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画竜点睛を欠いたロナウドのCWC

2009/01/15(木)

※画竜点睛(がりょうてんせい)
 物事を完璧(かんぺき)なものにするための最後の仕上げ


2009年1月13日:先月の日本ではベストの状態の彼を見ることはできなかったけれど、クリスチアーノ・ロナウドはそれまでの過程で2008年FIFA年間最優秀選手の大本命候補となるだけの十分な働きをしてきていた。
予想通りではあったが、今週月曜日、マンチェスター・ユナイテッド(マン・U/イングランド)の23歳のウィンガーがこの賞を受賞することが正式に発表された。ここ数週間で大きな個人タイトルを3つも獲得するという偉業が達成されたのである。

好き嫌いに関係なく、ロナウドが特別な才能を持った選手であることは疑いの余地が無い。高速で発揮される超絶的なスキル、トリッキーな即興プレー、ゴールを奪う能力により、ロナウドは、エンターテイナーと勝利者という困難な二役を見事に演じのけた。さらに言えば、私はマン・Uのファンではないけれど、ロナウドはビッグゲームに弱いという評論家の意見は理解しかねる。マン・Uの場合はどの試合もビッグゲームであると思うのだ。毎週毎週のプレミアリーグがそうだし、FAカップもリーグカップも、伝統を誇る欧州チャンピオンズリーグはクラブにとってとりわけ重要な試合となる。

もっとも、ロナウドにも不調なときがあるのは否定のしようがない。日本でのクラブワールドカップ(CWC)、とくに決勝戦では、それがはっきり見てとれた。十分な準備をしてグラウンドに登場していなかったというのは仕方がない。現代のサッカーでは、多くの選手がそうならざるをえないからだ。
問題は、審判が手を振ってプレー続行を指示したときに、動くのを止めてしまい、自分にフリーキックを与えるべきだったと文句を言っていたことである。誰かが少しでも触れれば、自分にはフリーキックがもらえる権利があるものと思い込んでいるようにも見えたし、そのような振る舞い方が私を苛立たせた。

彼の出場する試合で審判を務めることは、悪夢であるに違いない。審判はロナウドのような桁外れの才能を持つ選手を相手側のファウルや妨害戦術から保護する義務を負う一方で、毅然とした態度をとり、芝居がかった振る舞いやそれを支持するベンチの大げさな騒ぎに惑わされないようにもしなければならないのだ。

現代のサッカーの潮流について言えば、先日、テレビのサッカー番組で『あの人は今』のサッカー版が放映されているのを偶然目にした。話題の中心は、かつてのチェルシーのディフェンダー、ロン・ハリス。彼はその名前よりも“チョッパー”というあからさまなニックネームでよく知られていた。
あるフレーズが、私をドキリとさせた。チョッパー・ハリスが次のように発言したのだ。「俺がプレーしていた時代、サッカーはコンタクト・スポーツだった…」
タックルするのなら激しくタックルしろ、という意味だ。今日のサッカーは、もはやコンタクト・スポーツとは言えない。触れただけでファウルになり、ファウルをするとイエローカードになるからだ。
チェルシーのチョッパー・ハリスがマン・Uのクリスチアーノ・ロナウドをマークしたらどうなるのだろう? 今なら大騒動必至だろう!

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