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2007年5月

オシムの選択肢をさらに増やした中田の代表復帰

2007/05/31(木)

そして、3人になった…。
ペルー戦で中村俊輔と高原直泰を選んだイビチャ・オシム日本代表監督。キリンカップでは中田浩二を招集し、海外組の数を3人に増やした。
私も含め多くの観察者は、浩二の代表復帰を歓迎するだろう。彼には、たくさんの資質がある。

まずは、その多様性。ディフェンスでも、ミッドフィールドでも、複数のポジションをこなすことができる。
次に、サッカーにおける頭の良さ。これは高い集中力に裏付けられたもので、オシムは、動き回れる選手とともに、考えられる選手をチームに求めている。
3つ目は、代表レベルでの経験が豊富であること。浩二はワールドカップの代表メンバーに2度入っている。
4つ目は、ヨーロッパでプレーし続けているということ。ゴタゴタ続きのフランスを経て、現在はバーゼルに安住の地を見つけている。これは、性格の強さと意欲の高さを示している。Jリーグに復帰しても簡単に対応できるだろう。
総合的に見ると、中田は依然として代表チームに多くをもたらしてくれる存在であり、オシムは、たとえゲーム中であっても、必要な場合には彼の多様性に賭けることができるだろう。

オシムの代表候補リストでは、浩二はディフェンダーとなっている。現在の私の一番のお気に入り・水本と同じだ。
ジェフはいま辛いシーズンを送っているが、水本は未来の希望の星だ。ストヤノフとジョルジェビッチの負傷によって水本への注目が高まり、現在、彼はリーダーとしての資質を示し始めている。
以前私は、水本の姿勢にはぶれがなく、フロンターレ対ジェフ戦では自らを奮い立たせ、ジュニーニョとの言葉のやりとりでも互角に対峙していた、と書いた。今回のキリンカップでの経験は、彼のキャリアをさらに高めることになるだろう。またそれは、仲間のオリンピック代表のメンバーも同様である。

キリンカップの代表チームには、タレントが揃っている。オシムにとって最も大変な仕事は、正しい組み合わせを見つけ、誰を選ぶかではなく、誰を外すかを決めることになるだろう。
帰ってきた中田浩二がオシムの選択肢を増やしたわけだが、とりわけ阿部と今野が関係する場合の選択肢が、一段と増えることになる。

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レッズファンに敬意を表したシドニーFC監督

2007/05/28(月)

5月24日:水曜夜に行なわれたアジアチャンピオンズリーグで浦和レッズに0−0と引き分けた後の、シドニーFCのブランコ・カリーナ監督による浦和評は正しいものだった。
大会にふさわしい環境を整えたさいたまスタジアムの4万4793人の観衆を目の当たりにし、カリーナ監督は畏敬の念に包まれていた(私の見たところ、うち4万4700人が赤いシャツを、93人がシドニーのシャツを着ていた)。

カリーナ監督いわく、「浦和は非常に素晴らしいチーム」。「それから、このスタジアムも」。
カリーナ監督は浦和ファンについても語った。
「サポーターも、素晴らしいの一言。彼らはアジアのみならず世界でも最高のサポーターだ。お祝いを言うよ」。
「それから、アジアの強豪とこれだけの接戦ができたことは嬉しいし、誇りに思う」と、手放しで絶賛。もちろん、彼の言葉は正しい。

以前にも言ったが、レッズがアジアチャンピオンズリーグを制して12月に開催されるFIFAクラブワールドカップの出場権を獲得できれば、日本サッカーを世界にアピールしてくれることだろう。
日本にこれほど熱烈なサポーターがいて、ヨーロッパの“ビッグリーガー”たちが夢見るような平均観客数をあげているチームがあることなんて、世界の人々は知りもしないはず。
彼らの存在は、もっと知られるべきだ。

現在、Jリーグはとても良い状態にある。
その中でもレッズは、ファンもチームもズバ抜けて優れている。
他チームはというと、アルビレックスが安定してホーム観客数を確保している。さらに他のチームも、とりわけガンバはレッズと同レベルの力を持っているが、総合的には浦和ほどのチームはない。
水曜夜の、シドニーFCが相手の試合に約4万5000人の観衆が集まるとは、大したもの。
通常19時キックオフのところを19時半にしたチームの決定も、ホーム3戦連続で大観衆を集めている要因だ。

試合後、レッズファンがシドニーFCに温かい拍手を送っていた。
また、コーナー辺りに陣取るわずかなシドニーファンに、着ていたユニフォームを投げこむシドニー選手もいた。なんとも心温まる光景。わざわざ遠くまで来た甲斐があったというものだ。

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2010年W杯なら、日本で

2007/05/24(木)

5月23日:例のゼップ・ブラッターの心地よい発言は、日本のサッカーファンの耳には届いていないのだろうか?
南アフリカが2010年の次期ワールドカップ(W杯)の開催国として相応しくないとみなされた場合の代替開催国として、日本が有力視――アメリカがいるため最有力ではないが――されているという話である。
もちろん、FIFA(国際サッカー連盟)が南アフリカの開催権を無効にする可能性はごくわずかだ。ブラッター会長が言っているように、開催地が変更されるのは、自然災害があった場合だけ。政治的・財政的圧力は問題にならない。

それに、緊急の代替開催国として日本が選ばれる可能性はさらに小さいだろう――しかしBBCのインタービューでこの話題が出たとき、近代サッカーの世界的な一員としてブラッターが日本に言及したのは確かである。
ブラッターの言うのも、もっともだ。日本なら準備時間がわずかしかなくても――韓国との共催ではなく、独力で――次期W杯を開催できるだろう。
そう、日本にはW杯開催を半分だけ受け持った2002年に使用された10のスタジアムがまだ残っている。まあ、宮城については、まだ存在するという噂があるだけで、誰もはっきりとは知らないようだが…。

これらのスタジアムに、FC東京の本拠地・味の素スタジアムや、名古屋グランパスが時おり使用する豊田スタジアム、それに広島のビッグアーチまで加えれば、日本には最高水準のスタジアムが充分以上に揃う。32チーム出場8グループ制のW杯を明日にでも開催できるくらいだ。
ホテルも揃っているし、交通システムは申し分なし。それにファンは、前回は半分だけだったW杯を、今度はフルスケールで経験できる。もちろん、スポンサーも問題ない。
群集にまつわる問題も発生しないだろう。地元ファンは来訪者なら誰でも歓迎するだろうし、日本の警察は自制心を見せ、外国からやって来たファンに襲い掛かるイタリアの警察みたいな振る舞いはしないだろう。
日本にW杯が帰ってくれば、それは素晴らしいことだし、FIFAそして世界にとっても大成功だと思う。

ブラッターは近い将来、南アフリカだけでなく、2014年のブラジルについても大きな決断をしなくてはならない。どの報告を読んでも、近代的で、安全なスタジアムでのW杯開催はブラジルではありえそうになく、米国、オーストラリア、日本それからイングランドなどはいずれも、万一の場合の予備開催国と自覚しておいて良い状況だ。
2010年大会と2014年大会は、現時点では、まだ既決事項とはまったく言えないのである。

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我那覇ドーピング問題で好例を作ったJリーグ

2007/05/21(月)

5月18日:我那覇和樹のドーピング問題は、特にチームドクターにとって良い教訓となった。
禁止薬物は使用されなかったとはいえ、我那覇がFIFAとJリーグで禁止されている静脈注射を受けたことを知ったフロンターレ。そして、次に日付をさかのぼって6試合の出場停止処分を下したJリーグ。全ての関係者により、非常に良い解決策がとられたと思う。
チームへの1000万円の制裁金とあわせて、Jリーグの処罰は適切かつ全てのチームにとって良い警鐘となるだろう。

強硬な反ドーピング派は、フロンターレと我那覇への処罰は軽すぎると考えるかもしれないが、スポーツ団体はこうした感情的で複雑な問題に対し過剰反応しがちだ。
そして時として、ガチガチのガイドラインに従い必要以上の厳罰を科してしまう。だが、今回のJリーグの処置は適切だった。
出場停止処分は、フロンターレが3−1の勝利を収めた5月13日の甲府戦で終わった。このコラムを書いている今ごろ、我那覇は土曜日の大分戦に呼び戻されていることだろう。

我那覇の不在中、何人かの選手がスコアラーとしての責務を果たした。
その一人が、先週の甲府戦での森勇介。右アウトサイドキックで華麗なゴールを決めた右ウィングの森は、ゴールデンウィーク早々のジェフ千葉戦でも鄭大世に素晴らしいクロスを上げた。
彼には才能がある。しかし非常に短気という欠点がある。
昨年のナビスコカップ準決勝での出来事で、ジェフファンたちもそれは百も承知。先日の等々力での試合では、試合終了間際にジェフのプレスでケガしたフリをして倒れこんだ。これには私もうんざりした。
すぐさま立ち上がりディフェンスのフォローに戻るべきだったにもかかわらず、起き上がるなりラインズマンに猛烈な抗議をし、イエローカードをもらったのだ。

いやはや。最近の等々力は退屈しない。

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横浜FCを盛り上げた、カズの新たな偉業

2007/05/17(木)

どれだけ年をとっていたって、学ぶことはできる。それにもちろん、どれだけ若くても、巨匠・三浦知良から学ぶことはできる。
土曜日に彼が決めたゴール。素晴らしかったよね。走り込み左足でボールを強く打ち、サンフレッチェのゴールに叩き込んだ。完璧なジェットコースター・ボレー。

私が気に入ったのは、カズがいきなりシュートを打ったところだ! Jリーグでは――まあ、その点についてはエミレーツ・スタジアム(アーセナルの本拠地)でも同じことだが――選手が不必要にワンタッチを加え、結局シュートのチャンスを逃してしまうシーンがあまりに多い。
さらに悪いことに、フォワードならシュートだけを考えるべきときにも、ボールをコントロールしたり、クロスを上げたりしようとする。
だから私は、カズのゴールがとても気に入ったのだ。あれ以上走れないのだから、あの位置からシュートを打つしかないじゃないか、と言う皮肉屋もいるかもしれない。すでに42分になっていたし、彼らの言うとおりなのかもしれないが、カズは自分が何をしたいのかをわかっていたし、あの難しい技をまるで教科書に載っているような方法でやってのけたのだ。

あのテのシュートは、しばしばとんでもない方向に行ってしまう。しかしボールはバーの上を風船のように漂ったが、ぴったりのタイミングで上昇を止め、移動遊園地のジェットコースターみたいに急降下した。結果は、カズの新たな偉業の達成――40歳の人間のJリーグ初ゴール。
このゴールから若い選手(たとえば、ゴン中山)が学びとるべき教訓は、ゴールの前では自分の能力を信じる、ということである。チャンスをモノにすることを恐れてはならない。とくに1−0でリードしていて、ハーフタイムまで2分くらいしかないときには。
試合のこの段階では失うものは何もなく、得るものしかない。カズはギャンブルに出て、切り札を引き当てたのだ。あの素晴らしいジェットコースター・ボレーで(日本のコメンテーターは「ループ・シュート」と――英語の「チップ(chip)」や「ロブ(lob)」と同じような意味で――呼んでいたが、あのシュートに対する正当な評価とは言い難い)。

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アジアサッカー界の不幸

2007/05/14(月)

AFCの次なる考えは何だろう?
マンチェスター・ユナイテッド(マン・U)のアジア遠征、とりわけマレーシアでの試合に関する対応はAFCの汚点と言える。
AFCはもちろんアジアサッカー連盟(Asian Football Confederation)の略だが、今回は“サッカーに起こったもう一つの不幸”(Another Football Calamity)と言うべきだろう。

連盟は、マン・Uの7月遠征を望んでいない。マン・Uの滞在先である日本、韓国、マカオではアジアカップは行なわれないのだが、皆にアジアカップに注目してもらいたいからだ。
さらに連盟は、アジアに対して失礼だと考えている。
マン・Uファンはアジアにもたくさんおり、実際、彼らの遠征により多くの人々がサッカーに注目するにもかかわらず…。

もちろん、連盟にも長所はあるし、サポートを受ける資格は十分あると、私は思いたい。しかし、等々力で行なわれたアジアチャンピオンズリーグのフロンターレ対アレマ・マラン戦で私の目に入ってきたのは、たった12人の選手しか連れてこなかったインドネシアのチーム。そして、ベンチに座ったたった一人の交代要員のGKだった。
チーム自体に30人、試合にも20人の選手が登録できるにもかかわらず、だ。
その光景はまったくお笑い種だったし、また13人目の選手が空港に来るはずだったのに現れず、携帯電話も繋がらなかったという話は、茶番以外の何ものでもない。きっと彼はテレビでマン・Uの試合でも見ていたのだろう。

そもそも、マン・Uが来なかったとしてもAFCには問題が山積している。
それを、世界で圧倒的な人気があるからと非難されるのは、まったく迷惑というもの。これは“ブランド力”の違いだ。
7月29日、ジャカルタでのアジアカップ決勝戦の2日前にマン・Uにマレーシアを訪れて欲しくないというのなら、なぜ、ジオディーヌ・ジダンが7月6〜8日にインドネシアに来ることを許すのだろう。
人々は7月7日のアジアカップ開幕など忘れ、きっとジダンのワールドカップでの頭突きについて話すことだろう。
さらに何故、レディングがソウルで、リバプールとポンペイ、そしてフルハムが7月に香港でプレーすることは許可するのだろう。
アジアのサッカーファンがアジアカップから目をそむけるのを防ぐ努力を、AFCはできないのだろうか?

まったくAFCには笑わせられる。
とはいえ、笑っていられないほどこれは真剣な問題なのだ。
彼らの年間最優秀賞は現実味を失った。
2006年のアジアユース最優秀選手賞には、女子の優秀選手に輝いた18歳、中国の馬暁旭が選ばれた。
私が女子サッカーを応援していることは、読者の皆さんもよくご存知だと思うが、しかしこれは公正(Politically Correct)というより狂気の沙汰(Plain Crazy)だ。
今年はどうなるのだろう?
ひょっとすると、フットサルの選手が最優秀選手に選ばれるかもしれない。
賭けてみますか?

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味スタでサッカーとフィッシュ&チップスを

2007/05/10(木)

踏んだり蹴ったりの状況が続くFC東京ファンにとって、いまは試練のときである。
まあ、フィッシュ&チップスをつまみに、ビールを2、3杯飲めば、気分も晴れるだろう!
FC東京が味の素スタジアムにジェフユナイテッドを迎えるとき――正確にいうと5月12日午後7時――が迫っている。

FC東京を支える人々への感謝のしるしとして、クラブでは「イングランドDay(UK Day)」を企画しており、東京エリアに住む多くの英国の人々に数多く観戦してもらいたいと考えている。
英国人にはスペシャル・ディスカウント価格でチケットを販売。ファンは英国の伝統的な食べ物であるフィッシュ&チップス、それから英国特有のペール・エール(色の淡いビール、ただしアルコール度は日本のビールより高い)を楽しむことができる。英国大使館も協力しているため、試合前にはお祭りのような雰囲気が醸し出されるかもしれない。

UK Dayというテーマが生まれたのは、FC東京にとっては当然の成り行き。このチームのホームゲームでは、イングランド的な雰囲気を出そうとする、いくつかの工夫が見られる。
まず思い浮かぶのは、試合前に流れる、リバプールのアンセム「ユール・ネバー・ウォーク・アローン(You'll never walk alone)」と、ブラックプール出身で、日本在住の英国人スティーブ・スペンサーが行なう英語でのアナウンスだ(彼は英国のマッチデイ・プログラムによくあるような、独特の表現を使って選手紹介をする)。
さらにスティーブは、英国人がそうであるように、音楽が大好きだ。ザ・ジャムの「ザッツ・エンターテイメント」やオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」は味スタの定番。土曜の夜にこのイベントの特典を利用する英国人が、フィッシュ&チップス(古い新聞紙に包まれ、塩がかかっていて、ビネガーが染み出ているといいな)を貪り、1パイントか2パイント(あるいはそれ以上)のエールを飲みながらこれらの曲を聴くと、少しホームシックな気分になるかもしれない。

イングランドのサッカー・スタジアムでの食べ物という話題になると、1980年代後半、ロンドン・プロウレーンにおけるウィンブルドン対ニューカッスル・ユナイテッド戦のとてもおかしな話をどうしても思い出してしまう。
キックオフの1時間ほど前、北東部からニューカッスルの取材にやって来た私と他の5〜6名のサッカーライターは、センターサークル辺りをうろつきながら肉汁たっぷりのハンバーガーを楽しんでいた。
よだれが出るくらいおいしそうなハンバーガーに私がガブリと食らいつこうとすると、肩越しに伸びてきた手がハンバーガーをひったくった。振り返って犯人を見つけたが、若く、茶目っ気たっぷりのポール・ガスコインの敏捷さにかなうはずがない。ガスコインはハンバーガーを全部口に詰め込むと、あっという間に咀嚼し、腹に収めてしまった。キックオフの1時間前だというのに!

この試合は、ウィンブルドンのフーリガン、ヴィニー・ジョーンズが自らの手を使ってガッザ(ガスコイン)に与えた肉体的な虐待で有名というか、悪名高くなったのだが――。しかし、それはまた別の、長い、長いお話。
味スタで、フィッシュ&チップスを楽しもうじゃないか!

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水本の台頭とマリノスのゴールラッシュ

2007/05/07(月)

5月5日発:オフシーズンに阿部勇樹がジェフ千葉から浦和レッズに移籍して以来、アマル・オシム監督は新しいチームリーダーの出現を待っていたに違いない。そして、見つけたようだ。彼の名は、水本裕貴。
オリンピック代表DFの水本は現在21歳。阿部の抜けた後、精神的な支柱として千葉で素晴らしいシーズンを過ごしている。彼はタフでスピードがあるだけでなく、空中戦でもグラウンドでも素晴らしい。そして何より、その姿勢が良い。
これは、有力で危険な外国人選手と対峙する日本人選手には特に必要な資質だ。

先日等々力で行なわれたフロンターレ対ジェフ千葉戦を例にとってみよう。
その日の水本の役目は、ジュニーニョをマークすること。
スピードと才気溢れるブラジル人プレーヤーのマークは、容易なことではない。
二人は試合中に何度か言葉を交わしていたが、そこでも負けていなかった。
水本はフィジカル面でもメンタル面でも自分自身をコントロールできる。近い将来日本代表チームの中心となることだろう。

千葉の次戦、さいたまスタジアムでのレッズ戦では、斎藤が後半早々に退場処分を受け苦戦を強いられていた。チームは0−1とリードされていたが、水本は闘志を見せ同点弾を決めた。
等々力とさいたまスタジアムでの2つの引き分け(いずれも1−1)は、ジェフにとっては好結果と言えるだろう。
しかし彼らはまず、上位を目指すためのコンスタントな体制を見つけなければならない。
日曜夜に好調レイソルとの千葉ダービー(フクアリ)を控えている千葉にとって、それは簡単なことではないのだが。

自信という面で言うなら、現時点で横浜F・マリノスに勝るものはいない。
13ゴールを挙げての3連勝。失点1という成績が全てを語っている。
フロンターレを迎えた日産スタジアムに3万3000人以上ものファンが訪れたのは、喜ばしい限り。
私はF・マリノスの3連勝の初戦、大分戦(5−0)を観たのだが、あの巨大なスタジアムに集まった観衆は、わずかに1万7000人強だった。
ホームチーム(F・マリノス)で印象的だったのは、大島と坂田が高い位置でプレッシャーをかけ、相手のミスを誘うディフェンス。山瀬兄弟も絶好調だし、マリノスファンは楽しみが増えそうだ。

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嵐のあとの菅沼

2007/05/03(木)

土曜午後の日立柏サッカー場には、感嘆すべきことがたくさんあった。
レイソル対グランパスの開始を49分遅らせた雷雨はまったく印象的で、よく晴れた暖かい日が、雷鳴と稲光をともなう土砂降りと強風に突如襲われたのである。
固い絆を誇るレイソルのイエロー・モンキーズもゴール裏からの退散を余儀なくされ、壁の向こう側にある高い木の下の安全地帯、つまり本来の生息地を目指したようだった。
それに、稲妻のなかにはごく近くで光ったものもあった。実際、その後に行なわれた試合のグランパスのフォワードより、ゴール近くに迫ったものもあったくらいだ。
雷雨のあとはひんやりとした夜がやってきたが、レイソルファン、とくにバックスタンドにいるファンが、Jリーグでも最高のスタジアムの1つで素晴らしい雰囲気を作り出していた。

積極的なプレーにより2−0の勝利を収めたレイソルの1点目は、李忠成が軽やかに決めたもの。2点目は李がお膳立てをし、菅沼実が見事にフィニッシュを決めた美しい得点だった。
今季5点目を記録した菅沼は、自信と冷静さを余すところなく披露した。李が名古屋の不用意なクリアをインターセプトし、走りこんで来た菅沼にヘディングでパス。菅沼は右サイドから内側に切れ込み、右足のインサイドで狙い澄ましたようにシュートを決めた。
走りこんで来たスピードを緩めることなく、菅沼はボールをワンタッチでコントロールし、ペナルティ・エリアの端から櫛野の守るゴールの左下隅にボールを強く蹴り込んだ。前半終了5分前にこのゴールがあったおかげで、レイソルは試合をコントロールし、勝点3をまるまる得ようとする名古屋の終盤の猛攻撃を阻止することができたのだ。

菅沼は面白い選手だ。フィリップ・トルシエならそう言っていたことだろう。菅沼は柏のジュニアユースの出身で、ユースチームを経て、トップチームに入団したのだが、現在に至るまでに、ブラジルのビットーリア、そしてJ2の愛媛FCでプレーしていた時期もある――しかもまだ21歳。
昨シーズン、愛媛でレンタル選手としてプレーしていた間、菅沼はリーグ戦45試合で11ゴールを記録。まだ始まって間もないJ1でのこれまでの活躍を論評するとすれば、昨シーズン出場したJ2での厳しい試合の経験がすべて彼の糧になっているのは明らかである。

2001年に京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)の一員としてJ2でプレーした経験が朴智星(パク・チソン)を変貌させた。ゲルト・エンゲルスがかつて力説していたことをいつも思い出す。
「毎週毎週トレーニングするのも良いけれど、厳しい試合でのプレーに勝るものはない」。2人がともに京都にいたとき、エンゲルスは朴智星についてそのように語っていた。
「J2では、土曜日、水曜日、土曜日というスケジュールでプレーすることがよくあるのだけれど、1年を通して朴が絶えず成長、向上しているのがわかったよ。彼には厳しい試合を戦う機会がとても多くあったからね。J2でのそのシーズン、彼は38試合のリーグ戦に出場し、本当に力をつけていったんだ」。

つまり、J1からJ2への降格、あるいは大きなクラブから小さなクラブへの移籍(たとえば菅沼の場合、それにレイソルも昨シーズンJ2を経験した)は、下のレベルでプレーするように感じられ、悔しいものだと思われるかもしれないが、充分な出場機会が与えられていないと感じる若手選手には、冒険してみるだけの価値があるキャリア転換のチャンスなのである。

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