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日本代表の悲惨な幕切れ

2007/08/02(木)

7月31日:日本対韓国戦については、言わぬが花というものかもしれない。しかしこの試合が歴史に書き加えられる前に――まあ、JFA(日本サッカー協会)としてはできればあらゆる記録からこの試合を抹消したいところだろうが――少し言っておきたい。
どうしようもない内容だと思ったし、時おり、日本サッカーにとって屈辱的だとも感じた。選手たちががんばろうとすればするほど、事態はますます悪化。最終的には、レフェリーが延長戦終了のホイッスルを吹いて全選手を悲惨な状況から救い出した。

両チームともこんな舞台には立ちたくはなかっただろうが、重大な2つの理由が存在していたため、この試合に勝たなければならなかった。
1つは、それが日韓戦だったから。
もう1つは、この試合の勝者に2011年にカタールで開催される次回アジアカップの出場権が与えられる――予選が免除される6ヶ国のうちの1つとして――ため、2010年のワールドカップ・イヤーに予選を戦わなければならないという厄介な状況を回避できるからである。

こうした事情はあったが、オシムが先発メンバーを1人しか変えず、FW巻の代わりにMF山岸を入れ、高原のワントップにしたことは今も不思議でならない。
このフォーメーションは前線の重要なエリアで人数が1人少なくなるため、カタール戦では機能せず、韓国戦でもやっぱり機能しなかった。まったくもって得点がとれそうにないのだ。
オシムはメンバーを大幅に入れ替えチームをリフレッシュさせ、クラブに戻る前にレギュラー陣を休ませるべきだった。それで負けたならまだ納得できただろうけれど、PK戦とはいえレギュラーを揃えて敗れたことで、これまでやってきた素晴らしいサッカーを台無しにしてしまった。

グループリーグを終えオーストラリアを下したあと、さらに言えばサウジ戦で負けたあとも、私は日本代表にきわめて良い印象を持っていた。
しかし、土曜の試合は余計だった。中澤のシュートを至近距離でイがブロックしたこと、カンの退場で韓国チームは負けても言い訳が立つ状態になったこと、羽生のシュートがボールを見てもいなかったディフェンダーに当たったこと、韓国チームが楽々とPKを決めたこと…。試合が進むにつれ、すべての流れが韓国の勝利に向かい始めた。

そうして最終的に、数多(あまた)のPKを外した悲運の選手のなかに羽生の名前が加えられることになった。羽生はPK戦のことはできるだけ早く忘れ、他の日本選手は今回の3位決定戦の存在そのものを忘れるよう努めるべきだろう。

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