« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

得点王に向かって順調な前田

2009/11/30(月)

2009年11月27日:最後に日本人選手がJ1の得点王を獲得してから、7年が過ぎた。そう、2002年の高原直泰以来。だが今シーズンは、何とか前田遼一に頑張ってもらって、1998年と2000年にゴールデン・ブーツ賞(得点王)を受賞した中山雅史に続く、新たなジュビロのヒーローとなってもらいたいものだ。 “頑張ってもらって”と書いたのは、私が前田のファンでもあり、彼は来年夏の南アフリカ・ワールドカップできっと日本のために活躍してくれるだろうと思っているからだ。

岡田武史監督は、今月中旬の南アフリカ戦や香港戦でも前田を使わなかった。監督が私に同意してくれるかどうかは、まずいい。これは、横浜で行なわれたスコットランド戦で前田の出来が良くなかったせいだ。
この試合に先発出場した前田だったが、森本貴幸がベンチで代表選デビューをいまかいまかと待っているというのに、まるで覇気がなかった。前田の落選は、もうその時点で明白だった。しかも、“もしかしたら”ではなく“いつ”の問題だった。

とはいえ、正直、スコットランド戦でオフェンスラインをリードしようとして何をしていいのか分からなくなっていたような覇気のないプレーでも、岡田監督が前田を完全には構想から外してないであろうと私は思いたい。
思うに、これは本当にたまたまだったのだ。前田は南アフリカで日本代表が必要とするであろう多くの資質を持っている。背が高く動きも良い。空中戦に強いしスピードもある。そして、ジュビロ色に身を包んで恐れや疑いを抱くことなくプレーする。噂によると、清水エスパルスガンバ大阪が来季の獲得を狙っているという。それも頷ける。
日本代表でプレーし続ければ、おそらく前田も自分の目標がはっきりするだろう。来年2月の東アジア選手権で、そのチャンスが巡ってくることを願いたい。

目下は、J1の得点王獲りに集中することである。出場32試合で20ゴール、現在のところPKでのゴールはない。浦和レッズエジミウソンには3ゴール差をつけている。つまり、次のサンフレッチェ広島戦とヴィッセル神戸戦で、得点王の座をより確実なものにするチャンスがあるということだ。
JリーグMVPは、常に議論の対象となっている。しかし得点王については、誰も文句をつけない。数字は嘘をつかないからだ。

固定リンク | コメント (2)


闘莉王がとるのは、金かサッカーか?

2009/11/26(木)

2009年11月25日:浦和レッズを去ることを決めた闘莉王にたくさんのオファーが来るのは当然だろうが、彼はサッカーをとるつもりなのだろうか、それともお金をとるつもりなのだろうか?
サッカーをとるのであれば、彼にはぜひイングランド・プレミアリーグでプレーして欲しいと思う。ウィガン・アスレチックが彼に興味を持っているらしいからだ。スパーズに9-1という屈辱的な敗戦を喫した最近の結果を見てもわかるように、ウィガンは新しいディフェンスを1人か2人は補強したいところだ。報酬も悪くはないだろう。もっとも、彼はすでにレッズで1億円くらいの年俸を得ていることも忘れてはならない。

もしお金だけが目当てなら、カタールのがら空きのスタジアムでプレーしながら、税金免除の多額の報酬を受け、かつてJリーグでプレーしていたブラジル人選手たちに囲まれた環境で選手生活を終えることになるのだろう。さらに、ウズベキスタンブニョドコルからも金に糸目をつけない誘いがあるようだ。このクラブでは、ワールドカップ優勝監督であるルイス・フェリペ・スコラーリとリバウドが仰天するような金額の報酬を受けている。

フリー・エージェントである闘莉王は、時間をかけて、オファーを選ぶことができる。浦和への移籍金は発生せず、したがって彼を交渉に繋ぎとめておくための巨額の一時金を、サラリーを決める前の段階から受けとれる可能性もある。
ブラジル生まれの日本人というバックグラウンド、かつてのアジアのチャンピオン・クラブと日本代表での経験を持つ闘莉王は、魅力的なターゲットとなるだろうし、彼の獲得によりメディアでの注目度、クラブの知名度も上がる。近い将来、闘莉王に興味を持つクラブはさらに増えるだろうし、そのなかにはイングランド・プレミアリーグの他のクラブも入って欲しいと思っている。プレミア・リーグのような高いレベルでもインパクトを与えられるようなプレー・スタイル、性格、個性を持っているからだ。

ギド・ブッフバルトは、彼のことをJリーグで最高のディフェンダーだと評価していたし、2006年のワールドカップ前にはそれを強く主張したが、結局、闘莉王は日本代表には選出されなかった。また、ホルガー・オジェックは彼のサッカー選手としてのスキルと生まれつきのリーダーとしての資質に驚嘆していたものだ。
オジェックに、闘莉王に似ているドイツのディフェンダーは誰かと質問したときのことを覚えている。私はクラウス・アウゲンターラーのような選手や、ひょっとすれば私の歴代のお気に入りのドイツ選手の1人であるカールハインツ・フェルスターの兄ベルント・フェルスターのような名前が出るのだろうなと予想していた。
しかし、オジェックが挙げたのは1990年のワールドカップ優勝チームの左バック、アンドレアス・ブレーメ。闘莉王は右足でも左足でも自由にプレーできるし、長い距離であってもピンポイントの精度でパスを供給できるから、というのがその主な理由だった。この言葉は、空中戦での強さや相手ゴール前での危険度といった長所以上に、まさに闘莉王の素晴らしさを言い当てたものであった。

大勢の観客が見守るレッズでプレーし、ファンからはカルト的な人気を集めていた闘莉王であっても、新しいクラブでは自らの地位を確立するために一からすべてをやり直さなければならない――そして、できればお金だけでなく、サッカーのことも考えた結論を下すようにしてもらいたいものだ。

固定リンク | コメント (6)


世界のサッカーを損なうアンリの“神の手アシスト”事件

2009/11/23(月)

2009年11月20日:いつまでこんな馬鹿げたことが続くのだろう? いつになれば、FIFA(国際サッカー連盟)はビデオ判定を導入するのだろう? その気になれば容易に改善できる、あからさまな不正の、次の犠牲者となるのは誰?

ワールドカップの予選プレーオフ、ティエリ・アンリの“神の手アシスト”によるフランス勝利についてのアイルランドの怒りは世界中に広まり、結果として、サッカーへの信頼と品位を貶める結果を招きかねない。この現代社会においてFIFAがいまだにビデオ判定を採用しないとは信じがたい。まったくもって不可解であるし、結果、サッカー自体の評判を傷つけるだけだ。

1998年のワールドカップ決勝、フランス対ブラジルの前夜の記者会見でのこと。新たに会長に選出されたゼップ・ブラッター氏はビデオ判定を導入するかどうか尋ねられた。氏は断固としてそれを否定した。
「それはない」「レフェリーの権威を損なうようなことはしてはならない」。そう強く主張した。

彼の言った“損なう”という言葉は、私には非常に理解しがたいものだった。それはあくまで、権力者側にとっての強迫観念にしか過ぎないからだ。
個人的には、ビデオ判定の導入はレェフリーが正しい判定をする助けになると思う。レフェリーを助けるのであり、権威を損なうものでは決してないと思うのだ。そしてまた馬鹿げた言い訳、ビデオ判定が試合の流れを止めるだって?
試合の流れ? ファウルに、時間を稼ぐために怪我を装ったり、“怪我した”チームメイトの治療のためと称してボールをピッチ外に蹴りだしたり等々……。一体全体、いまのサッカーのどこに“試合の流れ”があるというのだろう。

現代サッカーは病んでいる。インチキ、ごまかし、ウソが蔓延しており、サッカー界は強力なリーダーシップを必要としているのだ。ブラッター氏は今回の件について、再試合を命じ新たな改革を行ない、強いリーダーシップを発揮すべきである。
それぞれのゴールの後ろに新しい審判――主審、副審2人、そして第四の審判員に加えて合計6人となる――をおくことはもちろん、ただ、最も効果的なのは第四の審判員がビデオリプレイをチェックすることだろう。
例えば今回のアンリの“神の手アシスト”のような場合、まずアイルランドが審判にアピールをし、それを受けて第四の審判員がビデオをチェック、ゴールを取り消す。非常にシンプルだ。誰も文句は言えまい。実際は、ゴール裏の審判がハンドをとればビデオ判定を使うまでもない。

ミスは起こるものだ。そしてそれもまたサッカーの一部だという。だがしかし、アイルランドはそのお陰で南アフリカへのチケットと、ワールドカップに彩りとお国柄を添えてくれる多くのファンを連れて行く機会を奪われたのだ。それだけでは不十分。あまりにも多くのものが懸かっている今日、サッカーの品位は損なわれ続けている。

“フェアプレー・プリーズ!”とは、FIFAが掲げるスローガンである。しかしスコットランド人の審判、レスリー・モットラム氏は日本滞在中に私に言った。
「今のサッカー界に、フェアプレーなんてものは存在しないよ。それもかなり前からね」。

固定リンク | コメント (8)


ディフェンスにバランスをもたらした稲本の起用

2009/11/19(木)

2009年11月17日:岡田武史監督率いる日本代表について私がいつも憂慮していることの一つは、4バックを前でサポートする存在がいないということである。しかし、監督はこの問題に取り組み始めたようで、南アフリカ戦では稲本潤一をディフェンスの前に置き、中盤のスィーパー役を務めさせた。この配置によって、日本代表は4バックの前にもう一つの防衛線を持てただけでなく、長谷部遠藤がより自由に前に攻め込み、ゲームのテンポをコントロールできるようになった。実際、長い時間2人はこのようなプレーができた。

日本代表はチーム全体にわたってディフェンスの厳しさが足りない、と私はこれまで考えてきた。アジアの国々――どちらかというとヨーロッパのサッカーに近いオーストラリアを除く――を相手にした場合、日本はこのようなアプローチでも対抗することができたが、来夏に南アフリカで対峙するような大柄で、タフなチームを相手にした場合には、トラブルを招きかねない。
長谷部と遠藤はどちらもテクニックのある良い選手だが、基本的には攻撃型の選手であって、2人が中盤の中央で一緒にプレーする場合には守備面での貢献はあまり期待できない。

4-2-3-1であれ4-4-2であれ、岡田監督の通常のラインナップでは中村俊輔が右サイドにくるため、反対側のサイドに誰がきても――たとえそれが中村憲剛であれ、大久保であれ、松井であれ、本田であれ、岡崎であっても――チーム全体のディフェンスの構造はどうしても軽くなってしまう。日本がプレッシャーをかけられているとき、誰が両サイドのバックをサポートするのだろう? 俊輔? 松井? 私には無理なように思える。
また、相手が中央突破で攻撃をしかけてきたとき、ピッチの中央で抗戦できるのは誰だろう? 遠藤? 長谷部? どうもしっくりこない。それは彼らのプレー・スタイルではないからだ。

そういうわけで、南アフリカ戦でその位置に稲本を起用したのを好感している。稲本はタックラーにして、ボールを奪うのが上手く、相手の攻撃を分断することができ、日本の守備を補強することができるからだ。稲本以外にも同じように中盤のスィーパー役を務められる選手は何人かいる。たとえば、阿部か今野、あるいはその役割なら、忘れられた存在となっている明神もいいかもしれない。
このような起用を見られたことを0-0のドローとなった南アフリカ戦の収穫としたいし、日本代表にはボール扱いのうまい選手だけでなく、今後は中盤の筋肉もさらに強化して欲しい。

固定リンク | コメント (6)


ゴン ~J2クラブが狙う大物~

2009/11/16(月)

2009年11月13日:さすがゴンだ! 中山雅史にとって、現役を引退しジュビロ磐田にアドバイザーとして残るというのは容易な選択だった。今後の仕事の心配もなく、経済的にも何のリスクもない。しかし案の定、彼の答えはノー。42歳のゴンは現役続行を希望し、J2や、さらに下のチームへの移籍も辞さないとした。

サッカーに対する姿勢、プロ意識、そして人気と3拍子揃ったゴンは、2部の弱小クラブにしてみれば喉から手が出るほど欲しい存在のはずだ。メディアからも注目され、ひょっとすると地元のサポーターからのオファー、それに加えホームゲーム、いや、どこでプレーしたとしても観客数増が期待できる。そしてさらに、彼の存在がチームにとって、他の選手たち、とりわけ尊敬できる模範となることが必要とされる、才能ある若い選手を惹きつけることができる。

ゴンの現役続行という決断は、いかにも彼らしい。クラブと日本のために、これまで常に100%以上の働きをしてきた。だが、1994年以来、磐田でリーグ戦353試合に出場し157ゴールを挙げた彼の時代も、チームの立て直しとともに終焉を迎えた。ジュビロはこのベテランのセンターフォワードに最大限の敬意を払ってきた。今回のチームの決定には、何ら責められるべき点はない。フロント入りを2年前に告げることだってできたのである。しかし、すでに選手としての峠を越えたとはいえ、これまでチームに全てを捧げてきたゴンの希望を尊重してきたのだ。

1年あるいは2年後、ゴンが本当に十分やったと考えたとき、ジュビロは彼へのポストを用意できるかもしれない。もっとも、JFAだって、彼のサッカーへの情熱を全国の子どもたちに伝える派遣大使として熱望するだろう。これはとても魅力的なキャリアオプションだ。現役でプレーし続けたいという彼の気持ちに敬意を払い、尊重すべきである。

私にとって、若きゴンの思い出といえば、1995年6月、雨のウェンブリー・スタジアム、カズとトップでタッグを組んだアンブロ・カップでの対イングランド戦だ。彼は素早い動きで、バックのデイヴィッド・アンズワースジョン・スケイルズ相手に良いプレーをしていた。
あれから14年。ゴンはまだまだやれるぞ!

固定リンク | コメント (4)


「国立」半分でもAFCには成功

2009/11/12(木)

2009年11月10日:アジアサッカー連盟(AFC)と日本サッカー協会(JFA)には脱帽だな!
中立地の東京で行なわれたアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の決勝は蓋を開けてみれば成功、2万5,000人以上のファンがアルイテハド浦項の決戦を見るためスタジアムに駆けつけた。その数は私の予想よりずっと多かった――また、決勝に日本のクラブが出場しないことを懸念していた様子から判断すると、アジアのサッカー関係者の予想よりもずっと多かっただろう。

最近のコラムで、私は、この試合の観客数は1万人がいいところだと書いたのだが、日本のサッカー主催者の営業能力と、日本の人々の「イベント好き」を私は明らかに過小評価していた。
あの夜に2万5,000人の集客というのは悪くない結果である。実際のところは悪くないどころか、状況を考えれば最高と言えるものであった。アジアのクラブ・サッカー最大の試合でスタジアムが半分埋まったというのは成功で、今後に繋がるものと捉えるべきであり、半分が空席であったとは考えるべきではないだろう。

雰囲気も良かった。正直言うと、この決勝が行なわれていたとき、私は日本にいなかった。ただし、ハノイのホテルでESPNの中継を見ることはできた。
驚いたことが2つあった。1つは、なかなかの数の観客がいたこと。バックスタンドのタッチライン沿いではなく、ゴール裏に多くの観客がいたのが印象的だった。2つめは、かなり盛り上がっていたこと。観客のうちの2万人ほどは中立のファンだったはずなのに。
(逆に驚きもしなかったのは、終了間際のまったく無茶苦茶な混乱状態で、韓国のチームがフリーキックを蹴る素振りだけを交代で繰り返して時間を稼ごうとし、チームが一体となって次々とイエローカードをもらっていた。あれはモダン・サッカーの悪い面を強調した最悪の広告だったな)

もっとも、同じ場所で開催された一発勝負の過去のトヨタカップの記憶と比べれば、雰囲気ははるかに良かった。昔のトヨタカップは、観客は多かったが歓声は少なかった。墓場のような雰囲気のなかで行なわれ、選手たちの呼びかけや叫び声が練習試合のときのようにはっきりと聞こえる試合もあった。ときには試合中に観客が揺り起こされ、目を覚ましてゴールに拍手喝采するという場面もあるが、ほとんどの時間は居眠り大会のようになり、すぐに忘れ去られてしまうのであった。「……あれはいつだったかなあ? ……ええと、あそことあそこの試合……わかるだろう」って具合に。

ACL決勝の場合、古く壮麗な国立競技場も舞台としての役割をよく果たしていた。ただし、韓国とサウジアラビアのチームの試合に2万5,000人もの観客を引き寄せられる国は日本以外にどれくらいあるだろう? 1万人でも大変だろうな。

固定リンク | コメント (6)


“暫定”監督の座から抜け出せなかったマリノス木村浩吉監督

2009/11/09(月)

2009年11月7日発:横浜F・マリノスが木村浩吉監督との契約を解除したというニュースは、それほど大きな驚きではなかった。資金も乏しく、常に“中村俊輔の影”に苦しめられるという難しい状況のなか、彼はよく頑張ってきたと思う。とはいえ、あくまで応急処置的な監督就任のように見られていた木村監督のもとで、マリノスは足踏み状態を続けていた。

経営陣は次なるステップへ移行する時期だと感じたようだ。私は、彼らの狙いはアルビレックス新潟の鈴木淳監督だとみていた。これについては2年ほど前、ちょうどアルビレックスのストライカー、エジミウソンが浦和レッズへ移籍した頃、時を同じくして彼のマリノス監督就任の噂があった。そして今回はまさに良いタイミングではないかと、私は思った。しかし、マリノスは木村和司氏の新監督就任を発表した。往年のスター選手ながら、監督経験のない彼に大きな仕事が与えられたのである。

木村浩吉監督は、しっかりした土台はあるが得点力と創造性が明らかに欠如したチームを残して去ることになった。守備陣は中澤佑二、栗原勇蔵松田直樹河合竜二、そして小椋祥平と揃っており豊富だ。だが前線は、渡邉千真がいるもののパンチ力に欠ける。したがって、レッズ高原を獲得しようという噂があるのも頷ける。ただし、高原にとっては、マリノス移籍は大幅な年俸減額を受け入れなくてはならない。

もう一つ注目されるのは、もし中村俊輔エスパニョールに見切りをつけワールドカップの準備のために帰国しようと決断し、1月のストーブリーグで移籍話が復活するかどうかだ。仮にそうなれば、サポーターも活気づくし、チームにも個性が生まれ、注目度もあがる。そして何より、チームに切望していたスターが生まれるのだ。これはマリノスにとっては夢のシナリオといって良い。

ここ数シーズンというもの、マリノスファンにとっては不遇の時が続いた。何とかチームを盛り上げようと、彼らは大洞窟のような日産スタジアムに詰めかけ頑張ってきたのだ。ただ、新しい監督の話が進んでいるかもしれないという期待をいつも胸に持ちながら……。

固定リンク | コメント (2)


FC東京のあざやかな変身

2009/11/05(木)

200911月4日:驚きが大きかったのはどちらのほうなのか、いまだに決めかねている。FC東京の復調ぶりか、川崎フロンターレが今シーズンのナビスコカップの決勝で勝てなかったことか。

シーズン当初の数ヶ月間、FC東京はありとあらゆるトラブルを抱え、国際試合による中断があった月後半まではしょっちゅう負けていた。危機は一度だけというわけではないだろうが、とくに「ホーム」の国立競技場でジェフユナイテッドに敗れたときは、監督の城福浩が解任されるかもしれないと私は思った。選手はだるそうで、モチベーションに欠けており、ファンは普段とはまったく違って意気消沈していた。
しかし、「JFK」は見事にチームを建て直し、今回のナビスコカップ2度目の優勝によって、リーグ戦の結果はどうであれ今シーズンは成功である、という評価をすでに下すことができるようにまでしたのである。

もちろん、石川――レイソル戦でヒザを故障するまで生涯最高の調子だった――の数々のゴールがチームの復調に大きく寄与したのは確かだし、中盤の中央では今野とブルーノ・クアドロスのコンビがディフェンス面からチームを支えた。また、今野が後ろに控えているため、中盤のエンジンルームでは、運動能力に優れた、細い体のティーンエイジャー米本梶山の横のポジションで存在感を発揮し、ナビスコカップのニューヒーロー賞とMVPをダブル受賞するほどの活躍ぶりで、クラブにボーナスをもたらした。

4月と5月の欠点だらけの状態から立ち直った東京の復活は本当に見事だと思う。最近のフロンターレのような、トップクラスのタフなチームを破るには強い意志と個性が必要であるからだ。タイトル獲得歴はないものの、フロンターレは順当に決勝に進出し、またもわずかに届かなかった。
このことも私には驚きであった。先日の大宮スタジアムでの大宮アルディージャとのリーグ戦で、点の取り合いの末に勝利して危機を脱したと思っていたからだ。この試合はリーグ・タイトルを狙うフロンターレにとって大きな試合であり、昨シーズンは似たような状況のなかNACK5スタジアムで負けていたのである。キャプテンの中村憲剛も同じことを考えていたようで、試合後にそのような感想を話していたが、ナビスコカップの決勝では結果が伴わなかった。
これはファンにとって非常に憂慮すべき事柄となっているに違いない。チームの結束を大急ぎで強化し、何が何でも初のリーグ優勝を狙わなければならない状況となったからだ。

最後の試合はジェフとのホーム戦、大分とのアウェー戦、アルビレックスとのホーム戦、そしてシーズン最終日はレイソルとのアウェー戦というスケジュールとなっているため、リーグ優勝は依然として十分手の届くところにあるといえる。フロンターレなら全勝で勝点12をとることも可能だろうが、どの試合もプレッシャーが重くのしかかり、カップ戦の決勝のような感覚で戦うことになるだろう――ついでに言えば、フロンターレはカップ戦の決勝があまり得意でないようである。

固定リンク | コメント (1)


アジア・サッカーが試される東京開催

2009/11/02(月)

2009年10月30日:我々は間もなく、AFCチャンピオンズリーグの決勝を中立国で開催するアジアサッカー連盟(AFC)が消化不良に陥るのを目の当たりにすることだろう。
サウジアラビアのアルイテハドと韓国の浦項スティーラーズの試合? 東京で? 土曜日の夜に? こりゃあどうもチケットの販売は難しそうだ。なによりAFCの望んだ試合ではなかったのだから。

日本のチームが4チームも参戦したのである。AFCは当然、そのうちどこか1チームが決勝戦に進み、2007年のレッズ、そして昨年のガンバに続いて3連覇のチャンスを得ることを願っていた。だが準決勝に唯一残っていたグランパスアルイテハドにジッダで2-6と惨敗、2戦合計3-8で敗れ去り彼らのプランは崩れ去った。

アルイテハドと浦項が残されたいま、11月7日の国立競技場に果たしてどれほどの観衆が訪れるのか、思いを巡らせている。私が思うに、1万人入れば良い方だろう。ただし、これ以下ということも十分考えられるし、万一そうなればAFCにとってはバツの悪いことになる。
世界中のニュースやスポーツチャンネルのハイライトで、空席だらけの静まり返ったスタジアムが映し出される様を考えてみると良い。とりわけ過去2年に大成功を収めた後だけに……。ここ2年の4試合は、たくさんのファンがチームカラーを身にまといスタジアムを鮮やかに彩っており、テレビに映し出されたシーンは魅力的なものだった。ホームタウンの誇りと情熱、熱気、そしてメディアの完全中継。そう、私たちはアジアのサッカーが低迷時期を終え、ようやく日の目を見たのだとまで思った。

しかし私は、2009年の決勝戦の開催地を東京とする旨が発表されたとき、AFCはあまりに大きく、そして不必要なリスクを背負ったと感じた。想定外の展開になったときに、ここ数年築いてきたものが大きく崩れてしまうのではないかと考えたのだ。
AFCは、決勝の2回戦制をもう数年は続けるべきだった。そうして次のレベルに進む前により強固な土台を築くべきだったのである。それほど差があるわけではないが、まだヨーロッパのようにはいかない。

固定リンク | コメント (6)


« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »