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2008年4月

夢を諦めない“スッポン”北斗

2008/04/28(月)

2008年4月25日:反町康治監督が最後に必要とするものは、オリンピック代表チームに自身の考えを加えることのできる、もう一人の幅のある選手である。1年半に渡る故障から復活した中村北斗が、まさにその“もう一人”。

水曜日に行なわれたオリンピックトライアル、NACK5スタジアムでの2試合の練習試合のうち1試合、大宮戦にフル出場した22歳の北斗(誰もが彼を下の名前で呼ぶ)をじっくり観察していた。
2006年にアビスパでプレーしていた頃、ダイナミックで攻撃的な右サイドバックだった昔の北斗では必ずしもなかったが、北京オリンピックまでは3ヶ月の調整期間がある。私は反町監督に特に北斗のことについて聞いてみた。北斗は2006年に膝のじん帯を負傷する以前は、私のお気に入りの若手選手の一人だったのだ。
「彼はまだ100パーセントではありません」反町監督は答えた。「彼はもっとできるはず。まあ、プレーは悪くなかったですよ」。しばしの沈黙の後、「うちには、良いサイドプレーヤーがたくさんいますからね」と続けた。

確かに、反町監督が3−5−2システムを採用するなら、内田、水野、そして長友に次いで現時点で北斗は4番目のチョイスだろう。4バックを採るなら内田、長友に次いで3番目。これでは、キーパーを含む18人の代表に選ばれるには不十分だ。2007年、わずか3試合しかプレーしていない北斗にとっては難しい注文かもしれない。彼にできるのは、体調を整えベストを尽くすことだろう。

水曜日、4バックの右サイドで彼がプレーをするのを観られたのはもちろん喜ばしいことだ。そして彼にとっても、大宮の経験豊富な左サイドである波戸や藤本との対戦は良いトレーニングになったはずだ。タフで積極果敢なフルバックとして、そして優れたマンマーカーでもある北斗には、一度噛み付いたら離さない“スッポン”のニックネームがある。イングランドのサッカー界ではこういう選手を“テリア”と呼ぶ。小さいながらも踵に噛み付いたら二度と離さないという犬だ。
まあカメだろうがイヌだろうが、これだけは確か。一度すべてを失ったかに見え、そして復活。北斗はそう簡単にオリンピック代表の夢を手放さないだろう。

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京都の怒りもわかる

2008/04/24(木)

2008年4月23日:サッカーの将来を憂いたくなるような試合がある。たとえば、土曜日にビッグスワンで行なわれたアルビレックス新潟と京都サンガの試合。私の率直な感想は、恥ずべき試合であり、Jリーグそしてモダンサッカーの現状に対するひどい逆宣伝だというものだった。
サッカーを観ていると、こんな試合に出くわすこともある。とはいえ、Jリーグの全クラブのキャプテン/監督に集まってもらい、ひたすら正直にプレーし、欺瞞を排除し、観るに値する、立派で魅力的な作品を日本のサッカーファンに提供しようと呼びかけたくなるような試合ではあった。

子供っぽい意見といわれるのは承知の上。でも、ひどい試合だった。みなさんご存知だろうが、京都は3人の選手が退場処分になり、挙句には加藤久監督までもが退席処分。選手が次々に退場となると、クラブカラーに合わせたように「カトキュー(加藤監督の愛称)」の顔は怒りで紫色になり、怒りの度合いはテクニカルエリアの形状を素晴らしい足技で再設計するまでに至っていた。

そりゃ、彼だって怒るだろう。シジクレイにアタリバ、増嶋が試合終了を待たずにロッカーに引っ込んでしまったのだから。だが、そんなに荒れた試合だったのだろうか? 出されたカードの数だけ見ればそういうことになるのだが、内実はまったく違う。
より詳しく言えば、監督が退席し、ピッチ上に選手がわずか8人しかいない状態で京都が試合終了を迎えるようになったのは、シミュレーションと負傷のフリが巧妙に行なわれたこと――それからレフェリーの経験不足――が原因だ。

アレッサンドロと矢野へのファウルにより、キャプテンのシジクレイが2枚のイエローカードをもらい前半に退場。その後、アタリバにはいきなりレッドカードが提示されたが、その理由は、テレビ・カメラが捕らえていない、ボールとは関係のない場所における矢野との接触であった。また、増嶋も2枚のイエローカードで退場。1枚目は矢野に対する微妙なファウル判定に対して不満を述べたためで、さらに2枚目のイエローは空中戦での衝突が理由。その相手は…そう、ご名答。矢野である。

今シーズン、私は京都の試合を3試合観ている。増嶋の空中戦での強さ、具体的にはジャンプのタイミングにはいつも感心させられていた。彼はジョン・テリーのような体格をしているわけでもない。どちらかと言えばSMAPのメンバーに近いだろうか。さらに付け加えれば、カードが連発される混乱状態のなか、京都のベテラン選手・森岡が、グラウンドに寝転がる矢野に話しかけた内容も詳しく知りたいところである。
アルビレックスは今シーズンのリーグ戦初勝利を挙げたが、このような大混乱では誰も満足していないことだろう。

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FC東京と岡田監督を感心させた若きリーダー長友

2008/04/21(月)

2008年4月18日:岡田武史監督は、若手にチャンスを与えることをためらわない。1998年初頭、ワールドカップ・フランス大会の日本代表22名を選出するとき、結局は外された3名のうちの一人となった市川大祐、そして小野伸二が良い例だ。

4月21〜23日のトレーニングキャンプに招集された選手の中にも、興味深い若手がいる。21歳のフルバック、FC東京の長友佑都である。チームの情報によると、長友は明治大学から入団したばかりのルーキーながら、すでにピッチ内外でリーダーとしての素質を発揮し始めているらしい。
例えば2月に新宿で行なわれたファン感謝祭では、長友は新加入のエメルソンにお辞儀の仕方とサポーターへの感謝の言葉を教えていた。そしてさらに土曜日、騒々しい東京ダービー、ヴェルディ戦に勝利した後、長友は試合終了後のホィッスルが吹かれた後もピッチに残り、アウェー席にいたFC東京ファンの前で、決勝ゴールを挙げた羽生に勝利の儀式のお手本を見せていた。
長友自身がゴールを挙げたわけではないが、試合終了間際、ロスタイムにヴェルディのエリア内で、彼の存在が今野のヘディングシュートから途中出場した相手側の柴崎のオウンゴールに繋がったといえる。

長友はジュビロ磐田の駒野のようにとてもタフなディフェンダー。彼を振り切るのは難しい。ヴェルディのフッキも今回の東京ダービーで身にしみて感じたことだろう。
FC東京では右サイドには徳永がいるため左サイドバックを務めているが、長友は右サイドもできる。実際1−1の引き分けに終わったU−23代表のアンゴラとの親善試合では右ウィングバックをこなし、ゴールを挙げた豊田にクロスを供給している。

今回岡田ジャパンに招集されたことで、彼が北京オリンピック代表の18名に残る可能性はグンと増した。オリンピック代表の反町監督には右サイドに内田と水野、左サイドには安田と本田という経験ある選手がいる。とはいえ多才な長友がメンバーに残る可能性は高い。
近い将来、多くの大きな場面で彼を見ることになるだろうが、北京オリンピック出場はプロとして始まったばかりの彼のキャリアにとってパーフェクトな出だしと言えるだろう。

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埼玉の“Fワード”

2008/04/17(木)

面白いと考えるか、悪趣味だととらえるか。試合の一部なのか、それともやりすぎなのか…。「埼玉事件」について、どのようにお考えだろうか。

私が言っているのは、先週土曜日、埼玉スタジアム2002でのビッグマッチの前にアントラーズのファンが掲げたレッズ向けの下品なメッセージのことである。
メッセージは、「F**k You Reds」という3つの単語を大きく表示させるつもりだったのだろうが、それぞれの文字が大観衆のなかでバラバラになり、巨大なジグソーパズルのようになってしまった。
なんとか表示できたのは1つ目の文字列の「F**k」(文字が隠されている部分はご想像の通り、おめでとうございます)だけで、2つめの文字列は「Y」だけがさびしく孤立。残りの部分は3つ目の文字列とごっちゃになって「R EOU」となり、その直後に「D」と「S」が漂っていた。つまり、1つ目の文字列以降は「Y R EOU D S」となっていたのである。

試合前のこの余興は前半の試合内容以上に注目を集めた。何といっても、この文字列がゴール裏で前進後退、右往左往していたのだから。実際のところ、ひどく面白かった。アントラーズ・ファンは毎試合メッセージを組み立て、それを最初に判読した人に賞品を贈呈すべきだと私は思った。
メッセージの内容がついに明らかになったとき、我々は2つのことを学んだ。試合をしている2つのクラブの敵対関係がもはや修復不可能なほど悪化しているということ、そして茨城県には英語教師が著しく不足しているということである。おそらく、茨城県では、「ジ*コ」みたいに話せるよう、皆がポルトガル語を勉強しているのだろう。

アントラーズのファンは、ハーフタイムに自ら進んでアクションを起こした。3つの文字列でメッセージを構成するのをあきらめ、より大胆な「F**k Reds」というメッセージを採用したのである。
試合終了の笛が吹かれ0−2での敗戦が決まったときに「F**k」だけを掲げればよかったのに、と同僚の一人が冗談めかして言っていたが、永井の2点目のゴールが決まった後のアントラーズ・ファンにはユーモアの余裕はなかった。

近くにいたマスコミの人々の反応はさまざま。浦和を日本のマンチェスター・ユナイテッドに、鹿島をリバプールに喩えたうえで、両クラブの激しいライバル心が顕著になり、「すばらしい」と評した人がいた。
またある人は、日本人は“Fワード”のインパクトあるいは重大性を十分に理解してはおらず、例のメッセージは敵意からきたものではなく、ファンを扇動することを目的としたものであると指摘した。

レッズのゲルト・エンゲルス監督は試合後、メッセージが目に入らなくて良かったと話した。「悪趣味だよ。主催者やホームチームにはどうすることもできないしね。あまり格好の良いものじゃない」。
この点については、私はエンゲルスに賛成だ。悪趣味だし、扇動も度が過ぎる。日本サッカーの発展に合わせて、チームそしてファンの間でライバル心が高まるのは大賛成だが、今回の埼玉事件のあとにどのような事態が待ち構えているのかを心配する必要がある。横断幕だけの問題で収まれば良いのだが。

鹿島は心からの謝罪をすべきである。レッズ・ファンに深く頭を垂れ、アジアチャンピオンズリーグの覇者に無礼な振る舞いをして本当に申し訳なかったと浦和のファンに詫び、浦和ファン全員にジ*コまたは野沢のポスターを無料でプレゼントするのだ。
そのときの、レッズの反応はどうなるのだろう? 私は、Fで始まる4文字の言葉が返ってくる可能性が高いと思うな。

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“ジーコ・ダービー”の望みを打ち砕いたチェルシー

2008/04/14(月)

2008年4月12日:日本では、いわゆる“ジーコ・ダービー”というものはなくなってしまったが、アジアやヨーロッパのチャンピオンズリーグにはその可能性が残っていた。
ジーコ・ダービー?
そう。フェネルバフチェが欧州チャンピオンズリーグを制し、アントラーズがアジアチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝すれば、12月に開催されるFIFAクラブワールドカップで“ジーコ・ダービー”が実現したのだ。もちろん、実現の可能性は大きくなかった。そしてそれは水曜の夜、フェネルバフチェとの準々決勝・第1戦を落としたチェルシーが第2戦でジーコのチームを破ったことで望みが絶たれた。
だが同時にそれは、12月に来日するのはリバプールかチェルシーかマンチェスター・ユナイテッド、あるいはバルセロナ? という日本のファンにとって魅力ある可能性を残したことになる。悪くない話だ。

鹿島アントラーズについて言えば、彼らはまだガンバ大阪と同じくACLの戦いの真っ只中。それから、決勝ラウンドから登場する昨年の覇者・浦和レッズも忘れてはならない。
余談になるが、私にはAFC(アジアサッカー連盟)の考え方がどうもよく分からない。昨季王者にグループリーグを免除することは、宣伝効果やマーケティングのチャンスを逃すこと。もったいないと思うのだ。

さて。グループリーグを半分終えた時点で、アントラーズとガンバは各グループの首位を走っている。準決勝進出8チームのうち3チームを、日本のクラブが占める可能性も高い。準々決勝で同一国のチーム同士がぶつかることはないので、準決勝進出の4チームのうち3チームを占めることだってあり得る。

水曜日に行なわれたアントラーズ対北京国安戦は、冴えない試合だった。寒風吹きすさぶなか、わずか6,487人の観衆が選手たちを盛り上げようとしていた。ホームチームにとってひじょうに苦しい内容ではあったが、1−0の勝利で勝点3を得たことは大きい。良いプレーが出来なくても勝つのが、良いチームと言われる。そしてアントラーズはそれをやってみせた。
この試合の功労者は、なんといっても曽ヶ端だろう。チアゴのPKを阻止しただけでなく、試合終了まで集中力を途絶えさせることがなかった。
6試合を終え上位2チームが勝点で並んだ場合、順位は直接対決の結果で決まる。左ウィングのマルティネスのシュートを足で止めた曽ヶ端のセーブが、大きく響くことになるかもしれない。

イングランドのプレミアリーグのように、Jリーグの3チームがCL(ACL)の準決勝に残ることを祈ろう。アジアでの昨季までの対戦成績以上に、Jリーグは強い。そしてそれが疑う余地もない事実であることを、彼らは証明できるはずだ。

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フロンターレを完封した京都の“カトナチオ”

2008/04/10(木)

2008年4月8日:ディフェンス学を学ぶ者のために、京都サンガF.C.が土曜日(5日)に等々力陸上競技場で上級者クラスの講習を行なった。
京都はスリーバックで目覚しい働きをした35歳のシジクレイが中心となり、川崎フロンターレの攻撃をことごとくはじき返した。フロンターレも青息吐息で攻め立てたが、本陣の攻略までには至らず。0−1での敗戦という辛い結果を甘受するしかなかった。

この試合は、京都にとってはJ1復帰以来初のアウェー戦勝利。加藤久監督の功績は大いに讃えられなければならない。加藤監督の守備陣は見事に訓練されており、カウンターアタックはぞっとするほどの迫力。イタリア名物“カテナチオ”の日本版が誕生したとさえ思えた。今後はこのシステムを“カトナチオ”と呼ぼうではないか。

1960年代にインテルの指揮を執ったアルゼンチン出身のエレニオ・エレーラ監督が好んで使ったカテナオチ(イタリア語で閂(かんぬき)の意味)は、ネガティブなスタイルのサッカーそのものの象徴となった。だが私は、京都あるいは加藤監督を批判する気など微塵もない。
むしろその反対で、前線にキープ力とスピード(ジュニーニョ)パワー(チョン)を装備し、さらにサイドからの攻撃(森および山岸)高さ(寺田)中盤の構成力(中村、大橋)を持つ危険な相手に対し、チームが一丸となって行なったディフェンス方法を称賛したいのである。

京都のディフェンダーは地に足をしっかりと着けてタックルすべきボールを見定め、無謀な飛び出しで自らを役立たずな存在にするような真似はしなかった。また、必ず相手フォワードの内側に付き、壁となってシュートやクロスを防いだ。その守備は観ているものを感心させたし、相手チームをジワジワ苦しめた。
ジュニーニョに対するシジクレイの仕事ぶりは、あらゆるディフェンダーのお手本となるものだった。また、右側の増島と左側の手島はともにベテランらしい落ち着きと集中力を発揮。後半早々に手島がピッチを去ると、シジクレイが左に移り、森岡がバックの中央に入ってディフェンス陣を統括してチームをリフレッシュさせた。

中盤の中央は、アタリバがずっと引いた位置にいるなかで、佐藤勇人がビックリ箱のような働き――スッと飛び出してはボールを持っているフロンターレ選手を脅かし、その後またもとの場所に戻る――をしていた。
そして、まさに“カトナチオ”スタイルの京都は後半の半ば過ぎに反撃、柳沢の決勝ゴールで1−0という完璧な“カテナチオ”的勝利を達成したのである。

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ストイコビッチ監督、英国式の大宮を堪能

2008/04/07(月)

2008年4月4日:ドラガン・ストイコビッチ監督にとって、水曜夜の大宮アルディージャ初訪問は楽しいものとなった。チームのプレーも納得のゆくもの。前半を終え1点のリードを許していたものの、結局2−1の逆転勝ちを収めた。さらには新たに“NACK5スタジアム”としてリニューアルオープンしたスタジアムにも大満足だったようだ。
「素晴らしいね。まさにサッカーのために作られたスタジアムだよ。雰囲気だけでなくピッチもスヌーカーがプレーできるほど素晴らしいよ」。

美しい絵のように大宮公園の一角に位置するスタジアムの改修で、大宮アルディージャはJリーグでもトップクラスのホームグラウンドを得た。座席もピッチに近く、ゴール裏の急勾配のスタンドはスタジアム全体の歓声を増幅させる。
「イギリススタイルだね」グランパス監督はそう続けた。「ピッチが本当に近く指示が出しやすい。コーチだけでなく選手たちにとっても非常にいい。すべてが素晴らしいよ」。

ストイコビッチ監督は現役時代、その卓越したボールテクニックとその仕草でわたしたち観衆を楽しませてくれた。監督としての彼はとても穏やか。しかし前半には、レフトサイドバックの阿部翔平に向かってボールをパンチしてスローインを促すなど、ファンに今でも激情家の一面を見せてくれた。
どういうことだったのかを尋ねると、彼は笑って答えた。
「ラインに沿ってなるべく遠くへスローインを入れるよう言ったんだ。不用意に中へスローインを入れてボールを奪われ、カウンターを許したりするからね。0−1で負けていたんだし、彼に“起きろ!”って言ったんだよ」。

見ていて楽しいゲームは時が過ぎるのも早い。そんななか、そして日本代表の岡田武史監督の前で阿部は非常に素晴らしいプレーをしていた。レアンドロのファーポストへの見事なヘディングシュートをクリアしたかと思えば、前線に上がり攻撃に加わった。ひとつプレーを挙げるとするなら、左足でタイガー・ウッズでさえ自画自賛しそうな強烈なスピンをかけたパスだろう。171cmという身長はディフェンダーとしては大きくないが、後半にはマリノスの小宮山のように積極的にヘッドで競り合い、勝つ場面もあった。

「阿部。彼はとても面白い選手だ」。ストイコビッチ監督はお気に入りのトルシエ監督の口癖を真似して言った。「身長はそれほど高くないが、ジャンプ力があるし、ジャンプするタイミングが良い。これはディフェンダーにとって重要なことなんだ。それに彼はいつも(前線に)上がること、オーバーラップしてクロスを上げることを考えている。そういう血が流れているんだろうね」。岡田監督も、そのことに気づいたに違いない。

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ついに勝利。それにフェアプレーも

2008/04/03(木)

厳しい新シーズンの出だしとなったこのチームには、週末のゲームに団結して臨むことが何より必要だった。そして、彼らは見事に団結し、シーズン初勝利を飾っただけでなく、流れのなかから3つのゴールを奪った。忠誠心溢れるサポーターは、ようやくいつも通りにシーズンが進行し、これからは順位を上げていくはずだと感じているに違いない。
そう、まさに印象的なパフォーマンス。そのチームの名は、徳島ヴォルティス(ごめんなさい、浦和レッズの話だと思った?)。

J1の試合がなかった土曜日のお楽しみは、湘南ベルマーレ対徳島ヴォルティス戦。実際期待通りの試合となり、とくに平塚競技場の4,474人の観客のなかにいたアウェーチームのファンにとってはこたえられないものとなった。ヴォルティス・ファンの数はさほど多くなかったが、息のつけない展開のなかで自チームを懸命に応援し、最終的には3−2で勝利を祝うことができた。

たくさんの横断幕が張られていたが、そのなかに「Share good times and bad times(良いときも悪いときもいつも一緒)」と書かれていたものがあった。なかなかの出来栄えであったが、そう見えたのにはセイドゥ・ドゥンビアのダイナミックなプレーが少なからず貢献していたのだろう。
柏レイソルで頭角を現すことができなかったこのコートジボワール出身の20歳のフォーワードは、ベルマーレ戦で1ゴールを挙げただけでなく、玉乃淳と阿部祐太郎が決めた他の2点もお膳立て。勝利の立役者となった。現在彼は、徳島の注目選手である。

この試合ではたくさんのゴールが生まれたが、なかでも最高だったのは勝ち越し点となった76分の阿部のゴール。ベルマーレが攻勢をかけているなか、ドゥンビアが先陣を切り、右サイドからのヴォルティスのカウンターが始まった。ドゥンビアは自らのスピードとパワーを最大限に発揮し、かつてエスパルスの守備の要であった斉藤俊秀をあっさり抜き去り絶好のクロスを供給。ドゥンビアの突進にぴたりと合わせて動いていた阿部がボールに全身を投げ出し、フライングヘッドで強烈なシュートを決めた。

ただし、ヴォルティスが勝点3の獲得を祝うまでには、防戦一方となる場面も何回かあった。このときに徳島のキャプテンである西河翔吾が見せた一連のフェアプレーとスポーツマンシップを、私は賞賛したい。
まもなく90分が経過しようというころ。徳島が3−2でリードを保っていたときに、ベルマーレのキャプテン、ジャーン・ウィッテと空中戦で競り合った徳島のディフェンダーがピッチに倒れこんだ。そのディフェンダーが倒れたままだったので、はじめは、ケガをしたふりをしてトレーナーを呼び時間稼ぎをするつもりかと思った。だが西河は、そのチームメートに立ち上がりプレーを続けるように合図を送ったのである。
ゲーム全体に影響を及ぼすようなことでないが、現在の風潮のなかではホッとするような光景だった。というわけで、私のフェアプレー賞は、西河翔吾に決まりだ。

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