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2009年8月

岡田監督の好手

2009/08/31(月)

2009年8月29日:オランダ遠征の参加メンバーに、岡田武史監督がある一人の選手を加えたことは代表チームにとって一歩前進といえる。まだ代表での試合出場はないものの、彼はクラブレベルでは十分な経験を積んでいるし、もしも出場機会を得られれば彼は胸を張ってブルーのユニフォームに身を包むことだろう。

そう、岩政大樹が岡田ジャパンに選出されたのは本当に喜ばしい。正確に言うと、2008年に一度代表に選出されているが、プレーはしていないので代表復帰ということになる。27歳の岩政は、オズワルド・オリヴェイラ監督が築いた鹿島アントラーズのディフェンスの要としてプレーしている。そしてそのアントラーズが今季好調で首位を維持しているのだから、岡田監督も彼を無視できるはずがない。
ようやく、チャンスを得た。今回の遠征では2試合のうちどちらかには先発出場できるに違いない。おそらく監督は、対オランダ戦はベストメンバーで臨みたいはずで、ディフェンスには中澤と闘莉王を使うだろう。となると、岩政の出場は2戦目、9月9日の対ガーナ戦になるかもしれない。

岩政の選出を、私は日本代表にとっての一歩前進と書いた。それは、来年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に向けて日本は高さと肉体的な強さが必要になるからだ。もちろん、創造的なテクニシャンをチームに集めるのも良い。だがそうした選手はW杯ではヨーロッパや南米、そしてアフリカの選手たちに吹き飛ばされるおそれがある。
岩政は、精神面でも強いものを持っている。また、勝利者としてのアテチュードを備えている。こうした資質もまた、決して侮れないのだ。これは攻守両面において効果的だし、彼の空中戦能力の高さと積極性は、コーナーキックの際に相手ディフェンダーを驚かせることだろう。

岩政はこのレベルでの足元の技術を持ち合わせていないのでは? もしも小うるさい人たちがそう言うのなら、私は、彼の仕事は何よりもまず守備であると答える。センターフォワードをしっかりマークし、セットプレーやオープンプレーで相手にヘッドで競り勝つことが仕事なのだ。岩政は1998年当時岡田監督のお気に入りだった秋田の再来といえよう。

鹿島では、岩政のとなりにはスピードがあり頭脳的な伊野波がいる――伊野波の招集もまた近いのではないだろうか――が、日本代表では岡田監督の片腕でありチームで最も重要な選手、中澤と並んでプレーすることになる。森本同様、岩政の招集は監督の好プレーといって良い。来週はおそらく面白いシーンが見られるに違いない。

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神戸の中盤を牽引するキム・ツネのベテラン・コンビ

2009/08/27(木)

2009年8月25日:前のクラブの選手層と比較すれば、ヴィッセル神戸での三浦俊也は恵まれている。同じことが現在のチームの置かれた状況にも言え、月曜日の夜には大分トリニータ戦で大きな勝点3をとって順位は13位となり、降格ゾーンとは勝点で8の差をつけた。
シーズンが終わるまでにはまだたくさんの勝ち点――正確には残り33――を奪い合わなければならないが、三浦監督には、厄介な状況への突入を回避するのに十分な能力と経験が備わっているように思える。コンサドーレ札幌の頃は状況がまったく異なっており、監督本人が認めているように、2007年のJ2脱出はタイミングが1年早く、昨年のコンサドーレはJ1で戦うだけの十分な準備ができていなかったのだ。

三浦監督はいつも中盤の中央を重要視しており、大宮を率いていた頃、駒場スタジアムでのリーグ戦のあとに大分の中盤を支えていたブラジル人コンビについて話をし、2人は冷静なボール・コントロールと正確なパスで試合をコントロールしていたと絶賛していたのを思い出す。
現在のヴィッセルでは、三浦は、中盤を支える2つのポジションにキム・ナミル(金南一)と宮本恒靖というワールドカップ経験者を配しており、そのために4バックの仕事が軽減され、同時に右サイドのボッティと左サイドの古賀の攻め上がりが可能となっている。

大分とのアウェー戦でヴィッセルが挙げた先制点を見れば、その効果がよくわかる。
大分が絶好のチャンスをモノにできず、ルーズボールが自陣ペナルティ・ボックス内にいたキムの足元に転がったとき、キムはあわてることなくボールを操り守備陣から飛び出し、ボールをボッティに預ける。ボッティは右サイドの吉田にボールをフィード。大分のディフェンスが追いつけないまま吉田がクロスを供給。2人のディフェンダーの間に走りこんできた大久保が鮮やかなヘディングシュートを決めた。

ハーフタイムには三浦監督が好采配を見せ、バックの右サイドを近藤から石櫃に交代。前半、近藤は大分の左サイドにいた家長のスピードに手を焼いており、石櫃の投入には家長の攻め上がりを阻止するという狙いが見てとれた。この采配が見事に功を奏し、51分に2点目が生まれた。ボッティが右サイドを駆け上がった石櫃にボールを流し、そこからの低いクロスを吉田が合わせて、ニアサイドに得点したのだった。

ヴィッセルには2-0からさらに点差を広げるチャンスもあったが、その後に訪れたフリーのチャンスをいくつか無駄にしてしまった。自チームの選手たちがゴール前のチャンスにいたずらに時間をかけ、シュートを打つという責任を果たそうとせず、チームメイトに頼る姿を見ていた三浦監督は怒り狂ったに違いない。ヴィッセルの選手たちがこう言っているのが聞こえてきそうだったからだ。「いえいえ、どうぞ、お先に。私は前のシーズンに点を入れていますので、今度はあなたがどうぞ」。
得失点差によって生き残りと降格が決まる可能性もある。アウェーの試合を2-0でリードし、勝点3がほぼ手中にあるときにシュートを打たない手は、さすがにないだろう。

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岡田監督と森本。得るものはあっても失うものは何もない

2009/08/24(月)

2009年8月21日:来月行なわれるオランダ遠征に岡田武史監督が森本貴幸を招集するというニュースが、日本代表チーム周辺で様々な話題を集めている。岡田監督が採る4-2-3-1フォーメーションのセンターフォワードの座がまだ確定していない現在、カターニャでプレーする21歳の森本に、オランダとガーナとの親善試合でその座を獲得するチャンスが巡ってきた。もちろん、岡田監督はこの元ヴェルディのストライカーを招集することで失うものは何もないし、逆に森本が、南アフリカ・ワールドカップ(W杯)に向けて監督が抱える問題の解決策となってくれるかもしれない。

当初はレンタル移籍だったが、左ひざ靭帯断裂の重傷を乗り越え、ようやくイタリアでその地位を確立した。森本は、最高のレベルで成功できる才能と個性を兼ね備えていることを証明したのである。ディフェンスのレベルの高さで名高いリーグでプレーをし、ゴールを挙げているこの若者は、代表チームに招集されても物おじすることもないだろう。

森本の代表入りに驚かないW杯優勝経験者が一人いる。それは、元ヴェルディのオジー・アルディレス監督。読売ランドにあるヴェルディのクラブハウスでアルディレス監督をインタビューしたとき、彼がチームの若いセンターフォワードを褒めちぎっていたことを私は今でも覚えている。森本はヨーロッパで行なわれたユーストーナメントでMVPに選ばれ、マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督から賞を受け取った。アルディレス監督によれば、ファーガソン卿は森本のスピードとダイナミックなプレーに非常に感心し、彼の今後のプレーを興味深く見ていくと語ったという。森本の価格が驚くほど高くなるかもしれないが、まだ興味を持って見ているかもしれない。
カターニャもまた森本の価値をよく分かっていて、シチリア島から彼を奪おうとする強豪クラブから高額な移籍金を獲得できるよう、契約を2011年6月まで延長している。

代表招集は、森本へのご褒美のようなものだ。ヨーロッパのシーズン開幕直後で、岡田監督のタイミングも良かった。待ち受けているテストは厳しいものではあるが、森本の岡田ジャパンへの合流はスムーズなものになるはずだ。

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ゴールが再認識させた伊野波の価値

2009/08/20(木)

2009年8月18日:選手の注目度を高める必要がある場合、ゴールが損になることはない。その実例が伊野波雅彦。その巧妙なヘディングシュートが決勝点となり、大分トリニータを迎えた土曜日のホーム戦で鹿島アントラーズに1-0の勝利をもたらした。
このゴールのおかげで、伊野波は試合後にテレビのインタビューを受け、マン・オブ・ザ・マッチにも選ばれ、試合の3日後に私が読んだ新聞では7.5の評価が与えられていた。端的に言えば、中央のディフェンダーとしてすでに実績を築いている選手が、その堅実で一貫性のあるプレーに見合うほどの注目をついに受けたのであった。

もっとも、伊野波ほどの能力がある選手なら、スポットライトを浴びるためにわざわざゴールを挙げる必要もない。オズワルド・オリヴェイラ率いる鹿島アントラーズに入団してからのここ1年ほど、彼の心身両面での成長ぶりは目を見張るものがあるからだ。
オズワルド監督はこの選手が大好きで、彼の試合を読む能力、冷静なボール捌き、試合でのインテリジェンス、それから何よりもスピードをいつも褒めている。とりわけスピードについては、先日、等々力陸上競技場でおしゃべりをしたときも嬉しそうな表情で、「伊野波には、チャンスがあればもっと積極的に攻撃に加わり、アントラーズの攻撃の幅を広げて欲しいと言っている。あれだけのスピードがあるのだから、前線から駆け戻り、守備のカバーも充分にできるはずだ」と語っていた。

このアントラーズのボスから聞いたところによると、伊野波は、北京オリンピックの日本代表チーム――予選の初期には彼がキャプテンを務めていたチーム。その後、キャプテンの座は異例の人事によって水本に引き継がれた――から外されるという失意を味わったあと、人間的に強くなったそうだ。

おかしな話だが、香港で行なわれていた日本代表のオリンピック予選を、大宮のパブで当時アルディージャの監督をしていたロバート・ファーベークと観戦していたときのこと。伊野波は3バックのリベロを任されており、彼の鮮やかなパス捌きと堂々としたプレーぶりを見ていた我々は、いつも自信満々で、ボール扱いの権威であり、正確なポジショニングをするロナルド・クーマンと彼を比較するようになっていた。
ファーベークはレンタル契約で伊野波を大宮に入団させ、FC東京のベンチ要員以上の活躍の場を与えてやりたいと考えていたが、最終的にアントラーズが彼をかっさらい、彼はJリーグ2連覇を果たしたチームの一員となった。また、浦和レッズも大阪の阪南大学にいた彼の獲得を望んでいたが、結局FC東京に先を越されてしまったと、ゲルト・エンゲルスがことあるごとに話していた。

オズワルド監督は時間をかけて伊野波の適正を見定め、最初はフルバックや中盤の中央で試し、その後、彼にもっとも相応しいポジションは大岩の後継者である岩政と組んだ中央のディフェンダーであるという決断をきっぱりと下した。
現在、伊野波はチームにとってかけがえのない存在となっている。もっとも、次の試合は、土曜日の試合の後半でイエローカードをもらったために出場停止処分となっているのだが。

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長期的将来の有望株 ~原口元気~

2009/08/17(月)

2009年8月15日:3連中の浦和レッズ。しかし若い選手たち、少なくとも一人の有望な若手選手を擁する彼らは、まだまだ優勝を諦めていない。原口元気がまさにその一人。彼は若手の中で最も可能性を持った選手のように見える。そう、今年すでに代表デビューを果たし、J1で早々に存在感を示した山田直輝もまたその一人だ。とはいっても、長期的に見て原口の方がより優れているように私は思う。彼は南アフリカ・ワールドカップ以降、日本代表のキープレーヤーとなることだろう。

原口は身長177cm、バランスも良くボールタッチもうまいのだが、体重が63kgと若干軽い。ここ数年のうちに少し体重を増やすことができれば、彼は日本の主力選手となることだろう。ゆったりとした走りと、左右どちらのウィングからでも中へ切れ込む能力は、若かりしクリス・ワドルを思い起こさせる。さらに言えば、原口は閃きも併せ持っている。

先日、名古屋でのこと。レッズは0-3で敗れたが、その試合で原口が左サイドから前線を突破しシュートを放ったシーンがあった。シュートは横にそれてしまい、エリア端でノーマークでウィングからのパスを要求していたロブソン・ポンテはかなり不満そうだった。ポンテが原口を叱責していたとき、この若者は逆にポンテに食ってかかっていた。若い日本人選手が臆することなく、大ベテランの外人選手に対峙するのを見て、良いことだなと思った。日本人選手はシュートを打たないという批判があるなか、原口が思い切りよくシュートしたのを見て、私は嬉しかった。もし彼がポンテにパスを出していたとしたら、私は逆に非常にがっかりしただろう。

若干18歳、彼の持つ将来への可能性をしても、現在は山あり谷ありのキャリアを歩むことになるだろう。フォルカー・フィンケ監督は、チーム状態や選手の状態が悪くなってきたときに、いつ彼を非難の矛先から守ってやるか十二分に承知しているはずだ。
3連敗を喫し土曜日のガンバ大阪戦に臨む若い原口には、すでに大きなプレッシャーがかかっている。このプレッシャーが、将来有望な原口の思考に悪影響を与えないよう願うばかりだ。

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リバプール移籍の噂が示す本田の注目度

2009/08/13(木)

2009年8月12日:本田圭佑がリバプールに移籍だって? 面白いニュースが飛び込んできたものだ。選手本人が語っているところによれば、リバプールが彼の獲得に熱心らしい。また、VVVフェンロの会長ハイ・ベルデンによれば、イングランドのトップ5のクラブのうちの2つが彼に興味を持っているそうなので、やっぱりリバプールの名が浮上してくる。

移籍の噂を耳にするときには、すぐに実現しそうだと思えるものもあれば、まったくの見当違いだと思えるものもある。私にとっては、今回の移籍はありえそうだと思えるし、リバプールが本田獲得に興味を抱いているのもわかるような気がする。
リバプールが本田に興味を抱き、移籍市場が閉じる8月31日までに契約を結びたいと考えているなら、もちろん、本田は移籍すべきである。しかし、1,000万ユーロという移籍に対する提示価格が高すぎて、リバプール――あるいは他のチーム――が静観を決めても、本田の立場は好ましい状態で維持される。フェンロとは上手くやっているし、キャプテンであり、1部リーグでもゴールを決め、前のシーズンは2部リーグでMVPに輝いた。
巡ってきた最初のチャンスに飛びつく必要も、本田にはない。彼はオランダ1部リーグでアヤックスやPSV、フェイエノールトを相手に戦う、移籍市場の注目選手であるからだ。パク・チソンを見ればわかるように、オランダはイングランドへの大きな足がかりなのである。

昨年の今頃は、私は北京オリンピックの取材で、反町監督のさえない軍団を追いかけて中国中を回っていた。その記憶は苦いもので、日本のサッカーは魅力に欠け、日本代表は日本サッカーに好印象を抱かせるようなものは何も示していなかった(予選後に監督がディフェンスの中心である伊野波と青山直晃の2人、中央のミッドフィルダーである青山敏弘を含めた、大幅な選手の入れ替えを行なったときも、さしたる驚きはなかった)。

しかし、ミックス・ゾーンにおける本田圭佑の様子は記憶に残っている。ちなみに、ミックス・ゾーンとは、試合後に選手がメディアからの集中砲火を受けなければならない場所で、選手はその気になれば立ち止まって話すこともあるし、立ち止まらずに出口やバスに直行することもある。
本田の英語は素晴らしく、饒舌な彼はとても楽しそうで、自信に満ちた若者の特徴がすべて備わっているように見えた。2部リーグのチームとはいえ、彼がフェンロのキャプテンになったというのは、一人の若き日本人選手が海外で大きな飛躍を遂げたということである。この事実は過小評価してはならない。この役割を引き受けるのには個性と人間性――技術的なスキルと肉体面での強さとともに、日本人が海外で成功するために求められる資質――が必要であるからだ。

本田のリバプール移籍が実現するかどうかはわからないが、彼にスポットライトが当たっているのは確かで、彼がオランダのより大きなクラブ、あるいはヨーロッパのより大きなリーグに移るのは時間の問題に過ぎないのだろう。

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さらばウェズレイ!

2009/08/10(月)

8月7日発:ウェズレイが日本から得たものは大きい。そしてもちろん、日本がウェズレイから得たものもまた大きい。それは単にウェズレイが挙げたゴールだけでなく、ゴールゲッターとしてのアプローチなどを含め、彼の日本への貢献は計り知れない。だからこそ私は、今週、大分トリニータから現役引退を発表した彼が、いつかコーチとしてまた日本に帰ってきてくれることを願いたいのだ。ただクラブレベルではなく代表レベルで、常勤でなくても構わない。決定力強化のスペシャリストとして、彼は日本サッカー界で非常に大きな役割を果たせると私は思う。

このような提案は、他の多くの国々からすれば少し変わっているかもしれない。なぜなら、ゴールを奪うという感覚は自然に備わっているものだからだ。しかし日本人選手は違う。日本人選手には、それを教えなければならないのである。それは技術的なことでなく考え方で、結果の如何にかかわらずゴールを狙える直感のようなものだ。もしも日本が、ある意味滑稽ともいえるこの問題の解決を誰かに求めるのであれば、臨時コーチでもよいからウェズレイをフォワードコーチとして雇い、彼がこの問題を解決できるかどうか見るというのも悪くないと思う。例えば南アフリカ・ワールドカップ直前の3ヶ月間なんてどうだろう?

いつ、いかなる場所においても、ボールを持ったウェズレイの頭の中には、“シュートを打ち得点を挙げる”、この1点しかない。彼のコーナーからのシュートはいつも私を興奮させたし、得意技ともいえるそのシュートをまったく予想していないゴールキーパーに私は驚かせられたものだ。まあ、左コーナーからのシュートというのは少々行き過ぎかもしれないが、ウェズレイは日本人フォワードにシュートを打つタイミングやネットが揺れるのを見る快感、そしてセレブレーションの喜びを教え込むことができるはずだ。

キーパーがシュートラインから数メートル離れていれば、ウェズレイはデビッド・ベッカムのようにハーフラインからでもためらわうことなくシュートを放つ。チャンスが巡ってきたときにパニックになり慌てた結果シュートを外すなどということはなく、彼は余計にリラックスできるという天性の才能を持っている。
ウェズレイは決して、世界で最も練習熱心だったわけでも、世界最高のチームプレーヤーだったわけでもなかった。以前、彼が当時グランパスの監督だったベルデニックと揉めたことを覚えている。彼の答えは、かの偉大なロマーリオが、監督から練習態度について批判された時の答えを彷彿させた。
「毎試合ゴールを決めているのに、どうしてもっと練習しなくちゃいけないんだい?」
まったく彼の言う通りだ。

年齢、ケガ、そしてブラジルにいる家族の事情が、ウェズレイに37歳でサッカーシューズを脱ぐ決断をさせたようだ(ブラジルでの37歳は、他の国のおよそ42歳にあたるだろうか)。
ウェズレイの引退は、Jリーグにとっての損失である。しかし私は、いつか必ず戻ってきてくれると信じている。彼はまだまだ日本のサッカー界に貢献できるはずだし、誰かそれなりの立場の人が、ウェズレイと交渉してくれないだろうか。

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リスキーに思われるグランパスの三都主獲得

2009/08/06(木)

2009年8月4日:名古屋グランパスレッズから三都主を引き抜いたのは、それなりの理由があってのことだと思うしかない。
私にはリスキーな取引に思える。理由は単純で、彼の試合勘が戻っているかどうか、32歳の彼がチームを押し上げるような働きを持続的にできるかどうか、に大きな疑問符がつくからである。故障があったり、あるいはチーム再建を優先するフォルカー・フィンケの方針があったりで、最近の彼はレッズでもほとんどプレーしていないので、まだ能力が維持されているかどうか悩ましいところである。

もちろん、三都主本人も実力を証明したいと思っているだろうが、グランパスもこの契約が間違いではなかったと証明したいだろう。両者にそういう事情があるため、何かが起こり、選手が生き返るということもないわけではない。
調子の良いときの三都主は、左足の技巧、スピード、経験という得がたい武器を持ち、いくつものポジションでプレーすることができる。私はいつも、前めのポジションでプレーする彼が好きで、ジーコが好んだような左バックでの役割が相応しいとは一度も思ったことはない。はっきり言ってしまうと、彼の守備が最高レベルの水準に達していないからである。

イビチャ・オシムは、ジーコから代表監督の座を引き継ぐと即座に三都主を前の位置に起用し、守備の負担をかけずに、彼の冒険心に富んだ攻撃能力を活かそうとした。また、レッズでコーチと監督を務めたゲルト・エンゲルスはいつも、サッカーに関する三都主のインテリジェンスを絶賛していたものだ。三都主は90分間を走り続けるためのペース配分ができ、全力で攻撃に参加するときと、動きを制御するときを知っていると話していた。

名古屋のドラガン・ストイコビッチ監督が、三都主をどのポジションで起用するかはまだ明らかでない。名古屋はすでに、左バックに阿部翔平、その前にマギヌンという具合に左サイドは万全の体制。おそらく「ピクシー」は三都主を中央寄りの位置で起用し、中盤から2人のストライカーをサポートする役割を与えるつもりだろうが、このポジションでも吉村、中村、山口といった精鋭が揃っており、競争は厳しい。

試合勘と肉体面の調子の両方が万全なら、三都主の存在は、シーズン後半にプレーの引き出しを増やしたいと考えているグランパスにいくつかの選択肢を与えてくれるだろう。しかし、今回の件は私にはやっぱりリスキーな取引のように思える。

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フロンターレ“A”チーム、ミッション完了

2009/08/03(月)

2009年7月31日:まずは鹿島の素晴らしいパフォーマンスを堪能し、そしてその後……。
それにしても、水曜夜の、等々力での試合は素晴らしかった。フロンターレが第1戦の0-1の敗戦を跳ね返し、3-0の勝利を収めてナビスコカップ準決勝進出を決めた。90分を通してすべてが鹿島のプラン通りに進んでいた。彼らはとても良いプレーをし、フロンターレを抑えるだけでなく、自らのチャンスも作りだしていた。後半は時計が止まるようなハプニングも少なく、4分のロスタイムはフロンターレに対してやや気前が良すぎるような気がしたが、それでもアントラーズは手を緩めることなく攻め続けた。アントラーズのコーチの一人がベンチ前で手を振り、選手たちに残り4分であることを知らせ、誰もが試合終了のホイッスルを待っていた。

だが、ホイッスルは吹かれず、そして誰もが予想していなかったことが起きた。ジュニーニョが、なんと同点ゴールを決めたのだ。敵地に乗り込んできた多くのアントラーズファンが狂乱、そして凍りつくような静寂に陥った。
はじめは、ジュニーニョのシュートが決まったとは信じられなかった。ジュニーニョの角度からは彼の前にいた岩政の体に遮られ、ボールはゴール裏の支柱に当たったのではないかと、メインスタンドにいた私には思えた。しかし、違った。ジュニーニョはコーナーに陣取ったフロンターレ・ウルトラスに駆け寄り歓喜のセレブレーション。

このゴールについて、岩政を責めることはできない。ジュニーニョにチャンレンジすることなくポジションを守った彼の判断は正しい。仮に岩政がジュニーニョに挑んでいたとしたら、ペナルティを取られていたかもしれないし、ジュニーニョが岩政をかわしてフリーになれば、クリアゴールになったことだろう。岩政はこの角度からのジュニーニョのシュートの確率を計算し、ポジションを守った方が良いと判断した。しかし、この場合に限ってはその計算が間違っていた。ジュニーニョはギリギリのスペースを見つけて素晴らしいゴールを決めたのだ。

アントラーズは、4分のロスタイムが過ぎてから、95分にゴールが決まったことに怒り心頭。そして、それはオズワルド・オリヴェイラ監督の試合後のコメントにも表れていた。試合終了のホイッスルが吹かれた時はアントラーズにはリスタートする時間しか残されておらず、延長戦はフロンターレペースの試合へと激変していたのだった。途中交代のレナチーニョ、鄭大世、そして黒津のフロンターレ“A”チームがジュニーニョをサポートし、中村憲剛がより広くプレイメーク。フロンターレの怒涛の攻撃が始まった。ジュニーニョが鹿島のハートに楔を打ち込んだとしたなら、レナチーニョと鄭が留めを刺したと言える。

フロンターレの関塚監督は、精鋭チームで試合を如何に始めるかではなく如何に終わらせるかという、フィリップ・トルシエの哲学を踏襲しているのだろうか?

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