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日本代表が香港で得た教訓

2009/12/17(木)

2009年12月16日/香港:20歳以下の日本代表チームは東アジア大会で銀メダルに終わったが、この大会で国際試合というものについて、それから前途に立ち向かう課題について多くを学ぶことができたのは確かで、その得たものは金メダル以上の価値があった。

その要因の第一は、香港スタジアムがすさまじく騒々しかったことにある。ホーム・チームが決勝に進んだため、チケットは完売。ぎっしりとスタジアムを埋め尽くした観客の数は3万2,000人にもなり、それぞれのフル代表が激突した最近のアジアカップ予選、香港対日本戦の観客数よりも2万人以上多かった。
ホーム・チームのサポーターの情熱は本物で、地元チームを心からの誇りとしていた。私は1989年から1996年まで香港に住み、かつて英国領であったこの地のあちこちで数百の試合を観戦したが、私の覚えている限り、今回の東アジア大会ほど香港のファンが地元チームを熱心に応援したことはなかった。まるで1997年の中国への返還以来、香港の人々が初めてスポーツによって自らのアイデンティティを確認したように思え、醸し出された雰囲気はずっと大きなイベントのそれに匹敵するものだった。

要因の第二は、ピッチだ。このように大きなスタジアムでありながら、残念ながらグラウンドの状態はビリヤード・テービルのように緑豊かで滑らかな日本のピッチとは大きく異なっていた。ピッチは傷みやすくなっており、シューズのスタッドで鋭くひねると、大きな芝生の塊が飛び散っていた。やっぱりそれも、日本の若者たちにとってはアウェーでの得がたい経験だった。

要因の第三はレフェリーであった。普段、私はレフェリーを批判することをできるかぎり避けるようにしている。レフェリーというのは務めるだけで十分に過酷な仕事だからである。しかし、日本がいくつかの不可解な判定に苦労していたのは確かで、とくに自陣ペナルティエリア付近で相手にフリーキックを与える判定ではそれが顕著であった。

もっとも、いちばん面白い判定は、延長の終了を告げるものだった。スタジアムの時計は明らかに14分49秒をさしていた。確かに11秒短かっただけかもしれないが、かなり珍しいことではある。日本の選手たちもそれが分かっていたようで、終了を受け入れ、ペナルティキックの準備をする代わりに彼らはレフェリーを取り囲み、スタジアムの時計を指差していた。レフェリーはそれに対して、自分の腕時計を指差した。おそらくその腕時計は、その日の試合前に旺角(モンコック)の露店でかなり安く値切って購入したものだったのだろう。

1-1のドローのあとのPK戦で日本は2-4で敗れたが、西村監督に率いられた若手選手たちは銀メダルより価値があるたくさんのお土産を持って返ることだろう。ひょっとすると、新しい腕時計も。

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コメント

新しい腕時計ワロタww

投稿: | 2009年12月18日 (金) 15時41分

地元チームが盛り上がるのは良いことだね

投稿: | 2009年12月17日 (木) 14時53分

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