« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月

スターへの階段を昇るサイツ

2007/02/26(月)

世界のベストキーパーがそろっている国といえば、現時点では米国以外に見当たらない。
ブラッド・フリーデル、ティム・ハワード、そしてマーカス・ハーネマン。この3選手はいずれもイングランド・プレミアリーグのブラックバーン、エバートン、そしてレディングでそれぞれプレーしている。またケイシー・ケラーはブンデスリーガのボルシア・メンヘングランドバッハでキャプテンを務めている。
そして今週熊本から届いたレポートによると、どうやら米国はまた、新たにクリス・サイツという19歳の珠玉を得たようだ。
身長190cmとキーパーとして恵まれた体躯を持つサイツは、メリーランド大学を2年で中退。メジャーリーグ・サッカーのレアル・ソルトレイクシティ入りしたのだが、ヨーロッパへ行くのも時間の問題だろう。

バンクス、シルトン、クレメンス、シーマンと、イングランドは常にキーパーには自信を持っていた。それがいつの間にか、トップクオリティの“キャット” については米国の後塵を拝すようになった。“キャット”というのはピーター・ボネッティのニックネームで、以来、キーパーをこう呼ぶようになった。もちろん彼がお皿からミルクを飲むからではなく、その跳躍力からついたものだ。

さて、ではなぜ彼らが我々イングランドの上を行くようになってしまったのだろうか。
まず基本的に、米国人はキーパーである前にスポーツマンだ。
彼らはバスケットボールのような高度な手と目のコーディネーションを必要とするスポーツをして育ってきている。したがって“キャット”の仕事に慣れるのはいとも簡単なのだ。

ここに、面白い話がある。
NBAのスター、コービー・ブライアントの父親で、現在は日本でコーチをしているジョー・ブライアント氏が昨年外国人スポーツライター協会の会合に出席した時に、実はコービーはユベントスのキーパーになりたかったのだと明かした。
ジョー、いや“ゼリービーン”(大好物だったのでこう呼ばれた)は当時、イタリアでプロバスケット選手としてプレーしており、自然とサッカーに興味を持つようになったという。
ベッカム主将の元でコービーがロサンゼルス・ギャラクシーのゴールを守っている場面を想像してみると良い。

イングランドでも、“自然に”という意味では似たような道を辿ってキーパーは選ばれる。ゴールの外で何もできないヤツを、邪魔にならないようにゴールの中に入れておくのだ。誰もゴールマウスの中になんて入りたくないから、シュートを決められたら交代となる。
しかし、すぐに代わりたいからといってわざとゴールを許せば、マウスの中に留まることになる。
きっと、こんなやり方だったから追いつかれてしまったんだろうな。
そしてスポーツ万能の米国人が、真の“トップキャット”になってしまったに違いない。

固定リンク | | コメント (0)


待ち続けたジェフ・ファンへの報い

2007/02/22(木)

ジェフのファンは、期待と安堵の思いで新選手獲得のニュースを受け止めたに違いない。
期待はワールドカップ出場の経験を持つDFネナド・ジョルジュビッチの獲得は願ってもない補強に見えること、安堵は新シーズンのリーグ戦開幕まで2週間を切っている状況からくるものだ。

この27歳のセルビア人選手は、クラブの公式発表では「DF」に名を連ねているが、これは「TYDF」――とても・役に立つ・ディフェンダー――の略だと解釈したほうが良いかもしれない。ジョルジュビッチはディフェンスの中央でも、フルバックでもプレーできる。
また、中盤の真ん中でチームのバランスをとる役割(日本で言うところの「ボランチ」)をした経験もある。“セルビア・モンテネグロの阿部”と表現したいようなプレースタイルで、いろいろな役割を楽々と、高いレベルで務めることができる。それに身長も若干高めで、183cmある。
阿部はレッズのディフェンスと中盤を補強するために獲得されたが、ジョルジュビッチもジェフで同じような働きをすると思われるし、そうなれば日本人選手間の競争もさらに激しくなるだろう。

数週間前はまだ迫力不足だったジェフだが、現在はかなり臨戦態勢が整っている。オシム監督はストヤノフを中心に構成されるバック陣、そして中盤の中央についてはいくつもの選択肢を持てるようになるだろう。
ストヤノフの能力――プレーだけに集中しているときには、おそらくJリーグで最も完成された選手――と、起伏の激しい気性については、以前に書いた通り。彼は、電話ボックスのなかで議論を始めてしまうようなタイプの男である。
しかし、ジョルジュビッチとストヤノフがバックで上手く折り合い、売り出し中の水本とクレバーな斉藤がそこに加われば、なかなか崩されないチームとなる。
ジョルジュビッチがチームの戦力を相当底上げするのは間違いない。かつてのユーゴスラビアであるセルビア出身の選手は、その天賦の才と創造性、即興性によりヨーロッパのブラジル人という評判を得ている。
その一例が、ドラガン・ストイコビッチだ。セルビアの選手はみな、良いプレーをしていたかと思うと、一瞬で自滅してしまう。フクアリ(フクダ電子アリーナ)では、ブルガリア人選手が同じことをやってくれるだろうが――。

なにはともあれ、ジェフ・ファンはこの知らせを長らく待った甲斐があった。ジョルジュビッチはなかなかの働きを見せてくれるだろう。それに、昨年のドイツ・ワールドカップでセルビア・モンテネグロがアルゼンチンに6点も許したのは、彼の責任ではない。なにしろ、そのとき彼はベンチにいたのだから!

固定リンク | | コメント (0)


予想ゲームは続く

2007/02/19(月)

来月のペルー戦に、イビチャ・オシム監督がヨーロッパ組を数名招集すると決めたとしたら、その顔ぶれを想像するのは実に楽しいものとなるだろう。
メディアでは、俊輔はもちろん、松井、高原、中田浩二、そしてアレックスなど数人の名前が取り沙汰されている。

個人的には、チームの半数をヨーロッパから呼び寄せ、昨年の後半を費やし築いたチームの土台をぶち壊すようなことをするはずはないと思っている。
さらに、現在招集している選手たちをテストしているこの段階で、新たに4人も5人も加える必要があるのだろうか?
オシム監督が数人の選手について招集しない理由として挙げているのとはまったく異なるが、今回は中村と松井の2人で落ち着くような気がする。
高原を候補に挙げる方も多いだろうが、私は今ひとつ感心しない。オシム監督のお気に入りは巻と我那覇で、3人目の候補として高松がいる。さらに播戸と佐藤もいるし、新人の矢野を加えなかったとしても、その組合せはいくらでも考えられるのだ。

高原が所属するフランクフルトは、金曜夜にシュツットガルトに0−4と大敗したが、最新の集計によれば、高原の今季通算ゴール数は7。確かにゴール率は悪くない。
しかし、オシム監督に「高原が必要」と思わせるのには十分な数字だろうか?
確かかどうかは分からないが、オシム監督は一過性よりも継続性を好むタイプの監督だ。そう、(あらためてテストするまでもなく)高原にはこれまでにチャンスがあったのだ。

アレックス? もちろん彼はオシム監督のアジアカップのプランに入っているだろう。しかし現時点では、浦和からザルツブルグへ移籍したばかりの彼をオーストリアへ残し、少しでも日常生活やトレーニングに慣れるよう専念させたいところだろう。新しい環境に移ったばかりの彼には、波風は必要ない。
アレックスのことはオシム監督も知り尽くしているし、代表候補にはレッズでアレックスの代役を務めたこともある相馬、さらには頑強な駒野もいる。オシム監督もこの2人で納得するだろう。

こうしている間にも、推測や憶測は飛び交う。
もしもヨーロッパ組からの招集があるのなら、俊輔と松井が本命。そして高原が穴といったところだろうか。

固定リンク | | コメント (0)


俊輔招集の時期が来た?

2007/02/15(木)

俊輔ファンは、3月24日の帰郷の準備をしておいても良いのかもしれない。その日、日本代表は日産スタジアムでペルー代表と今年最初の試合をする。
イビチャ・オシム監督が中村を招集するつもりかどうかは、もちろん私にはわからない――でもなんとなく、その時期がそろそろ来たのではないかとは感じているのだ。

ワールドカップ後にジーコの後を受けて以来、オシムが優先していたのは、フレッシュなメンバーを加え、チームのムードを変えること。だが、この課題はすでに達成されたと感じている方が多いだろう。
オシムは、Jリーグの選手たちにとって良きテストの場となるであろう試合にヨーロッパから選手を呼び寄せても意味はないと感じているようだし、ヨーロッパ組の選手について精通していないというわけでもない。
しかし現在、オシムの狙いは7月のアジアカップで王者の座を防衛することに傾きつつあり、オシムは次の段階へと踏み出そうとしている――というのが、ペルー戦に俊輔を呼び戻すのではないかと私が感じている理由だ。

こうした招集はタイミングがすべて。代表チームの事情だけでなく、選手の事情も考慮しなければならない。オシムはそう話したことがある。
中村がクラブのサッカーに集中できるようになったためヨーロッパで最高のシーズンを過ごし、フープス(セルティックの愛称)で絶えず活躍できているというのは、偶然ではないのだ。

セルティックがACミランと戦う欧州チャンピオンズリーグ・ベスト16の試合は2月20日と3月7日に予定されており、もしこのスコットランドのチームが勝ち進んだ場合、準決勝は4月3日から4月11日の間に行なわれる。
スコティッシュ・プレミアリーグでは、セルティックは3月18日にフォルカーク戦が、3月31日にダンディ・ユナイテッド戦が組まれている――つまり、3月24日の横浜での日本対ペルー戦は俊輔の帰国にうってつけなのだ。
また、ハノイに向かう前の試合はキリンカップの2試合が予定されているのみという状況だけに、オシムとしては、俊輔がチームにどのようにフィットするか見てみたいのではないだろうか。

そう、あらゆる事柄がペルー戦での俊輔招集――満員の観客とJFAへのたくさんの現金収入――に向かっているのである。
私には、ありえる話に思えるのだが…。


 

固定リンク | | コメント (0)


湘南はディフェンスからのチーム作り

2007/02/12(月)

強いチームが作りたいのなら、まずはディフェンスからというのが定石だ。
そして2007年、ベテランDFをチームに加えJ2からの昇格を狙う湘南ベルマーレが、まさにこのパターンだ。

すでに斉藤俊秀をエスパルスから、そしてジャーン・ウィッテをFC東京から獲得した湘南は、元日本代表の右サイドバック、名良橋晃をアントラーズから新たに獲得した。
名良橋と斉藤はワールドカップ・フランス大会で岡田武史監督が率いた日本代表のメンバーで、斉藤は主将でリベロの井原正巳の交代要員。一方の名良橋は3−5−2システムの右サイドのスタメンだった。
反対サイドのウィングは当時アントラーズでチームメイトだった相馬直樹で、このコンビはアントラーズでは4バックのフランクとして、そして代表チームではウィングバックとして、それぞれのチームの原動力だった。
名良橋、秋田、ファビアーノ、相馬の4バックといえば、黄金時代のアントラーズを支えたディフェンス陣で、ファンにとっては言い慣れた名前。チームを作りあげていくには、ディフェンスが強固な土台となるのだ。

深刻な怪我、そして若手ライトバック・内田篤人の台頭によりアントラーズから放出された35歳の名良橋だが、J1で310試合、日本代表で38試合出場という経験と共に“古巣”ベルマーレへ帰ってきた。
京都が秋田&森岡のコンビがチームの支えとなる事を期待しているように、斉藤の資質、そしてジャーンの闘争心はベルマーレディフェンスの核として大いに役立つことだろう。
一方、名良橋のキャリアを見習いたい若干18歳の内田は、U−22日本代表として2月21日に熊本でアメリカとの親善試合に望み国際舞台への1歩を踏み出すことになる。

固定リンク | | コメント (0)


完璧な世界大使・アンリ

2007/02/08(木)

ティエリ・アンリと一緒に時間を過ごしたことのある人なら誰でも、先日彼がジレットの「グローバル・アンバサダー(世界大使)」に選ばれたのはまったく当然だと考えるだろう。
アンリは、「ジレット・チャンピオンズ」というプログラムでアンバサダーに任命された3人のスポーツマンのうち1人。他2人はタイガー・ウッズとロジャー・フェデラーだった。
これ以上ないと思えるほどの評価のされ方で、ピッチ内外でのアンリの姿勢と業績にふさわしい称号だ。

私は、ティエリに独占インタビューをする幸運に恵まれたことがある。場所は、ハートフォードシャー州の田園地帯、セント・オーバンスのロンドンコーニーにある、アーセナルの豪華なトレーニングセンター。時期はそう、2001年の今頃で、突然の依頼にもかかわらずインタビューのアレンジをしてくれたのは、誰あろう、アーセン・ベンゲル!
その当時、日本を発つ前に会うという約束をベンゲルから取り付けており、このガナーズ(アーセナルの愛称)の監督と長時間のおしゃべりをしたあと、私は、カリスマ的な人気を博しているアンリにインタビューできないものか尋ねてみたのだ。ベンゲルの後押しにより、アーセナルの広報担当者が約1週間後にアンリにインタビューするアポを入れてくれ…そういうことになった。

カメラマンと、カメラマンのアシスタントとともに、我々はインタビュー開始の2時間ほど前にロンドンコーニーを再訪問。緊張して待機していた。そしてついに、その人物に出会えたのだ。アンリは、練習場のピッチからそのままファッション・カタログのページに飛び込んだのではないかと思えるくらい、カジュアルで、スキのない服装。
インタビューは20分間の予定だったのだが、アンリが広報担当者に「もう少し続けてもいいよ」という合図を送ってから1時間経っても、私たちはまだ話をしていた。それから、カメラマンが手際よくこしらえた「スタジオ」で、追加の写真撮影が行なわれた。
この時点でアンリはすでに1998年のワールドカップ(W杯)そして2000年のヨーロッパ選手権で優勝を経験していたのだが、98年W杯におけるブラジルとの決勝戦でプレーしていないのは意外なこと。聞けば、彼はベンチスタートで途中出場する予定だったが、68分にドゥサイイーが退場処分を受け、エメ・ジャケ監督が当初の計画を変更せざるをえなくなってしまったという。

インタビューでアンリは、フランス代表のW杯での躍進により政治では成し遂げられないような形でフランス国民が結束したこと、ユーロ2000ではフランスのファンがその2年前の自国におけるW杯のときよりはるかに騒々しく、情熱的になっていたことを話した。
また、ユベントスから救い出し、オーソドックスなウィングからセンターフォワードに変身させてくれたベンゲルには生涯かけても返せないほどの恩義を感じている、とも話していた。
アンリは親しみやすく愉快で、そして真面目で誠実――そう、まさに完璧なグローバル・アンバサダーだった。

固定リンク | | コメント (0)


単なる噂にすぎなかった俊輔の帰国

2007/02/05(月)

2月2日・東京発:クラブが公式サイトで否定しなければならないことがあるとすれば、それは重大なこと。それは誰もが認めるところだ。
今週のセルティックと中村俊輔の場合も然りだ。

移籍期限前日の1月30日(火)、セルティックの公式サイトの見出しは“中村の移籍はない”だった。
「この話はまったくナンセンス」と俊輔は語った。
「セルティックには大変満足しているし、今シーズンもとても楽しみにしている」。2段落に渡る記事は、インターネットで出回った「俊輔は今夏にセルティックを去り、Jリーグに復帰する」という報道を否定するものだった。

移籍期限の翌日、私はJリーグ関係者と中村俊輔が日本に帰ってくる可能性について話したのだが、彼も、まだ先のことだろうと、その報道を信じてはいなかった。
何よりも、ヨーロッパで活躍できる場をようやく見つけた今、俊輔が日本に帰ろうと考えるだろうか。
小さなリーグの強豪チームでプレーすることにより、俊輔は毎週のように彼の“マジック”を披露できる。
だからこそ自信に満ち、また、ゴードン・ストラカン監督も彼を手放しで誉める。

欧州チャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦のように、間もなく行なわれるACミラン戦でも、俊輔は自身の左足一振りで何でもできると感じている。
事実、ACミランのカカーがセルティックと俊輔についてuefa.comで面白いことを言っている。

先にも述べたが、俊輔は自身にとってパーフェクトな環境に落ち着いたのだ。
世界が注目するなか、有名なチームでサッカーを楽しめる。
彼はスコティッシュ・プレミアリーグのスター選手の一人で、欧州チャンピオンズリーグという楽しみもある。
彼の好調ぶりとマンチェスター・ユナイテッド戦での鮮烈なゴールを考えると、ストーブリーグ中にイングランドやスペインへの移籍話が出なかったことが私には驚きだった。
強豪リーグも、俊輔が然るべき場に落ち着いたと思っているのでなければね…。

固定リンク | | コメント (0)


森本に巡ってきたチャンス

2007/02/01(木)

森本貴幸が週末にイタリアでのデビュー戦で決めたゴールは、引退してしまった中田英寿のことを思い起こさせるものだった。
みなさんは憶えてらっしゃるだろうか…。中田は1998年のセリエAに旋風を巻き起こした。ペルージャの一員としてデビューしたユベントス戦、チームは3−4で敗れたものの、2ゴールを奪取――しかも、もしも監督が中田にPKを蹴らせていれば、ハットトリックを達成していたかもしれないのである。

いま、ついに森本が新聞の見出しを飾るようになった。
カターニャのベンチで辛抱強く待機していた18歳のストライカーに出場機会が与えられたのは、日曜日にベルガモで行なわれたアタランタ戦の84分。そのとき、カターニャは0−1とリードを許していたが、森本がペナルティ・エリア内で素早く動いて自信に満ちたゴールを決め、チームに勝点1をもたらしたのだ。
今回結果を出したことで、今後はもっと長い時間プレーさせてもらえるだろうが、4位タイと好調のカターニャでは、スタメンの保証はない。
ヴェルディ時代のツルツル頭の森本のプレーを見たことがある者はみな、彼ならスタメンをとってもおかしくないと証言するだろう。キレがあり、強靭な身体を持ち、運動量も多い。つまり、聡明で、危険な選手としての資質を備えているのである。

オジー・アルディレスがヴェルディの監督を務めていたとき、森本について長い時間語り合ったことがある。アルディレスが私に話したのは、マンチェスター・ユナイテッドの監督であるサー・アレックス・ファーガソンが森本を高く評価しており、ユーストーナメントで彼を見て以来、その成長を注意深く見守ろうとしているということだった。
アルディレスは、ケビン・キーガンやゴードン・ストラカンといった監督たちと同じような人身掌握術を持っており、つねに選手を褒め、自分が最高だと選手に思わせるのだが、このかつてのトットナムのスター選手が森本を純粋に評価しているのは間違いないと思われた。

ティーンエイジャーの森本はヴェルディからシチリア島のクラブに夏までレンタルされる予定だが、オリンピック代表監督である反町のプランに組み込まれることもあるかもしれない。
U−22日本代表は、2008年北京オリンピックの出場権獲得のための準備段階では、強力な存在感を持つ選手が少し欠けているように思える。森本の爆発力が加われば、チームの幅が広がるのは確実だろう。
もっとも、それはまだ先のこと。セリエAのデビュー戦で注目を浴びるようなゴールを決めた森本がカターニャでその実力を発揮する機会が、今後さらに増えて欲しいものである。

固定リンク | | コメント (0)


« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »