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年齢制限と年齢違反

2008/02/21(木)

2008年2月20日:年齢制限のある大会でオーバーエイジの選手をプレーさせたとして、いくつかのサッカー協会に処分を下したアジアサッカー連盟には満点を与えたい。
U−16アジア選手権の予選中に行なったMRIテストの結果を受け、北朝鮮とイラク、タジキスタンには罰金とともに失格処分が、予選を通過しなかったバングラディシュ、ブータン、カンボジア、キルギスタンそしてマカオ5ヶ国には罰金が科せられた。サッカーの統括機関としては正しい措置だが、規則を巧妙に破ろうとする試みを撲滅するのは不可能な課題でもある。
こうした事柄から思い出されるのは、1994年にジャカルタで開かれたU−19アジア選手権、つまり日本が決勝にシリアで敗れた大会での出来事だ。

その舞台裏では、どのチームが「クリーン」で、どのチームがルールに従っていないのかをみんなが噂していたし、見た目は年齢制限通りに見えるものの、パスポートの中身はどうやらそうでないらしい選手も何人かいた。
私は、準決勝で勝利を収めたあとのシリア選手にインタビューしたことを覚えている。我々は広大な国立競技場のメインスタンドに腰掛け、通訳が付いてくれた。インタビューは行きつ戻りつしながらも無事に進行。私がいつも通り、最後にその選手の経歴について質問するまでは。

「誕生日を教えてくれるかな?」
私はなんの下心もなく、そう尋ねた。初めて会話が行き詰まり、通訳がその選手と議論を始めた。経歴に疑わしい部分があるのは明らかで、選手と通訳はそわそわし始めた。そのとき、私は理由を理解した。彼らも私が当惑しているのに気が付いたのだと思う。それまでインタビューは順調に進んでおり、彼らはとてもフレンドリーで、協力的だった。私は、バッグのなかを探して、すべての選手の誕生日が記されているチーム・リストを取り出して締めくくることにした。

「あった、あった」と私は言った。「この通りかな?」
2人は嬉しそうにうなずき、我々は握手をして、分かれた。危機は回避されたのである。

ちなみに、そのときの日本代表は、名古屋グランパスエイトに入団することになる、ゲームメーカーの伊藤卓がキャプテンを務めていた。鹿島アントラーズでケガに苦しみながら選手生活を送ることになる熊谷浩二が、中央のミッドフィルダーであるにもかかわらず、最優秀ディフェンス選手に選ばれた。また、前線には大木勉がいた。
あぁ、それから記憶が曖昧なのだが、日本の右サイドにはなかなか良い選手がいたなあ。なんて名前だったかな? 確か、ヒデトシとかいう名前だったような…。

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