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2009年3月

レイソルのニューヒーロー

2009/03/30(月)

2009年3月27日:今年もナビスコカップが始まった。そしてまた、各試合後の“ニューヒーロー賞”投票もスタートした。この賞は23歳以下の選手が対象で、Jリーグは丁寧に、各試合のチームメンバー表でどの選手が対象なのかを示してくれている。

水曜日、私のお気に入りのスタジアムの1つである柏日立サッカー場でレイソルFC東京の試合が行なわれた。雨がぱらつく寒い夜だったが、5,835人の観衆がスタジアムで活気溢れる試合を観戦した。この試合には各チーム6人ずつ、計12人のニューヒーロー賞対象選手がいたのだが、私はレイソルのレフトバック石川直樹に1票を投じた。大津祐樹が多くのメディアの注目を集めるなか、石川を推す私はおそらく少数派、いやもしかしたら私一人かもしれない。
試合前日に19歳の誕生日を迎えたばかりの若きストライカー・大津は、確かに才能溢れる選手だ。華もあり、スピードもある。常にアップテンポなプレーをする選手だ。
怪我こそしなかったものの、彼が徳永に足を掛けられ転倒しフリーキックを得(え)、そしてポポがゴールを決めレイソルが2-0とリードした。さらに、後半早々には藤山のファウルを誘ってPKを獲得、これを自ら決めて3-1とした。その後も大津は金沢を翻弄しつづけ、左サイドの突破を繰り返し、FC東京のディフェンスにイエローを食らわせた。

なのになぜ、大津じゃないのかって?
うーん……。現時点で、大津は私の好みとしてはちょっと派手すぎると言うところだろうか。確かに彼の足技は素晴らしい。だが、まだその技をいつ使うのか、いやハッキリ言おう、いつ使わざるべきかを学んでいる最中なのだ。時として上手くいくかどうかわからない素早いスピンを使うより、きちんとボールをコントロールして短く安全なパスを出した方が良い場合もあるということを、経験と共に理解し、学んでもらいたい。そういうプレーは上手くいけば観衆も湧くし、テレビで何度もリプレーが流れるだろう。しかし、もし上手くいかなければボールを失い、チームを危険にさらすことになる。ある人はそれを“運が悪かった”と言うだろうが、本当は悪かったのは“運”ではなくて“選択”なのだ。大切なのはスタイルではなく、本質。しかし、若い日本人選手は得てしてその二つを履き違える。

石川は、堅実な、いいレフトバックだ。レイソルの山根の先制点のきっかけとなった素晴らしいクロスを冷静に上げた。そこには派手さはない。ただ、やるべきことをきちんとやったというに過ぎない。だがそこが、9月には24歳になる石川。華やかな技術を持った大津の成長には、まだ時間がある。

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勝利を呼び込んだ、石川のディフェンス

2009/03/26(木)

2009年3月24日:石川直宏が右サイドを駆け上がり、低い弾道で絶妙のクロスをゴール前に送るシーンほど、FC東京ファンの胸を熱くするものはない。土曜日、モンテディオ山形をホームに迎えた試合でもそのような瞬間があったが、石川は他のプレーでも際立った働きをした。それは彼のディフェンスであった。石川は再三再四ディフェンスに駆け戻り、ビジター・チームにプレッシャーをかけ、ボールを奪い返していた。
この試合は、新シーズンの立ち上がりが惨憺たるものとなったFC東京にとって、絶対に勝たなければならない試合だったが、石川はまるでなにかにとり憑かれたかのように一心不乱にプレーし、チームに勝点3をもたらした。

62分に交代が告げられたとき、石川はすでに全力を出し尽くしており、東京のたくさんのファンから温かい拍手を浴びた。Jリーグの公式記録には残らないが、この27歳の右ウィングは、後半10分に生まれたこの試合唯一のゴールに大きく貢献するプレーをしていた。
公式データとしては、左サイドをオーバーラップした長友からカボレへのパス、カボレから羽生へのボールの受け渡し、それから右足でボールをコントロールしたのちに左足で蹴った羽生のシュートだけが記録される。しかし、長友を駆け上がらせたのは、中盤で相手チームからボールを奪いとった石川のプレーだった。つまり、あのゴールは石川のアタックではなく、石川のディフェンスから生まれたのであった。ゴールの直後、山形の右バックの宮本卓也が石川に荒々しく接触した。レッドカードでも全くおかしくないのに、宮本は幸運にもイエローカードを受けただけで済んだ。東京のベンチはこのプレーに激怒し、石川はすぐに鈴木と交代した。

最終的には東京はがんばり続け、なんとか今シーズン初の勝点獲得に成功、城福監督の48回目の誕生日に花を添えることができた。
もっとも、「JFK」こと城福監督はロスタイムの4分間における自チームのプレー振りには満足していなかったかもしれない。長友が山形陣の深い位置で不必要なファウルを犯し、ビジター・チームに反撃のきっかけを与えたし、平山がハーフライン辺りで不用意なプレーでボールを奪われてしまったからだ。このような時間帯では、冷静な頭脳と抑制が必要であった。

この試合では、18歳の米本のデビューという話題もあった。米本は終盤にピッチに入り、中盤の中央で「統治者」の今野と並んでプレーし、梶山がサイドに流れるかたちとなった。そのため、熱烈なFC東京ファンが集まるスタンドの前で決勝ゴールの羽生と新人の米本の二人が揃い、試合後の伝統的な勝利の儀式を行なうこととなった。ついに、東京ファンがハッピーな気分になれる日が訪れたのであった。

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プランAとプランB、そしてプランCの可能性も

2009/03/23(月)

2009年3月20日:ワールドカップ(W杯)の予選を通して、岡田武史監督の“プランA”は非常に明確になってきていた。木曜のJFAハウス(日本サッカー協会)で日本代表監督は、万一この“プランA”が3月28日のバーレーン戦でうまく機能しなかった場合の“プランB”、さらには“プランC”の可能性をも明かした。
“プランB”は、上背のないフォワードが機能しなかった場合に、ベンチから高さと体格的な存在感のある矢野貴章を投入するというもの。矢野はアルビレックスで好調なスタートを切り、に代わって選出された。

岡田監督が大分の火の玉をベンチに置いておこうと考えたのなら、金崎夢生が“プランC”だ。金崎はズバ抜けたテクニックと意外性で、チームに他の選手とは異なる貢献ができる。彼は途中交代で入ってすぐに試合のペースを掴める、そういう選手なのだ。もしもバーレーンが、グループ内で日本を射程圏内にとどめるために引き分け勝点1を挙げる戦術に出た場合、金崎がそれを打破するきっかけとなるかもしれない。さらにもう1つ、バーレーンには金崎の情報が少ないので、彼の大胆さと、未完ながらも優れた才能に度肝を抜かれるかもしれない。

日本にとって、この試合は重要だ。勝てば5試合を消化し勝点11となり、予選突破が目前となる。岡田監督は、W杯出場が自動的に決まる上位2チームに入るには勝点12を挙げれば十分だと言っている。一方、オーストラリアのピム・ファーベーク監督は、万全を期すために、目標を勝点15に設定している。
これまでの予選4試合のうち、日本はアウェーの2試合で勝利を収め、ホームの2試合はドロー。3戦連続でホームで勝てないなんてことは、まぁないだろうと思っている。

4人のヨーロッパ組が帰国し、火曜日に合宿がスタートする。土曜夜、さいたまスタジアムでの試合まで丸々4日。2010年南アフリカ大会に向け、大きな一歩を踏み出す素晴らしい機会だ。
この後は、残り3試合のうち2試合、ウズベキスタン、オーストラリア戦がアウェーとなる。したがって3月28日に3ポイントを挙げることができれば、大きなプレッシャーから解放され楽になる。ホームで堂々の試合振りを見せる絶好の機会。木曜日の記者会見では、岡田監督もここまでのチームの仕上がり具合に非常に満足しているように見えた。

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雪とスコップにまつわる思い出

2009/03/19(木)

2009年3月17日:「1枚の絵は1000の言葉に値する」ということわざがあるが、先週の山形名古屋の試合はまさにそのことわざ通りだった。降り続く雪。オレンジ色のボール。Jリーグのウェブサイトで画像を見ただけでも、冬の寒さが感じとれた。画像の力はかくも強力で、山形とは違う気候の地域で記事を読んでいても、コンクリートのスタンドで足踏みをし、冷たい両手に息を吐きかけたい気分になるのだ。

日本では、サッカーは夏の暑さと湿気のなかでプレーするのが通例となっているため、このような状況はとりわけ過酷なものに映るかもしれないが、世界の他の地域ではさほど珍しいことでもない。
世界のクラブは、夜のうちに霜が降りるのを防ぐために地中にヒーターを設置したり、あるいは極端な例ではピッチ全体をプラスティックの巨大な風船で覆ったりするような策を講じて、試合日程を順調に消化しようと努めている。また、安価な方法としては藁を分厚く敷き詰めるという方法もある。BBCテレビの伝説的な番組「Match of the Day」の豪華な3枚組DVDをお持ちの方なら、小さなクラブのゲーム・ハイライトで藁が取り除かれ、ピッチの周囲に置かれているシーンをご覧いただけることだろう。このような方法でも、ピッチを保護し、試合を開催するための十分な防御策となっているのだ。ああ、過ぎ去りし日々の素敵な思い出。

でも、雪にまつわるお話のなかで私のお気に入りは、ハリファクス・タウンのサポーターとして大きくなり、イングランドの下部リーグの試合を見るためにザ・シェイ(ハリファクス・タウンの本拠地)に定期的に通っていた頃のものだなあ。
ハリファックスは土曜日の午後に大きな試合を控えていたが、その週は大雪が降り続いており、金曜日にクラブが地元の新聞に要請してサポーターの協力を募った。

クラブは100本のスコップを買い――その価値は当時のセンターフォワード以上だった――土曜日の朝にグラウンドに駆けつけて雪かきをし、伝統にのっとり午後3時にキックオフができるようにして欲しいと、ファンに呼びかけた。“報酬”はその日の試合の無料入場券というつもりだったのだろう。そんなわけで、土曜の朝には何の問題もなく100人のファンが集まり、雪かき作業は迅速に完了された。ファンの働きに満足したグラウンド管理担当者は地下のトンネルを通り、お茶の時間をとるためにクラブハウスに向かった。そのあいだ100人のファンはピッチ上に放置され、キックオフまでの3時間を無為に過ごさなければならない定めとなった。
だが、起業家精神に溢れた一人の若者が、新品のスコップの価格のほうが試合の入場料よりはるかに高いはずだということを発見。10分後、お茶の時間を終えてグラウンド管理担当者がピッチに戻ってきたとき、雪はきれいに取り除かれ、そして新品のスコップがきれいさっぱり消えてしまっていたのである!

ことわざは正しい。1枚の雪の写真は1000の言葉に値するのだ。この場合、100本のスコップと言い直したほうが良いかもしれないが。

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アジアサッカー界の裏側

2009/03/16(月)

2009年3月13日:アジアサッカー界、その裏側は泥沼の様子を呈している。5月8日に開催されるAFC総会で、AFC、アジアサッカー連盟会長、モハメッド・ビン・ハマム氏は24名のFIFA執行委員会の地位の一つを死守しようとしているのだ。ハマム氏はAFC会長になる6年前の1996年から執行委員を務めており、万が一、彼がバーレーンサッカー協会会長、シェイク・サルマン・ビン・イブラヒム・アル・カリファ氏に敗れるようなことがあれば、AFC会長の座を退くと語っている。

選挙はAFC46ヶ国の各委員による無記名投票で行なわれ、日本はどうやら43歳のバーレーンサッカー協会会長を支持するようだ。東アジアサッカー連盟事務総長の岡田武夫氏が、木曜午後にクウェートで行なわれたAFC19ヶ国による会合で採択された4つの決議をメディアに発表したのだ。西はサウジアラビアやクウェート、そして東の日本、中国、韓国、さらには中央アジアや東南アジアの代表たちはハマム氏に対する批判を隠そうとはしなかった。

「我々が彼に投じた信頼の票は、非常に残念なことに結果として独裁者を生み出してしまったようだ」シェイク・サルマン氏は語った。また、ピーター・ベラパン前AFC事務総長はもっと過激に、「彼はモンスターだ」とまで言った。
各国の多くの要人やサッカー関係者が集まった会合はすぐにハマム氏の知るところとなり、翌日には、ハマム氏がカタール政府のプライベートジェットでアジア各国を訪問し票固めをしていると噂になった。ちょうどその時、彼はインドにいたのだ。

ハマム氏の運営手法ではアジアサッカーに大きな溝を生むと考えるシェイク・サルマン氏は、「AFC~アジアに変革を!~」をスローガンにキャンペーンを繰り広げている。しかし彼は、ハマム氏が1996年から務めているFIFA執行委員になりたいと常に表明しているが、AFC会長になるつもりはないと言う。

ハマム氏のAFC会長としての任期は2011年までだが、彼はFIFA執行委員の座を失えば会長の座にはいられないと考えている。ハマム氏は、とにかく何とかしてFIFA会長セップ・プラッターの後釜に座りたいのだが、肝心のアジア、さらにはお膝元の西アジアからの突き上げは非常に厳しいものがある。今のところ、争いが沈静化する兆候はない。5月8日まで選挙運動は続き、金が飛び交うことだろう。
サッカー界の頂点。なんとも冴えない話だ。

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昇格2チームの特別なアウェー・デイ

2009/03/12(木)

2009年3月10日:うんざりした気分になっているジュビロマリノスのファンは納得しないかもしれないが、土曜日のJリーグには大きな勝利が2つあった。さまざまな意味で、大きな勝利だった。スコアだけでなく、今季昇格したばかりの2チームが、J1の名門チームを相手にやってのけたのだから。
この結果が示しているのは、J1とJ2の差が段違いなわけでもない、ということだった。ただし、そこに至るまでの道のりはやはり長いし、昇格チームというものは、通常、成功を収めた前シーズンの心理的な勢いをそのまま維持しているものである。

昨季終盤に行なわれた天皇杯で、私はサンフレッチェモンテディオの両チームを見る機会を得たのだが、これら2チームの比較では、モンテディオのほうがサンフレッチェより戦力的にJ1で生き残る可能性が高いと思った。
モンテディオの方が、大柄でしっかりした体格の選手が多く、オフシーズンにチームで最高のフォワード、つまり豊田ではなく、長谷川の方――これは、この長身で、やせ気味のストライカーを今も好む、過激なレイソルファンの一方的な見解ではあるのだが――を残留させることに成功した。
磐田での試合では、長谷川が山形の6ゴール――まさに衝撃的なJ1デビュー――のうち2ゴールを決めた。
ジュビロは昨シーズン、幸運にもJ1に残留できたが、ファンは今シーズも良くて平凡な成績と覚悟しているに違いない。

サンフレッチェは、昨季の天皇杯では西が丘でヴェルディを退けた。この試合は、ディエゴがハーフタイム直前に狡猾なストヤノフに暴力を振るったためにレッドカードをもらった試合としてよく覚えている。その結果、ディエゴは4試合の出場停止となり、降格圏脱出のために戦っていたヴェルディにとっては痛手となった。
サンフレッチェは槙野、佐藤、柏木、ストヤノフがそれぞれ1ゴールずつ挙げ、横浜で4-2の勝利を収めた。
バックでエレガントなブルガリア人とコンビを組む槙野は、コミュニケーション能力の優れたリーダー。J2で1シーズンを過ごしたあと、より多くの経験と統率力を身につけてJ1に戻ってきた。
大柄で、身体能力の高いマリノスのディフェンスを相手に4点もとることができたのだが、やっぱり私には、サンフレッチェは機動性と巧妙さはあるものの、中盤と攻撃陣が少し薄いように思える。

先はまだまだ長いが、昇格した2チームにとって、アウェーを戦ったこの日が特別な日になったのは確かである。この結果は、Jリーグ全体から見れば好ましいものだが、かつてのチャンピオンである2チームにとっては暗鬱たるものだろう。

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松田監督不在のJ1は寂しい

2009/03/09(月)

2009年3月6日:日本人選手を海外の有名な選手に例えることは、とりわけメディア的な観点からいうといつも面白いものだ。若き吉原宏太を、エリア内での決定力から“日本のロマーリオ”と呼び、左ウィングでの妙技から本山雅志を“日本のライアン・ギグズ”と呼ぶ。さらには遠藤保仁を、絶妙なパスとロングレンジのシュート力から“日本のレドンド”と称したり、フィリップ・トルシエ監督もよくやっていた。

最近でも、こうした“ネームゲーム”を好んでやっている監督がいる。ヴィッセル神戸から解雇され、今シーズン新たにJ2に参入した栃木SCの指揮官となった松田浩監督である。昨季終盤、ヴィッセルを率いてヴェルディ戦で味の素スタジアムへ乗り込んだ彼は、元ヴィッセルのDF土屋征夫をまだ褒めちぎっていた。5年前の土屋は日本最高のDF、“日本のカンナバーロ”だ。背は高くないが、高いジャンプ力と天性の強さを持った素晴らしい選手だったと松田監督は話した。

また、FC東京から移籍し、最初の1年を終えようとしていた鈴木規郎についても、私たちは話をした。さて、松田監督は鈴木を誰に例えたと思う?
「彼には、マルセイユでプレーしていた頃のクリス・ワドルのようになって欲しいと思っています」と松田監督。「ほら、左利きで右ウィング、中へ切れ込んでシュートを打つでしょ」。

松田監督は昨季初め、鈴木が左サイド、バックスかミッドフィールドで代表入りを果たすことを期待していると言った。しかし、松田監督は鈴木を左サイドに使うこのプランを捨て、彼を右サイド、すなわち“ワドル”役をさせたのだった。シーズン終了と同時に松田監督は神戸を去り、ブラジル人のカイオ・ジュニオールが新たに監督となった今、鈴木はどう使われるのだろうか。

J1から、松田監督の“世界的な観察眼”がなくなるのは寂しい。同意するかどうかは別としても、いつも興味深い話だったからね。

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帰ってきた中後がジェフの中盤を支える

2009/03/05(木)

2009年3月4日:オズワルド・オリヴェイラ監督の手腕によって恩恵を受けているのは、鹿島アントラーズだけではない。ジェフユナイテッド千葉にもそのメリットは及び、ジェフは中後雅喜を抜け目なく獲得した。
攻撃陣の田代や興梠、ディフェンスの伊野波らと同じように、中後もオズワルドが指揮する鹿島で本当の意味での開花をなしとげ、中盤の立て直しを目指すジェフがシーズンオフに彼の獲得交渉を迅速に進めたのだった。
千葉生まれの中後がジェフの組織に加わるのは、もちろんこれが初めてではない。ジェフユナイテッド市原時代にジュニアユースとユースのチームでプレーしていたからだ。その後、中後は駒澤大学に入り、そして鹿島に入団した。

中後は堅実なオールラウンドプレーヤーにして、頼りになる戦力という評価を鹿島で獲得しており、主としてボランチを務めたがバックでもプレーし、鹿島の野心的で、しかも実績のある4-2-2-2のフォーメーションではセンターハーフの並びあるいは右サイドバックでプレーしていた。

ジェフのボスであるアレックス・ミラー監督の希望としては、中後には下村と組んで中盤のエンジン・ルームに堅実さとリズムを持ち込んでもらい、工藤のような攻撃的な選手が前線に駆け上がり、ピッチの中央で守備ではなく、創造的な仕事に集中できるようにしてもらいたいのだろう。羽生スタイルの機動性を持つ工藤は、もがき苦しんだ昨シーズンに光り輝いた少数の選手の一人で、今年は前線での仕事が多くなりそうなので、さらに威力が増しそうである。
監督と攻撃陣の橋渡し役として、中後と下村なら、チームのエンジンを回し続け、中盤をしっかりと掌握することができるだろう。これこそが昨年のジェフがことごとく失敗してきたことで、その状態はシーズン半ばに戸田を補強しても改善されることはなかった。

ジェフの巧妙な選手補強は他にもあり、地域のライバルであるレイソルからはユーティリティー・プレーヤーのアレックスを獲得した。
アレックスは常に精力的で、素晴らしい左足も持っているのに、昨シーズンの柏ではあまり出場機会に恵まれていない、と私は思っていた。アレックスはJ2のアビスパ福岡では信頼できるストライカーとしての地位を築いていたが、昨シーズンのレイソルではまったく実績を残すことができなかった。彼の入団により、ミラー監督はディフェンスの左側、中盤、それに攻撃でも多くの選択肢を持てるようになるだろう。
中後とアレックスの2人はジェフを安全かつ確実に補強してくれる新戦力。さらに経験と、ノウハウも少しばかりチームに与えてくれるだろう。

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フロンターレはダークホースとなれるか?

2009/03/02(月)

2009年2月27日:新シーズンを迎えるにあたり、リーグ優勝のダークホースたる要素は何なのか? 今年のJリーグについていうと、それは非常に難しい質問だ。先日のサッカーマガジン誌上のアンケートへの私の回答は、私自身、完全に満足かというとそういうわけではない。
私が選んだのは川崎フロンターレ。なぜか。単純に、彼らにはまだJ1の優勝経験がないこと。そして、レッズガンバがずば抜けており、昨年のトップグループ以外のチームでは他にどこも見当たらないということである。

しかし、もしもフロンターレがリーグ優勝を遂げたとして、それはサプライズなのだろうか? そして、昨シーズン高い攻撃力を見せた名古屋グランパスが優勝したら? 大分トリニータはどうだ? 2008年に素晴らしい活躍を見せた彼らは、持てる限りの可能性以上、いや仮にそうでなくとも持てる全てを出しきってプレーした。だが、ウェズレイはまた1つ年を重ね、対戦相手は1年分賢くなる。
FC東京は? あの熱烈なサポーターが味の素スタジアムを無敵地帯へと変えられればきっと…。しかし、シーズンを通してそれを続けることは難しいだろう。
エスパルス? フォワードとミッドフィールドのラインは確かに強い。しかし高木の抜けたディフェンスの穴は大きい。したがって、ダークホースとまではいかないか。
どうですか、みなさん?

トップグループ以外のチームから、優勝争いに加わる可能性を持つチームを選ぶのはとても難しい。アントラーズ、レッズ、そしてガンバと、ここ最近のJ1で圧倒的強さを誇る彼らもいるし、だから私はフロンターレを選んだ。
昨シーズンを振り返ってみよう。フロンターレには、残り4節の時点で首位争いを制してリーグ優勝を遂げるビッグチャンスがあった。だがNACK5で大宮アルディージャにまさかの敗戦。優勝は夢と終わった。誰がタイトルを手にしても不思議ではない状況のなかで、自身を信じることができなかった。そんなフロンターレのその日の闘いぶりに、私はとてもがっかりした。
試合開始のホイッスルとともにフロンターレはエンジン全開、ゲームを支配しにかかるだろうと思っていた。しかしフタを開けてみると、この決して強くない相手に主導権を握られてしまい、スロベニア人CFラフリッチに見事な決勝ゴールを奪われ1-2で敗れ去った。

混戦から抜け出し、首位に躍り出るチャンスだったこの日。試合終了のホイッスルが鳴った後、敵地まで駆けつけたサポーターたちに不甲斐ない敗戦を罵倒されても仕方なかったというのに、温かい拍手を受けていたことに、私には大きな戸惑いを感じずにはいられなかった。そしてフロンターレはまさにこの日、シーズンのタイトル争いから脱落したのだった。

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