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“熱すぎる”イングランド代表監督の座

2007/04/02(月)

3月30日発:今ほど、イギリス人であるのが恥ずかしかったことはない。
イングランド代表がユーロ2008の予選で苦戦しているから。それだけではない。選手や監督がファンに浴びせられた激しい批判のせいだ。

私たちは今でも、イングランドはフットボールの「母国」であると考えている。しかし、そのフットボールは1966年のワールドカップ以来イングランドに戻ってきていない。
それ以降も、イングランドは何人もの偉大な選手を輩出し、時には素晴らしい、そう、たとえば1990年ワールドカップの時のようなチームも生み出した。しかし監督については、控えめに言っても様々な論争を引き起こしてきた。

いま苦境に、いや大苦境に立たされているのはスティーブ・マクラレーン監督。アレックス・ファーガソン氏やスヴェン・ゴラン・エリクソン氏からも賞賛されるような監督としての実績を持っているのだが、鈍く、カリスマ性に欠けるというのが彼の評だ。
イングランドサポーターたちの間に、監督に対する敬意がなかなか広まってくれない。
チームを応援するために世界中を飛び回っている彼らが、今はチームにブーイングを浴びせている。この状況はサッカー協会を不安にさせているに違いない。
ミッドウィークに行なわれた対アンドラ戦の勝利(3−0)も、プレッシャーを和らげてはくれなかった。
マクラーレン監督も、一体どうすればサポーターが喜んでくれるのだろうと頭を悩ませているに違いない。

ここが、日本とイングランドの決定的な違いだ。
日本では、たとえチームが苦戦していてもファンはチームをサポートしてくれる。
ところがイングランドでは、私たちファンもメディアもプレッシャーを与え続け、常にニュースや議論に溢れていること、ある意味では失敗してくれることさえ願うのだ。
1997年に国立競技場で行なわれたUAE戦が1−1の引き分けに終わり、98年ワールドカップ出場が絶望かと思われたときに噴出した日本のサポーターの怒り、そして93年の、いわゆる「ドーハの悲劇」については記憶にも新しい。
しかしそれらはすべて試合終了のホイッスル後、スタジアムの外でのこと。チームが勝点3を争い奮闘している試合中ではない。

サッカー協会がもう少し慎重にエリクソン監督の後任を選んでいたなら、今ごろイングランドはどうなっていただろう。
協会はルイス・フェリペ・スコラーリ監督を選ぶこともできた。しかし、彼らは2006年ワールドカップ後でなく、その前の契約にこだわったのだ。
私はこのことをスコラーリ監督の近い友人で、女子バレーブラジル代表監督でもあるジョゼー・ホベルト・ギマライス氏から聞いた。
彼は私に、「(ポルトガル代表の)スコラーリ監督はドイツから私に何度か電話をかけてきて、イングランドがどうしてワールドカップ前に契約をしたがるのかわからないと言っていたよ」と話した。
協会の姿勢が違っていれば、スコラーリ監督はイングランドに来ていただろう。

マクラーレン監督は明らかに窮地に立たされている。ロンドンのメディアは、テリー・ベナブルス氏の復帰を願っている。
現時点で私が選ぶなら、マンチェスター・ユナイテッドの右ウィングとしてで活躍し、またマン・Uでプレーしつつリバプール大学で勉強し、そしてレディングでも監督として好成績を残したステーィブ・コッペル氏かな。

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