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2007年8月

サンフレッチェの矢印は上向き

2007/08/30(木)

ゴール・マシーンのウェズレイが出場停止でも、土曜夜のサンフレッチェ広島は日産スタジアムで横浜F・マリノスを相手によく戦い、2−2で引き分けた。
右サイドの駒野、中央の戸田と青山、それから左サイドの服部。中盤を構成する4人が私は特に気に入った。駒野と服部はサイドからの攻撃の選択肢を自然に増やしているだけでなく、3バックのディフェンスのサイドのカバーも行なっている。ちなみに、そのディフェンスの要となっているのは、かつてジェフでお気に入りだったストヤノフだ。

戸田が2002年のワールドカップと同じ中盤の真ん中におり、現在のオリンピック代表である青山がエンジンルームでの相棒。この3−4−2−1のフォーメーションはコンパクトでバランスがとれており、柔軟性がある。
3−4−2−1の「1」は、佐藤寿人。4バックの裏をとる俊敏な動きで、その夜を通じて、ホーム・チームのディフェンス陣を苦しめていた。佐藤は本当に聡明で、独創的な選手だ。ペナルティエリア内では天性のストライカーとなるが、それだけではなく、ピッチのどこにいてもチームに大いなる貢献をしている。

中盤の4選手がうまく連係しているおかげで、柏木と森崎浩司は自由に攻撃に参加し、佐藤をサポートできる――実際、この2人がともにゴールを挙げた。
柏木は今シーズン、日本代表で頭角を現している。ユースチームからオリンピック代表チームへの昇格を果たし、トップレベルの選手としての地位を築きつつある。まだ19歳。全ての試合で観客を魅了するプレーを期待するのは無理というものだが、ファンは彼が次にゴールを挙げたときにどのようなパフォーマンスを見せるのかが楽しみでしかたないのである。

ヴィッセル神戸を相手に、ペナルティエリア付近からフリーで芸術的なゴールを決めたことは以前にも書いたが、あのゴールは、彼に特別な才能が宿っていることを示すものだった。努力を続け、成長を続け、笑顔を見せ続けてくれることを願おうではないか。彼は、日本サッカーの新たな息吹なのだから――。
サンフレッチェは入替え戦を戦わなければならない16位とわずかに5ポイント差なのだが、「3本の矢」が降格争いに向かうことはない。土曜夜の試合を観て、私はそう確信した。

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日本代表復活!〜心強い勝利〜

2007/08/27(月)

8月24日:アジアカップ後、最初のこの試合。イビチャ・オシム監督やサポーターたちにとってこれ以上の結果はないだろう。
素晴らしい2本のゴールで強豪相手にホームでの勝利! ベトナムから戻り、PTSDもどうやらなさそうだ。とりわけ注目すべきは、カメルーン戦での2ゴールはいずれもアジアカップに出場していなかった選手が挙げたということ。闘莉王はケガで欠場、山瀬は選出されていなかった。

闘莉王の欠場がアジアカップでどれだけ響いたか…。前半の彼のヘッドはそれを証明した。この長身のセンターバックには、チャンスを待つのでなく、自ら作り出す力がある。
ハノイでの日本代表は、あまりにも消極的だった。特にカタールとのオープニングゲームでは、パスにこだわり、ペースを作ることもしなかった。だからこそ、今回の闘莉王の復帰はとても目立つ。彼のリーダーシップとポジショニングは、ピッチ上でチームに大きな影響を与える。オシム監督には、闘莉王をチームキャプテンに指名してもらいたいものだ。

山瀬は今季、マリノスで絶好調。代表復帰が確実視されていた。彼の美しいゴールは、オシム監督にビッグ・スマイルをもたらした。山瀬は自信に満ち、また、ペナルティエリア外からでもシュートを打とうとする意志、それをやってのける技術も持ち合わせている。
その見事なシュート。オリンピック最終予選の日本対ベトナム戦前に東京・国立競技場のスクリーンで見ていたファンから、感嘆のため息が漏れた。

ヨーロッパ組の招集なし。新選手が数人加わった代表チームは、オシム監督の代表再建第三段階の幕開けだ。大久保、前田、そして田中が代表への定着を狙うなか、チームはペース、堅実さ、そして活力に溢れ、特に山瀬は、その素晴らしいゴールで存在を示していた。

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五輪代表はシンプルなプレーを

2007/08/23(木)

8月21日:北京オリンピックの最終予選がまもなく始まろうとしている。私は、日本の選択肢は1つしかないと思っている。ひたすら、シンプルにプレーするのだ。
日本の特長は、右に水野、左に本田がいる両サイドと、センターフォワードの平山の空中戦の強さにある。私が今も平山に全幅の信頼をおいているわけではないことは読者の皆さんもご存知だろうし、彼がJ1で通用する実力があるかどうかも定かではない。しかしこの年代のグループでは、確実に空中戦で強さを発揮できるだろう。

このような直接的なスタイルでのプレーは、オシムが代表チームでやろうとしていることとは異なるが、ベトナム、サウジアラビアそしてカタールが揃ったグループで日本が首位になるには、これが最も確率の高い方法であると確信している。
最優先すべきは両サイドにボールを集め、ペナルティ・エリアにいる平山にクロスを送り、相手守備を壊滅させること。原始的な方法かもしれない。読まれやすい方法かもしれない。しかし、実際的な方法でもあるのだ。

日本代表にこれだけはやって欲しくないと思っているのは、パスを回しすぎて、危険なエリアでボールを奪われたり、シュートチャンスをいたずらに無駄にすることだ。今回のオリンピック代表は、結果は出しているものの、過去のゲームでこのような過ちを犯してきている。
これでは平山が活きないし、反町監督は明らかに、「アテネ・オリンピックの代表だったこの男が攻撃陣の中心」と決めているようだ。それゆえに、より洗練され、機動性と技術に優れるボビー・カレン(カレン・ロバート)を代表から外したのである。

日本代表のディフェンスは悪くないと思う。しかし、中盤の中央の人材が足りないようだ。このエリアを支配するほどの選手がいないのは確かだが、相手を両サイドに拡散させることで、中盤に平山へのボール供給ラインを確立することはできる。そこらは、もう1人のストライカーと攻撃的MFの仕事。平山をサポートし、混乱状態のペナルティ・エリア内にいち早く駆けつけなければならない。

最初に言ったように、格好良くはないが、それが日本にとって最も確実な方法だと思う。 何度もポジション変更をするような複雑なパス回しに平山を参加させても意味がない。彼を中央に居座らせ、オフサイドだけには気をつけろと言い含め、そのうえで、フォーメーションに応じてウィングあるいはフルバックから平山にボールを合わせるようにするのが得策である。
日本にはこのグループを勝ち抜ける力があると信じているが、そのためには、自分たちの強みを徹底的に、臆せずに発揮する必要があるだろう。

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ベッカム物語を飾る余興

2007/08/20(月)

8月17日:プレーすればトップニュース。ケガをしてもトップニュース。フリーキックを決めれば、さらに大きく取り上げられる。
デビッド・ベッカムの話題は尽きることがなく、ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した今も、見出しの数々が我々を笑わせてくれる。
それらはすべて、ヒット映画「ベッカムに恋して」(原題:Bend it like Beckham)をもじったものだ。

例えば――

ベッカムが足首のケガで試合を欠場すれば、「Bench(ベンチ) it like Beckham」
ロスで売られているベッカム・グッズの多さには「Vend(売る) it like Beckham」
足首のケガの回復については「Mend(修理する) it like Beckham」

ピッチの内外を問わず、こうしたヘッドラインはサッカーの余興のようなもの。それにしても、編集者たちはいつまでこの手のヘッドラインを引っ張る気なのか…。
他にもこんなものが出てきたりするかもしれない。

ビバリーヒルズの豪邸のガーデニングで賞をもらい「Tend(手入れする) it like Beckham」
他クラブへの移籍を受け「Lend(貸し出す) it like Beckham」
フリーキックでハットトリックを達成、イングランド代表を引退すれば「End(終わる) it like Beckham」
右ウィングから右バックへポジションが変えるなら「Defend(守る) it like Beckham」

このコラムを読んでくれている日本のみなさん、サッカーを通してあなたのボキャブラリーを増やすチャンスですよ。とりわけ、陳腐なベッカム・ヘッドラインでね。皆さんも何か他に思いつきませんか?

ベッカムとイングランドについて言うと、スティーブ・マクラーレン監督が親善試合のドイツ戦に体調不十分のベッカムを招集するのが理解できない。
完全に回復するまでそっとしておき、2名のGKを含む12人だけ選ぶ。オシム監督のやり方の方が、ずっと良いのではないだろうか。数ヶ月前の欧州選手権予選では見向きもしなかったのに、なぜいま、親善試合にベッカムが必要なのか。おかしな話だ。

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ジュニーニョみたいなフィニッシュ

2007/08/16(木)

8月15日:ジャーン・カルロ・ウィッテがFC東京で全盛期にあったとき、私はよく「彼は日本の若き選手がお手本にすべき、理想的なディフェンダーである」と思ったものだ。
ジャーンは90分にわたりディフェンスの方法を講義した。空中戦でも地上戦でも闘争心に溢れ、積極的で、ボールをクリアすべきとき、パスすべきとき、さらに一気に攻め上がり攻撃陣を支援すべきときを知っていた。
フォワードの選手に目を移すと、土曜日には、別のブラジル人選手が上級者向けのレッスンをしていた。このときの教科は、「ゴールを奪うコツ」。

フロンターレがフクアリでジェフを3−1で破った試合。ジュニーニョのハットトリックは彼の無駄のなさと決定力を際立たせるものだった。ジェフ・ディフェンスの隙間を縫うように長い距離を走り回ることもなく、飛距離30メートルの電撃シュートがゴールの隅に突き刺さることもなかったが、3つのゴールが、まったく別々のスタイルで、精密に決められた。
最初は、立石が辛うじてボールを弾いたあとに至近距離から決めたもので、先を読む能力とポジショニングの良さで奪ったゴール。ジュニーニョは適切なときに適切な場所にいて、そのような瞬間が来るのに備えていた。簡単なゴールに見えたが、そう見えるようにするには、まずゴールを決められる場所にポジションをとっていなければならないのである。

2つめは、自信と即興性で決めたものだった。足の振りをできる限り小さくし、つま先でボールを突いたようなシュート。私は、ロマーリオあるいはロナウドみたいだなと思った。まばたきする間の出来事。シュートの直前、ジュニーニョはペナルティエリアの中にいて、2人のディフェンダーにマークされていた。しかし次の瞬間には、ボールがゴールの隅のネットを揺らしていた。2002年のワールドカップ準決勝、埼玉、トルコ戦でのロナウドじゃないか?

私のお気に入りは3つめのゴール。右サイドを進んできたジュニーニョは、いとも簡単そうにボールを受けると、ファーサイドに低い弾道のシュートを放ち、またも立石にまったく仕事をさせなかった。
このゴールは、類まれな才能が生みだしたもので、仲間のプロ選手を含め、あらゆる年代の選手たちのお手本となるものだった。
「ベッカムみたいなカーブボール」があるのなら、「ジュニーニョみたいなフィニッシュ」があってもおかしくないほどである。

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小笠原復帰とJ1の新展開

2007/08/13(月)

8月11日:鹿島アントラーズに要注意!
長い中断期間からのJ1再開を控え、ガンバ大阪や浦和レッズはそう考えているはずだ。
ガンバとは11ポイント差がついているが、小笠原のメッシーナからの復帰でアントラーズはガラッと変わるだろう。さらには、柳沢もケガから復帰。残り16試合でタイトル争いに加わるのに、戦力は十分だ。

とはいえ、1敗しかしていないガンバやレッズに比べ、アントラーズはすでに4敗。彼らに2敗以上する余裕はない。また、今の差を縮めるには引き分けではダメだ。オズワルド・オリベイラ監督も、この差を埋めるには攻め続けて勝ち続けるしかないとわかっている。今後のアントラーズの試合は、緊張感にあふれるエキサイティングなものになるだろう。

小笠原の存在がチームに与える影響とは、すなわち周囲の選手を生かすということだ。今のチームは選手層がとても厚い。
ディフェンスの要だった秋田の後継者・岩政は、私のお気に入りの選手の一人だ。最近、レッズのFWワシントンと話した時、日本人DFの中で対戦しづらいのは誰か聞いてみた。彼はまず中澤を、続いて、長身で頑強、そして厳しく強固なプレーをする岩政を挙げた。あのワシントンも、彼を高く評価しているのだ。

アントラーズ以外では、川崎フロンターレも無視できない。アジア・チャンピオンズリーグで準々決勝に進出した後、Jリーグではすっかりおとなしくなってしまった。しかし、国立で行なわれたナビスコカップの甲府戦での素晴らしい勝利を見た人たちには、彼らがハングリーさとスピリットを取り戻したことに気づいただろう。
フロンターレは、勝点28でガンバとは13ポイント差。アントラーズ同様、上位2チームが調子を落とすことを願いながら、とにかく「当たって砕けろ」の精神でやるしかない。

ここで、ニューカッスル・ファンとして一言。
「どんな大きなリードも、あっと言う間に素っ飛んでしまうものさ…。」

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もう1つ、オシムに求めること

2007/08/09(木)

JFA(日本サッカー協会)の川淵三郎会長が、オシムに関する議論で良い点を突いている。監督はPKを見守るべきで、ピッチの外に引き揚げるべきではない、と語ったのだ。
この件については、私は川口キャプテンではなく、川淵氏に同意せざるを得ない。サッカールー(オーストラリア代表)とのPK戦の前から、これまでのジェフでの行動を見て、オシムは必ず控え室に引き揚げるとわかってはいたが、韓国戦のクライマックスを見ようともしないのにはさすがに驚いた。

オーストラリア戦後、オシムは「日本代表の試合中に心臓発作で死にたくない」と語っていたが、韓国戦で私が思ったのは、「彼は退屈で死にたくないんだろうな」ということだけだった。
PK戦を最後まで見守ろう。そうオシムが考えを改めるタイミングがあったならば、あのときがまさにそのとき。結局のところ、俊輔が助走でシューズのひもを踏んで転び、頭からボールにぶつかって、そのヘディング・シュートが韓国のキーパーに捕られでもしない限り、あるいは遠藤がいきなりペナルティエリアからクロスを上げようとでもしない限り、事態はそれ以上悪くなりようがなかったのである。
日本がPK戦で敗れため、現在のオシムは、チームにとってのジンクス云々という言い訳はできなくなっている。だから、次回は(当然、2010年の南アフリカでも)、どうか選手たちに付き添ってやって欲しい。

オシムがピッチを去る光景以外で面白かったのは、彼がチームの円陣に加わっている姿だ。羽生2人分、ひょっとしたら3人分くらいあるオシムが、連帯感を掻き立てる、このどちらかと言うと感傷的な行動に加わっている姿は、どう見ても居心地よさそうには見えなかった。

ここで不屈の姿勢で知られるアルフ・ラムジーが、1966年のワールドカップ決勝のイングランド対西ドイツ戦が延長戦に突入する前に行なった、チャーチル風の演説を紹介しよう。
ラムジーは選手たちに、「諸君、もう相手は参っている。さあ、トドメを刺して来い」と告げた(実際に「諸君」なんて言葉を使ったのかどうかは定かではないが、そのほうがラムジーらしい)。

ところで、チームが円陣を組んだときの日本の選手とスタッフの数を数えた人はいるだろうか? 数百人もいたよね! みんな、何をしている人たちなのだろう? エージェント? ヘアドレッサー? ネイルアーティスト?
まあ、JFAにはこれら取り巻きがみんな必要なのだろうな。

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南アフリカへのチケットまで最大18試合!?

2007/08/06(月)

8月4日:一体どうやってこれだけの試合スケジュールを組むんだ? そう頭を悩ませている方には、Jリーグのスケジュール編成担当者の苦労をご理解いただけるだろう。
アジアサッカー連盟(AFC)は金曜日、2010年ワールドカップ予選の概要と日程を発表した。日本代表は南アフリカへのチケットを得るために最大18試合を戦う必要が生じるかもしれない。
今後さらに、カタールで開催される次回アジアカップの日程が2011年1月に決まる。今大会で4位に終わった日本は、この予選も戦わねばならない。
こうして見ると、かなり多忙なスケジュール編成…。スケジュール編成担当者には、すべての国が納得できるように頑張ってもらいたいものだ。

皆さんご存知だろうと思いますが、2010年ワールドカップの予選で日本代表は、出場43ヶ国中、オーストラリア、韓国、サウジアラビアに続く、そしてイランの前の第4シード。これらの上位5チームは、4チームずつ5組に分かれて行なわれる予選を勝ち上がってきた15チームと共に、予選第3ラウンドから試合を戦う。
そして、各組の上位2チームが予選第4ラウンドへ進出。つまり日本代表は、2008年2月6日から9月10日の間に6試合を戦うのだ。

予選第4ラウンドでは、勝ち残った10チームが5チームずつ2組に分かれる。日本代表は(勝ち残ったと仮定して)2008年10月15日から翌年9月9日までにさらに8試合を行ない、各組上位2チームが南アフリカへのチケットを獲得。3位チーム同士がホーム&アウェイのプレーオフを戦い、その勝者はオセアニアの優勝チームと南アフリカへの最後のチケットをかけて戦うことになる。

仮に日本代表が予選第4ラウンドのグループ3位に終わった場合、ワールドカップの出場権を得るために18試合を戦うことになる。最後の4試合が行なわれるのは、10月10日から11月21日。そう、2009年のJリーグのクライマックス期と重なってしまうのだ。
そうした状況で、いかにして2011年アジアカップの予選をもスケジュールに組み込むのだろう。日本代表が南アフリカW杯の出場権を獲得するのに不可欠な、欧州組のフィジカル、そしてメンタルコンディションは大丈夫なのだろうか?
この先2シーズン、欧州移籍のチャンスがある日本人選手にとって、これは非常に大きな検討材料となることだろう。

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日本代表の悲惨な幕切れ

2007/08/02(木)

7月31日:日本対韓国戦については、言わぬが花というものかもしれない。しかしこの試合が歴史に書き加えられる前に――まあ、JFA(日本サッカー協会)としてはできればあらゆる記録からこの試合を抹消したいところだろうが――少し言っておきたい。
どうしようもない内容だと思ったし、時おり、日本サッカーにとって屈辱的だとも感じた。選手たちががんばろうとすればするほど、事態はますます悪化。最終的には、レフェリーが延長戦終了のホイッスルを吹いて全選手を悲惨な状況から救い出した。

両チームともこんな舞台には立ちたくはなかっただろうが、重大な2つの理由が存在していたため、この試合に勝たなければならなかった。
1つは、それが日韓戦だったから。
もう1つは、この試合の勝者に2011年にカタールで開催される次回アジアカップの出場権が与えられる――予選が免除される6ヶ国のうちの1つとして――ため、2010年のワールドカップ・イヤーに予選を戦わなければならないという厄介な状況を回避できるからである。

こうした事情はあったが、オシムが先発メンバーを1人しか変えず、FW巻の代わりにMF山岸を入れ、高原のワントップにしたことは今も不思議でならない。
このフォーメーションは前線の重要なエリアで人数が1人少なくなるため、カタール戦では機能せず、韓国戦でもやっぱり機能しなかった。まったくもって得点がとれそうにないのだ。
オシムはメンバーを大幅に入れ替えチームをリフレッシュさせ、クラブに戻る前にレギュラー陣を休ませるべきだった。それで負けたならまだ納得できただろうけれど、PK戦とはいえレギュラーを揃えて敗れたことで、これまでやってきた素晴らしいサッカーを台無しにしてしまった。

グループリーグを終えオーストラリアを下したあと、さらに言えばサウジ戦で負けたあとも、私は日本代表にきわめて良い印象を持っていた。
しかし、土曜の試合は余計だった。中澤のシュートを至近距離でイがブロックしたこと、カンの退場で韓国チームは負けても言い訳が立つ状態になったこと、羽生のシュートがボールを見てもいなかったディフェンダーに当たったこと、韓国チームが楽々とPKを決めたこと…。試合が進むにつれ、すべての流れが韓国の勝利に向かい始めた。

そうして最終的に、数多(あまた)のPKを外した悲運の選手のなかに羽生の名前が加えられることになった。羽生はPK戦のことはできるだけ早く忘れ、他の日本選手は今回の3位決定戦の存在そのものを忘れるよう努めるべきだろう。

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