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サッカー ―― 美しくて、残酷なもの

2008/07/24(木)

サッカーは「美しいゲーム」であるというのはよく耳にするが、「残酷なゲーム」であることも忘れてはならない。

月曜日の夜、FC東京とのホーム戦を西京極陸上競技場で観戦した京都サンガのファンは、それを実感したことだろう。ホームチームにとってはまことに残酷な幕切れであった。正規の90分と3分のロスタイム。そのうちの最初の2分は、うまくプレーできていたのだから。それから、すべてが悪いほうに転がり、同点ゴールを許し、1-1の引き分けという結果となってしまった。

京都の加藤久監督が試合後に話したところでは、ロッカールームは負けたときの雰囲気に近かったそうだ。
「選手はみんながっくりしていました。あと1分だけ辛抱すればよかったわけですから」。そう言ってため息をついた。
1分の間には色んなことが起こりえるが、その“色んなこと”が西京極で起こったのである。まず、京都の右サイドバックである増嶋竜也に、平山相太へのファウルが宣告された。それ自体が驚きだった。というのも、その夜の平山はレフェリーの奥谷彰男からひどい扱いを受けていたからだ。実際、呼吸をした罪でレフェリーが平山を罰しているのだと思える場面もあった。だって、それしかほかに理由が見当たらなかったのだ。

そんなわけで、東京が左サイドでフリーキックをもらい、疲労困憊した京都の選手たちは、最後の最後に行なうディフェンスのためにゴール前を固めた。
途中交代で入ったエメルソン(右利き)と大竹洋平(左利き)がボールのところにいるのを見ているうちに、試合はまだまだ終わらないのだという気がした。「終了間際の同点弾」というシナリオがいかにもありえそうな状況なのである。ゴール前にカーブをかけたボールを蹴ったのはエメルソンの方。しかし、その夜の東京のセットプレートで度々見られたのだが、ボールが強すぎるように思えた。

京都のGK水谷雄一は、このボールをファーポストの外側に弾き出すつもりだったのだろう。これで終わったと私は確信し、持っていたノートを閉じて、その夜の京都で次に待ち受けていたビッグイベント、「お好み焼き」に思いを馳せていた。
しかし、水谷はバランスを失って、ボールを弾き出すことができず、東京の3人目の交代選手、赤嶺真吾が「毎度おおきに」と言いながら、ヘディングシュートを決めたのである。
ラッキーは続くもので、同点シュートが入ったゴールの後ろにいたアウェーチームのファンは、実はそれまで自チームのプレーぶりにあまり満足していなかった。赤嶺の同点ゴールと1-1という結果があったからこそ、東京の選手たちは自らのサポーターからの口撃からなんとか逃れることができたのだと私は思う。

京都のファンについて言えば、呆然とし、声も出ない状態であったが、最終的には元気を取り戻し、スタジアムを去るチームのメンバーに拍手を送っていた。最後にどんでん返しを食らったが、京都の選手たちのプレーは拍手に値するものだった。
加藤監督の話は続く。「確かにゴールキーパーのミスではありましたが、いつも彼はチームのためにたくさんのセーブをしてくれています。彼には、『これがサッカーだ』と言いました」。

サッカー。美しくて、残酷なゲーム。

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