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2007年4月

フロンターレの当たり月

2007/04/30(月)

川崎フロンターレにとって、2007年4月はJリーグでの9年の歴史の中でとりわけブレイクした月として記憶されることだろう。
それはさいたまスタジアムで浦和を2−1で破ったからだけではなく、アジアの舞台でも彼らのカラー(色)を見せ付けたからだ。
アジアチャンピオンズリーグ・グループFは残りわずか2試合。韓国の全南ドラゴンズに2連勝したフロンターレは彼らに6ポイント差をつけており、ベスト8進出をほぼ手中に収めている。

同大会での日本チームのふがいない成績は周知の通り。韓国のライバルチームを相手にアウェーで3−1の勝利を収め、そして水曜夜には等々力で3−0と、2勝をもぎ取ったことは大きな進歩と言えるだろう。
その前にホームゲームで行なわれたバンコク大学との無様な引き分け試合(1−1)と違いJリーグのムードに溢れるフロンターレは、タフで必死になる韓国チームでさえも手に負えなかった。
最終ラインは強くアグレッシブ、中盤はクリエイティブでよく動き、そしてスピーディーでデンジャラスなフォワード陣。彼らのパワーとペース、そして組織力は日本で最も恐るべきチームへと変身させた。
箕輪、寺田、伊藤。この3バックの、落ちてくるまで待つことのない浮き球への攻撃的な姿勢はとても良い。
こうした、一歩間違えばミスを犯し混乱しがちな状況下でも、ミスも少なくリスクを犯さない彼らは安定した守備ができていた。

全南とのホームゲームは、実際は3−0というスコア以上に接戦だった。
1点リードされた全南は後半に入りボールをキープして積極果敢に攻め、試合の主導権を握った。また、フリーキックも得て、まるでホームチームのようだった。
一方のフロンターレは、プレッシャーを与えカウンターを繰り返していた。
しかし、先制点を決めたジュニーニョが81分に鄭大世のゴールをお膳立て。勝点3をほぼ手中にすると、さらに鄭は1ゴールを挙げた。
この日、我那覇の代役を務めた鄭は非常に良くやっていた。
ポジショニングも良く、典型的な韓国スタイルのプレーを見せていた。

とは言え、サッカーシーズンはまだまだこれから。
フロンターレは日曜日にホームでジェフ千葉と対戦する。
しかし明日の等々力で何が起ころうとも、2007年4月は川崎の“ビンテージ・イヤー”ならぬ“ビンテージ・マンス”として記憶に残ることだろう。

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敦ゴールをもう一度

2007/04/26(木)

鹿島アントラーズが前進しようとしはじめた正にそのとき、そして、柳沢敦が前進しようとしはじめた正にそのときに、またもすべてが停止状態になってしまった。
左足の骨折のため、アントラーズのキャプテンは今後3ヶ月離脱する。ファンはもちろん、チームにとってもまったく残念な結果だ。

その選手生活を通じて、柳沢はクラブのため、そして代表チームのためにファンタスティックなゴールをいくつか決めており、彼を崇拝する者も多い。今も私の記憶に焼きついているゴールの1つは、柏の葉公園総合競技場のレイソル戦で決めた、目を見張るような独走ゴールだ。柳沢は持ち前の素晴らしい加速力を活かしてホームチームのディフェンスをすり抜け、素敵で、渋いゴールを決めた。

今シーズン、彼がプレーしているのを見たのは3−3で引き分けた千葉戦の一度だけ。アントラーズのオズワルド・オリベイラ監督はその試合の後、柳沢がピークの状態に近づいていると話していた。
柳沢は横浜FCとのアウェー戦での美しい決勝ゴール、そして日曜日に清水エスパルスに2−1で勝利した試合の2ゴールで、オズワルド監督の発言が正しかったことを証明した。
清水戦での柳沢の最初のゴールは、故障から復帰した、聡明で豊かな技量を持つゲームメイカー・野沢との見事なコンビネーションから生まれたもの。2点目はファーポストでの、美しく正確なヘディングシュート。
2点目は柳沢のおなじみのスタイルで、トップクラスのストライカーには不可欠の捕食本能が余すところなく発揮されたものだった。

故障のため、残念ながら柳沢はしばらく試合に出られなくなる。順位表を上り始めたチームの勢いがそがれるのは、避けられそうにない。
今週末の仮定の話になるが、アントラーズに絶好調の柳沢がいれば浦和にとっては大きな脅威になっていたはずだ。ただし、埼玉県から大挙して押し寄せるファンとホームチームの復調のおかげで、たとえ柳沢がいなくとも、大観衆の前で激しい戦いが繰り広げられることになるだろう。

今回の戦線離脱により、7月に行なわれるアジアカップでの代表復帰の希望も消えてしまった。
柳沢本人はそんなことを考えようとしないもしれないが、私は、彼がブルーのユニフォームに袖をとおし、0−0で引き分けたクロアチア戦でひどいシュートミスを犯したドイツの悪夢を葬るチャンスがもう一度あると秘かに確信しているのだ。
評論家の多くは彼のあのミスだけを心に刻もうとするだろうけれど、柳沢はこれまでに数多くの素晴らしいゴールを決めており、代表失格の烙印を押すのは正当な評価とは言い難い。

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JリーグとJFAが解決すべき五輪問題

2007/04/23(月)

4月21日発:週の半ばに、オリンピック日本代表チームは水野と本田のゴールで2点を挙げシリアを破った。
しかし、ジェフ千葉や名古屋グランパスエイトの監督は、これについてどう感じているのだろう。

駒場スタジアムで行なわれた名古屋対大宮戦後、私はセフ・フェルフォーセン監督と話をした。
エキサイティングでチームにとっても重要な左サイドプレーヤーである本田は、もちろんこの試合には出場できなかった。オリンピック予選のためU−22代表としてダマスカスに行っていたからだ。
オリンピック予選のために本田をチームから出さねばならないことについてどう考えているかを尋ねると、フェルフォーセン監督からは、オランダ人らしい率直な答えが返ってきた。

第一声は、「あり得ないね!」。
「まったくフェアじゃない。どのチームにとっても、それは間違っている」彼はそうつづけた。
私も、彼の意見に賛成だ。
水野と水本を欠き、神戸に負けたアマル・オシム監督も同意見だろう。
この2人を欠くことはオシム監督にとって、グランパスが駒場で本田を欠く以上に大きい。
国際試合がある一方で、監督の座を賭けた試合もほぼ毎試合という今日、オリンピック代表のためにチームの有能な若手選手を失わなければならないのは、あり得ないことだ。
おそらく日本は、他のどの国よりもオリンピックサッカーに重きを置いている。
しかしやはり、このようにスケジュールが重複することは避けるべきだろう。

決して、オリンピック代表に選手を送ることに反対なわけではないと、フェルフォーセン監督は強調した。
彼をイラつかせているのは、Jリーグはナビスコカップにベストメンバーを出すよう要請しているにもかかわらず、チームは選手をJFAのために送りださなければならず、リーグ戦を欠場するしかないということだ。
「1時間くれたら、私がシーズンスケジュールを作るよ」。
こんなスケジュールは、プロリーグにはあってはならない。そう言ったフェルフォーセン監督の意見だ。
まったくもって彼は正しい。

J1の試合を戦うチームが選手を失うなんて、まるでばかげている。
先週土曜日にレッズと対戦したレイソルも然り。
JFAとJリーグに振り回され、トップスコアラーの菅沼と李を欠いたレイソルは、リーグの首位争いをしているチームとは違うチームだ。
なるべく早い時期に、首脳陣がこの問題を解決してくれることを願いたい。
代表チームのためにリーグ優勝をかけて戦っているチームが選手を失う。そんなことはあってはならない。

フェルフォーセン監督とコーチ、そして私たちが話して出したこの問題の解決策は、こうだ。
シーズンにはスケジュールを変更する余裕があるのだから、選手を送り出すチームに、試合延期申し立ての権利を与えてはどうだろう。

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審判も褒めてあげよう

2007/04/19(木)

審判というのは、たいていは良からぬ理由でニュースに採り上げられるもの。問題が発生して始めて、その存在が浮き彫りになる。
だから、審判が良い仕事をしたときには賞賛してあげよう。週末、私が観た2試合はまさにそんな試合だった。

まずは大宮が駒場に名古屋を迎えた試合。審判は奥谷彰男氏。彼は試合をうまくコントロールしていたと思う。できるかぎりプレーを続行させようとしていたし、トレーナーがピッチに入り倒れている選手のもとへ駆け寄るのを許さず、プレーが中断することを抑えるよう努めていた。
「倒れている」という言葉を非常に気前よく使ったが、もちろん、「倒れている」選手の多くはまったくケガなどしていない。

大宮が27分に得点するまで、名古屋の選手のこの種の振る舞いには目に余るものがあった。
とはいえ、審判に試合を止める気がないと悟った選手たちが素早く自力で立ち上る姿を見るのも、楽しいものである。
大宮のブラジル人センターバック・レアンドロが終盤に退場になったから、大宮ファンは奥谷審判の仕事ぶりについて私と異なる意見を持っているかもしれないが、それでも審判の判断はまったく適切なものだったと思う。

レアンドロは藤田俊哉へのレイトチャージにより前半に最初の警告を受け、アルディージャが1−0のリードを守り抜こうとしているときに遅延行為で2枚目のイエローカードをもらった。大宮が自陣深くでフリーキックを得ると、レアンドロはいったん自分が蹴るような素振りを見せ、その後、心変わりをしたかのようにその場を離れ、キーパーの荒谷に処置を任せたのだ。
レアンドロの行動はまさに審判団を愚弄したもの。彼に2枚目のイエローカードを出した奥谷の判断は、まったくもって正しかった。レアンドロは出場停止となったが、非難されるべきは誰なのか? 奥谷でないのは確かである。

もう1つの試合は、日曜日に国立競技場で行なわれたレイソル対浦和戦。あるいは、浦和対レイソル戦と言うべきか。浦和のファンが大挙結集した結果、チャンピオン・チームのホームゲームのようになってしまったのだから。
この試合をさばいたのは松尾一氏。レイソルのブラジル人ストライカー、フランサの見え透いたダイブに警告を与えた判断は賞賛に値する。柏サイドの「イエロー・モンキーズ」には悪いが、フランサの行ないはイエローカードをもらうためにやったとしか思えないものだった。
まったく接触していないのにレッズのペナルティエリアで倒れたフランサは、闘莉王に警告処分を与え、彼を退場させようとしたのである。
闘莉王はその直前にイエローカードをもらっていた。空中戦での古賀のヒジ打ちが危険だという自身の申し立てに審判が何の措置もとらなかったと怒り、審判に不満をぶつけたのである。

フランサがダイブをしたとき、レイソルは0−2と2点のビハインドを負っていた。闘莉王がディフェンスのため後方から追いかけてきたときに、フランサはこれしかないと思い、あのような行動をとったのだ。
幸運にも、審判の松尾はそのテに引っかからなかった。もっとも、ゴール裏のレッズ・ファンは、松尾がポケットに手を伸ばしたとき、闘莉王に2枚目のイエローカードが出るのかもしれないと心配したに違いない。

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自分の価値を再び知らしめた阿部

2007/04/16(月)

浦和レッズはシーズンオフにジェフ千葉から阿部勇樹を獲得したが、その価値は十分あったようだ。
阿部はセンターMFで、リベロで、そしてゴールゲッターでもある。
また、レッズの直近の試合では左サイドバックをこなし、決勝ゴールを挙げた。
それは水曜夜にさいたまスタジアム2002で行なわれたアジアチャンピオンズリーグ、上海申花戦(1−0)でのこと。
最近の大分戦での素晴らしい2本でもわかるように、阿部のヘディングはJリーグでも屈指だ。
この試合でも、ポンテのフリーキックに合わせて再びそれを証明してみせた。
上海の時間稼ぎで再びアジアチャンピオンズリーグが茶番化するおそれもあっただけに、サッカーの試合を観たかった観客たちは前半43分、阿部のゴールに安堵の歓声をあげた。

すでに2敗を喫しており、もう負けられない上海だったが、彼らはまるで残り5分で1−0のリードを守るような戦いぶりだった。
それは攻め上がる時やコーナーキックを得た時に顕著に現れていた。
CK(コーナーキック)を蹴る選手はノロノロと歩き、膠着状態を保つために少しでも時間を稼ごうとする。
それが分からなかったのは審判だけなのだろうか?
記者仲間が指摘していたが、もし上海が本当にリードしていたらどうなっていただろう?
考えるまでもなく、ゴールキーパーは始終“怪我”をしていたことだろう。

レッズと、それから韓国で素晴らしい勝利を挙げたフロンターレに「おめでとう」を言いたい。
特にバンコク・ユニバーシティとのホーム戦のぶざまな戦いを忘れたいフロンターレは、断固たる意志でそれをやってのけ、ステージ半ばでグループの主導権を握った。
ただ、試合スケジュールについては、1つ考えさせられたことがある。
実はこの水曜日、アジアチャンピオンズリーグの試合と同じ日にナビスコカップとJ2の試合があった。
これではアジアの大会の中で日本のチームに注目する機会を失い、アジアチャンピオンズリーグの重要性を希薄にしてしまう。
注目の機会を逸するという点についてはナビスコカップにとっても同じで、理解しがたい。
今週の水曜日には、U−22日本代表がシリアでオリンピック予選を戦う。
幸いなことに、アジアチャンピオンズリーグもJ1もJ2も、そしてナビスコカップもない。

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アルビレックスを後押しする、坂本の経験

2007/04/12(木)

土曜日の味の素スタジアムでの試合を見れば、アルビレックス新潟がキリッとまとまったチームを作り上げ、トップリーグでの地位を揺るぎないものにしつつあることがわかっただろう。
FC東京を3−1で破ったその日の午後は、かつてのジェフユナイテッドの隊長・坂本がとりわけ印象に残っている。彼は私のお気に入りの若手選手の1人である伊野波を徹底的に苦しめていた。
ジェフ時代の坂本はあらゆる位置でプレーしており、両サイドも、ディフェンスも、中盤もできる多様性が特色だった。だがアルビレックスでは、オーソドックスな4バックの左サイドが定位置となっている。
坂本の前には爆発力のある鈴木慎吾。2人の危険なコンビネーションにより、FC東京は4バックの右サイドにいる伊野波のスピード不足が露呈した。私は、伊野波はどちらかというとセントラルDFか守備的MFとしての方が、その真の才能を発揮できると思っている。

アルビレックスの先制ゴールを決めたのは坂本。必死の様子の川口から、まるで赤ん坊からキャンデーを取り上げるみたいに簡単にボールを奪い、あっさりとシュートを決めた。川口は後ろに下がって伊野波をサポートしようとしていたのだが、まるで悲運を1人で背負っている感じだった。坂本はタイミングを見定め、ハナカマキリのように情け容赦なく襲いかかった。すべてがあっという間の出来事。

アルビレックスには、なかなか高さもある。特にセントラルDFの永田と千代反田。それにストライカーの矢野の高さが目立つ。日本代表のオシム監督が矢野に目をつけたのも納得だ。矢野は常に動き回り、いつもスペースを探している。TBSお気に入りのサッカー選手・久保――野生的で、予測不可能、マークするのが厄介――にも、少し似たところがある。

外国人選手では、シルビーニョがアルビレックスの中盤を指揮し、東京戦ではゲームを支配していた。攻撃陣では、強靭なエジミウソンが中心的存在。東京戦で1ゴール挙げたが、もうあと2点くらい決めてもおかしくはなかった。今でもチームの躍進に欠かせない存在である。
第3の外国人選手、マルシオ・リシャルデスはサンカイターノ(ブラジル)でプレーしていた選手。中盤の右側でプレーし、ゴールに切れ込むスタイルが合っているようだ。

東京とは違い、アルビレックスは1つのチームとしての姿勢を崩すことがなく、ボールを正確に回す。そのチームで全ての中心になっているのが、リシャルデスだ。東京が得たオウンゴールもリシャルデスが中心となったもの。鈴木規朗の左からのクロスを、彼がゴールに押し込んだのだ。
そう、アルビレックスは、自信たっぷりで組織だったチームなのだ。チャンピオンになれるほどの構成ではないが、順位表の下位ではなく、上の方の、首位近くに位置できるだけの力があり、どんな相手でも、ホームでもアウェーでも、恥ずかしくない試合ができる。

最後はやはり、GK北野にも触れなければならない。誇張するつもりはないが、終盤にルーカスのシュートを阻んだセーブは、ワールドクラスだった。東京にすっかり馴染んでいるこのブラジル人FWは、ゴール横の角度のない位置から放った、カーブをかけたシュートが上手く軌道に乗っていると思ったことだろう。しかし北野が体をいっぱいに伸ばし、右手でボールをバーの上に押し出したのである。
それはもう驚嘆すべきセーブで、今季の最優秀セーブの有力候補に挙がるほどのもの。Jリーグ、あるいはテレビ局がそのような賞を設けたら、の話なのだけれど。

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吉原宏太待望論

2007/04/09(月)

4月7日:大宮アルディージャのロバート・ファーベーク監督にとって、順調な滑り出しとはいかなかった。
この原稿を書いている時点で、チームはJ1で4戦全敗。しかし、ナビスコカップでは3試合を戦い2勝1分け。その引き分けの1試合は、寒く雨模様の水曜日に柏スタジアムで行なわれたレイソル戦(0−0)だった。

試合後、私はファーベーク監督から興味深い話を聞いた。
J1経験も長く、才能もありながらいまだその才能を十分に開花させていない選手、吉原宏太(29)についてだ。
レイソル戦では、吉原は4−4−2システムの右MFでプレーし、チームの攻撃にペースと広がりを持たせる良いプレーをしていた。
またディフェンスでも、彼がカバーする自陣サイド深くまで戻りタックルを繰り返していた。
試合終了まで20分を切ると、彼は森田と共に前方へ上がり、ボールをコントロールし相手DFからボールを守りながらゴール方向へ身体を向ける技術を見せた。
ファーベーク監督も、ようやく真の宏太が見えはじめていると感じているようだ。もちろんここに来るまでは容易な道ではなかった。

「彼とはグァムのトレーニングキャンプで2度ほど話し合ってね。もっと練習しなければだめだ、そうでなければ、キミはもう終わりだと言ったんだ」と、ファーベーク監督。
「それから、去年までのDVDをチェックしたことを話した。『DVDを見る度に、キミは良いプレーをしているし、良いストライカーだと思う。けれど私が監督になってからは、まだ一度もそれを見せてもらっていない。私が見たい宏太はDVDの中の宏太。今のキミは別人だ』とね」。

水曜日の彼のプレーをファーベーク監督も認めており、どうやら監督のメッセージは吉原に届いたようだ。
「今までの宏太とは違う。彼はデンジャラスだ。ボールもキープできるしゴールも挙げられる。これまで色々あったけれど、ようやくここまできた。私もとてもうれしいし、彼を誇りに思うよ」。
吉原がエリア内でフィニッシュまでもっていく能力を、フィリップ・トルシエ元日本代表監督は“日本のロマリオ”だと評したことがある。そうファーベーク監督に話したところ、このドイツ人監督は次のように言った。
「彼には能力がある。しかし、今はまだ80%。もう2〜3週間もすれば90〜95%まで発揮できる。そうすれば彼はチームにとって大きな存在になるだろうね」。

監督の話は、大宮ファンにとって心強いに違いない。彼らもシャープで貪欲な吉原を求めている。
シーズンはすでにサバイバル戦の様相を見せており、吉原のゴールが必要なのだ。また吉原自身も、新監督の哲学に勇気付けられているはずだ。
今までの“待って待って”のプレースタイルから、監督の言葉を借りれば、より大胆な“攻撃的なサッカーにチャレンジ”へと変わり始めている。

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名古屋グランパス、出足は上々

2007/04/05(木)

名古屋グランパス“フォー(4)”と呼ぼうじゃないか――少なくとも、今の間は。
J1の新シーズンは4節を終え、4連勝で勝点が満点の12である名古屋が、得失点差でガンバを上回り堂々と首位の座にいる。
まだ始まったばかりではあるが、クラブはもちろん、新しい挑戦者の出現を待ち望んでいた全国の中立的な立場の人々にとっても、これは喜ばしいことだ。

好調なスタートを切れた理由として、名古屋のオランダ人監督セフ・フェルフォーセンは、良いプレシーズンを送れたこと、そして昨シーズンからチームを安定的かつ継続的に維持できたことを挙げている。
それはそうだとしても、グランパスはマレク・スピラールが長期欠場――日曜日の三ツ沢でフェルフォーセンが語ったところによると、今年中の復帰は絶望的とのこと――を余儀なくされたほか、ヴェルディでスタイリッシュなディフェンダーとして名を馳せながら、巨人揃いのフロンターレでは活躍の場を見出せなかった米山篤志(等々力ではボールボーイのほうが「ヨネ」より大きいのである)も欠場中である。

さて、グランパスは今の順位を維持できるのだろうか。
シーズン終了時にトップ5に入っていれば現在の状況下では上出来だと、フェルフォーセンは言う。
「グランパスにはトップチームのレベルの選手が13〜14人いるが、浦和やガンバはもちろん、フロンターレやエスパルスでもそのようなレベルの選手が20〜22人いる」。
「私たちは魔法のチームではない。規律と強いメンタリティーで戦う、ごく普通のチームだ。トップチームのレベルの選手は13〜14人ほどだが、その後に続く選手も経験はないながらも資質はある」。

日曜日の横浜FC戦は、2−1ではなくもっと楽に勝てるはずだった。しかしとにかく、杉本恵太のニアポストへの閃光のようなヘディング・シュートと、その杉本が右サイドを素晴らしいスピードで駆け抜けた後の山口慶のファーポストへのふわりとしたシュートがあり、試合をモノにした。

グランパスはとてもよく組織された3−5−2システムを採っており、大森征之、藤田俊哉とフローデ・ヨンセンがチームの強力な背骨となっている。
中村直志と本田圭祐がチームに厚みを与え、山口とキム・ジョンウが中盤を強固なものにし、竹内彬と増川隆洋がバックで大森の両サイドを固める。杉本がヘディング決めたグランパスの同点ゴールは、左サイドからの増川の鋭く、狙い澄ましたようなクロスから生まれたもの。2点目は杉本を走らせる中村の巧妙なパスが起点となり、完璧なタイミングでディフェンスの裏をとった杉本が山口の決勝点を演出した。
自分たちのチームがゴ―ルを2つ決めると、グランパスのファンがゴール裏で大きな声を出していた。それはそうだろう。ピクシー後の味気ない数年間を過ごした彼らが喜んだって、誰も文句は言えない。

現在35歳の藤田は、今シーズンのグランパスエイトには欠かせない存在。能力と経験はもちろんだが、彼のリーダーシップと戦術的な頭脳がチームを支えている。絶頂期のジュビロでしていたようにグラウンド全体を走り回ることはできなくなっているかもしれないが、藤田は、どこにいなければならないか、何をやらなければならないかがわかっている。
グランパスに幸あれ。このチームが上位にいるとサッカーがさらに楽しくなる。

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“熱すぎる”イングランド代表監督の座

2007/04/02(月)

3月30日発:今ほど、イギリス人であるのが恥ずかしかったことはない。
イングランド代表がユーロ2008の予選で苦戦しているから。それだけではない。選手や監督がファンに浴びせられた激しい批判のせいだ。

私たちは今でも、イングランドはフットボールの「母国」であると考えている。しかし、そのフットボールは1966年のワールドカップ以来イングランドに戻ってきていない。
それ以降も、イングランドは何人もの偉大な選手を輩出し、時には素晴らしい、そう、たとえば1990年ワールドカップの時のようなチームも生み出した。しかし監督については、控えめに言っても様々な論争を引き起こしてきた。

いま苦境に、いや大苦境に立たされているのはスティーブ・マクラレーン監督。アレックス・ファーガソン氏やスヴェン・ゴラン・エリクソン氏からも賞賛されるような監督としての実績を持っているのだが、鈍く、カリスマ性に欠けるというのが彼の評だ。
イングランドサポーターたちの間に、監督に対する敬意がなかなか広まってくれない。
チームを応援するために世界中を飛び回っている彼らが、今はチームにブーイングを浴びせている。この状況はサッカー協会を不安にさせているに違いない。
ミッドウィークに行なわれた対アンドラ戦の勝利(3−0)も、プレッシャーを和らげてはくれなかった。
マクラーレン監督も、一体どうすればサポーターが喜んでくれるのだろうと頭を悩ませているに違いない。

ここが、日本とイングランドの決定的な違いだ。
日本では、たとえチームが苦戦していてもファンはチームをサポートしてくれる。
ところがイングランドでは、私たちファンもメディアもプレッシャーを与え続け、常にニュースや議論に溢れていること、ある意味では失敗してくれることさえ願うのだ。
1997年に国立競技場で行なわれたUAE戦が1−1の引き分けに終わり、98年ワールドカップ出場が絶望かと思われたときに噴出した日本のサポーターの怒り、そして93年の、いわゆる「ドーハの悲劇」については記憶にも新しい。
しかしそれらはすべて試合終了のホイッスル後、スタジアムの外でのこと。チームが勝点3を争い奮闘している試合中ではない。

サッカー協会がもう少し慎重にエリクソン監督の後任を選んでいたなら、今ごろイングランドはどうなっていただろう。
協会はルイス・フェリペ・スコラーリ監督を選ぶこともできた。しかし、彼らは2006年ワールドカップ後でなく、その前の契約にこだわったのだ。
私はこのことをスコラーリ監督の近い友人で、女子バレーブラジル代表監督でもあるジョゼー・ホベルト・ギマライス氏から聞いた。
彼は私に、「(ポルトガル代表の)スコラーリ監督はドイツから私に何度か電話をかけてきて、イングランドがどうしてワールドカップ前に契約をしたがるのかわからないと言っていたよ」と話した。
協会の姿勢が違っていれば、スコラーリ監督はイングランドに来ていただろう。

マクラーレン監督は明らかに窮地に立たされている。ロンドンのメディアは、テリー・ベナブルス氏の復帰を願っている。
現時点で私が選ぶなら、マンチェスター・ユナイテッドの右ウィングとしてで活躍し、またマン・Uでプレーしつつリバプール大学で勉強し、そしてレディングでも監督として好成績を残したステーィブ・コッペル氏かな。

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