール量産に繋がってくれることを願いたい。

監督と選手の関係も、信頼と尊敬に基づいた非常にプロフェッショナルなものに見える。岡田監督が異議を許容する姿は想像できないし、それ以前に、異議に直面することもないだろう。どのようなプランでゴールを達成するのか、岡田監督は掌握している。
金曜日に話していたが、少なくとも2月6日のワールドカップ予選、タイ戦までは多少の準備時間がある。この試合が、最初のターゲット。チリ、ボスニアとの親善試合が、そこに向けた正しい方向性を示してくれるだろう。

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北京は本田を待ってくれる

2008/01/24(木)

2008年1月23日:本田圭佑は、選手生活の適切な時期に、海外で運試しをしようとしている。この左利きのミッドフィルダーはまだ21歳。VVVフェンロ(オランダ)との契約期間は2年半となっているため、長い時間をかけてオランダリーグに慣れ、自身を成長させることができる。もし成功すれば、オランダのより大きなクラブ、あるいはヨーロッパのより大きなリーグに移ることも期待できる。たとえ移籍先に馴染めなくとも、帰国して日本でキャリアの再構築を図ればいい。ちょうど、グルノーブルで短期間プレーしたあとの梅崎と同じように。

身長182センチ、体重72キロの本田の体格は、オランダリーグに充分対応できるものである。ただし、日本よりフィジカルが強く、タックルと空中戦はより激しく、厳しいと感じるだろう。
私の母国では、サッカーをプレーする権利を勝ちとらなければならない、という表現がある。とりあえずは、より激しくプレーし、より多く走り、より積極的にプレーして相手を圧倒しなければならない、といった意味だ。そうして初めて、スタイルを発揮し、魅力的なサッカーができるようになるのである。
これは本田が最初に学ばなければならないことであり、戦術と技術の両方で、この新しい思考方法と規律に順応せねばならない。

技術面では、本田の左足が素晴らしさには疑いの余地がない。オリンピック予選の香港戦での驚異的なフリーキックは、誰も忘れることができないだろう。あのときは右サイドからのシュートが急カーブを描きながら落下、ファーサイドのゴール隅に突き刺さり、香港のキーパーは立ち尽くすだけだった。もちろん、このような特技はおまけのようなもの。本田のプレーを表現するには、フリーキックのスペシャリストという呼び名だけではまったく不十分だ。
本田は、左サイドでのプレーぶりにより、セフ・フォーセンのお気に入りの1人となっていた。オリンピック代表の招集で本田が不在のときにリーグ戦でチームが敗れたあと、このオランダ人監督がさんざんぼやいていたのを、そして、不満を漏らすだけの権利は充分にあると自分自身で思ったものだ。

ガンバの安田が台頭してきたため、本田はもはや無条件でオリンピック代表に選出される存在ではなくなっている。しかし、しばらくの間は、本田はこんな心配をするべきではない。優先順位と目標は、フェンロで自らの立場を確固たるものにし、ヨーロッパで成功することにある。これからの数ヶ月、北京のことは後回しでもよいのだ。

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キーガン、ガンバ、そしてシアラー

2008/01/21(月)

2008年1月19日:先日、ジェフユナイテッドが重大局面を迎えていると書いた。イングランドでも、意味は違うものの同様のことがニューカッスルで起こっている。ケビン・キーガンが監督に就任したのだ。“ジョーディーの救世主”と呼ばれた彼の、監督としては2回目、トータルでは3回目のニューカッスル入りだ。

イングランドのサッカーや文化を勉強している学生たちのために言っておこう。“ジョーディー”とはタイン川下流域で生まれ育った人たちのことである。キーガン監督はタイン川近くで生まれたわけではなく、多くのニューカッスルファンもジョーディーではない。しかし、ジョーディーの民衆にとってキーガンはヒーローであり、彼の復帰は世界中のニューカッスルファンにとって喜ばしいことだ。もちろん、私もうれしい。

先週末、マジパイズはオールドトラフォードで0−6の惨敗を喫し物笑いの種となった。あの有名な黒白ストライプのユニフォームを着るチームに何が期待できるのか、というパロディだった。しかし今、プライドと希望が再び生まれている。
1970年代半ばのオールドトラフォードでのリーグカップ戦で、ニューカッスルが2−7と大敗したことがある。だがその試合の彼らは決して、内容ではスコアほど劣っていなかったし、ファンも恥じる理由はなかった。そう、今日でも“We are the Mags”というニューカッスルのチームソングの中に「俺たちに7−2で勝ったマンU(マンチェスター・ユナイテッド)なんか大嫌いさ」という歌詞がある。

さて、次はキーガンと日本について。
1996年夏に万博記念競技場で行なわれたニューカッスル戦、どのくらいのガンバファンが観にいっていたのだろう。キーガンは当時の監督。1−3の敗戦ながら、“サーレス”ファーディナンドが美しいヘッドで1得点を挙げた。当時の名古屋グランパスエイトの監督、アーセン・ベンゲルもスタンドで観戦していた。
私はニューカッスルの朝刊紙、“ザ・ジャーナル”の仕事で、バンコクからシンガポールを経て吹田で終了した彼らの遠征を取材していた。正直なところ、強豪マジパイズの極東遠征の取材は楽勝だろうと高をくくっていた。

バンコクでチームのホテルを訪れたとき、ファンに追われながらロビーを足早に通り過ぎるキーガン監督を見かけた。私は自己紹介をしたが、キーガン監督には緊急な用事があり「申し訳ない。いま時間がないんだ。シアラーと契約したところでね。後で話そう」と語った。ニューカッスルはアラン・シアラーと1500万ポンドの契約を結び、史上最高額の契約金の記録を作ったばかり。そしてキーガン監督は、シンガポールでこの新加入選手と会うことになっていたのだ。
おかげで、私のバカンス気はすっかり吹き飛んでしまった!

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ユナイテッドじゃなくなったジェフ

2008/01/17(木)

2008年1月16日:ジェフユナイテッド・ファンの苦しみは、いつ終わるのだろう? 新シーズンの始まりはまだ7週間も先なのに、二大スポンサーの古河電工とJR東日本にとっての「我らが不満の冬」が去ると、ユナイテッドな状態ではなくなったジェフが早くも降格候補として囁かれている。
水本(ガンバ)水野(セルティック)佐藤(京都)山岸(フロンターレ)羽生(FC東京)が移籍濃厚あるいはすでに移籍。万能選手である坂本のアルビレックスからの復帰が、唯一の明るい話題である。
ジェフは、これまでにも良い選手――山口、茶野、村井、阿部――を失う傾向があったが、これほどの規模の流出はかつてなく、1月の段階で“J1残留危機クラブ”と表現しても誇張にならなくなってしまった。

まあ、1996年と1997年にガンバを指揮した、クロアチア人監督のヨジップ・クゼを迎えたのは確かである。ただし、トレーニングが再開されたとき、どれほどの選手が揃っているかは定かではない。
ジェフにとっては、まったく残念な状況。ナビスコカップで2度優勝し、蘇我駅より近く、リーグでも最高のスタジアムの1つに数えられるフクダ電子アリーナを持つこのクラブは、すべてが順調であるように見えたのに。

昨シーズン、グラウンドの外でクラブ関係者と話したとき、その関係者は、シーズンチケットの保有者数が市原臨海競技場時代の1,800人から5,000人に急増したと言っていた。これはクラブにとっては素晴らしい数字だ。さらに、ジェフは遠く五井にあった市原臨海競技場でのホーム戦の観客数と同じくらいの数の観客を、アウェーでも動員できるようになりつつあった。

注目に値する魅力的なチーム。優れた選手を何人か擁していたジェフは、上昇の一途にあった。しかし、現在は崩壊状態。最近では羽生のFC東京移籍が重い一撃…。
羽生は、ユナイテッドのなかでも際立っていた選手の1人で、オシムが評価していた日本選手の特性を具現化した選手だった。もっとも、羽生の才能と潜在能力は、オシムが評価する以前の2002年に、ジョゼフ・ベングロシュ前監督も認めていた。
それが、筑波大学からユナイテッドへの入団を羽生に決めさせた最大の理由で、メディアが阿部に注目していたときも、ベングロシュは、羽生のように日ごとに、試合ごとに急速に伸びる選手は見たことがないと語っていた。またベングロシュは、羽生がプロのクラブに入るまでに大学で数年間を無駄にしたのは残念だったと話していた――彼によると、プロに入るのが6年遅かったそうである。

幸せだった頃の思い出。いま、ジェフのファンに残されているのは、それだけだ。

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水野は俊輔2世ではない

2008/01/14(月)

2008年1月11日:さて、水野晃樹は“中村俊輔2世”なのだろうか? ここ数年間ジェフでプレーする彼を私は見てきたが、そのテの比較をしたことがなかった。だが、スコットランドのメディアは今、セルティック繋がりで彼をそう紹介しているのだ。私には、水野と中村が日本人であるということ以外、何ら共通点を見出すことができない。

そういえば数年前、イングランドの新聞社が「西澤明訓が日本で中田英寿と同じくらい人気のある選手というのは本当なのか」と尋ねてきた。ボルトンの夕刊紙からの電話だったが、私が、西澤は中田英寿や中田浩二ほどの人気はないと答えると彼らは非常にがっかりしていた。

水野はもちろん俊輔と同じ日本人ではあるが、“中村俊輔2世”とは程遠い。水野晃樹は根本的に右ウィングで、持ち前のスピードでマーカーを振り切りクロスを上げるタイプの選手。時には自身で中へ切れ込み、左足でも、右でもシュートを放つ。さらには中央でもプレーでき、トップ下で動き回って中央でディフェンダーの間を走りぬける。

つまり、水野は“中村俊輔2世”などではない。まったく違う選手だ。しかし、チームに貢献できる力は十分に持っている。セルティックのゴードン・ストラカン監督が典型的な日本人プレーヤーを探しているというのなら、水野はスピードはないものの時間とスペースさえあれば最高のパサー。セットプレーのスペシャリストである俊輔よりもはるかに日本人らしいプレーヤーだ。
スティーブ・ペリマン氏が日本にいた頃、彼は「中村は左足で豆の缶詰を開けることもできる」と私に語った。まぁ仮にそれが事実だとしても、私は足で開けた缶詰など味見したくないけどね…。

もしこの移籍が成立したら、水野のペースと中村のパスのコンビネーションはかなりうまくいくのではないだろうか。とは言え、ジェフファンにとってはさらに嬉しくないニュースである。

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またもスマートなガンバのルーカス獲得

2008/01/10(木)

例によって、ガンバ大阪が外国人選手の移籍市場で活発に動いている――ただし、彼の獲得にはそれほど苦労はなかったようだ。
今回、ガンバは、遠くFC東京にいた経験豊かなストライカー、ルーカスをターゲットとし、獲得に成功した。これまでの外国人選手と同じく、ルーカスはまったくリスクがない。これまでJリーグで数シーズンプレーしており、ストライカーとしての安定した実力が立証されているからである。
リーグ戦120試合出場で48ゴールという実績はなかなかのもの。来シーズンはパワフルなバレーとのコンビで力を発揮することだろう。ちなみに、バレーもヴァンフォーレ甲府から獲得した選手であることは言うまでもない。
ルーカスは残念な経緯で退団しなければならなかったマグノ・アウベスの後釜だが、ガンバはブラジルにも再び足を踏み入れ、ディフェンス陣でシジクレイの穴を埋める選手としてインテルナショナルからミネイロを獲得した。

とりあえず、Jリーグの他クラブで成功した外国人選手を獲得するという、ガンバのポリシーに話を戻そう。このクラブは選手の記録を綿密に調査し、ピッチの内外での気性もチェック。その上で、より多くのお金とタイトルに挑戦するチャンスをオファーするのである。本当にわかりやすいやり方でしょう?

数日前、私はこの方法について日本人の同僚と議論したのだが、この同僚はまったく異なる見解を持っていた。
クラブが海外に赴き新外国人選手を獲得してリーグへの関心を高めようとしないのは、日本サッカーにとって好ましいことではない。彼はそう考えていた。また、クラブが外国(ブラジルのこと。ほとんどのクラブではイマジネーションの欠如により外国といえばブラジルということになる)の新顔の選手に絶えずオファーを続ければ、ファンを引きつけることになると言うのである。

私には、理解に苦しむ考えだった。まったく未知の選手(とそのエージェント)にクラブは今まで以上のお金を費やすべき、つまりノンリーグの選手にプレミアリーグ並みの報酬を支払うべきだと言っているように思えるからだ。
そういう観点から見れば、ガンバのポリシーはまったく堅実なもので、うまいビジネスのやり方に思える。最高の外国人選手をガンバが「奪っている」と感じているクラブは、当初から2年または3年の契約を提示すべきなのだ。もっとも、そうするのは当然ながら大きなギャンブル。高いリスクがつきまとうものであるのだが…。
ガンバのポリシーを否定する人がいるのが、私には理解できない。

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トータルフットボール、トータルジャパン

2008/01/07(月)

2008年1月5日:日本代表監督に復帰して以来、岡田武史監督のコメントには彼の本心が随所に見られる。まず最初に選手たちに、目標はワールドカップ史上アジアのチーム最高の成績を残すこと、つまり2010年南アフリカワールドカップで3位以上に入ることだと告げた。さらに正月のインタビューでは、1974年に“トータルフットボール”としてサッカー史上にその名を刻んだオランダチームのように、史上に残る“ジャパン”ブランドのサッカーをしたいと語った。

もちろん彼の意図は、名将リヌス・ミケルスの戦術を真似ようということではない。そのためにはクライフ、ニースケンス、ファンハネヘン、ハーン、クロル、レップ…今でも名前がすらすらと出てくるような荘々たる顔ぶれの名選手の発掘、さらにはオレンジ・マジックが必要になる!
それよりはむしろ、日本らしいスピード、動き、パス回し、そして組織力を活かしたユニークなサッカー、オシム監督指揮下の日本代表がアジアカップで垣間見せたあのサッカーを完成させようということだろう。
南アフリカに向けてのタフな道のり(最低14試合、最高18試合)を控えた岡田監督からのなんという力強く野心に溢れた言葉だろう。

タイ、バーレーン、そしてオマーンを相手に日本はアウェーでもホームでするのと同じように主導権を握らねばならない。それだけでなく、プレーによりシャープさを加え、より積極果敢にゴールを狙っていく必要がある。
であるからこそ、私は大久保が今年一番注目の選手、高原のJリーグ復帰、レッズ移籍は岡田監督と日本代表にとって大きなボーナスだと思うのである。

高原は代表チームでの地位を危機に晒しながら、ヨーロッパのベンチで時間を無駄にする必要などない。埼玉スタジアムの5万人のファンや日本各地の満員のスタジアムでプレーできるのだ。高原のJ復帰で、アウェー戦でも数千人のファンが増えるだろう。何より、代表監督の目の届くところでプレーし、スケジュールだって合わせることができる。
非常に大事な時期を迎える日本サッカー界にとって、高原の復帰は賢明な選択だったと言える。そう、“トータルジャパン”の実現に向けて…。

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サンフレッチェの説得活動は続く

2008/01/04(金)

2008年1月2日:アントラーズとサンフレッチェが戦った元日の天皇杯決勝のあと、試合に出てさえいなかった選手の話題が多く出た。そのこと自体が、日本でもっとも期待されている選手の一人、柏木陽介の成長ぶりを物語っている。
J2降格が決まった今、柏木はサンフレッチェに残留すべきなのか、それとも満足のゆくオファーを受け入れキャリアアップを目指すべきなのか。柏レイソルが触手を伸ばしているそうだが、おそらく他のクラブも同様だろう。

J2でプレーする場合、オリンピック代表に選ばれる可能性そして2008年にA代表でプレーする可能性は減少するのだろうか?
当然、サンフレッチェでは柏木の残留を望んでいる。柏木はピッチ上のプレーだけでなく、その商品価値を考えればピッチ外でも重要な存在。柏木を出場停止処分で欠いたサンフレッチェが0−2で破れた天皇杯決勝後、私はクラブの常務取締役を務める高田豊治氏と少し話す機会があった。

柏木は残留して、J2でフルシーズン――チーム数増加により、来季は42試合――を戦うべき。そうすることでより安定したプレーができるようになる、というのが高田氏の見解だ。
「彼はまだとても若い。デキの良いときと悪いときがあるのは当然だと思う」。12月15日に20歳になった中盤の魔法使いについて、高田氏はこのように語った。「サンフレッチェに残留すれば、来季は好不調のギャップを埋められるようになり、プレーのレベルがより安定するようになるでしょう」。

高田氏の考え方は現実的で納得もできる。J2で1シーズンを過ごすことが、必ずしも後退を意味するものではないことも証明されている。
たとえば、京都の元監督で現在はレッズの監督補佐を務めるゲルト・エンゲルスに、パク・チソン(朴智星)が京都の一員としてJ2でプレーした結果どれほど成長したかを聞いてみればよい。過酷なスケジュールのなか、若き韓国人選手はほとんど毎週、土曜―水曜―土曜という間隔で厳しい試合に臨まなければならなかった。その結果、パク・チソンは練習では決して身につけることのできない切れ味を身につけたのである。PSV(オランダ)もマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)も、その点は認めるだろう。

広島の同じく有力選手・駒野友一の場合は、すでに代表チームで地位を確立しているので柏木とは状況が異なる。駒野については、ヴィッセル神戸が獲得を目指している。
ただし高田氏によれば、日本代表の岡田武史監督は、たとえ駒野や他の選手がJ2でプレーすることになっても選考の対象にすると言明しているという。

2007年にも懸命に努力したが、サンフレッチェは有力選手にJ2でプレーしてもらうための説得活動を今も続けている。さて、選手相手のこの戦いでクラブはどれだけの結果を出せるだろう?
1−1のドロー。これが妥当な予想か。

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梅崎獲得で幸先の良いスタートを切ったレッズ

2007/12/31(月)

2007年12月29日:ここ数週間、浦和レッズが大分トリニータの梅崎司を獲得するという噂がささやかれていたが、水曜日、正式に移籍が決定した。
若干ハタチの梅崎だが、スピードと頭脳は群を抜いている。彼は様々な攻撃的ポジションをこなすことができ、1年前にジェフから移籍した阿部勇樹が守備的ポジションでそうだったように、監督にとっては様々なオプションが増える。
レッズは移籍金を公表していないが、報道によると2億円だそうだ。降格の危機を避けたい大分は、これで来季に向け全ポジションの補強を行なえる。当面に間は、大分はもちろんのこと、いまだ補強の終わらない浦和も積極的に移籍話をすすめることだろう。

先日の天皇杯5回戦、千葉で行なわれたガンバ対トリニータ戦で、私は著名な日本人エージェントと話をした。
アジアチャンピオンズリーグでの勝利とJリーグの観客収入で、浦和には潤沢な資金がある。彼らが獲得を狙う上位3選手は、梅崎、FC東京の今野、そしてサンフレッチェの柏木。日本人エージェントによると、レッズは長谷部、そして、1月あるいは来夏にヨーロッパ移籍の可能性がある鈴木の後釜が必要なのだという。
他にレッズへの移籍が噂されているのは、サンフレッチェの駒野、そしてワシントンの代役としてアルビレックスのエジミウソン。埼玉ではまだまだ移籍話が進行している。

梅崎の獲得は、幸先の良いスタートだ。彼はレッズの攻撃にひらめきと創造性を与えてくれることだろう。タイプとしては大久保似で、トップ下を走り回ってオープンスペースを探し得点に結びつけることができる。
JリーグでMVPに輝いたロブソン・ポンテの負傷は、梅崎にとっては来季の先発の座を獲得するチャンス。ただし、レッズのような強豪チームで自身の存在を示すことは大きな挑戦でもある。
さらに言うと、梅崎にはオリンピック代表入りの可能性も残されている。北京へ向け、反町ジャパンは進化し続けている。

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降格にめげず進むサンフレッチェ

2007/12/27(木)

2007年度Jリーグのシーズン最大の驚きは、サンフレッチェ広島の降格だった。
選手たちの顔ぶれを見れば、残留するに充分なほどの若さと戦力が備わっていたように思うが、サンフレッチェは入替え戦で京都サンガに敗れた。その後、3本の矢が元気を取り戻し、天皇杯の準決勝まで勝ち進んだのは、まったく見事である。その後の結果がどうなろうと、少なくともサンフレッチェのプライドはいくらか回復しただろうし、降格という憂き目を経験したサポーターにも元気を与えることになった。

正直なとこと、私はサンフレッチェが降格争いに加わるとは予想していなかった。全体的な選手の質から見ても、J2に落ちるとは夢にも思わなかったのである。
リベロのストヤノフ、中盤の中央の戸田と青山、前線のウェズレイと佐藤というチームのバックボーンを、トップ下の柏木、サイドの駒野と服部が補強するという陣容。さらに、森崎ツインズの経験と巧みさが加わり、バックにはユース代表チームのキャプテンである槙野、ゴールには下田という人材もいる。なぜサンフレッチェが瓦解したのかを解き明かすのが、難しいくらいである。
総じて言えば、サンフレッチェには順位表の中位で定着するのに不可欠な要素である、優れたディフェンダーが1人欠けていた――さらに言えば、サンフレッチェの降格こそが、Jリーグの進化を強く裏付ける証拠となっているのである。

ここ数ヶ月でも、Jリーグの進化を示す例がほかにも2つあった。1つはU−22(22歳以下)代表の北京オリンピック出場権獲得。もう1つはリーグ優勝でシーズンを終えようとしていた浦和レッズの見事なまでの苦戦ぶり。
反町ジャパンにはこれまでのチームのようなスター選手はいなかったが、チームは普段からJリーグ・サッカーで鍛えられ、良いプレーができるようになった。典型的な例としてすぐに思い浮かぶのは、水本と水野のジェフユナイテッド・デュオだ。

レッズについては、自信に満ちていると思える時期もあったが、最後の5試合で勝つことができなかった。最初の3試合を連続で引き分け、最後の2試合はホームでアントラーズに、アウェーで横浜FCに敗戦。この結果も、トップリーグの層の厚さを立証しており、実際にグランパス、フロンターレ、エスパルスがいずれもシーズン終盤に浦和から勝点を奪い取っているのである。
サンフレッチェは高価な代償を支払うハメになったが、一連の流れをトロフィーで食い止めることも依然として可能なのである。

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“非公式”なフラメンゴ対リバプール戦の“公式”な記憶

2007/12/24(月)

2007年12月21日:それが公式であろうとなかろうと、1981年のトヨタカップでジーコ率いるフラメンゴがリバプールを3−0で撃破したという事実は誰も否定できない。たとえFIFA(国際サッカー連盟)であっても。
しかしながら、FIFAは現在のFIFAクラブワールドカップ(W杯)以前の勝者を認めないことで、彼らの功績を奪おうとしている。ジーコ氏もこの決定には不満を持っており、「FIFAの見解ではこの試合は行なわれなかったことになる。これはリバプールにとっては喜ばしいことなのかもしれないが、これは“オフィスで座っているだけの人々”が選手やファン、そしてメディアからサッカーの歴史を奪うことだ」と語った。
イングランドの自宅でその試合を見ていたことを、私は今でも鮮明に覚えている。ジーコは得点を挙げることはできなかったものの、強力なリバプールをフラメンゴが叩きのめしたその試合のMVPに選出された。

リバプールのイングランド代表CBフィル・トンプソンの試合後のインタビューも記憶に残っている。彼は、リバプールは決して負けていなかったと強調。フラメンゴへの一切の賞賛を拒否した。
冬の陽射しのなか、東京・国立競技場を埋め尽くしたサポーターたちの鳴らすホーンが絶え間なく鳴り響き、日本中を湧かせたあの日のことも、よく覚えている。その素晴らしく、そしてエキゾチックな感動が、遥か遠くから伝わってきた。

しかし先日、日本で行なわれたクラブW杯で、FIFAは自身が主催する4つの大会しか公式に認定しないと発表した。ホーム&アウェーの2試合後、トヨタカップとして1試合を戦う他の方式は、公式な大会として認めないというのだ。まあ、何とでも好きにすればいい。人の記憶まで消すことはできまい。FIFAが認めようが認めまいが、フラメンゴのトヨタカップでの勝利は彼らの公式な功績として残る。

その試合は、1982年スペインW杯で有名になったあの伝説の“黄金のカルテット”ジーコ、ファルカン、ソクラテスそしてトニーニョ・セレーゾの誕生を感じさせた試合でもあった。彼らはもちろん偉大な選手たちだ。しかしW杯でのイタリア戦、肝心なところで守りきれなかったり(ロッシのハットトリックで2−3の敗戦)、時々ポカをするCFのセルジーニョがいたりと、チームとしては偉大とまではいかない。
私は以前、当時鹿島の監督を務めていたトニーニョ・セレーゾ氏にこの話についてインタビューをした。彼は首を振り、1982年のブラジル代表チームは偉大なチームではなかったと、自ら認めた。結局のところ、彼らは準決勝にも進むことができなかったのだ。

いずれにせよ、ジーコ氏もFIFAの決定についてはそれほど気に留めないだろう。伝統と歴史を理解する人たちなら誰もが、1981年に行なわれたフラメンゴ対リバプールの一戦の衝撃と素晴らしさを十分理解しているのだから――。

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夢見心地のオズワルド監督

2007/12/20(木)

2007年12月19日:月曜夜のJリーグアウォーズは、今シーズンのチャンピオンが鹿島アントラーズであるという事実を忘れさせるようなものとなった。ベスト11にはレッズから5人、ナビスコカップ王者のガンバから3人が選ばれ、年間最終選手はロブソン・ポンテ。レッズはさらに、アジアチャンピオンズリーグでの優勝、FIFAクラブワールドカップの3位が評価され、特別賞が与えられた。

ただし、特筆すべきものといえばオズワルド・オリベイラ監督の表情が全て。彼の嬉しそうな笑顔が事実を物語っていた。つまり、チャンピオンはアントラーズで、彼が今も夢見心地だということである。
最終節でアントラーズがエスパルスを3−0で破り、レッズがアウェーで横浜FCに0−1で敗れたため、アントラーズは最後に浦和を飛び越えた。そうしてアントラーズが5度目のリーグ優勝と計10度目のメジャータイトルを獲得してから2週間以上が過ぎた。
シーズン最終戦までの9連勝を含め、信じられないような仕事をやってのけたというのに、オズワルド監督がいまだに来シーズンの契約を更改していないのが、私には驚きである。
「これからの2週間で話がまとまるはずだ」とオズワルド監督は語った。
アントラーズファンは、最後の最後にどんでん返しがおこらないよう祈り続けることになるだろう。なぜなら彼は、過去の常勝アントラーズ時代の監督のような充分な選手層と金銭的な余裕がないまま、就任1年目で素晴らしい業績を残したのである。彼の起用した選手は求められたプレーをし、不安定な立ち上がりのあと、この監督は強固なチーム・スピリットを作り上げたのである。

ベスト11の選出については、オズワルド監督は鹿島から2〜3人の選手、とくにゴールキーパーの曽ヶ端と若手のライトバックの内田が選ばれるかもしれないと思っていたようだが、あまり気にかけてもいなかった。
私の場合、MVPはいつも優勝チームの精神的支柱となる選手を選ぶことにしているので、今回は岩政とした。岩政はアントラーズからただ1人、ベスト11に選ばれた。オズワルドに彼の選ぶMVPは誰かと尋ねたところ、彼はフロンターレのストライカー・ジュニーニョを選んだ。ただし、22ゴールで得点王を受賞するためMVPには選ばれないだろうとも思っていたそうだ。
さて、その素質と潜在能力からオズワルドがひそかに期待している選手はだれだろう? じつは、野沢である。野沢はシーズンの残り1試合の時点でレッズを破った、浦和スタジアムの試合であの美しく、きわめて重要なゴールを決めた選手である。

もちろん、アントラーズがリーグとカップのダブル優勝をする可能性も充分にありうる。土曜日に天皇杯の準々決勝を戦う相手は、ホンダFC。来シーズンを見据える前に、オズワルド・アントラーズにはまだもう1つやり遂げるべき仕事が残されているのだ。

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マルディーニにブーイング? 〜壊れたレッズファン〜

2007/12/17(月)

2007年12月15日:レッズファンの皆さんに、いくつか話しておきたいことがある。アジアチャンピオンズリーグ、そしてFIFAクラブワールドカップ(W杯)で大勢のファンがチームをサポートする姿は、非常に印象深いものだった。スタンドもまるで劇場の観客のように静かで、どちらかというと練習試合のようだったクラブW杯(トヨタカップ)で、あなた方は素晴らしい雰囲気を作ってくれたと言っても良いだろう。

しかし…あの名選手、パオロ・マルディーニに対するブーイング! あれは一体どういうことなのだろう? マルディーニは、その態度、誠実さ、プロ意識のどれをとってもサッカー選手のお手本のようなプレーヤー。紳士であり素晴らしいプレーヤーなのだ。彼のような偉大な選手が残り10分でピッチに現れたなら、たとえ相手チームであろうとそれなりの迎え方があろうというもの。何でもかんでも、ブーイングすれば良いというわけではない。それをレッズファンは知るべきだ。

例えば、田中達也にファウルを犯した土屋や、ジュビロの監督として埼玉スタジアムにやってきた山本昌邦・元オリンピック代表監督にレッズファンがブーイングをするのは正当化できる。私も、一サッカーファンとして特に文句はない。これもサッカーの一部。ブーイングを受けた側も、それに慣れていかねばならない。

しかし、マルディーニにブーイング? マルディーニが横浜の日本人ミランファンからだけでなく、スタジアムから盛大な歓声で迎えられていたら、どんなに素晴らしかったことか。セリエAのライバル・インテルのサポーターだって、マルディーニにはブーイングをしないのに…。
レッズファンも、味の素スタジアムのFC東京ファンを見習うべきだろう。イングランドから帰国した川口能活がジュビロ磐田のGKとしてやって来た、あのときのFC東京サポーターの対応には非常に感心した。
マルディーニほどではないにしても、川口も紳士。サッカーの伝道師と言って良い。ゴール裏に陣取ったウルトラス東京は、川口にスタンディングオベーションを送ったのだ。
フーリガンが席巻するイングランドに育った私は、GKがそれに応えると応援と歓声がヤジやVサインに変わるだろうと、半ば期待していた。しかし、東京のファンの態度は素晴らしいものだった。マルディーニにブーイング? レッズファンよ、あなた方はこんなレベルではないはずだ。

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ガンバの新星・寺田

2007/12/13(木)

2007年12月12日:土曜日にフクダ電子アリーナにやって来た熱心なファンをもてなしたのは、面白い試合と、強豪チームの主力選手へと急速に成長しつつある選手がまたも見せた素晴らしい個人技だった。その試合は天皇杯5回戦のガンバ大阪対大分トリニータ戦。選手はガンバ大阪の寺田紳一。今シーズン、寺田については以前にも書いたが、将来にはさらに多くとりあげることになるだろう。

活気に溢れ、知性的な攻撃型MFの寺田はまだ22歳。名門ガンバ大阪ユース出身の選手だ。この日は先制点を左足で、2点目のシュートを右足で決めただけでなく、中盤からタイミングよく前線に駆け上がり、自信と想像力を90分にわたって見せつけ、ガンバの3−1の勝利に貢献した。

最初のゴールはペナルティ・エリアの端から左足を一閃して決めたもので、その巧妙さと正確さが皆を驚かせた。また、2つめは右足でカーブをかけたボールをファーサイドに決める、小野伸二がよくやる類のシュート。あのような絶好のポジションをとったときからそうするのを決めていたのは明らかで、その証拠に寺田は自らのスペースを作り出し、ボールをファーポストにふわりと浮かすための角度をとっていたのである。試合の実況なら、「見事なゴール」あるいは「華麗なゴール」と表現するべきプレーで、いずれの表現もあの「小野タッチ」の技量に相応するものだった。

3,285人という観客数の少なさは驚くには値しなかったが、天皇杯への関心が弱まっていることは、はっきり分かった。とはいえ、千葉県の蘇我でガンバ大阪対大分トリニータ戦とはね。いまどき、こんな無意味なことがあるとは――。長いシーズンを戦ってきた両チーム、両チームのファン、あるいは地元のチームであるジェフユナイテッドのゲームを望む千葉の人々にとって、何の意味があるというのだろう? まったくもって、おめでたい。

天皇杯は今年で87回目。華やかさを保ちながら、過ぎ去りし日々の高貴な方針を守ろうとする努力はわかるが、JFA(日本サッカー協会)がこの大会の時期とフォーマットを大幅に変更しなければならないのは明白だ。しかし、この話題はまた別の機会に…。

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豪州代表監督の座に就いたピム氏

2007/12/10(月)

2007年12月8日:オーストラリア・サッカー協会にとって、代表チームの新監督選出は難しい選択だったに違いない。最終候補の2人は日本のサッカーファンにも馴染み深いフィリップ・トルシエ氏とピム・ファーベーク氏。最終的にファーベーク氏が監督に就任、2010年南アフリカ・ワールドカップの出場を目指す。
一方、トルシエ氏は自身のキャリアの建て直しを今しばらく待たねばならない。日本での良き4年間の後、2002年に日本を去ってからというもの、彼は思うように事が運んでいない。

トルシエ氏がベルティ・フォクツ氏とともにスコットランド代表監督の最終候補に挙げられていた数年前、私はスコットランドサッカー協会(SFA)にコンタクトを取った。もちろんSFAは、“トルシエ氏かフォクツ氏かの二択だった”とは認めないだろうが、そのとき私は、トルシエ氏がスコットランド代表チームの建て直しには適役だと話した。
彼は日本代表チームでしたように、才能ある若い選手を発掘し、代表チームのシステムにうまくはめ込むことに長けている。時に不可解なこともあるのだが…。

さて、話をピム氏に戻そう。彼はサッカー界でも指折りの“ナイスガイ”だ。関わりを持った誰もが、それを証言してくれるだろう。
ピム氏は1999年にJ2の大宮、翌2003年にはJ1の京都を率い、また2002年ワールドカップではヒディンク監督のアシスタントを、そして2006年ワールドカップではアドフォカート監督のアシスタントを務めた。
韓国滞在時、彼は日本でプレーする韓国人選手をチェックするため定期的に来日していた。彼とコーヒーを飲みながら話すのは、いつも楽しかった。

アジアのサッカーを熟知し、特に日本と韓国に関する知識は南アフリカへの長い道のりには非常に役に立つ(日本の場合少なくとも14試合、最終予選で3位になった場合はプレーオフを含めて18試合を戦う)。
オーストラリアのトッププレーヤーのほとんどはイングランドのプレミアリーグでプレーし、イングランドは母国オランダに近く、とても便利だ。
しかし、ピム監督はオーストラリアに住み、Aリーグの選手たちでチームを組み立てると言う。もちろん彼の言い分はもっともである。ヨーロッパに住んでいればヨーロッパの選手には目が届く。しかし、オーストラリアの選手たちには行き届かないからだ。

サッカー人気が盛り上がったいま。彼はとても良いタイミングでオーストラリアへ行く。何より、日本や韓国のように言葉の障壁がなく英語でコミュニケーションがとれるのがいい。
日本の誰もが、ピム監督の活躍を祈ることだろう。もちろん日本が出場を決めたら、の話ではあるが…。

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そろそろMVPの季節だけれど…

2007/12/06(木)

2007年12月5日:浦和レッズがまさかの敗北を喫し、鹿島アントラーズが優勝という信じられない結末となり、2007年のJリーグMVPの選考もわけがわからない状況になっている。
Jリーグには傑出した資質を持った選手が何人かいるが、私自身は、MVPはつねに優勝チームから選ばれるべきだと考えている。
レッズがそのまま優勝していたら、ロブソン・ポンテが有力な候補だったろうし、鈴木啓太と阿部勇樹も候補に入っていただろう。とはいえ、12月17日のJリーグ・アウォーズの夜、このなかの1人が受賞者になっている可能性もなきにしもあらず。

しかし、私の選ぶMVPは鹿島の選手。このクラブでも候補を3人に絞り込んでいる。第1候補は、自らの実力を発揮しただけでなく、若く、経験不足の選手が起用されることのよくあったフォワード陣を牽引することでもチームに貢献した、Jリーグの渡り鳥・マルキーニョスである。マルキーニョスは敏捷に相手ディフェンダーを抜き去るプレーが特色だが、素晴らしいゴールもいくつか決めている。

候補の2番手は、小笠原満男になるだろう。もちろん、彼が鹿島でプレーしたのは、イタリアから戻ってからの半シーズンだけだ。しかし、アントラーズは彼抜きでも優勝していただろうか? 小笠原の貢献と影響力なしで、アントラーズはチームとしてあんなに成熟、発展し、9連勝を飾っただろうか?
2つの疑問に対する答えは、間違いなく「ノー」だ。だからと言って、私がシーズンMVPとして小笠原を選ぶということにはならないのだが。

ということで、3番目の候補に話は移るが、この選手が私の最有力候補となりそうである。その選手の名前は、岩政大樹。
この大柄のセンターハーフは私の好きなタイプの――行動で範を示し、全身全霊でプレーする、相手にとって手強い――選手だ。言い換えれば、岩政はアントラーズの伝説・秋田の後継者となる資質を持つ選手なのである。ちなみに、秋田は今シーズン、京都で引退を表明したが、彼のスピリットは岩政の姿を借り鹿島で今も息づいているのだ。
岩政にはこれ以上の褒め言葉は必要ないだろうし、今シーズンのアントラーズの戦う姿勢を具現化したのが彼だと思う。
ここ2シーズンは闘莉王(浦和)と中澤(横浜FM)がMVPを獲得しており、ディフェンダーにも正当な評価が下されるのが立証されている。今回、私が選ぶのは、岩政になりそうである。

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岡田監督――JFAの安全で理に叶った選択

2007/12/03(月)

2007年11月30日:“安全で理に叶った”というのが、実践主義者、岡田武史氏のコーチング哲学を表す二つのキーワード。そして彼がJFA(日本サッカー協会)にとっての“安全で理に叶った選択”だった。これが、岡田氏をイビチャ・オシム監督の後任として指名したというニュースを聞いて受けた印象だ。
もちろん岡田氏には1998年フランスワールドカップ(W杯)で日本代表を率いた経験がある。第一線(トップレベルの監督)から長く離れ、来年2月に始まる2010年南アフリカW杯予選にむけて十分リフレッシュし、準備は万端だろう。

97年、加茂周監督のアシスタントコーチを務めていた岡田氏はアジア最終予選、アウェーでの2連戦で更迭された加茂監督の後を受け監督に昇格した。彼はチームを生き返らせ、韓国で大きな勝利を挙げ、ジョホールバルでの忘れえぬ一夜、イランとのプレーオフで日本代表を勝利に導いたのだ。今回もまた、彼は途中から大役を受け継ぐことになる。しかも脳梗塞で倒れたオシム監督の後という衝撃的な状況下。倒れる以前のオシム監督は、新たなスタイルを確立しチームを順調に立て直しているところだった。岡田氏の仕事は、チームのムードを保ちつつ、彼なりのタッチをチームに加えることだ。

横浜F・マリノス監督時代の経験から、岡田氏はJリーグの選手達、そしてヨーロッパ組の選手について熟知している。そう、彼はまさに安全で理に叶った選択なのだ。JFAは今さら外国へ目を向ける必要はない。他にも西野監督やオジェック監督といった適任者がいる。後者のオジェック監督には、日本語の話せるエンゲルス・コーチがピッチでもミーティングルームでもサポートしてくれる。
世界のサッカー界同様ショックを受けたJFAにとって岡田氏はまさに適役だったのだろう。最後にもう一度言おう。彼はJFAにとって“安全で理に叶った”人選だったのだ。

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“怖いものなし”の横浜FCの怖さ

2007/11/29(木)

11月27日:シーズン最終日になってもJリーグ王者が決まっていないという状況を、誰が想像しただろう? レッズが早い時期に決着をつけ、12月の第2週に予定されているFIFAクラブ・ワールドカップに備えるものと思われていた。しかし、シーズン最終週になってこの状況。2連覇を確実なものにするためには、レッズはもう1つ勝たなければならないのである。もちろん、世評ではレッズが土曜日の日産スタジアムで横浜FCを破ると見られている。
だがJリーグのシーズン最終日には――とりわけ、あのスタジアムでは――、何が起こっても不思議ではないということを、我々は知っている。それを最もよく知るのが、久保竜彦である!

横浜FC側から試合を見てみよう。彼らにとって今回の試合は、悲惨なシーズンを盛り上げて締めくくり、J2に戻る前の冬の数ヶ月を良い気分で過ごせる材料をファンに与えることができる、願ってもない機会だ。
失うものが何もない横浜FCに対し、レッズは優勝だけでなくプライドまで、すべてを失うことになる。結局のところ、アジア・チャンピオンズリーグで優勝したがために、レッズは全てのライバルにとって魅力的な標的になってしまった。これは余分なプレッシャーではあるが、今後のレッズはこのようなプレッシャーとうまく付き合う方法も学ばなければならない。

ワシントンが土曜日のアントラーズ戦で退場処分を受けていたら、レッズにとって事態はより厄介なことになっていたかもしれない。前半の新井場に対するレイト・チャージで警告処分を受けたあとも、後半には曽ヶ端とルーズボールを追いかけ、曽ヶ端に躓いたような格好で倒れた場面があった。

ワシントンがシミュレーション――はっきり言えば、ダイビング――により警告を受けるかどうかは微妙な場面だったが、レフェリーが彼にイエローカードを突きつけ、その後レッドカードを突きつけても、私はまったく驚かなかっただろう。ワシントンが躓いた演技をし、空中で体をひねったのは明らかだ。しかし、PKをアピールしなかったことが幸いしたのだろう。おそらくワシントンは倒れてから正気を取り戻し、立ち上がってプレーを続けようと決めたのだと思う。あまり欲張ると報いが来ることを理解したに違いない。

いずれにしろ、アントラーズの選手たちが怒り狂っている姿を見られたのは良かった。正直言って、相手選手がダイブをしてPKあるいはFKを得ようとしているのに対して怒り狂う選手を見るのが、私は大好きだ。日本ではまだこのような姿が充分に見られていない。私はそう思っている(ダイブする姿はうんざりするほど見ているが)。

相手選手がレフェリーを欺こうとする、誰かを警告あるいは退場にしようとしていると感じたときは、そのままを言ってやればいいのだ! お前はうそつきだ、と言ってやればいい。グラウンドにいる全員に、ヤツが嘘つきだと知らせてやればいいのだ。狼狽させ、恥ずかしい思いをさせてやればいい。そうすれば、その選手は二度とそんなことはしないだろう。まあ、少なくとも次の試合までは……。

レッズ対アントラーズ戦の総評を言えば、アントラーズの徹底的にプロフェッショナルな、かつてのようなパフォーマンスが見られた。野沢の見事なゴール。闘莉王のハンドに対するレフェリーの慧眼。最初は厳しすぎるように見えたが、判断を的確だった。しかし後半、アントラーズのゴール前にいた相馬は、どうして、どうして得意の左足でシュートを打たず、ワシントンにパスしようとしたのだろう?

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陰のヒーロー、青山敏弘

2007/11/26(月)

11月23日:成功しているチームには、スターの存在がつきもの。しかし、U−22(22歳以下)日本代表の場合はどうだろう?
「チーム自体がスターなのだ」。かのフィリップ・トルシエ元日本代表監督なら、誇らしげにそう言うに違いない。北京五輪の出場権獲得が最大の勝利であると位置づけられたこの年代の選手たちにとって、それは言い得ている。

しかしながら、スター選手がいないというのはそれほど悪いことなのだろうか? このチームには賞賛に値する陰のヒーローが何人もいる。
あえて一人を選ぶとすれば、私はサンフレッチェのMF青山敏弘を挙げたい。なかでも9月に行なわれたホームでのカタール戦(1−0)の勝利は、途中出場した青山敏の貢献が非常に大きい。彼は見事な使命感と読みでタックルあるいはインターセプトを繰り出し、カタールの攻撃を寸断した。派手さはないが、これぞ集中力と練習の成果だ。

そして水曜の夜、サウジアラビアの決定的チャンスをゴールラインでブロックし、日本代表を救った。あの早い時間帯に得点を許そうものなら、結果はまったく違ったものになっていただろう。そうなればサウジアラビアはリードを守ることに努め、スポーツマンシップやサッカーのプレーは欠如し、茶番劇と化していたと思う。5分毎に担架が運び込まれ、GKも、CKやFKがサウジのゴールエリアに蹴りこまれる度に倒れこんだことだろう。日本にとって、先制点を奪われることは許されなかった。
そう、青山敏の貢献は日本チームだけでなく、試合そのものを救ったのだ。このほか細貝も、彼と並んで中盤でチームに堅固さ、経験、そして活力を与え、良いプレーをしていた。今シーズン、レッズの好調で大きな自信を得たようだ。

北京五輪の出場権獲得は大きな成功と言えるが、チームとしての完成にはまだ遠い。反町監督はそれを誰よりもよく理解している。だが反町監督にはまとまりのあるチーム、努力を惜しまないチーム、そして予選を通して大きく成長しタフになったチームがある。だからこそ、たとえスターがいなくとも十分なのである。

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すぐそこ、でもまだはるか彼方

2007/11/22(木)

11月20日:北京オリンピックまで、あとたったの1勝――あるいは1引き分け――。水曜夜に国立競技場で行なわれるサウジアラビア戦を前にした、日本代表の状況だ。そう、オリンピックは手が届きそうなほど近くにあるが、サウジアラビアも勝てば出場権を手にできるため、出場決定までの道のりは長い。
水曜日の試合を、張り詰めた魅力的なものにするお膳立てはすべて整った。数ヶ月にわたる予選が、カップ戦の決勝のような形――勝者がすべてを手にする試合、今回の日本は引き分けでもすべてを手にできる――に凝縮されるのである。

カタールでの敗戦後、日本はベトナム戦で見事に立ち直り、実力と経験の違いを見せつけ、そしてゴールを量産して鮮やかに勝利した。
反町監督は、4ゴールを挙げた攻撃陣を賞賛した。4ゴールのうち2本はレイソルの元気溢れる李が、1本はペナルティ・スポットから本田が、もう1本は細貝が見事なヘディングで決めた。

この試合、反町監督は守備的MFを青山(広島)1人にするというリスクを負い、攻撃が好きな広島のチームメート柏木と組ませた。右の水野と左の本田が中盤にバランスと深みを与え、李と走力のある岡崎が攻撃を引っ張った。
最初のゴールはセットプレーからディフェンスのミスによってもたらされたものだったが、2点目は本田の巧みな素晴らしいクロスを李がしっかりと合わせたもの。彼にとってはこの夜2つめのゴールだった。
李はピッチ内外で特色と個性を発揮しており、Jリーグでの私のお気に入りの1人であるフランサをお手本に、自身の特長をアピールする方法をしっかりと学んでいるようである。

もちろん、水曜日の「決勝戦」に向けて日本は有利な立場にある。しかし守備を固めて、引き分けを狙ったプレーをするのは自殺行為だ。日本はまずそうしたプレーはしないと確信している。そう、先制点がおそろしく重要な意味をもつからだ。
日本は非常にクレバーで成熟したプレーで試合を支配し、勝利を焦って攻めすぎてはいけない。ときにはカウンターの機会をじっと待つというな、メリハリのきいた試合をしなければならない。

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“レッズ対ロッソネーリ”有意義な一戦となるか?

2007/11/19(月)

11月16日:水曜夜の埼玉スタジアムでは全てがうまくいき、浦和レッズはアジアチャンピオンに輝いた。そして来月行なわれるFIFAクラブワールドカップ(W杯)ですべてがうまく運ぶと、この国のサッカー史上最も魅力ある試合を戦えることになる。
12月13日木曜日、レッズは横浜の日産スタジアムでACミランとクラブW杯の準決勝で対戦するかもしれないのだ。まさに、この国にとって期待の一戦だろう。

世界のトップチームと日本のチームの公式戦。それも練習試合や親善試合でなく優勝を競う一戦、世界が注目する一戦、日本のサッカーにスポットライトが当たる戦いなのだ。もちろん、レッズとロッソ・ネーリ(イタリア語で「赤と黒」。ミランの愛称「ロッソ・ネロ」の複数形)の対戦はまだ決まっていない。彼らはまず、ニュージーランドのワイタケレ・ユナイテッドとイランのセパハン(皆さんの記憶にもまだ新しいはず)によるプレーオフの勝者に勝たなければならない。

アジアチャンピオンズリーグ(ACL)決勝以前から、セパハンのクラブW杯出場は決定していた。レッズは、ACLで勝てばアジアチャンピオンとして、負ければ同一サッカー協会から二つのチームが出場することを禁じたFIFA(国際サッカー連盟)のルールに従い開催国としてプレーオフに出場するというわけだ。

2−2で引き分けた後、アウェー・ルールによりフィジーのバを破ってオセアニアチャンピオンになったキウィズに、セパハンは間違いなく勝つだろう。しかし、ACL決勝でセパハンを下したレッズが、再び彼らに勝てるというわけでもない。準決勝でミランと戦うのは、どのチームにとっても魅力的なのだ。
12月10日の月曜日、豊田スタジアムでセパハンあるいはワイタケレと戦うレッズは、なんとしても勝たねばならない。おそらく、何千というレッズファンが名古屋へ向かうことだろう。彼らのACL制覇を受け、レッズという“ブランド”は国内に広がったに違いない。つまり、レッズは強力なサポートが得られるのだ。
すでに11月も半ば。しかし、今シーズンの終わりはまだ遠い。

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J2マラソンの先頭走者コンサドーレ

2007/11/15(木)

10月13日:超重要な試合が目白押しの今日この頃、このコラムの書き出しをどうするのかも悩むところである。というわけで、今回は上位の話題から始めることにしよう。J2の上位の話題から。

前大宮監督である三浦俊也監督の指揮の下、コンサドーレ札幌は長い長い昇格レースのゴールに近づきつつある。48試合のうちの46試合を終え、コンサドーレの勝点は87。2位のヴェルディとは2ポイントの差がある。3位は、45試合消化で勝点81の京都サンガF.C.で、その下にベガルタ仙台(45試合消化で勝ち点80)とセレッソ大阪(45試合消化で勝ち点78)が続いている。
規定では、上位2チームが自動昇格し、3位がJ1で16位のチームと入替え戦を行なうことになっている。日曜日には札幌ドームで、首位コンサドーレと3位京都の上位対決が行なわれる。

先日、絵に描いたような美しさのコンサドーレ宮の沢練習グラウンドで“青年トシ”を取材した。グラウンドの一方の側にはチューダー様式の家と、何かと話題のスポンサー・石屋製菓が所有するピンクのチョコレート工場があり、その向こうには山々と風車。まったくうっとりする環境だ。とりわけ、北海道の早い冬に明るい陽光が差し込んでいる景色は申し分がない。

開幕直後にリードを奪って大差をつけたのだが、後続の集団がじわじわと迫る。チームは現在、必死に逃げ切ろうとしているマラソン・ランナーのような状況に置かれているのに、監督はリラックスしているようだった。
「ここでの暮らしが気に入っています。ストレスがないですからね」。練習を終え、グラウンド内を1日8〜10キロ走る日課に入る前に、そう話してくれた。「岡田さんも気に入っていたようですよ」。
「岡田さん」とは、もちろん1998年の狂乱のあとに札幌に避難した岡田武史のことである。

シーズン開幕前、正直言って私はヴェルディや京都、仙台、セレッソ、ベルマーレ、アビスパといったチームが揃うリーグで、コンサドーレに昇格のチャンスが巡ってくるとは思いもしなかった。
「私も。驚きましたよ」とトシは言う。「1年目のシーズンは3位か4位で上出来。来シーズンに昇格を狙える位置にいたいと思っていました。しかし5月からずっと首位に立っていて、選手たちはそうした状況にもうまく対処しています。毎日、一生懸命やっている」。

札幌の選手たちは、あともう少し一生懸命のプレーを続けなければならないだろう。日曜日の京都戦後、コンサドーレはシーズン最終日まで試合がない。最終日の12月1日、コンサドーレはまたもホームで、最下位にいる水戸ホーリーホックと対戦する。

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また一つ、ガンバの賢明な策

2007/11/12(月)

11月9日:ガンバ大阪は、よほどツボを心得ていると見える。そしてそれは、外国人選手の獲得法に現れている。シジクレイ、マグノ・アウベス、そしてバレー、ガンバはすでに日本のチームで結果を出し信頼も勝ち得ている選手を獲得する。リスクはない。

そして今度は、西野朗監督との契約を2009年のシーズン終了まで、2年間延長した。それも、1年ではなく2年の延長というところが賢明だ。万が一、日本サッカー協会(JFA)が西野監督を代表監督として指名した場合、ガンバはそれなりの補償を要求することができる。これはもちろん、オシムジャパンがうまくいかなかった場合だ。
とはいえ、私はオシムジャパンがうまくいかないと言っているのではない。オシム監督の下、日本代表はうまく軌道にのっていると思う。しかし、この世界では何が起こるかわからない。かのジョゼ・モウリーニョ氏も、言うだろう。

西野監督は間違いなく、JFAの次期監督候補リストの筆頭にいる。
2005年のリーグ制覇、そして今度はナビスコカップを制し、ガンバはリーグのトップチームとしての地位を確立した。ユースチームにも確固たるポリシーがあり、チームに貢献できない選手には決してお金をかけない。

FC東京の守備の要・今野が、この冬に吹田へ行くのではないかという噂が流れている。FC東京ファンにとっては受け入れがたい話だが、ガンバにとってはこの上なく素晴らしいものだ。
今野は明神のように頑強で頼り甲斐があり、自身の持つ全てをチームに捧げ、前へ前へと引っ張っていくタイプの選手だ。この、柏レイソルのかつてのスター・明神について、フィリップ・トルシエ元監督は以前、「自分のパーフェクトチームには、8人の明神と他の3人の選手がいれば良い」と最大の賛辞を述べている。
明神は毎試合、10点満点中7点の活躍をしてくれる。決して6点ではない。トルシエはそう言った。

今野も同じくらい、いや、彼はそれ以上だ。実際、今野には10.5点をつけても良いと思うことがある。シーズン開幕当初の私の優勝予想は、ガンバだった。
残り4試合。彼らのチャンスは遠のいたように見えが、しかしこれはガンバが落ちたというより浦和の意志の強さと層の厚さによるところが大きい。ガンバも、それはよく理解している。だからこそ、西野監督と新契約を結んだのである。

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ガンバのニューヒーロー、安田

2007/11/08(木)

安田理大にとっては、この上ない週末だ!
実際には、この上ないシーズン。19歳のこのレフトバック/ウィングバックは、クラブで、そして(少なくとも年齢別の)代表で、まさに頭角を現したのである。イビチャ・オシム監督が彼をフル代表に昇格させるのも、間違いなく時間の問題だろう。
代表チームには、生まれつきの左利きの選手が必要なポジションが空いている。現在、オシム監督には加地と駒野という堅実なライトバックが2人いるが、駒野はそのポジションでの秀でた候補者が不足しているために、左サイドでのプレーを余儀なくされている。

私は今もマリノスの小宮山が好きで、彼は注目に値する選手であると考えている。だが、安田がガンバで台頭し、日本代表にも登用され、今年のカナダではU−20代表(20歳以下)でプレー。現在は、北京を目指すU−22代表(22歳以下)にも入るようになった。
安田はスピードがあり、前線に駆け上がるのを好む。これは多くのレフトバックに見られる傾向。ロベルト・カルロスやアシュリー・コールが頭に浮かぶが、安田のプレーを見て私がいつも思い出すのは、元イングランド代表のレフトバック、グレアム・ル・ソーである――左サイドを貪欲に動き回る「せわしなさ」がそっくり。

話を、数週間前に東京で開催された日本対カタールのオリンピック予選に戻そう。
私は、あの試合は安田を後半に起用する絶好の舞台だと思っていた。ただし、左バックの伊野波と交代するのではなく、伊野波の前で彼を助け、チームにバランスを与えることで、カタールの右サイドを下がらせるのだ。あの試合ではカタールの選手が伊野波を取り囲んでいた。ただし、10人の日本が1−0で勝利したから、最終的には反町監督の選択が正しかったことが証明されたのだが――。

ハノイで勝点3が必要となった状況で、反町監督は好調の安田を先発起用するかもしれない。ともかく、現在の安田はJリーグ・ナビスコカップのニューヒーロー賞を受賞し、さらに決勝戦では決勝ゴールを挙げMVPにも選ばれたのだ。いまは自信満々に違いない。

ナビスコカップの決勝では、安田は左サイドで堅実にプレーし、やる気に満ちているときには相手選手にとっておそろしく危険な存在となりえる――そうでないときには味方選手にとって危険な存在となりえる――フロンターレの変わり者・森と対峙していた。ゴールを挙げたとき、安田は一気に駆け上がり、適切なときに適切な位置――つまり森の前――にて、バレーの右サイドからの低いクロスに反応した。

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J1――上位に入るか下位に甘んじるか

2007/11/05(月)

11月1日:シーズン終盤に入り、優勝や昇格、降格とは無縁の中で多くのチームが戦っている。そうしたチームの1つが、ヴィッセル神戸。しかし松田浩監督には、今シーズンまだ達成したいゴールがある。
「我々の目標はトップ9位に入ることです」。柏に3−1の勝利を収め、目標達成に向け大いに意気の上がる監督はそう語った。
「Jリーグは上位9チームと下位9チームの2つに分かれます。シーズン当初の目標は、上位9チームに入ることでした。そして今、我々はその目標達成まであと一息のところにいる」。
確かに、ヴィッセルは30試合を終え勝点41で10位。4試合を残し、9位の横浜F・マリノスとのポイント差ははわずか2だ。

ヴィッセルは常に積極補強を行なってきた。柏戦にも、左サイドのMF古賀誠史や守備的MFのディビッドソン純マーカスといった途中移籍組が出場している。以前、本コラムで述べたように、古賀の獲得はチームにとって大きかった。彼は左サイドにバランスをもたらし、おかげでキャプテンの大久保はもっと前方でプレーできる。
大久保は本来、純粋のゴールゲッター。ディフェンスの間を走りまわりシュートを放つのが彼の役目で、左MFというポジションは合わないのだ。

松田監督は以前、アビスパの古賀はお気に入りの選手の一人で、彼とセンターハーフの千代反田をシーズン当初獲得しようと考えていたと語っている。また古賀について「彼はチーム一の天然の左利き」と評した。
ディビッドソンは大宮在籍時、昨季終了間際に三浦俊也前監督の信頼を失うまでは良いプレーをしていた。しかしアルビレックス移籍は功を奏さず、プレー機会も全くなかった。
柏戦では後半から、ミッドフィールドのアンカーとして――悪天候の中アンカーという言葉はピッタリだ――投入された。長期的な将来はまだ不透明だが、少なくとも彼は今、プレーできる環境にいる。

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柏でのずぶ濡れの午後

2007/11/01(木)

10月30日:PK戦はくじ引きのようなもの。なんて言ったのは誰だ? その人は土曜日の午後、レイソルがホームにヴィッセル神戸を迎えた、日立スタジアムにいなかったのだろう。あの試合こそ、くじ引きと呼ぶべきものだった!
あれはサッカーじゃない。間違いなく。どちらかと言えば、プレー不可能なピッチでの水球だ。
私は午後12時30分、キックオフの90分前にスタジアムに到着したのだが、根性の据わったイエロー・モンキーズはすでにゴール裏の場所に集まり、即席の青いカバーの下で雨を避けていた。用意周到。豪雨の影響をなくそうと大型のローラーが勝ち目のない戦いに臨み、キックオフに備えて投光照明が厚い雲の下で光り、どしゃぶりの雨は…さらにひどくなっていた。

試合を順延する国も多くあるのだろうけれど、私自身は、「やればいいじゃん」という考え。どちらのチームも条件は同じだし、グラウンドには9,000人ほどのファンがいた。テレビ中継も待機していた。放映予定となっている試合の延期の手配など、考えられない。

実際、試合が始まってみると、それはなかなかの見ものだった。良いパスがひどいパスに変わり、ひどいパスが良いパスになった。選手たちは頭を使って環境に順応し、技術を修正しなければならなかった――溺れる危険があるにはあったが。
結果的には、ヴィッセルの方がより順応力があった。水のなかでの動きをよく心得ているヴィッセルは、ヴェッセル(vissel:「船舶」の意味)と改称してはどうだろう。

とりわけ巧かったのがレアンドロ。このブラジル出身のフォワードは、パスしたボールが自分の目の前で止まってしまうような状況に素早く対処した。ボールが泥んこのなかで止まり、ディフェンダーが対処できなくなることを見越し、ボールをよく追いかけていた。
レアンドロの最初のゴールは、古賀誠史――神戸の松田浩監督が望んだ彼の獲得は大成功だった。左サイドのバランスがとれ、大久保が中盤を縦横に動けるようになった――からの見事なクロスに合わせた、きれいなヘディングシュート。2ゴール目は、環境をよく考えた素晴らしいもので、小さな振りで南の背後にボールを運んだチップシュートだった。

ただし、レイソルのブラジル人FWフランサには、同情を申し上げる。この芸術家は、台風が残したずぶ濡れのカンバスにも傑作を描こうとしていた。

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埼玉での準決勝の重要性

2007/10/29(月)

東京・10月26日:浦和レッズにとって、水曜夜に行なわれたアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の準決勝、城南戦の勝利は非常に大きな意味を持つ。アジアサッカー界の発展という観点から見ると、ここ15年で最大級の意味。業界筋ではそう言われている。
ピッチの外ではスポンサー、マーケティング、テレビ中継、そしてピッチ上でもJリーグや各世代の代表チーム等、日本がアジアのサッカーを引っ張ってきたのは疑うべくもない。しかし、2002年、アジアサッカー連盟により、アジアクラブ選手権とアジアカップウィナーズカップ、そしてアジアスーパーカップ(前述の2大会の勝者同士で争われた)が「アジアチャンピオンズリーグ」として統合されて以来、欠けているものが一つあった。それはもちろん、日本のチームの勝利だ。

それがいま、変わろうとしている。レッズがセパハン(イラン)とのACL決勝に進んだのだ。マーケティング担当者たちは、一晩で大会の注目度が新たなレベルに達することを感じとっている。
「92年アジアカップ優勝、1993年のJリーグ誕生、97年フランスワールドカップ出場を決めたイラン戦の勝利。今回のレッズの決勝進出は、それらと同じくらい重要な意味を持つものです」。北アジアを管轄するワールドスポーツグループ香港支社のニック・モールド支社長はそう語った。
埼玉スタジアムで試合が行なわれた水曜の夜、すべてが終了した午後10時10分を回った頃の会話だ。

試合が全てだった。因縁の対決、そして試合の重要性にも関わらず、素晴らしい試合内容…。
ゲームは代表戦を彷彿させるような雰囲気のなか、キックオフ。私は、97年の国立競技場でのワールドカップ予選、日本対韓国に思いを馳せていた。
1点リードから逆に1−2とリードを許した時には、結果も当時と同じになるかと思われた。しかし今回は、長谷部がレッズを救ってくれた。そうして日本人(それからブラジル人とドイツ人監督)は、PK戦を制したのだ。
ドイツ人…準決勝PK戦…レッズが負けるわけがない。

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横浜FCが学ぶべき教訓

2007/10/25(木)

10月23日:降格というのは避けられないものだが、そのときが実際に訪れると心が痛む。
横浜FCにはそれが来るのが早く、土曜日に神戸で0−3と敗れ、J1の試合が5試合も残っている状態で早々のJ2復帰が決まってしまった。
数字は嘘をつかない。昨季のJ2王者にトップリーグで戦えるだけの選手層の厚みがなかったことは、数字が示している。29試合でわずかに3勝、これまでに奪ったゴールは17に過ぎず、勝点は8月18日以来、18という低い水準で留まっている。

昨シーズン、このチームの後塵を拝し、J2で2位だったレイソル、そしてアビスパとのプレーオフで昇格を勝ち取ったヴィッセルの両チームは、潤沢な資金、日本人選手のバランスの良さ、外国人選手の質の高さにより、横浜FCよりはるかに良いシーズンを送っている。

J2では、老練で、したたかな横浜FCはあまりミスを犯さず、規律正しく、一貫性のあるプレーでマラソン・レースのようなシーズンを首位でゴールした。しかしJ1では少しばかり力が足りなく、存在感を示すほどの選手層または勢いに欠けていた。簡単に言えば、ここまでが精一杯。あとは落ちるしかなかったのである。
高木琢也からジュリオ・レアルに監督を代えても事態は好転せず、つかの間の刺激になることもなく、10月20日という早い時期に降格が確定した。

シーズン開幕の時には、横浜FCは前途洋々であるように思えなかっただろうか?
開幕戦では、レッズに埼玉スタジアムで1−2と敗れたものの、新たに獲得した久保がいきなり年間最高ゴールの候補になるような強烈なシュートを決め、その後は三ツ沢で信じられないような試合をして、マリノスという巨艦を相手に1−0の勝利を収めた。あのときには、いかにもダービーという気分が充満し、試合後にそれぞれのチームが対照的な雰囲気でグラウンドから横浜駅にぞろぞろと向かう様子は、まさにサッカーならではの光景だった。

ただし今となっては、あれがまるで去年のことのように思える。次の試合――アウェーの大宮アルディージャにとっては大事な土曜日の試合――では、横浜FCが降格という事実をどのように受け止めているのかを見てみたい。

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大久保はオシム・ジグソーパズルの1ピースとなり得るか

2007/10/22(月)

10月19日:とにもかくにも、良かった。これで少しは安堵できるのではないだろうか。大久保嘉人がようやく、最高レベルで結果を出してくれた。
水曜日の対エジプト戦、4−1の勝利で見せた2本の素晴らしいゴール。誰もが待ち焦がれていたそのゴールは、2003年5月31日の代表デビュー以来21戦目にしてやっと訪れた。確かに、出場したうちの何戦かは交代要員として数分プレーしただけだった。しかしそれでも、出場機会が増えるにつれ、彼にかかるプレッシャーは増していった。そしてようやく…。

長らく待ち焦がれていたら、それは2本同時にやってきた。そう、まるでイングランドのバスのようだ。
これで20試合ノーゴールだったのが、21試合2ゴール。一晩でゴール成功率が跳ね上がり、大久保にとっても良かった。
一般に、このレベルのストライカーでは3試合に1ゴールが適正な成功率と言われている。この調子でいけば、大久保は来年には適正な成功率へ上げることができる。この2ゴールで呪縛から解かれ、これからも積極的にゴールを狙っていってほしい。

大久保に最初にチャンスを与えたのは、ジーコだった。2003年、ジーコは大久保についてよく語っていた。しかし大久保はゴールを挙げることができず、監督のお気に入りリストから外れ、2006年ワールドカップ代表入りのチャンスを逃してしまった。

オシム監督も、彼の素質はよくわかっていた。だがまずは大久保に学ばせ、そしてチャンスを待たせた。そして水曜日、大久保は監督の信頼に応え代表への定着に向けて一歩前進したのだ。
とはいえ、この先には、田中達也、佐藤寿人、そして播戸竜二との激しいポジション争いが待っている。
それでも大久保ファンにとっては、オシム監督のジグソーパズル、チームのスタイルと個性にあったピースが見つかったと感じたことだろう。結果はさておき、今回の2ゴールは日本代表にとって今年最後のボーナスだ。

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賭ける価値のあるギャンブル。監督ピクシー

2007/10/18(木)

10月16日:ドラガン・ストイコビッチがレッドスター・ベオグラードの会長の座を去るというニュースが流れたときには、次の行き先は決まりきっているように見えた。もちろん、行き先は名古屋。クラブとは深いつながりがあるし、長らく不遇をかこってきたグランパス・ファンは、彼をいまだにヒーローとして崇めているのだから…。
その後すぐ、新たな報道があった。グランパスは、シーズン終了後の辞任を示唆していたセフ・フェルフォーセン監督の後釜として、本当に「ピクシー」と交渉していたのだ。

サッカーでは、1プラス1は必ずしも2になるとは限らないが、今回のピクシー報道について言えば、現時点では実現性がかなり高い。契約が無事成立して、ストイコビッチに日本に戻ってきてほしい。彼は、きわめて興味深く面白い人物で、世界中で尊敬されている。

ピッチでは、レフェリーのストイコビッチに対する扱いがあまりに不当だと、よく思ったものだ。レフェリーが彼の激しい気性に過剰反応し、むやみにイエローカードを出す傾向があったのである。怒りやすいという評判が先に伝わり、ちょっとしたことでも大騒ぎになってしまう。それから、さらに事態は悪化した!
彼はピッチの横で、いかに振舞うのだろう? 物静かで自制心を持ち、成熟した責任ある態度を見せる? それともブッフバルトのように、イライラやむかつき、怒りによって、あるいはそれらがすべて溜まりにたまって、芝生にスーツの上着を投げつけるようになる可能性のほうが高いのだろうか?

1つ確かなことは、グランパス・ファンが彼を敬愛し、彼を救世主と崇める。また選手たちは彼を尊敬し、刺激を受けるということだ。結局のところ、毎年毎年、Jリーグの有力チームになろうとしてなれずにいる(この事実を認めようではないか)グランパスにとって、今回のストイコビッチとの交渉は理にかなったものである。

フェルフォーセンの方針の功罪については、「功」の部分も少しはあったが、チームにとっては「罪」のほうが大きくなってしまった。彼がツキに見放され、選手の故障、とりわけディフェンダーの故障に苦しめられたのは事実だが、あれほど見事なスタートを切りながら上位からは大きく離されてしまった。
フェルフォーセンのために言っておくと、彼は、いつも上位5位以内に入れば上出来だと話していた。しかし、現状ではその位置まで駆け上がることは絶望的だ。まぁ、降格の危険もないけれど。

ピクシーがすべてを一変させてくれるのだろうか? クラブでは、彼の監督就任については、やってみる価値のあるギャンブル――そして、ピッチ内外でのクラブのイメージアップを保証するもの――と考えているようだ。ピクシーの復帰は名古屋だけでなく、Jリーグにとっても喜ばしいものとなるだろう。

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フロンターレはACL制覇に挑戦しただけ

2007/10/15(月)

東京・10月12日:川崎フロンターレ論争を、私は今も興味深く見守っている。アジアチャンピオンズリーグの準々決勝、第1戦と第2戦の間に開催された柏でのJリーグ戦で、フロンターレは先発メンバーのほとんどを休養させた。これは正しかったのだろうか?あるいは、他のJ1チームやファンのために最強メンバーでレイソル戦に臨むべきだったのだろうか?

私にしてみれば、答えは明快。フロンターレの行動は正当なものだ。どの選手を起用するかは、いかなる試合でも、誰も、彼らに指図するべきでない。プレーした選手たちは、プロとして登録されているのだ。当然、先発メンバーとして選ばれてもおかしくない。

見方を変えれば、彼らは標準レベルに達していない、という侮辱にもなる。
事実、9月23日の柏戦に臨んだフロンターレ陣営を見てみると、十分に強い。川島、佐原、河村、伊藤、井川、養父、谷口、フランシスマール、大橋、我那覇、黒津。このメンバーで毎週戦ったとしても、おそらくJ1でやっていけるだろう。
後半にチームが崩壊し0−4で負けはしたが、良いチームだった。勝つか引き分けていれば、誰も文句は言わなかっただろう。

今回のことは、他のJチームがこれまで満足な結果を残せなかったアジアチャンピオンズリーグを、フロンターレが真剣に考えていた表れだろう。それに、対戦相手のレイソルはタイトル争いも降格争いもしていない。
たとえばそんな状況であれば、ライバルチームが文句を言うかもしれないが、それでもそれはフロンターレの問題ではない。彼らはチームにとってベストな選択をしただけ。アジアチャンピオンズリーグ制覇を狙っただけなのだ。そう、それで処分されるいわれはない。

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ガンバの意気を示した寺田のプレー

2007/10/11(木)

10月9日:浦和レッズにプレッシャーをかけ続ける意欲がガンバにあるかどうかは、疑わしい。そう思っている人たちに、土曜午後の日立スタジアムでの試合を見せてやりたかった。バレーが負傷して前半だけでピッチを去り、後半開始早々6分に先制点を奪われたときには、ガンバの前途は暗澹としているように見えた。
しかしガンバはチームを立て直した。スタイリッシュなプレーで反撃し、最終的には2−1の勝利を収めて勝点3を獲得。ディフェンディング・チャンピオンへの追撃の手を緩めなかった。日曜にレッズが勝ったので、1位と2位の勝点差は依然として6だが、残りが6試合ある状況では、タイトルの行方はまだ不透明だ。

土曜の柏では3ゴールが生まれたが、うち2つは最高級だった。
1つは、レイソルのフランサが右足で放った、めったに見られないような華麗なシュート。ボールはゴールポストの外からカーブを描きながらゴールに入り、レイソルの先制点となった。李忠成の仕事ぶりも見事で、彼が右サイドから切れ込んだ結果、ボールがフランカのところに渡り、あの強烈なシュートが生まれたのである。2人の素晴らしい仕事があのシュートに結びついたのだが、敵陣深くに位置するセンターフォワードのプレー方法については、李は最高のお手本だ。

ガンバの同点ゴールも美しかった。播戸が加持の右サイドからのピンポイント・クロスにジャンプして合わせ、南の守るゴールに力強くヘッディングシュートを決めた。
ガンバの決勝点はどうだったかって? 寺田がペナルティエリアに切り込み、相手ディフェンスともつれて倒れてPKが与えられたが、あの判定は厳しすぎるように思えた。ただし、右サイドの小林亮にとっては不必要なイエローカードだった。

喧騒が収まるのを待ってから、遠藤が、彼のトレードマークの1つであるPKを決めた。遠藤は、PKをとても簡単そうに決める。もちろん、そうでないときもあるのだろうが、あのように平然とPKを決められるようになるには、精神力と自信、それからしっかりとしたテクニックが必要である。

ただし、この日の午後に私を本当に感心させたガンバの選手は、前述の寺田だ。ご多分に洩れずクラブのユースチーム出身。この22歳の攻撃型ミッドフィルダーは、後半にギアを一段上げたようにピッチ中を駆け巡り、クロスを上げたかと思うと、ドリブル突破を見せ、その次にはシュートを放っていた。私は、ガンバ逆転の原動力となったのは寺田であり、すでに実績のあるチームメートたちが彼の野心に満ちたプレーに応えたのだと思った。

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新潟でひときわ輝く千葉

2007/10/08(月)

10月5日:2〜3週間前のある夜、大宮でワシントンに出くわし少しばかり話しをした。
彼に日本人DFの中で誰が一番やりにくいかと尋ねると、まず中澤、そして岩政の名を挙げた。しかし今なら、アルビレックス新潟の千葉和彦も彼のリストに入ってくるかもしれない。

埼玉スタジアムで行なわれた第27節のレッズ対アルビレックス戦で、千葉はとても良いプレーをしていた。まだ22歳の彼はワシントンのマンマークを、しかもワシントンのホームグラウンドで任された。日曜の午後に請け負う役割としては、決して嬉しいものではない。
しかし千葉は、目を見張るような活躍で見事にその役目を果たした。ワシントンがその試合でゴールを挙げられなかったのは、千葉の溢れる闘志と途切れることのない集中力によるものだ。

水本のように個性あふれるプレーヤーで、たとえ相手がリーグ屈指のブラジル人ストライカーでも一歩も引かない。また、伊野波のように年齢以上に熟成し、冷静なプレーで周囲の選手たちを引っ張る。さらには阿部のように、バックスでもセントラルMFとして素晴らしいプレーをする。シーズン開幕当初、私は実際に駒場での大宮戦で見ている。

要するに千葉は、オランダでの経験もさることながら、生まれながらにしてサッカー選手なのだ。いまは2006年5月のアルビレックスでのデビュー以来、Jリーグの選手としての自身を確立している最中。身長183cm、体重74kgと恵まれた体格、2本の素晴らしい足、スマートな頭脳を持ち、そしてさらにサッカーに取り組む態度も良い。相手DFを抜いてボールを運ぶ能力を見せたかと思えば、果敢にパーフェクトなタイミングでワシントンをブロックしていた。
オシム・ジャパンは、多用性と適応性を重視する。千葉がオシム監督のプランに入ってくる可能性は、十分ある。

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アルディージャに突きつけられた厳しい課題

2007/10/04(木)

10月1日:少し前に埼玉スタジアムでレッズを破り、最近は日産スタジアムでマリノスに勝ったチームだと聞けば、優勝を狙えるチームだと思うだろう。
しかし、そうではない。話題の主は大宮アルディージャ。上記の2試合で注目に値する結果を出したにもかかわらず、27試合を終え勝点24。順位表の下から2番目の17位と、自動降格圏から脱け出せないでいる。

佐久間監督は残留(降格安全圏)にはあとどれだけ勝点が必要かと尋ねられると、勝点40と答えた。つまり、残り7試合で5勝1引き分けの成績が求められる。
選手たちにとっては厳しい要求だが、アルディージャの今後のスケジュールには、同じように降格の危機にある、サンフレッチェとのホーム戦、横浜FCとのアウェー戦、大分とのホーム戦、甲府とのアウェー戦が含まれている。しかもトリニータと戦う11月7日には、アルディージャは改修を終えた大宮公園のホームスタジアムにようやく戻ることができる。

確かなことが1つある。佐久間監督は、駒場の乳牛牧場を離れ、芝生のピッチでプレーできることを喜ぶだろう。
佐久間監督は言う。「うちには、テクニックのある小柄な選手がたくさんいる。だから、ピッチ状態の良い埼玉と日産スタジアムで、レッズとマリノスに勝てた。駒場では、ピッチが悪くてサッカーにならない。体力の勝負になるから」。

前の週にホームでジェフに0−1と惜敗したあと、大宮は調子とモチベーションをV字回復させ、素晴らしい2ゴールでマリノスを破った(2−0)。
かつては名古屋グランパスのバッドボーイズの1人で、Jクラブを渡り歩く平野孝はキックオフ前にマリノスファンから厳しい野次を浴びていたが、ファーポストに決めたジャンピングヘッドで最高のお返しをした。平野にとっては、この試合がアルディージャでの2戦目。チームには5月21日に合流していたが、練習初日に負ったヒザの故障に苦しみ、2ヶ月の欠場を余儀なくされていたのである。
「人柄の良い、経験豊かなプロフェッショナルで、練習も毎日全力でやっている。信頼している」というのが、かつてマリノスに在籍していた平野に対する佐久間の評価だ。

2点目を決めたのは吉原。走り込んで来て榎本を唖然とさせるほど強烈な右足のシュートを決め、そのままゴール裏の大宮ファンのところまで走り抜けてしまった。広大な日産スタジアムでは、この間の距離が2kmほどあったが…。もっとも讃えられるべきは審判の柏原丈二氏だ。彼は吉原の栄光の瞬間をそのまま続けさせたのである。時計は見ていたが、イエローカードは出さなかった。まさに、良識あるレフェリングである。

まったく楽しいことに、4分ほど試合を止めた吉原がイエローカードをもらったのは、結局、中澤を引きずり倒したとき!まあ、何もかもうまくはいかないもの…。7試合で5勝という結果、佐久間監督にとっては案外ありえないことではないのだろう。

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フロンターレFW鄭大世の弁護

2007/10/01(月)

9月28日:水曜夜に川崎フロンターレが等々力で敗れた結果、アジアチャンピオンズリーグでの日本チーム同士による決勝戦の望みは打ち砕かれた。
PK戦前から、正直私は最悪の結果を想像していた。試合自体はフロンターレが支配していたが、決定的なチャンスを逃していた。対するセパハンは後半開始前からPK戦を狙うかのような試合運び。全てがセパハンの勝利へと向かっていたようだった。そんな状況下、セパハンは失うものが何もなく、一方のフロンターレはさらに大きなプレッシャーを背負う。フロンターレはそれでも結果を出そうとしていたが、結局、叶わなかった。

ここは、セパハンを褒めるべきだろう。彼らは運も味方に付け、GKアバス・モハマディのファインセーブと決定力不足のフロンターレ(特にジュニーニョ)に救われたのだ。大柄で頑強、時として暴力的、そして極めて冷笑的なセパハンのDFに対して、ジュニーニョはいつもより小さく、そして軽く見えた。しかしそのスピードとスペースを探す目で、彼は攻撃をつづけるフロンターレの中で得点圏に何度も身を置いていた。
大胆不敵な鄭大世(チョン・テセ)とジュニーニョの2トップでは我那覇の出番は少なく、数分プレーしただけだった。

鄭のディフェンスについて、私から一言。
延長に入り、鄭がセンターハーフのハジ・アギリーとの空中戦でヒジを使っているとセパハン選手たちがクレームをつけていたが、あれはヒジでなく頭だ。ジャンプするのが少々遅かっただけ。しかし悪意のあるものではなく、何と言うかそう…韓国スタイル?
アギリーのチームメイトの芝居じみたリアクションからして、大量に出血でもしていたのだろう。医師と担架がピッチに呼ばれた。

こういう場面は、主審は非常に判断が難しい。選手が本当に負傷しているのか、もしくは他の選手同様、怪我したフリをしているのか。見極めなくてはならない。この時は実際に負傷していたのだが、事態をしばらく見ていた主審を、誰が責められるだろう? セパハンの選手達はここまでに何度も、怪我を装っていたのだ。
セパハンは鄭がヒジ打ちをしたと事を荒立てようとしたが、実際のところ彼はヒジを使っていない。ゲームが再開された時に寄って来たセパハンDFに対し、自分の頭を指していた。

フロンターレが消えた今、レッズには頑張ってもらいたい。
ファンとして言わせてもらえば、アジアや世界に対して誇れる成功を残してきたし、チャンピオンズリーグでそれを示し、FIFAクラブワールドカップの出場権を獲得してもらいたいものだ。たとえJリーグで何位に終わろうとも。

マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン卿も溢れんばかりのレッズファンに感心し、プレミアリーグのトップ10以下のチームになら、レッズは決して引けを取らないとコメントしている。
トップ10? その程度かなあ?

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駒場と味スタの両極端な試合

2007/09/27(木)

週末に、奇妙な試合が2つ。
土曜日、私は浦和駒場スタジアムでのアルディージャ対ジェフユナイテッド戦に向かった。ピッチの状態が悪いなかでの試合は、日本サッカーの逆宣伝だった。
大宮の試合は、J1残留を目指すチームとは思えないもの。まるでプレシーズンのエキジビションか、両チームにとって何の意味も持たないシーズン終盤の消化試合のよう…。

斉藤のゴールでジェフが1−0の勝利を収めたが、相手が10人になった後半に追加点を挙げられなかったのは、アマル・オシム監督にとって大きな悩みの種だ。結局、ジェフが完封勝利できたのは、自陣ゴール・マウスのなかで最初にタイミングよくボールをインターセプトし、それからペナルティ・エリアのちょうど外で見事なタックルを見せた、リベロの中島のプレーがあったからである。
しかし、全体的には見どころの乏しい試合で、パスミスがあまりに多く、創造性あるいはコンビネーションの妙が楽しめる瞬間はほとんどなかった。

日曜日の味スタは、FC東京対エスパルス。こちらのほうがずっと、ずっと良かった。
試合開始後しばらくは、一方のチームが圧倒的に試合を支配していた――しかも、それはホームチームではなかった。エスパルスは私がこれまで見てきたなかでもっとも大柄なチームで、本当に見事な立ち上がりを見せ、自信満々。よく組織されていた。
だが突如、2点のリードを奪われた。

東京の1点目のゴールは、右サイドの石川のクロスにダイビング・ヘッドで合わせ、ファーサイドにゴールを入れてしまった、高木和道の不運なオウンゴール。これはむしろ石川を褒めるべきで、うまく抜け出してから、ハーフボレーで供給したクロスは華麗だった。

直後の赤嶺のシュートも同様で、福西がペナルティ・エリア内に猛然とダッシュした後に、ニアサイドに左足で倒れ込みながらのハーフボレーを放ったのだ。
ゲームを支配していたにも関わらず、エスパルスは苦しい立場に追い込まれ、敗北が迫ってきた。試合の様相があっという間に変わったのは信じられないくらいだったが、東京は今野がチームを牽引したおかげで、流れを2度と引き渡すことはないように見えた。

しばらくはディフェンスの中央での藤山の相棒役を割り当てられていたが、首尾よく中盤の中央の位置に戻ることができた今野は、いつも私のMVPだ――しかも、この評価は試合前、キックオフの前から決まっているのだ。今野より良いプレーをして、私のMVPを獲得する選手もいるにはいるが、そんなことは、まあ稀である。

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2つの好結果。だが準々決勝はまだ終わっていない

2007/09/24(月)

9月21日:水曜夜に行なわれたアジアチャンピオンズリーグの準々決勝・第1戦、日本勢は2チームとも、とりあえず満足のいく結果を残した。レッズはホームで全北モーターズを2−1で破り、フロンターレはイランでセパハン相手にスコアレスドロー。

レッズは全北を相手に、試合の大半を優位に進めていた。全北はいつになく元気がなく、ほぼ全ての面でレッズに劣っていた。そう、レッズのロブソン・ポンテが残り10分で交代するまでは…。ポンテの交代とともにレッズはゲームの主導権と勢いを失い、対する全北は勢いを取り戻し、パニックを起こしはじめたレッズから試合終了間際に1点を返した。
それでも、オジェック監督の言うように、レッズは勝った。オジェック監督は、第2戦も積極的に攻めていくと断言した。アウェーゴール・ルールのおかげで、全北は1−0で勝ちさえすれば準決勝に進める。だが、レッズは間違いなく得点を挙げる攻撃力を持っている。

一方、フロンターレは等々力での対セパハン戦ではまだ課題が残っている。
アウェーでの第1戦のスコアレスドローはフロンターレにとって良い結果と言えるが、セパハンにとっても、悪い結果でもない。ホームチームは、第1戦でゴールを挙げられなければ、次戦が非常に重要となる。
フロンターレは有利な立場にあるが、それでもセパハンは非常に危険な相手だ。彼らが1点でもゴールを挙げれば、フロンターレは2ゴールが必要になる。

そう、等々力での最初のゴールは、とても大きな意味を持つことになるだろう。だが、フロンターレは早く試合を決めてしまおうと焦らないことだ。そして、セパハンのカウンターに十分気をつけなくてはならない。相手に得点を与える危険を覚悟で頭から攻めていくのか、それとも慎重に相手ディフェンスを崩していくのか――。フロンターレがどのような作戦で戦うのか、興味深い。

先ほども言ったとおり、セパハンにとって、ホームでの第1戦のスコアレスドローは決して悪い結果ではないのだ。試合のペースをつかもうと、第2戦でホームチームにかかるプレッシャーは大きい。
表向きは、日本のチームにとって第1戦の試合結果は良かったように見える。しかし第2戦の90分で何が起こるのかは、まだわからないのだ。

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選手交代が伏線となった、大分劇場のどんでん返し

2007/09/20(木)

9月18日:ロスタイムもすでに、ほぼ消費されている。試合はアウェーチームが2−1でリード。選手交代もまだ2回。さて、次に予想されるのは?
そう、アウェーチームのベンチが動き、選手交代を告げるボードが掲げられる。11番の左ウィングと2番のセンターバックを代えるようだ。11番はできるだけゆっくり歩いてピッチを離れ、貴重な数秒を稼ぐ。背番号2は自陣ゴールに向かって走る。自チームがコーナーキックの守備側だからだ。

ボールが上げられ、選手がジャンプしてヘディング・シュート。ゴールネットが揺れ、ホームチームが2−2となる劇的な同点ゴールを決めた。
アウェーチームがキックオフし、試合終了のホイッスル。ディフェンスを補強しようとしたアウェーチームは、ツキに見放されただけなのだろうか? それとも、露骨な時間稼ぎのために行なった無意味な選手交代の報いを受け、試合のリズムを損なってしまったのだろうか?

この「戦術」をどのように評価するかは自由だが、土曜の夜、等々力での川崎フロンターレ戦で大分のシャムスカ監督がとった選択は、まったくの逆効果だったように思う。
この試合は、3分のロスタイムに突入した時点では1−1だった。しかし途中出場の大分の西山哲平が左足でゴール下隅にシュートを決めて2−1とし、流れを一変させた。ここで、ゴール裏の大分ファン、選手、それからベンチは大騒ぎ。まるでワールドカップで優勝したかのような喜びよう。

当然、フロンターレは2度目の同点を目指して攻め上がり、強引に右側からのコーナーキックを得た。シャムスカ監督はこの時点で鈴木慎吾(11番)を三木隆司(2番)に代えようとしたが、レフェリーはプレー続行を指示。大分はこのコーナーは防いだが、再びコーナーキックを与えた。今度は左側から。
ここで、大分は選手交代。フロンターレは途中出場の大橋がコーナーキックを蹴り、これも途中出場の井川が大分ディフェンスの混乱を衝き、2−2となる同点のヘディング・ゴール。試合は振り出しに戻った。大分の選手たちはドーハ・スタイルで等々力の芝に崩れ落ちる。

終了間際にあんな交代をしたシャムスカ監督の自業自得。私はそう思わずにはいられなかった。彼のチームは集中し、おそらくフロンターレの最後のチャンスを防ぎきろうとしていた。コーナーキックに対処し、なんとか守りきろうという気構えができていたのである。
その後、選手交代があった数秒で、すべてがストップしてしまった。大分の選手たちが警戒を緩め、集中力を失い、フロンターレに主導権を握られてしまったのだろうか?私は、この空白が同点に結びついたのだと思っている。つまり、選手交代は大分ではなく、フロンターレが有利になるように働いたのだ。振り返れば、シャムスカ監督はそのままプレーを続けさせ、チームの忍耐力を信頼しなければならなかったのだろう。

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成長を続ける反町ジャパン

2007/09/18(火)

9月14日:水曜日に行なわれたカタール戦(オリンピック予選)は、日本代表にとって大きな一勝となった。68分に退場者を1人出しながら、スピードがあり屈強、がむしゃらに攻めてくる相手に対して素晴らしい勝利だった。
オリンピック予選が始まった頃の日本代表には、私は正直なところ、北京へ行けるかどうか自信がもてなかった。しかし、彼らは間違いなく良くなってきているし、よりダイナミックに、チームもまとまり、プロらしくなってきている。そしてアウェーでの2試合を控えた今、彼らは3試合を戦い勝点7でグループC首位と好位置につけている。

しかし、ここにきて反町監督は、再び修正を加えなければならなくなった。次戦、本田拓也は出場停止だし、梶山はケガをしてしまった。中盤の要の2人が出られない。さて、反町監督はどうするのだろう?
最初の一手は、シンプルだ。本田の代わりに青山敏弘を中盤のキーマンとして使う。青山は水曜日の試合では、56分から梶山に代わって途中出場し、攻め込んでくるカタールのFWにタックルしてボールを奪うなど、日本の1−0の勝利に大きく貢献した。
そして、反町監督はアウェーでの2試合に向け強固な基盤を作るために、伊野波を中盤の中央に持ってくるのではなかろうか。出場停止の本田はカタール戦後に戻ってくるが、彼なら新しい4バックスの左サイドに容易にフィットできるはずだ。

カタール戦後半の伊野波は、まるで台風の目の中にいるようだった。そして、慣れない左バックとして、過酷な状況架でよく頑張っていた。攻撃的な家永でさえディフェンスのヘルプで動きまわっていたし、反町監督はチームの左サイド強化のために、安田を伊野波の前方に投入するのではないかと思っていた。
ところが彼は、水野を引っ込め家永を右サイドにスイッチさせた。この試合終盤の彼のプレーは非常に素晴らしく、ボールをキープし、カウンターの拠点となっていた。一切のくだらない茶番を断ち、チームが彼を必要としている時に堅く確実なプレーを見せてくれた。まさに、この日の家永のプレーは今まで私が見た中で最高のものだった。

一方、中盤強化のためにもう一人、小林が投入された。だが、なぜ彼は顔を覆ってピッチを転げまわってばかりいたのだろう。終盤に入り、わずか1点のリードを守るにはすぐに起き上がりチームを助けなければならないはずだ。それとも彼は、自分のためにゲームが中断されるとでも思ったのだろうか。
もちろんゲームは止まるはずもなく、小林は立ち上がりバツが悪そうに駆け戻ってくるしかなかった。これはとても悪い傾向。監督は選手達に止めさせなければならない。特に、退場者を出しチームがすでに10人になっている時には――。

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勝点2を失ったのはどちらか?

2007/09/13(木)

9月11日:勝点1を得たのか、それとも勝点2を失ったのか? それが問題となるは、土曜日に行なわれたオリンピック予選、アウェーでサウジアラビアに0−0と引き分けた日本代表である。
試合前は、スコアレスドローで良しとされていたが、63分にサウジが1人退場。10人になると、流れは日本に向き始めていた。期せずして、勝点3をまるまる手に入れるチャンスが訪れたのだ。日本はそのチャンスをモノにすることができなかった。しかし0−0という結果を、勝点2の損失ととらえるべきではない。私は今でも、アウェー戦としては満足できる結果であると評価しているし、日本は水曜夜のカタールとの大一番に向け、体勢をととのえることができたと考えている。

退場者が出たチームが奮起するのは、よくあることだ。選手たちは憤りを覚え、それぞれ懸命に走るようになる。そうして(退場者が出る前の)その状態を維持したり、あるいはさらに向上させたりすればヒーローとして扱われるから、モチベーションも数段上がる。
サウジはまさにそのケース。10人でよく戦った。だがそれでも結局、ホーム戦で勝点1を得たのではなく、勝点2を失ったという見方になるだろう。

反町監督の選手起用は、興味深かった。平山を外しただけでなく、右サイドバックに内田を入れ、水野を前にスライド、さらに森島をワントップにして、そのサポートに家長を置いたのだ。
内田はこれまでずっと鹿島でやってきたようなプレーを見せて良かったが、水野は中央寄りでプレーしたため、あまり効果を発揮していなかった。正直言って、私は、水野が右サイドを全速力で駆け上がり、ディフェンスを抜き去ったり、あるいは内に切れ込んだりして、それからクロスを上げるほうが好ましいと思っている。
故障から復帰した伊野波がリベロとして帰ってきたのは、心強かった。反町監督は水本をそのままキャプテンにしていたが…。青山、伊野波、水本のスリーバックは、オリンピック予選の最終予選に入っても以前のままの素晴らしい姿を維持しなければならないが、日本の問題点はフォワードにある。彼らは点がとれないだけでなく、中盤の支配もできないのだ。

ホームのカタール戦を前に、反町監督は今こそ、内田を犠牲にして水野を右サイドに残すべきかどうか、それから森島とコンビを組むストライカーをもう1人起用すべきかどうかを決断しなければならない。
2試合で勝点4を獲得し、日本の北京への道のりは依然として順調だ。しかし、国立競技場で行なわれるカタールとのホームゲームでは、その後の2試合がアウェーとなることも考慮して、必ず勝点3をとらなければならない。

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なでしこジャパンに課せられた高い目標

2007/09/10(月)

9月7日:ブラジルを2−1で下し、ワールドカップに弾みをつけて臨める機会などそうそうあるものではない。しかし、9月11日火曜日に上海でイングランドとFIFA女子ワールドカップの初戦を戦う “なでしこジャパン”は、その好機を得た。
キリンビールのバックアップを受け、国立競技場でカナダ、ジェフのホームスタジアムであるフクダ電子アリーナでブラジルと、なでしこジャパンはワールドカップに向けた良いウォーミングアップをすることができた。

私は2試合とも観に行ったのだが、残念なことに、観客はまばら。木曜夜の国立は2,000人にも満たず、好天に恵まれた日曜午後のフクアリでさえようやく4,000人を超えた程度だった。
とはいえ、スタジアムに訪れたファンの熱狂ぶりは素晴らしく、女子サッカー日本代表の周囲には良い雰囲気が漂っている。

日本サッカー協会(JFA)も女子サッカーの発展に費用を惜しまず、日本の女子サッカー界は現在とても恵まれた環境にある。
JFAの川淵三郎会長はキリンチャレンジカップのプログラムで、「すべての日本代表チームの中で、“なでしこジャパン”だけが世界レベルに達しつつある。“なでしこジャパン”の躍進は間違いなく他の日本代表チームに大きな影響を与えてくるだろう」と述べている。
2007年ワールドカップと2008年北京オリンピックの目標は準決勝進出、そして長期的には2015年までに世界のトップ5(現在は世界第10位)を目指すという、キャプテンからの心強いメッセージだ。
そうはいっても、川淵氏とJFAが掲げる今回のワールドカップ、そして来年のオリンピックの目標は高い。仮に彼女たちが目標を達成できなかったとしても、それを失敗と位置づけないでもらいたいと思う。

初戦の相手イングランドについて、どのくらい強いのかと数人が尋ねてきたが、私は正直なところさっぱりわからない。
もちろん女子サッカーは好きだが、イングランドが今どうなっているかを追いかけているわけではないのだ。エミール・へスキー以外に、誰がイングランド代表にいるかさえ知らない。
幸運なことに、先日、埃にまみれた書類の中からポケットサイズのサッカー年鑑、“Playfair Foorball Annual 2004-2005”を見つけた。
その年鑑の“その他”のカテゴリーの中に“女子サッカー”の章があった。実際には章などというものでなく、329ページの下半分、イングランドFAアカデミー、U−17リーグの記事の下という程度だ。

2004年の女子リーグはアーセナルがチャールトンに1ポイント差をつけ優勝。QPR(クィーンズ・パーク・レンジャース)のホームグラウンド、ロフタスロードで行なわれたカップ戦も、アーセナルが3−0でチャールトンを破った。
「観客1万2,000人以上、フリーティングがレディーガンナーズの全得点をマーク!」
見出し記者(ヘッドラインライター)にとっては、願ったり叶ったりの試合というところだろうか。

女子サッカーの人気は世界レベルで上昇しており、日本もそれについていこうとしている。
来週の中国では、是非がんばってもらいたい。グループAの日本は、イングランド、アルゼンチン、そしてドイツと対戦する。とても楽しみだ。他の多くの人にも、そうであって欲しいものだ。

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チョのゴールでエスパルス前進

2007/09/06(木)

9月4日:1つのゴールが明暗を分ける。それがローカル・ダービーで、ロスタイムが4分を経過した時点ならなおさらだ。
土曜日のエコパでの静岡ダービー。藤本淳吾の絶妙なフリーキックにチョ・ジェジンが体を折り曲げ頭で合わせ、この試合唯一のゴールを決めたとき、時計は94分を指そうとしていた。
ゴールのあとには荒々しい祝福シーン。チョはユニフォームを脱ぎ、ゴール裏のエスパルスファンに投げ入れた。それはかなり見ものだった。それからタトゥもなかなか印象深かった。

一方、相手のダメージは深刻だ。ジュビロの監督で、かつては守備の要だったアジウソンは0−1の敗北を受けて辞任。クラブは内部昇格の内山篤新監督のもとで、またも過去の栄光を取り戻すための活動を始めねばならない。しかし、栄光を取り戻すのは今シーズンではない。ジュビロは現在、勝点34で9位。J1の無風地帯にいるのだ。

エスパルスについて言えば、これ以上順位を落とすことはないだろう。
長谷川健太は限られた手駒で素晴らしい仕事をしているし、チームにはあらゆるポジョションに魅力的な、若きタレントが揃っている。中盤の中央では、スティーブ・ペリマンがその在任時に日本最高のMFと評した伊東がすべてを取り仕切っており、さらにフェルナンジーニョの並外れたテクニックがブラジル風の彩を添える。そして前線ではチョが強さと安定感を発揮している。

エスパルスは勝点44で4。首位のレッズとは8ポイント差があり、まだタイトルに挑戦できる位置ではないし、ダークホースとも言えないだろう。ダークホースの称号は、鹿島アントラーズにこそ与えられるべきだ。フロンターレを圧倒した鹿島の力を無視することはできない。
しかし、これからのシーズンでさらに経験を積めば、エスパルスも2008年には優勝を狙えるだけのチームとなるだろう。
その一方で、地域内のライバルであるジュビロは、またも、またもやり直しである。
最初に書いたように、1つのゴールが明暗を分けるのだ。

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情熱と感情、そして…

2007/09/03(月)

8月31日:「サッカーとは情熱と感情のスポーツだ」。FIFAのセップ・ブラッター会長は常にそう語っている。
名古屋グランパスエイトの実直なオランダ人監督、セフ・フェルホーセン氏は先日、等々力スタジアムで少々それらを露にしすぎだようだ。そしてあっという間に退席処分となってしまった。個人的には、フェルホーセン監督にとって厳しい判定だったと思っている。しかも1度でなく2度も…。

フロンターレのペナルティエリア内でルーズボールを奪おうとした左ウィングの本田がイエローをもらったのは、アンラッキーとしか言いようがない。あれはまったく正当なもので、逆にファウルでフリーキックをもらっても不思議ではないプレーだった。それなのに、イエローカード?
そして、それは本田の2枚目の警告だった。結果、イエロー2枚でレッドカード。68分に本田は退場となってしまった。

チームは1−0と好調にリードしており、フェルホーセン監督はその判定に怒り心頭。それを観衆にも隠そうとしなかった。彼が何語を使ったかはわからないが、そんなことはどうでもいい。たとえスワヒリ語でも、意味は十分通じただろう。
本田が退場となり、試合は続行。観客は、何とか追いつこうとするフロンターレを相手にグランパスが時間を稼いでリードを守るのをゆったりと観戦するはずだった。

ところが、そうはならなかった。
ラインズマンの一人が、フェルホーセン監督の派手なヤジを主審に知らせる必要があると考えたのだろう。主審は監督に退席を命じた。結局これは、落ち着いたかに見えた状況を再び悪化させただけだった。
まあ、仕方のないことなのかもしれない。フェルホーセン監督も、彼の濃いヒゲよりもしつこい文句をズケズケと言ったのだ。ブラッター会長の言う、“情熱と感情”以上にね。
しかしながら、あの場面でラインズマンが監督のヤジを無視して試合を続けさせてくれれば良かったのにと思う。試合がどう転ぶかわからない状態で主力選手を失った監督への同情が、少しくらいあっても…。少なくとも試合終了のホイッスルが吹かれるまでは試合も落ち着いていただろうに、これで再びヒートアップしてしまった。
サッカーでは、オフィシャルはあらゆる非難に耐えなければならないのは私もよく承知している。
しかし、ついカッとしてしまった人に対して、時として寛大さを見せる場面があっても良いのではないだろうか。

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サンフレッチェの矢印は上向き

2007/08/30(木)

ゴール・マシーンのウェズレイが出場停止でも、土曜夜のサンフレッチェ広島は日産スタジアムで横浜F・マリノスを相手によく戦い、2−2で引き分けた。
右サイドの駒野、中央の戸田と青山、それから左サイドの服部。中盤を構成する4人が私は特に気に入った。駒野と服部はサイドからの攻撃の選択肢を自然に増やしているだけでなく、3バックのディフェンスのサイドのカバーも行なっている。ちなみに、そのディフェンスの要となっているのは、かつてジェフでお気に入りだったストヤノフだ。

戸田が2002年のワールドカップと同じ中盤の真ん中におり、現在のオリンピック代表である青山がエンジンルームでの相棒。この3−4−2−1のフォーメーションはコンパクトでバランスがとれており、柔軟性がある。
3−4−2−1の「1」は、佐藤寿人。4バックの裏をとる俊敏な動きで、その夜を通じて、ホーム・チームのディフェンス陣を苦しめていた。佐藤は本当に聡明で、独創的な選手だ。ペナルティエリア内では天性のストライカーとなるが、それだけではなく、ピッチのどこにいてもチームに大いなる貢献をしている。

中盤の4選手がうまく連係しているおかげで、柏木と森崎浩司は自由に攻撃に参加し、佐藤をサポートできる――実際、この2人がともにゴールを挙げた。
柏木は今シーズン、日本代表で頭角を現している。ユースチームからオリンピック代表チームへの昇格を果たし、トップレベルの選手としての地位を築きつつある。まだ19歳。全ての試合で観客を魅了するプレーを期待するのは無理というものだが、ファンは彼が次にゴールを挙げたときにどのようなパフォーマンスを見せるのかが楽しみでしかたないのである。

ヴィッセル神戸を相手に、ペナルティエリア付近からフリーで芸術的なゴールを決めたことは以前にも書いたが、あのゴールは、彼に特別な才能が宿っていることを示すものだった。努力を続け、成長を続け、笑顔を見せ続けてくれることを願おうではないか。彼は、日本サッカーの新たな息吹なのだから――。
サンフレッチェは入替え戦を戦わなければならない16位とわずかに5ポイント差なのだが、「3本の矢」が降格争いに向かうことはない。土曜夜の試合を観て、私はそう確信した。

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日本代表復活!〜心強い勝利〜

2007/08/27(月)

8月24日:アジアカップ後、最初のこの試合。イビチャ・オシム監督やサポーターたちにとってこれ以上の結果はないだろう。
素晴らしい2本のゴールで強豪相手にホームでの勝利! ベトナムから戻り、PTSDもどうやらなさそうだ。とりわけ注目すべきは、カメルーン戦での2ゴールはいずれもアジアカップに出場していなかった選手が挙げたということ。闘莉王はケガで欠場、山瀬は選出されていなかった。

闘莉王の欠場がアジアカップでどれだけ響いたか…。前半の彼のヘッドはそれを証明した。この長身のセンターバックには、チャンスを待つのでなく、自ら作り出す力がある。
ハノイでの日本代表は、あまりにも消極的だった。特にカタールとのオープニングゲームでは、パスにこだわり、ペースを作ることもしなかった。だからこそ、今回の闘莉王の復帰はとても目立つ。彼のリーダーシップとポジショニングは、ピッチ上でチームに大きな影響を与える。オシム監督には、闘莉王をチームキャプテンに指名してもらいたいものだ。

山瀬は今季、マリノスで絶好調。代表復帰が確実視されていた。彼の美しいゴールは、オシム監督にビッグ・スマイルをもたらした。山瀬は自信に満ち、また、ペナルティエリア外からでもシュートを打とうとする意志、それをやってのける技術も持ち合わせている。
その見事なシュート。オリンピック最終予選の日本対ベトナム戦前に東京・国立競技場のスクリーンで見ていたファンから、感嘆のため息が漏れた。

ヨーロッパ組の招集なし。新選手が数人加わった代表チームは、オシム監督の代表再建第三段階の幕開けだ。大久保、前田、そして田中が代表への定着を狙うなか、チームはペース、堅実さ、そして活力に溢れ、特に山瀬は、その素晴らしいゴールで存在を示していた。

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五輪代表はシンプルなプレーを

2007/08/23(木)

8月21日:北京オリンピックの最終予選がまもなく始まろうとしている。私は、日本の選択肢は1つしかないと思っている。ひたすら、シンプルにプレーするのだ。
日本の特長は、右に水野、左に本田がいる両サイドと、センターフォワードの平山の空中戦の強さにある。私が今も平山に全幅の信頼をおいているわけではないことは読者の皆さんもご存知だろうし、彼がJ1で通用する実力があるかどうかも定かではない。しかしこの年代のグループでは、確実に空中戦で強さを発揮できるだろう。

このような直接的なスタイルでのプレーは、オシムが代表チームでやろうとしていることとは異なるが、ベトナム、サウジアラビアそしてカタールが揃ったグループで日本が首位になるには、これが最も確率の高い方法であると確信している。
最優先すべきは両サイドにボールを集め、ペナルティ・エリアにいる平山にクロスを送り、相手守備を壊滅させること。原始的な方法かもしれない。読まれやすい方法かもしれない。しかし、実際的な方法でもあるのだ。

日本代表にこれだけはやって欲しくないと思っているのは、パスを回しすぎて、危険なエリアでボールを奪われたり、シュートチャンスをいたずらに無駄にすることだ。今回のオリンピック代表は、結果は出しているものの、過去のゲームでこのような過ちを犯してきている。
これでは平山が活きないし、反町監督は明らかに、「アテネ・オリンピックの代表だったこの男が攻撃陣の中心」と決めているようだ。それゆえに、より洗練され、機動性と技術に優れるボビー・カレン(カレン・ロバート)を代表から外したのである。

日本代表のディフェンスは悪くないと思う。しかし、中盤の中央の人材が足りないようだ。このエリアを支配するほどの選手がいないのは確かだが、相手を両サイドに拡散させることで、中盤に平山へのボール供給ラインを確立することはできる。そこらは、もう1人のストライカーと攻撃的MFの仕事。平山をサポートし、混乱状態のペナルティ・エリア内にいち早く駆けつけなければならない。

最初に言ったように、格好良くはないが、それが日本にとって最も確実な方法だと思う。 何度もポジション変更をするような複雑なパス回しに平山を参加させても意味がない。彼を中央に居座らせ、オフサイドだけには気をつけろと言い含め、そのうえで、フォーメーションに応じてウィングあるいはフルバックから平山にボールを合わせるようにするのが得策である。
日本にはこのグループを勝ち抜ける力があると信じているが、そのためには、自分たちの強みを徹底的に、臆せずに発揮する必要があるだろう。

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ベッカム物語を飾る余興

2007/08/20(月)

8月17日:プレーすればトップニュース。ケガをしてもトップニュース。フリーキックを決めれば、さらに大きく取り上げられる。
デビッド・ベッカムの話題は尽きることがなく、ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した今も、見出しの数々が我々を笑わせてくれる。
それらはすべて、ヒット映画「ベッカムに恋して」(原題:Bend it like Beckham)をもじったものだ。

例えば――

ベッカムが足首のケガで試合を欠場すれば、「Bench(ベンチ) it like Beckham」
ロスで売られているベッカム・グッズの多さには「Vend(売る) it like Beckham」
足首のケガの回復については「Mend(修理する) it like Beckham」

ピッチの内外を問わず、こうしたヘッドラインはサッカーの余興のようなもの。それにしても、編集者たちはいつまでこの手のヘッドラインを引っ張る気なのか…。
他にもこんなものが出てきたりするかもしれない。

ビバリーヒルズの豪邸のガーデニングで賞をもらい「Tend(手入れする) it like Beckham」
他クラブへの移籍を受け「Lend(貸し出す) it like Beckham」
フリーキックでハットトリックを達成、イングランド代表を引退すれば「End(終わる) it like Beckham」
右ウィングから右バックへポジションが変えるなら「Defend(守る) it like Beckham」

このコラムを読んでくれている日本のみなさん、サッカーを通してあなたのボキャブラリーを増やすチャンスですよ。とりわけ、陳腐なベッカム・ヘッドラインでね。皆さんも何か他に思いつきませんか?

ベッカムとイングランドについて言うと、スティーブ・マクラーレン監督が親善試合のドイツ戦に体調不十分のベッカムを招集するのが理解できない。
完全に回復するまでそっとしておき、2名のGKを含む12人だけ選ぶ。オシム監督のやり方の方が、ずっと良いのではないだろうか。数ヶ月前の欧州選手権予選では見向きもしなかったのに、なぜいま、親善試合にベッカムが必要なのか。おかしな話だ。

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ジュニーニョみたいなフィニッシュ

2007/08/16(木)

8月15日:ジャーン・カルロ・ウィッテがFC東京で全盛期にあったとき、私はよく「彼は日本の若き選手がお手本にすべき、理想的なディフェンダーである」と思ったものだ。
ジャーンは90分にわたりディフェンスの方法を講義した。空中戦でも地上戦でも闘争心に溢れ、積極的で、ボールをクリアすべきとき、パスすべきとき、さらに一気に攻め上がり攻撃陣を支援すべきときを知っていた。
フォワードの選手に目を移すと、土曜日には、別のブラジル人選手が上級者向けのレッスンをしていた。このときの教科は、「ゴールを奪うコツ」。

フロンターレがフクアリでジェフを3−1で破った試合。ジュニーニョのハットトリックは彼の無駄のなさと決定力を際立たせるものだった。ジェフ・ディフェンスの隙間を縫うように長い距離を走り回ることもなく、飛距離30メートルの電撃シュートがゴールの隅に突き刺さることもなかったが、3つのゴールが、まったく別々のスタイルで、精密に決められた。
最初は、立石が辛うじてボールを弾いたあとに至近距離から決めたもので、先を読む能力とポジショニングの良さで奪ったゴール。ジュニーニョは適切なときに適切な場所にいて、そのような瞬間が来るのに備えていた。簡単なゴールに見えたが、そう見えるようにするには、まずゴールを決められる場所にポジションをとっていなければならないのである。

2つめは、自信と即興性で決めたものだった。足の振りをできる限り小さくし、つま先でボールを突いたようなシュート。私は、ロマーリオあるいはロナウドみたいだなと思った。まばたきする間の出来事。シュートの直前、ジュニーニョはペナルティエリアの中にいて、2人のディフェンダーにマークされていた。しかし次の瞬間には、ボールがゴールの隅のネットを揺らしていた。2002年のワールドカップ準決勝、埼玉、トルコ戦でのロナウドじゃないか?

私のお気に入りは3つめのゴール。右サイドを進んできたジュニーニョは、いとも簡単そうにボールを受けると、ファーサイドに低い弾道のシュートを放ち、またも立石にまったく仕事をさせなかった。
このゴールは、類まれな才能が生みだしたもので、仲間のプロ選手を含め、あらゆる年代の選手たちのお手本となるものだった。
「ベッカムみたいなカーブボール」があるのなら、「ジュニーニョみたいなフィニッシュ」があってもおかしくないほどである。

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小笠原復帰とJ1の新展開

2007/08/13(月)

8月11日:鹿島アントラーズに要注意!
長い中断期間からのJ1再開を控え、ガンバ大阪や浦和レッズはそう考えているはずだ。
ガンバとは11ポイント差がついているが、小笠原のメッシーナからの復帰でアントラーズはガラッと変わるだろう。さらには、柳沢もケガから復帰。残り16試合でタイトル争いに加わるのに、戦力は十分だ。

とはいえ、1敗しかしていないガンバやレッズに比べ、アントラーズはすでに4敗。彼らに2敗以上する余裕はない。また、今の差を縮めるには引き分けではダメだ。オズワルド・オリベイラ監督も、この差を埋めるには攻め続けて勝ち続けるしかないとわかっている。今後のアントラーズの試合は、緊張感にあふれるエキサイティングなものになるだろう。

小笠原の存在がチームに与える影響とは、すなわち周囲の選手を生かすということだ。今のチームは選手層がとても厚い。
ディフェンスの要だった秋田の後継者・岩政は、私のお気に入りの選手の一人だ。最近、レッズのFWワシントンと話した時、日本人DFの中で対戦しづらいのは誰か聞いてみた。彼はまず中澤を、続いて、長身で頑強、そして厳しく強固なプレーをする岩政を挙げた。あのワシントンも、彼を高く評価しているのだ。

アントラーズ以外では、川崎フロンターレも無視できない。アジア・チャンピオンズリーグで準々決勝に進出した後、Jリーグではすっかりおとなしくなってしまった。しかし、国立で行なわれたナビスコカップの甲府戦での素晴らしい勝利を見た人たちには、彼らがハングリーさとスピリットを取り戻したことに気づいただろう。
フロンターレは、勝点28でガンバとは13ポイント差。アントラーズ同様、上位2チームが調子を落とすことを願いながら、とにかく「当たって砕けろ」の精神でやるしかない。

ここで、ニューカッスル・ファンとして一言。
「どんな大きなリードも、あっと言う間に素っ飛んでしまうものさ…。」

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もう1つ、オシムに求めること

2007/08/09(木)

JFA(日本サッカー協会)の川淵三郎会長が、オシムに関する議論で良い点を突いている。監督はPKを見守るべきで、ピッチの外に引き揚げるべきではない、と語ったのだ。
この件については、私は川口キャプテンではなく、川淵氏に同意せざるを得ない。サッカールー(オーストラリア代表)とのPK戦の前から、これまでのジェフでの行動を見て、オシムは必ず控え室に引き揚げるとわかってはいたが、韓国戦のクライマックスを見ようともしないのにはさすがに驚いた。

オーストラリア戦後、オシムは「日本代表の試合中に心臓発作で死にたくない」と語っていたが、韓国戦で私が思ったのは、「彼は退屈で死にたくないんだろうな」ということだけだった。
PK戦を最後まで見守ろう。そうオシムが考えを改めるタイミングがあったならば、あのときがまさにそのとき。結局のところ、俊輔が助走でシューズのひもを踏んで転び、頭からボールにぶつかって、そのヘディング・シュートが韓国のキーパーに捕られでもしない限り、あるいは遠藤がいきなりペナルティエリアからクロスを上げようとでもしない限り、事態はそれ以上悪くなりようがなかったのである。
日本がPK戦で敗れため、現在のオシムは、チームにとってのジンクス云々という言い訳はできなくなっている。だから、次回は(当然、2010年の南アフリカでも)、どうか選手たちに付き添ってやって欲しい。

オシムがピッチを去る光景以外で面白かったのは、彼がチームの円陣に加わっている姿だ。羽生2人分、ひょっとしたら3人分くらいあるオシムが、連帯感を掻き立てる、このどちらかと言うと感傷的な行動に加わっている姿は、どう見ても居心地よさそうには見えなかった。

ここで不屈の姿勢で知られるアルフ・ラムジーが、1966年のワールドカップ決勝のイングランド対西ドイツ戦が延長戦に突入する前に行なった、チャーチル風の演説を紹介しよう。
ラムジーは選手たちに、「諸君、もう相手は参っている。さあ、トドメを刺して来い」と告げた(実際に「諸君」なんて言葉を使ったのかどうかは定かではないが、そのほうがラムジーらしい)。

ところで、チームが円陣を組んだときの日本の選手とスタッフの数を数えた人はいるだろうか? 数百人もいたよね! みんな、何をしている人たちなのだろう? エージェント? ヘアドレッサー? ネイルアーティスト?
まあ、JFAにはこれら取り巻きがみんな必要なのだろうな。

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南アフリカへのチケットまで最大18試合!?

2007/08/06(月)

8月4日:一体どうやってこれだけの試合スケジュールを組むんだ? そう頭を悩ませている方には、Jリーグのスケジュール編成担当者の苦労をご理解いただけるだろう。
アジアサッカー連盟(AFC)は金曜日、2010年ワールドカップ予選の概要と日程を発表した。日本代表は南アフリカへのチケットを得るために最大18試合を戦う必要が生じるかもしれない。
今後さらに、カタールで開催される次回アジアカップの日程が2011年1月に決まる。今大会で4位に終わった日本は、この予選も戦わねばならない。
こうして見ると、かなり多忙なスケジュール編成…。スケジュール編成担当者には、すべての国が納得できるように頑張ってもらいたいものだ。

皆さんご存知だろうと思いますが、2010年ワールドカップの予選で日本代表は、出場43ヶ国中、オーストラリア、韓国、サウジアラビアに続く、そしてイランの前の第4シード。これらの上位5チームは、4チームずつ5組に分かれて行なわれる予選を勝ち上がってきた15チームと共に、予選第3ラウンドから試合を戦う。
そして、各組の上位2チームが予選第4ラウンドへ進出。つまり日本代表は、2008年2月6日から9月10日の間に6試合を戦うのだ。

予選第4ラウンドでは、勝ち残った10チームが5チームずつ2組に分かれる。日本代表は(勝ち残ったと仮定して)2008年10月15日から翌年9月9日までにさらに8試合を行ない、各組上位2チームが南アフリカへのチケットを獲得。3位チーム同士がホーム&アウェイのプレーオフを戦い、その勝者はオセアニアの優勝チームと南アフリカへの最後のチケットをかけて戦うことになる。

仮に日本代表が予選第4ラウンドのグループ3位に終わった場合、ワールドカップの出場権を得るために18試合を戦うことになる。最後の4試合が行なわれるのは、10月10日から11月21日。そう、2009年のJリーグのクライマックス期と重なってしまうのだ。
そうした状況で、いかにして2011年アジアカップの予選をもスケジュールに組み込むのだろう。日本代表が南アフリカW杯の出場権を獲得するのに不可欠な、欧州組のフィジカル、そしてメンタルコンディションは大丈夫なのだろうか?
この先2シーズン、欧州移籍のチャンスがある日本人選手にとって、これは非常に大きな検討材料となることだろう。

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日本代表の悲惨な幕切れ

2007/08/02(木)

7月31日:日本対韓国戦については、言わぬが花というものかもしれない。しかしこの試合が歴史に書き加えられる前に――まあ、JFA(日本サッカー協会)としてはできればあらゆる記録からこの試合を抹消したいところだろうが――少し言っておきたい。
どうしようもない内容だと思ったし、時おり、日本サッカーにとって屈辱的だとも感じた。選手たちががんばろうとすればするほど、事態はますます悪化。最終的には、レフェリーが延長戦終了のホイッスルを吹いて全選手を悲惨な状況から救い出した。

両チームともこんな舞台には立ちたくはなかっただろうが、重大な2つの理由が存在していたため、この試合に勝たなければならなかった。
1つは、それが日韓戦だったから。
もう1つは、この試合の勝者に2011年にカタールで開催される次回アジアカップの出場権が与えられる――予選が免除される6ヶ国のうちの1つとして――ため、2010年のワールドカップ・イヤーに予選を戦わなければならないという厄介な状況を回避できるからである。

こうした事情はあったが、オシムが先発メンバーを1人しか変えず、FW巻の代わりにMF山岸を入れ、高原のワントップにしたことは今も不思議でならない。
このフォーメーションは前線の重要なエリアで人数が1人少なくなるため、カタール戦では機能せず、韓国戦でもやっぱり機能しなかった。まったくもって得点がとれそうにないのだ。
オシムはメンバーを大幅に入れ替えチームをリフレッシュさせ、クラブに戻る前にレギュラー陣を休ませるべきだった。それで負けたならまだ納得できただろうけれど、PK戦とはいえレギュラーを揃えて敗れたことで、これまでやってきた素晴らしいサッカーを台無しにしてしまった。

グループリーグを終えオーストラリアを下したあと、さらに言えばサウジ戦で負けたあとも、私は日本代表にきわめて良い印象を持っていた。
しかし、土曜の試合は余計だった。中澤のシュートを至近距離でイがブロックしたこと、カンの退場で韓国チームは負けても言い訳が立つ状態になったこと、羽生のシュートがボールを見てもいなかったディフェンダーに当たったこと、韓国チームが楽々とPKを決めたこと…。試合が進むにつれ、すべての流れが韓国の勝利に向かい始めた。

そうして最終的に、数多(あまた)のPKを外した悲運の選手のなかに羽生の名前が加えられることになった。羽生はPK戦のことはできるだけ早く忘れ、他の日本選手は今回の3位決定戦の存在そのものを忘れるよう努めるべきだろう。

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ギュネス監督「技術力と体力だけでは足りない」

2007/07/30(月)

7月28日:木曜夜に行なわれたFC東京とFCソウルによるプレシーズンマッチは、観戦の価値のある試合だった。無得点に終わり、サッカー自体はパッとしないものだったが、セノール・ギュネス監督から話を聞けたからだ。
トルコ代表の元GKでキャプテンも務めたギュネス監督は、2002年ワールドカップで日本、韓国を破りトルコを3位に導いた。この年のUEFA年間最優秀監督賞を受賞。FCソウルの監督となって6ヶ月経った彼は、この極東のサッカーについて面白いことを言っていた。

基本的に、日本は技術的に、韓国は体力的に優れているが、しかし、世界のトップレベルに追いつくには両国の選手ともそれだけでは足りないのだと彼は話した。手短に言うと、もっと考える、しかももっと素早く考える必要がある、と。

「ワールドカップでは、メンタル面での成長が必要だ。選手たちがゲームを自らの手でお膳立てし、組み立てることは容易じゃない」
通訳を介し、彼はそう語った。
「サッカーは技術と体力だけでは戦えない。どんな状況でも試合をコントロールできる精神力が必要だ」
「両国とも、もっと素早い決断力が必要だ。これが一番の問題だ。ボールを受けたとき、常に次のステップを決め、ボールを蹴る前に全てを決めなくてはならない」
これをできた唯一の選手が、中田英寿。彼はボールを受ける前に次の動きを考えていた。彼がアジアで突出した選手たりえた最大の理由は、ギュネス監督が挙げたサッカー選手に必要な2つの資質――技術レベル、たくましい体――をもっていたことだ。

水曜夜に日本代表は2−3でサウジアラビアに敗れたが、ここに中田のような選手がいればと、オシム監督も思ったことだろう。日本は二度まで追いついたのだが、三度は無理だった。マレクの爆発力の前に、空中でも地上でも、阿部、中沢、そして川口は対応できなかったのだ。
サウジアラビアは強かった。何と言っても、彼らはワールドカップに4大会連続出場をしているのだ。今回の試合結果は、決して驚きではなかった。そう、“落胆”ではあったけど“意外”ではなかった。

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とりあえず、基礎はできた

2007/07/26(木)

7月24日:日本代表がオーストラリアを破った試合では良い面がたくさん見られたが、イビチャ・オシム監督が修正を望むような、悪い面もいくつ見られた。
良い面としては、新生日本代表が冷静で自信に満ちた態度でゲームを支配したこと。高原の素晴らしいゴールですぐに同点に追いついたこと。最後の最後まで集中力と規律を維持できたことなどが挙げられる。
いずれも、心理的そして肉体的に強いチーム、つまり自分たちの力と監督の能力を信頼しているチームに見られる傾向だ。

ただしそのパフォーマンスは満足ばかりではなく、不満に感じるところもいくつかあり、初戦でカタールに引き分けた(1−1)あとに不満に思った点も繰り返された。
やはり、日本はゴールが見えたらもっとシュートを打つべきだ。その1つが前半の中澤。自陣深くでボールを持った中澤はドリブル突破し、彼の前に誰も立ちはだからないので前進を続けた。
中澤は自信と気迫に満ちていたから、私はゴール前25〜30m地点で大胆にシュートを打って欲しいと思っていた。しかし実際は確信が持てなかったようで、シュートを打たず、ペナルティ・エリア近くにいた高原を探し始めた。ボールはカットされ、中澤は大急ぎで自陣に戻らなければならなかった。

これは一例に過ぎないが、日本代表のこのようなプレーについては中村俊輔がハノイで何回か指摘している。延長のある時点で、相手が10人なのに日本のパス回しがあまりに多いのは、オーストラリアの選手を催眠術にかけ、眠らせてからゴールを狙うという作戦なのか? とさえ思った。

巻の特長は空中戦、とくにファーポストでの競り合いの強さにある(ジェフのファンとガンバのディフェンスは、彼が驚異的なジャンプをして新居のゴールのお膳立てした、今シーズンのフクアリの試合を覚えていることだろう)。しかしオーストラリア戦では、日本はゴール前にクロスを上げたくないかのように見え、ペナルティ・エリアの外でもたもたボール回しをする場面があまりにも多かった。
俊輔が相手陣内深くに切り込んだとき、巻がファーポストで彼らしい仕事をした。オーストラリアはミリガンがもたついている間に、タカ(高原)が右足から左足に切り替え、この試合でも見事なゴールを決めた。

日本は、ボールをキープするときと、勝負に出るときの切り替えができなければならない。また、予想できない、爆発的な要素を見つける必要もあるだろう(この役割については、私のお勧めはやっぱり大久保嘉人だ!)。
しかし、新生日本代表のスタイルと特長ははっきりした――オシムは自身の使命を着々と果たしている。

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貫禄のマンチェスター・ユナイテッド

2007/07/23(月)

7月20日:今週初めに来日したマンチェスター・ユナイテッド(マン・U)は、素晴らしい親善大使だった。
記者会見、チャリティ、練習、試合、サイン会と、おそらく彼らは日本と戦ったベトナムのGKより忙しかったに違いない。

火曜の夜、レッド・デビルズは浦和レッドダイヤモンズと対戦した。
ジメジメした夜に行なわれた、イングランドと日本チャンピオンの対戦には、5万8000人ものファンが押し寄せた。
その夜の埼玉郊外は雨が降り、肌寒いほど。クリケット観戦でオールド・トラフォード(マンUのホームスタジアムとは別)へ向かっている時のことを私に思い出させた。

マン・Uの遠征は、AFC(アジアサッカー連盟)やFIFA(国際サッカー連盟)から激しい非難を浴びている。マン・Uのようなヨーロッパの有名チームがアジアにやってくると、彼らばかりがさまざまな面で得をし、アジアは何も得られないと考えられがちだからだ。
さらには、ベトナム、マレーシア、インドネシア、そしてタイ(これで全部、どこも忘れていないよね?)でアジアカップが開催されている最中の遠征は、アジアへの侮辱とも言われている。
しかし、そんな話はまったくナンセンス。サー・アレックス・ファーガソンもそのことについて、ハッキリと答えている。

ファーガソン監督は、アジアカップとスケジュールが重なってしまったのは残念だが、選手たちは1年おきにヨーロッパ選手権やワールドカップを戦わなくてはならず、せっかくの機会を無駄にできなかったと語った。
また、サッカースクールやチャリティは決して、他チームのファンを奪うためではないと。「私たちばかりが得をしているわけではない。私たちもまた、与えている」。彼はそう付け加えた。

内舘秀樹がクリスチアーノ・ロナウドばりのゴールでエドウィン・ファンデルサールを翻弄し、そして小野伸二は、体力は衰えようとも才は失わないことを証明するような天才的なゴールを決め、試合は2−2の引き分けに終わった。
試合後、ファーガソン監督は、山田と小野をとりわけ褒め称えた。
「ナンバー6(山田)がとても良かった。非常に頭が良いし、よく動く。気に入ったよ」
「それから後半のナンバー8(小野)。良いシュート、うまいシュートだったね」

リオ・ファーディナンドも、小野について背番号ではなく名前を挙げて語った。
「小野はとても能力の高い選手。今夜もそれを見せてくれたよね。フェイエノールト時代から、彼のことは好きだったんだ」

さあ伸二よ、次は何が・・・?

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ゴールラッシュのなかで光ったDF小宮山

2007/07/19(木)

現在、日本の選手とファンが注目するカップ戦は、アジアカップだけではない。嵐に見舞われた週末には、国内でも楽しみな試合があった。
ナビスコカップは準々決勝・第2戦の4試合が行なわれ、合計23ゴールが生まれた。内訳は、ガンバ大阪対浦和レッズ戦7ゴール(5−2)、FC東京対横浜F・マリノス戦(2−4)と川崎フロンターレ対ヴァンフォーレ甲府戦(4−2)がそれぞれ6ゴール、鹿島アントラーズ対サンフレッチェ広島戦(3−1)が4ゴールだ。

私は土曜日は味スタでFC東京対マリノス、日曜日は国立でフロンターレ対ヴァンフォーレを観戦したのだが、どちらも派手な試合だった。
マリノスは2戦合計では4−3と僅差の勝ち抜けとなったが、第2戦の途中では、キャプテンである山瀬功治のダイナミックなパフォーマンスがあったおかげで、4−0でリードする場面も見られた。山瀬はびしょ濡れのなかで爆発。狙い澄ました右足のシュートをゴール上隅に決めて先制点をもたらしたほか、その後ルーズボールを奪って完璧なクロスを送り、大島の2点目のヘディング・シュートをアシストした。

山瀬がFC東京を葬った奮闘ぶりは、彼らに個人的な恨みでもあるのかと思うほどだった。これまで相次ぐ負傷に苦しんできた山瀬はまだ25歳。かつてなかったほどのキレあるいは質の高さを発揮していた。
山瀬以外にマリノスで印象深かった選手としては、22歳のレフトバック、小宮山がいる。小宮山は聡明で精力的。日本代表のイビチャ・オシム監督が気に入りそうな、気迫に満ちたプレーをする。また、両足でプレーすることができ、空中戦でも臆することがない。目の前の敵には誰であろうと立ち向かい、打点の高いヘディングで競り合いを制する場面がいくつか見られた。

日曜日に最も不運だった選手は、甲府のストライカーの須藤だ。チームが2試合で記録した5ゴールはすべて彼が決めたものであったが、それでも最終的に、チームはフロンターレに敗れたのである。
台風が首都に接近しているという警告を聞かずに国立競技場までやって来た1万人のファンにとっては、ファンタジックな試合であったことだろう。ゴールが量産され、すさまじいスピードで攻守が入れ替わる、まさにトーナメントの準々決勝にふさわしい試合。片方のチームが試合を支配したかと思うと、突然もう一方が主導権を奪い返すといった試合展開のなかに、甲府のチームメートである秋本と井上の激しい言葉のやりとりや、甲府のディフェンダー池端とフロンターレのストライカー鄭大世のレスリング試合といった出来事も盛り込まれていた。
結局、23歳以下の選手を対象としたナビスコカップ・ニューヒーロー賞の投票で私の一票を獲得したのは、小宮山だった。

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良い手本を示した駒野

2007/07/16(月)

7月14日:だいぶ良くなってきたと思いませんか?
日本代表はUAEを破った(3−1)だけでなく、プロとしてきちっと仕事をした。プレーに強固さと切れ味が、特にDF陣に出てきた。そして日本にとって非常に有利なペナルティのおかげで、ハーフタイムには勝利を確実なものとした。
とはいえ、UAEが1人少ない10人にもかかわらずバックスを1人引いて戦えたことや、川口、阿部、中澤の連携にはコミュニケーションに問題があることなど、不安材料もある。

サポーターは、勝利にはしゃいでばかりもいられない。まだ勝点4を得ただけ。そしてまだ開催国との最後のグループゲームが残っているのだ。
日本選手達にとってはまたとない経験になるだろう。驚くべき雰囲気に飲み込まれることなく試合を支配するために、相手チームを速攻で押さえこまなければならない。みっともない番狂わせを避けるためにも。
優れた技術と経験、そして高さのアドバンテージで日本は勝利を収めるだろうけれど、ベトナムは頭から徹底的に叩きのめす必要がある。

UAE戦では高原が素晴らしい2点を挙げ、日本の優位さを誇示することができた。しかしこれは高原にスペースを与えた巻の存在が大きい。
だが、私が最も感心したのは駒野だ。ゲーム序盤に見せた左ウィングからのカットイン、そしてシュート。さらにその直後、今度は遠藤が中盤を駆け上がりゴールを狙った。
日本選手たちが積極的な姿勢を見せてくれたのは非常に喜ばしいことだし、その甲斐あって、その夜の試合の流れを決めることができた。
パス回しばかりで、シュートできるポジションにあってもシュートを打たないのではなく、残りの試合でもこのポジティブな姿勢を保ってくれることを願う。

オシム監督も、シュートを打つよう檄を飛ばしていたに違いない。そして駒野のようにシュートが外れても、激を飛ばし続けたに違いない。
試合が三分の一も過ぎないうちに、高原の2得点で日本はゲームを支配。そしてUAEのペナルティで試合は決定的となった。
キーパーがファーポストに浮き球を上げた遠藤を掴んだとして、主審がペナルティを科した時、私は正直、そのコールが信じられなかった。しかし、それは日本の心配することではない。そしてこの物議を払拭するように、俊輔がPKを冷静に決めたのだ。

試合終盤になると、オシム監督はキーとなる選手を今後に備えて休ませ、攻撃の手を緩めないために、巻と元JEFの阿部のもとに羽生(高原と交代)と水野(中村俊輔と交代)を投入した――その様子は、JFAは“JEF FOOTBALL ASSOCIATION”なのでは思えるほどだった。
月曜日はお祭り騒ぎになることだろう。日本の目標はまだ達成されるたわけではないのだ。しかし、ずいぶん良くなってきている。

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もっと積極的に攻めないと

2007/07/12(木)

2007年6月10日:カタール戦の引き分け(1−1)という結果に、イビチャ・オシム監督が腹を立てているのは確かだ。私も腹立たしかったし、日本の多くのファンもそうだっただろう。
言うまでもないが、日本が楽に勝てる試合だった。圧倒的にボールを支配していたし、選手一人一人の資質、そして大舞台での経験といった点では、相手チームとは格が違っていた。
しかし、追加点を挙げられなかったため、カタールにも追いつき引き分けるチャンスが最後まで残されていたのも確か。そのチャンスをものにされ、その夜がぶち壊しになってしまった。

阿部については、同点ゴールの引き金となったファウル、つまり日本が勝つ明らかなチャンスの1つをモノにできなかったことを責めようとは思わない。
どう見たって、阿部は川口が出てきてボールをクリアするのを待っていた。キーパーが来ていないことに気づいた彼はパニック状態に陥り、フリーキックを与えてしまったのだ。ミスを犯したあとの阿部のボディ・ランゲージがゲームの行く末を物語っていた――「同点にされるかもしれない」。

チャンスについて言えば、真っ先に頭に浮かぶのは高原の美しいヘディングに合わせたものの、バーの上を越えた山岸の左足のハーフボレーと、カーブをかけたボールがファーポストの外を通った終盤の羽生のシュート。この2つだ。

いや、もういい。チャンスを逃したことにはイライラしたが、私の怒りの原因はそれではない。
私ががっかりしたのは、ゴールが見えているのに日本がシュートを打たなかったことだ。とくに目立ったのが遠藤。彼はまるでアシスト王を狙っているようだった。日本は、遠めからゴール前にボールを放り込む代わりに、複雑に入り組んだパス回しをして、ボールを確実にゴールに入れようとしていた。日本はダイレクトなアプローチをもっと増やし、ピッチの残り3分の1の地点まで攻め込んだときには、よりダイナミックかつ積極的にプレーしなければならなかったし、そうしなければならないと思う。
そのためには、同じことを繰り返すが、私なら巻を高原と組ませ、ミッドフィルダーを1人減らす。ただし、減らすのは私のマン・オブ・ザ・マッチの鈴木啓太ではない。

巻と高原が並べば、地上戦でも空中戦でもより多くの選択肢が生まれるだろう。巻はゴールを挙げなくとも何かをやってくれる。チームのために懸命に動き回り、つねに相手ディフェンダーの脅威となってくれるのだ。
カタール戦の結果は期待はずれだったが、13日の金曜日、UAE戦に勝てないようであれば、日本は本当に厄介なことになってくるだろう。

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アジアカップ優勝候補の日本。しかし…

2007/07/09(月)

7月7日:6月5日、コロンビア戦に引き分けた(0−0)試合を見て、日本代表にはアジアカップで優勝する力が十分にあると確信した。調子の上がらない前半を乗り切ると、後半はコロンビアに対し良いプレーを見せ健闘した。
チームとしてのまとまりや、イビチャ・オシム監督指揮のもと、選手たちの目的意識、目指すプレーを感じることができたし、アジアのライバルたちを寄せ付けない、自分たちのサッカーをしていた。

約1ヶ月にわたるアジアカップが始まろうとしている。おそらく日本は良いプレーをしてくれることだろう。
優勝を断言はしないが、2010年ワールドカップ・南アフリカ大会予選へ向け、そして2006年大会では叶わなかったが、本戦での健闘に向けチームが順調に来ていると感じさせてくれることだろう。

オシム監督にとって、ベトナムでのアジアカップは勝って当たり前の状況だ。
2人の前任者、2000年のトルシエ、そして2004年のジーコも、日本をアジアチャンピオンに導いている。
仮に日本が3大会連続、通算4度目の優勝を逃したとしても、ファンがオシム監督はトルシエやジーコよりも劣っていると言い出さないよう私は願っている。
決して、そんなことはないのだ。

オシム監督は、自身の目標についてハッキリ言及したことがない。
その一方で、ワールドカップ出場はアジアカップ優勝よりも重要だと言う。だが選手のセレクションを見ると、決してそうは考えていないような気がする。
もし監督が現在よりも先のことを考えているのなら、左サイドの本田、攻撃的MFの家長、そしてリベロの伊野波ら、オリンピック代表がアジアカップの代表23名に選ばれていただろう。
今回、伊野波は播戸の負傷により代表入りした。伊野波は、オシム監督により多くのオプションを与えてくれることだろう。

闘莉王と水本がいなくても、坪井、阿部、中澤の3バック、それから加地、中澤、阿部、駒野の4バックはアジアカップを制するのに十分強力な布陣だ。
コロンビア戦での阿部と中澤のコンビは非常に良かった。また、伊野波は阿部の交代要員としてリベロやミッドフィールド中央でプレーできる。そして何より伊野波にとって、先輩たちとプレーして得るものは大きいはずだ。

アジアカップで日本は優勝できるだろう。もしできなくても、それで世界が終わるわけではない。オシム監督のサッカーは、しっかり根付いてきている。

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ウェーブはご勘弁を

2007/07/05(木)

感じ方は人によって違うのだろうが、U−20(20歳以下)ワールドカップで日本がスコットランドを3−1で破った試合の観戦は、まったくもって奇妙な体験だった。
結果は日本にとって申し分のないもの。だが、周囲の雰囲気が、控えめに言っても尋常ではないのである。
試合中だというのにあちこち歩き回っている人々がいるし、そこかしこにテントがある。それに大勢の観客は無音状態に陥っているしで、選手たちはきっと、練習場にいるような気分になったことだろう。

選手たちは牧場からスタジアムのピッチまで散歩に来たようにも見え、サッカーの試合は夏祭りの催しの1つになっているようだった。次はどんなイベントがあるのだろう? なんてことを私は考えていた。男の子たちの袋競争か、それとも女の子たちがスプーンで卵を運ぶ競争? あるいは、どっかの野菜生産者協会が新たまねぎの展示会でも開くのだろうか?

とにかく、試合会場の雰囲気はまったく常軌を逸していた。そして、この状況をさらに悪化させたのが、後半のウェーブ。無粋なことを言って申し訳ないのだが、FIFAはすべてのサッカー・グラウンドでのウェーブを禁止すべきだ。ウェーブを引き起こしたと認められた人物はただちにスタジアムから追い出し、スタジアムへの立ち入りを生涯にわたって禁止すべきである。ウェーブは、皆が楽しんでいるということを示すものではなく、退屈しているという証拠。サッカー人生を変えることになるかもしれない瞬間に全身全霊を傾けている選手たちに、失礼である。

想像して欲しい…。やる気十分の若き選手が、自宅の庭で2年間練習してきたクライフ・ターンをついに成功させたとき――。観客の大半はあらぬ方向を見て、ウェーブがこちらにやってくるのを待ち構えているのである。
サッカーは娯楽ではないのだ!
「サッカーは人生ではない――それよりはるかに重要なものである」
今は亡きリバプールの名将ビル・シャンクリーがこのようなことを言っていた。

大柄なスコットランドの選手を相手に、日本代表は自信に満ちたチームプレーで優位に立ったが(とくに目立ったのが梅崎)、少し残念だったのはケガをしたフリをした選手がいたことと(梅崎)、終了間際の5分間にボールをコーナーに運んで時間稼ぎをしようとした選手がいたことである(これも梅崎)。
中立な立場にあるカナダの人々は、アイスホッケーの激しいプレーに馴染んでいるので、芝居がかった振る舞いには反発を示し、“ケガをした”選手には容赦ないブーイングと野次を浴びせた。まったくお見事!
ただし、ウェーブだけはご勘弁を。

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ストヤノフ問題:ジェフのただ1つの解決策

2007/07/02(月)

6月29日:イビチャ・オシムが去り、そして祖母井GMと阿部主将が去り、チームは転落していった。
そして今度は、ストヤノフがチームを去る。
ジェフ千葉にとって、この12ヶ月は惨たんたるものだった。非常に寂しいことだが、チームがストヤノフ問題を解決するには契約解除しかなかった。ストヤノフはアマル・オシム監督とチームについて批判し、それについての謝罪を拒否した。こうなってしまっては、チームにはもうストヤノフを放出するしか道がなかった。

今シーズン、特に5月26日のガンバとのホームゲームの敗戦で、アマル・オシム監督の解雇は近いと感じていた(考えすぎかもしれないが…)。
しかし、いったんストヤノフが公にそれを口にしてしまったら。チームとしては、“反乱”したイチ選手の望み通りのことをするわけにはいかない。チームを経営しているのは経営陣ではなく、選手であるかのように見えてしまうからだ。

事態がこう着状態に陥った時、その選手がどんなに良い選手であろうと、ファンから絶大な支持を受けていようと、チームはまず、そういう“反乱”選手をチームから放出するという強い態度を示さなくてはならない。
そうして、ジェフからまた1人離れていく(チーム内のイザコザ。ホームでのまたもやの敗戦といえるかもしれない)。

ストヤノフはもちろん、今でも素晴らしいサッカー選手だ。気持ちのうえでは、私は彼の熱烈なファンクラブ会員であったことをここに白状しよう。
彼は真のリベロであり、選手2人分のスキルを持っている。キーパーからボールを受け、50メートル先、レフトサイドの山岸やライトサイドの水野へパスを出す。そんなプレーを見るのが好きだった。
しかし彼が最も素晴らしくエレガントなのは、まるでオーストリアのアルペンスキーヤーがスラロームでゲートの間を滑走していくように、2人、3人といとも簡単にすり抜け前線へ攻め上がっていく時だ。そして、巧みなワンツーを駆使しゴール前へ出てシュートを放つ。

ディフェンスでも、彼は相手フォワードを翻弄し、相手に時間もスペースもまだ余裕があるように思わせる。そして彼は完璧なタックルのタイミングを計り、一瞬のスキにボールを奪うのだ。
絶好調のストヤノフは、他のJリーグの選手とはレベルが違う。しかも見ていて滑稽さを感じるぐらいに、いとも易々とプレーしてみせる。

しかし、ピッチ上でカッカしやすい部分があることは否定できない。ピッチ外で彼が犯した最大の過ちは、感情のままを公の場に出してしまい、チームに選択肢を与えなかったことだ。
試合結果はどうなったかって? オウンゴールで、またしてもジェフが負けたよ…。

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柏木をひたすら賞賛したい

2007/06/28(木)

土曜日、特別な選手になれる資質を持った若者が、特別なゴールを決めた。
サンフレッチェ広島ユース出身で、弱冠19歳の柏木陽介が、神戸戦で真の意味で美しいゴール――リプレーを見れば見るほど素晴らしく思えるゴール――を決めたのである。
当然ながらシュートは左足で打たれたもの。チャンスを生み出したのは佐藤とウェズレイの見事なポジション・チェンジだった。ペナルティ・エリア付近でフリーでボールを受けると、柏木はワンタッチでボール・コントロール。左足でボールを包み込むようにして理想的なシュートを打つと、ボールは左サイドからゴールのファーサイド隅に突き刺さった。

まさに、“(ベッカムではなく)俊輔みたいなカーブボール” !(※)それはフリーで打った素晴らしいシュート。相手選手の気分を害したり、挑発したりすることもなかったゴール後の祝福シーンでは、彼の創造性がまたも発揮されることとなった。
ロジェ・ミラ・スタイルでお尻をくねらせたあと、柏木はボーリングを実施。ボールをレーンに転がし、おそらくストライクをとったときのようなポーズをとった。

試合は結果的に2−3で敗れたが、サンフレッチェの2つ目のゴールもなかなかのものだった。このときは右サイドの駒野が供給した熟練のクロスに合わせた、ウェズレイの教科書に載っているようなヘディングシュート。
しかし、駒野が守備から攻撃に切り替え右サイドをするすると駆け上がり、決定的なパスを送るタイミングを見計らうことを可能にしたのは、一体誰なのだろう? やはり、柏木なのだ。柏木は、イビチャ・オシムが見たら喜びそうなボールタッチ、スピード、冷静さと頭の切り替えの速さを披露したのである。

もちろん、オシムは柏木のことをすでによく知っている。間近に迫ったカナダでのU−20FIFAワールドカップは、この若者がその才能を知らしめる完璧な舞台となるだろう。
かなりの才能があるということと、今回のような大きな舞台で潜在能力を発揮するというのはまったくの別物だ。
とはいえ、現時点では、柏木陽介にはハリー・キューウェルとハリー・ポッターを足して2で割ったような個性がある。そう、左利きの、優しそうな策略家で、その両足で魔法を使うのである!

※訳注
2002年公開(日本は2003年)のイギリス映画「ベッカムに恋して」の原題を訳すと、「ベッカムみたいなカーブボール(Bend it like Beckham)」となる

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中田とMLSの強力タッグ

2007/06/25(月)

6月22日:引退から約1年、何も言わないが中田英寿が再び注目を浴びている。
木曜日に東京の海外特派員クラブで開かれた昼食会で、日本代表のイビチャ・オシム監督は、もし中田が現役に復帰するなら代表チームの扉は開いていると語った。
さて、中田の復帰はあるのだろうか?

1994年、ジャカルタでのU−19アジアユースに日本代表として出場して以来、私は彼を見続けてきた。中田の現役復帰、あり得ない話ではないと思う。
事実、ベッカムのギャラクシー移籍の記事を目にする度に、米国メジャーリーグサッカーは中田の自身の再発見にはパーフェクトではないだろうかと考えていた。中田は、アジアのベッカムだ。中田の米国での現役復帰は、米国サッカー界に大きな刺激を与える。ベッカム同様、誰にとってもその効果は大きい。

中田はまだ30歳。もう3〜4年、少なくとも2010年ワールドカップまではプレーできる。MLSでの現役復帰は十分可能だろう。
先日行なわれたフィーゴ主催のチャリティ・マッチのハイライトを見たが、長髪になった中田は、ベルマーレ平塚にいた若かりし頃を髣髴とさせた。
引退はあまりにも早すぎたし、あのようなサッカー環境に身を置いてみて、一度は失ったサッカーに対する興味が再燃したかもしれない。ひょっとすると遠征ばかりの日々に飽き、自身のルーツが欲しかっただけなのかもしれない。

成長しつつあるリーグと有名人としての生活を楽しむなら、米国をおいて他にはないだろう。米国の若者・大衆文化は中田にとって魅力的なはず。なんと言っても、あの巨大なマーケットは彼の経歴にさらにハクをつけるには十分だ。
例えばそう。東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ローマ、ミラノ…といった世界の都市にレストランチェーンを展開するとか――。メニュー、装飾品、家具、衣類をはじめとするさまざまな“ナカタ”ブランドの商品が世界中に溢れるのだ。
これこそ、彼の運命だ!

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補強が必要な軽量級の大宮

2007/06/21(木)

6月19日:等々力でのアンチ・クライマックスが幕開けとなった土曜日のJリーグは、駒場でのドラマチックな結末という爽快な様式で幕切れとなった。
関東でのサッカー三昧の最初に供されたのは、陽光降り注ぐ等々力でのフロンターレ対レイソル。この試合、中村憲剛はまさに彼らしいプレーを見せたが、両チームのフォワードが決定機を何度も無駄にして、退屈なスコアレスドローに終わった。
月曜日にアジアカップの代表候補発表を控え、私は我那覇にゴールを決めて欲しいと思っていた。しかしそれは叶わず、我那覇の今季リーグ戦でのゴールは1のまま。彼には自信という特効薬が必要だ(この特効薬は、Jリーグの規定違反にはならないかな?)。

午後の等々力から夕方の駒場に移ると、そこは素晴らしい雰囲気。スタジアムには約1万7,000人の観客が詰めかけていた。スタジアムの3分の2はオレンジ色に覆われ、残りの3分の1は…やはりオレンジ色だった。そう、アルディージャ対アルビレックスだからね。
このオレンジ・ダービーは、提起された問題点とそのドラマ性という点では、まさにその名に値するものだった。

まず、新潟の右ウィンガーの松下がハーフタイムの6分前に退場となった。2枚目のイエローカード――スパイクの裏を向けたタックルだとレフェリーがみなした――については様々な意見があるだろうが、バカらしいのは1枚目のイエローカードをもらった行動だ。
25分を過ぎてもゲームは均衡状態。どちらかといえばアルビレックスが押し気味だったが、松下はボールを蹴り出して無意味に試合を遅らせた。松下にイエローカードを示したレフェリーの長田の判断は正しく、アルビレックスの鈴木監督には、オフィシャルではなく、自チームの選手に厳しく当たって欲しいものだ。

一人多く、数的優位に立った大宮は、吉原のゴールと途中出場の若林の高い打点のヘディングシュートで2−1の勝利を収めた。
両ゴールに大きく貢献したのは小林大悟だったのだが、彼は依然として、絶好調時とは程遠い状態。元気の良い吉原や藤本とは対照的だった。
しかし、ボールを持ち、大悟ならではのプレーを見せられると、ロバート・ファーベーク監督は彼をずっとピッチでプレーさせ、大切なときに実力を発揮してもらいたいと願うことだろう。

残念ながら、大宮の外国人選手のレベルはやはり物足りないまま。チームが低迷しているなかでも、先発メンバーに入っていたのはセンターバックのレアンドロだけで、フォワードの2人はベンチにいた。
ルーマニアやブラジルにスカウト旅行に出かければ、攻撃陣と中盤の中央を埋める選手が見つかり、創造的だけれども線の細い大宮の選手たちをサポートできるようになるかもしれない。

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“りんご注意報”発令!

2007/06/18(月)

6月15日:物事は良い方に考えよう。
そう、日本のチーム同士のアジアチャンピオンズリーグ決勝戦!
レッズ対フロンターレ、会場は初戦が等々力、第2戦はさいたまスタジアム。日本にとってパーフェクトなシナリオだと思わないかい?

決勝ラウンドの抽選の結果、それも十分可能なのだ。
抽選前から、レッズとフロンターレが準々決勝でぶつからないことは分かっていた。しかし準決勝については対戦しない保証はなかった。もちろん、準決勝に進めたと仮定しての話だが。

一方、決勝に日本のチームのどちらかが間違いなく進めるという意味で、準決勝で戦かった方が良いという人もいる。しかしそれは悲観的というもの。彼らはそれぞれのグループを勝ち上がってきたのだ。どうせなら“超”ポジティブに、両者とも決勝に進出するという希望を持っていい。
だって予選リーグ各グループ4チーム中の上位2チームでなく、首位のわずか1チームが勝ち上がってきた。その実力差はわずかだ。

準々決勝でレッズとフロンターレが、全北現代モータースとセパハンをそれぞれ破り、何としても日本チーム同士の決勝を実現させるという意欲を持ち準決勝を戦ってくれるよう期待しよう。
レッズの第1戦は9月19日。前回大会優勝の全北現代をホームで迎え撃つ。一方のフロンターレは9月26日の第2戦をホームで戦う。

イランに観戦に行くことを考えているフロンターレサポーターの皆さんに、私からひとつアドバイスをしよう。
どうぞヘルメットを持って行ってください!
これは2005年3月のワールドカップ予選、イラン対日本の試合に“弾丸”ツアーで800人の日本サポーターと共にテヘランへ行った私の経験上のアドバイス。

正午頃、昼食のためにホテルへ到着した我々に、キックオフの6時間前だというのにすでに10万人のファンがアザディスタジアム入りしていると知らされた。
日本人サポーターを乗せたバスの一団が到着した時の様子は、まるで大衆への見世物として虐殺される奴隷。あの映画、「グラディエーター」の1シーンのようだった。
結果は1−2の敗戦だったが、私たちに用意されたシートは福西が同点弾を決めたゴールの真後ろだった。
しかし後ろはイラン人サポーターの大群が溢れており、私たちめがけてミサイルを(幸運なことに核弾頭は搭載していなかったが…)滝のように浴びせてきた。
ある女性などは、背後の巨大スコアボードを見ようと振り返った瞬間にりんごが顔面を直撃した。運良く目には当たらなかったが彼女の頬は大きく腫れ上がっていた。

フロンターレファンの皆さん、どうかヘルメットを持っていってください。そして、飛んでくるりんごにはお気をつけて。2階席からの一撃は、なかなか強烈ですよ。

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1強? 2強? それとも3強?

2007/06/14(木)

先週末はJ1全34節中の第14節。あとから振り返れば、2007年シーズンのターニング・ポイントになっているかもしれない。
あっという間にガンバ大阪が勝点7差をつけ首位に立っている。ただし、レッズはA3チャンピオンズカップ出場のため試合がなかった(ところで、この3つのAは何を意味しているのだろう? 「Another Avoidable Absence(今回もやむなく欠席)」の略?)。
レッズは試合をしていないにも関わらず、2位につけている。そう、順位の近いチームがその日に勝てなかったからだ。2強のマッチレースを予想していた人にとっては、すでに憂慮すべき状況となっているのである。

さまざまな理由が重なり、ホームでヴィッセル神戸を3−1で下したアルビレック新潟が4位に躍進した。
シーズン当初、私はアルビレックスが弱体化していた(現在は改善しつつある)FC東京を味スタで粉砕した試合を観戦し、そこで目撃したもの――つまり、3人の良い外国人選手を擁する、きちんとよくまとまったチーム――に感心した。
神戸戦では外国人選手は2人だけだったが、その2人が3ゴール全ての得点者となった。

中盤の右側の位置でプレーしていたマルシオ・リシャルデスが最初の2ゴールをマーク。1点目はゴールの隅ではなく、ゴール中央に向かう軌道で榎本達也の意表をついたフリーキック。もう1つは、至近距離からの、きれいにミートしたヘディングシュートだった。
3点目も、2点目と同じようなスタイリッシュなヘディングシュート。これはエジミウソンが、彼らしいクレバーな動きから決めた。ちなみに、エジミウソンは私のお気に入りの外国人選手の1人で、そのパワーとバランスを兼ね備えた能力は魅力的であり、危険でもある。
実際、彼はいつも安定したプレーを見せている。ガンバが彼をとらなかったのが私には不思議でならない。その能力と性格が保証されているブラジル出身の選手を小規模なクラブから獲得するという、リスクを犯さないやり方がガンバの得意技なのに! 来シーズンには、獲得するかもしれないね。

シーズンはまだ半ばにも達していないが、勝点7の差はガンバにとっては上々の成果。ライバルにとっては今後プレッシャーとなるだろう。
個人的には、ガンバに追いつける能力があるチームは2つだと思っている。レッズとフロンターレである。ただし、この両チームは引き分けがあまりに多く、今シーズンの勝利数はガンバの9勝にくらべて、6勝ずつに留まっている。それが、ガンバとの勝点差になっているのだ。
中盤と攻撃陣については、ガンバはピッチにも、ベンチにも豊富な人材を揃えている。唯一の弱みを挙げるなら、それはセンターバックのシジクレイと山口をカバーする選手が物足りないことである。

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高原復活!

2007/06/11(月)

6月7日発:間違いない!タカ復活だ!
キリンカップの2試合、そして3月のペルー戦。高原直泰は再び日本のリードマンとしてピッチに帰ってきた。ハングリーで、さらに成長した姿で見事に復活を遂げたのだ。

正直なところ、私は、ハンブルグで低迷し、切れ味を失っていた高原への興味を失っていた。日本代表としてプレーしても、当時の彼は“それまでの彼”ではなかった。
その態度は自信や意欲に満ちているというより、結果を伴わない単なるうぬぼれにすぎなかった。
しかし、最近の高原は持ち味をフルに発揮してひた向きにプレーしている。フランクフルトに移籍してからというもの、調子が良い。チームの一員として得点を挙げ、タックルをして激しくボールを追っている。

駒野の右からの正確なクロスに飛び込みヘッドで合わせた、モンテネグロ戦でのゴールは絶品だった。
コロンビア戦では決勝点となるはずだった右からの決定的なヘッドを外してしまったが、非常に良い出来だった。
コロンビアは特に後半開始早々、激しくマークしてきた。それで高原は試合中、相手の肘撃ちについてオランダ人主審に激しく抗議していた。

オシム監督の4−5−1システムにおいて、高原は前線で良いプレーをしていた。個人的には、ペルー戦の時のように、巻とのコンビを試合開始から見たかったのだけれど。
一方で、稲本をあれほど前で使うというのは妙な選択だった。オシム監督も過ちだと気づき、後半に彼を交代させていた。
イナはゲームに集中できなかったようだ。彼はオーバーラップの好きな守備的MF。従って、あのポジションでは何をすべきか分からなかったのだろう。
ナイジェリアで開催された1999年のFIFAワールドユース日本代表のチーム編成をしていたトルシエ氏は、稲本はセンターバック向きだと常々考えていると言ったことがある。
それはまだ実現していないが、稲本の新たな将来像が見たいのなら、フランクフルトやオシムジャパンではそれも一つのオプションかもしれない。

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スタイル際立つなでしこジャパン

2007/06/07(木)

先日の夜のオリンピック女子サッカー予選。韓国を6−1で破った日本代表については、良い点が多すぎて、なにから語り始めればよいのかわからないくらいである。
もちろん、結果は申し分のないもの。予選3連勝は、来夏の北京行きを確信させるものだった。勝ち方も素晴らしく、いろんな選手がゴールを決め、日本選手の才能と技術を見せつけた。

いつものように、日本は真の意味でのフェアプレー精神を持って試合に臨み、JFAはもちろん、サッカーそのものの評価を高めるようなプレーを見せた。
女子のなかでも体格で優位に立っているとは言えない日本代表は、世界のトップクラス相手にもチャンスを得られるような、独自のプレースタイルと戦術を育んできた。オシム・ジャパン同様、「なでしこジャパン」も自分たちの長所であるスピード、ポジションチェンジ、そして組織を最大限に発揮しようとしている。
なかでも私は、宮本が底、沢がトップ、酒井が右で、宮間が左に位置する、中盤のダイヤモンドがお気に入りだ。酒井と宮間の2人は正確無比に動くミサイルのようで、ディフェンスラインから両サイドを駆け上がるフルバックとの連携が素晴らしい。

もっとも、日本代表はむやみやたらとクロスを上げるという方法はとらなかった。ゴール前のクロスは、今年のワールドカップで大柄な相手ディフェンスの餌食になるのが関の山だと思われるからだ。この問題に対処するために、日本代表は非常に興味深く、チームに合った戦略を用意していた。
クロスを長め――ファーポストのさらに向こう――に蹴れば、受ける選手は最後の最後に後ろに下がってマークを外し、ボールを中央に折り返すことができるのだ。そうなれば相手DFは対処に困り、味方のFWはゴール前に侵入して至近距離からシュートを打てる。結果、小柄なセンターフォワードと大柄なセンターハーフとの直接的な接触を回避することができる。
これはまさにゴールを生み出すための戦術。スペースとスピードを活かすプレーで攻撃のリズムを良くすれば、この戦術はさらに効果的なものになるだろう。

なでしこジャパンの印象は上々。大橋浩司監督の手腕も、今後の戦いで信頼のおけるものだということが明らかになった。選手たち自身も楽しんでいるようで、男子のトップレベルの試合によくあるような、皮肉な行為やずるいプレーはまったく見られない。
韓国国歌が流れる前、ホームのファンと日本代表の選手たちは一様に喝采を送った。試合後、日本選手が場内を一周しているときに韓国ファンの小さな一団が拍手を送っていたのも良かった。
ただ1つ残念だったのは、気持ちの良い日曜日の夜に国立競技場に集まったファンの数が、わずか8,779人だったこと。
このチームはもっとたくさんの人を集めるだけの価値があるし、タイを迎える8月12日の試合にはもっとも多くのファンに応援してもらいたい。

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日本勝利!輝く駒野

2007/06/04(月)

6月2日:後半に入りプレーの質が落ち、頂けないプレーが目立ったものの、金曜夜のモンテネグロ戦――2−0で勝利――では十分な収穫があった。まずは、前半で試合を決めた二つの素晴らしいゴール。
先制点は、まさに日頃の練習グラウンドでのプレーにさらに磨きがかかったものだったと言える。
遠藤が左コーナーから左足でちょうど良い角度のボールを上げ、競り勝った中澤がファーサイドでパワフルなヘッドを決めた。中澤は攻守両方で自身の価値を再び証明したのだ。

2点目のゴールは、さらに素晴らしいもの。中村憲剛のサイドチェンジを受けた駒野が、右サイドから見事なクロス。これをニアサイドの高原がヘッドで決めた。
その数分前のプレーで高原は、駒野の深すぎるクロスに対し苛立ちの表情でニアポストを指差していた。しかし駒野はすぐさま修正し、次のプレーでは完璧なクロスで高原のヘッドをお膳立てしたのだ。

ペルー戦につづき、駒野がこの試合の私が選ぶMVPだ。
右サイドバックで先発した駒野は、水野が入ってからは逆サイドへ回り、活力、激しさ、そして多用性でオシムジャパンのキープレーヤーとしての位置を確立した。彼は危険な状況でボールをクリアするタイミング、パスを出して押し上げるタイミングをよくわかっている。
そして何より、サッカーに対する姿勢がピカイチなのだ。与えられた役割をしっかり果たす、最高のチームプレーヤー。あのトルシエ監督が好んで使いそうな選手である。

オシム監督のサッカーでは、頭の回転や反応の素早さのみならず、足の速さが要求される。これはモンテネグロ戦で気づいたことなのだが、選手たちはちょっとしたミスからでもこぼれ球を奪えるよう、一歩前で相手選手をマークしていた。
このようなペースとポジション、そして複雑なパス回しでプレーすれば、当然ミスが起こる。
しかし日本の選手たちは状況を把握し、相手のミスを先読みすることを学んだようだ。

モンテネグロのサッカーは、スローテンポで大胆さに欠けると言われる。
しかし、旧ユーゴのチームはどこもサッカーを熟知しており、軽んじるべきではない。ただこの試合では、日本の中盤のプレスがモンテネグロに大きなプレッシャーを与え、ゲームのリズムをつかませなかった。
火曜夜に埼玉で対戦するコロンビアは、さらに強いはず。しかし、日本だって負けていない。

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オシムの選択肢をさらに増やした中田の代表復帰

2007/05/31(木)

そして、3人になった…。
ペルー戦で中村俊輔と高原直泰を選んだイビチャ・オシム日本代表監督。キリンカップでは中田浩二を招集し、海外組の数を3人に増やした。
私も含め多くの観察者は、浩二の代表復帰を歓迎するだろう。彼には、たくさんの資質がある。

まずは、その多様性。ディフェンスでも、ミッドフィールドでも、複数のポジションをこなすことができる。
次に、サッカーにおける頭の良さ。これは高い集中力に裏付けられたもので、オシムは、動き回れる選手とともに、考えられる選手をチームに求めている。
3つ目は、代表レベルでの経験が豊富であること。浩二はワールドカップの代表メンバーに2度入っている。
4つ目は、ヨーロッパでプレーし続けているということ。ゴタゴタ続きのフランスを経て、現在はバーゼルに安住の地を見つけている。これは、性格の強さと意欲の高さを示している。Jリーグに復帰しても簡単に対応できるだろう。
総合的に見ると、中田は依然として代表チームに多くをもたらしてくれる存在であり、オシムは、たとえゲーム中であっても、必要な場合には彼の多様性に賭けることができるだろう。

オシムの代表候補リストでは、浩二はディフェンダーとなっている。現在の私の一番のお気に入り・水本と同じだ。
ジェフはいま辛いシーズンを送っているが、水本は未来の希望の星だ。ストヤノフとジョルジェビッチの負傷によって水本への注目が高まり、現在、彼はリーダーとしての資質を示し始めている。
以前私は、水本の姿勢にはぶれがなく、フロンターレ対ジェフ戦では自らを奮い立たせ、ジュニーニョとの言葉のやりとりでも互角に対峙していた、と書いた。今回のキリンカップでの経験は、彼のキャリアをさらに高めることになるだろう。またそれは、仲間のオリンピック代表のメンバーも同様である。

キリンカップの代表チームには、タレントが揃っている。オシムにとって最も大変な仕事は、正しい組み合わせを見つけ、誰を選ぶかではなく、誰を外すかを決めることになるだろう。
帰ってきた中田浩二がオシムの選択肢を増やしたわけだが、とりわけ阿部と今野が関係する場合の選択肢が、一段と増えることになる。

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レッズファンに敬意を表したシドニーFC監督

2007/05/28(月)

5月24日:水曜夜に行なわれたアジアチャンピオンズリーグで浦和レッズに0−0と引き分けた後の、シドニーFCのブランコ・カリーナ監督による浦和評は正しいものだった。
大会にふさわしい環境を整えたさいたまスタジアムの4万4793人の観衆を目の当たりにし、カリーナ監督は畏敬の念に包まれていた(私の見たところ、うち4万4700人が赤いシャツを、93人がシドニーのシャツを着ていた)。

カリーナ監督いわく、「浦和は非常に素晴らしいチーム」。「それから、このスタジアムも」。
カリーナ監督は浦和ファンについても語った。
「サポーターも、素晴らしいの一言。彼らはアジアのみならず世界でも最高のサポーターだ。お祝いを言うよ」。
「それから、アジアの強豪とこれだけの接戦ができたことは嬉しいし、誇りに思う」と、手放しで絶賛。もちろん、彼の言葉は正しい。

以前にも言ったが、レッズがアジアチャンピオンズリーグを制して12月に開催されるFIFAクラブワールドカップの出場権を獲得できれば、日本サッカーを世界にアピールしてくれることだろう。
日本にこれほど熱烈なサポーターがいて、ヨーロッパの“ビッグリーガー”たちが夢見るような平均観客数をあげているチームがあることなんて、世界の人々は知りもしないはず。
彼らの存在は、もっと知られるべきだ。

現在、Jリーグはとても良い状態にある。
その中でもレッズは、ファンもチームもズバ抜けて優れている。
他チームはというと、アルビレックスが安定してホーム観客数を確保している。さらに他のチームも、とりわけガンバはレッズと同レベルの力を持っているが、総合的には浦和ほどのチームはない。
水曜夜の、シドニーFCが相手の試合に約4万5000人の観衆が集まるとは、大したもの。
通常19時キックオフのところを19時半にしたチームの決定も、ホーム3戦連続で大観衆を集めている要因だ。

試合後、レッズファンがシドニーFCに温かい拍手を送っていた。
また、コーナー辺りに陣取るわずかなシドニーファンに、着ていたユニフォームを投げこむシドニー選手もいた。なんとも心温まる光景。わざわざ遠くまで来た甲斐があったというものだ。

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2010年W杯なら、日本で

2007/05/24(木)

5月23日:例のゼップ・ブラッターの心地よい発言は、日本のサッカーファンの耳には届いていないのだろうか?
南アフリカが2010年の次期ワールドカップ(W杯)の開催国として相応しくないとみなされた場合の代替開催国として、日本が有力視――アメリカがいるため最有力ではないが――されているという話である。
もちろん、FIFA(国際サッカー連盟)が南アフリカの開催権を無効にする可能性はごくわずかだ。ブラッター会長が言っているように、開催地が変更されるのは、自然災害があった場合だけ。政治的・財政的圧力は問題にならない。

それに、緊急の代替開催国として日本が選ばれる可能性はさらに小さいだろう――しかしBBCのインタービューでこの話題が出たとき、近代サッカーの世界的な一員としてブラッターが日本に言及したのは確かである。
ブラッターの言うのも、もっともだ。日本なら準備時間がわずかしかなくても――韓国との共催ではなく、独力で――次期W杯を開催できるだろう。
そう、日本にはW杯開催を半分だけ受け持った2002年に使用された10のスタジアムがまだ残っている。まあ、宮城については、まだ存在するという噂があるだけで、誰もはっきりとは知らないようだが…。

これらのスタジアムに、FC東京の本拠地・味の素スタジアムや、名古屋グランパスが時おり使用する豊田スタジアム、それに広島のビッグアーチまで加えれば、日本には最高水準のスタジアムが充分以上に揃う。32チーム出場8グループ制のW杯を明日にでも開催できるくらいだ。
ホテルも揃っているし、交通システムは申し分なし。それにファンは、前回は半分だけだったW杯を、今度はフルスケールで経験できる。もちろん、スポンサーも問題ない。
群集にまつわる問題も発生しないだろう。地元ファンは来訪者なら誰でも歓迎するだろうし、日本の警察は自制心を見せ、外国からやって来たファンに襲い掛かるイタリアの警察みたいな振る舞いはしないだろう。
日本にW杯が帰ってくれば、それは素晴らしいことだし、FIFAそして世界にとっても大成功だと思う。

ブラッターは近い将来、南アフリカだけでなく、2014年のブラジルについても大きな決断をしなくてはならない。どの報告を読んでも、近代的で、安全なスタジアムでのW杯開催はブラジルではありえそうになく、米国、オーストラリア、日本それからイングランドなどはいずれも、万一の場合の予備開催国と自覚しておいて良い状況だ。
2010年大会と2014年大会は、現時点では、まだ既決事項とはまったく言えないのである。

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我那覇ドーピング問題で好例を作ったJリーグ

2007/05/21(月)

5月18日:我那覇和樹のドーピング問題は、特にチームドクターにとって良い教訓となった。
禁止薬物は使用されなかったとはいえ、我那覇がFIFAとJリーグで禁止されている静脈注射を受けたことを知ったフロンターレ。そして、次に日付をさかのぼって6試合の出場停止処分を下したJリーグ。全ての関係者により、非常に良い解決策がとられたと思う。
チームへの1000万円の制裁金とあわせて、Jリーグの処罰は適切かつ全てのチームにとって良い警鐘となるだろう。

強硬な反ドーピング派は、フロンターレと我那覇への処罰は軽すぎると考えるかもしれないが、スポーツ団体はこうした感情的で複雑な問題に対し過剰反応しがちだ。
そして時として、ガチガチのガイドラインに従い必要以上の厳罰を科してしまう。だが、今回のJリーグの処置は適切だった。
出場停止処分は、フロンターレが3−1の勝利を収めた5月13日の甲府戦で終わった。このコラムを書いている今ごろ、我那覇は土曜日の大分戦に呼び戻されていることだろう。

我那覇の不在中、何人かの選手がスコアラーとしての責務を果たした。
その一人が、先週の甲府戦での森勇介。右アウトサイドキックで華麗なゴールを決めた右ウィングの森は、ゴールデンウィーク早々のジェフ千葉戦でも鄭大世に素晴らしいクロスを上げた。
彼には才能がある。しかし非常に短気という欠点がある。
昨年のナビスコカップ準決勝での出来事で、ジェフファンたちもそれは百も承知。先日の等々力での試合では、試合終了間際にジェフのプレスでケガしたフリをして倒れこんだ。これには私もうんざりした。
すぐさま立ち上がりディフェンスのフォローに戻るべきだったにもかかわらず、起き上がるなりラインズマンに猛烈な抗議をし、イエローカードをもらったのだ。

いやはや。最近の等々力は退屈しない。

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横浜FCを盛り上げた、カズの新たな偉業

2007/05/17(木)

どれだけ年をとっていたって、学ぶことはできる。それにもちろん、どれだけ若くても、巨匠・三浦知良から学ぶことはできる。
土曜日に彼が決めたゴール。素晴らしかったよね。走り込み左足でボールを強く打ち、サンフレッチェのゴールに叩き込んだ。完璧なジェットコースター・ボレー。

私が気に入ったのは、カズがいきなりシュートを打ったところだ! Jリーグでは――まあ、その点についてはエミレーツ・スタジアム(アーセナルの本拠地)でも同じことだが――選手が不必要にワンタッチを加え、結局シュートのチャンスを逃してしまうシーンがあまりに多い。
さらに悪いことに、フォワードならシュートだけを考えるべきときにも、ボールをコントロールしたり、クロスを上げたりしようとする。
だから私は、カズのゴールがとても気に入ったのだ。あれ以上走れないのだから、あの位置からシュートを打つしかないじゃないか、と言う皮肉屋もいるかもしれない。すでに42分になっていたし、彼らの言うとおりなのかもしれないが、カズは自分が何をしたいのかをわかっていたし、あの難しい技をまるで教科書に載っているような方法でやってのけたのだ。

あのテのシュートは、しばしばとんでもない方向に行ってしまう。しかしボールはバーの上を風船のように漂ったが、ぴったりのタイミングで上昇を止め、移動遊園地のジェットコースターみたいに急降下した。結果は、カズの新たな偉業の達成――40歳の人間のJリーグ初ゴール。
このゴールから若い選手(たとえば、ゴン中山)が学びとるべき教訓は、ゴールの前では自分の能力を信じる、ということである。チャンスをモノにすることを恐れてはならない。とくに1−0でリードしていて、ハーフタイムまで2分くらいしかないときには。
試合のこの段階では失うものは何もなく、得るものしかない。カズはギャンブルに出て、切り札を引き当てたのだ。あの素晴らしいジェットコースター・ボレーで(日本のコメンテーターは「ループ・シュート」と――英語の「チップ(chip)」や「ロブ(lob)」と同じような意味で――呼んでいたが、あのシュートに対する正当な評価とは言い難い)。

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アジアサッカー界の不幸

2007/05/14(月)

AFCの次なる考えは何だろう?
マンチェスター・ユナイテッド(マン・U)のアジア遠征、とりわけマレーシアでの試合に関する対応はAFCの汚点と言える。
AFCはもちろんアジアサッカー連盟(Asian Football Confederation)の略だが、今回は“サッカーに起こったもう一つの不幸”(Another Football Calamity)と言うべきだろう。

連盟は、マン・Uの7月遠征を望んでいない。マン・Uの滞在先である日本、韓国、マカオではアジアカップは行なわれないのだが、皆にアジアカップに注目してもらいたいからだ。
さらに連盟は、アジアに対して失礼だと考えている。
マン・Uファンはアジアにもたくさんおり、実際、彼らの遠征により多くの人々がサッカーに注目するにもかかわらず…。

もちろん、連盟にも長所はあるし、サポートを受ける資格は十分あると、私は思いたい。しかし、等々力で行なわれたアジアチャンピオンズリーグのフロンターレ対アレマ・マラン戦で私の目に入ってきたのは、たった12人の選手しか連れてこなかったインドネシアのチーム。そして、ベンチに座ったたった一人の交代要員のGKだった。
チーム自体に30人、試合にも20人の選手が登録できるにもかかわらず、だ。
その光景はまったくお笑い種だったし、また13人目の選手が空港に来るはずだったのに現れず、携帯電話も繋がらなかったという話は、茶番以外の何ものでもない。きっと彼はテレビでマン・Uの試合でも見ていたのだろう。

そもそも、マン・Uが来なかったとしてもAFCには問題が山積している。
それを、世界で圧倒的な人気があるからと非難されるのは、まったく迷惑というもの。これは“ブランド力”の違いだ。
7月29日、ジャカルタでのアジアカップ決勝戦の2日前にマン・Uにマレーシアを訪れて欲しくないというのなら、なぜ、ジオディーヌ・ジダンが7月6〜8日にインドネシアに来ることを許すのだろう。
人々は7月7日のアジアカップ開幕など忘れ、きっとジダンのワールドカップでの頭突きについて話すことだろう。
さらに何故、レディングがソウルで、リバプールとポンペイ、そしてフルハムが7月に香港でプレーすることは許可するのだろう。
アジアのサッカーファンがアジアカップから目をそむけるのを防ぐ努力を、AFCはできないのだろうか?

まったくAFCには笑わせられる。
とはいえ、笑っていられないほどこれは真剣な問題なのだ。
彼らの年間最優秀賞は現実味を失った。
2006年のアジアユース最優秀選手賞には、女子の優秀選手に輝いた18歳、中国の馬暁旭が選ばれた。
私が女子サッカーを応援していることは、読者の皆さんもよくご存知だと思うが、しかしこれは公正(Politically Correct)というより狂気の沙汰(Plain Crazy)だ。
今年はどうなるのだろう?
ひょっとすると、フットサルの選手が最優秀選手に選ばれるかもしれない。
賭けてみますか?

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味スタでサッカーとフィッシュ&チップスを

2007/05/10(木)

踏んだり蹴ったりの状況が続くFC東京ファンにとって、いまは試練のときである。
まあ、フィッシュ&チップスをつまみに、ビールを2、3杯飲めば、気分も晴れるだろう!
FC東京が味の素スタジアムにジェフユナイテッドを迎えるとき――正確にいうと5月12日午後7時――が迫っている。

FC東京を支える人々への感謝のしるしとして、クラブでは「イングランドDay(UK Day)」を企画しており、東京エリアに住む多くの英国の人々に数多く観戦してもらいたいと考えている。
英国人にはスペシャル・ディスカウント価格でチケットを販売。ファンは英国の伝統的な食べ物であるフィッシュ&チップス、それから英国特有のペール・エール(色の淡いビール、ただしアルコール度は日本のビールより高い)を楽しむことができる。英国大使館も協力しているため、試合前にはお祭りのような雰囲気が醸し出されるかもしれない。

UK Dayというテーマが生まれたのは、FC東京にとっては当然の成り行き。このチームのホームゲームでは、イングランド的な雰囲気を出そうとする、いくつかの工夫が見られる。
まず思い浮かぶのは、試合前に流れる、リバプールのアンセム「ユール・ネバー・ウォーク・アローン(You'll never walk alone)」と、ブラックプール出身で、日本在住の英国人スティーブ・スペンサーが行なう英語でのアナウンスだ(彼は英国のマッチデイ・プログラムによくあるような、独特の表現を使って選手紹介をする)。
さらにスティーブは、英国人がそうであるように、音楽が大好きだ。ザ・ジャムの「ザッツ・エンターテイメント」やオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」は味スタの定番。土曜の夜にこのイベントの特典を利用する英国人が、フィッシュ&チップス(古い新聞紙に包まれ、塩がかかっていて、ビネガーが染み出ているといいな)を貪り、1パイントか2パイント(あるいはそれ以上)のエールを飲みながらこれらの曲を聴くと、少しホームシックな気分になるかもしれない。

イングランドのサッカー・スタジアムでの食べ物という話題になると、1980年代後半、ロンドン・プロウレーンにおけるウィンブルドン対ニューカッスル・ユナイテッド戦のとてもおかしな話をどうしても思い出してしまう。
キックオフの1時間ほど前、北東部からニューカッスルの取材にやって来た私と他の5〜6名のサッカーライターは、センターサークル辺りをうろつきながら肉汁たっぷりのハンバーガーを楽しんでいた。
よだれが出るくらいおいしそうなハンバーガーに私がガブリと食らいつこうとすると、肩越しに伸びてきた手がハンバーガーをひったくった。振り返って犯人を見つけたが、若く、茶目っ気たっぷりのポール・ガスコインの敏捷さにかなうはずがない。ガスコインはハンバーガーを全部口に詰め込むと、あっという間に咀嚼し、腹に収めてしまった。キックオフの1時間前だというのに!

この試合は、ウィンブルドンのフーリガン、ヴィニー・ジョーンズが自らの手を使ってガッザ(ガスコイン)に与えた肉体的な虐待で有名というか、悪名高くなったのだが――。しかし、それはまた別の、長い、長いお話。
味スタで、フィッシュ&チップスを楽しもうじゃないか!

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水本の台頭とマリノスのゴールラッシュ

2007/05/07(月)

5月5日発:オフシーズンに阿部勇樹がジェフ千葉から浦和レッズに移籍して以来、アマル・オシム監督は新しいチームリーダーの出現を待っていたに違いない。そして、見つけたようだ。彼の名は、水本裕貴。
オリンピック代表DFの水本は現在21歳。阿部の抜けた後、精神的な支柱として千葉で素晴らしいシーズンを過ごしている。彼はタフでスピードがあるだけでなく、空中戦でもグラウンドでも素晴らしい。そして何より、その姿勢が良い。
これは、有力で危険な外国人選手と対峙する日本人選手には特に必要な資質だ。

先日等々力で行なわれたフロンターレ対ジェフ千葉戦を例にとってみよう。
その日の水本の役目は、ジュニーニョをマークすること。
スピードと才気溢れるブラジル人プレーヤーのマークは、容易なことではない。
二人は試合中に何度か言葉を交わしていたが、そこでも負けていなかった。
水本はフィジカル面でもメンタル面でも自分自身をコントロールできる。近い将来日本代表チームの中心となることだろう。

千葉の次戦、さいたまスタジアムでのレッズ戦では、斎藤が後半早々に退場処分を受け苦戦を強いられていた。チームは0−1とリードされていたが、水本は闘志を見せ同点弾を決めた。
等々力とさいたまスタジアムでの2つの引き分け(いずれも1−1)は、ジェフにとっては好結果と言えるだろう。
しかし彼らはまず、上位を目指すためのコンスタントな体制を見つけなければならない。
日曜夜に好調レイソルとの千葉ダービー(フクアリ)を控えている千葉にとって、それは簡単なことではないのだが。

自信という面で言うなら、現時点で横浜F・マリノスに勝るものはいない。
13ゴールを挙げての3連勝。失点1という成績が全てを語っている。
フロンターレを迎えた日産スタジアムに3万3000人以上ものファンが訪れたのは、喜ばしい限り。
私はF・マリノスの3連勝の初戦、大分戦(5−0)を観たのだが、あの巨大なスタジアムに集まった観衆は、わずかに1万7000人強だった。
ホームチーム(F・マリノス)で印象的だったのは、大島と坂田が高い位置でプレッシャーをかけ、相手のミスを誘うディフェンス。山瀬兄弟も絶好調だし、マリノスファンは楽しみが増えそうだ。

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嵐のあとの菅沼

2007/05/03(木)

土曜午後の日立柏サッカー場には、感嘆すべきことがたくさんあった。
レイソル対グランパスの開始を49分遅らせた雷雨はまったく印象的で、よく晴れた暖かい日が、雷鳴と稲光をともなう土砂降りと強風に突如襲われたのである。
固い絆を誇るレイソルのイエロー・モンキーズもゴール裏からの退散を余儀なくされ、壁の向こう側にある高い木の下の安全地帯、つまり本来の生息地を目指したようだった。
それに、稲妻のなかにはごく近くで光ったものもあった。実際、その後に行なわれた試合のグランパスのフォワードより、ゴール近くに迫ったものもあったくらいだ。
雷雨のあとはひんやりとした夜がやってきたが、レイソルファン、とくにバックスタンドにいるファンが、Jリーグでも最高のスタジアムの1つで素晴らしい雰囲気を作り出していた。

積極的なプレーにより2−0の勝利を収めたレイソルの1点目は、李忠成が軽やかに決めたもの。2点目は李がお膳立てをし、菅沼実が見事にフィニッシュを決めた美しい得点だった。
今季5点目を記録した菅沼は、自信と冷静さを余すところなく披露した。李が名古屋の不用意なクリアをインターセプトし、走りこんで来た菅沼にヘディングでパス。菅沼は右サイドから内側に切れ込み、右足のインサイドで狙い澄ましたようにシュートを決めた。
走りこんで来たスピードを緩めることなく、菅沼はボールをワンタッチでコントロールし、ペナルティ・エリアの端から櫛野の守るゴールの左下隅にボールを強く蹴り込んだ。前半終了5分前にこのゴールがあったおかげで、レイソルは試合をコントロールし、勝点3をまるまる得ようとする名古屋の終盤の猛攻撃を阻止することができたのだ。

菅沼は面白い選手だ。フィリップ・トルシエならそう言っていたことだろう。菅沼は柏のジュニアユースの出身で、ユースチームを経て、トップチームに入団したのだが、現在に至るまでに、ブラジルのビットーリア、そしてJ2の愛媛FCでプレーしていた時期もある――しかもまだ21歳。
昨シーズン、愛媛でレンタル選手としてプレーしていた間、菅沼はリーグ戦45試合で11ゴールを記録。まだ始まって間もないJ1でのこれまでの活躍を論評するとすれば、昨シーズン出場したJ2での厳しい試合の経験がすべて彼の糧になっているのは明らかである。

2001年に京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)の一員としてJ2でプレーした経験が朴智星(パク・チソン)を変貌させた。ゲルト・エンゲルスがかつて力説していたことをいつも思い出す。
「毎週毎週トレーニングするのも良いけれど、厳しい試合でのプレーに勝るものはない」。2人がともに京都にいたとき、エンゲルスは朴智星についてそのように語っていた。
「J2では、土曜日、水曜日、土曜日というスケジュールでプレーすることがよくあるのだけれど、1年を通して朴が絶えず成長、向上しているのがわかったよ。彼には厳しい試合を戦う機会がとても多くあったからね。J2でのそのシーズン、彼は38試合のリーグ戦に出場し、本当に力をつけていったんだ」。

つまり、J1からJ2への降格、あるいは大きなクラブから小さなクラブへの移籍(たとえば菅沼の場合、それにレイソルも昨シーズンJ2を経験した)は、下のレベルでプレーするように感じられ、悔しいものだと思われるかもしれないが、充分な出場機会が与えられていないと感じる若手選手には、冒険してみるだけの価値があるキャリア転換のチャンスなのである。

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フロンターレの当たり月

2007/04/30(月)

川崎フロンターレにとって、2007年4月はJリーグでの9年の歴史の中でとりわけブレイクした月として記憶されることだろう。
それはさいたまスタジアムで浦和を2−1で破ったからだけではなく、アジアの舞台でも彼らのカラー(色)を見せ付けたからだ。
アジアチャンピオンズリーグ・グループFは残りわずか2試合。韓国の全南ドラゴンズに2連勝したフロンターレは彼らに6ポイント差をつけており、ベスト8進出をほぼ手中に収めている。

同大会での日本チームのふがいない成績は周知の通り。韓国のライバルチームを相手にアウェーで3−1の勝利を収め、そして水曜夜には等々力で3−0と、2勝をもぎ取ったことは大きな進歩と言えるだろう。
その前にホームゲームで行なわれたバンコク大学との無様な引き分け試合(1−1)と違いJリーグのムードに溢れるフロンターレは、タフで必死になる韓国チームでさえも手に負えなかった。
最終ラインは強くアグレッシブ、中盤はクリエイティブでよく動き、そしてスピーディーでデンジャラスなフォワード陣。彼らのパワーとペース、そして組織力は日本で最も恐るべきチームへと変身させた。
箕輪、寺田、伊藤。この3バックの、落ちてくるまで待つことのない浮き球への攻撃的な姿勢はとても良い。
こうした、一歩間違えばミスを犯し混乱しがちな状況下でも、ミスも少なくリスクを犯さない彼らは安定した守備ができていた。

全南とのホームゲームは、実際は3−0というスコア以上に接戦だった。
1点リードされた全南は後半に入りボールをキープして積極果敢に攻め、試合の主導権を握った。また、フリーキックも得て、まるでホームチームのようだった。
一方のフロンターレは、プレッシャーを与えカウンターを繰り返していた。
しかし、先制点を決めたジュニーニョが81分に鄭大世のゴールをお膳立て。勝点3をほぼ手中にすると、さらに鄭は1ゴールを挙げた。
この日、我那覇の代役を務めた鄭は非常に良くやっていた。
ポジショニングも良く、典型的な韓国スタイルのプレーを見せていた。

とは言え、サッカーシーズンはまだまだこれから。
フロンターレは日曜日にホームでジェフ千葉と対戦する。
しかし明日の等々力で何が起ころうとも、2007年4月は川崎の“ビンテージ・イヤー”ならぬ“ビンテージ・マンス”として記憶に残ることだろう。

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敦ゴールをもう一度

2007/04/26(木)

鹿島アントラーズが前進しようとしはじめた正にそのとき、そして、柳沢敦が前進しようとしはじめた正にそのときに、またもすべてが停止状態になってしまった。
左足の骨折のため、アントラーズのキャプテンは今後3ヶ月離脱する。ファンはもちろん、チームにとってもまったく残念な結果だ。

その選手生活を通じて、柳沢はクラブのため、そして代表チームのためにファンタスティックなゴールをいくつか決めており、彼を崇拝する者も多い。今も私の記憶に焼きついているゴールの1つは、柏の葉公園総合競技場のレイソル戦で決めた、目を見張るような独走ゴールだ。柳沢は持ち前の素晴らしい加速力を活かしてホームチームのディフェンスをすり抜け、素敵で、渋いゴールを決めた。

今シーズン、彼がプレーしているのを見たのは3−3で引き分けた千葉戦の一度だけ。アントラーズのオズワルド・オリベイラ監督はその試合の後、柳沢がピークの状態に近づいていると話していた。
柳沢は横浜FCとのアウェー戦での美しい決勝ゴール、そして日曜日に清水エスパルスに2−1で勝利した試合の2ゴールで、オズワルド監督の発言が正しかったことを証明した。
清水戦での柳沢の最初のゴールは、故障から復帰した、聡明で豊かな技量を持つゲームメイカー・野沢との見事なコンビネーションから生まれたもの。2点目はファーポストでの、美しく正確なヘディングシュート。
2点目は柳沢のおなじみのスタイルで、トップクラスのストライカーには不可欠の捕食本能が余すところなく発揮されたものだった。

故障のため、残念ながら柳沢はしばらく試合に出られなくなる。順位表を上り始めたチームの勢いがそがれるのは、避けられそうにない。
今週末の仮定の話になるが、アントラーズに絶好調の柳沢がいれば浦和にとっては大きな脅威になっていたはずだ。ただし、埼玉県から大挙して押し寄せるファンとホームチームの復調のおかげで、たとえ柳沢がいなくとも、大観衆の前で激しい戦いが繰り広げられることになるだろう。

今回の戦線離脱により、7月に行なわれるアジアカップでの代表復帰の希望も消えてしまった。
柳沢本人はそんなことを考えようとしないもしれないが、私は、彼がブルーのユニフォームに袖をとおし、0−0で引き分けたクロアチア戦でひどいシュートミスを犯したドイツの悪夢を葬るチャンスがもう一度あると秘かに確信しているのだ。
評論家の多くは彼のあのミスだけを心に刻もうとするだろうけれど、柳沢はこれまでに数多くの素晴らしいゴールを決めており、代表失格の烙印を押すのは正当な評価とは言い難い。

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JリーグとJFAが解決すべき五輪問題

2007/04/23(月)

4月21日発:週の半ばに、オリンピック日本代表チームは水野と本田のゴールで2点を挙げシリアを破った。
しかし、ジェフ千葉や名古屋グランパスエイトの監督は、これについてどう感じているのだろう。

駒場スタジアムで行なわれた名古屋対大宮戦後、私はセフ・フェルフォーセン監督と話をした。
エキサイティングでチームにとっても重要な左サイドプレーヤーである本田は、もちろんこの試合には出場できなかった。オリンピック予選のためU−22代表としてダマスカスに行っていたからだ。
オリンピック予選のために本田をチームから出さねばならないことについてどう考えているかを尋ねると、フェルフォーセン監督からは、オランダ人らしい率直な答えが返ってきた。

第一声は、「あり得ないね!」。
「まったくフェアじゃない。どのチームにとっても、それは間違っている」彼はそうつづけた。
私も、彼の意見に賛成だ。
水野と水本を欠き、神戸に負けたアマル・オシム監督も同意見だろう。
この2人を欠くことはオシム監督にとって、グランパスが駒場で本田を欠く以上に大きい。
国際試合がある一方で、監督の座を賭けた試合もほぼ毎試合という今日、オリンピック代表のためにチームの有能な若手選手を失わなければならないのは、あり得ないことだ。
おそらく日本は、他のどの国よりもオリンピックサッカーに重きを置いている。
しかしやはり、このようにスケジュールが重複することは避けるべきだろう。

決して、オリンピック代表に選手を送ることに反対なわけではないと、フェルフォーセン監督は強調した。
彼をイラつかせているのは、Jリーグはナビスコカップにベストメンバーを出すよう要請しているにもかかわらず、チームは選手をJFAのために送りださなければならず、リーグ戦を欠場するしかないということだ。
「1時間くれたら、私がシーズンスケジュールを作るよ」。
こんなスケジュールは、プロリーグにはあってはならない。そう言ったフェルフォーセン監督の意見だ。
まったくもって彼は正しい。

J1の試合を戦うチームが選手を失うなんて、まるでばかげている。
先週土曜日にレッズと対戦したレイソルも然り。
JFAとJリーグに振り回され、トップスコアラーの菅沼と李を欠いたレイソルは、リーグの首位争いをしているチームとは違うチームだ。
なるべく早い時期に、首脳陣がこの問題を解決してくれることを願いたい。
代表チームのためにリーグ優勝をかけて戦っているチームが選手を失う。そんなことはあってはならない。

フェルフォーセン監督とコーチ、そして私たちが話して出したこの問題の解決策は、こうだ。
シーズンにはスケジュールを変更する余裕があるのだから、選手を送り出すチームに、試合延期申し立ての権利を与えてはどうだろう。

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審判も褒めてあげよう

2007/04/19(木)

審判というのは、たいていは良からぬ理由でニュースに採り上げられるもの。問題が発生して始めて、その存在が浮き彫りになる。
だから、審判が良い仕事をしたときには賞賛してあげよう。週末、私が観た2試合はまさにそんな試合だった。

まずは大宮が駒場に名古屋を迎えた試合。審判は奥谷彰男氏。彼は試合をうまくコントロールしていたと思う。できるかぎりプレーを続行させようとしていたし、トレーナーがピッチに入り倒れている選手のもとへ駆け寄るのを許さず、プレーが中断することを抑えるよう努めていた。
「倒れている」という言葉を非常に気前よく使ったが、もちろん、「倒れている」選手の多くはまったくケガなどしていない。

大宮が27分に得点するまで、名古屋の選手のこの種の振る舞いには目に余るものがあった。
とはいえ、審判に試合を止める気がないと悟った選手たちが素早く自力で立ち上る姿を見るのも、楽しいものである。
大宮のブラジル人センターバック・レアンドロが終盤に退場になったから、大宮ファンは奥谷審判の仕事ぶりについて私と異なる意見を持っているかもしれないが、それでも審判の判断はまったく適切なものだったと思う。

レアンドロは藤田俊哉へのレイトチャージにより前半に最初の警告を受け、アルディージャが1−0のリードを守り抜こうとしているときに遅延行為で2枚目のイエローカードをもらった。大宮が自陣深くでフリーキックを得ると、レアンドロはいったん自分が蹴るような素振りを見せ、その後、心変わりをしたかのようにその場を離れ、キーパーの荒谷に処置を任せたのだ。
レアンドロの行動はまさに審判団を愚弄したもの。彼に2枚目のイエローカードを出した奥谷の判断は、まったくもって正しかった。レアンドロは出場停止となったが、非難されるべきは誰なのか? 奥谷でないのは確かである。

もう1つの試合は、日曜日に国立競技場で行なわれたレイソル対浦和戦。あるいは、浦和対レイソル戦と言うべきか。浦和のファンが大挙結集した結果、チャンピオン・チームのホームゲームのようになってしまったのだから。
この試合をさばいたのは松尾一氏。レイソルのブラジル人ストライカー、フランサの見え透いたダイブに警告を与えた判断は賞賛に値する。柏サイドの「イエロー・モンキーズ」には悪いが、フランサの行ないはイエローカードをもらうためにやったとしか思えないものだった。
まったく接触していないのにレッズのペナルティエリアで倒れたフランサは、闘莉王に警告処分を与え、彼を退場させようとしたのである。
闘莉王はその直前にイエローカードをもらっていた。空中戦での古賀のヒジ打ちが危険だという自身の申し立てに審判が何の措置もとらなかったと怒り、審判に不満をぶつけたのである。

フランサがダイブをしたとき、レイソルは0−2と2点のビハインドを負っていた。闘莉王がディフェンスのため後方から追いかけてきたときに、フランサはこれしかないと思い、あのような行動をとったのだ。
幸運にも、審判の松尾はそのテに引っかからなかった。もっとも、ゴール裏のレッズ・ファンは、松尾がポケットに手を伸ばしたとき、闘莉王に2枚目のイエローカードが出るのかもしれないと心配したに違いない。

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自分の価値を再び知らしめた阿部

2007/04/16(月)

浦和レッズはシーズンオフにジェフ千葉から阿部勇樹を獲得したが、その価値は十分あったようだ。
阿部はセンターMFで、リベロで、そしてゴールゲッターでもある。
また、レッズの直近の試合では左サイドバックをこなし、決勝ゴールを挙げた。
それは水曜夜にさいたまスタジアム2002で行なわれたアジアチャンピオンズリーグ、上海申花戦(1−0)でのこと。
最近の大分戦での素晴らしい2本でもわかるように、阿部のヘディングはJリーグでも屈指だ。
この試合でも、ポンテのフリーキックに合わせて再びそれを証明してみせた。
上海の時間稼ぎで再びアジアチャンピオンズリーグが茶番化するおそれもあっただけに、サッカーの試合を観たかった観客たちは前半43分、阿部のゴールに安堵の歓声をあげた。

すでに2敗を喫しており、もう負けられない上海だったが、彼らはまるで残り5分で1−0のリードを守るような戦いぶりだった。
それは攻め上がる時やコーナーキックを得た時に顕著に現れていた。
CK(コーナーキック)を蹴る選手はノロノロと歩き、膠着状態を保つために少しでも時間を稼ごうとする。
それが分からなかったのは審判だけなのだろうか?
記者仲間が指摘していたが、もし上海が本当にリードしていたらどうなっていただろう?
考えるまでもなく、ゴールキーパーは始終“怪我”をしていたことだろう。

レッズと、それから韓国で素晴らしい勝利を挙げたフロンターレに「おめでとう」を言いたい。
特にバンコク・ユニバーシティとのホーム戦のぶざまな戦いを忘れたいフロンターレは、断固たる意志でそれをやってのけ、ステージ半ばでグループの主導権を握った。
ただ、試合スケジュールについては、1つ考えさせられたことがある。
実はこの水曜日、アジアチャンピオンズリーグの試合と同じ日にナビスコカップとJ2の試合があった。
これではアジアの大会の中で日本のチームに注目する機会を失い、アジアチャンピオンズリーグの重要性を希薄にしてしまう。
注目の機会を逸するという点についてはナビスコカップにとっても同じで、理解しがたい。
今週の水曜日には、U−22日本代表がシリアでオリンピック予選を戦う。
幸いなことに、アジアチャンピオンズリーグもJ1もJ2も、そしてナビスコカップもない。

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アルビレックスを後押しする、坂本の経験

2007/04/12(木)

土曜日の味の素スタジアムでの試合を見れば、アルビレックス新潟がキリッとまとまったチームを作り上げ、トップリーグでの地位を揺るぎないものにしつつあることがわかっただろう。
FC東京を3−1で破ったその日の午後は、かつてのジェフユナイテッドの隊長・坂本がとりわけ印象に残っている。彼は私のお気に入りの若手選手の1人である伊野波を徹底的に苦しめていた。
ジェフ時代の坂本はあらゆる位置でプレーしており、両サイドも、ディフェンスも、中盤もできる多様性が特色だった。だがアルビレックスでは、オーソドックスな4バックの左サイドが定位置となっている。
坂本の前には爆発力のある鈴木慎吾。2人の危険なコンビネーションにより、FC東京は4バックの右サイドにいる伊野波のスピード不足が露呈した。私は、伊野波はどちらかというとセントラルDFか守備的MFとしての方が、その真の才能を発揮できると思っている。

アルビレックスの先制ゴールを決めたのは坂本。必死の様子の川口から、まるで赤ん坊からキャンデーを取り上げるみたいに簡単にボールを奪い、あっさりとシュートを決めた。川口は後ろに下がって伊野波をサポートしようとしていたのだが、まるで悲運を1人で背負っている感じだった。坂本はタイミングを見定め、ハナカマキリのように情け容赦なく襲いかかった。すべてがあっという間の出来事。

アルビレックスには、なかなか高さもある。特にセントラルDFの永田と千代反田。それにストライカーの矢野の高さが目立つ。日本代表のオシム監督が矢野に目をつけたのも納得だ。矢野は常に動き回り、いつもスペースを探している。TBSお気に入りのサッカー選手・久保――野生的で、予測不可能、マークするのが厄介――にも、少し似たところがある。

外国人選手では、シルビーニョがアルビレックスの中盤を指揮し、東京戦ではゲームを支配していた。攻撃陣では、強靭なエジミウソンが中心的存在。東京戦で1ゴール挙げたが、もうあと2点くらい決めてもおかしくはなかった。今でもチームの躍進に欠かせない存在である。
第3の外国人選手、マルシオ・リシャルデスはサンカイターノ(ブラジル)でプレーしていた選手。中盤の右側でプレーし、ゴールに切れ込むスタイルが合っているようだ。

東京とは違い、アルビレックスは1つのチームとしての姿勢を崩すことがなく、ボールを正確に回す。そのチームで全ての中心になっているのが、リシャルデスだ。東京が得たオウンゴールもリシャルデスが中心となったもの。鈴木規朗の左からのクロスを、彼がゴールに押し込んだのだ。
そう、アルビレックスは、自信たっぷりで組織だったチームなのだ。チャンピオンになれるほどの構成ではないが、順位表の下位ではなく、上の方の、首位近くに位置できるだけの力があり、どんな相手でも、ホームでもアウェーでも、恥ずかしくない試合ができる。

最後はやはり、GK北野にも触れなければならない。誇張するつもりはないが、終盤にルーカスのシュートを阻んだセーブは、ワールドクラスだった。東京にすっかり馴染んでいるこのブラジル人FWは、ゴール横の角度のない位置から放った、カーブをかけたシュートが上手く軌道に乗っていると思ったことだろう。しかし北野が体をいっぱいに伸ばし、右手でボールをバーの上に押し出したのである。
それはもう驚嘆すべきセーブで、今季の最優秀セーブの有力候補に挙がるほどのもの。Jリーグ、あるいはテレビ局がそのような賞を設けたら、の話なのだけれど。

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吉原宏太待望論

2007/04/09(月)

4月7日:大宮アルディージャのロバート・ファーベーク監督にとって、順調な滑り出しとはいかなかった。
この原稿を書いている時点で、チームはJ1で4戦全敗。しかし、ナビスコカップでは3試合を戦い2勝1分け。その引き分けの1試合は、寒く雨模様の水曜日に柏スタジアムで行なわれたレイソル戦(0−0)だった。

試合後、私はファーベーク監督から興味深い話を聞いた。
J1経験も長く、才能もありながらいまだその才能を十分に開花させていない選手、吉原宏太(29)についてだ。
レイソル戦では、吉原は4−4−2システムの右MFでプレーし、チームの攻撃にペースと広がりを持たせる良いプレーをしていた。
またディフェンスでも、彼がカバーする自陣サイド深くまで戻りタックルを繰り返していた。
試合終了まで20分を切ると、彼は森田と共に前方へ上がり、ボールをコントロールし相手DFからボールを守りながらゴール方向へ身体を向ける技術を見せた。
ファーベーク監督も、ようやく真の宏太が見えはじめていると感じているようだ。もちろんここに来るまでは容易な道ではなかった。

「彼とはグァムのトレーニングキャンプで2度ほど話し合ってね。もっと練習しなければだめだ、そうでなければ、キミはもう終わりだと言ったんだ」と、ファーベーク監督。
「それから、去年までのDVDをチェックしたことを話した。『DVDを見る度に、キミは良いプレーをしているし、良いストライカーだと思う。けれど私が監督になってからは、まだ一度もそれを見せてもらっていない。私が見たい宏太はDVDの中の宏太。今のキミは別人だ』とね」。

水曜日の彼のプレーをファーベーク監督も認めており、どうやら監督のメッセージは吉原に届いたようだ。
「今までの宏太とは違う。彼はデンジャラスだ。ボールもキープできるしゴールも挙げられる。これまで色々あったけれど、ようやくここまできた。私もとてもうれしいし、彼を誇りに思うよ」。
吉原がエリア内でフィニッシュまでもっていく能力を、フィリップ・トルシエ元日本代表監督は“日本のロマリオ”だと評したことがある。そうファーベーク監督に話したところ、このドイツ人監督は次のように言った。
「彼には能力がある。しかし、今はまだ80%。もう2〜3週間もすれば90〜95%まで発揮できる。そうすれば彼はチームにとって大きな存在になるだろうね」。

監督の話は、大宮ファンにとって心強いに違いない。彼らもシャープで貪欲な吉原を求めている。
シーズンはすでにサバイバル戦の様相を見せており、吉原のゴールが必要なのだ。また吉原自身も、新監督の哲学に勇気付けられているはずだ。
今までの“待って待って”のプレースタイルから、監督の言葉を借りれば、より大胆な“攻撃的なサッカーにチャレンジ”へと変わり始めている。

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名古屋グランパス、出足は上々

2007/04/05(木)

名古屋グランパス“フォー(4)”と呼ぼうじゃないか――少なくとも、今の間は。
J1の新シーズンは4節を終え、4連勝で勝点が満点の12である名古屋が、得失点差でガンバを上回り堂々と首位の座にいる。
まだ始まったばかりではあるが、クラブはもちろん、新しい挑戦者の出現を待ち望んでいた全国の中立的な立場の人々にとっても、これは喜ばしいことだ。

好調なスタートを切れた理由として、名古屋のオランダ人監督セフ・フェルフォーセンは、良いプレシーズンを送れたこと、そして昨シーズンからチームを安定的かつ継続的に維持できたことを挙げている。
それはそうだとしても、グランパスはマレク・スピラールが長期欠場――日曜日の三ツ沢でフェルフォーセンが語ったところによると、今年中の復帰は絶望的とのこと――を余儀なくされたほか、ヴェルディでスタイリッシュなディフェンダーとして名を馳せながら、巨人揃いのフロンターレでは活躍の場を見出せなかった米山篤志(等々力ではボールボーイのほうが「ヨネ」より大きいのである)も欠場中である。

さて、グランパスは今の順位を維持できるのだろうか。
シーズン終了時にトップ5に入っていれば現在の状況下では上出来だと、フェルフォーセンは言う。
「グランパスにはトップチームのレベルの選手が13〜14人いるが、浦和やガンバはもちろん、フロンターレやエスパルスでもそのようなレベルの選手が20〜22人いる」。
「私たちは魔法のチームではない。規律と強いメンタリティーで戦う、ごく普通のチームだ。トップチームのレベルの選手は13〜14人ほどだが、その後に続く選手も経験はないながらも資質はある」。

日曜日の横浜FC戦は、2−1ではなくもっと楽に勝てるはずだった。しかしとにかく、杉本恵太のニアポストへの閃光のようなヘディング・シュートと、その杉本が右サイドを素晴らしいスピードで駆け抜けた後の山口慶のファーポストへのふわりとしたシュートがあり、試合をモノにした。

グランパスはとてもよく組織された3−5−2システムを採っており、大森征之、藤田俊哉とフローデ・ヨンセンがチームの強力な背骨となっている。
中村直志と本田圭祐がチームに厚みを与え、山口とキム・ジョンウが中盤を強固なものにし、竹内彬と増川隆洋がバックで大森の両サイドを固める。杉本がヘディング決めたグランパスの同点ゴールは、左サイドからの増川の鋭く、狙い澄ましたようなクロスから生まれたもの。2点目は杉本を走らせる中村の巧妙なパスが起点となり、完璧なタイミングでディフェンスの裏をとった杉本が山口の決勝点を演出した。
自分たちのチームがゴ―ルを2つ決めると、グランパスのファンがゴール裏で大きな声を出していた。それはそうだろう。ピクシー後の味気ない数年間を過ごした彼らが喜んだって、誰も文句は言えない。

現在35歳の藤田は、今シーズンのグランパスエイトには欠かせない存在。能力と経験はもちろんだが、彼のリーダーシップと戦術的な頭脳がチームを支えている。絶頂期のジュビロでしていたようにグラウンド全体を走り回ることはできなくなっているかもしれないが、藤田は、どこにいなければならないか、何をやらなければならないかがわかっている。
グランパスに幸あれ。このチームが上位にいるとサッカーがさらに楽しくなる。

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“熱すぎる”イングランド代表監督の座

2007/04/02(月)

3月30日発:今ほど、イギリス人であるのが恥ずかしかったことはない。
イングランド代表がユーロ2008の予選で苦戦しているから。それだけではない。選手や監督がファンに浴びせられた激しい批判のせいだ。

私たちは今でも、イングランドはフットボールの「母国」であると考えている。しかし、そのフットボールは1966年のワールドカップ以来イングランドに戻ってきていない。
それ以降も、イングランドは何人もの偉大な選手を輩出し、時には素晴らしい、そう、たとえば1990年ワールドカップの時のようなチームも生み出した。しかし監督については、控えめに言っても様々な論争を引き起こしてきた。

いま苦境に、いや大苦境に立たされているのはスティーブ・マクラレーン監督。アレックス・ファーガソン氏やスヴェン・ゴラン・エリクソン氏からも賞賛されるような監督としての実績を持っているのだが、鈍く、カリスマ性に欠けるというのが彼の評だ。
イングランドサポーターたちの間に、監督に対する敬意がなかなか広まってくれない。
チームを応援するために世界中を飛び回っている彼らが、今はチームにブーイングを浴びせている。この状況はサッカー協会を不安にさせているに違いない。
ミッドウィークに行なわれた対アンドラ戦の勝利(3−0)も、プレッシャーを和らげてはくれなかった。
マクラーレン監督も、一体どうすればサポーターが喜んでくれるのだろうと頭を悩ませているに違いない。

ここが、日本とイングランドの決定的な違いだ。
日本では、たとえチームが苦戦していてもファンはチームをサポートしてくれる。
ところがイングランドでは、私たちファンもメディアもプレッシャーを与え続け、常にニュースや議論に溢れていること、ある意味では失敗してくれることさえ願うのだ。
1997年に国立競技場で行なわれたUAE戦が1−1の引き分けに終わり、98年ワールドカップ出場が絶望かと思われたときに噴出した日本のサポーターの怒り、そして93年の、いわゆる「ドーハの悲劇」については記憶にも新しい。
しかしそれらはすべて試合終了のホイッスル後、スタジアムの外でのこと。チームが勝点3を争い奮闘している試合中ではない。

サッカー協会がもう少し慎重にエリクソン監督の後任を選んでいたなら、今ごろイングランドはどうなっていただろう。
協会はルイス・フェリペ・スコラーリ監督を選ぶこともできた。しかし、彼らは2006年ワールドカップ後でなく、その前の契約にこだわったのだ。
私はこのことをスコラーリ監督の近い友人で、女子バレーブラジル代表監督でもあるジョゼー・ホベルト・ギマライス氏から聞いた。
彼は私に、「(ポルトガル代表の)スコラーリ監督はドイツから私に何度か電話をかけてきて、イングランドがどうしてワールドカップ前に契約をしたがるのかわからないと言っていたよ」と話した。
協会の姿勢が違っていれば、スコラーリ監督はイングランドに来ていただろう。

マクラーレン監督は明らかに窮地に立たされている。ロンドンのメディアは、テリー・ベナブルス氏の復帰を願っている。
現時点で私が選ぶなら、マンチェスター・ユナイテッドの右ウィングとしてで活躍し、またマン・Uでプレーしつつリバプール大学で勉強し、そしてレディングでも監督として好成績を残したステーィブ・コッペル氏かな。

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オシムの新たなお気に入り、駒野

2007/03/29(木)

高原がゴールを決め、俊輔が凱旋したのだから、ヨーロッパ組の2人がペルー戦後にメディアンの脚光を浴びたのは当然のこと。
しかし、私が選ぶ日本代表の「マン・オブ・ザ・マッチ」は、この2人ではなかった。私のMVPは、駒野友一である。彼は日本の左サイドで良いプレーをしたし、すぐにオシムのお気に入りになったのだとも思う。

駒野は、あまり敵に回したくないタイプの選手ではないだろうか。駒野を相手にプレーするのはとても厄介だし、フラストレーションもたまりそうだ。まったくフリーにさせてくれないと思っていたら、逆に自分が振り切られてしまう。
状況を見るために、1〜2秒ボールを持っても大丈夫だと思っていると、タフで、ちっちゃなテリアみたいに足元に絡んできて、ボールを奪い去っていく。どんな手段を駆使しても彼を振り切ることはできず、相手選手は忍耐力と意志の強さがテストされるのである。

ペルー戦で、駒野はいたるところに出没した。左サイドを素早く、積極的に駆け上がり、逆サイドの加地のお手本となった。私はこれまでずっと加地のファンで、今もそうなのだが、両サイドを比較すると、今回は駒野のほうがはるかに積極的で、野心的であった。
前半、加地にはもっとも攻め上がり、相手選手と勝負して欲しかったのだが、リスクを犯して背後にカバーがいない状態になるのを嫌がっているように見えた。
阿部と啓太がいるというのに…。
この2人には、状況を素早く読み、ピッチ上を移動して両サイドをカバーする能力が備わっているのに…。

フルバック/ウィングバック/サイドプレーヤーについては、日本は人材が豊富だ。右サイドには加地と水野、左サイドには三都主、駒野、本田がいる。それに、もちろん、駒野はどちらのサイドでもプレーできる。
現在25歳(7月に26歳になる)駒野はまだまだ成長の余地があり、オシムのもとでさらに進化するだろう。スピードがあり、プレーの範囲が広く、爆発力がある駒野はまさにオシムの大好きなタイプ――そして、相手選手の大嫌いなタイプ――である。

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忘れてしまいたい等々力での1日

2007/03/26(月)

ホームで行なわれた川崎フロンターレ対バンコク・ユニバーシティ?
こんなもの、消化試合のはずだよね?
前半で2−0、そして後半に4点を追加して6−0の勝利。それでもバンコクは十分ラッキー…そんな試合になるはずだった。
なのに、どうしてこんなことになるわけ?

我那覇が足首の故障でベンチにいたとはいえ、正直なところ、私は川崎がここまで悪いプレーをするとは思わなかった。
関塚監督にしても、我那覇の投入なんて想定外だったにちがいない。
しかし、非常事態には非常手段を取らねばならない。
我那覇は後半途中でピッチに入り、絶不調にあえぐチームを立て直そうとした。そうして、相手のオウンゴールで何とか同点に追いつくことができたフロンターレだったが、勝ち越し点は挙げられず、1−1の引き分け。屈辱の勝点1にとどまった。
カウンターの動きがシャープで、さらに無気力で落ち着かないフロンターレからゴールを挙げ自信に満ちていたバンコク相手に、最悪の結果になっていた可能性だってあった。

川崎の選手たちは、まるで機械のように大きく、強く、容赦なく、そして無慈悲に、そのスピードと攻撃力でJリーグのライバルたちをコテンパに打ちのめすことに慣れっこになっているのだ。
しかしアジアの舞台で、Jリーグの獰猛なライオンは臆病な仔ねずみに豹変してしまった。
スローなスタートで開始早々にあっさりとゴールを奪われると、そのまま流れを掴むことなく試合は終了した。

展開は遅く、パス回しも非常に悪い。サイドにも中央にも、ジュニーニョのスピードを使ってバンコクDFの裏へパスを通すことさえできなかった。
マギヌンは調子も悪くはなく何とかチームを引っ張ろうとしていたし、リベロの寺田も前方へと押していた。だが、憲剛は良い所がなかった。
そしてチームのプレーメーカーのデキが、そのままチームの不調につながってしまった。
全体的には、フロンターレにとって、そして彼らのグループFを突破して準々決勝へ進出するという希望にとって、この日は良くない1日だった。そうは言っても、アウェーで勝利し勝点を4にすればまだ望みはある。
しかし、もっといい状況で全南ドラゴンズとの対戦に臨めたはず…。

フロンターレが勢いづくのを防ぐため、番狂わせを狙うバンコク・ユニバーシティがありとあらゆる手を使ってくることは必至。選手による時間稼ぎが行なわれ、特にキーパーは何度もケガしたフリをして倒れ、試合は次第に茶番と化していた。選手たちの思考がそうしたアンフェアなプレーに固執されてしまった状況では、レフェリーにはロスタイムを増やす以外に手立てはない。
この日のロスタイムはわずか4分。とにかくひどい試合だった。しかし、フロンターレはこれ以上悪くなることはないはずだ。

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タカ巻はいかが?

2007/03/22(木)

ここ一番で大仕事をしてくれるフォワードを見分けるには、少しばかりプレシャーをかけるのが最上の策である。
土曜日のペルーとの親善試合のための選手選考において、イビチャ・オシムがまさにこの策をストライカーたちに打った。
日曜日に発表された代表選手18人中、フォワードはフランクフルトの高原だけ。
巻、我那覇、播戸、佐藤、それにひょっとしたら大久保が候補となっている、残りのフォワードの選出は、なんらかの理由――体調不十分とか、ゴール不十分とか――により全員保留となった。
水曜日(祝日)にナビスコカップとアジアチャンピオンズリーグの試合が控えているため、オシムは、しばらく様子を見て、それから何人かを追加発表することにしたのだろう。
そうなれば、ストライカーがオシムの関心を得る方法は1つしかない。そう、ゴールだ。

私は、土曜日のアントラーズ戦で巻を見て、プレーは問題ないと思った。何も特別なことはなく、ゴールもなかったし、人間ブルドーザーの岩政に上手くマークされていたけれど。
ただ、後半に面白いシーンがあった。
短い時間に、ハーフウェイ付近にいた彼のところに3回連続でボールが回ってきたのだが、どの機会でも岩政が厳しく体を当ててきた。ハードだがフェアな、秋田スタイル。それ自体はまったく問題はない。もっとも、3度目にはジェフのトレーナーがピッチにスコップを持ち込み、ターフに埋もれた巻を掘り出さなくてはならなかった。

巻は懸命にプレーし、決してサボらなかった。ひたすら走り、ボールをもらおうとしていた。きつい当たりにすぐに見舞われるのは承知の上。それでも彼はすぐに立ち上がり、さらに勝負を挑むのである。
だから、いまだゴールは生まれていないが、私ならやはり巻を選ぶ――羽生が中盤の底から上がって来なくてはならず、新居がまだJ1へ対応の途である現在のジェフにおいて、彼が前線で孤軍奮闘していることを忘れないで欲しい。
新居はゴールが量産された土曜日の試合で初ゴールのチャンスがあったが、ストヤノフの左サイドからの見事なクロスにフリーで合わせたヘディング・シュートはバーに阻まれた。

佐藤は開幕戦でFC東京を苦しませ、日本代表でも途中出場で必ずインパクトを与えている。また、播戸は気迫とエネルギーに満ちている。ファボンを退場させた前週の芝居がかった振る舞いは遺憾だが…。彼は「ハムレット」のオーディションを受けていたのか、まるで毒殺か絞殺、あるいはその両方をされたというような演技をした。
我那覇は、横浜FCに大勝した土曜日の試合をケガのため欠場。そのため、オシムは高原の相棒を決定するのを先延ばしにしたのかもしれない。
高原がドイツでゴールを次々と記録している現在、タカと巻の取り合わせが良いように思える。一方が走り、もう一方がゴールするのだ。
タカ巻。なかなかいけるでしょ? 土曜日の夜、蘇我駅近くの居酒屋で注文する人がいるんじゃないかな。

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ダービー敗戦に気落ちするマリノス社長

2007/03/19(月)

何が憂鬱かって、横浜ダービーの終わった今、左伴繁雄氏ほど憂鬱な気分の人はいないだろう。
3月10日、三ツ沢球技場で、自分のチームがJ1に昇格したばかりの横浜FCに敗れるのを見た左伴社長は、当然ながら大きく落胆した。しかし、その後、彼の落胆はさらに大きなものとなった。
アウェーチーム(マリノス)のファンたちはダービーマッチの雰囲気を盛り上げていたが、試合終了のホイッスルが吹かれたその時、チームに対する拒否感をあらわにした。
新シーズンが開幕してまだ2試合だが、この敗戦はマリノスファンを大きく傷つけ、何より左伴氏を大きく傷つけるものとなった。

「2003年、2004年と連覇したチームとは違うということを、自覚しなければならないんです」。
試合後、彼はメインスタジアム下の通路で私にそうつぶやいた。
「我々はニューカッスル・ユナイテッドというよりサンダーランドですね」。
左伴社長は熱烈なニューカッスル・ユナイテッドサポーター。現在は下部リーグにいるものの、かつては北西イングランドでニューカッスルと熾烈なライバル争いをしていたサンダーランドを引き合いにしたそのコメントは、非常に辛いものだっただろう。
マリノスの財政が逼迫しているのは明らか。左伴社長はニューカッスルとサンダーランドを比較したコメントで、これを認めている。
2003年、2004年と連続1位、そして2005年、2006年は連続9位。
その成績がすべてを物語っている。

同じ“Magpie仲間”(Magpieはカササギの意。ニューカッスルのニック愛称)として私は彼を励まそうと思い、松田、栗原、鈴木隆行ら横浜ダービーには出られなかった選手の名前を挙げたが、彼らの不在を言い訳にしなかったのは社長の偉いところだ。
山瀬功治がシーズン開幕から非常に好調なことさえ、彼にとってはおそらく慰めにはならないだろう。
開幕戦で素晴らしいゴールを挙げた山瀬は、三ツ沢でも絶好調だった。
日本代表のイビチャ・オシム監督が愛する日本人選手の長所を惜しみなく見せつけ、ブロックされようがインターセプトされようが、何度となく横浜FCの中盤を自由自在に動き回った。
手足の長いレフトバックの20歳の田中裕介、途中交代出場するや否やその存在感を発揮した野洲高校出身の18歳の乾貴士も、とても良かった。

マリノスは経験豊富で、チームの要もしっかりしており、若い才能だって揃っている。ただし、外国人選手の質をみると、J2を渡り歩いたマルクス、そしてケガの多いマルケスと、どちらもサッカー選手としては高齢。何とかしたいところである。

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澤の活躍、さわやかな勝利

2007/03/15(木)

3−0なら申し分なかったのだが、土曜日に国立競技場で行なわれた女子ワールドカップ(W杯)予選で、日本がメキシコを2−0で破ったことを不満に思う人はいないだろう。
90分終了時点でのバランスを見たうえで、さらにメキシコが時おり極めて危険に見えたという点を考慮すれば、日本は第1戦を素晴らしい結果で切り抜けたと言える。
このホーム&アウェーのプレーオフはまだまだ終わったわけではなく、日本がW杯に出場するためには、土曜日のトルカで、東京以上の内容とは言わないけれど、同じくらい良いプレーをしなければならないだろう。
そう。危うくメキシコに先制点を許すところだった、宮本の中盤での不注意なミスや、ボールをきちんとクリアできなかったときのように、ディフェンスがパニックに襲われることを、なくせば良いのである。

メキシコにも、何度かゴールを奪うチャンスがあった。しかし、日本のGK福元が好調だったのに対し、メキシコはキャプテンのドミンゲスにまったくツキがなく、ゴールかと思われた長距離のロブも、ボールはクロスバーの上部に当たってしまった。
結果的には、2−0の勝利は日本にとっては期待を十分に持てるものだが、第2戦を消化試合とみられるほどではない。

日本の2つのゴールは、その過程もフィニッシュも素晴らしいもので、澤が1点目を決めたほか、宮間の2点目もアシストした。
最初のゴールは印象的だった。左サイドをオーバーラップした宇津木が完璧なクロスを中央に供給。ペナルティ・スポット付近にいた澤がジャンプの最高点でボールをミートし、ヘディング・シュートをゴールのファー・コーナーへと見事に運んだ。
2点目のゴールでは、澤が左サイドですべての仕事をこなした。マーク――女性だけど「マーク」――をサイドで抜いて、走りこんできた宮間に絶妙のクロス。宮間は強烈なヘディングでボールをネットに突き刺した。クラウチや平山でなくても、空中戦で強くなれるのだということを、澤(164cm)と宮間(157cm)が堂々と立証してくれたのである。

全体的には、両チームのゴール前での場面が多く、また中断も少なく、観ていて楽しいゲームだった。前半はロスタイムが全くなく、後半も終盤の87分にレフェリーがトレーナーのピッチ入りを初めて認めた分の2分だけ。それも、トレーナーがピッチに入ったのは、2点をリードする日本選手が時間稼ぎのために「ケガ」をしたせいではなく、左足首をひねったメキシコ選手のもとに駆けつけるためだ。
モダンサッカーの最高レベルにおいても、フェアプレーは今も健在なのだ。少なくとも女子サッカーにおいては。

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“インドネシア祭”にスパイスを加えたワシントン

2007/03/12(月)

先日のさいたまスタジアムでも、ワシントンは絶好調だった。
得点の話ではない。もちろん皆さんご存知だと思うけれど、アジアチャンピオンズリーグでのペルシク・ケディリ戦(3−0)では、ワシントンはネットを揺らすことができなかった。そう、ゴールではなく、交代させられた(イングランド風に言うと“引きずり出された”)ときのリアクションのことだ。

後半の半ば、2−0とリードしていたレッズ。しかしいまひとつピリッとせず、ペースを変えるには“野人”の投入が必要なことは明らかだった。
ただ、誰と交代するのか?
ワシントンは、まさか自分が交代させられるとは思ってなかったようで、21番のボードが示されるとベンチに確認していた。
「え?オレ?」
「イヤだよボス。もうすぐゴールを挙げるよ」

おそらくワシントンの平均得点数から言っても、ここまでチャンスを逃し続けていた彼がそろそろゴールを決める頃だっただろう。
しかし彼は交代させられ、グローブとユニフォームを投げ捨てた。
通路付近にいた人の話によると、彼はポルトガル語で思いつく限りの悪態をつきながらロッカールームへ消えていったそうだ。

「ワシントンはどこにいますか? ロッカールーム?」
試合後、レッズのゲルト・エンゲルス・コーチに尋ねると、
「いや、もう彼はいないよ」
エンゲルスは顔をしかめてそう答えた。
「もうチームバスに乗ったのですか?」
「だと、良いんだけどね」
エンゲルスは心配そうだったが、チラッと笑いながらそう答えた。

試合後の記者会見、ホルガー・オジェック監督には、まるでアーセン・ベンゲルのような印象を受けた。
ベンゲルが彼のチームに有利な微妙な判定をすべて見ているわけでないように、オジェック監督はワシントンがピッチを出た時何が起こっていたのかわからなかったと語り、すぐ話題を岡野に切り替えた。
FIFA外交の経験が非常に役に立ったようだ。

とは言え、これは重要な問題。ワシントンは自身の言動について罰を受けなければならない。
埼玉県の全ての若い選手たちが彼を真似て、交代させられるとグローブやユニフォームを投げ捨てるなんてことはあってはならないのだ。
ファンだって、浦和美園駅の運賃精算機に並ばされ、着ているワシントンのレプリカユニフォームを投げ捨て始めるかもしれない。

さて、この一方的な試合についても一言いわせてもらおう。
ペルシク・ケディリ(インドネシア)のイワン・ボーディアント監督は、レッズの3得点全てをGK(Wahyudi)の責任だと言った。
たしかに、最初の2点はそうだ。しかし3点目もそうだろうか?
小野伸二が決めたペナルティエリア手前からの左足のシュート。これまでキーパーのせいにするのはかなり酷だろう。
小野にしてみれば寝ていても打てるシュートかもしれないが、技ありの1本。
ワシントンとは大違いだ。

ところで…ワシントンのグローブがほしい人はいらっしゃいませんか?
いや、68分しか使ってないものですけどね。

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苦しい開幕戦をモノにした優勝候補たち

2007/03/08(木)

短距離走であれ、マラソンであれ、競争において機先を制するのは簡単なことではない。
ワールドカップのグループリーグは短距離走。プレーするのはたった3試合だから、ミスは許されない。
初戦に勝てば、次のラウンドに片足をかけた状態となり(たとえば、オーストラリア)、負ければプレッシャーがのしかかってくる(たとえば、日本)。Jリーグはマラソンだ。9ヶ月をかけて34試合を戦うので、出遅れても挽回する余地は十分ある。
だから、ここ最近の優勝チームである浦和とガンバの勝敗にも若干の危惧はあった。しかし両チームとも、引き分けでもおかしくないような苦しい開幕戦ではあったものの、終わってみれば勝点3を手にしていた。

シーズンの始まりは楽観的な見通しや新たな野心で満ちており、クラブには、新加入選手や新監督が自分たちを約束の地に導いてくれるかもしれないという思いがある。
そんななかでの、レッズとガンバが手探り状態で勝利を収めたという事実は、今年も甘くはないぞというメッセージをJ1の他のチームに投げかけた。
レッズは埼玉での横浜FC戦を終了間際の永井のゴールによって2−1で勝ち越し、ガンバはホームの大宮戦で、新加入のバレーがゴールを決めて1−0の勝利に貢献した。
64分に途中出場したバレーが終了2分前に決めたゴールはまさに思いもかけないものだった。ペナルティ・エリアの端でバウンドしたボールを左足で蹴ったシュートはキーパーの頭を越えてゴールに落ち、ガンバ――私の本命チーム――は完璧なスタートを切ることができた。

また、スタイルはそれぞれ大きく異なるものの、素晴らしいゴールが2つあった。
横浜FCの久保が左足で放ったロケット弾はスペクタクル。久保が右サイドから動き始めたとき、小野はもう少し間合いを詰めるべきだったが、あんな遠い位置からゴール上隅に決めるなんて、誰が予想しただろう? 久保が甦ったことを示すシュートだった。
体調がしっかり整い、試合勘が研ぎ澄まされれば、久保は今でも驚きと意外性に満ちており、きわめて危険な存在となることができる。
マリノスの山瀬も、ホームの甲府戦で鮮やかなゴールを決めた。優れた加速力とボール・コントロール、冷静さを見せつけた山瀬は、選手生活の初期の大ケガ以降、最高の状態のようだ。

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貫禄ある王者ガンバ

2007/03/05(月)

今日の午後に開幕するJリーグの今シーズンを占ってみよう。
前置きは抜きにして本題に入る。
私の優勝予想はズバリ、ガンバ大阪だ。

いや、なに。ガンバがゼロックススーパーカップで浦和を4−0で破ったからではない。
外国人選手の質だけでなく、何よりも日本人選手の質という面で最も優れているように見えるからだ。
彼らのサッカーは非常に組織的でまた活力にあふれ、魅力的。そう、言わば資金力のあるジェフだ。

様々なチームを渡り歩いてきたシジクレイがディフェンスの要。マグノ・アウベスは大分トリニータ、そして昨シーズンはガンバでその得点能力を証明してきた。新加入のバレーは相手DFにとって厄介な存在になるだろう。
3人は日本のサッカーを熟知している。経営陣も、彼らの働きについて不安はない。
これまでガンバの顔だった宮本はザルツブルグへ移籍してしまったが、西野監督にはシジクレイや山口をはじめ、豊富なディフェンダー陣がいる。
しかしながら、ディフェンスに限って言うと、レッズの方が有利だろう。

ガンバの強みは中盤だ。
遠藤はJリーグ屈指の選手。ボールハンドリング能力とキープ力は、非常に優れたものがある。トルシエ元日本代表監督は以前、遠藤のパス範囲、そしてシュートレンジの広さをして、“和製レドンド”と評していた。
さらには復活した明神、めきめきと頭角を現している橋本が中盤の核として安定性をもたらし、加地と家長がチームに幅を与えている。
そして頭脳的で創造性豊かな二川がチャンスを呼ぶのだ。中盤のポジション争いは熾烈で、誰一人、気を抜けない。
また、前線には運動量豊富な播戸もいる。播戸、マグノ・アウベス、そしてバレー。3人が揃ったガンバの得点力は強力だ。

驚異的な活躍を見せた2005年につづいて、ガンバは再び王者の貫禄を取り戻した。そのシーズンの最終戦を等々力スタジアムで観戦した人々は、そのシーンを決して忘れられないだろう。
昨シーズンは、連覇まであと一息だった。
西野監督の就任からガンバが頭角を現すまで、私の予想より2年ほど余計に時間がかかってしまったのだが、彼らはオールラウンドなチーム能力で優勝争いをつづけてくれることだろう。
そう、ガンバが私の優勝候補だ。

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日本対メキシコ、よみがえる銅メダルの思い出

2007/03/01(木)

これからの数週間、日本にとって大きな意味を持つゲームがいくつか控えている。と言っても、北京オリンピックの出場権獲得を目指している22歳以下代表の話でも、あるいは3月24日に今年初戦にペルー戦が予定されている日本代表の話でもない。
私が言っているのは、女子代表の話。9月に中国で行なわれるワールドカップの出場権を賭けて、もうすぐ日本の女子代表がメキシコとホーム&アウェーのプレーオフを戦うのである。
ホームでの第1戦は3月10日に東京の国立競技場で、アウェーの第2戦はその1週間後にメキシコで行なわれる。
残念ながら、ホームでの試合は一連のJリーグの試合とスケジュールが重なるが、国立にはたくさんの観客が集まり、「ガールズ・イン・ブルー」がCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)の代表と競い合うのを観ることだろう。

正直なところ、アテネオリンピックで私にとって最高の瞬間の1つは、日本女子チームが1次リーグの初戦でスウェーデンを1−0で破ったときである。
その試合は大会の正式な開会式の数日前に、辺鄙と言えなくもない場所で行なわれたのだが、沢穂希とその仲間たちが、ヨーロッパの強チームを封じるためのお手本のようなプレーを見せた。試合終了のホイッスルが吹かれたとき、あちこちで感動的なシーンが見られ、なかでも、特別観覧席で観戦していたJFA(日本サッカー協会)会長・川淵三郎の喜びようは格段だった。
あの試合は日本サッカーにとって大きな意味を持ち、日本での女子サッカーの普及を後押しするものとなった。

現在、大橋浩司監督が指揮を執る日本チームがワールドカップ出場を勝ちとるまでに残された障害は2つだけ。2つ目の障害はメキシコで乗り越えなければならない。
選手たちがモチベーションあるいは刺激が欲しいのであれば、前JFA会長の岡野俊一郎に話を聞けばよい。彼なら、1968年のメキシコ・オリンピックでの男子チームの活躍ぶりを今でも生き生きと描写してくれるだろう。
あの年、日本代表は有名なアステカ・スタジアムの10万人の観客の目前でメキシコを破り、銅メダルを獲得した。試合の後、選手たちの消耗はすさまじく、スタッフの助けを借りなければ水分も摂れないほどだった。
彼らは厳しい環境のなか、チームのため、国のためにすべてを捧げ、伝説のストライカー釜本の2ゴールにより開催国メキシコとの試合で銅メダルを勝ち取ったのである。
「なでしこジャパン」がその再現を見せてくれ、1991年の女子ワールドカップ創設以来全大会出場という誇るべき記録を継続してくれるように願おうではないか。

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スターへの階段を昇るサイツ

2007/02/26(月)

世界のベストキーパーがそろっている国といえば、現時点では米国以外に見当たらない。
ブラッド・フリーデル、ティム・ハワード、そしてマーカス・ハーネマン。この3選手はいずれもイングランド・プレミアリーグのブラックバーン、エバートン、そしてレディングでそれぞれプレーしている。またケイシー・ケラーはブンデスリーガのボルシア・メンヘングランドバッハでキャプテンを務めている。
そして今週熊本から届いたレポートによると、どうやら米国はまた、新たにクリス・サイツという19歳の珠玉を得たようだ。
身長190cmとキーパーとして恵まれた体躯を持つサイツは、メリーランド大学を2年で中退。メジャーリーグ・サッカーのレアル・ソルトレイクシティ入りしたのだが、ヨーロッパへ行くのも時間の問題だろう。

バンクス、シルトン、クレメンス、シーマンと、イングランドは常にキーパーには自信を持っていた。それがいつの間にか、トップクオリティの“キャット” については米国の後塵を拝すようになった。“キャット”というのはピーター・ボネッティのニックネームで、以来、キーパーをこう呼ぶようになった。もちろん彼がお皿からミルクを飲むからではなく、その跳躍力からついたものだ。

さて、ではなぜ彼らが我々イングランドの上を行くようになってしまったのだろうか。
まず基本的に、米国人はキーパーである前にスポーツマンだ。
彼らはバスケットボールのような高度な手と目のコーディネーションを必要とするスポーツをして育ってきている。したがって“キャット”の仕事に慣れるのはいとも簡単なのだ。

ここに、面白い話がある。
NBAのスター、コービー・ブライアントの父親で、現在は日本でコーチをしているジョー・ブライアント氏が昨年外国人スポーツライター協会の会合に出席した時に、実はコービーはユベントスのキーパーになりたかったのだと明かした。
ジョー、いや“ゼリービーン”(大好物だったのでこう呼ばれた)は当時、イタリアでプロバスケット選手としてプレーしており、自然とサッカーに興味を持つようになったという。
ベッカム主将の元でコービーがロサンゼルス・ギャラクシーのゴールを守っている場面を想像してみると良い。

イングランドでも、“自然に”という意味では似たような道を辿ってキーパーは選ばれる。ゴールの外で何もできないヤツを、邪魔にならないようにゴールの中に入れておくのだ。誰もゴールマウスの中になんて入りたくないから、シュートを決められたら交代となる。
しかし、すぐに代わりたいからといってわざとゴールを許せば、マウスの中に留まることになる。
きっと、こんなやり方だったから追いつかれてしまったんだろうな。
そしてスポーツ万能の米国人が、真の“トップキャット”になってしまったに違いない。

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待ち続けたジェフ・ファンへの報い

2007/02/22(木)

ジェフのファンは、期待と安堵の思いで新選手獲得のニュースを受け止めたに違いない。
期待はワールドカップ出場の経験を持つDFネナド・ジョルジュビッチの獲得は願ってもない補強に見えること、安堵は新シーズンのリーグ戦開幕まで2週間を切っている状況からくるものだ。

この27歳のセルビア人選手は、クラブの公式発表では「DF」に名を連ねているが、これは「TYDF」――とても・役に立つ・ディフェンダー――の略だと解釈したほうが良いかもしれない。ジョルジュビッチはディフェンスの中央でも、フルバックでもプレーできる。
また、中盤の真ん中でチームのバランスをとる役割(日本で言うところの「ボランチ」)をした経験もある。“セルビア・モンテネグロの阿部”と表現したいようなプレースタイルで、いろいろな役割を楽々と、高いレベルで務めることができる。それに身長も若干高めで、183cmある。
阿部はレッズのディフェンスと中盤を補強するために獲得されたが、ジョルジュビッチもジェフで同じような働きをすると思われるし、そうなれば日本人選手間の競争もさらに激しくなるだろう。

数週間前はまだ迫力不足だったジェフだが、現在はかなり臨戦態勢が整っている。オシム監督はストヤノフを中心に構成されるバック陣、そして中盤の中央についてはいくつもの選択肢を持てるようになるだろう。
ストヤノフの能力――プレーだけに集中しているときには、おそらくJリーグで最も完成された選手――と、起伏の激しい気性については、以前に書いた通り。彼は、電話ボックスのなかで議論を始めてしまうようなタイプの男である。
しかし、ジョルジュビッチとストヤノフがバックで上手く折り合い、売り出し中の水本とクレバーな斉藤がそこに加われば、なかなか崩されないチームとなる。
ジョルジュビッチがチームの戦力を相当底上げするのは間違いない。かつてのユーゴスラビアであるセルビア出身の選手は、その天賦の才と創造性、即興性によりヨーロッパのブラジル人という評判を得ている。
その一例が、ドラガン・ストイコビッチだ。セルビアの選手はみな、良いプレーをしていたかと思うと、一瞬で自滅してしまう。フクアリ(フクダ電子アリーナ)では、ブルガリア人選手が同じことをやってくれるだろうが――。

なにはともあれ、ジェフ・ファンはこの知らせを長らく待った甲斐があった。ジョルジュビッチはなかなかの働きを見せてくれるだろう。それに、昨年のドイツ・ワールドカップでセルビア・モンテネグロがアルゼンチンに6点も許したのは、彼の責任ではない。なにしろ、そのとき彼はベンチにいたのだから!

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予想ゲームは続く

2007/02/19(月)

来月のペルー戦に、イビチャ・オシム監督がヨーロッパ組を数名招集すると決めたとしたら、その顔ぶれを想像するのは実に楽しいものとなるだろう。
メディアでは、俊輔はもちろん、松井、高原、中田浩二、そしてアレックスなど数人の名前が取り沙汰されている。

個人的には、チームの半数をヨーロッパから呼び寄せ、昨年の後半を費やし築いたチームの土台をぶち壊すようなことをするはずはないと思っている。
さらに、現在招集している選手たちをテストしているこの段階で、新たに4人も5人も加える必要があるのだろうか?
オシム監督が数人の選手について招集しない理由として挙げているのとはまったく異なるが、今回は中村と松井の2人で落ち着くような気がする。
高原を候補に挙げる方も多いだろうが、私は今ひとつ感心しない。オシム監督のお気に入りは巻と我那覇で、3人目の候補として高松がいる。さらに播戸と佐藤もいるし、新人の矢野を加えなかったとしても、その組合せはいくらでも考えられるのだ。

高原が所属するフランクフルトは、金曜夜にシュツットガルトに0−4と大敗したが、最新の集計によれば、高原の今季通算ゴール数は7。確かにゴール率は悪くない。
しかし、オシム監督に「高原が必要」と思わせるのには十分な数字だろうか?
確かかどうかは分からないが、オシム監督は一過性よりも継続性を好むタイプの監督だ。そう、(あらためてテストするまでもなく)高原にはこれまでにチャンスがあったのだ。

アレックス? もちろん彼はオシム監督のアジアカップのプランに入っているだろう。しかし現時点では、浦和からザルツブルグへ移籍したばかりの彼をオーストリアへ残し、少しでも日常生活やトレーニングに慣れるよう専念させたいところだろう。新しい環境に移ったばかりの彼には、波風は必要ない。
アレックスのことはオシム監督も知り尽くしているし、代表候補にはレッズでアレックスの代役を務めたこともある相馬、さらには頑強な駒野もいる。オシム監督もこの2人で納得するだろう。

こうしている間にも、推測や憶測は飛び交う。
もしもヨーロッパ組からの招集があるのなら、俊輔と松井が本命。そして高原が穴といったところだろうか。

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俊輔招集の時期が来た?

2007/02/15(木)

俊輔ファンは、3月24日の帰郷の準備をしておいても良いのかもしれない。その日、日本代表は日産スタジアムでペルー代表と今年最初の試合をする。
イビチャ・オシム監督が中村を招集するつもりかどうかは、もちろん私にはわからない――でもなんとなく、その時期がそろそろ来たのではないかとは感じているのだ。

ワールドカップ後にジーコの後を受けて以来、オシムが優先していたのは、フレッシュなメンバーを加え、チームのムードを変えること。だが、この課題はすでに達成されたと感じている方が多いだろう。
オシムは、Jリーグの選手たちにとって良きテストの場となるであろう試合にヨーロッパから選手を呼び寄せても意味はないと感じているようだし、ヨーロッパ組の選手について精通していないというわけでもない。
しかし現在、オシムの狙いは7月のアジアカップで王者の座を防衛することに傾きつつあり、オシムは次の段階へと踏み出そうとしている――というのが、ペルー戦に俊輔を呼び戻すのではないかと私が感じている理由だ。

こうした招集はタイミングがすべて。代表チームの事情だけでなく、選手の事情も考慮しなければならない。オシムはそう話したことがある。
中村がクラブのサッカーに集中できるようになったためヨーロッパで最高のシーズンを過ごし、フープス(セルティックの愛称)で絶えず活躍できているというのは、偶然ではないのだ。

セルティックがACミランと戦う欧州チャンピオンズリーグ・ベスト16の試合は2月20日と3月7日に予定されており、もしこのスコットランドのチームが勝ち進んだ場合、準決勝は4月3日から4月11日の間に行なわれる。
スコティッシュ・プレミアリーグでは、セルティックは3月18日にフォルカーク戦が、3月31日にダンディ・ユナイテッド戦が組まれている――つまり、3月24日の横浜での日本対ペルー戦は俊輔の帰国にうってつけなのだ。
また、ハノイに向かう前の試合はキリンカップの2試合が予定されているのみという状況だけに、オシムとしては、俊輔がチームにどのようにフィットするか見てみたいのではないだろうか。

そう、あらゆる事柄がペルー戦での俊輔招集――満員の観客とJFAへのたくさんの現金収入――に向かっているのである。
私には、ありえる話に思えるのだが…。


 

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湘南はディフェンスからのチーム作り

2007/02/12(月)

強いチームが作りたいのなら、まずはディフェンスからというのが定石だ。
そして2007年、ベテランDFをチームに加えJ2からの昇格を狙う湘南ベルマーレが、まさにこのパターンだ。

すでに斉藤俊秀をエスパルスから、そしてジャーン・ウィッテをFC東京から獲得した湘南は、元日本代表の右サイドバック、名良橋晃をアントラーズから新たに獲得した。
名良橋と斉藤はワールドカップ・フランス大会で岡田武史監督が率いた日本代表のメンバーで、斉藤は主将でリベロの井原正巳の交代要員。一方の名良橋は3−5−2システムの右サイドのスタメンだった。
反対サイドのウィングは当時アントラーズでチームメイトだった相馬直樹で、このコンビはアントラーズでは4バックのフランクとして、そして代表チームではウィングバックとして、それぞれのチームの原動力だった。
名良橋、秋田、ファビアーノ、相馬の4バックといえば、黄金時代のアントラーズを支えたディフェンス陣で、ファンにとっては言い慣れた名前。チームを作りあげていくには、ディフェンスが強固な土台となるのだ。

深刻な怪我、そして若手ライトバック・内田篤人の台頭によりアントラーズから放出された35歳の名良橋だが、J1で310試合、日本代表で38試合出場という経験と共に“古巣”ベルマーレへ帰ってきた。
京都が秋田&森岡のコンビがチームの支えとなる事を期待しているように、斉藤の資質、そしてジャーンの闘争心はベルマーレディフェンスの核として大いに役立つことだろう。
一方、名良橋のキャリアを見習いたい若干18歳の内田は、U−22日本代表として2月21日に熊本でアメリカとの親善試合に望み国際舞台への1歩を踏み出すことになる。

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完璧な世界大使・アンリ

2007/02/08(木)

ティエリ・アンリと一緒に時間を過ごしたことのある人なら誰でも、先日彼がジレットの「グローバル・アンバサダー(世界大使)」に選ばれたのはまったく当然だと考えるだろう。
アンリは、「ジレット・チャンピオンズ」というプログラムでアンバサダーに任命された3人のスポーツマンのうち1人。他2人はタイガー・ウッズとロジャー・フェデラーだった。
これ以上ないと思えるほどの評価のされ方で、ピッチ内外でのアンリの姿勢と業績にふさわしい称号だ。

私は、ティエリに独占インタビューをする幸運に恵まれたことがある。場所は、ハートフォードシャー州の田園地帯、セント・オーバンスのロンドンコーニーにある、アーセナルの豪華なトレーニングセンター。時期はそう、2001年の今頃で、突然の依頼にもかかわらずインタビューのアレンジをしてくれたのは、誰あろう、アーセン・ベンゲル!
その当時、日本を発つ前に会うという約束をベンゲルから取り付けており、このガナーズ(アーセナルの愛称)の監督と長時間のおしゃべりをしたあと、私は、カリスマ的な人気を博しているアンリにインタビューできないものか尋ねてみたのだ。ベンゲルの後押しにより、アーセナルの広報担当者が約1週間後にアンリにインタビューするアポを入れてくれ…そういうことになった。

カメラマンと、カメラマンのアシスタントとともに、我々はインタビュー開始の2時間ほど前にロンドンコーニーを再訪問。緊張して待機していた。そしてついに、その人物に出会えたのだ。アンリは、練習場のピッチからそのままファッション・カタログのページに飛び込んだのではないかと思えるくらい、カジュアルで、スキのない服装。
インタビューは20分間の予定だったのだが、アンリが広報担当者に「もう少し続けてもいいよ」という合図を送ってから1時間経っても、私たちはまだ話をしていた。それから、カメラマンが手際よくこしらえた「スタジオ」で、追加の写真撮影が行なわれた。
この時点でアンリはすでに1998年のワールドカップ(W杯)そして2000年のヨーロッパ選手権で優勝を経験していたのだが、98年W杯におけるブラジルとの決勝戦でプレーしていないのは意外なこと。聞けば、彼はベンチスタートで途中出場する予定だったが、68分にドゥサイイーが退場処分を受け、エメ・ジャケ監督が当初の計画を変更せざるをえなくなってしまったという。

インタビューでアンリは、フランス代表のW杯での躍進により政治では成し遂げられないような形でフランス国民が結束したこと、ユーロ2000ではフランスのファンがその2年前の自国におけるW杯のときよりはるかに騒々しく、情熱的になっていたことを話した。
また、ユベントスから救い出し、オーソドックスなウィングからセンターフォワードに変身させてくれたベンゲルには生涯かけても返せないほどの恩義を感じている、とも話していた。
アンリは親しみやすく愉快で、そして真面目で誠実――そう、まさに完璧なグローバル・アンバサダーだった。

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単なる噂にすぎなかった俊輔の帰国

2007/02/05(月)

2月2日・東京発:クラブが公式サイトで否定しなければならないことがあるとすれば、それは重大なこと。それは誰もが認めるところだ。
今週のセルティックと中村俊輔の場合も然りだ。

移籍期限前日の1月30日(火)、セルティックの公式サイトの見出しは“中村の移籍はない”だった。
「この話はまったくナンセンス」と俊輔は語った。
「セルティックには大変満足しているし、今シーズンもとても楽しみにしている」。2段落に渡る記事は、インターネットで出回った「俊輔は今夏にセルティックを去り、Jリーグに復帰する」という報道を否定するものだった。

移籍期限の翌日、私はJリーグ関係者と中村俊輔が日本に帰ってくる可能性について話したのだが、彼も、まだ先のことだろうと、その報道を信じてはいなかった。
何よりも、ヨーロッパで活躍できる場をようやく見つけた今、俊輔が日本に帰ろうと考えるだろうか。
小さなリーグの強豪チームでプレーすることにより、俊輔は毎週のように彼の“マジック”を披露できる。
だからこそ自信に満ち、また、ゴードン・ストラカン監督も彼を手放しで誉める。

欧州チャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦のように、間もなく行なわれるACミラン戦でも、俊輔は自身の左足一振りで何でもできると感じている。
事実、ACミランのカカーがセルティックと俊輔についてuefa.comで面白いことを言っている。

先にも述べたが、俊輔は自身にとってパーフェクトな環境に落ち着いたのだ。
世界が注目するなか、有名なチームでサッカーを楽しめる。
彼はスコティッシュ・プレミアリーグのスター選手の一人で、欧州チャンピオンズリーグという楽しみもある。
彼の好調ぶりとマンチェスター・ユナイテッド戦での鮮烈なゴールを考えると、ストーブリーグ中にイングランドやスペインへの移籍話が出なかったことが私には驚きだった。
強豪リーグも、俊輔が然るべき場に落ち着いたと思っているのでなければね…。

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森本に巡ってきたチャンス

2007/02/01(木)

森本貴幸が週末にイタリアでのデビュー戦で決めたゴールは、引退してしまった中田英寿のことを思い起こさせるものだった。
みなさんは憶えてらっしゃるだろうか…。中田は1998年のセリエAに旋風を巻き起こした。ペルージャの一員としてデビューしたユベントス戦、チームは3−4で敗れたものの、2ゴールを奪取――しかも、もしも監督が中田にPKを蹴らせていれば、ハットトリックを達成していたかもしれないのである。

いま、ついに森本が新聞の見出しを飾るようになった。
カターニャのベンチで辛抱強く待機していた18歳のストライカーに出場機会が与えられたのは、日曜日にベルガモで行なわれたアタランタ戦の84分。そのとき、カターニャは0−1とリードを許していたが、森本がペナルティ・エリア内で素早く動いて自信に満ちたゴールを決め、チームに勝点1をもたらしたのだ。
今回結果を出したことで、今後はもっと長い時間プレーさせてもらえるだろうが、4位タイと好調のカターニャでは、スタメンの保証はない。
ヴェルディ時代のツルツル頭の森本のプレーを見たことがある者はみな、彼ならスタメンをとってもおかしくないと証言するだろう。キレがあり、強靭な身体を持ち、運動量も多い。つまり、聡明で、危険な選手としての資質を備えているのである。

オジー・アルディレスがヴェルディの監督を務めていたとき、森本について長い時間語り合ったことがある。アルディレスが私に話したのは、マンチェスター・ユナイテッドの監督であるサー・アレックス・ファーガソンが森本を高く評価しており、ユーストーナメントで彼を見て以来、その成長を注意深く見守ろうとしているということだった。
アルディレスは、ケビン・キーガンやゴードン・ストラカンといった監督たちと同じような人身掌握術を持っており、つねに選手を褒め、自分が最高だと選手に思わせるのだが、このかつてのトットナムのスター選手が森本を純粋に評価しているのは間違いないと思われた。

ティーンエイジャーの森本はヴェルディからシチリア島のクラブに夏までレンタルされる予定だが、オリンピック代表監督である反町のプランに組み込まれることもあるかもしれない。
U−22日本代表は、2008年北京オリンピックの出場権獲得のための準備段階では、強力な存在感を持つ選手が少し欠けているように思える。森本の爆発力が加われば、チームの幅が広がるのは確実だろう。
もっとも、それはまだ先のこと。セリエAのデビュー戦で注目を浴びるようなゴールを決めた森本がカターニャでその実力を発揮する機会が、今後さらに増えて欲しいものである。

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スケジュール発表に沸きあがる期待

2007/01/29(月)

1月27日発:毎年のことなのだが、新シーズンのスケジュールの発表はいつも、私たちをワクワクさせてくれる。
サッカーに満ちた週末、頻繁にサッカーを享受できる日々がまた戻ってくるのだ。

どのチームも希望、楽観、そして期待にあふれている。
チームを去った者がいれば、新しくヒーローとして加わった者もいる。また、チームの成功のために招聘された新しい監督がいて、前のシーズンの経験から多くを学んだ監督もいる。
そう、全員が同じスタートラインに立つのだ。
そして、私たちのシーズンが始まる。
うーん。そう、少なくとも2週間は…。

先週の木曜日、2007年のスケジュールが発表された。そして誰もが初戦に注目する。
そのご私は、カラっと晴れあがり野球もオフシーズン、まさにサッカーのための季節を外して暑くしけた季節をJリーグが選んだことも忘れて、いつもボクシングデー(ボクシングデーとはクリスマスの翌日の12月26日のことで、郵便配達人や使用人など日頃サービスを提供してくれている人たちにギフトを贈る日。イングランドでは、この日に必ずサッカーの試合が開催される)を見てしまう。いやはや、古くからの習慣はなかなかなくならないものだ。
まあ、これは別の話だけれど。

3月3日、新しいシーズンがスタートする。ストーブリーグの結果がピッチで試される。
開幕戦注目の一戦は、等々力で行なわれるフロンターレ対アントラーズだろうか。ブラジル人監督のもとで覇権回復を目指す新生アントラーズにとって、これは厄介なテストになるに違いない。
アウェーでのフロンターレ戦はとにかく厳しいし、どのチームにとっても、例えホームであってもフロンターレは対戦したくない相手の一つだ。

スペインサッカーの影響を受けた原博実監督が指揮する攻撃型のクラブ・FC東京のサポーターにとっては、波乱のシーズンになるだろう。ただし、新たにチームに加わったコスタリカ出身で、これまでチームを転々としてきた負傷がちのストライカー、パウロ・ワンチョペの健康状態によるところが大きいと思われる。
サンフレッチェと対戦するFC東京。まずは勝点3をとりたいところだ。

横浜F・マリノスの早野宏史監督は、日産スタジアムで甲府の亡霊を払わねばならない。
彼がレイソルの監督を務めていた2年前、日立台での一戦でディフェンスの要・土屋をしてヴァンフォーレのバレーを止められず、6ゴールを奪われJ2に降格させられた苦い経験があるのだ。
シーズン開幕のために、新潟のオレンジ軍団は大分までの長距離遠征をしなければならない。また一方、エスパルスオレンジ軍団はFW大久保嘉人を擁するクラブ、J1復帰を果たしたヴィッセル神戸を日本平で迎え撃つ。
J1覇者のレッズは、久保と奥が新たに加わったJ2王者・横浜FCをホームに迎える。
またガンバのパワフルな攻撃陣は、土屋がヴェルディに移籍し、守備に不安を残す大宮からゴールを狙う。

そして3月4日には、J1に昇格したレイソルが復活したジュビロを、名古屋がジェフをホームで迎え撃つ――ジェフとしては、ホームでグランパスと戦いたいところだったろうけれど。

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避けようがなかった阿部の移籍

2007/01/25(木)

遅かれ早かれ、阿部はジェフユナイテッドを去る運命にあったのだ。
ジェフのイビチャ・オシム前監督は、3年前のプレシーズンにおける懇談でこうなることをすでに予見していた――むしろ意外に遅かったのを驚いているかもしれない。
オシムによると、お金と野心のあるビッグクラブが介入してきたときに、チーム最高の選手の慰留に失敗するのが、ジェフの常。阿部のレッズへ移籍でも、まさに同じことが繰り返されたのである。

阿部の抜けた穴は、ジェフにとってあまりにも大きいものとなるだろう。阿部はクラブのシンボルであり、誇り高く、統率力のあるキャプテン。また、複数のポジションをこなせる選手でもあった。
ただし、ほとんどのケースでは佐藤勇人と並んで中盤の中央でプレーしており、実際には、前線の阿部と佐藤にリベロのストヤノフが加わった三頭体制がチームの基本であった。
とはいえ、これからプレーするレッズ、そして現在の日本代表における阿部のポジションは、中央に闘莉王、左側に坪井が入る、スリーバックの右側に落ち着きそうである。

ジェフ・ファンは、たとえ今シーズンではなくても、近い将来、次にチームを去るのが誰なのか気が気でないに違いない。
巻? 水野? 水本? それとも羽生?
マルチプレーヤーの坂本の新潟移籍には、まだ救いがある。水野が穴を埋め、スタメンに名を連ねることになりそうだからだ――これは、クラブにとっても、代表にとっても朗報である。
敏捷でクレバーな水野は、右サイドはもちろんのこと中央寄りのポジションでも効果的な働きをし、巻の背後の奥深くから攻撃に参加することができる。

噂によると山岸が阿部の後を受けキャプテンになるそうだが、もしそうなら、私にとっては意外な人選だ。責任感を持たせれば少しはおとなしくなるだろうと考え、オシム・ジュニアはストヤノフをキャプテンに指名するのではないかと思っていた。
その奔放な才能を言葉ではなく、足技で表現しているときには、このブルガリア人選手は間違いなくJリーグで最高のオールラウンド・プレーヤーとなり、1人でディフェンスラインを構築できるし、攻撃に参加しては一度に3〜4人をドリブルで抜き去ることができる。
やる気になったときの彼は、もはやJリーグのレベルではない――ただし、出場停止でベンチに座っていては何の役にも立たない。

阿部はストヤノフから、そして“プロフェッサー”斉藤から、今後も守備の要諦を学びとることができたのに、ジェフ・ファンにとって残念なことに、学んだことをこれからは浦和のために活かすのである。
正直言うと、私は次のシーズンのジェフ対浦和戦が待ち遠しくてならない。昨シーズンの試合は絶品といえるもので、スリルに満ちた試合展開のなか、巻と中島のゴールでジェフが2−0の完封勝ちを収めた。
阿部が移籍した今シーズンの試合は、より格別なものになるだろう。

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横浜が、変わる

2007/01/22(月)

1月20日・東京発:久保竜彦を獲得した横浜FCと、鈴木隆行を獲得した横浜F・マリノス。さて、どちらが得をしたのだろう?
私は以前から鈴木のファン。さらに久保の健康状態にはいまだ不安が残る。やはり現時点ではマリノスだろうか。
もちろん、健康状態さえ万全なら久保はJリーグの中でも特筆すべき選手だ。
パワフルな左足でシュートするのか、はたまたパスを出しペナルティエリアに侵入し、彼の後を追ってきたディフェンダーを踏みつけ、高さのあるヘディングを合わせるべくクロスを待つのか。彼はその予測不可能なプレーでマークマンを翻弄する。
それが久保の魅力なのだ。

30歳にしていまだ荒削り。マークしにくく、ディフェンダーが久保の動きを読むのはさらに難しい。
しかし、それも彼が健康であればこそだ。横浜FCはもちろん、環境が変わり、新たにJ1に昇格したチームを引っ張っていくことで彼の運が変わることを望んでいる。
そしてもちろんゴールも…。

マリノスで久保の後釜を務めるのが、レッドスター・ベオグラードから日本に戻って来た鈴木隆行だ。
例えば2003年、25試合で16得点を挙げた全盛期の久保と違い、鈴木は決してスコアラーではなかった。
1シーズンで鈴木が挙げた得点の最高記録は、ヨーロッパへ移籍する前の2001年、26試合で6ゴールだ。しかし、彼のプレーはそのゴールの数では語れない。
鈴木はずば抜けたチームプレーヤー。
チームメートのためにスペースを作ろうと激しい当たりも厭わない、溌剌としたチームリーダーなのだ。

かつて私は、鈴木と大久保のペアは日本代表にとって素晴らしいFW陣となるのではと思ったが、ドイツ・ワールドカップ前に2人はジーコ監督のレーダーから消え、二度と23人の代表枠を争うことはなかった。
鈴木もまた30歳、そして全盛期は過ぎた。しかし、彼はマリノスの攻撃の核となり、ディフェンダーを振り回すことだろう。
ペナルティエリア内でフリーキックを得るのも上手いし、そんな彼に山瀬も満足することだろう。

久保も鈴木も、新チームに豊富な経験とリーダーシップをもたらし、チームの成功の大きな鍵を握ることになるだろう。
マリノスの場合、成功とは再びタイトル争いに加わること。
一方、横浜FCはそこまで高望みはしていない。久保はチームを盛り上げるためにゴールが必要になるだろう。

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賢いガンバの外国人選手獲得ポリシー

2007/01/18(木)

ガンバ大阪にはまったく脱帽である。それは、昨シーズン、リーグチャンピオンの座を防衛するのに失敗していても関係はない。
現在伝えられている移籍話を見る限り、ガンバは、外国人選手の獲得というリスキーで、高くつくビジネスについて完璧なポリシーを構築しているようだ。
ごく単純に言えば、ガンバは最初に他のクラブが獲得した選手をひとまず監視し、実力が十分あると判断すれば、あとはより高額な金額を提示して吹田市に招くだけなのである!
まあ、こう言ってしまうとポリシーをあまりにも単純化したことになるかもしれないけれど、2007年に契約する3人の外国人選手はすべて日本で実績を残しており、さらに英国のサッカー・スラングを使えば、「仕事がデキる」のである。

今回ガンバに加わるのは、大柄でパワフルなフォワードのバレー。バレーは昨シーズン、甲府のメンバーとして印象的な働きをしたから、リスクがあったとは言えない。素晴らしい態度の立派なプロで、チームのために懸命にプレーする選手だ――2005年の昇格/降格プレーオフで甲府の全6得点を決めた後の彼の感極まった姿を、私はいつまでも忘れることはないだろう(号泣の場面がなければ、記憶に残るのは、10ゴールでも決められたのに、あまりにも多くのチャンスを逃した姿になっていたことだろう!)。
バレーはマグノ・アウベスやシジクレイとともにガンバの青と黒のピンストライプのユニフォームを着ることになり、代わってフェルナンジーニョがエスパルスに入団、そのまた代わりにマルキーニョスがアントラーズに入団するのだ!

ゴールを量産したアラウージョの後釜として、マグノ・アウベスを大分から獲得したときも、リスクはなかった。シジクレイのときも同様で、彼はガンバ入団までの数シーズンを日本のさまざまなクラブでプレーしていた。
実際、私には、彼が山形の一員として、栃木グリーン・スタジアムで名古屋グランパスエイトと引き分けた天皇杯の試合でプレーするのを観た記憶がある。たしかペナルティキックを外したはずだ(もし記憶違いなら、シジクレイに心からお詫びしたい!)。
あれは1998年。フィリップ・トルシエも現場にいて、彼が指揮するシドニー・オリンピックの代表メンバーに招集した、グランパスの福田健二を視察していた。

シジクレイ、マグノ・アウベス、そしてバレー…。ガンバは賢いビジネスをしているようだ。それはもちろん、どちらかというと地味なチーム(たとえば、大分、甲府、ヴィッセル)でプレーし、日本で地歩を築いた優秀な選手を獲得するだけのお金と信望がガンバにはあるということに他ならない。
即戦力となるスーパースターをブラジルから獲得しようと、明確なビジョンもないまま暗闇で手探りするような選手探しをするクラブが多いなか、ガンバはピッチ内外での働きを熟知している選手を獲得しているのである。

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MLS、ギャラクシー移籍を決めたベッカム

2007/01/15(月)

1月12日・東京発:数週間前にこのコラムでデビッド・ベッカムが移籍するかもしれない、スターの欲しいJチームは彼の獲得を…と書いた。
さて皆さん、ベッカムはレアル・マドリード(スペイン)を出ることになりました。
ただ、彼の行く先は日本ではなかった。
いやなに、気にすることはない。ただ、考える価値はあるといった程度だったから。

彼はロサンゼルス・ギャラクシーと巨額の契約を結び、サッカーをなかなか受け入れようとしない米国にサッカーを広めるべく、移籍する。
今回の移籍については、痛烈な批判もある。
私が見たとあるサッカーに関するウェブサイトでは、“ベッカムはアメリカに身売りし、さらには妻であるポッシュ・スパイスはハリウッド進出を決めた”と書いてあった。
まあ、1998年ワールドカップのアルゼンチン戦でレッドカードをもらって以来、“民衆の敵ナンバーワン”となり、さらには昨夏のドイツでもイングランド・メディアの非難の的となった彼。この程度の批判が出るのは、容易に予想できる。
私はイングランドの5試合中4試合を見に行ったが、私の周囲にはいつでも、彼の失敗を期待するメディア陣がいた。

パスがとんでもないところへ行くように…
フリーキックがそれますように…
交代させられますように…
と。
そうなのだ。これがイングランドのメディアの体質なのだ。
散々持ち上げておいてから、叩きつぶす。

日本では中田や中村、そしてイチロー、松井、さらに今では松坂大輔のようなスターは守られている。
しかしイングランドでは、彼らの鼻をへし折る。
寂しいことだが、それが現実なのだ。

個人的には、ベッカムの移籍は良いことだと思う。
米国のサッカー人気を上げるという大きな挑戦を、ベッカムは引き受けたのだ。米国でなくたって同等な契約を、彼なら結べたはずだ。
そもそも彼には、そんな巨額は必要ないかもしれないけれどね。

ベッカムは礼儀正しい男だ。
そして何よりサッカーを愛し、プライドと情熱をもってプレーしている。
だからこそ昨シーズン、多くのレアル・マドリードファンはベッカムがキャプテンを務めることを望んでいた。

ベッカムはまだ31歳。
ギャラクシーやMLS自体にも、多くの影響を与えることができるだろう。
何もセリエAのミランへ行って退屈なサッカーをすることなどないし、イングランドへ戻り、四六時中、粗(あら)探しをしてバッシングするメディアとの毎日を過ごす必要もあるまい。
これは、あくまで個人的な意見だけどね。

ベッカムはこれまで十分にイングランドのためにプレーしてきた。そしてさらに今後は、米国とサッカー全体のためにプレーするのだ。
サッカーは彼に富をもたらした。しかし彼は多くをサッカーに注いできたし、報われて当然なのだ。
ベッカムよ、頑張ってくれ!米国は君を必要としている!

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コンサドーレが期待する三浦監督の手腕

2007/01/11(木)

指揮するチームが大宮アルディージャからコンサドーレ札幌に変わる来シーズンは、三浦俊也にとって未知の経験となるだろう。
言うまでもなく、大宮は兄貴分である浦和の巨大な赤い影に覆われながら、埼玉の第2のチームとして存続している。
しかし札幌では、コンサドーレは北海道の誇り。Jリーグの注目の的なのだ。

2004年に大宮をJ1に昇格させ、2005年、2006年を通してトップリーグでの地位を維持させてきた三浦監督が、2007年には自チームにも同じことを起こしてくれることを、コンサドーレのサポーターは期待するだろう。
結局のところ、J2のチームを昇格させることと、すでに確固たる地位を築いているチームをJ1で指揮することはかなり違い、コンサドーレが三浦監督を起用した理由もそこにある。
昨シーズン、コンサドーレのJ2最終成績は13チーム中4位。全48試合を消化した時点で、自動昇格圏にあるチームとは16の勝点差があった。コンサドーレがこの差を埋めるにはかなりの底上げが必要で、三浦は例によって詳細な目標を設定するのだろう。

個人的には、三浦監督は大宮で、とくに2005年のJ1初年度にはなかなかの仕事をしたと思っている。
トップリーグでの2シーズン目は昇格直後のシーズンよりはるかに難しい、とは三浦監督がつねに言っていることだが、昨シーズンの大宮も、外国人選手の質が充分でなかったため、はからずもその通りとなってしまった。
昨年の今頃、小林大悟と土屋征夫に代表されるような、才能のある日本人選手を何人か獲得したが、チームには体格面とフィジカル面での強さが欠けていた。また、ホームスタジアムがなかったことも見過ごしてはならない。
これは大宮にとって大きな痛手であり、今シーズンも改装された大宮公園を利用できるのは10月になってからである。

ロバート・ファーベーク新監督を迎えた大宮の目下の優先事項は、より堅実にプレーし、危険なエリアでの個人の不注意なミス――年を食ってきたトニーニョがしょっちゅうやっていた類のもの――をなくすことにある。
大宮ではファーベークがチームを次のステップに発展させてくれるのを期待するだろうが、コンサドーレでは三浦監督のコーチ術と経験を生かし、チームをかつていた場所、つまりJ1に戻すことを目指すだろう。
総体的に見れば、札幌のファンはチームへの忠誠心と情熱ではJリーグでも最高の部類に入るのだから、北海道のこのチームが昇格すれば、2008年のJ1はさらに楽しいものとなるだろう。
私が今から楽しみにしているのは、2008年の開幕戦、大宮公園でのアルディージャとコンサドーレの対戦。舞台はもちろん、J2ではなく、J1だ!

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フィーゴ獲得はお金のムダ

2007/01/08(月)

1月6日発:「なんて無駄金を使ったんだ!」
イングランドでサッカー観戦に行くと、スタンドでよく耳にするフレーズだ。
これは対戦相手のクラブが高額で獲得した選手がヘマをやらかした時、たとえば絶好のチャンスにシュートを外してしまったような時に使う。
しかし、今回私がこの苦言を呈したいのは、インテルからルイス・フィーゴの獲得を検討しているサウジアラビアのアルイテハドに対してだ。

先週、彼の移籍はほぼ確定的と見られていた。
しかしここにきて、インテル側は6月に契約が切れるまでフィーゴの移籍はないと否定している。
報道によると、契約は1月から6月までの6ヶ月で800万ドル(約9億6千万円)ということだ。
新聞紙上やテレビの報道では移籍金についての言及はなかったものの、フィーゴがインテルの支配下にある以上、当然アルイテハドは何がしかの移籍金を支払わなくてはならない。
7月にならなければ、フィーゴは自由契約にはならないのだ。

いずれにせよ、わずか6ヶ月で800万ドルなんていうのは、私に言わせればまったくの無駄だ。
おそらくこの金額には税金は含まれていないだろうし、得をするのはフィーゴだけということになる。

最近のコラムで、私はJリーグにもビッグネームが必要だと書いた。
たとえば、ベッカム、ロナウド、そしてロベルト・カルロスのような選手が必要だ、と…。
ただし、それはあくまで6ヶ月なんて短期間ではなく、そしてもっと妥当な金額でだ。

フィーゴはどうかって?
おそらく彼は日本では苦労するだろう。
日本の試合展開は彼には速すぎるだろうし、なによりもサッカー人生の終焉間近の彼自身、新しい環境の中で一からスタートしようとするモチベーションは持ち合わせていないだろう。
いったん代表チームから引退し、そして復帰して出場したドイツワールドカップでは、常に疲れているように見えた。
日本の蒸し暑い7月、8月は厳しいだろう。

フィーゴのアルイテハド移籍は、実現するかもしれない。しかし、フィーゴに支払われる金額を見たインテルとしては、当然それに見合った移籍金を要求することだろう。
なぜかって?
それは彼らの当然の権利だからだ。
もちろん、この契約についてフィーゴが自分自身を責めることはできない。
しかし、アルイテハドがこの契約で支払った額に見合った結果を得ることは難しいだろう。
本当にまったくの無駄だ!

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そろそろ天皇杯の枠組見直しを

2007/01/04(木)

元日、浦和レッズがリーグ戦とカップ戦の2冠を達成し、ギド・ブッフバルトが監督として指揮を執った3年間をハッピーエンドで締め括った。
88分、右サイドの野人(岡野)からの低いクロスに永井が合わせてガンバのゴールを破り、この試合で唯一の得点となった決勝ゴールを決めた。これは信じられないような決着と言えるのではないだろうか。
後半はガンバが優勢に立っており、ゴールを奪うのはこちらの方だと思っていた。実際、ツネ(宮本)は、山口のクロスに対するニアサイドからのヘディングを合わせ損なって願ってもないチャンスを逃し、自身のハッピーエンドを飾るのに失敗した。また、レッズのGK都築は素晴らしいセーブをいくつか見せ、かつての所属チームの攻撃を完封した。

カップ戦の決勝戦とはこういうもの。レッズは長いシーズンの掉尾にベストメンバーとは程遠いチーム構成で臨み、勝利を飾ることができたのである。
個人的には、両チームとも疲れきって見え、天皇杯は余分な大会であるように思えた。1ヶ月前に埼玉スタジアムでレッズがガンバを破り、リーグ・チャンピオンを勝ち取ったときが、事実上のシーズンの終わりではなかったのだろうか?
以前にも書いたが、発展を遂げた日本サッカーにとって、天皇杯の枠組はふさわしいものではなくなっている。天皇杯の価値を高めるには、JFA(日本サッカー協会)の大会の再構築を行なう必要がある。
その第一歩として、天皇杯の出場資格をJ1、J2とJFLのチームだけに限定すれば良いだろう。高校も、大学も参加しないことにするのだ。
J1の18チームは第2ラウンドから参戦し、第1ラウンドを勝ち抜いたJ2とJFLの14チームに合流する。
つまり、第2ラウンドでは32チームが、第3ラウンドでは16チームが戦い、その後に準々決勝、準決勝、そして決勝へと進むのである。

ナビスコカップを夏の間に終えられれば、天皇杯は9月頃からスタートできるようになり、それぞれのラウンドをJ1のスケジュールに組み入れることもできる。そうなれば、全チームがベストメンバーで戦うことができ、現在のように、外国人選手が帰国し、シーズンの間ずっとベンチにいた選手を起用して戦うということもなくなるだろう。
さらに、準決勝と決勝以外では中立地開催をやめてはどうだろう。ラウンドが進むごとに、JFAハウスで月曜日午後に抽選を行ない、当たりクジを引いたほうがホームで試合を開催する権利を獲得することにするのだ。
そうすれば、勝ち残ってきたJFLやJ2のチームが浦和のようなビッグクラブとホームで戦うチャンスを得られるようになる。試合会場を事前に設定されていない抽選のほうが、現在のフォーマットよりはるかに魅力的になるだろう。
現在のフォーマットでは、疲労困憊したチームと忍耐強いファンが、中立地に向かうために長い距離を移動しなければならない。

私は、天皇杯は今も意義があると思っている。しかし、今の時代のサッカーに合わせるためには大胆な変革も必要である。

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秋田と京都はベストマッチ!

2006/12/31(日)

京都サンガが、グランパスからDF秋田豊を獲得した。
これはきわめて賢明なことだと思う。
京都は今シーズンJ2に降格し、J1とJ2を行ったり来たりする“ヨーヨーチーム”になってしまった感がある。
もしも、去年の今の時期に秋田くらいの質と経験を持つ選手を獲得していたなら、ムダなゴールを与えることなくJ1に残留できていたかもしれない。

秋田は私好みの選手。闘争心溢れるセンターハーフ。彼はまさにイングランドスタイルのディフェンダーそのものだ。
自ら見本を示し、相手のセンターフォワードに己の存在を見せつけ、90分間の1対1の戦いも厭わない。
そしてチームの勝利に大きく貢献するのだ。

秋田の京都移籍は双方にとって良いことだ。
京都は彼の経験と貢献を得ることができ、秋田は現役としてまた新たな1年を迎えられる。
そして秋田にとっては、コーチとしての道も開けてくるのではないだろうか。
秋田の持つ知識と能力は、チームメイトにも大きな力となり得る。

もちろん、J2での1年は長く辛い。
京都のコーチ陣は決して若くない秋田の体のことも気づかわなければならない。
ケガや出場停止は、長いマラソンレースの中で大きな代償となり跳ね返ってくる。
秋田がシーズンの全試合に出場できるとは考えにくい。

しかし京都にとっては、彼がそこにいるというだけで違うはず。
それがピッチであろうがベンチであろうが、来季のサンガにとって秋田の存在は大きな価値があるのだ。
空中戦に強い彼の周囲には、こぼれ球を拾えるスピードのある選手が必要となってくるだろう。
これも京都には有意義なことだ。
若手選手たちには、秋田と一緒にプレーをすることは活きた勉強ができる素晴らしい機会となる。
秋田の、ピッチ内外でのプロ意識。これはチームにかけがいのない効果を与えるはずだ。

秋田は、これまでも日本サッカー界に大きく貢献してきた。
そしてさらに、J2での彼の存在は多くのサッカーファンに感謝されることだろう。

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ACLではフロンターレにも注目を

2006/12/28(木)

浦和レッズばかりが注目されるのは、現時点では至極当然のことである。
初めてリーグ・チャンピオンの栄誉を獲得したし、天皇杯でも勝ち進んでいる。また、ギド・ブッフバルトはまもなくシュツットガルト(ドイツ)に帰ってしまうし、闘莉王はJリーグのMVPに輝いた…。
しかし、川崎フロンターレにも注目して欲しい。
勇猛果敢な戦いぶりでレッズに次ぐ2位となったフロンターレも、来年のアジアチャンピオンズリーズに日本の代表として出場する――しかも、グループリーグを勝ち抜き、ベスト8に進出する可能性が高い。

組合せ抽選の結果、レッズがグループEでシドニーFC(オーストラリア)上海申花(中国)そしてペルシク・ケディリ(インドネシア)と同組になったのに対して、フロンターレはグループFでバンコク・ユニバーシティ(タイ)アレマ・マラン(インドネシア)全南ドラゴンズ(韓国)と対戦する。
大会の規定はタフなもので、準々決勝に進出できるのは各グループの1位チームだけ。したがって、とりこぼしは許されない。

しかしながら、フロンターレにグループリーグを勝ち抜ける力があるのも確かだ。フロンターレは、J1の他のどのチームとも似ていない、独自のプレースタイルを持っており、私はアジアチャンピオンズリーグでもこのスタイルを維持して欲しいと思っている。
フロンターレには、チームのバックボーンを形成する大柄な選手が何人かおり、さらに前後左右に展開するスピードと中村憲剛を中心とする細緻な中盤がある。フィジカル的に劣るチームとの対戦――たとえば、大宮アルディージャ戦――では情け容赦なく攻め立て、相手を屈服させるのだ。

来シーズンのチャンピオンズリーグでも、とくに韓国のチームを相手にして同じような戦いぶりを見せれば、その動き回るスタイルは相手にとって脅威になるかもしれない。フロンターレが全南とのホーム戦、そしてアウェー戦でもエンジンを全開にして戦うのを見るのが楽しみである。グループ1位は、この両チームで争うのが確実だ。
アウェーでの条件や環境の違いに苦しむこともあるかもしれないが、それでもフロンターレならバンコク・ユニバーシティとアレマ・マランを一蹴できるはずである。

1つ、確かなことがある。レッズとフロンターレはともに、来年のアジアチャンピオンズリーグに全力で挑むだろう。なんといっても、この大会の先には、FIFAクラブワールドカップという、おいしいご褒美が待ち受けているのだから。

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パーフェクトなタイミング 〜宮本の移籍〜

2006/12/25(月)

12月23日発:宮本恒靖と三都主に、エキサイティングな1年がやってくる。
海外移籍が噂されて数シーズンが過ぎたいま、ようやく彼らの望みが叶うのだ。
2人はオーストリア1部リーグのザルツブルグでチームメートとなる。

ジョバンニ・トラパットーニとローター・マテウスが率いるザルツブルグは、エナジードリンクで有名なレッドブルがスポンサーをしている。
つまり、チームには潤沢な資金がありツネとアレックスにかなりのサラリーを払うことができるというわけだ。
彼らにとっては環境を変える素晴らしいチャンスだし、美しい国でサッカーができるうえ、フィリップ・トルシエが言っていたように、日本を出て経験をつむことで人間としても成長できる。

闘莉王にポジションを奪われ日本代表から外れた宮本にとっては、ガンバを去ることで失うものは何もない。移籍は十分納得できる。
彼には十分資格があるし、きっと素晴らしい日本のサッカー大使であり続けてくれるはずだ。
経済学を学び、選手としての経験、そして語学力を活かして、ゆくゆくは日本サッカー協会という巨大企業を引っ張っていく存在に? それとも日本代表監督?
おそらく、彼の思いのままだろう。
ガンバに残留したとしても、宮本にはもう得るものが何もない。
2005年にはリーグチャンピオンになったし、今年も惜しいところまでいった。そう、彼のオーストリアへの移籍は完璧なタイミングと言える。

アレックスについては、彼の移籍は日本のすべての左サイドの選手にとって良い刺激になるだろう。
イビチャ・オシム監督は、ここまでヨーロッパ組の選手たちのライフスタイルや体内時計を狂わせることを避け、Jリーグの選手を中心にメンバーを選んできていた。2007年、このポリシーは変わるかもしれない。
オシム監督は7月のアジアカップに向けてチームを作っており、海外から数名の選手を呼び戻し、新しい構成のチームへとまとめあげるかもしれない。

とはいえ、オシム監督はすでにアレックスのことを知り尽くしている。呼び戻される選手の中には入ってこないだろう。
むしろ、オーストリアで落ち着くまでの数ヶ月、アレックスは向こうに残す方が良いのではないだろうか。
そして、代表チームでプレーできる新しい左サイドを探すべきだろう。
すでに駒野がいるのだが、オシム監督はグランパスの本田、ガンバの家長、さらにはレッズの相馬を試してみる可能性がある。
相馬は浦和レッズのアレックスの後釜。彼は2〜3年前にヴェルディで注目を浴びた頃のフォームを取り戻す必要がある。

来年どこへ旅行しようか迷っている皆さん!
ザルツブルグはいかが?

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2人のディフェンダーの受賞

2006/12/21(木)

ディフェンダーが個人として最高の栄誉を獲得する時代になったようである。
このような賞はフォワードや花形のプレーヤー、ゴール・ゲッターに贈られることがあまりに多く、ディフェンダーの価値ある仕事は報われないことが多かった。
ディフェンダーという仕事はファンタジスタに比べて派手なものではなく、したがって新聞の見出しになることもそれほどない。だからと言って、ディフェンダーが評価に値しないというわけはない。

そういうわけで、今週の2つの賞の受賞者発表は私にとって喜ばしいものとなった。FIFA年間最優秀選手がファビオ・カンナバーロに贈られ、さらに我らが闘莉王がJリーグMVPとなったのである。
私にとっては、どちらの受賞も自然で、当然なものだった。
ディフェンスが重視されたたワールドカップにおいて、カンナバーロはイタリアのなかでもはっきりと際立っていた。カンナバーロは、ここ何シーズンか私が高く評価していた選手で、世界中のどの監督であっても、彼がいるチームで指揮を執りたいと思うだろう。カンナバーロはタフで、人を惹きつける、生まれつきのリーダー。空中戦でも、地上の混戦にも強い。

カンナバーロはレアルで成功していないと言う評論家もいるかもしれないが、個人的には、そんなことはあまり関係ないと思っている。なんと言っても、2006年はワールドカップ・イヤーであり、ドイツで起こったこと――あるいは起こらなかったこと――が、1年の象徴になるべきだ
それゆえ、カンナバーロがジダンやロナウジーニョを差し置いて選ばれたのは、当然のこと。
カンナバーロがジダンやロナウジーニョより優れたサッカー選手なのか? もちろん、そうではない。しかし、カンナバーロは自分のポジションで立派な仕事をしたし、本当に大事なときに最高のプレーをしたのである。

同じことが闘莉王にも当てはまる。
少し前にこのコラムで書いたように、闘莉王はどのチームでプレーしてもそのチームの中心人物となる選手で、今シーズンは浦和レッズのシンボルとなっている。
ドイツでのワールドカップの直前、日本外国人スポーツ記者協会にギド・ブッフバルトを招いた夜のことを、私は決して忘れないだろう。ゲスト・スピーカーのブッフバルトは、「闘莉王は日本最高のディフェンダーであるが、ここ2年間、ジーコからレッズの選手について聞かれたことはなかった」と語った。
闘莉王がドイツ行きの飛行機に乗り、オーストラリアとクロアチアを相手に奮戦したらどうなっていたか、と私は今でも思う。

もっとも、あれは遠い昔のことであるし、闘莉王はイビチャ・オシムが率いる日本代表で長く活躍することが期待されている。私は、彼が日本代表のキャプテンに任命されるべきだと依然として考えているし、オシムがそうしなかったのが少し不思議でもある。
総じて言えば、カンナバーロと闘莉王の受賞はサッカーにとって良いことである。

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バルサ 〜完璧な勝者〜

2006/12/18(月)

12月15日・東京発:バルサで良かった。特にロナウジーニョがいて良かった。
木曜夜、雨の横浜スタジアムは素晴らしい一夜となった。
試合開始当初、私は少々不安だった。
というのも、6万2000人もの観衆が集まったスタジアムだったが、盛り上がりにイマイチ欠けていたからだ。
ハーフタイムに入っても、観衆はまるでシンフォニーオーケストラのコンサートに来たかのようにおとなしく、スタジアムは相変わらず静かなまま。
それが、試合終了のホイッスルが鳴った時、スタジアムはようやく“サッカースタジアムはこうあるべき”という姿になっていた。観客もやっと盛り上がり、バルセロナファンはプライドに満ち、バルセロナファンでない人々もバルセロナの素晴らしいプレーに感嘆しきりだった。

試合は、後半に入るとFIFAクラブワールドカップの準決勝というより、エキシビジョンマッチの様相を帯びてきていた。
バルセロナはメキシコからやってきた相手に華やかで、素早い攻撃をしかけ、完全に試合を支配した。
そんな中で生まれた最初のゴールは、ロナウジーニョのヒールパス、イニエスタの複雑なプレー、そして正確無比なグドヨンセンのフィニッシュ。それはもはやサッカーなどというものでなく、緑のカンバスに色とりどりのペイントで美しく仕上げた、芸術品のようなゴールだった。

私のお気に入りのラファエル・マルケスが2点目をヘッドで押し込み、まるで赤ん坊からキャンディーを奪うくらい簡単なヘディングシュートだったとでも言うかのように、親指を吸うセレブレーションポーズを見せた。
そして、3点目は多くの観衆のお目当てでもあったロナウジーニョ。
ルーズボールをペナルティエリアで拾い、冷静さとテクニックをもっていともたやすくボールにカーブをかけ、コーナーに決めた。
まさに個人技の極み。
そして、ゴールを目前にしていかに落ち着き、いかに集中するか、全選手のお手本となるプレーだった。

そして4点目。これ以上何を言うべきだろうか?
ペナルティエリアのわずかに外の混戦からボールを奪ったロナウジーニョから、パスを受けたデコが相手陣内コーナーまで素晴らしいドライブ。迅速をもってなるバルサのカウンター、そしてデコの教科書通りの素晴らしいドライブ力を見せ付けられた。
デコのプレーは本当に素晴らしかった。彼のボールコントロール能力と試合を見る目は、クラブ・アメリカのディフェンスを翻弄し続けた。

ロスタイム再びロナウジーニョが巧みなドリブルから放った絶品のチップシュートがクロスバーに当たるシーンがあったりと、試合はハイテンションのまま終了。
その頃には、観客は試合開始時の静寂から一転、惜しみない賞賛の拍手を選手に送ったのだった。
数年にわたりトヨタカップの試合を見てきたが、チームが観客に活力と情熱を与えることは容易なことではない。
ところが、バルサは素晴らしいサッカースタイルでそれをやってのけ、日曜日の決勝にむかって大会を盛り上げてくれた。
試合自体やゴール以外に強烈に私の印象に残ったのは、試合開始時と試合終了時の歓声の違い。
ピッチ内外を問わず、まさにバルサの完勝というべきだろう。

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ホイッスルのあとの情熱と感動

2006/12/14(木)

Jリーグは、その短い歴史のなかに数多くのものを得てきたが、昇格/降格を決めるプレーオフ以上のものはない。
昨シーズンは、ヴァンフォーレ甲府が圧倒的なスタイルで柏レイソルを降格させるという、センセーショナルな結果となった。甲府は、2試合を連勝。ホームで2−1で勝ったあとの日立台でのアウェー戦では、バレーが6ゴールを挙げるという爆発ぶり――実際には10点とってもおかしくないくらいだった!――で、6−2で勝利した。

今回は、前回に比べてゴールの数はそれほど多くはなく、2戦合計で2点だけだったが、ドラマ性はきわめて高く、結果的にヴィッセル神戸がアビスパ福岡に代わってトップリーグ入りを決めた。
感極まったような三浦アツの表情、涙を流す両チームのファンのアップ、シーズン当初にアビスパを解雇され、今は神戸を昇格させ、感慨にひたる神戸の松田浩監督。なんという筋書きだろう!

終了間際には、ゴール前の大混戦もあった。ボールがあらゆる方向を行き来し、まるでピンボール・マシンのようだったが、最終的には神戸がボールをゴールから掻き出した。
あのボールが入っていれば、両チームはそれまでの位置、つまりアビスパはJ1に、ヴィッセルはJ2に留まることになっていたのである。これがこの競技の魅力。9ヶ月間の努力の末にある、最後の運命の数秒間によってすべてが変わってしまうことがある。

最終的には、アウェーゴール・ルールにより、スコアが同点の場合はアウェー戦のゴールが2倍になるため(読者のほとんどがご存知なのはわかっているけれど、念のためにね!)神戸が昇格を決めた。
後半、近藤がヴィッセルのゴールを決めてからというもの、アビスパはひたすら奮闘した。2ゴールが必要になったからだ。
1ゴールは得たが、もう1つがどうしても奪えず、試合終了のホイッスルが吹かれると歓喜と絶望のシーンが生まれた――このときのテレビの放送は満点と言えるもので、サッカーという劇場のなかに留まり、その劇場のなかで生まれたドラマを余すところなく伝えていた。

皆さんがどうなのかは分からないけれど、私は、試合終了のホイッスルの直後にCMが入り、ビデオ再生とスタジオでのおしゃべりが流されると本当に腹立たしい気分になる。
選手たちがピッチを去るところ――あるいは場合によっては、ピッチに倒れこみ、その場で思考する、ドルトムントでの中田英寿のような姿――を見たいのだ(ところで、中田英寿は今もあの場所にいて、サニーサイドアップ(編集注:中田の所属事務所)がトレーに食事を乗せて運び、ブンデスリーガのチームが中田の邪魔にならないようにプレーしているという噂は本当なのだろうか?)。

繰り返すが、私は試合終了のホイッスルのあとのシーンが見たいのだ。選手たちのユニフォームの交換、ファンへの感謝、ファンの怒りから逃れるために走り去る姿…ここには、FIFAの会長のゼップ・プラッターがいつも言っている、サッカーの情熱と感動――しかも、戦いが終っているのに!――がある。
J1とJ2のプレーオフは、素晴らしいアイデアであり、長いシーズンの棹尾に味わう刺激だ。
それから、フェアプレーをした両チームを祝福したい(まあ、それなりに。第1戦ではアビスパが時間稼ぎをしたし、第2戦ではヴィッセルがそれを行なった。とくに、パク・カンジョがシューズの紐で演じた茶番は、間違いなくレッドカードに値するものだ)。

忠実で、騒々しいファンを持つアビスパがJ1からいなくなるのは寂しいが、ヴィッセルや他のチームの例を見てもわかるように、君たちはすぐに戻って来られるのだ。

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バレーがレッズに…Jストーブリーグ噂話

2006/12/11(月)

12月9日発:誰が残り、誰が去り、そしてまた誰がやってくるのだろう?
日本のサッカーにとって面白い季節がやってきた。クラブが選手や監督を解雇し、そして来季のチームを強くしてくれる(あるいはそれほど助けにはならないかもしれない)選手を探す時期が来たのだ。

鹿島は積極的に動いており、パウロ・アウトゥオリ監督、ベテランの名良橋、本田、そしてブラジル人のフェルナンドとアレックス・ミレイロがチームを去る。監督とジャーンが去るFC東京も、積極的だ。
ちなみに2〜3年前、私は、ジャーンは来日外国人選手の中で最も優れた選手で、若手の見本になるだろうと思ったものだ。彼はリスクもなく、闘争心あふれるセンターハーフ、そして毎週90分間をフルで戦えるからだ。

大宮アルディージャでは、ベテランのブラジル人選手、トニーニョが(12月2日に)Jリーグ最後の試合を戦った。また、天皇杯後には三浦俊也監督がチームを去り、おそらくコンサドーレ札幌の監督となる。
これは、これから話すことと共に、私が先日聞いた噂である。
#ヴァンフォーレ甲府のブラジル人ストライカー、バレーが浦和レッズに移籍
#大宮は三浦監督の後任としてピム・ファーベックの弟を起用

先にも述べたが、これらはあくまで噂。実現するかどうかわからない。
イギリスのジャーナリズムではこういう事を“凧を飛ばす”と言う。
どうしてかって?
ある凧は空高く舞うが、しかしその一方、地面に落ちる凧もあるからだ。

バレーの獲得はレッズにとってまたとない補強。来季のアジアチャンピオンズリーグに向けた、クラブの意欲を示すことになる。間違いなく、レッズはバレー獲りに動く。
そして、“アジア版のUEFAチャンピオンズリーグ”を真剣に勝ちにいくレッズを、日本中が応援することだろう。
ワシントン、ポンテ、山田、達也、そして永井がいるとはいえ、ミッドウィークの試合、そしておそらくオーストラリアでも、レッズはとにかく攻撃力が必要となる。

先ごろ、私はさいたまスタジアムでバレーのプレーを見た。
彼は非常に好調で、大柄なわりにスピードがあり、ボールを持たせると危険な選手だ。
まっすぐでそしてポジティブ、さらにこぼれ球をネットに押し込むのに最適なタイミングで最適なポジションにいるのだ。
バレーがレッズに移籍したなら、チームの戦力を落とすことなくワシントンにかかる負担を軽減できる。
そして、守備を薄くしても攻撃しなくてはならない時には、ポンテを後ろに控えさせ、彼ら二人にトップを張らせることもできるのだ。

レッズファンにとって、来年はアジアにも彼らの“ブランド”が広がりとてもエキサイティングな一年になることだろう。
もちろん三菱は、市場開拓のためにアウェーゲームでも十分にプロモーション活動を行なうだろう。
バレーがレッズに(ガンバも彼に触手を伸ばしている)移り、そしてピム・ファーベック元大宮監督の弟が大宮の監督になる。
現時点では、これらはまだ噂の段階だ。
我々としては、どの凧が空高く舞い上がりどの凧が地面に激突するか、これは待って見るしかないだろう。

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サッカーはシンプルに!

2006/12/07(木)

シーズンが終わろうとしているときには、議論の余地のない事実がいくつか明らかになる。
たとえば、浦和レッズが日本で最高のチームだということ。34試合を戦ったあとの順位表は、嘘をつかない。また、ワシントンとマグノ・アウベスが、それぞれ26ゴールを挙げ、得点王に輝いた。

しかし、他のランキングについては、正直言って、私はあまり注目してはいない。たとえば、アシスト王。それから、先日あるサッカー雑誌で読んだ「ゴースト(goast)」ランキングと「ゴールキーパーの防御率」。
ゴーストに防御率? サッカーの話なのか、野球の話なのか? とくに、この2つはどうしたものか。
アシスト・ランキングについては、悪いけど、私はこれを統計とはみなしていない。この数字は、アシストした選手ではなく、ゴールを挙げた選手に左右されるから、実態を反映したものとは言えないからだ。

たとえば、中盤の選手がドリブルで5人を抜き去り、ストライカーに素晴らしいパスを出して、ストライカーがシュートを外した場合。ゴールが生まれなかったのだから、アシストも記録されない。
その一方、ある選手がチームメートに短い横パスを渡し、そのチームメートがゴール前30メートルの位置からゴール上隅に強烈なシュートを叩き込むこともある。ゴールは賞賛されるべきだが、その得点者に55メートルのパスを送った人間にもアシストが記録される。

だから、私はアシスト・ランキングを不公平だと考えているのだ。アシスト・ランキングに反映されるのは得点で、選手のクリエイティブな才能ではない。アシスト・ランキングの上位にいる選手に才能がないと言っているのではない。もちろん、彼らは才能に恵また選手だが、ランキング自体は、アシストする選手ではなく、ゴールを決める選手によって決められるのだ。

「ゴースト」ランキングは、ゴールとアシストをプラスとしたもので、それゆえに「ゴースト」と呼ばれている。まったく、よく考えるものだ! このランキングは、以前にアイスホッケーで見たことがあるが、サッカーにはないものだった。英国人の感覚で言えば、アシスト・ランキングと同じように、このランキングもとても北米的な発想である。
ついでに書いておくと、ゴースト・ランキングのトップは、ともに31ポイントを挙げたジュニーニョとワシントン(フロンターレの選手は20ゴール・11アシスト、大柄のブラジル選手は26ゴール・5アシスト)だった。

さらに、ゴールキーパーの防御率というものもある。これは、1試合あたりにキーパーが許した平均ゴール数だ。面白いものだが、あまりにもアメリカ的で私の趣味ではない!
ああ、サッカーはもっとシンプルなものだったのに。「浦和レッズ3−2ガンバ大阪」といったようなものが、私にとって唯一知る必要のあるデータなのである!

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ある街の物語

2006/12/04(月)

東京・12月2日発:一方では、涙と怒りをあらわにした横浜フリューゲルスの選手たちがJリーグに別れを告げたのは、それほど昔のことではなかったように思える。
それは1998年の終わり。Jリーグを日本スポーツ界の頂点に押し上げたバブルがはじけた後の、三ツ沢スタジアムでのことだった。
しかしまた一方では、それは遠い過去の話のような気もする。
Jリーグは当時まだ2ステージ制だったし、J2もなかった。クラブはとうに峠を過ぎた選手たちに、それこそ馬鹿げた給料を払い(パウロ・フットレ、フリューゲルス・1998年)また、入場料収入が非常に少なじ時期に、ビジネスセンスが欠如しているとしか思えないような投資(セザール・サンパイオ、ジーニョ、そしてエバイールのトリオに1000万ドルを投資した――確かに彼らには才能はあったが…)をしていた。

1999年。フリューゲルスは消滅し、横浜マリノスは横浜F・マリノスとなった。その後、フリューゲルスの灰から横浜FCが誕生。2001年にJFLからJ2に参入してきた。
そして来る2007年、横浜FCはJ1に昇格し、横浜・Fマリノスとダービーマッチを戦うことになる。
これは驚くべきサクセスストーリだ。

今年のJ2の優勝争いは激しかった。
レイソルとヴィッセル神戸がペースを掴んでいたように見えたが、終盤に失速。横浜FCがあっという間に彼らを追い抜き、優勝してしまった。
2006年シーズンの最終日、横浜FCは栄冠を一身に浴びていた。その一方で、神戸と柏はJ1昇格の残り1枠を賭け、またセレッソもしくはアビスパとのプレーオフを避けるべく戦う(編集注:12月2日時点)。

横浜FCの復活は、チームや応援し続けたサポーターたちの勝利だけでなく、Jリーグ、そしてサッカー界の勝利でもある。
ピッチの内外を問わず、優れたチームマネージメント(高木琢也監督の功績はもちろん大きい)と、ハングリーな選手たち、経験豊富な真のプロフェッショナルが揃えば、チームは無理なくゴールを達成できるのだ。
とは言え、チームの誰もがこう言うだろう。まだ始まったばかりだ、と。
基礎はできあがったが、ただそれだけなのだ。
J1で確固たるポジションを築き、それを長期にわたり維持するために、横浜FCは、来季、さらにその先に向けて難しい選択をしていくことになる。

佐藤工業が撤退し、全日空がマリノスに移ってフリューゲルスは消滅した。
これはJリーグにとって苦い経験だった。
横浜FCは、これらの苦い経験から学んだのだ。そしてリーグの未来は良いものになるだろう。

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今年も、歴史は繰り返すのか?

2006/11/30(木)

それはないだろう。ありえるはずが、ないじゃなないか。
埼玉スタジアム2002でのレッズ対ガンバ。ちなみに、チケットは数週間前に完売している。
ガンバが浦和を抜くには、3点差以上の勝利が必要。やっぱり、ありえない。チャンピオンはすでに決まっており、土曜日のスタジアムは、アウェー・チーム用の一角を除き、赤・黒・白のビッグ・パーティーの場となるだろう。

そう、それが土曜日の論理的なシナリオなのだ。
しかし、ここ最近の数シーズン、Jリーグは論理で解決できるものではないことを見せつけられている。したがって「レッズ0−3ガンバ」なんて結果も排除はできない。
ちょっと想像してみてほしい。ガンバが2−0でリードして、残りはロスタイムの4分だけ。そのとき、マグノ・アウベスがペナルティ・エリア内で倒れ、レフェリーがPKを宣告。マグノ・アウベスがPKを決める――そして、ガンバがまたも信じられないような結末でリーグ・チャンピオンの座を防衛。
あるいは、マグノ・アウベスがPKを失敗――そして、ブッフバルトが指揮する最後のリーグ戦で初のリーグ・チャンピオンの座に就く。

2003年の最終戦で久保がロスタイムにヘディング・シュートを決めてマリノスがジュビロを破り、第2ステージ優勝と両ステージ完全制覇を決めたのを見ているから、さらには2005年のリーグ最終節でガンバが等々力で勝っているのを見ているので、私は、土曜日は何が起こっても不思議ではないという気分になっている。
サッカーでは、予想外のことが起こるもの。とりわけ日本でその傾向が顕著なのは、最近の歴史を見れば明らかである。

現実的に考えると、試合は0−0または1−1で終了し、ちょっとアンチクライマックスな雰囲気でレッズがチャンピオンになりそうだ。アンチクライマックスというのは中立な立場のファンにとってということで、もちろんレッズファンにとってはそうはならないだろう。なんといっても、タイトルは1日ではなく、1シーズンを費やして勝ちとったものなのだから。
それゆえ、最近では優勝チームがリーグの最高のチームということになっている。
2リーグ制の頃は必ずしもそうではなく、年間を通じてもっとも安定した強さを発揮したチームがホーム&アウェーのプレーオフにも進めないということもありえたし、最終的にリーグ・チャンピオンとなったチームが総合順位では2位のチームより勝点が数ポイント少ないということもありえた。
そのような日々が過ぎさったのは、幸いだ。
しかし、衝撃的で、信じられないような結末は今も存在しており、サッカーから決して消え去らないだろう。

私の予想?
引き分けだ。スコアは1−1。レッズが先制し(ワシントン、35分)ガンバが後半終盤に追いつき(マグノ・アウベス、80分)、ハラハラさせながら試合終了。タイトルは、レッズに。
しかし、ひょっとするとまた…。

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MVP候補に挙がるレッズトリオ

2006/11/27(月)

11月25日発:今年もまた、Jリーグアウォーズの時期がやってきた。今年のJリーグMVPには誰が選ばれるだろう。
とある日の午後、さいたまスタジアムでメディア仲間数人と話していると、3人の名前があがった。3人ともレッズの選手だ。

ワシントンを有力視する人が多いが、私の最有力候補は彼ではない。
もちろん、ワシントンは価値ある選手だ。
彼ほどの得点能力があれば、どんな選手だって価値があると言える。
彼は浦和に移籍してくる前にヴェルディでもこれを証明してみせた。
そして今年、J1の得点王としてゴールデンシューズ・トロフィーを手にするのはほぼ間違いないだろう。
ワシントンについては文句のつけようがないはずだ。数字は誤魔化しがきかないし、一目瞭然だ。

次に名前が挙がったのは、山田暢久だった。
いや、ノブヒサ・デルピエロと呼ぶべきだろうか。
先日の甲府戦での彼のゴールは、それほどに素晴らしかった。
ただし甲府にとっては、2つのPKにレッドカードと、試合から得るものは何もないと感じるほどの扱いを受けていた。

シーズン開幕間もない頃、私は山田の得点能力について書いた。
チャンスに飛びつき、そしてゴールを見たとたんにパニックに陥るほかの選手たちと違って、彼はいつもクールで落ち着いている。
だからこそ甲府戦で見せたように、左ウィングから切れ込み、3人のディフェンダーをかわしてファーポストにカーブをかけた美しいシュートを放てるのだ。
ニューカッスル・ユナイテッドやトットナムでポール・ガスコインのこうしたゴールをよく見たものだ。ノブヒサ・デルピエロにとってこれ以上の賛辞はないだろう。

タイトル争いが佳境に入るにつれ、山田も神憑りの様子を見せている。ポンテやワシントンとのコンビネーションが好調、またミッドフィールド中央から長谷部や啓太が、そしてウィングバックの平川とアレックスがきちんとサポートできる今、甲府戦で達也や伸二がベンチにいるのも頷ける。
後半開始早々、キーパーの頭上を越し、ゲーム最初のゴールとなったワシントンのヘディングを呼んだ、山田の左足からのクロスはまさに完璧だった。

それから、そう、闘莉王を忘れてはいけない。
彼は常に全力でプレーし、チームの核となれる選手だ。
闘莉王はレッズが許したゴールはすべて自身の屈辱と考えている。
要は、相手チームが得点を挙げ喜ぶ姿を見るのが何よりも嫌いなのだ。
得点されてもうなだれることなく、やり返すべく得点を狙っているのだ。

これらすべてを考えると、私のJリーグMVP最有力候補は闘莉王。次点は啓太だ。ほとんどの場合、こうした賞は得点を挙げ注目を浴びる選手が受賞している。しかし、重要でありながら目立たない役割を果たしている選手だって等しく表彰されるべきだ。
マリノスが完全優勝を果たした時、MVPは中澤もしくは久保、奥に与えられるべきだったのに、エメルソンが受賞したのはまだ記憶に新しい。

なんにせよ、12月18日にすべてがハッキリする。

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シュンスーキ、再び!

2006/11/23(木)

う〜ん、中村俊輔をほめたたえる表現はまだ残っているのだろうか?
かつてのマリノスのマジシャンが、セルティックのメンバーとしてまたもやってのけた。舞台は、火曜夜(日本では水曜早朝)にグラスゴーで行なわれた欧州チャンピオンズリーグのグループリーグ。相手はマンチェスター・ユナイテッドだ。

数週間前にオールド・トラフォードで見せたフリーキックもなかなか良かったが、今回のは美しかった。私が見てきた俊輔のゴールのなかでも最高のものの1つ。だが、フランスのコンフェデーレーションズカップでバルテスのゴールを破ったフリーキックにはまだ及ばないか…。
フランスでのフリーキックは、彼にとっては「ありえない方向」のゴール。ゴールの左に蹴りこんだのだ。しかし、今度のマンチェスター・U戦の宝石のようなフリーキックは、ゴールの右側――左利きの選手には、ずっと狙いやすいアングル――からのものだった。

ゴール前約25メートルの距離から俊輔が蹴った、完璧なフリーキックのボールは壁の上――それもはるか上――を越えてから急速に沈み、クロスバーの下をくぐってゴール上隅に。キーパーにはまったくお手上げの一本だ。
ゴールが決まった状況も申し分がなかった。全世界に多くのファンを持つ、2つのビッグ・クラブが戦った、いわゆる「ブリテンの戦い」の第2幕の81分に記録されたのである。

英語の実況は、日本の視聴者にとっては「生のサッカー英語」についての興味深いレッスンとなっただろう。早朝の放送中(俊輔のゴールが決まったのは、日本時間の午前6時25分頃)私がピックアップしたフレーズをいくつか紹介しよう。
「絶対的な完璧さ」とは、アナリストのデイビッド・プリートの弁。彼はまた、俊輔のゴールを、「ワンダフル・ゴール」そして「途方もないスキルが垣間見られた」と表現した。
プリートは、専門的な分析をしたり、プレーの合間に会話を繋いだりする実況チームの「キャスター」だが、解説者は同じゴールについて、「息を呑むようなゴール」「魔法の瞬間」と語った。
それから数分後、セルティックの1点リードのなか俊輔が交代でピッチを去るとき、解説者は「驚愕のゴールに対するスタンディング・オベーション」について話した。
ワンダフル、息を呑む、驚愕…冒頭で述べたように、俊輔のフリーキックを表現する英語はもうそう多くは残っていない。

私は、セルティックの勝利は正当なものだと思った。というのも、オールド・トラフォードでの第1戦でのPKは、ユナイテッド(これはマンチェスター・Uのこと。ニューカッスルでも、リーズでも、ジェフでもないし、他のあらゆるユナイテッドでもない。そもそも、不遜なマンチェ・ファンはそんなユナイテッドは相手にしない)に与えられるべきものではなかったからだ。
ちなみに、あのときはGKボルツがギグスにファウルを犯したと宣告された。今回、ボルツがリベンジを果たした。試合終了直前にサアのPKをセーブしたのだが、サアのゴールが決まるようにはまったく見えなかったでしょう。どういうわけか自分でもわからないのだが、私はいつも、「左利きの選手はPKを外す」と思ってしまう。サアは闘莉王に教えてもらったほうが良いのかもしれないね!
もちろん、右に跳んでサアのシュートを掻き出そうとしたとき、ボルツはゴールラインのずっと前にいたが、審判/線審が勇気を出してこの行為を違反だと断じたことが、完璧にラインから離れているときでも、どれくらいあるだろうか?

何はともあれ、中村がグラスゴーでの素晴らしい一夜を経験した。少し前に書いたように、スペイン・リーガエスパニョーラに挑んでおそらくベンチ暮らしをするよりも、セルティックに残留したこの決断は正解だ。
問題は…テレビの解説者が「シュンスケ(シュンスキ)」という発音をいつ学ぶかである。「シュンスーキ」という「スー」を強調した言い方ではなくて。
選手やファンについては心配はいらない。みんな、シンプルに「ナカ」と呼んでいるからね!

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オシム・ジャパンに寄せる期待

2006/11/20(月)

11月18日発:ワールドカップへの大きな期待で始まった1年は、水曜夜に行なわれたサウジアラビア戦(3−1)の勝利で未来への大きな期待と共に締めくくられた。
日本の勝利を見て嬉しかったし、また、同時にホッとした。
というのも、オシム・ジャパンの未来形を垣間見られたからである。

就任してまだ間もないオシム監督だが、優れた若い選手たちを起用してきた。
そして、才能と知性にあふれた選手たちは監督の指示をよく聞き、こうも早く監督から学んでいることは喜ばしい限りだ。
サウジ戦の2ゴール目を例にとってみよう。
我那覇の精巧なヘッダーを生んだ、今野が右サイドから左足で上げたクロスは素晴らしいものだった。
左サイドに走りこんだ駒野からのクロスを冷静に決めた3点目もそう。我那覇は難しいプレーでも簡単に決めて見せる。

闘莉王のプレーも良かった。
素晴らしいチームリーダーで精神的支柱でもある彼のゴールにより、試合は日本ペースになった。
ただし、彼にPKを蹴らせたことには少々疑問が残る。
PKは彼の得意分野ではない。
闘莉王はゴールに詰め、昔ながらの泥にまみれながらディフェンスをこじ開けゴールを決めるタイプの選手。
PK???
彼には似合わない。

ところで、サウジアラビアにPKを与えたオーストラリア人の主審は、一体何を見ていたのだろう?
テレビのリプレイを見た私に言わせると、あれはまるでジョーク。
サウジの選手が勝手に転んだだけでは?
ひょっとすると、ワールドカップで試合終了間際にイタリアのグロッソにやられたオーストラリア人として主審は“フォワードが転んだらディフェンダーが無実でもPKを与える”という、かの主審の手本を真似たのかもしれない。

先にも述べたが、試合結果を見て私は非常に嬉しかったし、安心もした。
これは個人的な意見だが、オシム監督が引き受けた仕事の大変さを理解していない人が多すぎると思う。
ワールドカップで崩壊したチームを立て直すには、新しい手法、新しい方向等、あらゆるものが必要なのだ。
オシム監督はこれらをこなしてきた。今後は欧州組の中からチームに貢献できる選手を加える段階に入っていくが、チームの将来は非常にエキサイティングなものになるだろう。
強いチームを作るにはチームのバランスを崩してはならないことを、オシム監督はもちろん承知している。
しかし、監督が見せてきたJリーグでプレーする選手たちへの信頼は、ピッチ上でブルーのシャツをまとった成果、エネルギー、そして誇りとして報われるはずだ。

昨年の今頃、多くの人が日本代表に期待を寄せていたが、私はそこまで自信がもてなかった。
しかし今、私は日本代表への期待に胸を膨らませている。

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それでも大事なサウジ戦

2006/11/16(木)

名古屋発・11月15日:日本とサウジアラビアの両国がすでに来年のアジアカップ本大会出場を決めているものの、水曜日の夜に札幌で行なわれる試合は、やはり重要な意味を持つと思う。
読者の皆さんがこのコラムを読んでいるときには、試合はすでに終わっており、その試合結果が、オシムの再建プロセスの第1段階が完了したことを示しているかもしれない。
この試合を重要視するのは、以下のような理由からだ。

もし、日本が素晴らしい内容でこのアジアの強豪に勝てば、オシムの方針が正しかったことになる。現在の選手の多くが、来年も、その先の将来も、代表に残るだろう。
しかし、内容がまずく、散々な結果ということになれば、オシムは、来年のための戦略そして選手選出ポリシーを見直さなければならなくなるだろう。
そうなれば、もちろん、ヨーロッパ組の出番だ。ヨーロッパ組のうちの数人――たとえば、中村と松井――を来年のアジアカップに招集することをオシムが考えているのは確かだ。そのため、来年の春に日本代表がヨーロッパで1つ2つ親善試合をするというのも悪くないアイデアである。
オシムが使ってきたJリーグの選手にとっても良い経験になるし、同時に、オシムにとっても、クラブでの活動と体内時計の妨げにならない方法でヨーロッパ組をチームに合流させるチャンスとなる。

サウジアラビア戦は無意味だという見方もあるが、こうした理由で私はその見解には賛同しない。今回の試合は、オシムの再建の第1段階の最後に行なう、きわめて重要なテスト。私はそう思っている。
個人的な意見としては、ジュビロの前田が選ばれたのが良かった。前田はいつも激しく速いプレーをしているし、非常に創造性豊か。走りながら直接的な動きをしている。タイプとしては、得点のチャンスがやってきたときに、躊躇せず自分を疑うこともしない選手のように見える。
言い換えると、あまり考えすぎないのだ。考えすぎは、フォワードにとって厄介なものになることがあるが、前田は体の動くままにプレーしているようだ。

これを読んでいる今、皆さんは日本対サウジ戦の結果を知っているだろうけれど、現在の私は、日本が見事なプレーを見せ、2006年ワールドカップ後の再建活動の第1段階が成功裏に完了したことを示してくれるだろう、と感じている。

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高原は先発の座を守らねばならない

2006/11/13(月)

名古屋発・11月11日:ああそうだった。高原直泰のことを忘れていた。
彼はどうしたかな思っていた矢先、高原はフランクフルト(ドイツ)で連続ゴールを挙げ、その存在が再び浮かび上がってきた。
こうなってくると、「オシム監督は高原を代表に選ぶべきだ」とファンやメディアが盛んに言い出すことだろう。
しかし私は、現時点ではそうは思っていない。

私が高原ファンクラブに入る、いやファンクラブのメンバーシップを更新するには、2ゴール(今季通算では3ゴール)では不十分だ。
私は、病気で2002年ワールドカップ(W杯)代表チームの選から漏れるまで、ジュビロ磐田で、オリンピックチームで、そして日本代表でゴールを挙げていた頃の高原の大ファンだった。
高原は2006年W杯での最大の失望だった。
そして、ひょっとすると彼はもう二度と日本代表でプレーできないのではないかとさえ思ったし、今でもその疑念は晴れていない。

W杯の数週間前、私はクロアチアの新聞の取材でジーコ監督にインタビューした。
その際、ジーコ監督はW杯で活躍するであろう3人の選手の名前を挙げた。
中田英寿、俊輔、そして…そう、高原だ。
それは少し楽天的かなと、私はそのとき思った。
日本で、アルゼンチンで、そしてドイツでも、高原は世界レベルのディフェンダーを相手に戦えることを証明しきれなかった。
とはいえ、ハンブルグからフランクフルトへの移籍で彼をリフレッシュし、停滞していたキャリアを前進させたようだ。

さて、それでは。Jリーグでプレーする選手たちを一通りテストしたオシム監督の来年のプランの中に、高原の名前はあるのだろうか?
もちろん高原のことは注視しているはずだ。ブンデスリーガでコンスタントに得点できるということは、良い選手に決まっている。
ただ、オシム監督に招集を決断させるには、彼はいまの調子を維持しなくてはならない。
それも、数週間ではなく数ヶ月という単位で。

以前にも話したことだが、もう一度言っておこう。
欧州組の選手たちを今年は招集せず、彼らを所属クラブでのプレーに専念させたオシム監督の決断は正しい。
高原自身も、インドやイエメンのような国々と対戦する度に帰国せずに済むのは助かると言っていた。
来年のアジアカップ連覇を狙う代表チームに、欧州組を合流させるにはまだまだ時間がある。それがオシム監督の考えなのだ。

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セントジェームズ・パークでの火の玉ファーギーの思い出

2006/11/09(木)

11月8日・名古屋発:サー・アレックス・ファーガソンは、今日の賞賛に充分値するだけの功績を残してきた。
現代のサッカーで、プレミアリーグになる前から、20年にわたり現職を務めてきたのは驚異的なことである。しかも、毎シーズン、関係するあらゆる大会でタイトル獲得が期待される運命にある、あのようなビッグクラブで。

イングランド北東部の朝刊紙でニューカッスル・ユナイテッドの担当記者をしていたころ、ある晴れた日の午後のセントジェームズ・パークで、火の玉ファーギーの怒りの矢面に立たされたことがある。
ニューカッスルがマンチェスター・ユナイテッドを2−1で破った直後、みんなの話題になっていたのは、マンチェスター・ユナイテッドのノーマン・ホワイトサイドがニューカッスルのジョン・アンダーソンに見舞った、ひどいタックルだった。ホワイトサイドは北アイルランド出身の大柄な強いフォワードで、戦闘的なプレースタイルでよく知られていた。一方のアンダーソンは敏捷でタフな右サイドまたは中央のディフェンダーで、アイランド代表でもプレーしていた。
ホワイトサイドのファウルはショッキングなもので、アンダーソンはタッチライン沿いで苦悶するしかなかった。アンダーソンは、選手が負傷したふりをするようになる前の、古いタイプ。痛くもないのに倒れるなんてことは決してしない選手だった。ホワイトサイドは当時、その規律上の問題とファウルがよくマスコミで採り上げられていた。

それはそうとして、試合後、ファーギーがセントジェームズ・パークのロビーにやって来た。そこでは、マスコミ陣が心細げに待機していた。
彼が我々の一団の前で立ち止まったとき、1人の年長の記者が明らかに震えていた。ファーギーは試合に負け怒っていたし、マンチェスター・ユナイテッドのあの激しやすい選手について質問されていたからだ。ファーギーがその質問を一蹴すると、質問をした記者は黙り込んでしまった。明らかに、その記者は、アンダーソンに対するホワイトサイドのタックルそのものについて、ファーギーの見解を聞きたかったのだが、勇気を奮い起こすことができなかったのだ。
私は、ファーギーの真横に立っていた。私は若くて無邪気で、ナイーブだったので、簡潔にファーギーにこう話しかけた。
「彼が言いたいのは、アンダーソンに対するホワイトサイドのタックルについて、あなたがどう思ったかということだと思うのですが?」
その時点で、みんな、ファーギーの怒りが届かないところまで一目散に逃げようとしていた。
ファーギーは私のほうを向き、叱り始めた。「君たちは最近、どうしていつもホワイトサイドのことを聞くんだ? みんなで質問すれば怖くないって具合に質問を繰り返し、彼をとても苦しめているじゃないか。彼は、1試合で1回ファウルを犯しただけなのに、君たちはそのことばかり話題にする。ファウルは他にもあったのに、どういうつもりだ? ホワイトハウスは、今では審判に目を付けられている。君たちが散々書き立てるからね」。

まあ、そんな感じだった。1987年、ひょっとすると1988年のことだから、詳細を全て覚えているわけではない――それに、私のテープレコーダーは、あの時、ファーギーのすさまじい熱気を浴びて溶けてしまった。
ファーギーの癇癪は、もちろん、次の日の全紙の見出しとなった。
「ホワイトハウスのほうが犠牲者だと!」
「大男のノーマンなんか辞めさせろ!」
そんな感じだ。
記者たちはみんな、ファーギーからあんな反応を引き出した私に感謝し、気持ちはわかるとでも言うように私の肩を叩いた。まるで、私がカップ戦の決勝のPK戦でシュートを外したみたいに。
しかし、私は、彼を怒らせたとは全く思っていなかった。私は、ある特定のプレーに関する具体的な質問を1つしただけなのに、彼が感情を爆発させたのである。そうなのだよ…Jリーグでの人生は、ずっとずっと穏やかなのだよ!

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なぜジェフが責めを負う?

2006/11/06(月)

東京発(11月4日):まずは、ナビスコカップ連覇を果たしたジェフ千葉におめでとうと言いたい。
正直なところ、ホームで大宮アルディージャに惨敗したのを見て、彼らが連覇するなんて思ってもみなかった。
しかし、水野と、Jリーグ最高のヘッダー(ヘディングの名手)であることを改めて証明してみせた阿部主将のゴールで鹿島アントラーズを粉砕したのだ。

ナビスコカップ決勝の日の朝、ある日本人サッカーライターと話をしたのだが、ジェフに対するメディアの評価が二分されていることを知りとても驚いた。
わかりやすく言うと、ある新聞はオシム体制を嫌っており、日本代表もジェフも失敗すれば良いとさえ思っている。
そしてもう一方は、ジーコ監督の後を引き継いだ彼を100%サポートするとまではいかなくとも、静かに見守っているというのだ。
ジェフがこれまで誰かに対して何をしたというわけでもないし、こうした状態はあまりに不可解だ。

もちろん、ある人々(主に浦和近辺に住み、赤や黒のシャツを着ている)がリーグを引っ張ってきた鹿島アントラーズやジュビロ磐田を嫌うのは理解できる。それは、多くのイングランド人がマンチェスター・ユナイテッドやリバプールを嫌うのと同じだ。
しかしなぜジェフ千葉を?

数あるクラブの中で、私はジェフを評価していることを隠そうとしていない。それにはいくつかの理由がある。
まず、地域に根付いたフレンドリーなクラブであるということ。
リーグの中での地位に関していうと、財政的には苦しいなかで運営されてきているということ。
経営陣のトップはとてもうまいことクラブを運営してきたし、ファンはチームの成績の良し悪しに関わらずサポートしてくれる。
そして、才能ある日本人選手を育ててきている。

ひょっとすると、オシム監督は日本代表に彼の教え子を多く選びすぎたのかもしれない。
しかしこれは、あくまで必要とされるポジションに他の選手たちが現れるまでの一時的なものだ。
よく知るジェフの選手たちは、オシムにとって信用できる存在なのだ。また同時に、選手たちも監督が求めるものを熟知している。
そう、だから、(ジェフの選手が多く選ばれるのは)現時点では仕方の無いことだと思う。

ただし、巻、阿部、水本、そしておそらく羽生は、オシム監督が率いる限り代表に定着するだろう。彼らはオシム監督の愛する“日本人選手としての特徴”を持っている。
仮にオシム監督が本当にジェフを偏重しているのなら、ジェフで最も過小評価されている選手、斎藤大輔を選んでいただろう。
私は密かに、斎藤を“プロフェッサー”と呼んでいる。彼はディフェンスの何たるやをよく知っており、水本にとって理想的な教師でもあるのだ。

ジェフ千葉を批判するようなナンセンスは、もう十分だろう。
1997年のバブル崩壊以来、彼らはJリーグで大きな成功を収めてきた。
オシム監督は、時に日本のメディアに対し無礼な振る舞いをしているかもしれない。
そう、あのトルシエ監督がそうだったように。
穏やかなジーコ監督とスターを集めた代表チームを懐かしんでいるメディアも多いのかもしれない。
しかし、それにしたってジェフを責めるのはお門(おかど)違いというものだ。

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ブラッター会長、姑息なプレーにもご発言を

2006/11/02(木)

近頃、最新のゼップ・ブラッター的問題提起をフォローしていますか?
読んでみると、とても面白い内容だ…いつものように。
当初、ブラッターは、イタリアのせいでオーストラリア代表がワールドカップ敗退を余儀なくされたことをオーストラリアの人々に謝罪したと伝えられていた。私にとっては、あれはダイビングとインチキで台無しにされた、今回のワールドカップのなかでも最悪で、もっとも憂鬱なシーンの1つ。
あのとき、オーストラリアのDFルーカス・ニールがボールを奪おうとすると、イタリアの左バックのファビオ・グロッソがわざとらしく転倒した。私見では、あれは決してPKではなかった。グロッソの狙いはただ1つ。彼はすれっからしのプロ意識でその課題を果たしたのだ。

残念なことに、「疑わしき被告選手は罰せず」という考慮もなしに、審判が拙速に決断を下してしまうことがある。そのようなことが、とてもアンフェアな方法で起こり、オーストラリアの異議申し立てに対して残酷な判断が下されたのである。オーストラリア式フットボールやラグビー、クリケットといった、ラフでタフなスポーツになじんできたスポーツ好きのオージーが、なんとか好きになろうとしているスポーツで自分たちがだまされたという感想を抱いたとしても、不思議ではない。

それはそうとして、ブラッターはその後、自分のコメントを蒸し返し、イタリアを批判するつもりはなく、ただオーストラリアに同情の気持ちを伝えたかっただけだ、と語った。
同情の気持ちだって?
そんなものが、一体何になるんだ?
FIFAのトップであるブラッターこそが、ダイビングや姑息なプレーを野放しにして、現在のレベルにまでエスカレートさせた張本人なのだ。彼なら、ずるい行ないをした選手を罰するためにビデオ再生の制度を導入し、人を欺くプレーに断固たる処置をとることだってできたはずなのだが、彼が選んだ方法は、FIFAのフェアプレー・スローガンがもはや存在していないような環境で、哀れな審判を苦しめること。

2006年のワールドカップは、私的には大変な失望であった。グロッソとニールのペナルティ事件のような出来事がいくつかあったのが、その主な理由だ。
ブラッターは、この病的な状況を矯正するためにもっと積極的に発言すべきで、真実を語り、今そこにある状況を明らかにするのを恐れてはならない。

スケールはもっと小さく、はるかに小さくなるが、土曜日の駒場の大宮対FC東京の試合でも、議論の的となるような出来事があった。
後半に1−0でリードしていたFC東京の選手が、どう見たってまったく異常がないように思えるときに、自陣で倒れこんだ。チームメートがボールを外に蹴り出して試合を止め、本当は必要のない治療を倒れた選手に受けさせようとしたが、その「負傷した」選手が自力で立ち上がったのだ。
今度は大宮のスローイン。東京のファンからはブーイング。アルディージャの選手がボールを東京の選手に戻すのを拒んだからである。大宮の三浦俊也監督が、ボールをキープして攻撃に移るよう選手を促したからだ。大宮は1点のビハインドを負っていたし、東京が図々しくゲームを止めたのには何の理由もなかった。

東京ファンのみなさん―― 私は君たちも、君たちのチームのことも評価している。だけど、あのときのことは、完全に君たちの方が間違っているよ。大宮には、スローインで君たちのチームにボールを返す義理なんて全くなかった。大宮がプレーを続行したのは正解だし、レフェリーもそれを認めていた。
以前にも書いたが、ゲームを止めるのはレフェリーの仕事。リードしているときの時間稼ぎのために、「負傷した」選手のチームメートがする仕事ではない。最近のサッカーでは、この種のやり口があまりにも多すぎる。

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ベッカムを獲れ!

2006/10/30(月)

東京発(10月28日):デビッド・ベッカムの去就が決まらない。
あのデビッド・ベッカムがベンチに座っている。
そして彼はスペインを離れたがっている。

ベッカム家――あるいは“ベッキンガム宮殿”(イングランドでは、女王の住居であるバッキンガム宮殿に倣ってこう呼ぶ)――の生活は、決して退屈ではない。
デビッドは彼のローラーコースターのようなサッカー人生の最後の挑戦として、おそらく移籍したいのではないだろうか。
となると、Jリーグのどこかのクラブが勇猛果敢なキング・デビッド獲得に動いたりはしないのだろうか。

いや、そうあってもらいたいと思っている。
彼が欲しいなら、今がそのタイミング。
ベッカムの契約がまとまっていない。
チームは新しい外国人選手が欲しい。
そして“ポッシュ・スパイス”(ビクトリア夫人)にとって日本のメディアからの注目は望むところ。
そう、すべてに納得がいくのだ。

だから日産よ、トヨタよ、いや三木谷さんでもいい。
マリノスとグランパスは戦力補強が必要だし、資金力に問題はない。
一方、神戸は単にJ1復帰だけでなく、満員のスタジアムを取り戻せるのだ。
獲得して悲惨な結果を味わった2002年ワールドカップのトルコ代表の補欠選手と違い、デビッド・ベッカムなら支払った以上のものをチームにもたらしてくれる。
何よりも、ベッカムはサッカーを愛している。そしてサッカーの親善大使でもある。
子どもにとってはお手本となり、ファンにとってはまさにアイドル。
スタジアムへ押し寄せる観客数はうなぎ昇り。世界中のサッカーファンの目が日本へ向かうことに疑いはない。

個人的には、イングランド代表のスティーブ・マクラレン新監督がベッカムをこんなにもあっさり代表チームから外してしまったのは大きな間違いだと考えている。
イングランドはともかく、ベッカムにとってはまずまずのワールドカップだったと思うし、彼はまだまだ代表チームに貢献できるはずだ。
何を言いだすのだと思う方もいるだろうが、日本のチームが真剣にベッカムの獲得を考えても良いのではないだろうか。
ベッカムがアメリカのメジャーリーグサッカーでキャリアを終えるかもしれないなどという報道さえあるのだ。
もし彼がそう考えているとすれば、当然、日本でプレーすることだって考えるはず。
ベッカム獲得には相当な費用がかかるだろう。
しかし、これまでにJリーグのクラブが3流のブラジル選手に支払ってきた金額を考えてみると良い。
Jリーグのクラブよ、ベッカムを獲れ!
決して夢なんかじゃない!

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味スタで見た夢

2006/10/26(木)

現在は火曜日の午後。私は、目の前にあるピンク色のサッカー専門紙をじっと眺めている。
紙面には「FC東京3−2ガンバ大阪」と書かれているが、いまだにまったく信じられない。おそらくミスプリントだろう。
味スタでの、あの劇的な試合から2日経っているというのに、私はいまだにぼんやりした状態だ。あれは現実だったのだろうか? それとも、夢を見ていただけ?
FC東京がリーグチャンピオンを相手に0−2から逆転したというだけでなく、立て続けに3得点を奪ってしまったのだ。
素晴らしいゴールの連続。その後の狂乱状態。なんとか家に帰り着いたときも、目のなかでは青と赤の残像ばかりがスローモーションで再生されていた。

読者の皆さんは、FC東京のゴールの記事はすでにお読みになっていると思うが、私のコメントもここで付け加えておきたい。
最初は、今野。今野はデビュー当時から私の好きな選手の1人で、ナビスコカップの試合後に行なわれるニューヒーロー賞の投票では、いつも今野に投票していたくらいだ。そう、FC東京の試合でないときも!
今野のゴールでいちばん気に入った点は、ボールに届くと彼が実際に信じていたことだ。0−2と2点のビハインドを負っているときの、頭上へのロングパス。あのような状況では、諦め、ボールがキーパーに流れるままにしている選手もいることだろう。だが、ライオンハート・今野は違う。決して諦めず、持ち前の俊敏さ、ボールタッチ、冷静なフィニッシュで反撃の口火を切った。

次は、規朗(鈴木)の番だ。このゴールを、なんと表現すればよいのだろう? ミサイルのような轟音を立てながらゴール上隅に突き刺さったシュート。私の席から良く見えた。ガンバのキーパーがボールを止めに入っていたなら、体ごと持っていかれ、ボールと一緒にゴールネットに突き刺さっていたことだろう。そう、信じられないようなゴールだった。ロベルト・カルロスの電撃シュートも、比べものにならない。

そして、決勝ゴールを挙げたのは“Fly High”ナオ(石川)。左サイドでまたも今野が仕事をし、密集地帯でボールを捌く。鈴木のクロスに、石川はうっとりするようなボールタッチでスペースを作り出し、それから、柔らかな、カーブのかかったロナウド・スタイルのゴール。いとおしむように蹴りだしたボールが、ゴールの隅に転がった。
そのゴールが決まったとき、スタジアムが爆発した。私自身も、正直言って、まあ、かなり感情的になっていた。すさまじい逆転劇だったし、残念なシーズンを過ごしてきた偉大な東京ファンだけに許された、格好の贈り物だ。

ガンバの選手もファンも、大きなショックを受けたようだ。もう少しで勝点3を挙げ、浦和が手の届くところに近づくはずだったのに、あっという間に残り6試合で勝点6差になってしまった。この不幸な運命のいたずらに意気消沈してしまう可能性もある。
そう、あれは飛田給での驚くべき午後。それとも、あれは夢に過ぎなかったのだろうか?

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グラスゴーで俊輔が得た多大な利益

2006/10/23(月)

東京発(10月21日):セルティックに残留した中村俊輔の決断は、正しかったようだ。
昨季終了後の俊輔の目標はスペインでプレーすることで、彼はセルティックをその踏み台として考えているだけ。そんな報道がイギリスで流れた。
しかし、スコットランドリーグは俊輔にとって申し分ないし、また、さらに彼はセルティックに大きく貢献してきている。

リーグのレベルは俊輔にちょうど良い。小さなリーグで強者としてプレーすることで、その技術を如何なく発揮できるのだ。
よりテンポの速いイギリス・サッカーの中で、レッジーナにいた頃よりも速いペースでプレーしている。
左足でクールにトップコーナーに決めハットトリックを達成したダンディ・ユナイテッド戦、そして3−0でベンフィカを粉砕した欧州チャンピオンズリーグの90分間。
俊輔はチームにすっかり定着し、楽しんでプレーしている。
スペインに行き一からやり直すより、スコットランドでプレーすることを選んだのはまさに正解だったようだ。

そしてこれは、“おそらく”日本にとっても喜ばしいことだ。
オシム監督が就任した日本代表で、俊輔が引き続きプレーするつもりなら、彼自身もステップアップしなくてはならない。
フリーキックのスペシャリストとしてだけでなく、もっと走り、オープンプレーで貢献することが必要になる。
もちろん今もそうしているし、だからこそニュースにも彼の名が挙がるのだ。
しかしそれでもオシム監督が俊輔を招集せずJリーグの選手をテストしているのは、正しいことだと思う。

代表チームの門は俊輔に閉じられてしまったわけではない。
来年になり新生日本代表に貫禄と新たな次元を加える必要が出たとき、オシム監督は俊輔を招集するかもしれない。
啓太と阿部、もしくは今野を守備的MFに、そして巻と播戸もしくは達也の後方に俊輔が控える。そんな布陣を思い浮かべてみてほしい。
オシム監督にとってそれはまだ将来のオプション。
そう、来年夏のアジアカップ決勝に向けての…。

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北斗と中西――バロンの2人のチームメート

2006/10/19(木)

アビスパ福岡が、今季J1に残留できるかどうかはわからないが、このチームに日本屈指の若手選手がいるのは確かである。
そう、またも中村。今回は、北斗のほうだ。北斗はまだ21歳で、前途には素晴らしい未来が待ち受けているように思える。
残念ながら、駒場での日曜日のレッズ戦、北斗は出場停止。試合は戦力に劣るアビスパがまったく予想通り1−2で敗れた。

福岡は、Jリーグを放浪するストライカー、マルセロ・バロンの現代の滞在先だ。イングランドでは、「バロンがプレーしたクラブはジャック・ニクラス――参考までに言うが、伝説的ゴルファーのこと――より多い」とでも言うところか。しかしここは日本なので、「バロンがプレーしたクラブはジャンボ尾崎より多い」というのがより適切かと思われる。
言い換えれば、バロンは日本での10年間であちこち移籍し、過去、現在、未来のJリーグのスターについて多少なりとも見聞を広げてきたわけだ。
私が中村北斗について尋ねると、バロンからは、身体能力については本当に感心しているという答えが返ってきた。
「過去の選手のなかでは、誰に似ているかな?」。バロンに尋ねた。
2、3秒おいてバロンはこう答えた。「僕がジェフにいた頃は、中西永輔が右サイドにいた。北斗を見ると、あの頃の中西を思い出すよ。ただし、もっと俊敏だけどね」。

アビスパにとって苦しいシーズンが続くなか、北斗は複数のポジションでプレーをしている。何ヶ月も前に千葉で見たときは、45分をライトバックとして、残り45分を右のミッドフィルダーとしてプレーしていた。それ以降は中盤の中央に移り、エンジンルームの役割を果たしている。
バロンが確信する、北斗のベスト・ポジションは、たとえばFC東京の“Fly High”石川直宏のような高い位置でのウイングではなく、右のバックのようだ。その位置なら右足でボールを持てるし、ほとんどの時間、前を向いてプレーできる。

アビスパが来シーズンも北斗を保有できるかどうかに、興味がわく。他のビッグクラブが彼を欲しがるのは想像できるし、アビスパ側では、J1に残るにしても、J2に落ちるにしても、チーム強化のためには巨額の移籍金を手に入れる必要があると考えるかもしれないからだ。
ただし、現時点では、アビスパはまだ降格が確定していない。セレッソ、アビスパ、それから京都が三つ巴で16位の座を争っており、16位になると、12月にJ2の3位チームとホーム&アウェーのプレーオフを戦うことになる。

32歳のブラジル人バロンについて言えば、彼は自分自身で好調だと感じており、試合終了間際に途中出場する以上の貢献も、できると考えているようだ。今週の試合で、バロンそしてアビスパを待ち受けている間近の未来がどのようなものであったのかが明らかになるように、中村北斗を待ち受けている遠い未来も、やがて明らかになるのだろう。

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播戸、憲剛そして犬 〜 インド戦ハイライト 〜

2006/10/16(月)

東京(10月14日)発:弱いチームと対戦する場合の問題点は、いかに優れたチームでも自身のレベルを落としてしまうということだ。
バンガロールの荒れたピッチに加え、照明が消えたり犬が走り回りプレーが中断する状況下での3−0の勝利だったが、日本はもっとうまく戦えたはずだ。

アジアカップ予選で、新生オシムジャパンが世界サッカーの舞台に名乗りを上げた。
遠征、ロードでの生活環境、ピッチ内外での様々なコンディション、そして対戦相手の能力…。日本の選手たちはこれらを学んでいく。
この先、厳しい条件下に置かれ、プレッシャーがかかった時に、こうした経験が活かされるのだ。
オシム監督もまた、選手たちのことを、彼らの能力だけでなく姿勢や精神的な面も含めて学んでいく。

ガーナ戦後のコラムで私は、試合終了直前、同点に追いつくチャンスにシュートを外した播戸のリアクションをオシム監督は喜んだだろうと書いた。
もちろん播戸がシュート決めてくれていればもっと良かったのだろうが、チャンスを逃しながらも示した情熱と激しさ。これが彼にインド戦で先発の座を勝ち取らせたのだ。
この試合で播戸は2得点を挙げたのだが、ゴールを挙げるチャンスはほかにもあった。
そして、日本代表としての地位を得た。
播戸にかかっているのだ。他の誰でもなく播戸に…。
彼はどのくらいこの地位をキープできるのだろうか。

中村憲剛のゴール、そしてゴール後のアピールも素晴らしかった。
彼の右足から繰り出された強烈なシュート。
そして得点後、ユニフォームのJFAロゴにキスをしたその姿は、彼のプライドと人間性を垣間見る瞬間だった。
彼もまた代表としてこれからも注目されることだろう。

先週の土曜日、ガーナ戦後のインタビューで憲剛が安っぽく甘ったるい“シュンスケ扱い”を受けているのを見た。
新しい“ファンタジスタ”、新しい“シュンスケ”として売り出したいメディアの意図が丸見え。
しかし、サッカーでは地味な役割の選手も等しく重要であることを忘れてはいけない。

インド対日本戦のハイライト…?
いやいや違いますよ。
日本のマークをことごとく外し、ピッチ上に広大なスペースを作り出し、あの試合で一番恐るべき選手とも言うべきあの“犬”じゃない。
それは、播戸のダイビングヘッドを呼んだアレックスのクロス。
照明が一基消えていてスタジアムが暗かったが、あれは本当にアレックスの“右足”だったのだろうか?
左ではなく右のハーフボレーでドンピシャのクロス?
左足だけでなく両足を使えるアレックスはどれだけ凄くなるのだろうか。これからももっと彼のそんなプレーが見たいものだ。

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ファンタジスタには早すぎる

2006/10/12(木)

近頃、関心を集めている話題の1つは、日本代表の試合のチケットがもはやプラチナ・チケットでなくなりつつあるということである。
言い方をかえると「一般大衆はチームにスーパースターのいない日本代表をどうしても観たいとは思っていないのではないか」ということだ。
私の答えは、「どうでもいいじゃないか、そんなことは関係ない」。おそらくオシムも、どうでもいいと思っていることだろう。俊輔が出ていないから代表を観たくないというファンが2、3千人いたとしても、それは“そんなファン”にとっての問題に過ぎない。オシムにはまったく関係のないことだし、JFAの問題でもない(ちなみに、JFAは「ジェフ・サッカー協会(JEF Football Association)」の略だ(笑))。
オシムが見ているのは、将来である。現在は、若い、新顔の、やる気に満ちた選手をテストして、ガーナのようなチームを相手にプレーするチャンスを与えているところだ。目下のところは、これが正しいやり方。「ファンタジスタ」や「欧州のスター」で構成されたチームは、ドイツで試し、散々な結果になってしまったのだから…。

もう1つの論点。
オシムの代表監督就任直後に行なわれた3つのホームゲームの観客動員は素晴らしかった。私の正直な感想である。トリニダード・トバゴ戦は国立に4万7,000人以上、イエメンとのアジアカップ予選は新潟に4万人以上、ガーナとの親善試合では日産スタジアムに5万2,000人以上を集めたのだ。
誰が見ても、これはすごい観客動員力である。たとえば、イングランドがトリニダード・トバゴとマンチェスターで親善試合をやるとしたら、いったいどれだけ入るか。まあ、3万人といったところか。ニューカッスルでイエメン戦? 2万人くらいかな?

私の意見を言わせてもらえば、もっとも大切なのはドイツで崩壊状態となった代表チームを新たに作り上げること。ジーコは素晴らしい選手を何人か引き継いだが、後任者には何も残しはしなかったという点は、誰にも忘れずにいてもらいたい。
オシムはこの仕事の適任者で、日本の真のサッカーファンは、彼のやろうとしていることを評価するようになるだろう。私は、俊輔や他のヨーロッパ組の選手の時代が終わったと言っているのではない。しかし、この過渡期には、日本国内の状況とJリーグでプレーしている選手たちに着目しなければならないのだ。
誰もが忍耐強くなり、新生オシム・ジャパンを支援する必要がある。それが日本サッカーの未来に繋がるからだ。ガーナとの親善試合に俊輔や高原、稲本、大黒を呼び戻すのは時間の無駄。大きな後退だ。たとえ、それで横浜に5万2,000人ではなく、6万5,000人を動員したとしても。

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日本に未来像を垣間見せてくれたガーナ

2006/10/10(火)

東京(10月7日)発:イビチャ・オシム監督は、まだ若い彼の日本代表チームに厳しい試練を課したかった。
そして、ガーナ戦はまさに彼の望むとおりのものだった。
キックオフの瞬間から、私はブラックスターズ(ガーナ代表の愛称)のスピード、パワー、チームワーク、そして彼らの自信に感心させられた。
さらに、試合が進むにつれ彼らはますます強くなり、後半早々に試合を完璧に支配してしまった。

ガーナにとってこの試合は当然の結果。誰もが勝利を当たりまえこととして受け止めるだろう。
まばたきをするヒマもない間に決まったゴールは、両チームの違いを如実に表していた。
日本はこのレベルでのプレーをまだ学んでいる状態。一方のガーナは「試合経験」として語るなら、日本の数段階上を走っている。
こういう状況では、試合が引き分けに終わっても日本にとっては十分な結果だろうと思っていた。

結局、日本代表は0−1で敗れたわけだが、新生日本代表の印象は悲観するには程遠いものだった。
特に、水本、山岸はこの試合が代表デビュー戦だったし、阿部や今野らが違うポジションについていたことを考えると、概して日本はこの厳しい試験によく立ち向かっていたと思う。
とは言え、この試合で明らかになったことがある。相手を圧倒しようとするなら、日本はこぼれ球を拾わなければならない。これは絶対条件だ。
日本の選手がタックルを受け、もしくは相手選手がタックルを受けボールがこぼれた時には、他の日本人選手が正しいポジショニングでボールをキープしなくてはならない。

こうした並々ならぬペースで試合が進む場合、適切なファーストタッチ、自分の周りで何が起こっているのか的確に把握することが必要とされる。それらがあって初めて、ピッチ上でのリズムと弾みが生まれるのだ。
代表チームはまだこのレベルには達していないが、これはオシム監督が起用した選手の数から考えても仕方の無いことだろう。
しかし、新監督の下でベストメンバーが固定され彼らの動きがもっと自然にそしてシステム化されてくれば、自然とそうなっていくだろう。

ガーナ戦、後半のある時点ではまるで大人対少年の試合を見ているようだった。
そう、青いユニフォームを着た少年たちだ!
しかし決して日本がまったくレベル的に劣っているということではない。
彼らは肉弾戦にも十分準備してきたことを見せつけたし、ペースを読み、判断しながら前線への押し上げを見せた。
試合終了間際になり播戸が同点に追いつくチャンスを得たが、右足を的確にボールに当てることができず、シュートはサイドへ外れた。
ただ、シュートを外した彼の怒りのこもったリアクションを見たオシム監督は、必ず彼にまたチャンスを与えてくれるはずだ。

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シンガポールでの話題は、日本人選手より韓国人選手

2006/10/05(木)

イングランド・サッカー中毒になりたいのなら、アジアではシンガポールに勝る地はない。
日本もなかなか良いが、時差がシンガポールより1時間早いため、東南アジアで観るほうががイングランドの試合開始時間に合わせやすい。また、シンガポールの英字新聞には、イングランド・プレミアリーグ(現地では「EPL」と呼ばれている)の記事やニュースが満載。私としては、悪いけれど「プレミアリーグ」という名称にこだわりたいと思う。「EPL」というのはあまりにもブランドっぽくて、サッカーファンではなく、マーケティング人種が使う用語のように聞こえるからだ。

私は、シンガポールでの長いウィークエンドから戻ったばかり。シンガポールでの会話の中心は、「イングランドではなぜ韓国人選手のほうが日本人選手より成功しているのか?」ということだった。
良い質問だし、議論のための格好の話題だ。以下は私の対応。
総じて言えば、韓国人選手の方がフィジカルが強く、当たりの激しいプレーをするので、速いテンポの試合にも日本人より長時間対応できる。
韓国人選手の方が技術的に優れているとは思わないが、イングランドのプレースタイルに適しているのは確かである。韓国人選手は一心不乱にプレーし、ひたすら走り続けるが、ヨーロッパに渡った日本人選手はどちらかというとファンタジスタタイプ。イタリアのような技術的で、展開の遅いリーグのほうが生き残れる可能性が高い。
これが、マンチェスター・ユナイテッド、レディングそしてトットナムにおける、ここ数週間/数ヶ月のパク・チソン、ソル・ギヒョン、イ・ヨンピョらを見たうえでの私の評価だ。

一方、アン・ジョンファンの例も考えてみよう。上記の3人と比較しても、明らかに彼のほうが天分に恵まれているし、華やかさもあるのだが、ヨーロッパでは悲惨な結果となっている。
アンは、ビッグクラブとは言えないペルージャでも活躍することができなかった。言うまでもなく、ペルージャは中田英寿がズバ抜けた活躍をし、巨額の金が動いたローマ移籍への基礎を築いたクラブである。ペルージャ以降も、アンはフランスそしてドイツで苦戦。彼が成功した唯一の外国は、日本である。彼のプレースタイルは、技術的なプレーが多い、この国のスタイルに合っているのだろう。

私は今でも、日本人選手はイングランドで成功できると考えている。たとえば、加地のような選手なら成功するかもしれない。
もっとも、しばらくの間、シンガポールのサッカーファンの話題の中心は日本人選手ではなく韓国人選手ということになるのだろう。それはそれで、仕方のないことではある。

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W杯決勝、解決策は再試合?

2006/10/02(月)

9月30日発:ワールドカップ(W杯)決勝の決着をPK戦でつけるのは間違いなのだろうか。
確かにこれは大きな課題だが、代わりにどんな方式を採用するべきかは、さらに難しい問題だ。

FIFAのゼップ・ブラッター会長は2010年W杯では新方式を採用すると語り、再試合や両チームの選手を減らしての延長戦、もしくはゴールデンゴール方式での延長戦を行なうなど、再びこの話題が持ち上がっている。
イングランドで生まれ、FAカップを見て育った私は、再試合が良いのではないかと思っている。ぬかるんだピッチに投光器、また中立地(リーズのエランドロードで行なわれたウェスト・ハム対エバートン、ニューカッスル対ボルトン戦が良い例)での再試合、さらには再々試合など思い出深いものが多い。
当時は、チームは決着がつくまで戦ったものだ。ゴールデンゴールやPK戦などもちろん無い。全身全霊を尽くして戦い、ドラマが繰り広げられた。

ただ、W杯の決勝となれば、何度も再試合を繰り返すわけにはいかない。
今回のW杯では、決勝戦のあと2日間は再試合を開催することができた。しかしそれでも同点のまま終わることだってある。それでは同じ問題の繰り返しだ。
選手の人数を減らしての延長戦に至っては、問題外。
サッカーとは11対11でプレーするものであって8対8で行なわれるものではない。こんな案は早急に葬ってもらいたい。

私は90分の試合の後、最長30分のゴールデンゴール方式による延長戦を行なうことに賛成だ。
すなわち、延長戦でどちらかのチームがゴールをした時点で、試合は終了する。
ゴールデンゴール方式がアンフェアだという人もいる。
しかしなぜ?
チームはすでに90分間という時間を与えられていたのだ。
最初にゴールしたチームが勝つとわかっていれば、必死で攻撃するはずだ。

30分の延長戦でも決着がつかなければ、再試合でなくPK戦で決着をつければ良い。心技を込めた試合の決着としては満足のいく方法ではないかもしれない。
しかし他にどうしろと言うのだろう。
他に良い方法があると?
他の人の意見も、ぜひ聞いてみたいものだ。

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レッズのひどい勝利

2006/09/28(木)

なあ、レッズ・ファンよ…。まず気持ちを落ち着かせ、それから読んでくれよな。どうせあんたたちの気に入るものにはならないだろうからさ!(ひどい言葉遣いをお詫びします。なれなれしくて、尊大な書き方をしたのは、内容を、より効果的に伝えたいからなのです)
エスパルスを1−0で下したものの、土曜日のレッズはひどかった。達也はどうしたのだ? 私は若き田中の大ファンなのだが、いつもの彼のプレーではなかった。
達也、君はボールをもらうと、前に走るんだ。ひたすら走るんだ。そして、シュート!
立ち止まって、ワシントンを探す必要なんかない。「生ビール」を手に、残っていた炒りピスタチオを口に運びながら、私は大柄のブラジル人が楽々とゴールを決めるのを見ていたのだが、君は「アシスト王」になる必要なんかないんだ。自分でゴールを狙え――ワシントンは無視してね。シュートを外したり、パスをしなくて、ワシントンが君を怒鳴っても。

まあ、その話はもういい。
今度は、レッズのあからさまな時間稼ぎ戦術に話題を移そう。時間稼ぎをしたのは、最後の…どれくらいだろう…30分くらい? いや、もっと長かったかもしれない。
山岸がゴールキックやペナルティエリア外からのフリーキックを蹴るまでに、途方もない時間がかかった。
シナリオはこうだ。
レッズの選手が自陣奥深くでファールをもらい、坪井あるいは闘莉王(とにかくファールをもらった者)がフリーキックを蹴る準備をする。しかし、ボールに向かって助走を始めようとするその寸前に、件の選手はその場所から歩み去る。山岸がその選手をフィールドに追い払っているからだ。ボールは山岸が蹴ることになる。

山岸は、1−0でリードしているときに数秒・数分を無駄に消費することにかけては権威である。最初は水を一口飲み、それから「居酒屋」で汗かきサラリーマンがおしぼりでやるみたいにタオルで顔を拭く。そのうち、レッズがリードしているときには、これら一連の動作の後に電子メールを何通か送信し、携帯電話でエージェントを呼び出して来シーズンの契約について話し合い、ゴールネットにかけていた小説を数ページ読んで、それからおもむろにボールをキックするようになるのだろう。
実際、土曜日の山岸は三都主がかすんでみえるほど見事だった…試合の終盤、ちょっとした接触でついにピッチに倒れこんだあたりは、まさにアカデミー賞ものの演技。三都主が山岸の演技を大いに参考したのは想像に難くなく、最終的には、彼は転倒を小出しに何回も行なう方法を採用した。ただし、どの部門のオスカーになるのだろうか――悲劇なのか、喜劇なのか?

その日の午後を通してレッズに1度も警告を与えなかったレフェリーは、後半の最後に「ロス・タイム」を4分付け足した。私の感じでは、ロス・タイムは14分にすべきだった――まあ、私は世間知らずの傍観者に過ぎないんだけれどね!

ごめんね、レッズ・ファンのみんな。でも、君たちのチームは、優勝のチャンスがあるチームのようには見えなかったよ。
ビールが欲しい――それとピスタチオね。

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フクアリが再び最高のショーの場に

2006/09/25(月)

東京(9月22日)発:水曜日にフクアリで行なわれたナビスコカップ準決勝・第2戦、ジェフ対フロンターレ戦は、開始早々白熱した展開となった。
そしてフロンターレの見事な反撃!
考えてみると劇的な幕切れでもあった。
歓喜に包まれる阿部とチームメート、敗北にうなだれる森とチームメート…。
全体として見ると、日本一のスタジアムでの最高のショーだったというわけだ。

前々から言っていることだが、クラブ、市、そして県が新しいスタジアムを建てる場合、フクダ電子アリーナを見学すべき、いや、いっそそのまま真似すべきだ。
駅に近く、収容観客数も1万8500名とちょうど良い。陸上用のトラックもないし、四方を囲まれているので騒音問題もない。さらにファンがピッチ近くで試合を見られる(それでもプレミアリーグに比べればまだ遠い。プレミアリーグではコーナーキックの時など、最前列のファンは選手に手を伸ばせば届くくらいの距離だ。私にとっては「近い」というのはこのくらいでないとね)。

とにかく、この環境が試合のテンポや興奮度に大きな影響を与えていると思う。私はこれまで40以上の国でサッカーを見てきたが、今シーズンのジェフ対レッズ戦は、試合の雰囲気という点ではどこにも劣らない。
スタンドの2/3が黄色に、そして残りが明るい赤で埋め尽くされたその様子は、もはや単なるサッカーの試合ではなく特別なイベントと言ってよい。

水曜日のフロンターレファンは巣晴らしかった。坂本と山岸のゴールで前半早々にジェフに2点のリードを許した(しかも彼らの陣取るスタンド目前にあるゴールにだ)にもかかわらず、彼らはシュンうつむくことなく歌い続けた。
こんな時イングランドのファンは静まり返り、トイレに向かう。そしてチームが後ろでなく前に進み始めてから、気を取り直してまた応援を始めるのだ。
こうしたファンの意気込みがフロンターレの選手を奮い立たせ、彼らの反撃を促したに違いない。
フロンターレファンの熱意と、手に汗握る試合後の敗戦を静かに受け止めた潔さに心から拍手を送りたい。

おっと…これだけは言っておかなくては。
“がーーーなはーーー オレ!オレ!”
この我那覇ソングは最高だ。
前にも一度聞いたことがあるのだが、どこで聞いたのかはっきりしない。
ひょっして、休暇で沖縄に行った時だったかな?

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小笠原のような野沢のゴール

2006/09/21(木)

先週末のJリーグには、なかなか見事なシュートがいくつかあった。
レッズでは、闘莉王が美しいゴールを決めた。左サイドから切れ込み(一体全体、彼はあんな所で何をしていたのだろう?)、右足で巻いたボールがファーポストに突き刺さった。安貞桓(アン・ジョンファン)がよく見せるシュートで、「闘莉王を日本代表の新キャプテンに!」という私のキャンペーンを勢いづかせるようなシュートだった。

そのシュートは、夕方にテレビで観た。というのも、日中は国立競技場に、清水エスパルスが驚異的な無敗記録を更新するのを観に行っていたのである。鹿島戦のキックオフ前に、私はすでに頭の中でコラムを書き上げていた。それは情熱的なコラムで、新鮮で、魅力的で、気迫に満ちたチームを作り上げた(長谷川)健太(監督)を賛美するもの…。

案の定、エスパルスは負けた。
ただし、この試合でもファインゴールが見られた。
野沢拓也のゴールだ。野沢はアントラーズのスタッフからはこれまでずっと高い評価を受けてきたが、すでに25歳。いまだにJリーグでアピールするのに躍起になっている。
土曜日のエスパルス戦でのゴールは、鋭いボールタッチ、広い視野、優れたテクニックを持っている選手にしかできないものだった。離れたところから西部のポジショニングを見定めて打った、ゴール前30mからの右足のシュートは、GKの頭上を越え、クロスバーの下を通った。西部はボールに触れたものの、ボールの軌道を変えるまでには至らなかった。まさに賞賛に値する、野沢のワンダフルゴールだった。

あまりにも素晴らしいシュート。そう、まるで小笠原のように。
アントラーズの前キャプテンがメッシーナに1年の期限付き移籍をしている今は、野沢にとってはレベルアップをはかり、小笠原との創造性の差を埋める絶好のチャンスである。

「テクニックは、最高レベルにある」。土曜日の試合後、アントラーズのパウロ・アウトゥオリ監督は野沢についてそう語った。
「しかし、もっとアピールしなければいけないし、さらに効果的に得点に貢献しないとね」。
「小笠原はピッチの上でもっと頭を使っていたが、野沢はボールを持っていてもいなくても機動性がある。これからが楽しみな選手だ」。

私はこのブラジル人監督に、小笠原は代表に復帰するかどうかたずねた。
「そう思いたいね」とアウトゥオリ。「小笠原がミスター・オシムの望むようなプレーをすれば、代表に復帰できるだろう。彼はミスター・オシムが何を求めているかを知っているし、メッシーナでそれをアピールすることができる」。

つまり、パウロ・アウトゥオリによれば、小笠原はすべてを失ったわけではないし、それは鹿島も同じことなのだ。アントラーズは現在5位。残り11試合で勝点10上回るガンバを追いかけている。
アウトゥオリは言う。「残り全試合に勝たなければならないし、ミスは1つも許されない」。
土曜のような見事なゴールを野沢がもう少し見せれば、チームにも弾みがつくだろう。

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俊輔の新たな傑作

2006/09/18(月)

東京(9月15日)発:先日の欧州チャンピオンズリーグ、マンチェスター・ユナイテッド対セルティックの素晴らしい試合、そして中村俊輔の素晴らしいゴールをご覧になっただろうか?
それは、ゴール前約25mの距離から相手GKエドウィン・ファンデルサールの堅く高い壁を見事に破る、素晴らしいフリーキックだった。

木曜夜にその試合をテレビで確認する前に、私はある記事を読んでいた。
その記事には、俊輔のフリーキックはトップコーナーに決まったと書いてあったので、私の中では映像で見る前にすでにイメージがあった。
しかし実際は、トップコーナーに決まったのではなかった。
だからこそ、スカイTVのコメンテーター、マーティン・タイラー氏とアンディ・グレイ氏がそのゴールに熱狂していたのだ。

俊輔のフリーキックは、壁を越えて高く上がったボールがまるで木の葉が垂直に落下するような――いわゆるミシェル・プラティニの“フォーリングリーフ”スタイル――ものではなく、ボールはマンチェスター・Uの壁をギリギリで越え、そのままゴール中ほどに決まった。
ファンデルサールにはボールがまったく見えなかったようで、ゴールの反対側のサイドにまるでオランダニレが根を下ろしたように立ちつくしていた。

そのフリーキックを見るまで、タイラー氏は俊輔のことを「フリーキックのアーティスト」と呼んでいたが、そのゴールが決まるとすぐさまこう付け加えた。
「最高傑作がまた生まれました!素晴らしい!」
グレイ氏はボールの低い弾道に着目し、そして同時に、バグパイプで「アメージンググレイス」を聞き、ハギスを食べるスコットランド人、そしてラフでタフな典型的なイングランドのセンターフォワードだった彼らしく、ジャンプし、顔でボールを受けてでもフリーキックを止めようとしなかったマンチェスター・Uのストライカー、ルイス・サアを批判した。

マンチェスター・Uが3−2と1点をリードし、セルティックが同点に追いつこうとしていた終盤、タイラー氏は、セルティックがペナルティボックス付近でフリーキックを得ることができれば“中村俊輔の左足の一振り(スゥイッシュ)”で同点においつくとさえ言った。
これは俊輔のキックを、画家が優しく筆を振るうさまに例えた良い表現だ。
この試合は、俊輔の記念すべきゴールとイングランドサッカーをアピールする素晴らしいものだった。
ただしそれは、マンチェスター・UがセルティックのGKボルツによるギッグスへのチャージで得たPKのことではない。

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楽しみなビドゥカのアジア杯参戦

2006/09/14(木)

オーストラリアのアジアサッカー連盟への加盟は、この地域のサッカー振興という観点から見れば願ってもないことである。端的に言えば、クラブレベルでも代表レベルでも、オーストラリアが倒すべき目標になったのだ。
オーストラリアは先のワールドカップですでにその実力を証明している。日本を破り、セカンドラウンド1回戦(ベスト16)ではイタリアと対戦。終了間際に主審が不可解な判定でイタリアにPK与えたため、惜敗した。

最近入ったニュースによると、マーク・ビドゥカが今後もサッカールー(オーストラリア代表の愛称)でプレーする意向を表明しており、日本が3大会連続の大陸チャンピオンの座を狙う、来夏のアジアカップ本大会でプレーするそうだ。
ビドゥカはワールドカップ後に代表チームから身を引くとみられていたが、気力がまだ衰えていないことは明らかだ。
ビドゥカだけでなく、ひょっとすると、ハリー・キューエル、ティム・ケーヒル、ルーカス・ニールといった中心選手たちがプレーすれば、世界のサッカー界からのアジア大会への注目は否が応でも高まるだろう。また、日本や韓国、イラン、サウジアラビアといったアジアの列強にとっても、アジア大会での優勝は大きな勲章となる。

2000年のレバノン大会、2004年の中国大会では、日本はアジアのトップにあることを立証したが、オーストラリアがいる今度の大会は、日本にとって過去2回の大会よりずっと厳しい戦いになるはずだ。
もちろん、それまでには日本代表もイビチャ・オシムの指揮下でかなり多くの試合をこなしているはずで、チームも形ができ、勝つためにすべきことを正確に把握できていることだろう。
オシムとJFA(日本サッカー協会)にとっては、トルシエによるチーム再構築の途上に行なわれた2000年大会同様、今回のアジアカップは2010年ワールドカップに向けての大きな試金石となる。

オシムが、ヨーロッパでプレーしている選手、とくに中村俊輔を使うつもりがあるのなら、アジアカップはその絶好の機会だ。日本は、インドやイエメンといったJ2レベルのチームが含まれていたグループリーグの突破を決めたが、アジアカップの本大会はレベルがまったく違うのだ。
オシムは、何が何でもタイトルを獲りたいと考えるのだろうか? それとも、さらに大きな目標である2010年ワールドカップまで続く、チーム構築過程の一段階に過ぎないと考えるのか?
それを判断するのはまだ早すぎるが、私としては、オシムはヨーロッパの選手を招集して一からやり直すよりは、いま使っている選手たちを今後も使い続けるものと思いたい。
オシムはJリーグの選手の実力を信じ、自分の見る目を信じ、そして、新生日本代表の構築はそこが出発点であると信じているのだと思う。
このようなさまざまな事情が、来年のアジアカップでの日本対オーストラリア戦をとても魅力的なものにしている。

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Jで再起をかける平山

2006/09/11(月)

9月9日発:平山相太の物語は、意外な展開を見せた。
アテネオリンピックの日本代表のセンターフォワードは先週、暗雲立ち込めるなかヘラクレス(オランダ)を去った。
クラブは、彼がオフ中に体重が増加し、コンディションが悪いので解雇すると発表した。
平山にとってはオランダでのわずか2シーズン目だったが、(移籍先する)Jリーグのクラブを探すため帰国すると報じられている。

これは、若い平山にとっては良いことだろう。そもそも、国見高校卒業後に筑波大学に進んだことが大きなマイナスだった。
彼がプロのサッカー界で生きていくことを目標としているのだとしたら、Jリーグのクラブに入るべきだったのだ。
平山は、また一からやり直さなければならない。Jリーグのクラブに入ることになれば(もちろん数多くのチームがオファーを出すだろう)、すぐにゲームのペースを掴むことができるはずだ。おそらく、オランダにいるよりも早く…。

アテネオリンピックの時、そしてその後にメディアの注目を浴びてきたからと言って、すぐさまJリーグで活躍できるとは限らない。
まずはJリーグに馴染み、選手として成熟することが必要だ。そして結果を出すことに集中しなくてはならない。
さもなければ、平山のプロとしてのキャリアはスタートする前に終わってしまう。

私は、彼がうまくヘラクレスに溶け込んだと思っていただけに、先週オランダから飛び込んできたニュースには驚いた。
昨シーズンは良いゴールも挙げていたし、ボールを持ちすぎるとかオフサイドが多いなど、私が彼を不器用な選手だと評価していたオリンピック予選の頃より、ずっとサッカー選手らしくなってきていた。
ただし、平山はまだ若い。
良いコーチに出会い、経験を積むことで変わっていくだろう。

彼の最大の武器は高さだが、しかしこれだけで成功できるほど甘くはない。
私は、平山が日本に帰国し、Jリーグのクラブで新たなキャリアをスタートさせることを願っている。
平山がオシム監督の目に留まることを望んでいるのなら、彼の居場所はただ一つしかない。
そしてそれは、オランダのベンチではないことは間違いない。

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敗因は手数のかけすぎ

2006/09/07(木)

サウジアラビアとの試合が進むにつれ、ホームチームが点を取りそうな雰囲気が色濃くなり、日本の敗勢が明らかになった。
結果はそのとおり。サウジアラビアが後半の中盤にこの試合唯一のゴールを奪い、日本はイビチャ・オシム新監督就任後3試合目で初の敗戦を喫した。
試合終了のホイッスルが鳴ったとき、私は物足りなさを感じていた。日本は勝てる試合だったし、少なくとも引き分けにはできたはず。負ける試合ではなかったからだ。

まず、改善された点から話そう。(8月16日の)イエメン戦後、オシムは、日本チームの自陣でのパス回しを各駅停車に喩え、日本選手のプレーは遅すぎると批判していたが、サウジ戦では見違えるほどテンポが良くなっていた。バックから前線へのボール供給はずっと速くなり、日本はその速いペースをずっと保とうとしていた。
それにより日本はなかなかのチャンスをいくつか作り出しており、田中達也が前半に最も目立つ存在となっていた。もちろん、ハーフタイム直前のあのチャンスは低いシュートで決めて欲しかったが、遠藤がカーブをかけたシュートを放ったときにも、彼は陰で仕事をしていた。結局、遠藤のシュートはサウジアラビアのゴールキーパーの見事なセーブに阻まれてしまったが。
後半にも、巻と我那覇が揃ってヘッディングシュートを外した。したがって日本は敗北の言い訳はできないのだが、当然、オシムは言い訳しなかった。

ボスニア人監督は、日本選手は子どものようにプレーすることがあると語った。これは私の推測に過ぎないのだが、オシムは、2つの局面で見られた、手をかけすぎたプレーを言っていたのではないかと思う。
こうしたプレーがサウジのゴールに結びついたのである。日本はハーフラインあたりのタッチ沿いで不注意にボールを奪われ、チーム全体が危機に陥った。選手に当たったボールが右に跳ね返った結果、サウジのストライカーの前に転がり、日本は無防備になり、ゴールのはるか前に犯したミスの代償を払わされてしまった。
また、日本はレンジ内にいるのにシュートを打つのが少なすぎるとも思った。日本選手は、自陣からフィールドの3分の2を過ぎるとパス回しが多くなりすぎ、サウジは楽にプレッシャーをかけ、ボールを奪うことができていた。
前半に遠藤がやったように、ペナルティエリアの外からシュートを打って欲しいと思っていたが、羽生が終了間際にシュートを放った。これは悪くないシュートで、もう少しでゴールの上隅に入りそうであった。

ファンの皆さんは、この敗戦にあまり落ち込まないほうが良いだろう。サウジはワールドカップの強豪とまではいかないが、アジアの強豪。特にホームでは強みを発揮するチームだ。水曜日のアウェーのイエメン戦は、まだ成長途上にある日本が犯したミスを即座に修正するチャンスとなるだろう。

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伊野波招集…代表の今、そして未来のために

2006/09/04(月)

9月2日発:驚くほど短い間に、イビチャ・オシム監督率いる日本代表チームの改革が進んでいる。
先ごろ新たに代表に招集されたニューフェイスの中には、U−21代表から瞬く間にA代表入りを叶えた伊野波雅彦がいる。
オシム監督は、才能ある若手選手、可能性を秘めた選手を国際舞台に引き上げることをためらわない。
フィリップ・トルシエ元日本代表監督もよくこうした代表選抜を行なっていたが、日本代表チームの将来にとって、これは非常にエキサイティングなことだ。

伊野波をおだてるつもりはないが、彼は、私の10年間にわたる日本での生活の中で見た選手の中で最も成熟したオールラウンドプレーヤーの一人だ。
初めて彼に注目したのは、昨秋マカオで開催された東アジア選手権でFC東京のチームメイト・徳永とともに日本代表としてプレーしていた時だ。
伊野波はボランチとして出場していたのだが、まるでベテラン選手のようにボールを回し、プレーをつなげていた。その様子は、まさに彼はボランチとなるべく生まれてきたかのようだった。

そして今季はじめ、FC東京のガーロ監督は伊野波を古臭いマンマーカー、現代版・控えめなクラウディオ・ジェンティーレとして起用した。
私は、駒場でレッズのポンテを、そして等々力ではフロンターレのジュニーニョを徹底的に潰していたのを見た。
ただ、等々力ではガーロ監督は終了間際に伊野波のポジションを変更し、ジュニーニョをフリーにしてしまうという致命的なミスを犯した。
最後に私がFC東京の試合を見た時には、ガーロ監督はすでにギャロー(絞首台)に送られていたが、伊野波はベンチスタート。左サイドのMFとしてプレーした後、中央に移った。
それは確か国立競技場で行なわれたアビスパ戦。彼はJリーグ初ゴールを稲妻のようなヘディングで決めた。

一言で言えば、伊野波はピッチ上のどのポジションでもこなせる。しかし特に右サイドバック、リベロ、そしてボランチが良いようだ。
オシム監督が彼を中東遠征の2試合で使うかどうか。それは現時点では重要ではない。
ただ、今回の代表に伊野波が選ばれたことは、オシム監督が年齢や所属チームに関係なく日本らしいサッカーのできる選手を選ぶという意思があらわれている。以前にも言ったが、ひょっとするとサウジアラビアやイエメンを相手に悲惨な結果を招くこともあるかもしれない。
しかしそれは、チームをゼロから立て直す上で払わなければならない代償。
トルシエ監督も同じ道を通った。そしてJFA(日本サッカー協会)から厳しいプレッシャーを受けたわけだが、結果としてそれに見合うだけの価値あるチームを作り上げたのだ。
失意のドイツ・ワールドカップ後、日本のファンたちにとって今は辛抱の時期。
伊野波のような選手たちが、きっと明るい未来をもたらしてくれるだろう。

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小笠原の完璧な移籍タイミング

2006/08/31(木)

ついに、小笠原満男の活躍の場が日本からイタリアに変わることになった。
ここ数シーズン、この中盤のプレーメーカーにはずっと移籍のうわさが出ていたが、月曜日、小笠原は日本から1年間のレンタル移籍をするメッシーナに旅立った。
彼が海外を目指すのは、わかる――それに、急いで日本を出たがることも。

結局のところ、彼に残された選択肢はそれほど多くはなかった。確かに、鹿島に残り、日本代表に招集されるのを待つというテも、あるにはあった。
しかし、すでに直近2回のワールドカップでプレーしており、オシムから声がかからない現状では、小笠原は自身の代表選手としてのキャリアは終わったと感じているにちがいない。チャンスがあるのにイタリアに渡らないテはない。おそらく、最後のチャンスに。
今の状況での移籍は完璧なタイミング。日本代表に残るためにクラブに好印象を与えなければならないというプレッシャーもなく、小笠原が新たな環境で成功する条件は整っているのである。

代表チームについて言えば、オシムのポリシーにより多くの選手たちが将来についてより慎重に考えるようになり、選手たちはヨーロッパのクラブからのオファーにも簡単に飛びつかなくなると思う。
オシムがJリーグの選手の能力に信頼を寄せているのは明らか。彼は、日本でプレーすることはヨーロッパでプレーすることに比べて不利にはならないと事あるごとに立証している。
若手選手たちは、オファーが来た場合にはこのオシムの姿勢も慎重に考慮しなければならないが、小笠原はこの分類には入らない。
彼はすでに代表チームで一定の評価を受けており、いまさらアピールするものもないし、失うものもない。
小笠原はイタリアでリラックスし、プレーを楽しめばよいし、小さな子どもを含めた家族たちとの新しい生活に慣れ親しむことだけを考えればよい。そして、日本代表としての遠征や苦労については、考えないようにしてもいいだろう。

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ミッション・インコンプリート。マリノスを去った岡田監督

2006/08/28(月)

東京(8月26日)発:いずれにせよ、岡田武史監督は辞めざるを得なかったようだ。
彼の指揮する横浜F・マリノスの状況は悪くなる一方。チームの早期再建の見通しがつかない。
そうして、水曜日にホームで大宮に1−2で敗れた後、結局、岡田監督は辞任した。

私は復活したFC東京と石川直宏を見に国立へ行っており、三ツ沢には行かなかったのだがテレビで試合のハイライトを見た。
松田がPKを決め同点に追いついたものの、試合終了間際に吉原に決勝点を決められてしまった。
テレビに映し出された岡田監督の姿には、完全に手詰まりとなった様子が表れていた。
だから、翌日彼の辞任が発表されても驚きはなかった。

マリノスを去る岡田監督には、おそらく仕事の達成感はないだろう。
2003年、2004年とリーグ優勝を果たしたものの、アジアレベルではアジアチャンピオンズリーグ優勝を逃した。
今シーズン、私は岡田監督の将来について度々考えていた。
98年ワールドカップ・フランス大会で日本代表を指揮し、マリノスでリーグを2度制覇した彼の未来は、結局のところ、落ちるしかなかったのではないか…。

おそらく、彼はしばらく解説者として現場から離れるのではないだろうか。
J1昇格を目指すJ2のクラブからJ1優勝を目指すクラブまで、彼を欲しがるクラブは多いはずだ。
岡田監督は自分の道をしっかりと歩くタイプの人間。
自分のやりたい事が現れるのを待つだろう。
メディアの注目から逃れるため、札幌で弱小J2チームの監督を引き受けた時のように“荒野”へ身を投じることを願うかもしれない。
2007年のシーズンはきっとそうするのではないだろうか。
監督就任の要請は事欠かないが、しかし彼は、新たなチャンレンジを急いではいない。

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闘莉王こそキャプテンの器

2006/08/24(木)

就任間もないイビチャ・オシム日本代表監督に、次期キャプテンは誰かという質問が投げかけられた。
キャプテンというものは新しい選手たちのグループから自然と生まれ出てくるものだが、当面は、経験豊富で尊敬もされている川口能活がキャプテン・マークを着けることになるだろう、というのがオシムの返答だった。

さて。その後2試合が行なわれ、長期にわたってキャプテンを任せられる選手が私なりにわかったように思う。
もちろん、それは闘莉王!
まあまあ、確かに彼はまだ日本代表で2試合しかプレーしていないさ。だけど、それがどうした。闘莉王は生まれついてのリーダー。ブルー(それからレッド)を愛し、ピンチを救うためならレンガの壁だって突き破って駆けつけてくれるだろう。
ポジションも完璧にキャプテン向きで、日本代表の前のキャプテンである宮本、そして井原と同じ。現在のイングランド代表でも、同じポジションのジョン・テリーがキャプテンを務めている。
私は、2010年に南アフリカで開催されるワールドカップの優勝チームのキャプテンとしてキング・デビッド(ベッカム)の後任となるのはジェラードよりテリーのほうがふさわしいと常々思っていたし、闘莉王を見ているとテリーを思い出してしまうのだ――まあ、2人のサラリーの差(推定)はおいといて。

オシムには他の選択肢もある。ヨシ(川口)をそのままキャプテンに据えても良いし、ジェフの主将・阿部勇樹を昇格させる手もある。また、他のレッズの選手、坪井または啓太(鈴木)にキャプテンを任せることもできる。
だが、闘莉王は代表チーム内の他の誰よりも存在感があるし、オシムのチームでスタメン入りが確実視されているのも、ここでは重要な要因だろう。

また、キャプテンを務めるのは闘莉王本人にとっても良いことだ。闘莉王は自身に負わされた責任を楽しむだろうし、他の選手の手本となり、みんなが協力して最大限の力を発揮し、たとえ上手くいかない場合でも決して頭を垂れないようメンバーを鼓舞するだろう。
そう、闘莉王こそが宮本の後継者となるべき男。サウジとイエメンでのアウェー2連戦では、私の願望がぜひ実現して欲しいものだ。
さらに言えば、彼は2010年ワールドカップでもまだ29歳。センターバックとしてピークを迎えているのである。

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成長した松井、代表入りは目前

2006/08/21(月)

東京発(8月19日):日本代表のイビチャ・オシム新監督が、ドイツで打ちのめされた代表チームを再建しはじめたいま、国内を活動の基点としている選手たちに注目が集まるのはきわめて当たり前のことだ。
しかしオシム監督は、ヨーロッパでプレーしている選手たちのことを忘れてしまっているわけではない。彼らもチームの建て直しに必要なのだ。
ただし、“誰が?”そして“いつ?”に関しては別問題。その疑問の答えは近いうちに得られるだろう。
とは言うものの、私が耳にする唯一の名前は、“松井大輔”である。

先週土曜日の夜、私はテレビでルマンの試合のハイライトを見たのだが、松井は絶好調のようだった。そのプレーは速く、自信にあふれており、2〜3人のディフェンダーをドリブルで抜き去るプレーを数回見せ、すっかりチームのMFの要となっているようだ。
事実、彼は私の大好きな選手の一人。そのプレーはイングランド代表でニューカッスルに所属していたピーター・ベアズリーを彷彿させた。
ビアズリーはケビン・キーガンやクリス・ワドルと並んでマグパイズの中核を務め、また、イングランド代表では多くのゲーリー・リネカーのゴールを演出した。ビアズリーはスピードがあり、また、賢い選手だった。
バランスやコントロールにも優れ、背の低さに見合わないタフさも持っていた。
キーガンとよく似たタイプの選手だったが、彼よりも天賦の才を備えていた。

皆さんご存知のとおり、松井はジーコ監督の代表チームの選考からは外れた。
しかし、それは必ずしも悪いことだったとは思っていない。
当時、彼が代表チームから漏れたことを私は驚きとして受け止めたが、ニュースとしては巻の代表チーム入りの方が大きく扱われた。
オシム監督はヨーロッパでプレーする選手たち全てを見捨てたわけではない。
そして松井は彼のリストのトップに入っているに違いない。
松井はJリーグ時代と比較して大きな成長を見せているし、規律と責任感に溢れている。
つまり、彼はチームのためにプレーしており、彼自身のためにプレーしているのではないのだ。
そしてさらに、フランスで多くの大切な事を学んできた。

日本代表の次の試練は9月にアウェーで行なわれるサウジアラビア戦とイエメン戦。それらの試合は新生日本代表にとって厳しいテストとなるだろう。
個人的には、オシム監督がこのままJリーグの選手に目を向け、より日本らしいチームに育ててくれることを望んでいる。
次のアウェーでの2試合をとおして日本代表に何が欠けているのかを見極め(おそらく彼は既にわかっているだろう)、それからヨーロッパ組の状況に目を向けることができる。
そう、松井の代表招集は時間の問題だ。

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ジェフの選手の招集は当然の評価

2006/08/17(木)

イビチャ・オシムがイエメン戦の日本代表メンバーにジェフの選手を4人選んだことを“サプライズ”とする人はいないだろう。
また、選ばれたジェフの選手たちは代表チームに値しないと言う人もいないだろう。
4人のうちの2人、巻と阿部は、A3チャンピオンズカップ後の招集が確実視されていた。巻は2006年ワールドカップ(W杯)でもプレーした――ただし個人的な意見を言えば、もう少しプレーさせて欲しかった。巻はオーストラリア戦の60分過ぎに投入すべきだった。そのときには高原と柳沢は明らかに疲れきっていたし、まだ試合をモノにすることができる状況だった。そう、つまり、日本が勝っていたということだ。

阿部はW杯前の数ヶ月間、オシムの求める全てをこなしていた。オシムは、自らのチームの若きリーダーのメンバー落ちを知らされたとき、苦い思いをしたことだろう。
したがって、巻と阿部の招集は十分に予想できた。しかし、羽生と佐藤勇人についてはそうではなかった。
もっとも、羽生と勇人はジェフの「駅伝スタイル」そしてスピリットの象徴的な存在。この2人は味方に引継ぐまで走り続け、決してあきらめず、その粘り強さと積極性でしばしば相手をも驚かす。
相手チームが自陣深くでボールをキープしているとき、羽生と勇人がプレッシャーをかけに行く姿を見てみると良い。2人は交代でミッドフィールドからダッシュし、まるでビックリ箱のように、あるいは自然ドキュメンタリーで観るハエトリグサのように相手に襲いかかるのである。観察、急襲、撤退――まばたきをする間にその一連の動きがなされる。

羽生の招集をとりわけ喜ぶだろうと思われるコーチに、アストン・ビラやセルティックを率いたこともあるジョゼフ・ベングロシュ氏がいる。「ドクター・ジョー」はジェフの監督を務めていた当時、夢中で羽生のことを話していたものだ。筑波大学を出た22歳の羽生ではなく、16歳の頃から指導できていたら、というのが、彼の叶わぬ望みだった。

勇人も、双子の弟の寿人と同じようにゴールがどこにあるかを知っている小柄な素晴らしい選手である。オシムのチームがイエメン戦でどんな試合をするのかはわからないが、巻とそのサポート役である達也(田中)と羽生で構成された3トップは、非常に魅力的だ。大胆な展開とすばやい動きが発揮されれば、イエメンのDF陣は今日が何曜日なのかも、あるいは自分たちがいるのが新潟なのかナイジェリアなのかネパールなのかもわからなくなってしまうかもしれない。
したがって、アウェーのイエメンはゲームをできるだけゆっくりと進めようとするだろう。日本を苦しめるのにはその方法しかないわけで、ホームの日本にとってはフラストレーションのたまる夜になり、スピードとともに忍耐も必要になるかもしれない。

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闘莉王、長谷部、達也…日本の“ライジングレッズ”

2006/08/14(月)

8月12日(東京発):水曜日、国立競技場に掲げられた横断幕の一つが全てを物語っていた。
「ライジングレッズ」
オシム・ジャパンはまだスタートしたばかりだが、浦和レッズの3人のプレーヤーは、彼らが新生オシム・ジャパンの中で重要な役割を果しえることを存分に見せ付けた。
ディフェンス陣では闘莉王が、積極果敢で強烈な守備をチームにもたらした。
彼は空中戦に強いだけでなく、ゲームをよく読み、タイミングよくパスをカットしてボールをクリアしていた。

闘莉王の前では、オシム・ジャパンの3人のMFの1人、長谷部がこれ以上の強化は必要ないと思われるほどのレベルの違いを見せつけた。その姿は若かりしロベルト・バッジョを思い起こさせるものだった。
彼はロベルト・バッジョのボールタッチ、技術、そして優雅さを持ち、さらにパワーと存在感も兼ね備えている。
昨年の天皇杯で彼のゴールを見たが、それはまさに1990年ワールドカップのチェコ戦でバッジョが見せたゴールの再現のようだった。
長谷部のパスは、シンプルなパスではない。
ただ単にボールを蹴るのではなく、まるでボールを愛撫する感じ。
前半に見せた右ウィングへの数本のパスは、彼のテクニックの美しい見本のようだった。
まだ22歳の長谷部は、これからもどんどん成長していってくれるだろう。

そして、田中達也。
彼の疲れ知らずの働きはゴールにも値する。
トリニダード・トバゴ戦でも、敵陣の奥深くまでよく走っていた。

フォーメーションについては、常に議論が重ねられ、意見の分かれるところだ。
今回私の見たところでは、4−3−3、いやもっと細かく分けると4−1−2−2−1を採用していた。
鈴木啓太をボランチに置き、我那覇の1トップ。そして山瀬と達也が彼をサポートする。
達也は我那覇と並んで2トップだったと言う人もいたが、私の見たところ、達也はやや下がり気味だったように思う。
だからこそ、時として鋭い走りこみを見せていたし、ボールを深い位置で受けてディフェンダーに挑んでいけたのではないだろうか。

もう一人の“レッズ”坪井は、ジーコ監督指揮下の代表の時よりも、より周囲に指示を出していた。
そして三都主は、駒野が後ろに控えているおかげでより自由に攻撃参加ができていた。
鈴木啓太は普段通り、ミッドフィールドの後方で落ち着いたプレーを見せていたが、彼には、特に後半に助けが必要だった。彼の補佐役は阿部がこなしてくれるだろう。
トリニダード・トバゴ戦はまさに“ライジングレッズ”を見せ付けた試合だったが、同時に紛れもなくこれは“ライジングジャパン”でもあるのだ。

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A3杯に意義はある、しかしタイミングが問題

2006/08/10(木)

火曜日の夜に東京で行なわれたA3チャンピオンズカップのジェフユナイテッド対ガンバ戦は、まさに優勝のかかった試合と感じさせる内容だった。
展開が速くて激しい試合で、両チームに意外な出来事や疑問に思うプレーがあった。
ご存知のとおり、最終的にはガンバが2−0で勝ったが、トロフィーと優勝賞金の40万米ドルを手にしたのは、ガンバでも、ジェフでもなかった。優勝は蔚山現代(韓国)。イ・チョンスの活躍が印象的だった。

A3は終わっても、私には複雑な感情が残った。この大会は開催する価値があるものなのか? それとも、お金は稼げるが、1年のスケジュールを台無しにし、Jリーグのシーズンを中断させるだけの、よくある大会なのか?
総合的に見れば、毎年開催するだけの価値はあるが、シーズン半ばに行なうべきではない。たとえば、3月上旬のプレーシーズンマッチにしたほうが、参加する3ヶ国にとって意味があるし、参加チームにとっても来るべき国内シーズンに備えてメンバーの微調整を行なう機会となるだろう。
今年、2006年大会の時期はまったく意味が無いもので、調整期間にしかならないイライラするような中断を再びJ1にもたらしただけでなく、日本代表のオシム新監督が強力な2チームから選手を招集するチャンスをも奪ってしまったのである。

ガンバ対ジェフ戦は、先月フクダ電子アリーナで行なわれたJ1の試合に続き、大阪のクラブが千葉のチームを返り討ちにした。
遠藤は、ガンバのヒーローから憎まれ役へと早変わり。最初はガンバの先制点となる素晴らしいフリーキックをゴールの下隅に決めた。しかしその後、図々しくもPKを得ようとしたある行為で、高価かつ恥ずかしい代償を払わされた(ペナルティ・エリア外でマグノ・アウベスが空中を飛んだあれは、本当にフリーキックをもらうようなものだったのだろうか? 私には、ペナルティ・エリアに進入しようとしたときの左足のドリブルが大きくなりすぎ、仕方ないから夜空に向かって跳び上がったように見えたのだが。リプレーを見れば私が間違っていたということになるのかもしれないが、フリーキックには思えなかった)。

その直後、阿部が元気な明神に接触したプレーで、審判はPKを与えた。遠藤はあまりにもリラックスした様子で、ゆっくりした足取りでボールをキック。まるでバックパッスのようなボールを立石に送り、簡単にセーブされてしまった。
韓国人審判はジェフにお返しをしなければならないとでも思ったのか、坂本がオリンピックの北島康介ばりのダイブを披露すると、ジェフにPKを与えた。それはアテネの北島も真っ青になるくらいのダイブで、金メダル級というか、金メダルを2つとれるくらいの見事な飛び込みっぷり! 審判がペナルティ・スポットを指差したとき、記者席で笑っていたのは私だけではなかった。
もっとも、阿部が蹴ったPKはボールが神宮球場まで届くのではないかという、大ホームランとなった。

試合自体は、ガンバが2−0でリードしていても当然の展開。1−1でもおかしくはなかったのだが、PKの失敗が2つあったため、依然としてガンバが1−0でリードしていた。サッカーとは、なんてすごいゲームなんだろう!
状況打破を任されたのは播戸。目を見張るようなダイビングヘディングシュートがバーの下をくぐりゴールに入った。
播戸は最近のリーグ戦でも「フクアリ」でゴールを挙げている。そのときも、右足で下隅に蹴りこんだ、なかなかのフィニッシュだった。
来週のイエメン戦に備え、オシムがジェフ、ガンバ、アントラーズの選手の招集を考えるのなら、播戸の代表入りもありえないことではないだろう。

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代表チームのムードを変えるオシム

2006/08/07(月)

8月5日発:わずか13人の選出だったが、オシム・ジャパンにとってエキサイティングなスタートとなった。
5人は初代表、そして若手の再招集者が数人…、そしてなんと13人中6人が浦和所属。オシム・ジャパンはブルーでなくレッドに身を包み、“レッドサムライ”と“レッドフィーバー”と呼ばれるようになるのではないかと思うほどだ。
ドイツでの不完全燃焼を一掃するためにも、日本にはこうしたフレッシュなスタートが必要だった。日本に滞在する時間が長いオシム監督は、優秀な選手、チームに必要な強固なキャラクターを備えた選手を見抜く目を持っており、チーム再建に迅速に着手した。

個人的には、闘莉王が代表に戻ってきたのが嬉しい。まだまだ荒削りな闘莉王だが、ディフェンスライン、そして前線に上がった時のフォワードラインを、責任を持って強固なものにしてくれるだろう。
昨年12月の時点で、オーストラリアやクロアチア戦では体力的不安があるとわかっていながら、ジーコ監督はなぜ彼にチャンスを与えなかったのか、今でも私にはそれが理解できない。
闘莉王なら、オーストラリアとの空中戦も望むところだっただろう。
エリアで仁王立ちとなり、「こんなものか?」とオーストラリアのロングボールを待っている彼の姿が、皆さんの目にも浮かぶのではないだろうか。

さらに嬉しいことに、ジーコ監督がわずかな時間しか見なかった今野が代表に戻ってくる。
今野を起用せず、また育てもしなかったことは、ジーコの犯した最大の間違いの一つと言える。
ここ数シーズン、今野は明らかな可能性を見せていた。
しかしジーコは彼を無視し、若い彼の2年間の代表としてのキャリアを無駄にしたのだ。

小林大悟は、大宮で輝きを見せている。しかしオシム監督の下ではさらに走らなくてはならないだろう。さらに彼の選出は、中村俊輔の将来に大きな影響を与えるに違いない。
田中隼麿は4バックでもMFを5人起用するシステムでも、右サイドの経験が豊富だ。同じポジションの加地にプレッシャーを与えることになるが、オシム監督は加地を高く評価しており、今後もおそらく加地が第一候補だろう。
数年前、まだ隼麿がまだヴェルディにいた頃、当時のロリ・サンドリ監督が彼はいずれ日本代表の右サイドバックになるだろうと言ったが、それが現実になろうとしている。

長谷部は格の違いを見せている。また一方、我那覇はフロンターレの前線を牽引して好調なチームの原動力となっている。
A3チャンピオンズカップのために巻を招集できない今、オシム監督には高さが必要だ。我那覇はその高さをチームに与え、さらにはきっと、ゴールももたらしてくれるだろう。

ワールドカップ・ドイツ大会が終わり、ジーコ監督の下ですっかり腑抜けになった日本代表のムードを変える必要があったオシムには、結局のところ、明るく想像力のあるスタートが必要なのだ。

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フロンターレ、首位を行く

2006/08/03(木)

そろそろ、川崎フロンターレを正真正銘のJリーグ・チャンピン候補に加えても良いだろう。
今シーズンのフロンターレは一貫して良いプレーを見せているが、私には、まだタイトルを狙えるとまでは言いがたいところがあった。
理由はたった1つ。これまでこんな高い順位に到達した経験がないチームだったから、プレッシャーに対応できるかどうか疑問だったのだ。分かる人には分かるだろうが、フロンターレにはビッグな選手はいるが、ビッグ・ネームはいないのである!
しかし、全34節のうちの16節を終了した時点でもフロンターレは勝点34で首位を守っており、浦和レッズとガンバ大阪とは1差。また、4位の鹿島アントラーズには3差をつけている。
優勝争いは、この4チームに絞られただろう。それより下位にいる横浜F・マリノスやジュビロ磐田といった実績ある「ビッグ・チーム」のなかに、シーズン後半にチーム力を大幅にアップできるところはないように思えるからだ。

フロンターレの躍進は、日本のサッカーにとって良いことである。タイトルを狙えるチームが多いほど、リーグは面白くなる。
フロンターレは、自滅も崩壊もしないのではないだろうか。タフな選手が揃っているのは明らかだし、チーム・スピリットもチーム構成もしっかりしており、首位に立っていることでやる気も十分だろう。
ワールドカップ後のJ1再開以降の成績は、なかなかのもの。ただし、ホームで浦和に0−2で敗れた試合は、別にしなければならない…。私は等々力に何度も足を運んでいるが、このスタジアムに2万3,000人ものファンが入るとは思いもしなかった。しかし、浦和戦は例外的なイベントだった。レッズはたくさんのファンを引き連れて来ただけでなく、その魅力でホームチームのサポーターの足も等々力に運ばせた。
この敗戦の前後には、アウェーで鹿島を4−2、ホームでガンバを3−2で破るという見事な試合があった。さらに直近のアウェーでの大分戦は手堅く1−1のドロー。
駒場の浦和戦での大分のプレーを見たあとでは、アウェーでの引き分けはフロンターレにとって上出来だと思えるし、最後まで優勝を争える力があることを再認識させた試合だった。

しかし、戦いの再開は8月12日まで待たなければならない。J1の日程に、またもイライラさせる中断期間が組み込まれているからだ。ただし、再開後の試合は待っただけの価値があるものとなるだろう。等々力でのフロンターレ対マリノス。今度も満員になるのは確実だろう。

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達也の決勝ゴールに見た複雑な思い

2006/07/31(月)

7月29日発:サッカーでは時として、喜ばしいことと残念なことが同時に起こる。
水曜夜、駒場で行なわれた浦和レッズ対大分トリニータ戦(1−0で浦和が勝利)が、まさにそうだ。
それは78分、田中達也がこの試合唯一のゴールを決めたその瞬間だった。
達也の素晴らしくクールなゴール。
あの大怪我からようやく戻ってきたことを示した。
しかし同時に私は、大分が気の毒だと思わざるを得なかった。
これが、残念なことである。

その瞬間まで、私は大分はもっと良いチームだと思っていた。
仮に試合が引き分けに終わっていたとしても、浦和は不満を持たなかっただろう。
アウェーチームは巧妙にボールをキープして試合のペースを握り、そして時折、浦和のディフェンスの隙を素早く突いた。大分のこの慎重な試合運びにレッズファンはヤジを飛ばしていたが、その様子や、彼らがピッチの3分の1でボールを回しているのを見るのは面白かった。

大分は何度か明らかなチャンスを作っていたものの、フィニッシュの精度を欠き、ゴールを奪うに至らなかった。しかしレッズは達也がここぞという時に決め、それが勝負を決した。
レッズファンは大分の作戦に対し盛んにブーイングを飛ばしていたが、そんなことより彼らは自分のチームの心配をした方が良いかもしれない。
前半、長谷部から達也に絶妙なパスが渡り、達也の強烈なシュートを西川がなんとかセーブしたシーンもあったとはいえ、結局のところ、長谷部、鈴木啓太、そして小野をセンターに据えた5人のMFをしてボールを奪うことができずに終わった。

大分は非常にいいプレーをしていたが、試合巧者のレッズにとっては珍しいシーンだった。ただ残念だったのは、後半に入り引き分け、勝点1が見えてきた時にそれまでの作戦を捨て時間稼ぎに走ったことだ。
「そうした行為は相手チームに対し、自分たちがフェアに戦えるチームではないと宣伝しているようなものだ」。スティーブ・ペリマン監督の言葉を思い出した。

内舘からのショートパスをスペースに走りこんだ達也が受け、ゴールを挙げて試合を決めた。走る意欲と、ゴールが見えたらシュートを打つという積極性を見せた達也の良いフィニッシュだった。達也には、オシム監督に招集されても、常にこの積極性を持っていてもらいたいものだ。

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森本には、失うものなどないのだ

2006/07/27(木)

若き森本に幸あれ!
東京ヴェルディ1969からカターニャに1年間レンタル移籍する、このティーンエイジャーに、失うものなどあるのだろうか?
私は全く何もないと思うし、今回の経験はためになりこそすれ、無駄になることはないと感じている。
彼はまだ代表チームがどうこうという立場でもないし、海外移籍が彼の招集の足かせになるとも思えない。
森本は、まだとても若く、選手生活が始まったばかり。つまり、どう考えても海外移籍がマイナスになるとは思えないのだ。

カターニャで活躍し、ビッグクラブの関心を買うようなら、選手として「一人前」になるかもしれないし、日本の2部リーグ(J2)でプレーしている現状では選手として「ブレーク」するかどうか定かでない。近い将来に年齢限定の日本代表になるのが当面の目標だろうが、そのためだけに日本に残ってプレーするのというのでは、もったいない。

森本を観るための旅行を計画しているメディアやファンが、うらやましい!
私がカターニャを訪れたのは、1990年代の初頭。そのときはサッカー観戦ではなく、スコットランドで開催される7人制ラグビー世界大会の予選「シシリー・セブン」に出場していたラグビーの香港チームの取材だった。
イタリアのほとんどの街と同じように、カターニャは素敵なところで、観光名所もいっぱい。しかも観光の間に立ち寄るレストランもとてもたくさんあった!

森本は、サッカー選手としても、世界に旅立ったばかりの若者としても、カターニャで素晴らしい時間を過ごすことだろう。
今回のチャンスをものにできるかどうかについては、何とも言えない。
セリエBから上がってきた多くのクラブと同様、カターニャもセリエA残留のために苦労するのは確実。森本も、長く、苦しい日曜日の午後を経験することがあるだろう。
しかし、森本は選手としてはまだ原石の状態。伸びしろがある。彼はスピードがあり、強く、ボールを持ったときも積極的にプレーする選手。ゴールの決め方も知っている。

かつてヴェルディで監督を務めたオジー・アルディレスから聞いた話だが、ユース大会で森本のプレーを観たアレックス・ファーガソンが森本の大ファンになったそうだ。アルディレスによれば、マンチェスター・ユナイテッドが森本の成長ぶりを観察していたそうだ。しかしマンチェスター・ユナイテッドからの動きはない…いまのところは。
セリエAのカターニャでシーズンを過ごすようになれば、J2のヴェルディにいるときよりも注目を集めるようになるだろうが、森本にはプレッシャーは全くないだろう。
森本は、ピッチ外ではリラックスし、一生懸命練習し、一生懸命プレーし、イタリアでの生活を楽しめばよい。総じて言えば、才能ある若きフォワードにとって、そしておそらく日本サッカーの遠い将来にとって、今回の移籍は歓迎すべきものである。

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“冬シーズン”開催は検討の価値あり

2006/07/24(月)

7月22日発:彼の行く手には、大きな仕事が待ち構えている。
いや、イビチャ・オシム監督ではない。
新しいJリーグチェアマン、鬼武健二氏だ。

ここ最近、Jリーグには少なからず変革が必要だと思っていた。
個人的な意見ではあるが、改善の余地はあまりにも多くある。
オールスターゲームをやめるなど、リーグには合理化すべき点があるのだ。
私ならまず、シーズンの開催を夏から冬へと根本的に変更する。
暑く、また湿気の多い7月や8月にサッカーをするのは過酷すぎる。
9月初旬にシーズンをスタートし、5月に終えるヨーロッパ方式が良いのではないだろうか。
そうすれば、6月や7月に開催されるワールドカップやコンフェデレーションズカップといった大会に、シーズンを中断させることなく代表チームを招集できる。
また、ヨーロッパ方式を採用することでヨーロッパの移籍市場(通常選手の契約は6月30日まで)にスケジュールを合わせることができ、各チームは選手を放出するのも加入させるのも容易になる。

もう一つの利点、そして私が非常に重要なファクターだと思うのは、メディアへの露出度だ。
現時点ではJリーグと野球のシーズンが重なっていて、天皇杯は別として12月から2月に空白期間が生じている。
もしJリーグが9月から5月にかけてシーズンを開催すれば、野球がオフシーズンの冬の間、メディアの関心を独占できるのだ。
二つのスポーツが対抗している今、ナショナルチームは別として、依然として野球人気の高さはサッカーのそれとは比べ物にならない。

さらに、もしJリーグがヨーロッパ方式を採用すれば、平日に試合をする必要性が低くなる。水曜夜の試合は大観衆を集めにくい、そして1試合の平均観客数を下げている。9月から5月のシーズンにすれば平日の試合はナビスコカップや天皇杯のために使えば良いのだ。

もちろん、冬に開催することによって、札幌、山形、そして新潟などは厳しい環境の中での試合になるという欠点もある。
しかし、札幌にはドームがあるし、山形や新潟はスケジュールを調節してホームゲームを晩夏、秋、そして春に大部分を集中させれば、空白月は2ヶ月ほどで済む。
そうした変更について、当然ながら問題点や反論はあろうと思う。しかし9月から5月のシーズンへ変更する利点は、そうした欠点をはるかに上回ると思う。
総合的に見て、シーズンもずっとスムースに開催できる。
新任のJリーグチェアマンがこうしたことをチラッとでも考えているかどうか、私にはわからないが、子細なリサーチを行ない、検討してみる価値は十分にあると思う。
長期的な視野に立ってみれば、日本サッカー界のためになるはずだ。

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オシムの流儀は、全力プレーとチームへの貢献

2006/07/20(木)

日本代表のワールドカップでの不甲斐ないプレーを考えれば、日本人選手のヨーロッパのクラブへの移籍話がさほど多くないのも、当然かもしれない。
それに、現在の状況下ではこれは悪いことでもない。
ジーコ時代の最大の問題の1つは、相当数の主力選手がヨーロッパのクラブに在籍しながら、そのうちの何人かはピッチ上よりベンチで過ごす時間のほうが長いことだった。
そうした選手が代表チームでプレーするときには、当然、実戦慣れしていない――毎日トレーニングをしていても、相手のいる試合で実際にプレーするのとは違うからだ。

ヨーロッパでプレーしている日本人選手はJリーグの選手より優れている、というのがジーコの持論。そうでなければ、ヨーロッパのクラブが契約してくれるはずがないではないか、というのがその根拠である。その意見も分からないでもないが、Jリーグの選手たちにも広く目を向け自身の見聞を広めようとせず、試合に出ていないヨーロッパ組の選手たちを手放しで信頼していた、その姿勢は許容できるものではなかった。

最近報じられたJFA(日本サッカー協会)の川淵キャプテンのコメントによれば、オシムはジーコとは違うアプローチをとるようだ。オシムは、2002年の韓国代表でヒディンクがとった方針、つまりどこのクラブに所属していようとも、代表選手はそのクラブのレギュラーでなければならないという方針を貫くのだろう(たとえば、アン・ジョンファンは2002年の代表の落選候補だった。もし彼が韓国に戻らず、あのままペルージャに残っていれば代表ではプレーしていなかっただろう)。
オシムがこのような方針をとることは、Jリーグにとっても、選手にとっても、大歓迎だろう。ジーコとは違い、オシムは、アジアレベルから世界レベルにまでステップ・アップできる選手を見出すことができるだろうし、トルシエと同じような方法で若手選手を刺激してゆくだろう。

また、選手たち(それから、できれば彼らの代理人たち)は、舞い込んできたヨーロッパからのオファーに飛びつく前に、慎重に考えるようにもなるだろう。
絶えずプレーし、ゴールを挙げ、自信を持っている巻ではなく、ブンデスリーガでたいした働きもできていない高原を、なぜ代表監督が選ばなければならないのか?
最高のレベルでは、個々の選手の技量にはあまり大きな違いはなく、自信と調子が大きな違いをもたらすのである。
だから私は、オシムの選手選考は斬新で冒険的なものになり、このようなアプローチが国内サッカー全体に浸透するようになることを期待している。オシムは、暗く、抑圧されたジーコ時代が終わって差し込んできた一筋の光であり、希望なのだ。

ヨーロッパへのパスポートが代表チームへのパスポートという状況は好ましいものではない。オシムは自分の原理原則を犠牲にしてまで、いわゆる「ファンタジスタ」を使い続けることはないだろう。
女性ファンにハンサムだと思われているとか、テレビ局がメランコリックな「迷子の子ども」みたいな表情をしている選手のインタビューを流したがっているとか、そんな理由は、彼には通じない。問題は、その選手のスタイルがオシムのスタイル、日本代表のスタイルにフィットしているかどうか。つまり、選手は走らなければならず、ひたすら走り続けて、さらに走らなければならないのである。チームのために全力を尽くす気のない選手はお呼びではなない。オシムは、全力を尽くすことを流儀にしており、実際、全力を尽くす選手を重用している。
ヨーロッパが、最高レベルでの成功を望む日本人選手にとっての唯一の選択肢というわけではない。もうそんな時代ではないのだ。

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FIFAは恐れずビデオ判定を導入すべき

2006/07/17(月)

7月15日発:ジダンとマテラッツィのいざこざは、醜い挑発とそれに対する暴力行為でサッカー界に大きな波紋を投げかけた。
しかしこの醜態が、最終的には良い結果を生むことだって可能かもしれない。
例えば、FIFA(国際サッカー連盟)がビデオを審判の補助として導入し、試合中の誤審を訂正するようになるとか…。
個人的には、FIFAは数年前にビデオを導入すべきだったと考えている。ビデオ導入をためらったことが、サッカー界の進歩を遅らせたのではないかとも思うのだ。

ジダンの退場直後、ビデオリプレイは繰り返し何度も放映された。しかし、それはジダンの行為を糾弾するために使われたのだ。
主審はこの行為を見ていない。試合はピッチの反対側で展開されており、1組の目しか持たない主審に罪はない。しかし、ピッチサイドの両チームのベンチの間でビデオモニターでリプレイを見ていた第4の審判員がこれを見ていた。
FIFAは即座にこれを否定した。第4の審判はジダンの頭突きを自身の目で目撃し、主審に伝えたと。さらに、彼らはビデオは一切使っていないと強調した。

ここで大きな疑問が残る。このような事態が起こった時に、テレビモニターでリプレイを見て確認することの一体何がいけないのだろうか?
FIFAのゼップ・プラッター会長はそうした変更を歓迎するどころか、ビデオの導入は審判の権威を失墜させると言う。
しかし、ビデオの導入は主審、副審が正しい判定を下すのに大いに役立つに違いない。
ブラッター会長は、レフリーだって人間、誰にだって間違いはあると言うが、これだけ技術が進歩し、かつ近代サッカーにこれだけ巨額のお金が絡んできている現在、それだけではあまりにも説得力がない。

1998年ワールドカップの準決勝のフランス対クロアチア戦で、ビリッチがケガをしたふりをしてフランスのブランが退場させられた一件をよく思い出す。ブランは2試合の出場停止となり、自国でのワールドカップ決勝に出場できなかった。
テレビのリプレイで世界中の人々がビリッチが審判をまんまと騙した様子を見たにもかかわらず、FIFAは判定を覆すことを拒否した。
不正行為をした者が勝ち、正直な選手が負けたのだ。
この時、状況が違っていて、ビデオ判定が導入されていたとしたらどうなっていたか考えてみると良い。
試合後、審判がビデオでビリッチの芝居を目にし、2試合の出場停止を取り消す。これについて誰が文句を言うだろうか? 今でも、ブランが決勝に出場できなかったのは当然だと心から言えるのだろうか?

FIFAは即刻、ビデオの導入を決めるべきだ。
試合の流れを止めるなどとは言えないはずだ。
特に今回のワールドカップでは、そうした卑劣なファウルでどれだけのホイッスルが吹かれたことか…。
もう、試合に流れなんてものはないじゃないか。

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ジダンには「ゴールデン頭突き賞」を

2006/07/13(木)

冗談としか思えない。
何の話か。もちろん、ワールドカップのMVP(「ゴールデンボール賞」)がジダンに決まったことである。
FIFA(国際サッカー連盟)は、この賞の名称を「ゴールデン頭突き賞」に変えたほうがいいのかもしれない。いっそ、「ゴールデンハゲ頭突き賞」でもいいくらいだ。
こんな賞の贈り方ではまったくサッカーのためにならないし、FIFAは決定を覆すよう動くべきだったと思う。

実際、サッカーファンであるかないかにかかわらず、たくさんの人にとって、この受賞はお笑いでしかないだろう。ジダンの暴力行為は世界を震撼させ、サッカーの歴史でも最高の選手の1人という自身への評価(私はそうは評価していないが)を台無しにしてしまったからだ。
能力あるいは天賦の才、そしてキャプテンシーというものは責任と自制があって初めて成り立つもの。ジダンのフーリガン的な振る舞いには、言い訳は一切認めらない。たとえ、おしゃべりのマテラッツィが彼を「テロリストの売春婦の息子」と呼んだとしても。

ジダンには、そんな中傷の相手をしないくらいの器量の大きさがあってしかるべきなのだが、その短気を抑えることができず、1998年のワールドカップでも、フランスのグループリーグ2戦目、サウジアラビア戦で相手を踏みつけ、退場を宣告されている。その行為も悪意に満ちたもので、ジダンには2試合の出場停止の処分が下され、フランスが決勝に進出するまでの大きな足かせとなった。
決勝戦では、ご存知のとおり、ジダンはブラジルを相手にヘディングで2ゴールを挙げ、サウジ戦での暴力行為には蓋がされた。

ジダンがサッカーシューズを脱ぎ、引退してしまった今となっては、問題を隠すことも、贖罪することもできない。
しかし、賞の選考を振り返ってみよう。この賞は記者の投票によって決まる。各記者がMVP候補の上位3人を選んで投票し、1位に選ばれた選手には5点、2位には3点、3位には1点が与えられる仕組みだ。
個人的な意見を言えば、私ならカンナバーロに投票していただろう。彼はイタリアのディフェンスの中核として、とくにネスタが負傷で欠場する中、見事な働きをしていた。ジダンが退場にならず、そしてフランスが優勝していたとしても、私はカンナバーロに投票していただろう。ただし、カンナバーロがOGで3点を献上し、PKも1回与え、さらにつば吐きや同様の不快な行為で退場を食らっている場合は、その限りではないが…。

私はジダンには投票しなかっただろうし、多くの人はロマンチックな理由でジダンに投票したのだと思う。2004年に代表チームから引退したジダンが1年後に34歳で復帰し、選手生活最後の試合となる決勝戦にチームを導いたことは、なんだかんだ言っても素晴らしいストーリーなのだ!
問題は、多くの記者が決勝戦の前に投票していたことである。決勝戦のあと、インタビューや記事の執筆で大忙しのジャーナリストたちにとって、いちばん煩わせられたくない存在が投票用紙の記入を迫るFIFAの「背広組」だったからだ(たとえば、日本のナビスコカップでは事情が違い、FC東京のそれぞれの試合のあとに余裕を持って今野か伊野波かを決められる!)。
世界中のウェブサイトで面白いコメントをたくさん読んだが、酔っ払いやハゲ頭の山羊みたいな行動が原因でレッドカードをもらっても、その選手の全体的な評価には影響しない、という意見があった。本当かねえ?
言わせてもらうと、決勝戦で退場を食らってPK戦に出られず、結果的に同僚を疲弊させ、チームを敗北させた。ワールドカップ全体から見れば、これは大したことではないのだろうか?

今回の件で、数シーズン前の三都主アレサンドロのことを少し思い出した。当時エスパルスに所属していた三都主はジュビロとのチャンピオンシップの第2戦で退場を食らい、結果的にジュビロがJリーグチャンピオンになった。次の日、三都主はJリーグのMVPを受賞したのだが、私はこれもおかしな話だと思っていた(最近の例では、エメルソンがいるが、もうその話はやめておこう! ところで、エメルソンは来週、19歳になるようだ)。
投票は深夜まで受付けているものの、メディアには早めの投票を呼びかけていたため、このシステムは、間違いやバカらしい結果を生み出す原因となっている。次回は、決勝戦の翌朝に投票結果を吟味し、技術委員会との議論を経て最優秀選手賞を選んだほうが良い。言い換えれば、メディアの投票は賞に影響を与えるが、賞を決定するわけではない。
ジダンは不面目な立場にある。取りやめることもできたのに、FIFAがこの賞を与えたため、サッカー全体の評価が失墜した。受賞者としてはカンナバーロのほうがふさわしかった。もっとも、カンナバーロ本人は気にしてもいないだろね…なんたって、4年の間ワールドカップを保持できるのだから!

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もういい加減に終わりにしよう!

2006/07/10(月)

7月8日発:ここ最近、ワールドカップでのダイビング、ケガを装う行為、そしてファウルぎりぎりのプレーに関する記事をよく目にする。これは非常に良い傾向だと思う。国際サッカー連盟(FIFA)も、そうした撲滅しなければならない忌むべきことがあるという事実を認めた。
私が“喜ばしい”と書いたのは、常々メディアはこのような穢れた事実を書かず、最近の流行として受け入れているように感じられていたからだ。
この問題について、私はここ数年ずっと書き続けてきた。そして私は今後も、このような卑劣な行為から目を背けるつもりはない。

以前、とある日本人記者に“古いサッカーにしがみついている”と批判されたことがあるのだが、彼が言っていたのはおそらく“正直なサッカー”という意味だったという程度に考えている。
私は、こうした行為について一言モノ申さずにはいられないようだ。そのおかげで、シュツットガルトで行なわれたイングランド対エクアドル戦の記者席では激しい口論まで引き起こしてしまった。

試合開始のホイッスルから、エクアドルは0−0の引き分け、延長戦、そしてPK戦に持ち込むことを明らかに狙っていた。そしてそれは、ただのぶち壊し屋から勇敢なヒーローになれる機会があっても変わらなかった。
一人のエクアドル選手が大したプレーでもないのにピッチに大げさに倒れ、彼のチームメイトがボールを外へ蹴り出した時、私は思わずペンを机の上に投げ捨て「ふざけるな!」と言ってしまった(実際は“F”から始まる汚い言葉を使ってしまったのだが…)。
激情を抑えられなかったことについては、素直に反省せねばなるまい。

私の右隣には4〜5人のスペイン語圏のジャーナリストが座っていた。
彼らは明らかにエクアドルを応援していた。
そう、応援していたのだ。
彼らは私がエクアドルの選手がケガをしたフリをしていると感じていることに気分を害したようで、私が口にした“F”から始まる言葉を何度か繰り返していたその様子はそれはそれで面白かったが…。

「じゃあ“F…”リオ・ファーディナンドはどうなんだ?」。
私の隣の、ペンもノートも持っていないヤツが言った。
「あの“F…”フェアープレーキングだよ」。
そして彼はヒジ打ちのマネを始めた。それはまるで、グループFの初戦、日本対オーストラリア戦で、コーナーフラッグの所でボクシングの仕草でゴールを祝ったオーストラリア代表のティム・ケーヒルのようだった(今でも思い出したくないシーンだったかもしれませんね。読者の皆さん、申し訳ない)。
「女のゲームでなく男のゲームだからね」。私はそうやり返した。

ここまででお分かりのとおり、この件については様々な見方がある。
おかしなことだが、イングランドの“ベッキンガム宮殿”のプリンスが見事なフリーキックで得点を挙げた後は、エクアドルのそうしたプレーはピタッとなくなったのだ。
もちろんその後は珍しいことに、エクアドルも得点を挙げようとしていた。
私の隣にいた連中にも、チームがリードを許すと時間稼ぎが減るという理屈がわかっただろうか?
いや、おそらく無理だろう。

とにかく、ポルトガル、特にクリスティアーノ・ロナウドには感謝している。
今回のワールドカップで、サッカーの醜い部分をすべてさらけ出してくれた。
そして、今年後半に選手、審判、コーチで組織する委員会でこれらの問題について話し合うと語った、“フェアプレーの皇帝”フランツ・ベッケンバウアーにも…。
もちろんその頃にはそんな問題はなくなっているかもしれないけれどね。
選手さえ本気で望めば、フェアプレーを取り戻すことなど簡単なのだ。

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中田のラストゲーム、そして思い出

2006/07/06(木)

たしかに、ブラジル戦後の中田英寿の様子は尋常ではなかった。
間違いなく、彼にとって最後のワールドカップの試合だと思ったし、おそらく日本代表での最後の試合なのだろうとも思った。
しかし、プロとしての最後の試合になるとは、思いもしなかった。
言うまでもなく、中田は自分でルールを決め、自力で目標を達成してきた。それがこの男のやり方であり、ライルスタイルなのだ。
彼は、決して付和雷同しなかったし、立ち止まろうともしなかった。ひたすら動き続け、自分自身に勝とうとしていた。
今、彼の新たなチャレンジが始まろうとしている。ピッチの外で。しかし、これまでやって見せてきたように、彼には成功するための資質がある。

中田についての思い出はたくさんあるが、ブラジル戦のさなかに私が思い出していたのは、はじめて彼のプレーを見たときのことだった。あれは1994年、ジャカルタのアジアユース選手権でのこと。中田はU−19日本代表の一員としてプレーしていた。

ブラジルとの試合は終盤にさしかかり、ブラジルが勝点3をほぼ手中にしている状況。日本は左サイドを攻め上がり、中田はファーポストまで走ってボールが来るのを待ち受けていた。
ボールは来なかった――そして、中田は崩れ落ちた。腹立たしそうに。チャンスがつぶれたあの瞬間、中田はこれがゴールの最後のチャンス――ボールがネットに突き刺さり、ラインズマンの旗が下に降ろされ、レフェリーがセンターサークルを指し示したときの快感を得られる最後のチャンス――とわかっていたに違いない。
チャンスが去ったあと、ブラジルが再び速攻を仕掛け、さらにゴールが生まれそうになると、中田は再び立ち上がり自陣に向かって走り出した。私は中田の姿を目で追っていたが、彼は明らかに疲れきっていた。頭を上下に揺らして走る姿は、全エネルギーを使い果たし、純粋に本能だけに頼って生きているように見えた。

試合終了後に起きたことは、もちろん、広く伝えられている。ドルトムントのメディア席から観ていた私は、彼の健康状態が心配でならなかった。同じように感じていた人間も少数いたようで、そのなかの2人、宮本とアドリーノは中田のもとに近づき、彼の状態を確かめていた。
そのとき、私はこれが彼の日本代表での最後の試合になるのだと感じた。あれが彼からファンへの「ありがとう」というメッセージ。今週、彼が引退を発表したときには、ドルトムントでのあの出来事を考えれば当然の結果であるように思えた。

中田は、自分自身のキャリアが今後下り坂になるのを知っていたのだと思う。いたずらに選手生活を延ばしてクラブからクラブへと渡り歩き、レベルをどんどん下げながらも、30代半ばまでサッカーで食べて行きたいという気持ちは全くなかったようだ。
彼の計画はそれよりはるかに壮大である。どこでプレーするのかを心配し、先行き不透明なままシーズン開幕を待つ必要もなくなり、現在の彼はむしろ安堵しているのだろう。
現時点では、私が抱いている中田についての思い出はこのようなものだ。ただし、将来には、より楽しい思い出がよみがえってくるのだろう。

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オシム騒動に決着を!

2006/07/03(月)

7月1日発:オシム監督をめぐるドタバタ劇の真相は、一体何なのだろう。
日本サッカー協会(JFA)にとって、手順はいたって単純なものになると思っていた。

まず、JFA技術委員会がワールドカップ後のジーコ監督の後継者リストを作る。
次に、リスト中の最有力候補者にコンタクトを取る。彼がどこかのチームの監督なら、チームと連絡を取り、彼と話をする許可をもらう。
そして候補者にオファーを出し、契約期間や給料等の条件面を提示、合意できない場合は次の候補者を当たる。今回ならオジェックかな?
合意に達したなら、次はチームとの交渉だ。もちろんこれは「もし必要なら」である。
そして最後に、メディアに向け新たな代表監督就任を発表する。

しかし、6月から7月になろうとしているのにオシム監督をめぐる迷走劇はいまだに続いている。日本サッカー界のため、そしてオシム氏がそもそも監督として採用されるべきでなかった、かのブラジル人監督によって受けたダメージの修復に着手できるよう、この迷走劇が早く終わってくれることを願うばかりだ。

ドイツから日本へ帰国するや否やJFAの川淵三郎キャプテンがオシム監督と交渉していることを明らかにした。そしてさらに、その交渉はワールドカップ前から既に始まっていたという。これには驚かされた。
これは明らかに、川淵キャプテンの巧妙な政治的手腕だ。オシム監督の名前を挙げることにより、ジーコ監督と日本のワールドカップ敗退への人々の関心をそらしたのだ。
その発表は、オシム監督との交渉の打診さえ来ていなかったジェフ千葉を含め多くの人を驚かせた。

金曜日夕方のNHKのニュースで、岐阜でバツが悪そうに花束をもらっているオシム氏を見た。
JFA、ジェフそしてオシム監督。三者の間で近日中に話をまとめ、正式に発表してほしい。そうすれば我々は1日も早くジーコ監督のことを過去の事にし、前へ進むことができるのだ。
新たにチームを再建する必要がある日本代表の監督には、日本人選手のことをよく理解しているオシム監督が最適。私は2年ほど前からそう言ってきた。
今から2010年ワールドカップのことを考える必要はない。特に、オシム氏の場合は…。
2007年のアジアカップまでの1年、長くとも2年の契約で十分だ。そして誰もが満足したなら、そのときに2010年ワールドカップまでの契約を考えれば良い。

それから、ジーコ氏の哲学の継承者としてオシム氏が最適であるという川淵キャプテンのコメントを聞くのには、もううんざりしている。
これは、何の経験もなく、4年という長期間に何も結果を残せなかったジーコ氏と違い、名将として尊敬され、実績も残しているオシム氏に対する侮辱だろう。

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闘莉王を試していれば…

2006/06/29(木)

遠く離れた東京で開かれた日本代表監督退任記者会見でのジーコのコメントを、とても興味深く読んだ。
日本がワールドカップで苦戦したのは、背の高い選手が少ないからで、これがオーストラリア戦はもちろん、クロアチア戦でも響いた。ジーコはそう指摘している。
これが事実だとしても、ジーコは、ライプツィヒで抽選が行なわれた去年の12月から、この点を認識していたはずである。日本はタフで、当たりの強いチームと同組になったと分かっていただろうし、今年初めにサンフランシスコで行なわれた親善試合で米国にズタズタに切り裂かれたときには、警告音がさらに大きく鳴っていたはずである。
しかしジーコはディフェンスの強化にはまったく手を打たなかった。したことといえば、以前からいる選手を重用することだけ。

前にもこのコラムで書いたが、調子さえ良ければ、松田直樹はJリーグで最高の日本人選手だ。ただし、彼は2005年、ワールドカップ予選を前にして自ら代表合宿を離れ、ジーコのみならず自分自身をも失望させる結果となってしまった。そうした経緯を考えれば、ジーコが松田を二度と招集しなかったのも理解できる。
ただし、この言い分は浦和レッズの闘莉王には当てはまらない。ペナルティエリア付近で荒っぽいことをすることがあるものの、彼の高さと筋肉は将来の日本代表に大いに役立つだろう。
2006年の一連の親善試合のなかで、私は、闘莉王はジーコが試す価値のある選手だと思っていた。しかし、ジーコは1度も闘莉王を招集しなかった。

レッズのギド・ブッフバルト監督は、坪井が先に代表チームに招集されたが、日本で最高のディフェンダーで最もヘッディングが強いのは闘莉王だと今シーズンずっと言い続けていた。
5月末に行なわれた外国人スポーツライター協会の会合で、ゲストとして講演したブッフバルトは、ジーコとサッカーの話をする機会は2年前に一度あったきりだと聴衆に語った。

なぜジーコは闘莉王にチャンスを与えないのかと質問されると、ブッフバルトはこう答えた。
「私にはわかりません。しかし聞いたところによると、闘莉王はピッチ上で喋り過ぎるとジーコは考えているそうです」。
おかしな話である。ジーコはいつも、相互のコミュニケーションの欠如が日本人選手の欠点だと言っているのに!
だから私は、日本には十分な高さを持った選手がいないという意見には賛成しない。こういう議論を聞いていると、日本のディフェンダーの体格について日本人記者から疑問を投げかけられたときのフィリップ・トルシエの返答を思い出す。

「メキシコには、松田くらい背の高い選手はいますか?」。
トルシエは言った。
「メキシコはいつもワールドカップに出ています。日本にとってこのことは問題ではないのです」。
もちろん、ジーコがやっておくべきだったことをいまさら話しても遅すぎる。しかし、新しい選手を入れ、チームをリフレッシュさせようとしなかった彼の姿勢が、日本の凋落の1つの原因となったのである。

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ヒデとガッザ

2006/06/26(月)

ハノーバー(6月23日)発:ヒデが“ガッザの涙”を再現することになろうとは、一体誰が考えただろう。
人前で感情をめったに露にしない日本の“アイスマン”中田英寿は、イングランドのポール・ガスコイン、そしてチームの敗退で悔し涙を流したその他大勢の選手達とともに、その名を歴史に連ねた。

ガスコインは、1990年のワールドカップ・イタリア大会、準決勝のドイツ戦でのことだった。トーマス・ベルトルドへのファウルでイエローをもらい、仮に決勝進出を決めても累積警告で決勝戦に出られなくなったガッザの目から、とめどなく涙があふれ出た。
チームメイトのゲーリー・リネカーが、ベンチで悲観に暮れるガッザを気遣っていたその姿が忘れられない。結局、イングランドはドイツにPK戦の末に敗れ、ガッザの目には再び涙が溢れた。
しかし、彼の涙は国中の人々の心を掴んだ。そうして彼の人生はすっかり変わってしまった。

自己中心的な選手だとか、サッカー選手というよりビジネスマンだと言われ、イタリア、イングランドと渡り歩いたヒデもまた然り。
しかし、ブラジル戦終了のホイッスル後に見せた、中田の絶望ともいえる落胆の姿はこうした誤解を氷解させた。
チームメイト達がファンに挨拶をしてロッカールームへ消えていったその後も、センターサークルで横たわっている姿には心が痛んだ。

実は私は、中田が心身ともに疲れ果てているように見え、彼の健康を心配していた。
試合がブラジル優位に進んでいた後半半ば、中田浩二が投入されるとヒデはより前方へ上がっていた。日本が攻撃をしかけボールを失う度に、ディフェンスのヘルプで駆け戻るヒデのその姿が次第に辛そうに見えてきたのだ。
彼の体力はどんどん奪われ、ガス欠のまま走っているその姿は、まるで車の後ろでクビを振っているおもちゃの犬のようだった。

この試合、このワールドカップは、彼にとって非常に大きな意味があった。日本の1次リーグ敗退というフラストレーション、ブラジルを相手に日本が何もできなかったという事実は、非常に重かったに違いない。
中田はチームのことを考えているし、常にそうしてきた。ただ彼の場合、それが他の人と少し違い、多くの日本人にとって理解しがたいものなのだろう。
世の皮肉屋と疑い深い人たちに聞いてもらいたい。彼は日本のために精一杯戦った。1990年、ガスコインが帰国後ヒーローとなり伝説となったような評価に値するべきものなのだ。

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2010年も加地は当確

2006/06/22(木)

今回のワールドカップの日本代表を見渡してみると、2010年のワールドカップ・南アフリカ大会にも代表メンバー候補となっていると自信を持って言えそうなフィールドプレーヤーは、そう多くない。
(それに、日本が地区予選を勝ち抜いたら、という前提がつく。次回の地区予選では、実績あるアジアの強国となるオーストラリアが厄介なライバルとなるだろう。)
最も可能性がありそうな選手の1人は、攻撃でも守備でも、右サイドで精力的な働きを見せる、日本のカフーこと加地亮だ。
ニュルンベルクのクロアチア戦での加地は、日本代表でも指折りのパフォーマンスを発揮した。
クロアチアの左サイド、身体能力に優れたバビッチの攻め上がりに対処しながら、加地は隙を見つけては前線に駆け上がって相手ゴール前であわやというシーンを何回か演出した。

かつてFC東京に在籍し、現在はガンバ大阪でプレーしているこの選手は、4バックのライトバックでも、中盤5人の右サイドでも同じようにプレーすることができ、ここ2年ほどはジーコにとって不可欠な存在となっている。
徳永(FC東京)と中村(福岡)、ともに才能豊かな若手選手が右サイドバックいることも、ポジョションを奪われかねないというプレッシャーを常に加地に与えることになりそう。これも良いことだ。一方、オーストラリア戦で彼の代役を務めた万能選手の駒野は、左サイドに移り、三都主のポジションを狙うようアドバイスを受けるかもしれない。

クロアチア戦の加地の動きは興味深いものだった。4−4−2のフォーメーションで、ジーコは鹿島で名良橋と相馬に求めたようなサイド攻撃を加地と三都主に求めた。
両サイドを攻め上がり、深い位置からゴール前にクロスを供給するのは多彩な中盤の選手ではなく、加地と三都主の仕事。そのためにはチーム全体が上手く機能し、2人が適切なタイミングで、適切な位置にいるようにしなければならない。日本が時間をかけてボールをキープし、さらに冒険的なパスやまずいボールコントロールで不用意にボールを手放さなければ、2人が攻め上がるチャンスが多く生まれ、さらに相手DFを本来の位置から引きずりだせる。
日本代表はワールドカップ後に大きく作り変える必要があると感じているが、加地はそのままの位置で残るだろう。

もっとも、クロアチア戦での日本のMVPは、FIFAの公式の受賞者は中田英寿となったが、間違いなく川口だった。
オーストラリア戦で崩壊したあと、日本代表はうなだれてしまったが、川口がムードを変えた。スルナの強烈なPKに対して左に低く飛んだセーブはお見事。ペナルティの判定は妥当なもので、プルショに裏をとられたツネ(宮本)が慌ててボールを奪いに行った代償を払わされたのだ。
ヨシ(川口)は大一番に強いことをあらためてアピールし、ヒーローと賞賛されるに値するだけの働きをしたのである。

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“ルーニー狂騒曲”に終焉を

2006/06/19(月)

ボン発(6月16日):イングランド代表のスベン・ゴラン・エリクソン監督は、トリニダード・トバゴに2−0で勝利した後、“ウェイン・ルーニー狂騒曲”の終結を歓迎すると多くの人々に話していた。
7週間前のマンチェスターユナイテッド対チェルシー戦でルーニーが右足を負傷して以来、イングランドの新聞のスポーツページには連日、ルーニーの中足骨についての記事で溢れていた。
しかし木曜日、ニュールンベルグでルーニーは途中出場ながら33分間プレーした。ワールドカップに初出場したのだ。

「ようやく騒ぎが収まってホッとしたよ」。
試合後の記者会見でエリクソン監督はそう言った。
「毎日毎日同じ話ばかりで我々もうんざりしていたんだ。でもそれも終わりだ」。
エリクソン監督は“騒ぎは終わった”と思っているらしい。

さて、次の質問。
「この24時間について話してもらえませんか?」
一人の記者が、医者の話や検査についての詳細を尋ねた。
サッカーの話題より医学の話ばかりで、まるで、ドラマ『ER』や『シカゴホープ』を見ているような錯覚を私は覚えた。

質問はさらに続く。
「ルーニーは次のスウェーデン戦に出れますか?」
エリクソン監督は苛立ちを抑えながら、トリニダード・トバゴ戦後のルーニーのコンディションについては1、2日待たねばわからないと答えた。

そしてピーター・クラウチへの質問。
「ルーニーが加わることでチームはどのように盛り上がりましたか?」
明らかに、クラウチもうんざりしていた。
「チームを盛り上げたのはウェインだけじゃない。レノンやダウニングもだ。攻撃陣は疲れていたからね」クラウチはそう答えた。

エリクソン監督は心底望んでいるようだが、これを見て皆さんにもおわかりのように、残念ながら“ルーニー狂騒曲”は完全には終わっていないようだ。
ルーニーの名前は、記者たちが陳腐なヘッドラインを書くのに最適なのだ。
例えばこんな感じ。
パラグアイ戦でルーニーがプレーしなかった時の見出しは「ウィッシュ・ルー・アー・ヒヤー(Wish you are here)」だったし、イングランドが2試合で勝点6を挙げ決勝ラウンド進出を決めた時は「ウィ・アー・スルー(We are through)」やアメリカ流に「ウェイン・トゥー・ゴー(Way to go)」などの見出しが紙面を躍った。
一人の選手がこれほど長い間スポーツニュースの話題を独占することはない。これはどれだけルーニーが特別な選手なのかという証拠。
しかし、最近のイングランドの記者会見に出席するのは苦痛だ。
次の質問が何なのか聞かなくてもわかる。
そう、ウェイン・ルーニーだ。

そこで私なりにこの“ルーニー狂騒曲”に便乗してみた。
「ディス・イズ・オール・ウェイン・ザ・トップ(This is all way over the top!)」
「ライト・アバウト・ザ・サッカルーズ・インステッド(Write about the Socceroos instead!)」
「ファーギー・シンクス・スヴェン・イズ・ア・ルーナティック・フォア・ブリンギング・ウェイン・バック・ソー・クィックリー(Fergie thinks Sven is a lunatic for bringing Wayne back so quickly!)」

読者の皆さんには本当(トゥルーリー)に申し訳ない。
しかしこれでこの馬鹿げた騒動は終わりにします。
じゃないと皆さんに怒られて(アンルーリー)しまいそうだ。
“ルーニー協騒曲”は、もう終わりにしよう。

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なぜ、巻を連れて来たのか?

2006/06/15(木)

ここドイツでワールドカップのイングランド代表を追いかけているメディアの多くは、パラグアイ戦でテオ・ウォルコットにチャンスを与えなかったスベン・ゴラン・エリクソンに批判的である。
ウォルコットのような、若くて未知の才能をとりあえず使ってみてはどうだ? ベンチ要員にするのは攻撃陣と噛み合わないとわかってからでも遅くはないのではないか、という理屈だ。
イングランドの慎重な戦い方に対して、このような考え方をする人が多くいたが、日本がサッカールーに敗れた後、私も似たようなことを考えていた。

唯一のサプライズとして巻を召集したのだから、オーストラリア戦の終盤は彼がワールドカップ・デビューを果たすのにうってつけだと思ったのだ。
しかし、そうはならなかった。中田ヒデそして中村と並んでプレーする第3のプレーメーカーではなく、気迫の守りをしてくれるフレッシュな体力を持った選手が日本代表に必要だったとき、ジーコは小野を起用するという不可解な選択をとったのだ。
このシチュエーションに必要なのは巻だと思った。ジーコは巻をピッチに送り出し、動くものなら何でも、できれば金と緑のシャツをひたすら追いかけるように指示することもできたはずである。

日本は後半が進むにつれどんどん深い位置で守るようになっていたが、巻なら前線で守備を行ない、ボールを持っているオージーのディフェンダーやミッドフィルダーを悩ませ、彼らにプレッシャーをかけることもできただろう。それに、巻の背の高さとフレッシュな体力はオーストラリアのディフェンダーにとっても厄介だったはず。アタッカーとしても脅威になったかもしれない。

もっとも、そうはならず、交代で入ったオーストラリア選手が日本のペナルティエリアの外側あたりで秩序正しく列を作り、次々とハイボールが供給されて来るのを待つという状況となってしまった。
サッカールーがゴールを破るのは時間の問題にすぎず、川口が判断ミスを犯した直後にケーヒルが同点ゴールを決めたのは、驚きでもなんでもなかった。
ヨシには、気の毒と言うしかない。前半と後半を通じて、見事なセーブを次々と見せ、MVP並みの活躍をしていたのに…。
ミスがあったのは、左サイドからニールがスローインを入れたときだった。キーパーは前に飛び出したが、まったくボールに触れず、絶好の位置にいたケーヒルがルーズボールを強烈にとらえた。
これがまさに、終わりの始まりであった。日本が、瞬く間に崩壊してしまったのだ。クロアチア戦で巻に有意義な働きをさせても遅くはない。私はそう願っている。そうしないのなら、一体、何のために彼を連れてきたのだろう?

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ドイツの初戦勝利を祝うボン

2006/06/12(月)

ボン発(6月9日):私がこの記事を書いているインターネットカフェの外の騒ぎ。皆さんにも伝わるだろうか?
クレイジー!
熱狂!
2006年ワールドカップの幕が完璧な形で切って落とされた。

車がクラクションを鳴らし、窓からドイツの国旗をはためかせて通り過ぎていく。
家族はレストランやカフェでドイツ対コスタリカ戦のテレビ観戦を終え、夕日を浴びながら家路へ。子供たちは顔を赤、黄、黒にペイントしている。
若い男女のグループが巨大な旗を振りながら歩き、車の流れを止めている。
とは言っても、誰もがハッピーなわけではない。パトカーはけたたましいサイレンを鳴らしながら酔っ払いのスピード違反車を追いかけていく。
歓喜の列はケネディブリッジを越え、日本代表が宿泊しているボンのヒルトンホテルまでつづいている。日本代表の選手たちも、2006年ワールドカップに来ている実感を味わっていることだろう。

金曜日の今日、私は日本ではなくイングランドのトレーニングを見に、フランクフルトへ来た。ここに来て非常に好調と言われるイングランドチームを、一度見ておきたかったのだ。そしてそれはとても満足できるものだった。
フランクフルトからボンへ帰る途中、ブラックフォレストから来たというドイツ人のグループに誘われ、列車のバーで冷たいビールを飲みスタジアムで火照った体を潤した。
ドイツのリードが2−1、3−1と広がり、そして4−2…フランクフルトからボンへ向かう列車の乗客たちは試合の様子を追いながら、タイムアップ時にはすっかり盛り上がっていた。
ビールで体も潤い、ボンについた私はこの保守的な町の興奮ぶりに驚いた。

サッカーほど国を一つにするスポーツは他にない。ワールドカップで開催国のチームが期待通りの活躍をしている時のように、愛国心を高揚させるものは、戦争だけだという記事をつい最近読んだ。
そう。ワールドカップマジックの始まりだ。
そしていま、イングランドと日本はそれぞれのスタートを待っている。

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やっと親善試合が終わった!

2006/06/08(木)

やっと、全て終わった。
2006年ワールドカップ・ドイツ大会に向けた日本代表の強化試合は、土曜日のマルタ戦(1−0で勝利)をもって正式に終了した。
しかし、ジーコ体制の4年間で戦った数多くの親善試合と同じように、マルタ戦もまったくの時間の無駄だった。
ジーコは一体何を学んだのだろう?
おそらく、何も…。
今回の中身のない勝利が、チームの士気と自信にどれほど効果があったのだろう?答えは、上に同じだ。
開始早々に日本の決勝点となるゴールを決めた玉田を除いて、誰にとってもあまり収穫のない試合だった。
マルタを完封したディフェンスの選手たちも、相手のレベルの低さをわかっていただろう。

試合中、たくさんの選手交代が行なわれたが、こちらもやはり意味はなく、日本は明らかに格下の相手を打ち破るのに苦労をしていた。まるで、個人の寄せ集めがおざなりにプレーしているような試合。本番になれば誰が選ばれ、誰が選ばれないか、選手たちはみなそれを知っているからだ。
もっとも、私自身は準備試合が終わって安心しているし、ジーコもそうかもしれない。
ジーコは、本当の戦いができる、オーストラリア戦を待ち遠しく思っているかもしれない。
テストはもうないし、やたら多くの選手交代もないし、言い訳も、もうない――あとは、グループFの初戦で、2つのチームが勝点3という大きな成果を得るために戦うだけなのである。

日曜日は、小野、稲本、小笠原、そして巻が途中出場した。高原と柳沢が欠場したにもかかわらず、ジーコが巻を先発で使わなかったのには驚いた。大黒はゲーム途中で送り出すのにうってつけの選手だからだ。
元ガンバ大阪のこのフォワードは、後半に出てくると危険な存在となる。彼のゴール前での動きの鋭さは大いに認めるが、私には、今回のような高いレベルでスタメンの11人に名を連ね、終始一貫して仕事ができるタイプの選手だとは思えないのだ。
60分か70分は巻が走り回って相手DFを消耗させ、それから大黒を送り出し、試合を決める方が…。

今回、玉田はチャンスをものにした。しかし最近、ジーコが4−4−2を採用したときの中盤の左サイドのほうが玉田に向いていると思うことがある。その場合、彼の後ろには堅実な左バックが必要だが。
それから中田浩二について。以前書いたことを繰り返すことになるのだが、彼をディフェンスの左サイドに使うのはもったいない。浩二は経験もサッカー選手としての頭脳も持っているのだから、中盤の中央で使うべき選手だ。
私は、3−5−2あるいは4−4−2の中盤で、中田浩二がもう1人の中田(英寿)と並んでプレーするところを見たくて仕方ない。中田浩二は天性のディフェンダーであるとともに、前線に駆け上がり、ゴールを決められる選手でもある。
前に書いたように、これまでの親善試合はどれも、問題を解決するより新しい問題を生み出してばかりいたように思えるが、とにかくそれが終わったのは喜ばしいことである。

さあ来い、オージー!
日本代表は、もうやるしかないのである。

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FIFAは馬鹿げたシャツプリングをなくす努力を!

2006/06/05(月)

東京発(6月2日):FIFA(国際サッカー連盟)は毎回、ワールドカップで遅まきながら近代サッカーの悪しき流行を取り締まろうとしている。
過去には背後からのタックル(この危険な行為はいまだに行なわれている。ドイツのシュバインシュタイガーが加地に対して犯したファウルは記憶に新しい)とシミュレーション。ダイビングにも注文をつけている(しかし、これもまたドイツのオドンコールがあからさまなファウルでイエローをもらい、この行為がまだはびこっている事を明らかにした)。
この先数週間、ドイツでレフリー達は何に目を光らせるだろうか?
個人的には、答えはハッキリしている。それはシャツを引っ張る行為(シャツプリング)だ。

新聞や雑誌上で、相手選手のユニフォームを引っ張っている選手の写真を見たことがある人は非常に多いはず…。
例えば先日のドイツ戦。柳沢をマークしていたボロフスキが彼のシャツを引き裂き、アツシの“6パック”腹筋(ビールや缶チューハイの6本パックを想像してもらえば私が“6パック”と表現したのを分かってもらえるんじゃないかな)があらわになった。
実際、それはまるで二人が打ち合わせていたかのようだった――ボロフスキが柳沢のシャツをわざと破き、テレビカメラがこの看板男の胸板を映し出す。そしてそれを見ている日本のフィットネスクラブやトレーニングジムのオーナー達が彼をCMキャラクターに起用しようと申込みが殺到する。そしてボロブスキーには巨額の契約金の一部が入る…。
いやいや、これは少々こじつけが過ぎた。しかし誰かがヤナギにオファーを出す可能性がないとも言えない。

とはいえ、これは深刻な問題だ。
“純粋”なファールと違い、意図的で計画的。ダイビングのように芸術の域にまで達しつつある。
レフリーの目前でわからないように相手選手のシャツを掴むなんて、できるのだろうか?現実にそれは日常的に行なわれ、その結果、選手達はレフリーの注意を引き、ファウルをもらうためにグラウンドに大げさに倒れるのだ。
シャツプリングは巧妙でずる賢い。シャツを引っ張った選手は何事もなかったようにそのままプレーを続ける。それじゃあ、やったもの勝ち? それとも、やられた選手がイエローやフリーキックをもらうために立ち止まったり、倒れたりして伸びたシャツをレフリーに見せたら良い?

FIFAには、ワールドカップでこの問題に真剣に対処してもらいたい。明らかに意図的なシャツプリングにはイエローカード、そして2度目にはレッドカードを出すべきだ。
オフィシャルがこのシャツプリングに対して真剣だと示さない限り、こうした行為はなくならないのだ。

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中田に直接決めて欲しかった

2006/06/01(木)

月曜日の夕方に東京で開かれた外国人スポーツライター協会の会合で、ギド・ブッフバルト(浦和監督)がゲスト講演した。
ワールドカップの優勝者であるとともに地元シュツットガルトの大使でもある、レッズのボスは、外国のスポーツメディアに最新の準備状況とドイツの人々の希望と期待を伝えるにはピッタリの人選だった。
しかし、サッカー界の人間である彼からは、当然ながら、日本やブラジル、ヨーロッパのサッカーについても興味深い話が聞けた。

ブッフバルトが日本人選手に感じていることの1つは、ゴール前での攻撃精神の欠如だ。もちろん、ブッフバルトがこの話題を語るのにうってつけの人物というわけでもないが、彼に語る資格が全くないわけでもない。
日本人選手は完璧なゴールを求めると感じている人がいる。日本人選手は、パスして、パスして、最後にボールをゆっくりとネットに流し込みたいのである。アーセナルのファンは、自分たちのチームはシュートを打たずにこまごまと(パス交換を)やりすぎると感じているが、それと同じことだ。

ギドの言葉は、水曜日の早朝にドイツ対日本戦を観ている私の頭に新鮮なまま残っていた。
その言葉がとくに鮮やかに思い出されたのは終了間際、日本が素晴らしい得点チャンスを得たにもかかわらず無駄にしてしまったとき。
右サイドの俊輔からの精妙なクロス。俊輔は、中田英寿が機敏な動きでファーサイドに走るのを見ていたのである。ボールが届いたとき、私は中田が体を投げ出してシュートすると確信していた。2002年のワールドカップのチュニジア戦、最近ではボスニア戦でやったように――。
しかし中田はボールを折り返し、走りこんで来る大黒に合わせようとしたのだ。
言うまでもないが、中田は自分でゴールを狙うべきだった。確かに角度はあまりなかったが、あんなにゴールの近くにいたのだから、ニアポストからレーマンの脇を破ることが十分できたし、ファー・ポストを狙う時間的余裕もあった。
中田が大黒にボールを渡し、大黒が最終的に囲まれ、チャンスが消滅したとき、私は信じられないような思いがした。テレビのカメラは大黒を映していたが、チャンスをモノにできなかったのは大黒ではなく、中田の方だ。

中田がゴールを決めていれば、中盤で彼と俊輔が相互に影響しあい、次々と日本のチャンスを作り出していた、この試合がより印象的なものになっていただろう。柳沢もスペースに数多く走りこみ負傷からの復調をアピールし、ジーコが信頼するのももっともだと思わせる結果を出した。
もっとも、2点を挙げたのは高原で、2点とも素晴らしいシュートだった。とはいえ、2点目のときのドイツのディフェンダー、とくにバラックは、高原が体をひねりながらペナルティーエリア内に入り込むのを許すべきではなかった。

中田には、日本が息を吹き返すゴールを決めるチャンスが回ってきた――しかし、パスが1本多かった。
反省する時間はまだあるはずだし、6月12日のオーストラリア戦で同じようなチャンスが巡ってくれば、中田は一心不乱にゴールを狙うものと思いたい。

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イングランドこそ巻に理想的

2006/05/29(月)

巻についてもう少しだけ…。
今や彼は話題の中心、日本サッカー界の新しいスターとなっている。
先日のナビスコカップ、エスパルス戦で1−0の勝利を巻抜きで収め、ジェフファンは少なからずホッとしたことだろう。
もちろん、前線での彼の速さ、存在感がないのは、寂しいファンにとって限り。しかし、チームは予選リーグを勝ち抜いた。

試合後、私は巻のパートナー、“スーパーマリオ”ハースに意見を聞く機会を得た。
オーストリア出身の彼は、巻の急成長に非常に感心している。
「彼は試合をするたびに良くなっているよ。ジーコ監督がワールドカップ代表に選んだのは当然だね」彼は言う。
巻の成長に伴い、ヨーロッパへの移籍が取り沙汰されるのは時間の問題だろう。そしてハースは、巻の活躍の舞台となる、とあるリーグが彼を待っていると考えているようだ。
「巻のスタイルには、イングランドのサッカーが合っているんじゃないかな」。
「巻の長所はヘッドが強いこと、それからよく走ることだ。イングランドではロングボールとクロスを多用するからね」。

チェルシーのジョン・テリーのようなDFに巻は苦戦するのではと尋ねてみると、「そうだね。接戦では苦戦するかもしれないね」と答えた。
「だけど巻がボールを持って走れば、あのスピードには彼らもお手上げだよ」。Jリーグで華麗な技を見せているハースからの絶賛の言葉だ。
彼と巻のコンビはリーグチャンピオンを狙ううえでの弾頭になるだけに、ジェフファンはハースがこの先ケガをしないことを祈るのみだ。

ワールドカップ代表チームは既にドイツ入りした。
ミッドフィールドはグループリーグのライバル達に一泡吹かせられるほど強烈でパワフルに見える。
しかし、やはりディフェンスが少し弱いように思える。できれば松田、そしてジーコがチャンスを与えていれば闘莉王が見たかった。
4−4−2ではディフェンスの欠如が露呈し、ミッドフィールドでのパワー不足が目立つ。ジーコは3−5−2を選択するようだ。

宮本がリベロとして走り、そして中澤の高さと坪井のスピードで、ディフェンスは4−4−2の時ほど脆くは見えない。
しかし、福西と中田英寿の守備的MFのコンビは、DF陣を守るために激しいタックルを繰り返さなくてはならないだろうし、加地とアレックスは両サイドを確保するためにマラソンランナーのように走り続けなければならないだろう。

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平塚での午後

2006/05/25(木)

J1もナビスコカップもなかったので、5月20日の土曜日はJ2観戦にうってつけの日となった。
だから、「美しい海」と言う意味のベルマーレがプレーする、神奈川の海岸で1日を過ごすのも悪くはない。
湘南はホームに水戸ホーリーホックを迎え、最終的にはアウェーチームが3−1で勝利を収めた。

この週末、私はテレビのスポーツニュース番組を土曜日に1つ、日曜日に1つ、計2つ観たが、どちらの番組でもこの試合のゴールシーンは流れず、とても残念だった――もちろん、あなたがベルマーレファンなら話は別だが。
その試合の最初のゴールは、水戸のMF小椋が決めたもの。そんなものがあればの話だが、「シーズン最優秀ゴール」の候補となるような1発だった。
小椋が右足で力いっぱいボールを蹴った地点はゴールから35mは離れていたはず。美しい海からの強い風を追い風に、ボールは小林が大慌てで守るホームチームのゴール上隅に届いた。あんな距離からのシュートを決められた小林を責めるのは酷というもの。あの状況では、川口と楢崎と土肥が全員でゴールを守っていたとしても、電撃的なシュートは阻止できなかっただろう。そう、それほどすごかったのである。
水戸の2点目も見事なもので、このときは金がもう少し前からシュートを決めた。また、3点目は、フラストレーションのたまったベルマーレのディフェンスにペナルティエリア内で倒されたアンダーソンが自ら決めたPKだった。

0−3とされたベルマーレは、かつてのレイソルの人気者、加藤が渦巻く風を利用してボールにカーブをかけ、左サイドから直接ファーポストに決め、終了間際に1点を返すのが精一杯だった。加藤も分かっていたと思うが、散々やられてきたホームチームがあのような時間帯にゴールしても、大勢には影響しない。

試合後、ベルマーレの上田監督はがっくりと落ち込んでいた。彼はどうしても勝って順位を少しでも上げたいと考えていたのだが、敗れたため5位に留まることとなった。
上田監督によれば、J2では13チームのうちの6〜7チームに昇格のチャンスがあるそうなのだが、レイソル独走という、恐れていた事態になりそうな気配もある。ベルマーレが3,504人のファンの前でプレーしていたのに対して、元の所属選手として有名な中田英寿は日本代表チームの一員としてJヴィレッジで約1万3,000人のファンに見守られながら練習をしていた。
もちろん、中田は一介のサッカー選手ではなくなっており、そんな状態がもう何年も続いている。中田はいまや数百万ドル規模の産業。平塚における彼の名残は、「nakata.net」の広告ボードと、かつてのプレーメーカーを指していると思われる「Pride Gate 7」と書かれた大きなバナー(現在のキャプテンである佐藤に捧げたものだったら、ごめんなさい!)に今も見られる。

1994年、インドネシア・ジャカルタのアジアユース選手権でU−19日本代表の一員としてプレーする中田を初めて見たときのことを思い出すと、サッカー人生というものはどのように転ぶかわからないものだなと思う。当時、中田はサイドでプレーしており、伊藤卓が日本代表のキャプテンで、プレーメーカーだった。
伊藤はすでにJリーグでのキャリアを終えており、彼は今、ある大学でコーチを務めている。一方の中田は、世界で活躍するスーパースターだ。

電車が平塚駅を離れると、短い雷雨から一転。空は見事に晴れ渡り、きれいな青空に虹が見えた。虹のかなたに行けば夢がかなうという言い伝えは、本当かもしれない――だって、中田英寿はそれを実現したのだから!

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ドイツW杯、中田浩二はまだチームに貢献できる

2006/05/22(月)

東京発(5月20日):ジーコの代表メンバー発表は、将来の日本人選手たちへの警告となるだろう。海外移籍は、選手として成功するために必ずしも必要なことではないと…。
選手たちはそうしたチャンスが来た時、自身のキャリアに大きな影響を与えることを理解したうえで、どの国のどんなクラブへ行くのか慎重に選ばなければならない。

理由は様々だが、松井大輔、大久保嘉人、そして鈴木隆行はワールドカップ・ドイツ大会の日本代表メンバー23人から漏れた。彼らが日本でレギュラーとしてプレーし、ジーコが実際に彼らのプレーを見ることができていたら、選ばれるチャンスはもっと大きかったのではないだろうか。
私は、彼らの海外移籍が間違っていたと言いたいわけではない。ただ、あっけなく視界から消えてしまうこともありえるということだ。

メンバー発表の会見に集まった日本人スポーツライターと話をした時、ヨーロッパへ移籍したもう一人のJリーグスターが話題に上がった。
マルセイユで散々な時を過ごし、バーゼルで何とか自身のキャリアの軌道を修正しようとしている中田浩二を、ジーコは果たして選出するのだろうか?
ありがたいことに、ジーコは中田浩二を招集した。ジーコが彼を先発起用してくれるだろうと期待している。

ジーコは、いわゆる“鹿島チルドレン”を特別扱いすると言われているが、中田浩二については当てはまらない。
事実、ジーコ時代の鹿島では、中田浩二はいつも過小評価され、うまく活用されていなかった。彼は代表チームで、より貢献できるはずだと思っている。
4−4−2と3−5−2。ジーコがどんなシステムを取るかに関わらず、チームをまとめるためには中央に二人のMFが必要だ。
少なくともそのうちの一人、できれば二人とも天性の守備的選手が良い。現時点では福西が有力だが、中田浩二も彼より明らかに優れているとは言えないまでも、同じくらい適していると思う。
鹿島では、彼はいつも中央でチームをコントロールしていたし、経験もある。そして何より、日本代表の中で同じことができるだけの頭脳を持っている。

ジーコの戦術に常に含まれているわけではないが、中田浩二が不用意に攻撃を急がないという戦術を維持し、後方でどっしり構えることでミッドフィールドにバランスを保つことができる。
さらに、中田浩二と福西を並べて起用すれば、高くて弾力のある壁をピッチ中央に作ることだってできる。ただし、ジーコは基本的に創造的で攻撃的な選手を好む傾向があるので、その可能性は低いだろう。
とは言え、中田浩二を選んだことでジーコ監督はミッドフィールドにより多くのオプションを持った。中田浩二は4バックではアレックスに代わって左のサイドバックを務めることもできるのだ(アレックスがダイビングと馬鹿げたファウルで2枚のイエローを食らって出場停止になった時にはね)。

中田浩二が今どんな状態なのかは、はっきりとはわからない。しかし、ワールドカップまでは3週間のトレーニング期間と、2試合のテストマッチがある。
ドイツワールドカップでは、中田浩二はチームに大きく貢献できるだろう。

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巻のサクセス・ストーリー

2006/05/18(木)

ワールドカップの日本代表に巻誠一郎が選出されたことは、巻個人だけでなく、Jリーグ全体にとっての勝利だった。
もし巻が選ばれていなかったなら、本人だけでなく、サッカーに携わる多くの人々が失望し、やる気をなくしていただろう。
しかし、ジーコの大胆な決断――まあ、これまでの慎重な姿勢から見れば大胆と言っても良いだろう――により、全国の若き選手たちが、努力を続け、希望を捨てずにいればトップ・レベルでも報いられるのだという希望を持てるようになったのだ。

今シーズン、私はジェフのイビチャ・オシム監督と巻を話題に二度ほどじっくり話し合ったのだが、オシムは、自らのチームのやる気に満ちたセンターフォワードをいくら褒めても褒めたりないといった様子だった。
「彼はすべての日本人選手のお手本」というのが、コメントの1つ。「まったく無名の存在から、代表チームにまで駆け上ったんだ」。
またオシムは、「どのチームにも巻のような選手が不可欠だ」とも語った。つまり、試合の後半、おそらく残り30分くらいから途中出場し、疲れを知らずに走り回って局面を打開する選手として、巻を表現しているのである。

「テクニックはさほど大したものじゃないが、ハートはとても、とても強い」とオシムは言う。
シーズンが進むにつれ、巻に対する支援が大いに高まり、日本国内の英字メディアからの支援も見られた。

巻の爆発力と価値を如実に示す試合を選ぶとすれば、それはジェフがホームで浦和に2−0で勝った試合だろう。
その試合、巻は強烈なドライブのかかった見事なシュートをサイドネットに決めただけでなく、ジェフの前線に立ち、闘莉王のパワーと坪井のスピードを相手に厳しく消耗の激しい戦いを繰り広げていた。

その後のキリンカップの2試合では、巻は現状での試合勘と調子の良さを改めてアピール。その姿は、さまざまな故障に苦しみ、かつてのような、力強く、予想不能の独特なスタイルを見せられなかった久保とは対照的だった。
ジーコはみんなをさんざん待たせ、最後に巻を発表しようとしたのだろう。普通の状態での論理的帰結と言える久保か、それとも巻か?
ジーコは後者を選んだ。そして、サッカーに携わる多くの人々に笑顔をもたらし、明るい気分にさせた。

巻ほど、この栄誉にふさわしい選手はいない。オシムが言うように、無名の存在(駒澤大学出身地)から代表チームに駆け上がり、たった3シーズンでワールドカップの代表にまでなってしまったのだ。
まさに、全国の若い選手を励ますようなサクセス・ストーリーである。

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パーフェクトタイミング

2006/05/15(月)

東京発(5月12日):ここ数日好調な小野伸二を見て、安心したレッズファンも多いことだろう。
先週日曜日の埼玉スタジアム2002で、小野は素晴らしい2ゴールで鹿島アントラーズを粉砕した。
そしてその2日後に大阪で行なわれたブルガリア戦では、途中出場ながらかつての自信と信頼感を感じさせてくれた。

実は私も他の多くの人と同じように、今年の小野については大変心配していた。
(チームに)フィットしているように見えなかったし、シャープさもない。そして何より試合中に全く存在感がなかった。
実際、その存在感のなさに、私は時として小野は途中交代してしまったかのような錯覚をおぼえた。
まったく“小野らしく”なかったのだ。

しかしチーム内では、ポンテと長谷部、そして彼らの後方で鈴木啓太がサポートしていることにより小野は時間をかけて体調をベストに調整していく余裕を得られた。
小野は正真正銘のプロフェッショナルだ。
彼のこれまでの悲運なケガの数々を考えると、そうしたことさえ起こらなければ最も良いコンディションでワールドカップを迎えられるだろう。

アントラーズ戦での2ゴールは別として、私が最も感心したのは相手MF中後に倒された後、無傷で立ち上がったことだった。
小野が倒れたのを見たベンチのギド・ブッフバルト監督、ゲルト・エンゲルスコーチ、そしてスタジアムの5万人のレッズファンは「またか!」「最近続出している中足骨骨折か?」と、最悪の事態を想像したに違いない。
しかし小野はそのままプレーを続行、そして残り4分となったところでレッズファンの大歓声のなかベンチに下がった。

さて、小野は6月12日、オーストラリア戦に先発出場するだろうか?
もちろん、これからまだ何が起こるかわからないので、今それを言うのは早い。
では、どのポジションが良いだろうか?
これは以前にも言ったことなのだが、経験を活かして流れを読み、ゲームをコントロールできる守備的MFが一番適しているのではないだろうか。
そしておそらく、中田英寿ではなく守備的な福西とコンビを組むだろう。
中田も小野も攻撃的な選手だ。小笠原、中田、小野、そして中村という4人のMFの組み合わせは才には溢れている。しかし、オーストラリアやクロアチアに対しては中盤の抑えが足りない。
ジーコ監督も、現時点でそうした細かな心配をする必要はない。
今は小野が戻ってきたことを、ただ喜んでいるだろう。

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松田のいない日本代表

2006/05/11(木)

ジーコがワールドカップ(W杯)の代表メンバーを発表する5月15日が刻一刻と近づいているが、Jリーグ最高峰とも言える、この選手が招集されることはなさそうである。
ただし、彼は故障しているわけではない。
体調は問題なし。クラブの情報筋によると、W杯に行けそうもないので落ち込んでいるそうだ。
話題の主は、横浜F・マリノスのキャプテン、松田直樹である。

この29歳のセンターバックが、日本でトップクラスのオールラウンドプレーヤーであるのは確かだ。彼がその気になれば、このレベルでならどんなことだってやってのけるほどの能力があるし、私は2年前、松田はJリーグのレベルを超えており、さらに成長するためにはヨーロッパに渡る必要があると書いたと記憶している。
松田は頑強で身体能力の優れたディフェンダーで、3バックならどのポジションでも任せられるし、4バックならストッパーもリベロもこなせる。技術もあり視野も広いので、ディフェンスの前に置けば素晴らしい「ボランチ」になるかもしれない。

さらに言えば、先日味の素スタジアムで行なわれたナビスコカップのFC東京戦、松田は中盤からボールをキープして前線に攻め込み、絶妙のチップシュートを決めているのだが、これは今シーズンのこれまでで最高のゴールの1つだった。それはまるで、エリック・カントナを髣髴させるような素晴らしいゴール。同じようなことができる日本人選手はそれほど多くないだろう。

しかし、それなのに、松田は日本代表の23人には選ばれそうにない――理由は自分自身にあることを、彼もわかっているだろう。
「8人組」による鹿島での悪名高き無断外出のあと、ジーコは規律違反に対しは厳しい姿勢を貫いている。昨年の代表合宿で先発メンバーに選ばれなかったことに不満を抱き、合宿を無断で離れた松田はまさに高い代償を支払わされたのだ。
ジーコが忠誠心をなにより重視していることはことあるごとに立証されており、松田が代表に復帰する道は閉ざされたまま。
ただし、私は自分の意見を曲げようとしないジーコを批判しているのではない。ただ、松田の起こした短気が、彼自身にとっても、日本代表チームにとっても、高いものとなったと言っているのである。
松田―宮本―中澤のバックラインは、ジーコがドイツで起用するどのようなディフェンスラインよりも強力になるのではないだろうか? 松田がいれば、3バックの中心、あるいは4バックの中央についてジーコはより柔軟な選手起用ができるようになるのではないだろうか?

ヨーロッパ組の選手を全員揃えても、松田以上の選手はそういない。
松田は時間を1年戻し、自尊心を抑えて代表合宿に留まっていれば…と後悔しているのではないだろうか。
ああ、しかし、ジーコにとっても、松田にとっても、もう遅いのだ。

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熱狂と冷静のあいだで

2006/05/08(月)

東京発(5月6日):もし浦和レッズが存在しなかったら、Jリーグは一体どうなるのだろう?
ホーム/アウェーに関わらず、浦和レッズはJリーグを毎試合盛り上げてくれる。来シーズン、彼らがアジアチャンピオンズリーグに参戦すれば、このアジアトップチームによる大会への関心が日本で高まるだろう。

例えば、先日のさいたまダービー。レッズ側スタンドで陽の光をいっぱい浴びた赤・黒、・白のフラッグが振られる様は本当に素晴らしい光景だった。
そしてフクダ電子アリーナでのアウェー戦、ジェフ千葉戦ではアウェースタンドからの声援の壁がチームを鼓舞していた。
それがホームであれアウェーであれ、レッズファンの老若男女は動くJリーグ広告塔だ。彼らはチームがJ2へ転落した時でさえチームへの忠誠心を示していたし、それはこれからもずっと続くだろう。

だからこそ、千葉で試合終了のホイッスルが吹かれた時のレッズファンのリアクションには少なからず驚いた。チームが0−2で敗れたとはいえ、まるでチャンピオンシップで優勝したかのように彼らのヒーローを祝福するジェフサポーターに向かって、レッズサポーター達はブーイングと野次を繰り広げていた。これは少々行き過ぎではないだろうか。
以前にも言ったが、チームがやる気のないプレーで試合に負けた時には、ファンは何としてもチームに彼らの意思を伝えるべきだ。お金を払っているのはファンなのだから。
しかし、チームが一生懸命プレーしたうえでより良いチームに敗れたのなら、選手たちの健闘をたたえるか、そうでなければ静かにスタジアムを去れば良い。

千葉での一戦はまさにこれだったと思う。レッズは精一杯頑張ったが、この日は対戦相手の方がずっとデキが良かった。事実、最高のプレーをしたDFストヤノフ、ミッドフィールドで奮闘した阿部、そして最前線に巻を揃えたジェフのエネルギーと意欲の結集は、レッズを団結力もリズムもない単なるスターの寄せ集めのように見せた。
ポンテは、一体何度不用意なヒールパスで相手にボールを献上しただろう。ジェフはレッズに落ち着く暇を与えることなく攻め続け、その日のピッチにはポンテのチームメイトがいないようにさえ思えた。
レッズファンの皆さん、ここはジェフを褒めようではないか。彼らは素晴らしいプレーをした。勝って当然だったのだ。

あまりにも狂信的な応援と過剰な期待は、レッズの選手たちが自らをコントロールしにくくするという負の一面を持っている。例えばホームでの対大宮戦の鈴木啓太、そして千葉戦でのワシントンがそうだ。
鈴木の場合、彼が前半、桜井に対して犯した手荒なファウルで一発退場にならなかったのはラッキーだったろう。大宮側が珍しくプレッシャーをかけ続けた際に自陣ペナルティエリアでFKを与えられなかったことに対し、彼は明らかに怒っていた。そしてそのイライラを桜井にぶつけたのだ。
一方、千葉でのワシントンは完全に我を失っていた。巻と闘莉王が競り合った時にファウルを取られなかった時にはレフリーに向かって叫んでいた。
ワシントンはゴールを量産しているが、彼がそのエネルギーを文句を言うことではなくプレーにもっと注げば、さらに多くのゴールを挙げることができるだろう。
レッズには素晴らしいファンがついている。しかしそれは選手たちが常にゲームをコントロールできるということを意味するのではない。それはレフリーの仕事なのだ。

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柳沢には時間が味方

2006/05/04(木)

「柳沢問題」は、ルーニーの場合のような大話題とはなっていないが、柳沢本人とジーコにとってはやはり重要な問題である。
火曜日にジーコが発表したキリンカップ日本代表には柳沢の名前がなかったが、彼が故障からの回復途上にあることを考えれば、まったく当然のことだ。
なんといっても、ジーコがドイツ行きの「最後の」23人を選ぶ期限、5月15日までにはまだ2週間あるわけだし、そのあとでも選手が故障し、正当な診断書の提出があった場合にはメンバーの入れかえができる。
つまり、時(とき)は柳沢に味方しており、柳沢に限らず誰も今からパニックに陥る必要はない。

もちろん、ルーニーの故障が4年前のベッカムのように大々的なニュースとなっているイングランドとは、事情が異なる。
イングランドのズベン・ゴラン・エリクソン監督は、マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督の希望に反し、ルーニーの代表招集を決めたようだ。ワールドカップ本大会のセカンドラウンドに間に合ってくれれば良いというのがエリクソンの考えなのだろう。イングランドは、パラグアイ、トリニダード・トバゴ、スウェーデンと同組のグループリーグは楽に突破できるだけの戦力があるし、ドイツでは、セカンドラウンドは6月24日――ルーニーの負傷から8週間後――にならないと始まらないのだ。

ジーコの場合、柳沢に対してそれほど悠長に構えてはいられない。日本は6月12日のオーストラリア戦の試合開始からトッププレーヤーを揃えて臨まなければならない。
オーストラリア戦は日本にとってきわめて重要な一戦。オーストラリアからはできれば勝点3を、最低でも勝点1をとらなければならないのだ。より厳しい相手であるクロアチアとブラジルがあとに控えているからだ。
ジーコのコメントから判断するに、今後順調に回復し、再び同じ箇所を負傷することがなければ、柳沢がワールドカップ行きの23人の枠に入るのは明らかだ。
ジーコが高原と久保を好んでいるのも周知の事実。ドイツにフォワードを4人しか連れて行かないつもりなら、残りの席は1つだけ。
高原、久保、柳沢と一緒に行く選手は、必然的に彼らとは異なったタイプの選手ということになり、最後の切符は大黒のところに行くのが確実なようだ。ジーコはガンバに所属していたこのストライカーには特別な才能があると認識しており、実際、大黒はワールドカップ予選やコンフェデレーションズカップで日本代表にいくつか貴重なゴールをもたらしている。
だから、つまり…(鈴木)隆行は脱落、玉田、巻も、佐藤も脱落で、大久保(みなさん、まだ彼を覚えていますか?)も脱落ということになる。
私なら、このように選ぶと言っているのではない。なぜなら、もし私が選ぶのであれば、現在の体調と調子を考慮して巻を選ぶ。しかし、現実は前述のようになりつつあるということだ。

いろんな選手の骨折が世界中で問題を巻き起こしているのは確かだが、土曜日の夜、チェルシーとマンチェスター・ユナイテッドのテレビ中継で聞いた、ロビー・アール――元ウィンブルドンのミッドフィールダー――のコメントが面白かった。彼が言うには、選手たちがより軽く、よりソフトなシューズを好むようになったため、足の保護がおざなりになり、その結果、「中足骨(英語では、“metatarsal”)」の骨折が増えるようになった。
少し前までは、ほとんどのサッカーファンが、中足骨とはなんなのか、あるいは体のどの部位にあるのか(ヒジかい、それとも鼻?)を知っているなんてありえないことだったが、今では中足骨は、ポッシュ・スパイスやブルックリン、ロメオとともに、ベッカムの歴史の大きな部分を占めるようになっているのである。

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俊輔はセルティックに残るべきだ

2006/05/01(月)

東京発(4月28日)05−06シーズン、ヨーロッパで満足のいく時間を送れたといえる日本人選手はそう多くない。
中村俊輔は、その数少ない選手の中で最も満足できるシーズンを送った一人だ。それだけに、彼が来シーズンはセルティックに残留せず、スペイン移籍を希望していると頻繁に耳にするのが私には不思議でたまらない。
スペインでプレーするのが俊輔の夢だということは、よく知っている。しかし私は、サポーターも多い今の強豪チームに残留すべきだと思っている。

現実を直視しよう。イタリア、レッジーナでの3年間、俊輔は成功しなかった。そして昨年の夏、真偽は定かではないが、スペインのチームが彼に興味を示していたものの、彼はスコットランド移籍を決意した。
俊輔と彼のプレースタイルはスコットランド移籍でパーフェクトに作用した。小さなリーグの強豪チームで、俊輔はプレイメーカーとして開花したのだ。
ミッドフィールドでレノンやキーンといった選手と共にプレーすることで、これまで彼の弱点とされてきたディフェンス面での負担が大きく軽減できた。
さらに、彼を取り巻く選手たちの個人的力量はセルティックのライバルチームよりずっと優れている。つまり、俊輔はスペースと時間を思いのままに使って相手DFを分断するパスを自在に繰り出せるのだ。彼は自分のゲームを思う存分することができるし、周囲からも、とても良いプレーしているように見える。

セルティックは堂々のリーグ優勝を遂げ、来季の欧州チャンピオンズリーグ出場を決めた。これは俊輔にとって大きなチャレンジのはずだ。荷物をまとめ、スペインという新しい環境で一から始める必要がどこにあるのだろうか?
スペインの強豪の中で生き残りをかけて争わなくてはならない中位のチームに移籍したとしたら、どうなるのだろう?
また、イタリアでの二の舞になりかねない。彼の華やかではあるが脆くもある技術は、時として万能の熟練MFに取って代わられてしまい、コンスタントに出場することができなくなってしまう。

俊輔よ、キミはスコットランドに残るべきだ。
ハギス(スコットランドへ行こうと思っている日本人のみなさんには、この風味のよい伝統料理がオススメだ。日本語で言う「美味しい」というのとは違うかもしれないが…)とその雰囲気、そしてレンジャースとのオールドファーム・ダービーを、さらにはプレーすること、チームの勝利を楽しむことだ。
セルティックは初めてヨーロピアンカップを制したイギリスのチーム(1967年、あの有名な“リスボン・ライオンズ”として決勝でインテルを2−1で破った)でもある。
グラスゴーに残り、心を落ち着かせ、ワールドカップを迎えるべきだ。そしてドイツでどんなことが起きようともセルティックに戻り、来季の欧州チャンピオンズリーグを味わう…そう、もちろんハギスもね。

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ベンゲルの考え違い

2006/04/27(木)

東京発(4月26日):アーセナル(イングランド)を欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝に導いた、アーセン・ベンゲル監督にお祝いを申し上げたい。
言うまでもなく、ベンゲルは今でも日本とりわけ名古屋で愛情を込めて思い出される存在であり、JFA(日本サッカー協会)が日本代表監督の候補に挙げているのも至極当然だ。
ベンゲルとはこれまで2度ほど話す機会があり、彼によると、日本代表監督の仕事は気に入るだろうけれど――時期尚早ということだった。日本代表監督の職はパートタイムの仕事。半ば引退した状態で受けるには良いが、まだクラブサッカーから身を引くつもりはないとベンゲルは言った。

アーセナルが初の欧州CL決勝進出を果たそうとしており、さらに由緒ある――しかし小さい――ハイバリーからGKのキックが届きそうな距離にある新スタジアムへの移転を間近に控えているなか、それは仕方のないことだと思う。それにベンゲルはレアル・マドリード(スペイン)の監督候補にも挙がっているらしく、日本で仕事をしている彼の親友によれば(分かった、分かった、スチュアート・バクスターのことだよ!)、今シーズン終了後にもレアルに行くかもしれないそうだ。
つまり、日本はベンゲルに指揮をとってもらうまでもう少し待たなければならないのである。おそらく、2010年の南アフリカワールドカップがJFAにとってより現実的な見通しなのだろう。

ベンゲルの力量は認めるが、ノースロンドン・ダービーで起きた出来事を巡る議論では、私は残念ながらベンゲルの側には立てない。アーセナルがハイバリーでスパーズ(トットナム・ホットスパーズ)と戦った、土曜午後のノースロンドン・ダービーは、その晩に日本でも生中継で観ることができた。
(状況を)簡単に説明すると、アーセナルの2人の選手がスパーズの選手と競り合おうとして衝突してしまったのである。この2人の選手、エブエとジウベルトはぶつかり合い、芝の上に倒れ込んでいたが、明らかに、頭と頭がぶつかるような深刻な事態ではなかったことは指摘しておかなければならない。
スパーズはプレーを続け、ゴールを決めた。ベンゲルは怒り狂った。スパーズがボールをピッチ外に蹴り出し、倒れているアーセナルの選手が処置受けられるようにするだろうと考えていたからだ。

個人的には、スパーズがゲームを続けたのは当然で、ベンゲルが相手側のマルティン・ヨル監督を批判したのは間違いだったと思う。
今回は、戦っている両チームの選手が強くぶつかり合い、そのいずれかが負傷したわけではない。事情はまったく違うのである。
しかしいずれにしろ、ボールをピッチ外に蹴り出し、選手が負傷しているか否かにかかわらず処置を受けさせようとするチームが、最近多すぎる気がする。
よくある光景だ…。あるチームがリードしていると、リードしている側のチームの選手が芝生に倒れ、時間稼ぎをする。それから、その選手のチームのGKまたはチームメイトがボールをピッチ外に蹴り出し、試合を止める。医療スタッフがやってくる。すると、なんとまあ、彼はまったくケガなんてしていないのである。これは現代サッカーに侵食している新しい形態の時間稼ぎの方法。反則すれすれのプレーだ。

試合を止めるのはレフェリーの仕事で、選手の仕事ではない。また私は、日本のレフェリーはもっと強い態度をとるべきだと思う。レフェリーはゲームを続行させ、「負傷した」選手に立ち上がるように告げるべきだ。あるいは、ボールをわざと外に蹴り出し、レフェリーの許可なしにゲームを止めた選手にはイエローカードを提示するべきである。
その後、リスタートのときにボールを相手チームに蹴り返してやるチームもあるが、それは親切の度が過ぎると思う。自分たちは負けていて、ゲームを遅らせた相手チームは隊形を完全に組みなおしているのだ。
最近は、一体誰がレフェリーなのだろう?

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三ツ沢での出来事

2006/04/24(月)

東京発(4月21日):MF山口から城へのFK、そしてカズのクロスを城がヘッドで押し込み、ゴール!
まるで過去の、とりわけ1998年ワールドカップが近づいてきた頃の記事のようだが、実はこれは火曜夜、三ツ沢競技場での出来事なのだ。

J2の横浜FC対ヴィッセル神戸戦のこと。スタジアムには観客が溢れ、隣接するマンションのバルコニーから人々が身を乗り出して覗いていた。
(いや、これは言い過ぎた。実際の観客数は3,286人。近くのマンションの住人がベランダから観戦しているのは、三ツ沢では毎度のことだ。でも、ここでは雰囲気を出したかったんだ!)

皆さんご存知のように、試合は城の2発のヘッドで横浜が2−1の勝利を収めた。1点目はオフサイドトラップを破ったキングカズの左からのピンポイントクロスに合わせたもの。2点目は、誰もがファウルだと判断してプレーが止まった間に決めた、物議を醸し出しそうなゴールシーンだった。ゲームは醜く、見ていて満足できるものではなかった。さらに、神戸にとっては、GK荻がボールをキャッチした相手GK菅野に突っ込むという、さらに酷い状況に陥った。

どちらかというとコミカルで笑いを誘うものだったが、腹を立てた菅野が荻を相手のペナルティエリアまで追いかけるという事態に…。そして横浜の選手(私はあまりの事に笑ってしまって誰だか見ていなかった)が荻を突き飛ばし、荻がレッドカードをもらう直前にはさらに数人の選手がその輪に加わった。
そのシーンは映画、“The Keystone Cops”やコメディ番組の“Benny Hill Show”のような、皆が皆を追いかけるといったもの。しかし試合終了のホイッスルが鳴った時、ヴィッセル陣営では誰一人として笑ってなかった。
それでも全体的に見ると、元フリューゲルズのスター三浦淳宏がキャプテンとして地元に帰ってきたし、カリスマ的存在のスチュアート・バクスター監督、そして彼の新たなアシスタントのラファ・ベニテス…いや、ファン・ペドロ(次回は気をつけて見て欲しいのだが、スタンドから見るとペドロ・コーチはリバプールのスペイン人監督に瓜二つだ)が揃っていて、ファンにとって入場料は惜しくないはずだ。

試合前、私は高木琢也監督と少し話をした。彼は横浜FCでの新しい仕事、幸運にも恵まれ上向きのチームについて非常に冷静に、現実的にみていた。
彼は私にMF内田に注目するよう言った。背番号は「10」。私は勝手に、彼はファンタジスタに違いないと思ったのだが、高木監督は首を横に振り、内田は二つのペナルティエリアの間を走りまわるだけでなく、常に得点を狙っていると語った。
私は尋ねた。「それじゃあ、ランパードみたいな感じですか?」
「そうですね、リトル・ランパードといったところかな!」。
高木監督はそう答えた(内田は身長166cm、体重58kg)。

J2ではここ最近、たくさん試合が行なわれている。J1の日程と都合がつく限り、J2の試合も見るだけの価値が十分ある。

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ツネのストッキング、俊輔のレガースくらいは…

2006/04/20(木)

土曜午後の等々力陸上競技場、フロンターレ対アルディージャ戦の観客のなかに、名古屋グランパスエイトのセフ・フォルフォーセン監督がいた。
彼は、次の土曜日に名古屋がホームで対戦するフロンターレの偵察に来ていたのだが、少し言葉を交わしただけで有益な情報をたくさん仕入れていることがわかった。
フォルフォーセンは、日本のサッカー全般、さらには日本人選手についてとても面白いコメントを発した。

彼の言うことはもっともだと思えるもので、正直言って、私も過去に同じような思いを抱いたことがあった。まさに、日本サッカー界の新参者が、まだはっきりと残っているヨーロッパでの記憶と比較して真っ先に気がつく事柄だ。
彼が指摘していたことを記してみよう。
基本的にフォルフォーセンは、選手たちがサポーターへの対応に十分に時間を割いていないと感じている。夜にパーティを開けというのではなく、練習や試合後によくあるような状況での応対をもっと良くしろといっているのだ。

「選手とファンの間に大きな溝があるように思うんだ」とフォルフォーセンは言い、その溝を埋めるのは選手の責任だと付け加えた。
それから、彼は実例をいくつか挙げた。
練習後、選手たちは豪華なSUV車に駆け込む前に少しだけ時間をとり、どんな天気でも数時間も待っているファンにサインをしたり写真撮影をしても良いのではないか。
また試合のあと、ファンがチームのバスから10mしか離れていないところにいても、選手たちが無視することも多々あるという。

フォルフォーセンはヨーロッパでプレーするある日本選手の事例も紹介した。その選手の名前はここでは書かないが、クラブで彼が練習するのを見るためにわざわざやって来た、日本サポーターの小グループを無視して通り過ぎて行ったそうだ。
「すこし傲慢に見えたね」とフォルフォーセン。
私も、このような例を代表チームで、とくにアウェーで見たことがある。2000人ぐらいの「代表ダイハード」な人々(ちょっと待って、このフレーズはマーケティング的な価値があるかもしれない…商標登録しておいたほうが良いかもしれない!)が、多額のお金を払い、長い距離を旅して、ボーイズ・イン・ブルーを応援しに来ているのに、試合後にはあっさり無視されるのである。
選手たちはどうしてサポーターたちのところに駆け寄り、手を振らないのかと不思議に思うことがよくある。おみやげの1つや2つ、投げてやってもいいじゃないか。
ツネのストッキングや俊輔のシンパッド、ヒデの手袋…JFA(日本サッカー協会)なら、彼らの少しの出費を補填してやるなんて簡単なことだ!
もちろん、フォルフォーセンはすべての選手がそうだと言っているのではないし、例外もあるだろう。彼は第一印象を一般化して話しているだけで、良い点をついていると私も認めざるをえない。

Jリーグの試合後、選手たちは結果(勝ち・負け・引き分け)に関わらず、ファンに儀礼的におじぎをするが、もっと感謝の念や感情を表に出しても良いのにと感じる。
「サポーターを尊敬しなければならない」とフォルフォーセンは言う。「サポーターがいなければ、プロサッカーは存続できないのだから」。
さあ、選手たちよ…。次の機会には本当にファンのことを思っていることを示し、ファンにストッキングや手袋を投げてやってくれ――そうすれば、ファンはもう片方のストッキングや手袋をゲットして一揃いにするためにまたやって来るのだ!

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バティ、スーケル、そして“ヤマゴール”

2006/04/17(月)

東京発(4月14日):日本の有力なフォワード達がスタイルを真似すべきゴールゲッターを探すとしたら、それは彼らが想像しているよりもずっと身近にいるだろう。
そう、そのゴールゲッターは日本でプレーしている。しかも、そのゴールゲッターは日本人なのだ!

私のこの意見に、皆さんは驚かれるかもしれない。その選手がジーコ監督のもとで、日本代表として頻繁にプレーしていたと聞けば更に驚くことだろう。
まだ、分かりませんか?
それは、山田暢久をおいて他にない。浦和レッズの万能DFの彼は、水曜夜に駒場で行なわれたナビスコカップ、アビスパ福岡戦でその卓越した得点能力を再び見せ付けてくれた。
アビスパの右サイドのMF平島からボールを奪うと左へ切り込みGK神山の守るゴールへボールを叩き込んだのだ。クール!
GKまで凍らせてしまう山田。“アイスマン”と呼ばれるべきだ。
しかし、ここ最近で彼の見事なゴールを見たのはこれが最初ではない。その前にも、叩き込むのではなく、デリケートなタッチで、まるで撫でるかのように見事なゴールを決めている。

私は山田のゴールでUEFAのテクニカルディレクター、アンディ・ロクスバーグ氏との会話を思い出した。彼は1998年フランスワールドカップ時のスコットランド代表監督だ(日本代表監督就任直前のフィリップ・トルシエ氏が、アフリカのサッカーについて素晴らしいスピーチをしたそのセミナーでの出来事である)。
日本はアルゼンチン、クロアチアに0−1で敗戦。さらにジャマイカにも1−2で敗れ、1次リーグで敗退していた。ロクスバーグ氏は、アルゼンチンにバティストゥータ、クロアチアにスーケルがいるという事実は別として、これらのチームとは少し違いがあると語った(実際にはこれは非常に大きな違いだ)。

「世界のトップストライカーを見ると良いよ」。ロクスバーグ氏は言った。
「ゴールを挙げるチャンスを得た時に、いかに彼らがリラックスしているかを見るんだ」。「日本のFWを見てみるとね、彼らは急ぎすぎているんだ。チャンスが来るとパニックに陥りチャンスを逃してしまっている」。

もう8年も前の事になるが、そんな内容の会話だった。
水曜日の夜にロクスバーグ氏が駒場にいて、山田の美しいゴールを見ていたなら、彼はきっとこう思っただろう。
『ワォ!日本のストライカーも1998年に比べて随分と良くなったものだ』

水曜は黒部と並んでトップでプレーした山田だが、ご存知のとおり、彼は決してストライカーではない。
4−4−2では右サイドバック、3−5−2では右ウィングバック、そしてトップ下と、山田はこれらのポジションを全てこなしてきた。しかし彼がFWとしてプレーするのを見たのは今回が初めてだった。
この夜、山田はGKとの1対1であっさりゴールを決めた。バティストゥータやスーケルがそうしたように…。
そう、最高のゴールだった。
かつてバティストゥータのゴールが“バティゴール!”と呼ばれたように、レッズの新たなスコアリングセンセーションを“ヤマゴール!”と呼ぼうじゃはないか!

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マリノス、駒場で不発

2006/04/13(木)

横浜F・マリノスは一体どうなってしまったのだろう?
ここ数日で私はマリノスの試合を2度観たのだが、控え選手を含めたチーム力は申し分ないのに、どうしても優勝するチームには見えないのだ。
もっとも直近の試合は、土曜日の浦和駒場スタジアム。
相手は大宮アルディージャ。レッズの出ていないJリーグの試合を駒場で観るのは、なんともおかしな気分だった。
いつもロビーで試合前のタバコを吸っているアシスタントコーチ、ゲルト・エンゲルスはどこに行ったんだ? 右サイドを駆け上がる野人はどうしたんだ?

マリノスも、おかしな気分になっていたに違いない。モチベーションも危機感も欠けており、1−2の敗戦もまったく当然と言えるような内容だった。
敗戦後の岡田武史監督は不機嫌きわまりないといった様子。そのため、私は英語で話しかけるのを遠慮した。彼の英会話能力は全く問題ないのだけれど…。私は彼が通り過ぎるのを静観し、あまり近づかないようにした!でも、彼が悪いわけでもない。

彼が指揮する、高給のスター選手たちは地味な大宮に苦汁を飲まされた。そのプレーぶりは野次を浴びせかけられた、試合後の大規模な「アウェーの洗礼」も当然と思えるようなものだった。
あれだけのメンバーが揃っているのだから、マリノスにはだらしないプレーに対する弁解の余地などないはずである。
松田、栗原、中澤が強固な3バックを形成。22歳の栗原は、ドイツワールドカップ(W杯)後の日本代表に招集される可能性がある有望選手だ。空中戦に強く、彼の左右に位置する2人の「達人」から多くを学ぶことができる。
中盤もバランスが良い。右サイドには田中、左サイドにはドゥトラがおり、中央では上野とマグロンが下支えし、吉田が久保とマルケスという2人のストライカーと連携するのを助ける。
ただし、吉田は少し線が細く、インパクトのあるプレーがあまりないため、フォワード2人があまり有効に機能できていない。
久保は、大宮のまずい守備に乗じて得意のヘディングでゴールを決めたものの、あまり目立つシーンはなく、体調は100%の状態からは程遠いようだった。ドイツW杯で久保に大きな期待を寄せるであろう日本代表のジーコ監督にとって、今の久保の状態は悩みの種になっているに違いない。

マルケスはクレバーな選手だが、日産スタジアムでFC東京と1−1で引き分けた、先週の試合での伊野波のマンマークが軽いトラウマとして残っているように見えた。マルケスはまるで伊野波が自分の肩の上にいると感じながらプレーしているようで(そのときには同じ県内にもいなかったのに)、まったくゲームに溶け込むことができなかった。
いつも元気な坂田と獰猛な大島はペナルティボックスエリア内では危険な存在だが、岡田監督のチーム自体が単調で無気力なプレーを見せているため、終盤に起死回生の働きを見せることができなかった。
中澤と久保は代表チームのことを考え自重しているのかもしれない。もしそうなら、マリノスファンはW杯後のリーグ戦再開までにレッズにあまり大差をつけられないよう、ひたすら願うしかないだろう。

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イングランドと対照的な静かな日本の代表監督候補報道

2006/04/10(月)

東京発(4月7日):現時点で日本と、イングランドの共通点はなんだろうか?そう、ジーコ監督とスベン・ゴラン・エリクソン監督はワールドカップ(W杯)終了後、二人とも辞任する。すなわち、両国ともに新しい監督を探しているということだ。
イングランドの新聞には、このスウェーデン人監督の後継者に関する記事がほぼ毎日溢れているが、一方、日本の新聞は非常に静かだ。
そこで今回は、外部からではなくサッカー界内部の色々な情報源から最近得た情報をもとに、少しゴシップを提供しよう。

最も直近に聞いた話によると、日本サッカー協会(JFA)の川淵三郎キャプテンは日本人監督を採用する考えに傾いているらしい。最有力候補は、西野朗氏だそうだ。
アトランタオリンピックの代表チームを率いた彼には、ガンバを昨シーズンのチャンピオンに導いたという大きな実績がある。さらに、もしJFAがオリンピック代表とA代表の両方を兼任させようとするならば、色々な年齢レベルでの選手達の質を知る人間を選択するのは理に叶っている。
事実、W杯後に2年契約で日本人監督に2007年アジアカップと2008年北京オリンピックを任せるというのは理屈に合う。さらにいうなら、仮に外国人監督の有力候補が2006年に日本に来られないとしたら(例えばベンゲル監督のような)日本のことを全く知らない、ゼロからスタートしなければならない監督にお金を使う必要はない。

とにかく、直近で私が聞いた話では川淵氏はどうやら西野監督を推しているようだ。
外国人監督に目を向けてみると、前リバプール監督のジェラール・ウリエ氏はJFA技術部に尊敬されていることはよく知られた話。しかし彼がそう早くリヨンを去るとは考え難い。
もう一人の名前は、高い評判を得ながら昨シーズン終了後に鹿島を去りブラジルで監督をしている、前アントラーズ監督のトニーニョ・セレーゾ氏である。ブラジルでは監督の交代は日常茶飯事なので、それについては問題ないが、ブラジルのチームに対するJFAからの補償金だ。
また、前アルビレックス監督の反町氏がオリンピック代表の指揮を執ると考えている人は多いようだ。もしこれが事実なら、日本は2007年アジアカップまでの1年契約だとしてもA代表の監督が必要になる。それは誰だろう? オシム氏? いや、西野氏? それとも岡田氏?
皆の話では、JFA技術委員会は今月末までに候補者のリストをまとめて川淵キャプテンに提出するらしい。
日本のマスコミがイギリスのマスコミが日常に書くような憶測を盛んに書き始めるのは、それからになるだろう。

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巻のチャンスはどれくらい?

2006/04/06(木)

ワールドカップが近づけば近づくほど、私には、巻誠一郎がドイツに行くのではないかと思えてならない。
ただし、「弾丸ツアー」の1ファンとしてではない。
23名の日本代表の1人として、ドイツに行くという意味だ。FIFA(国際サッカー連盟)指定の最終登録期限が5月15日という早めの時期に設定されており、代表メンバーはそれ以前にジーコにより選出される。

さて、データを見てみよう。
第一:巻は体調に問題がない。完璧な状態といって良いほどだ。つまり、全く故障を抱えておらず、毎週のゲームに出場しているのである。
第二:試合への対応が万全だ。ピッチでは動きが切れているし、ゲーム勘も冴えている。
第三:毎週90分間プレーしている。
第四:ゴールを挙げている。今シーズンは、Jリーグの6試合で3ゴールを記録している。

通常は、上記のような要素が揃っていてもさほど特別なことではない。
しかし、日本代表のFWは普通の状況にはないのだ。巻のライバルで、上記の要素すべてにチェックマークが入る選手は何人いるだろう。
柳沢は負傷。久保は復調の途中でいつ壊れるかわからない状態。高原はハンブルガーSV(ドイツ)の控えメンバー。(鈴木)隆行はベオグラードの霧の彼方。マジョルカにいる(大久保)嘉人はジーコのレーダーの射程外。玉田は昔の姿を取り戻そうと苦闘中。大黒はフランスの草サッカーのようなレベルでプレーしている。

他に、誰かいたかな?
ああ、そうだ、佐藤寿人がいた。エクアドル戦のゴールは鮮やかだったし、ゴールに負けず劣らず見事なクロスを供給したアレックスも、2年間の沈黙の後、ようやく再点火の兆しが見え始めた感じだった。
日本代表“C”チームで彼の相棒である巻を除けば、佐藤はすべての要素にチェックマークが入る唯一の選手である。

土曜日、私は巻が出場した等々力でのフロンターレ対ジェフ戦を観た。
展開が速く当たりの激しい試合で、午後の間ずっとタックルが飛び交っていたが、レフェリーの穴沢努氏の試合コントロールは素晴らしかった。このレフェリーは、見え透いたダイブ(たとえば、ジュニーニョのやったようなもの)と純粋な転倒の違い、そして正当なショルダー・チャージ(伊藤が巻にやったようなもの)とプッシングの違いをわかっており、ゲームの進行をできるだけ妨げないようにしていた。
フロンターレのスリーバックは箕輪、寺田、伊藤の身長がいずれも180センチ以上――佐藤羽生が勇人の肩の上に立ったときと同じ高さ――あり、「バスケット・スリー」と呼んでも良いほどだが、このトリオがあまりうまく活用されていない。
しかし、巻は試合中ずっと疲弊した状態で、ストッキングをずり下ろしながら走り回り、チームの2−2の引き分けに貢献した。
試合後、ジェフのオシム監督に話を聞くと、「どんなチームにも、それが日本代表であっても、巻のような選手が不可欠だ」と語った。
オシム監督によれば、代表チームでの巻は、たとえばハーフタイムか残り30分くらいのところで途中出場させ、疲れの見える相手DFをかき回す役割を与えると最も効力を発揮するそうだ。

「3年間まったく故障なし。奇跡だ!」。
「とても勇気があり…タックルもできる…テクニックはそれほどすごくはないが、チームに対する思いは、とてもとても強い」。
これが、巻に対するオシムの総評。
私は、前述したさまざまな要素を考慮して、巻にチャンスが来るのではないかと考えるようになっている。
しかし、ジーコはどう考えているのだろう?

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ドイツ人とソーセージ、そして梶山

2006/04/03(月)

東京発(3月31日):ピッチ上やベンチの中を除いて、Jリーグの試合で外国人の姿を見るのは稀だ。
時にはエージェントが自分の担当する選手をチェックしに来たり、ヨーロッパのクラブのスカウトの姿を見ることもある。

先日、等々力陸上競技場でブンデスリーガ、ボルフスブルクのチーフスカウトであるウールリッヒ・モー氏に会った。
彼が言うには、誰か特定の選手を見に来たというわけでなく、Jリーグのシーン全般、そしてギド・ブッフバルト監督、イビチャ・オシム監督に会いに来たらしい。
水曜日にはナビスコカップの予選リーグ、レッズ対FC東京戦を見るため駒場スタジアムに来ており、試合後、私は彼と話をした。
モー氏は日本のチームのスピード、攻撃力、前方への動き、そして日本人選手の技術に感心したと語った。また、ヨーロッパのサッカーを教えられる若い選手の獲得に興味を示していた。
彼は、誰が良い選手なのか尋ねてきた。それで私はFC東京の徳永、今野、伊野波の名を挙げたが、彼はより創造的で攻撃的な梶山のプレーが気に入ったようだ。
私がまだイギリスの新聞社で働いていたなら、すぐにでもノートパソコンを取り出し記事を書き始めるところだ。

『ブンデスリーガのボルフスブルグ、FC東京の若きテクニシャン梶山陽平の獲得へ』
『チーフスカウトのウールリッヒ・モー氏が水曜日の浦和戦に出場した20歳の若手実力派MFを視察。チームは彼に100万ポンドを用意する準備がある』
『FC東京は才能ある若手選手の放出を渋っているが、梶山はすでにドイツ語のレッスンをスタート。ソーセージとザワークラウトを毎食たべ、ブンデスリーガでの生活に向け準備を始めている』

イギリスのサッカーライターなら、試合後の何気ない会話にこんな記事で反応するだろう。しかしこんな記事が実現する可能性だってあるはずだ。
だって、梶山の名前(実際はナンバー23と彼は言っていた)を出したのは私ではなく彼なのだ!
とはいえ、日本人DFがヨーロッパに移籍できるチャンスは明らかに多くない。東欧出身の190cmクラスのFWがペナルティエリアに潜む、タフでフィジカルなブンデスリーガでは身長が高いことは絶対条件だからだ。

「レッズのナンバー2(坪井)が良いね」。以前の試合を持ち出し、モー氏は言った。
「彼はスピードもあるし、積極的でテクニックもある。だけど身長があと10cmあったらね…。ドイツではやはりDFには長身の選手が望まれるんだ。MFやストライカーは、コーチしやすい若くて優秀な選手が良い」。

日本にも長身のDFがいないわけではない。例えばマリノスの中澤や松田は背が高いし、また、フロンターレのDF陣はピッチから出るとまるでバスケットボール選手のようだ。しかし、より創造的な選手の方がヨーロッパのスカウトの目に留まるチャンスは多いことは間違いない。
梶山は20歳、MF、身長180cm、体重は75kg…。ちょっと待てよ、私は記事を考えていたのだ。

『バイエルン・ミュンヘンはマンチェスター・ユナイテッドに移籍するミヒャエル・バラックに代わる選手としてFC東京の1000万ポンドクラスの実力派MF梶山陽平を…』

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スタッブスの対抗措置

2006/03/30(木)

典型的な古いタイプのセンターハーフについて思いを馳せると、アラン・スタッブスのような選手が脳裏に浮かぶ。
このエバートンのベテランDFは常に誠心誠意のプレーする、生真面目な選手だが、最近、プレミアリーグの外国人選手について興味深いコメントをしたと報じられた。
要約すると、反則すれすれのずる賢いプレーが顕著に増えているのは外国からやって来た選手たちに責任がある。スタッブスはそう感じているようだ――それに、そうした傾向を食い止めるために、運営当局は迅速な対応をとるべきだとも考えているようだ。
スタッブスが語っているのは、私たちが毎週Jリーグで見ている類のもの、つまり、ダイビングしてFKやPKを勝ちとろうとする選手、負傷したふりをして時間稼ぎをする選手(土曜日のジュビロ対フロンターレ戦の終盤をチェックしてみると良い)、相手選手にイエローカードを与えるようレフェリーに要求する選手たちのことである。

「最近、我が国のサッカーには外国的なものが染み付いている」。リバプールとのマージーサイドダービーのあと、スタッブスはそう語った。
「外国人選手がプレミアシップに及ぼしている影響は、良いものがたくさんあるし、その逆もある」。

個人的には、スタッブスのような経験豊かで、正直なプロフェッショナルがはっきりと意見を述べてくれたのを嬉しく思う。そうでなくては、彼は将来、ばかげた振る舞いが見られる現在ではなく、古き良き時代――しかも、そんなに昔のことではない――を思い出すようになるだろう。
もっとも、スタッブスは外国人選手を槍玉に挙げているが、英国の選手だってダイブはしている。リー・ボウヤー(我が愛するニューカッスル・ユナイテッド所属)やチェルシーのショーン・ライト=フィリップスだって、そうした振る舞いをしているし、2002年のワールドカップでは、札幌のイングランド対アルゼンチン戦でアシュリー・コールが一目でわかるようなダイビングをするのを見て、いやな思いをしたものだ。
だから、このような現象は今に始まったことではないし、状況はさらに悪化しているのである。
選手自身もこのような振る舞いをやめさせるために行動を起こす必要があり、たとえば、痛くもないのになぜ寝転がっているのかと相手選手に尋ねてはどうかとスタッブスは言っている。
私も、ペナルティを得ようとダイブしたFWにDFが真情を吐露するのを見たい。

実は先日、このような例がセルティックでプレーする中村俊輔がダイブしたときにあったのだ。相手はハイバーニアンだったと思うが、俊輔がペナルティエリア周辺でダイブしたとき、2人の大柄なDFが俊輔をどやしつけたのである。
相手が欺瞞を働いているとわかったときには、日本人選手も同じような態度をとるべきだと私は思っている。インチキをするやつは叱り飛ばしてやれ! 恥をかかせてやれ! レフェリーを欺こうとしている行為をグラウンドの全員に知らしめてやれ!

レフェリーも厳しい態度で応対し、ピッチの半分の長さを走って負傷したふりをしている選手に駆け寄るのではなく、試合を進めるべきである。
相手選手にイエローカードを出させるために、カードをかざすジェスチャーをレフェリーに示す選手にも、スポーツマンらしくない振る舞いに対するイエローカードを出すべきである、とスタッブスは感じているようだ――私もまったく同感だ。
選手が正直に振る舞うようになれば、レフェリーという仕事がどれほど楽しいものになるか、想像してみて欲しい。
残念ながら、最近ではこのようなことは儚き望みとなっている。イングランドにおいても…。

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アビスパファン、まだまだこれからだ!

2006/03/27(月)

東京発(3月24日):トップリーグ昇格後、4試合まったく勝てないアビスパ福岡(皆さんがこのコラムを読む頃は5試合になっているかもしれない)だが、先週末の千葉戦では、彼らは非常にハングリーで生き生きとしていた。
事実、ジェフにとっては前半を1−1の同点で終えたのはとてもラッキーだったし、さらに言えば、試合を2−2の引き分けで終えたことはもっとラッキーだった。

アビスパはジェフのホームスタジアムであるフクダ電子アリーナ、略して“フクアリ”で勇敢に、そして自信満々に戦った。
90分を通してハイテンポで走り、パスを繰り出し続けたのだ。アビスパがフレッシュで、スピーディ、さらに大胆だった一方、その日のジェフは珍しくバラバラで無気力。リズムやモチベーションも欠けて見えた。
実際、ハーフタイムに入った時、“I said hey! What’s going on?”(ヘイ!一体どうしたんだ?)というコーラスの入ったキャッチーなポップミュージックが流れた。
彼らは心ここにあらずといった感じで、その時の私は「ヘイ!一体何をやっているんだ?ジェフユナイテッド!」という心境だった。
そう、ハーフタイムに、大胆な5−4−0のフォーメーションに整列した千葉のチアリーダーたちの方がよっぽどスムーズに動いていた。旗を持っていたにもかかわらず、だ。

しかし、ここはアビスパを褒めよう。彼らがこういうプレーを続けられれば、今シーズンのJ1で生き残ることができるはずだ。
「Jリーグのトップクラスのチームにあと一歩で勝てたのは、満足な結果だったのではないですか?」
試合後、私は答えを分かっていたがアビスパの松田浩監督に尋ねてみた。
彼は「そんなハズないでしょう。だって2回もリードしていたんですよ」と答えた。
松田監督は、両ハーフの終盤のミスは単純なものだったと言った。
「原因は、若くて経験の少ない選手が多いことですね」。彼はそう付け加えた。
「ロスタイムに入ってからは、いかに集中力を保つかがカギです」。

福岡を前夜9時に出発し、キックオフの2時間前の午後2時にグラウンドに到着したファンも少なくない。アビスパはファンからも多大なサポートを受けていると言って間違いない。
「私たちは3年かけてチームを作ってきました。私はチーム、戦術、4−4−2のシステム、そして攻守ともに自信を持っています」。
そう語る監督の言葉は、そんな熱狂的アビスパファンにとってとても心強いことだろう。
「このチームと戦術はJ1で十分通用すると思っています。ただ、選手個人の質は浦和レッズやガンバ大阪のように優れているわけではありません。ここまで3試合勝てていないのは、ただそれだけの理由です」。
松田監督はシーズン開幕からの3試合の引き分けについてそう話したが、アビスパはその後、ホームでグランパスにも0−1で敗れた。

アビスパにとってJ1残留に十分な明るい材料が千葉戦で見えたとはいえ、その自信を失わないためにも早く1勝が欲しいところだ。
ただ、皆さんがこのコラムを読む頃には、もう既に1勝しているかもしれませんね。

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発展途上の監督・ガーロが得た教訓

2006/03/23(木)

万全を期したと監督が思ったそのときに、何もかもがガラガラと崩れてしまうことがある!
火曜日の午後、等々力陸上競技場で行なわれた川崎フロンターレ対FC東京戦で、その実例が見られた。試合自体は、とても見ごたえがあったが、結果は2−2のドローに終わった。
引き分けという結果は妥当なものだったが、就任1年目のアレッシャンドレ・ガーロ監督の見事な選手起用により後半に息を吹き返したFC東京が、勝利をほぼ手中にしていたように見えた試合でもあった。
前半は1−0でフロンターレがリード。そこで、ガーロは動かなければならないと判断した。

ガーロは、危険なジュニーニョをマンマークするために、魅力的な若手MF伊野波を起用。その結果、バックには茂庭とジャーンの2人だけが残ることになった。
さらにガーロは2人のフルバックを前に押し上げ、右サイドの徳永と左サイドの鈴木にはさらに前に上がり攻撃をするよう指示、2人はある程度攻撃的にプレーした。
そして、私の大好きな選手の1人で、ドイツワールドカップの日本代表に選ばれないのが残念というか、個人的には不思議に思える今野は少し引き気味になり、ディフェンスを支援した。

ジャーンが飛び込みながら頭で合わせ、同点シュートを決めたあと、右サイドで徳永(なんて良い選手なのだろう!)が価値ある仕事をし、ジュビロからやって来た侵略者・川口が巧妙なゴールを決め、東京が2−1と逆転。
この時点では、ガーロの戦術的な選手交代は文句なしの満点。後半、ゴール裏で飛び跳ねる大勢のファンに向かって攻め上がるFC東京が勝点3をほぼ手中に収めているように見えた。

しかしその後、残念なことに、ガーロはすべてを台無しにしてしまった。ガーロは疲れの見えたMF宮沢に代えDF増嶋を起用、伊野波を中盤の中央の位置に下げた。この時点で、残りはわずか5分程度。試合の残り時間は増嶋がジュニーニョの面倒を見ればよいとガーロが考えていたのは明らかだ。
このとき、FC東京がばらばらになった。伊野波はジュニーニョのマークという仕事を見事にこなし、茂庭とジャーンの負担を軽減していたが、終盤に交代で入って来た選手が試合の流れについて行くのは簡単ではない。相手がジュニューニョとなれば、それはさらに厄介だ! 俊敏なブラジル人選手はチャンスを見つけると、MF中村と二度にわたってパスを交換し、これまた見事な中村の同点ゴールを演出した。

振り返ってみれば、ガーロに他の選択肢があったのは間違いない。おそらく、増嶋にはむしろ中盤で今野と並んでプレーするよう指示し、伊野波に引き続きジュニーニョのマークをさせれば良かったのだろう。
全体的には、すでにとても戦術的な戦いとなっており、ジュニーニョが試合の終盤にわずかではあるが、彼には十分といえるスペースを利用し、その能力を見せつけたのである。

38歳のガーロは監督としてはまだ若く、今はまだ自分のチームの選手のことを学んでいる段階である。
ガーロにとって、等々力での経験は今後の教訓となるだろう。最後の交代までは、とてもうまくいっていたのだから。

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京都の紫の悪夢

2006/03/20(月)

3月17日発:新シーズンがスタートしてまだ2試合。しかし、京都パープルサンガにとって、物事は良い方向に進んでないようだ。
2戦2敗、しかも惨敗。また、最初のホームゲームだというのに観衆は8000人にも満たなかった。
もちろん、軌道修正する時間はまだ十分ある。しかしJ2から昇格したチームの誰もが恐れ、避けたい状況がまさにこれだ。

シーズンが始まる前から、京都は選手層が薄く、経験も浅いようには見えていた。 2005年にJ2優勝を果たした選手達との約束を守った、柱谷幸一監督がオフの間に行なった補強はわずかに二人。ジェフのストライカー林、そしてガンバのDF児玉だ。
開幕試合をアウェーで、横浜F・マリノスと戦うということは簡単なことではない。岡田武史監督率いるマリノスは京都のキーパーのまずさも手伝い4−1で快勝した。
そして次はホームでの川崎フロンターレ戦。両者がJ2で戦ったのはそんなに昔ではない。しかし今回はJ1で、西京極で対戦し、フロンターレが7−2で大勝した。
フロンターレが2試合で挙げたゴールは13。一方、京都は得失点差マイナス8の11失点。言うまでもなく、この体たらくではJ1最下位も当然。京都は18位と最下位で他のチームから大きく水をあけられている。

私は京都の2試合をいずれも観戦していないが、テレビのスポーツニュースでハイライトは見た。
ディフェンスは悲惨な状態で、特にフロンターレとのホームゲームでは、川崎のフォワード陣は何の抵抗もなくまるでシュートコンテストのように易々と攻撃を展開していた。
こんなシーンを以前から見せられている京都ファンは、まことに気の毒だとしか言いようがない。
フロンターレ戦に来たサポーターはわずか7921人だったとはいえ、京都ファンのすべてがスタジアムにすぐに戻ってくることを期待するのは難しい。

土曜日にジュビロとアウェーで戦った後、京都は春分の日の夜にサンフレッチェ広島と対戦する。
サンフレッチェは小野剛監督のもと着々と力をつけてきた。この一戦は京都にとってJ1定着を確実にするための厳しいテストとなるだろう。
京都は少しでも早くJ1に適応し、自信を得る努力をすべきだろう。長いシーズンでこんなに早く、大きく出遅れている余裕はない。

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レッズ対ジュビロ 〜土曜日はこうでなくちゃ!〜

2006/03/16(木)

サッカーが日本のスポーツシーンそして社会生活にどれほど浸透しているのかを、実感するときがある。
土曜日が、その一例だった。
埼玉スタジアム2002でのレッズ対ジュビロ戦。日本サッカー界で日の出の勢いにあるチームと、落日のチームの戦い。どうしても見逃せない一戦だ。
陽光きらめき、春の息吹が感じられる一日。グラウンドに向かう、大勢の浦和ファンに春もつられてやって来たようだった。
電車のなかはまさにカオス。ただし、楽しいカオス。いたるところに赤色があり、電車や駅の階段はあらゆる世代のファンでいっぱい。ワクワクした雰囲気があちこちにある。

大宮駅から浦和美園駅までには乗換えが2回あり、すんなりいったためしがないのだが、この日はさらにファンの進むペースが遅いため、より長い道のりとなった。
浦和美園駅で外気に触れ、離陸前のきらきら光る宇宙船のようなスタジアムの銀の輪郭が遠くで招いているのを見ると、ようやく速足で歩けるようになる。さまざまなレプリカ・ユニフォームを売っているキオスクを過ぎると、露店では試合前に食べる色々なスナックが売られている。
英国人としては、ドネルケバブ(大きな肉の塊を回転させながら焼く、トルコ料理)を見ると懐かしい気分になるが、列があまりにも長く、しかも料理の給仕が遅すぎるため、列に加わり、これ以上時間を延ばそうという気にはならない。

スタジアムに到着すると、広場は太陽の下でピクニックをする家族でぎっしり。三菱自動車が新しいモデルのプロモーションを行なっており、遠くにある公園と草の生い茂った土手はサッカーをする子供たちに占領されている。
そう、まさにサッカーの世界――しかも、ライバル関係にある2チームの対戦なのに、騒乱の兆しもない(日本人の読者の方々は、私がなぜこんなことを指摘するのか不思議に思われるかもしれない。しかし、私が育ってきたのは70年代のイングランドであることを忘れないで欲しい。あのころは、どの試合でも、電車の駅やバス・ステーションの1歩外に出た瞬間から試合後に家の近くの駅に帰り着くまで、バイオレンスな雰囲気が満ち満ちていたのである!遠くで聞こえる警察のサイレン、犬の咆哮、叫び声、あちこちを走り回って他の人々をパニックに陥れる連中…彼らが走り回っていたのはトラブルを起こすためだったのか、それともトラブルを回避するためだったのか? それは今もわからない)。
だから、何年経っても日本の雰囲気は私にとって新鮮で、そして特別だ。明るくさわやかで楽しい。

報道受付けのデスクに向かってスタジアム内を歩き回っていると、アウェー用のコーナーで、ジュビロファンが「ヨシカツ・コール」を始めていた。おそらく、川口と仲間のキーパーたちが試合前の練習に現れたのだろう。レッズファンがブーイングやヤジで応戦する…素晴らしい!
キックオフが近づくと、スタジアムが壮大な舞台となった。陽射しのなか、ジュビロの熱烈な信者がかざすスカイブルーのライン以外は、客席全体が赤で覆われ、5万6000人以上の人々が試合開始を待っている。
そう、土曜日の午後はこうでなくちゃ。

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チャンピオンズリーグ・アジアスタイル

2006/03/13(月)

3月10日発:先日のアジアチャンピオンズリーグ(CL)、蔚山戦でのヴェルディファンの揺ぎない応援は素晴らしかった。
敗戦が確実になっても90分間眠ることなく、歌い続けたその応援は実に感動的。しかし、あまりにも観衆が気の毒だったのではないだろうか?

アジアCLは、欧州チャンピオンズリーグのアジア版であるはずだ。しかし、そうなるのはまだまだ先の話だろう。
ヴェルディ対蔚山戦の当日、私は珍しく早朝に目が覚めた。
目覚ましのアラームが鳴るかなり前に私を起こしたのは、国立競技場で行なわれる“世紀の一戦”への興奮や緊張感であるはずがなかった。何か、他に虫の知らせでもあったに違いない。
無意識にテレビをつけた私の目に飛び込んできたのは、チェルシー戦でのロナウジーニョの素晴らしいゴールシーンだった。
何と言う色彩、スペクタクル、そして環境なのだろう…アジアCLにも、こんなものが叶う日は来るのだろうか?

現実を見よう。(ヴェルディ対蔚山戦のような)こうした試合は見るのは不愉快きわまりないと言わざるを得ない。なぜ、わざわざこんな試合を見に来なくてはならないのか?家で皿を洗ったり、もっと有意義に時間を使えるのではないかと思ってしまうのだ。
他国のクラブと対戦するということは、果たしてこの言葉が正しいのかはともかくとして、私を“おびき寄せる”はずのものではないだろうか。
しかしこうした試合、少なくとも日本で行なわれる試合については、ホームチームが強すぎる。もしくはアウェーチームが日本チームを何とか止めようと思いつく限りのトリックを使ってくる。
いずれにしても、ほとんどの試合はまるで茶番。時間稼ぎやチーティングなど程度の低いプレーに満ちた、見るに耐えないものになる。

例えば水曜日の試合では、韓国の選手達はことあるごとにグラウンドに倒れ、しかもたいがい大げさな叫び声を出していた。できればもう一度テレビのリプレーでこれらの疑わしいファウルの数々を見たいものだ。少なからずそれらのファウルについてはボディーコンタクトがまったくなかったか、最少だったように見えた。
そしてアウェーチームがリードするや否や、これらの猿芝居はますます酷くなっていった。

この世界の悪い部分である。しかし西アジアにいくと更に悪くなる。最も多く目にするのはゴールキーパーが怪我したフリをすることだ。コーナーキック、フリーキック、競り合いの度に倒れこむ。ゴールキーパーがピッチで転がるなか、他の選手達はレフェリーや対戦相手に試合を止めるようプレッシャーをかける。そしてこれらの見え透いた茶番が試合終了まで続くのだ。
韓国のプサンで行なわれた2002年のアジア大会で、パレスチナが日本に対してこうした手を使った。できるだけ長く0−0のまま試合を引っ張ろうとしたのだ。後半に入り日本がリードを奪うと、さすがのパレスチナもようやくサッカーを始めた。同点に追いつくためにはゴールが必要だからだ。もちろん彼らは練習でもそんな事はやったことがなかったはずだ。

ヴェルディ0−2蔚山、観衆4436人。これは韓国での観衆を考えると悪くない数字だ。
さて、ラモス監督と選手は別として、5月3日に行なわれる第2戦を見に蔚山へ行こうっていう人はいますか?
私はおそらく、日本に残って皿洗いをしているでしょうね。

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埼玉で見た「2つのハーフがある試合」

2006/03/09(木)

英語では、「2つのハーフがある試合」という言い方をよくする。
もちろん、どの試合も各45分のハーフで構成されているし、ノックアウトシステムでは、90分で決着がつかないと、さらに15分ずつのハーフが用意されている。
ここで言う「2つのハーフがある試合」とは、具体的に言うと、それぞれのハーフの内容がまったく異なっている試合ということ。サッカーではこんな試合がよくある。

土曜日の午後、大宮アルディージャがホームの埼玉スタジアム2002にジェフユナイテッドを迎えた試合も、そんな試合だった。
前半のジェフは素晴らしかった。それは、ときおり、自分は1974年のオランダ代表を観ているのではないかと思えるほど。斉藤はまるでクロルのようで、自陣のペナルティエリアで守備をしていたかと思うと、その1分後には相手ゴール前で攻撃に参加していた。阿部はニースケンス。チームを積極的に引っ張っていた。また、モジャモジャのブロンドではなかったけれど、巻はレップのようだった。

それじゃあ、クライフは誰かって?
残念ながら、クライフは唯一無二の存在(ペレとマラドーナのどちらが歴代最高の選手かと議論している、最近のFIFAのナンセンスぶりは一体何なのだろう? 最高はクライフに決まっている。その次はアラン・シアラーだろう…。この部分はもちろん、ニューカッスル・ユナイテッドのファンとしての見解だけどね)。

まあ、私はジェフの素晴らしさを大げさに表現しているのかもしれない。だって、1974年のオランダ代表なら、前半で大宮を完全に叩き潰していただろうし…それに今やっても同じことができるかもしれない(アルディージャファンの皆さん、ごめんなさい…軽いジョークですよ)。
ジェフは斉藤がファーサイドにカーブする素晴らしいゴールを決め先制したが、その直後、まずいディフェンスのせいで、コーナーキックから冨田にヘディングで同点弾を決められてしまった。

それから、巻がゴールを決めてジェフが再びリード…この時点で、試合が始まってまだ15分しか経過していなかった。
ジェフのショーは続き、古典的なオシムスタイルの、聡明で創造的で動き回るサッカーを披露していた。レッズ、マリノス、アントラーズ、ガンバ、それからジュビロの存在をとりあえず無視するとすれば、今シーズンの順位表のトップに立つのは、このチームしかないのではないか!しかし、それは前半のお話――覚えてらっしゃるだろうか? この試合は「2つのハーフがある試合」なのだ。

1時間を経過したあたりで、坂本のオウンゴール(ゼロックス・スーパーカップのガンバ戦で見せた、長谷部―坪井の連係弾ほど見事ではなかったが、大画面で繰り返し観る価値のあるものだった)で大宮が追いつく。それから、ジェフの崩壊が始まった。
佐藤勇人が小さなファウルを短い間に2回繰り返して――痛そうな素振りを見せた大宮の選手も情けないが――レッドカードをもらうと、その直後に小林大悟が若き日のカズのような俊敏さでヘディングシュートを決め3−2とし、大宮がこの試合で初めてリードを奪う。
悪いことは重なるもので、坂本のオウンゴール、勇人のレッドカードがあったが、大悟のヘディングが決まったのも、ハースがハムストリング(太もも裏)をさすりながらピッチの外に出た直後だった。

「彼も痛かったけれど、チームも痛かったのでは?」。私は試合後、オシムにたずねた。
「そうでしょうかね?」オシムは、微笑みながら、完全に意味ありげな様子で答えた。
ジェフの悲惨な午後を締めくくるように、トニーニョが大宮の4点目となるヘディングシュートを決め、オレンジ軍団(1974年のオランダではなく、2006年のアルディージャ)が試合を完全に掌握した。

さて、トータル・フットボールの話はこれくらいにしておこう!
J1で勝つには、ジェフは文字通りどの試合でも最大の力を発揮する必要がある。しかし、すでに勇人が出場停止、ハースは故障。
大宮から土屋をレンタル移籍で獲得したほうが良いかもしれない。もっとも、土屋はまだハーフ1回分しか出ていないわけだけれど…。

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J2、J1、開幕週のお楽しみ

2006/03/06(月)

今週末はJリーグにとって特別な週末だ。
単に、新たなシーズンの開幕日だからではない。今シーズンから、J2は土曜日に、そしてJ1は日曜日に試合を行なうことになる。
ただし、土曜に吹田市で激突するガンバ対レッズ戦は別である。

まるでJ1を土曜日に、そしてJ2を日曜日に開催していた古き良き日が帰ってきたようだ。当時、ファンたちは週末に2ゲームを観戦できたものだった。
土曜日に行なわれる関東での試合を1試合選び、そして翌日にJ2に目を向ける。こんな感じで私は楽しんでいた。

個人的にJリーグはそういう形式に戻した方が良いと思う。
もちろん、J1の数試合は日曜日に開催すれば良いだろう。特に関東ではチーム数が多いからだ。ただし、基本的に週末の2日目はJ2の試合日とする。
こうすることによってJ2もメディアの注目を集めやすいし、より多くの観客を呼べる。特定のチームのファンではない人たちは間違いなく、J2よりJ1の試合へ行くだろう。
もし毎週日曜日にJ2の6試合が行なわれ、J1は1〜2試合しかないとしたら、サッカーファンがJ2の試合に足を運んでくれる可能性は高くなるのではないだろうか。

となると、今週末の関東エリアのサッカーファンたちはどこへでかけるだろう?吹田まで行くのはお金もかかるのでガンバ対レッズ戦は問題外だ(貧乏なフリーのサッカーライターのための寄付は喜んでお受けしたい)。
他にはと言うと、愛媛か鳥栖か。
いやいや、どちらも沖縄や台北からの方が近かったりするのかな?
となると、レイソルかヴェルディだな。

柏ゴール裏の“イエローモンキー”はいつ見ても楽しい(いやレイソルのサッカーだってそうだ)。そして彼らの土曜日の対戦相手、湘南ベルマーレはJリーグの中でも最も美しいストライプ、ロイヤルブルーとライムグリーンを身にまとう(安藤美姫も次に滑る時はベルマーレストライプの衣装を着てみてはどうだろう。もちろんブーツとスネ当てとまではいかないだろうけれど・・・)。

一方、国立でヴォルティスと対戦するかつての強豪ヴェルディの試合は、これまた見ものだ。
ラモス、柱谷、都並、そして菊池が揃った(しかもベンチに!)ヴェルディは以前のような王者に見える。
彼らはコーチングスタッフ獲得にかなりの額を費やしたことだろう。しかし埼玉県に移った両小林を含む昨シーズンのほとんどの選手がチームを離れた今、チームに選手は残っているのだろうか?
読者の皆さん、どの試合を見るかはともかくとして、どうぞ週末を楽しんでください。そして是非私への寄付もお忘れなく(コインでなく、できれば5000円札以上でね!)。

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グランパス新監督が望む、玉田の復活

2006/03/02(木)

1993年のJリーグ発足をイングランドで最も有名な選手(ゲリー・リネカー)とともに迎え、その後、モダンサッカーの偉大な監督の1人(アーセン・ベンゲル)が指揮を執ったクラブだというのに、名古屋グランパスエイトは、J1で忘れ去られたチームとなってしまった。
トヨタから寛大な支援を受けているにもかかわらず、グランパスは自分たちよりはるかに小さい財務リソース、選手層そしてファンベースしか持たないクラブにも遅れをとるようになってしまった。
総括すれば、グランパスは非常に寂しい状態で2005年を終えた。順位は屈辱的な14位。優勝請負人のブラジル人監督、ネルシーニョが去ったのはずいぶん前のこと。今度はオランダ人のセフ・フェルホーセン氏が監督に就任し、グランパスの建て直しを担うことになった。

先週末に東京で行なわれたJリーグの毎年恒例の記者向け懇談会で、立派過ぎると言えなくもない口ひげを生やしたセフ・フェルホーセンと楽しく話す機会があった。
当然かもしれないが、フェルホーセンは新シーズンを間近にして気分が高揚しており、選手たちはとてもやる気に満ちていると語った。実際には、あまりにもやる気がありすぎ、シーズン前に故障者が何人か出てしまっていた。
負傷者リストには、歴戦の兵(つわもの)秋田豊、いつも若々しい藤田俊哉、それからベルギーのクラブ・ブルージュから移籍してきたスロバキア人のマレク・スピラールが名を連ねているが、フェルホーセンは、医療スタッフに全幅の信頼を寄せていると話していた。どうやら、すでにみんなが回復していることを知っているようだ。

それから話題はころっと変わり、「玉田圭司! 玉田圭司! 玉田圭司、ウォーーー!」というふうになった(読者には申し訳ないが、そのときは自分が日立柏サッカー場にいるのかと思った)。もちろん、玉田は降格したレイソルから、およそ3億円の移籍金――ええと、これは、私がこの移籍契約の関係者から聞いた額――でグランパスに入団した。
私はここ2、3年ほど玉田の大ファンだったが、最近は見解が変わってきた。私の、そしておそらくジーコの見解では、玉田は名古屋で再び実力を証明しなければならない。そのときというのはもちろん、彼が完全に復調したときである。

私は、パスコースに駆け出し、ディフェンダーと対峙し、あの素敵な左足でゴールを決める、ハングリーでエネルギーに満ちた玉田が見たいのだ。彼の不調と自信の欠如がレイソル全体に波及したように思えるが、玉田――それに柏――は、それぞれに異なった場所で再スタートをきることができるようになった。
「彼のことは大事に扱わなければならない」とフェルホーセンは言う。「カギを握る選手だし、彼が普通のレベルに戻るための時間を与えなければならない。」
「昨シーズンは、玉田にとって最高のシーズンというわけでもなかったようだが、もともと高い資質を持ったとても素晴らしいストライカーだったのだから、すぐに素晴らしい状態に戻るだろう」。

グランパスはJリーグ創設時の10チームの1つで、Jリーグにとって重要なクラブ。Jリーグは『強いグランパス』を求めているのだ。だからフェルホーセンには、斬新な手法と楽観主義でチームを一変させてもらいたい。
それに、グランパスファンは柏で作られた「玉田圭司」応援歌を口ずさむのをずっと楽しみにしているかもしれない。なんたって、あれはJリーグでも屈指の素晴らしい歌なんだから!!

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優勝候補のレッズ、そして数チームが後を追う

2006/02/27(月)

最後の最後、土壇場でガンバ大阪が接戦を制し優勝を遂げた、2005シーズン最終戦のようなドラマを、Jリーグは今年も再現できるだろうか?
最終節を残して5チームに優勝のチャンスがある。こんなシーンにお目にかかることはないだろう。しかし、かと言って、イングランドのチェルシー、イタリアのユベントス、スペインのバルセロナ、そしてドイツのバイエルン・ミュンヘンのような、いわゆる“スーパーチーム”、ダントツの独走でタイトルを手中に収めるようなチームはない。

先日、ジェフのイビチャ・オシム監督と話をした。彼は、8〜9チームはコンスタントなプレーで上位争いをし、そして、そのうち3〜4チームが優勝争いをするだろうと予想しているらしい。
昨季はガンバが勝点60で優勝し、レッズ、アントラーズ、ジェフ、そしてセレッソが同59と、わずか1ポイント差の中に5チームがひしめいていた。
今季はと言うと、さらに2つの優勝経験チームがタイトル争いに加わるだろう。
「今、横浜とジュビロが非常にいいね」。オシムは言った。「当然だけどね」。

(ガンバ大阪の)西野朗監督もオシムと同じ考えだ。彼は、レッズとマリノスが今年のガンバにとって最大の脅威になると考えている。
西野監督は、昨季のマリノスとジュビロはアジアチャンピオンズリーグ(CL)の影響が大きすぎたと感じている。両チームは6試合多く戦い、ミッドウィークの試合のために広い大陸を行ったり来たりしなければならなかったからだ。
アジアCLに関わったことが、彼らに肉体的、そして精神的負担を与えたことは疑うまでもない。今年12月に開催されるFIFAクラブ選手権(FIFAクラブワールドチャンピオンシップ)への出場権を得られるとは言え、(横浜F・マリノスの)岡田武史監督はアジアCLに参加しなくても良いということにホッとしていることだろう。
岡田監督は余計なストレスや面倒とは無縁のJリーグチャンピオンとして、FIFAのこのイベントへの出場資格を獲得することを選びたいだろう。

私は以前、ガンバが優勝するだろうと予想したが、今回はそうは予想しない。
彼らはアジアCLに出場しなければならないだけでなく、昨季驚異の49ゴールを叩き出したアラウージョと大黒がいないのだ。
昨季、ガンバにタイトルをもたらしたのは彼らの攻撃力。守備力ではなかった。マグノ・アウベス、播戸、そしてフェルナンジーニョのFW陣の攻撃力は、2005年のFW陣のそれとは程遠い。右サイドの加地、そして明神がミッドフィールドの中央を抑え、おそらくディフェンスはよりタイトになるだろう。

優勝の最有力候補は、小野、ワシントン、相馬、そして黒部を新たに迎え入れたレッズだ。
しかしオシム監督が言うように、1つのチームが独走するようなことにはならないだろう。私もそう思う。

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『小笠原に恋して』

2006/02/23(木)

先日、私は1年前に英国で買った“David Beckham Annual”(「デビッド・ベッカム年報」)を読んでいた。
「デビッドの記念日」という見出しの下には、1996年8月17日の金字塔的偉業が記録されていた。
「セルハースト・パークでのウィンブルドン戦、デビッドはハーフラインあたりから衝撃的なゴールを決め、その名を知らしめた」と日誌には記されている。
「そのゴールが決まったのは、2−0でユナイテッドがリードした試合の終盤。ベックス(ベッカムの愛称)はこう回想する。『キーパーのニール・サリバンが前に出ているのが見えたので、ロブで頭を越そうと決めたんだ。それからは、みんなが言うように、歴史になっちゃったね』」。

なんとなく「デビッド・ベッカム」が「小笠原満男」に見える。
そう、土曜日のフィンランド戦で小笠原が見せたロングシュートは、ベッカム級だった。実際には、ドンズ(ウィンブルドンの愛称)を相手に決めたベッカムのシュートより良かった。小笠原のシュートのほうがもっと距離があったからだが、もちろん、マンチェスター・ユナイテッドがプレーするイングランド・プレミアリーグの試合ではないので、世界中の多くの人がこのシュートを見るというわけにはいかない。

日曜日の日本のスポーツ紙や一般紙は、実際の距離を決めかねていた――50mと報じるところもあったし、55mも、57mも、58m、さらには60mというのもあった。しかし、距離の判断はどうであれ、各紙のメッセージは明らかであった。エコパと日本は、疑いようのない才能を持った1人の日本人選手が放った、真に驚異的なゴールを目撃したのである。
右足でシュートを放ったとき、小笠原は自陣にいた。前述のケースのベッカムと同じように、彼もキーパーが8mほど前に出ていることに気がついた。彼のキックは、完璧と言うしかないものだった。

タイガー・ウッズがフェアウェイから打っても、あれほどピンにピタリとつけることはできなかっただろう。小笠原が美しく浮かせたボールは、まさに正確かつ精密。
あの状況下では、フィンランドのGKを批判することはできない。GKの身になってみれば分かる。1人の日本人選手が日本側のハーフでボールを受け、前方にフィードする態勢にある。FWへのロングパスなら、GKはゴールエリアから飛び出して割って入る備えをする。しかし、GKは不意にそのボールがパスではないことを悟った。ボールが強く蹴られたからだが、背後にスペースはほとんどない。GKは後ずさりしてゴールラインを死守しようとしたが、バランスを崩し、バーの下に落ちてきたボールに触れることもできなかった。完璧だ!
そう、GKを責めるのは酷というものだ。GKのせいにすれば、小笠原の素晴らしさが少し色あせてしまうではないか。

1996年、その衝撃的なゴールを足がかりとし、ベッカムはスーパースターへの階段を駆け上がった。スケールこそ小さくなるが、小笠原の信じられないようなゴールも日本サッカーの歴史にずっと刻まれることだろう。
映画『ベッカムに恋して』は世界中で放映された有名な作品だが、今回、小笠原があの長い距離からゴールネットに突き刺したベッカム・スタイルのシュートは、映画のタイトルを『小笠原に恋して』にしたほうが良いと思わせるようなものだった。

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小倉の引退決意

2006/02/20(月)

先日、とある短信が目に留まった。それは小さな記事だったが、私は大きなショックを受けた。
記事の内容は、小倉隆史がJリーグから引退するというものだった。
扱いが小さい理由は明白。現在32歳になる小倉は2002年以来J1でプレーしていないし、それ以前から存在感を失いつつあったからだ。

私は1995年の天皇杯準決勝、鹿島アントラーズを5−1で粉砕した試合で2得点を挙げた、若く絶好調だった小倉についてのアーセン・ベンゲルのコメントが忘れられない。
当時、香港から東京に来ていた私は、その試合が見たかったし、1994年の秋にUAEのアブダビで会って以来ご無沙汰だったベンゲルにも会っていろいろと話をしたかった。94年に会った時のベンゲルは、ちょうどモナコを離れ、グランパスの監督に就任する前だった。
試合後の記者会見で小倉について聞かれたベンゲルは、“彼が望むだけ”良くなると言った。世界最高レベルで成功するにあまりある小倉の才能を理解していたベンゲルからの、最高の賛辞だった。素材と素質はすでに持っている。あとは姿勢と意欲があれば良いのだと、ベンゲルは小倉を評した。

しかし。プロサッカーというものは時として非常に残酷である。わずか2ヶ月後の1996年2月、マレーシアで行なわれていたオリンピック代表チームの合宿で小倉は膝に重傷を負い、残りの予選、そしてアトランタ五輪の欠場を余儀なくされた。
小倉の復活は絶望的と見なされ、1999年にグランパスを去ると、小倉はジェフ、ヴェルディ、札幌と渡り歩き、2003年からは甲府でプレーしていた。
“レフティ・モンスター(左利き/左足の怪物)”と称された小倉は、左利きの日本人選手史上最高の選手の一人として、いつまでも記憶に残るだろう。たくましい体、183cmの長身、彼は全てを持っていた。しかし怪我のために自身の持てる可能性を開花させることなく終わってしまった。

94年5月のキリンカップ。スター選手がひしめくフランスを相手に日本は1−4の敗戦を喫したが、小倉は日本唯一のゴールを決めた。そして、そのシーズンには就任1年目のベンゲル率いるグランパスのフォワードとして37試合で14ゴールを挙げた(天皇杯は5試合で5ゴール)。

記事を読んだ数日後、土曜夜のサッカー番組に出演している元気な小倉を見た。
彼がどれだけ偉大になれたのかは、もう誰にもわからない。しかし彼は自身のキャリアを通して、自身の才能に見合うだけの正しい姿勢と強い意欲を持っていたことを十分に証明した。
そして、これこそベンゲルが望んでいたことだったのだ。

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未来のために、伸二は後ろに

2006/02/16(木)

米国戦で、ジーコがワントップの後ろの位置に小野伸二を起用したのは、まあ、勇敢だったし、大胆であった。
しかし、試合に出られるほど体調が整っていなかったのを割り引いたとしても、伸二が聡明で、創造的かつ攻撃的な選手であった時代が終わったのは明らかだった。
現在の伸二は、縦横無尽に動き回る魅力的な選手という、かつてのイメージから離れ、中盤の底の将軍、保護者、支援者、提供者となっている。見た目は若者だが、老人のような配慮ができる選手になっており、日本にとっては中盤のエンジンルームに欲しい選手。前線では彼の資質を十分に発揮できないかもしれない。

もっとも、この試合でジーコが3−4−2−1のフォーメーションで久保の後ろに小野と小笠原と並べ、彼が前線でプレーするのを見たかったというのも分かる。
スピードがあり、仕上がりもモチベーションも十分な米国を相手に、日本は前半にリードを奪われ、さらに後半早々に追加点を許したが、その問題がシステムにあったとは私は思わない。
個人レベルで日本の選手が差をつけられ、圧倒されたにすぎないのだ。私は今でも3−4−2−1こそ日本がとるべき道だと思っている。そうすればジーコは中盤に6人の選手を配置でき、基本的に守備陣が5人(バックの3人と中央のミッドフィルダー2人)、攻撃陣も5人(ウイングバックの2人と2人のシャドーストライカー、それからもちろんセンターフォワード)というバランスの良い構成が可能になる。

ジーコは、最初の10分は良いプレーができていたと指摘していたが、まさにその通りだった。同じポジションにいた小野と小笠原の仕事は相手ディフェンダーに時間を与えず、プレッシャーのかかった状態にし、クリアするのが精一杯だと思わせること。
俊輔が復帰すれば同じ仕事をするのだろうけれど、2人のシャドーストライカーは前線で効果的な守備もしなければならず、大変な役割ではある。
伸二が後ろに下がったほうが良いと思う、もう1つの理由は、最近の故障から復帰したあと、長期的に体調を維持できるのかどうかということが、やはりジーコと浦和にとっての懸念となるに違いないからだ。

ワントップの後方の2人の攻撃的ミッドフィルダーは、中村や小笠原、さらには大久保や中田英寿のほうが良いとジーコが考えた場合、小野は中盤の底のミッドフィルダーのポジションを中田(英寿と浩二の両方)や稲本、福西、阿部、遠藤、それから今は長谷部(できれば今野も)と争わなければならなくなる。
クラブや代表における伸二の過酷なスケジュールを考え、彼が頑張り過ぎないよう、急ぎ過ぎないよう、願おうではないか。

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オシムの的外れな批判

2006/02/13(月)

ジェフユナイテッドのイビチャ・オシム監督のコメントは、いつも傾聴に値する。ただし、今週、中田英寿と中村俊輔を批判したのは少しやりすぎではないかと思う。
クロアチアの新聞のインタビューは、日本のメディアおよび日本の英字紙でもとりあげられたが、そのなかでオシムは、中田と中村はあまり働いていない、と発言したのである。
「ジーコは、中田と中村のせいで苦しむだろう。2人はクラニチャルのようには走らず、ボールを持つだけ」という、オシムの発言が引用されていた。彼は、クロアチアのゲームメーカーで、ズラトコ・クラニチャル代表監督の息子ニコ・クラニチャルと日本のコンビを比較していた。

ところで、私は先日、香港でクラニチャルを2度見た。彼は、毎年行なわれるカールスバーグカップで、メンバー落ちのクロアチアチームに入ってプレーしていた。
まさしく、クラニチャルは完成されたテクニシャンで、エレガントなボールさばきを見せ、攻撃を加速させるようなショートパスを数多く送っていた。
しかし、ボールを奪われることも何回かあった。原因は主に不正確なパス。動きが緩慢に見えることもあった。香港まで随行してきたクロアチアの記者たちと彼について話し合ってみたが、息子の方のクラニチャルはまだこれからの選手、というのが結論だった。

私の意見にみんなが賛成してくれたのは嬉しかったが、もちろん、ドイツでベストメンバーのクロアチアチームに入れば、クラニチャルははるかに良く見えるだろう。
中田、中村との比較では、中田のほうがクラニチャルよりはるかに力感があり、プレーのテンポも速い。スタミナも中田の資質の1つなので、私には、オシム――私が大いに評価しているコーチ――がなぜ、中田はあまり走らないと考えたのか、不思議でならない。

俊輔については、存在感があるのは認めるが、中田のような持続力がない。スコットランドでも後半にしばしば交代させられるが、理由はそのあたりにあるのだ。
中村の才能はあらゆるところで垣間見られる。その技術、その視野、そのパス、そしてなによりそのワールドクラスのフリーキック。とくに、現在のサッカーではフリーキックを過小評価してはならない。最高レベルの試合では、1つのセットプレーで勝敗が決まる場合が多くあるからだ。

クロアチアの新聞のインタビューで、オシムはいくつか面白い発言もしていた。
たとえば、ジーコは新しい選手を使おうとせず、クラブで結果を出していない選手にこだわり、攻撃を重視するあまりディフェンスのバランスにあまり配慮しないと述べていたし、個人に責任を委ねるというジーコのポリシーは日本人の気質には合っていない、とも言っていた。
ただし、中田と中村があまり走らないというのは、的外れである。

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やっぱり久保に期待

2006/02/09(木)

数ヶ月前の久保竜彦は、ワールドカップの日本代表を目指す競争から脱落したかのように見えていた。
しかし、新しい年がやってくるとともに、ジーコにその存在感を改めて見せつけるチャンスがやってきた。
今週、サンフランシスコで米国と親善試合を戦う日本代表には、ヨーロッパ組のストライカーが含まれていない。そのため、久保には自身の復調とチームにとっての価値をアピールする舞台が与えられたのである。
体調が万全なら、久保には何か特別なもの、何か違うものが、確かにある。

あらゆる日本人フォワードのなかでも、久保は空中戦で抜群の強さを誇っており、高いジャンプを持つ彼はつねに相手マーカーの脅威となっている。
また、フィジカルも強く、しかもペナルティエリア内を遠慮なく動き回るため、そのふてぶてしいプレースタイルはディフェンダーにとっては悩みの種である。
地上戦での久保は、予測不可能だ。次に何をするつもりなのか全く読めないのである。こんなありえないような位置から、強烈な左足でシュートを打つつもりなのか? あるいはパス? それともドリブルか?

久保の復帰により、ジーコは強固な相手ディフェンスの鍵を開く人物を手に入れることになる。また、今でも私は、2002年ワールドカップの代表選考で西澤ではなく久保を選ばなかったのはトルシエのミスだったと感じている。
日本のストライカーのリストを一覧すれば、ドイツ行きの席はまだ十分に余裕がある。鈴木、柳沢、高原、そして久保は、いずれも3−4−2−1の1トップとしてプレーできるが、もし久保の体調が良いことがわかり、しかも何点かゴールを決めたなら、久保の代表入りの可能性は大きくなるだろう。
これまで、私は久保を代表候補としては考えていなかった。その理由は、久保は故障のカタログのような状態で、2004年の9月以来、代表でプレーしていなかったからというだけに過ぎない。

久保がクラブそして代表で普通にプレーできるというなら話は別だ。そうなれば、久保には確実に代表の座が与えられなければならない。
当面は、センターフォワードとして先発する2人は(鈴木)隆之と柳沢、控えは大黒と大久保という考えを変えないつもりだが、サッカーでは、あらゆることが一瞬にして変わってしまうこともある。

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キャリアの軌道修正を果たした中田浩二

2006/02/06(月)

2月3日:中田浩二がようやくマルセイユを去った。
新聞などで私が見た元アントラーズのスターはいつも笑顔だったが、彼はフランスで辛い時期を過ごしてきた。
しかし今、その悪夢が醒めた。スイスのFCバーゼルへの移籍が決定したのだ。契約期間は2008年6月までである。

個人的に、この移籍は中田浩二に