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2009年2月

ケーヒルの底知れなさ

2009/02/26(木)

2009年2月25日:今シーズンのイングランド年間最優秀選手をデビッド・モイーズが好きに選べるのであれば、彼が指揮するエバートンの選手の1人がその候補に挙げられるだろう。
このスコットランド人の若手監督なら、日本のファンがよく知っている選手、さらに言えば日本のディフェンダーが骨身にしみて知っている選手を躊躇なく選考するだろう。その選手の名は、ティム・ケーヒル2006年のワールドカップ、カイザースラウテルンでの試合に途中出場し日本を破壊したケーヒルは、日本代表がオーストラリアと0-0で引き分けた先日の横浜の試合でも、センターフォワードとしての実力を見せつけた。
そうなったのは、彼に器用さとチームに貢献したいという意識、そして総合的な素質があったからで、ゆえに狭くはモイーズ、広くはエバートン信者に彼はこれほど愛されているのである。

ここ数週間というもの、グディソン・パーク(エバートンの本拠地)でのケーヒルは、故障を再発するおそれがあるためスーパーサブのストライカーとしてプレーしているが、ピム・ファーベーク監督は日本での試合で彼を1トップのフォワードとして起用し、4-3-2-1のフォーメーションでホルマンブレシアーノを彼のサポート役にした。
オーストラリアの布陣に、日本代表は安堵したことだろう。ピム監督がジョシュア・ケネディスコット・マクドナルドを外しただけでなく、ケーヒルをトップに孤立させたからだ。そのためケーヒルは、とくにセットプレーでの対処が厄介な、下がり目の位置からゴール前に進入する動きができないようになっていた。
中澤祐二がケーヒルのマンマークをあんなに立派にやってのけたという事実は、中澤のコンディションのよさを示していたが、さらに闘莉王が横にいるためケーヒルにとっては体を反転させて攻撃に転ずるスペースがほとんどなかったということもあった。前半終了前の鋭いシュートを別にすれば、ケーヒルは試合のほとんどの時間をゴールに背中を向けた状態で費やし、タメを作ってチームメートにボールをはたく仕事をしていたが、そのチームメートの位置が深すぎたため、日本の守備陣のなかに攻め入ることはできなかった。

その試合の2日前、月曜夕方の三ツ沢球技場で、私は練習を終えバスに向かう途中のケーヒルに質問を投げかけてみた。水曜夜のポジションはフォワードか、それともストライカーの後ろの位置のどちらなのか、と。
「言われれば、ディフェンスだってやるさ」とケーヒルは答えた。おそらくその答えには、試合に対する彼の気持ちが込められていたのだろう。その前にはピム監督が、オーストラリア代表の試合にケーヒルを手放してもらうために自らエバートンに赴き、モイーズと面談した、と私に話していた。エバートンの監督は、ケーヒルにはできれば行って欲しくないし、クラブサッカーに集中して欲しい、と率直に話していたそうだ。

「その後、ケーヒルはオーストラリア代表でプレーしないのではないかという報道もちらほらあったけど、ケーヒル本人がメールで、どの報道も真実ではなく、早くチームに合流したいと伝えてきたんだ。それを見て、代表チームにかける彼の意気込みがよくわかったよ」。日本戦への準備をしながら、ピム監督はそう話していた。
ケーヒルがイングランドの2大個人賞―― 一つは仲間のプロ連中が選び、もう一つはメディアが選出する――のどちらかを受賞する可能性はそれほど高くないが、彼に対するモイーズ監督の高い評価はまったく頷けるものである。
日本はまだ完全な状態のティム・ケーヒルを見ていないのではないかという恐怖を、私は感じているのだ。

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ヒディンク監督が一波乱巻き起こすかも

2009/02/23(月)

2009年2月20日:シーズン終了まで、フース・ヒディンク氏が指揮を執ることになったチェルシー。今季の優勝はもう無理だなどと言う人はいるのだろうか。マンチェスター・ユナイテッドをリバプールが猛追するなか、スタンフォード・ブリッジではヒディンク監督が指揮を執るのだ。何が起こっても不思議ではない。彼は世界でもトップクラスの監督で、何と言っても選手の扱いに非常に長けている。さらにはアジアとの縁も深く、2002年には韓国を、そしてその4年後にはオーストラリアをワールドカップ出場に導いた。

私が初めて彼にインタビューしたのは1988年、場所は読売ランドだった。
トヨタカップのバスコ・ダ・ガマ戦を控えたレアル・マドリードのトレーニング――試合はラウルの豪華なゴールでレアルが2-1の勝利を収めた――でのこと。その日のレアルのトレーニングセッションは、怒声を上げながら掴み合いになったクラレンス・セードルフとイバン・カンポをチームメートが引き離さなければならなかったりするという、波乱に満ちたものだった。だがトレーニングセッションを終えたヒディンク監督は落ち着きはらって「個性がぶつかり合っただけで、そうした衝突もサッカーの一部だ」と話した。

それから数年後の2002年3月、私はチュニスでのワールドカップ前哨戦、対チュニジア戦に臨んだ韓国代表のトレーニング中の彼を訪れた。その時、韓国メディアはヒディンク監督の代表監督としての姿勢を疑問視し、彼を散々てこずらせていた。そして、そのことに怒り心頭となっていた彼は、韓国メディアの取材を拒否した。
幸い、私は当時ヒディンク監督のナンバー2だったピム・ファーベークとの交友関係を使って、ヒディンク監督との仲立ちをしてもらえた。監督は韓国取材陣から離れて私を呼ぶと、イライラが絶頂に達しているにもかかわらず、親切にも数分の時間を割いてくれた。

韓国メディアは当時、ヒディンク監督を辞めさせたがっていた。2002年ワールドカップのあと私は、トルシエ監督の後任として日本サッカー協会(JFA)はヒディンク監督を雇うべきだと書いた覚えがある。しかし、任期切れまでもはや数ヶ月しかなく、それは実現しなかった。

現在、ヒディンク監督は2つの仕事をしている。一つはロマン・アブラモビッチ氏のためにチェルシーを指揮し、そしてメインはロシア代表の監督だ。国際サッカーというものにかかわりの少ない人は、クラブコーチをしながらもパートタイム的に代表監督も務まるのではないかと考えがちだ。
先日オーストラリア監督として来日したピム氏と、月曜午後にコーヒーを飲みながらこんな話をした。
月曜の朝にはまだたったの3人しか選手が集まっていなかったのだ。さらに数選手がその日に来日する予定になってはいたが、こんな状態で代表監督に何ができるというのか。
スコット・マクドナルドは、中村俊輔同様にセルティックからの許可をもらっていたのでもっと早い来日も可能だった。しかし、ピム監督は日本に来て一人で練習するよりも、その週末にセルティックの試合に出場した方が良かったと言う。

ヒディンク監督はすでにシーズン終了と同時にチェルシーの監督の座を降り、ロシア代表の仕事に専念すると言っている。彼のこのリラックスした心境と、失うものは何もないというアプローチが、今シーズンのプレミアリーグの優勝争いに波乱を巻き起こすかもしれない。

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タカの代表復帰も、ありえるかも

2009/02/19(木)

2009年2月18日:とにもかくにもオーストラリアとの試合がスコアレスドローで終わったのを受け、日本の次のワールドカップ予選、3月28日の土曜日に予定されているホームのバーレーン戦に関する話題がすでに囁かれ始めている。
議論の的になっているのは、相変わらずだけれど、誰かゴールを決めるのだろうかということ、あるいは日本はゴールを決めて勝点3を得られるのだろうかということである。

カターニャでプレーする森本(貴幸)を推す声もあるが、私自身はオリンピックに向かう過程の試合でも、もしくはオリンピック本大会でも、彼にそれほど強い印象を抱いたわけではなかった。例えオリンピックくらいのレベルの試合であっても、森本は国際試合では少し頼りなさそうに見えた。ただし、イタリア・セリエAでシーズンを過ごしている現在は自信も深まっているかもしれない。

熱烈な支持を受けている選手としては、柳沢(敦)もいる。柳沢は鹿島で輝かしい実績を残したあと、京都で元気をとり戻した。柳沢は精力的にチームを引っ張るだけでなく、自らいくつかのゴール――正確には、日本人最多の14ゴール――を決め、Jリーグのベスト11にも選出されている。
岡田武史監督の4-2-3-1のフォーメーションでは、ボールから離れた位置での彼の動き、とくにマーカーを振り切る加速力は連鎖的な攻撃をする上で効果的であるとも考えられる。
森本も柳沢も――柳沢については良い状態で新シーズンを迎えられたらという条件付きではあるが――バーレーン戦に招集される可能性があるだろう。しかし、私が推すのは高原直泰だ。

昨年の浦和ではシーズンを通してケガに苦しめられたタカだが、彼には高いレベルで戦えるだけの潜在能力があると、私は今でも思っている。
レッズ不振の戦犯としてタカ、それからエジミウソンを批判することは簡単だが、私はまだしばらくはタカを擁護するつもりである。というのも、レッズが抱える問題はもっと奥深いものだと感じているからだ。
ポンテの故障とコンディション不良……梅崎の創造性を活かそうとしなかったゲルト・エンゲルス監督(当時)……実績はあるものの、明らかに満足できるプレーをしていない選手に対するコーチの盲信……これらのファクターが微妙に影響し、高原はレッズでの最初のシーズンを悲惨な状態で過ごさなければならなかったのである。

しかし、かつてジュビロでプレーしていたこのフォワードは現在も国際的なレベルのストライカーで、彼がゴールの決め方を熟知しているのはその経歴を見れば明らかである。レッズが新監督のフォルカー・フィンケのもとで上手くシーズンをスタートできれば、タカもシャープでハングリーな状態になるだろうし、となれば岡田監督も彼を呼び戻したい衝動に駆られるようになるだろう。
高原の招集は、ギャンブルというわけでもないと思うんだがなあ。

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チャンスをつかめなかった松井

2009/02/16(月)

2009年2月14日:水曜夜の、横浜でのスコアレスドロー。日本とオーストラリアは勝点1ずつを加え、2010年南アフリカワールドカップに向けお互いに1歩ずつ前進した。しかしそうしたなか、一人の日本人選手にとっては大きな後退となった。そのことが、緊張とフラストレーションに満ちた試合において私には非常に残念だった。そう、私が言っているのは、大久保嘉人をベンチに引っ込めてまで岡田武史監督が左サイドで先発メンバーとして驚きの起用をした松井大輔のことである。

試合序盤の松井は、右ウィングでのボールの奪い合いに競り勝ち、その後、倒されてフリーキックを得たりと、なかなか良いように見えた。しかしそれ以降は派手すぎ、持ちすぎ、そしてその結果決められないという昔の彼に戻ってしまった。
これこそが、かつて京都サンガを指揮したピム・ファーベーク監督が一番気に入らなかったことなのだ。そんな松井を見ることはもうないだろうと思い、そして願っていた。

ヨーロッパバージョンの、進化した松井は、アシカショーのように大げさすぎて客の失笑を買う、いわゆる“サーカス・フットボール”とは異なり、より成熟し、より統制され、そして役割をきちんと果たしていく、そういうものだと私は思っていた。しかし水曜日、目の当たりにしたものはまったく違っていた。
もちろん、松井の技術とバランス感覚は天賦のもの。彼はフランスで、体力面にもより一段と磨きをかけた。松井をイングランドの選手と比較するとすれば、ペナルティエリア周辺での高度な技術と抜け目のなさでゲリー・リネカーに多くのゴールをもたらしたピーター・ベアズリーだ。松井はそうした選手になれる可能性を持っている。
松井もいまや27歳、5月には28歳になる。可能性について話しをするにはもう遅すぎる。彼はいま絶頂期を迎えているが、代表での実績はこのオーストラリア戦でわずか14試合である。これほどの能力、そして創造性を持つ選手であることを考えると、あまりに少なすぎる。

松井は何度となくボールを失った。松井のために、そしてチームのためにならないと見るに見かねた岡田監督は57分、ついに彼を交代させた。松井は岡田監督から大きなチャンスをもらった。だが彼はそのチャンスをつかむことができなかった。それはとても残念だし、またある意味驚きでもあった。私は最近の彼は“本物”だと見ていたが、どうやら違ったようだ。

この試合の2つの大きな見所は、遠藤による直感的でダイレクトなものだった。1つ目は70分、マーク・シュウォーツァーがアクロバティックなセービングで止めた素晴らしいシュート。そして2つ目はその直後、左ウィングからファーポストへの円弧を描く美しいクロス。見事だった。もしも日本に、速く、そして正確なストライカーがいれば…。

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明るかったのはファーベーク監督より岡田監督

2009/02/12(木)

2009年2月10日:日本対オーストラリアのワールドカップ予選前日、両監督の様子はこれまでの数日間とは趣が異なっているように思えた。あえて表現するなら、岡田武史監督がリラックスして自信ありげに見えたのに対し、ピム・ファーベーク監督の方は神経質になっていて、用心深げであった。

オランダ人監督は、ティム・ケーヒルについてそのポジションはおろか、出るかどうかも明かそうとせず、主力の欠けた日本のゴールキーパー陣について質問されたときには、ぶっきらぼうに「ノー・コメント」と発するだけ。プレッシャーがかかるのは日本だけという主張をずっと繰り返してきたわりには、彼の方も緊張しているという印象があった。

「日本は勝たなければならないと思っているが、我々は勝てればよいと思っている。そこが違う」とファーベーク監督。
もちろん、これは本当ではない。以前私が述べたように、日本にとっても勝たなければならない試合というわけでは全くないのだ。引き分けは、上位の順位を維持できるので両チームにとって悪くない結果だと私は思う。ファーベーク監督が言葉を重ねれば重ねるほど、内容はどんどんと説得力の欠けるものになっていくようだった。

ファーベーク監督の公式記者会見は、日産スタジアムで火曜日の午後に設定されていたのだが、その後の公開練習でケーヒルが前の方のポジション、つまりブレット・ホルマンの横かジョシュア・ケネディのすぐ後ろの位置で出場することになりそうだとわかった。
最近の日本はセットプレーのときの守りに問題を抱えているので、普通に考えれば、194cmのケネディを先発させ、ホームチームの守備を撹乱しようとするだろう。

立ち上がりの展開は想像に難くない。オーストラリアはケネディを狙ったロングボールを送り込んでペナルティエリア内を混乱させ、さらにケーヒルがそのこぼれ球を狙う作戦に出るだろう。日本はカウンター狙いで、スピード、動きの良さ、パスを駆使した質の高い攻撃を敵陣で展開してオーストラリアのディフェンスをこじ開け、GKマーク・シュウォーツァーにノンビリする暇を与えないようなプレーをする。ただし、日本の攻撃陣がどのような顔ぶれになるかは不明のままだ。

練習を非公開にすることで、岡田監督は選手たちからプレッシャーを取り除き、メディアからの情報を管理しようとした。1997年と1998年の経験がはっきりと活かされており、細かいことは何も話してはいないのに、岡田監督からは明るい雰囲気が感じられた。
その逆に、ファーベーク監督は物静かで、リラックスした感じを出そうと躍起になっているように見え、いつもの快活さはなかった。彼自身も、ミスの許されない試合だというプレッシャーを感じているようだった。ただし、彼の選手たちが同じように感じているかどうかはまったく別の問題である。

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攻撃陣のオプションは豊富

2009/02/09(月)

2009年2月6日:“水曜日の対オーストラリア戦で誰をフォワードに据えるのか”という岡田武史監督の悩みは、ビッグマッチを控えた多くの監督が羨むものだ。中村俊輔、大久保、そして松井といった“欧州組”が帰ってくるが、岡崎や香川といった“日本組”も、先日のフィンランド戦では5-1の勝利を収め、スターティングメンバー入りを大いにアピールした。さらに田中達也と玉田を加え、岡田監督は4-2-3-1のフォーメーションの中で、4人の攻撃陣を誰に任せるのかという贅沢な悩みを抱えることとなった。

おそらくは、玉田のワントップ。そして俊輔を3人の攻撃的MFの右サイド、中へ切れ込み圧倒的な影響力を持つ彼の左足を有効に使うことができ、また、ディフェンスの裏へのスマートなパスや相手をからかうようなクロス、はたまたロングシュートとオプション豊富なポジションへ据える。
移籍早々に、ボルフスブルクのフェリックス・マガト監督を唸らせた大久保が3人の中央でボールを拾い、ピッチ中央でディフェンダーの間を走り抜ける。松井は左サイドとして理想的だ。彼のヨーロッパでの経験とウィングでのトリッキーなプレーは、日本の攻撃に幅を持たせることができる。
俊輔、大久保、松井の攻撃的MF陣が玉田をサポートするという攻撃陣。彼らはオーストラリアのディフェンス陣を悩ませるに違いない。

一方、これは同時に、フィンランド戦で2ゴールを挙げ自信溢れる岡崎や、田中達也、そして香川がラインナップから抜けることを意味する。この3人は岡田監督好みのスピードと低い重心の持ち主。オーストラリアを困惑させることができるだろう。また、俊輔、岡崎、大久保のコンビネーションもまた候補の一つだし、俊輔、大久保、香川といった組み合わせもあり…とにかくキリがない。
岡田監督は、この試合に向けありとあらゆる組み合わせを考えることだろう。ひょっとすると、日本にピッチの中央で鋭さを持たせるため、バーレーン戦で非常に出来の良かった稲本を、強力なMFのエンジンルームで長谷部とコンビを組ませるために、遠藤を3人の攻撃的MFの左サイドに起用することだってあり得る。
ただ、岡田監督が誰を起用するにしても、セットプレーからの空中戦に強いオーストラリアの攻撃陣と対峙するGKにはやや不安が残る。おそらく、闘莉王との繋がりで都築が選ばれるだろうが。

楽しみな試合だ。日本、オーストラリア、そしてアジアのサッカーにとって素晴らしい試合となるだろう。岡田監督が起用するであろう4-2-3-1の予想スタメン、私はこう見ている。
都築、内田、中澤、闘莉王、長友、遠藤、長谷部、中村俊輔、岡崎、大久保、玉田

結果を予想しろって? 無難な線で1-1としておこう。だがこれは日本にとって悪い結果ではないということも、強調しておこう。

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危険人物はやはりケーヒル

2009/02/05(木)

2009年2月3日:先日、エバートンのホームページを見ていたら、ビッグ・サプライズが2つあった。最初のサプライズは「最近の故障情報」を知らせるセクションが設けられていたこと。もう1つは、そのリストにティム・ケーヒルが載っていなかったことである。
クラブがわざわざウェブ上にスペースを割き、故障の情報と故障した選手の復帰見込みを報じているという事実は、モダン・サッカー、とりわけ身体的に過酷なイングランド・プレミアリーグの慌しいペース、慌しいスケジュールを如実に示すものだ。

ご存知のようにケーヒルも標準以上の頻度で負傷を重ねており、いつもケガからの復帰を目指しているように思えるくらい。しかし、エバートンでの最近のパフォーマンスを見たところ、この攻撃型ミッドフィルダーは元気満々、来週横浜で行なわれるワールドカップ予選の大一番では日本にとって危険な存在となりそうだ。
ピム・ファーベーク監督が俊輔の華麗な左足からのボール供給を遮断する作戦に出るのなら、岡田武史監督は要注意人物として必ずケーヒルをマークするだろう。

3年前の夏、カイザースラウテルンで戦われた炎熱のワールドカップ初戦、途中交代で入ってきたケーヒルが日本代表に与えたダメージも、あるいは2度のゴールシーンの度に見せたボクシング・スタイルの歓喜のポーズも、忘れてしまいたい思い出だ。
これらのイメージは、あの試合を観戦した日本のファンにとってはまさにトラウマとなっているに違いないし、PK戦でオーストラリアを葬った2007年のアジアカップで日本がワールドカップの「借りを返した」とは、私は考えていない。ワールドカップでの負けはずっと重いものであったし、このアジアの2強を論ずるとき、今も世界の人々はあのときの結果を思い出すのだ。

ケーヒルはやはり危険な人物である。とりわけ、中盤からタイミングよく駆け上がってきたときには。彼はヘディングに長けているので、日本代表は、闘莉王と中澤、2人の長身選手がセットプレーでオーストラリアの中心的なストライカーに気をとられている場合、彼のクレバーな走りを用心深く監視していなければならない。
オーストラリアは、優れた能力を持つブレット・エマートンが右サイドにいなくても――ブラックバーン・ローバーズのスターは、深刻な膝のケガにより今シーズンの出場が絶望的となっている――ファーベークには、この横浜での大試合に招集できる経験豊かな手駒が豊富にある。
誰よりも怖いのは、絶好調のティム・ケーヒルである。

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惨敗の中で光った稲本

2009/02/02(月)

2009年1月30日:水曜の夜、バーレーンでの0-1の敗戦。日本は負けるべくして負けた。特にディフェンス面ではまったく良いところがなく、後半に入って同点に追いつこうとするなか、バーレーン・ゴールにプレッシャーを与え続けることさえできなかった。
当然ながらチャンスはあった。とりわけ前半、田中達也のスライディングしながらのボレー、そしてキャプテンの中澤佑二から賞賛された岡崎のニアポストからのヘディングシュート。それでも、日本のプレーは引き分けにも値しなかった。

中澤はディフェンス面でカバーリングと積極果敢なプレーでゲームを支配し、日本を重たい敗戦から救おうとした。試合終盤には“闘莉王スタイル”で何とか日本を奮い立たせようとしたが、士気の上がらないチームメートからのサポートはあまりにも少なかった。
中澤以外で目立ったのは、中村憲剛と並んで岡田武史監督の4-2-3-1フォーメーションの、ミッドフィールド中央で先発出場した稲本だった。イナはルーズボールを追い自陣深くまで戻ったり、ミッドフィールドから鋭いパスを送ったりと積極的なプレーを見せていた。セットプレーでも、ペナルティエリア付近にできたスペースを見逃さず走りこみ、良いシュートを放っていた。彼の落ち着いたプレーは、ホームでのワールドカップ予選、対オーストラリア戦の代表メンバー入りを確実にしたと言えるだろう。

一方、GKの川島は、前へ出るべきか、出ざるべきかのタイミングがつかめず右往左往していた。DFの寺田は、後半は落ち着きを取り戻したものの、前半のプレーは酷いものだった。特筆すべきは、彼の犯した非常にJリーグらしいミスである。左サイドでルーズボールを追っていた彼は、バーレーンの右ウィングプレーヤーにいともあっさり抜かれた。
私がなぜこれを“Jリーグらしいミス”と呼ぶのかと言うと、こうしたミスをJリーグでよく見かけるからだ。馴れ合いのなかでプレーをすると、えてして基本を忘れてしまう。この場合は、ボールを蹴り出しスローインにすべきであった。

また、内田は試合を通して非常におとなしかった内田。彼は右サイドのかなり深い位置からのフリーキックをまるで居眠りでもしているかのようにぼんやりと見送り、左ウィングのサルマン・イサにあっさりとヘディングシュートを打たれ、ボールは飛び出した川島の上を超えゴールに吸い込まれた。
左サイドバックの長友もまったく彼らしいプレーができず、憲剛も、稲本が頑張っていた分、守備的な負担は少なかったはずなのに、中盤でまったく仕事ができていなかった。

攻撃陣はと言えば、岡崎、田中、本田圭佑のラインに玉田のワントップはまったく機能していなかった。玉田は結構シャープだったが、この軽量級の攻撃陣を引っ張るよりも、左サイドでトップをサポートする方が良いのではないだろうか。
とにかく酷い試合だった。岡田監督は今後、当落線上の選手について検討を重ねることになるだろう。

クウェートに出張中だった私は、この試合をアルジャジーラTVのライブ中継で見ることができた。
テレビで見られなかった日本の皆さん、この試合には見るべきところが何もありませんでしたよ。まるで“鈴木隆行そっくりさんコンテスト”にでも出場したかのような、金髪モジャモジャ頭の本田以外はね。

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