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2006年12月

秋田と京都はベストマッチ!

2006/12/31(日)

京都サンガが、グランパスからDF秋田豊を獲得した。
これはきわめて賢明なことだと思う。
京都は今シーズンJ2に降格し、J1とJ2を行ったり来たりする“ヨーヨーチーム”になってしまった感がある。
もしも、去年の今の時期に秋田くらいの質と経験を持つ選手を獲得していたなら、ムダなゴールを与えることなくJ1に残留できていたかもしれない。

秋田は私好みの選手。闘争心溢れるセンターハーフ。彼はまさにイングランドスタイルのディフェンダーそのものだ。
自ら見本を示し、相手のセンターフォワードに己の存在を見せつけ、90分間の1対1の戦いも厭わない。
そしてチームの勝利に大きく貢献するのだ。

秋田の京都移籍は双方にとって良いことだ。
京都は彼の経験と貢献を得ることができ、秋田は現役としてまた新たな1年を迎えられる。
そして秋田にとっては、コーチとしての道も開けてくるのではないだろうか。
秋田の持つ知識と能力は、チームメイトにも大きな力となり得る。

もちろん、J2での1年は長く辛い。
京都のコーチ陣は決して若くない秋田の体のことも気づかわなければならない。
ケガや出場停止は、長いマラソンレースの中で大きな代償となり跳ね返ってくる。
秋田がシーズンの全試合に出場できるとは考えにくい。

しかし京都にとっては、彼がそこにいるというだけで違うはず。
それがピッチであろうがベンチであろうが、来季のサンガにとって秋田の存在は大きな価値があるのだ。
空中戦に強い彼の周囲には、こぼれ球を拾えるスピードのある選手が必要となってくるだろう。
これも京都には有意義なことだ。
若手選手たちには、秋田と一緒にプレーをすることは活きた勉強ができる素晴らしい機会となる。
秋田の、ピッチ内外でのプロ意識。これはチームにかけがいのない効果を与えるはずだ。

秋田は、これまでも日本サッカー界に大きく貢献してきた。
そしてさらに、J2での彼の存在は多くのサッカーファンに感謝されることだろう。

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ACLではフロンターレにも注目を

2006/12/28(木)

浦和レッズばかりが注目されるのは、現時点では至極当然のことである。
初めてリーグ・チャンピオンの栄誉を獲得したし、天皇杯でも勝ち進んでいる。また、ギド・ブッフバルトはまもなくシュツットガルト(ドイツ)に帰ってしまうし、闘莉王はJリーグのMVPに輝いた…。
しかし、川崎フロンターレにも注目して欲しい。
勇猛果敢な戦いぶりでレッズに次ぐ2位となったフロンターレも、来年のアジアチャンピオンズリーズに日本の代表として出場する――しかも、グループリーグを勝ち抜き、ベスト8に進出する可能性が高い。

組合せ抽選の結果、レッズがグループEでシドニーFC(オーストラリア)上海申花(中国)そしてペルシク・ケディリ(インドネシア)と同組になったのに対して、フロンターレはグループFでバンコク・ユニバーシティ(タイ)アレマ・マラン(インドネシア)全南ドラゴンズ(韓国)と対戦する。
大会の規定はタフなもので、準々決勝に進出できるのは各グループの1位チームだけ。したがって、とりこぼしは許されない。

しかしながら、フロンターレにグループリーグを勝ち抜ける力があるのも確かだ。フロンターレは、J1の他のどのチームとも似ていない、独自のプレースタイルを持っており、私はアジアチャンピオンズリーグでもこのスタイルを維持して欲しいと思っている。
フロンターレには、チームのバックボーンを形成する大柄な選手が何人かおり、さらに前後左右に展開するスピードと中村憲剛を中心とする細緻な中盤がある。フィジカル的に劣るチームとの対戦――たとえば、大宮アルディージャ戦――では情け容赦なく攻め立て、相手を屈服させるのだ。

来シーズンのチャンピオンズリーグでも、とくに韓国のチームを相手にして同じような戦いぶりを見せれば、その動き回るスタイルは相手にとって脅威になるかもしれない。フロンターレが全南とのホーム戦、そしてアウェー戦でもエンジンを全開にして戦うのを見るのが楽しみである。グループ1位は、この両チームで争うのが確実だ。
アウェーでの条件や環境の違いに苦しむこともあるかもしれないが、それでもフロンターレならバンコク・ユニバーシティとアレマ・マランを一蹴できるはずである。

1つ、確かなことがある。レッズとフロンターレはともに、来年のアジアチャンピオンズリーグに全力で挑むだろう。なんといっても、この大会の先には、FIFAクラブワールドカップという、おいしいご褒美が待ち受けているのだから。

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パーフェクトなタイミング 〜宮本の移籍〜

2006/12/25(月)

12月23日発:宮本恒靖と三都主に、エキサイティングな1年がやってくる。
海外移籍が噂されて数シーズンが過ぎたいま、ようやく彼らの望みが叶うのだ。
2人はオーストリア1部リーグのザルツブルグでチームメートとなる。

ジョバンニ・トラパットーニとローター・マテウスが率いるザルツブルグは、エナジードリンクで有名なレッドブルがスポンサーをしている。
つまり、チームには潤沢な資金がありツネとアレックスにかなりのサラリーを払うことができるというわけだ。
彼らにとっては環境を変える素晴らしいチャンスだし、美しい国でサッカーができるうえ、フィリップ・トルシエが言っていたように、日本を出て経験をつむことで人間としても成長できる。

闘莉王にポジションを奪われ日本代表から外れた宮本にとっては、ガンバを去ることで失うものは何もない。移籍は十分納得できる。
彼には十分資格があるし、きっと素晴らしい日本のサッカー大使であり続けてくれるはずだ。
経済学を学び、選手としての経験、そして語学力を活かして、ゆくゆくは日本サッカー協会という巨大企業を引っ張っていく存在に? それとも日本代表監督?
おそらく、彼の思いのままだろう。
ガンバに残留したとしても、宮本にはもう得るものが何もない。
2005年にはリーグチャンピオンになったし、今年も惜しいところまでいった。そう、彼のオーストリアへの移籍は完璧なタイミングと言える。

アレックスについては、彼の移籍は日本のすべての左サイドの選手にとって良い刺激になるだろう。
イビチャ・オシム監督は、ここまでヨーロッパ組の選手たちのライフスタイルや体内時計を狂わせることを避け、Jリーグの選手を中心にメンバーを選んできていた。2007年、このポリシーは変わるかもしれない。
オシム監督は7月のアジアカップに向けてチームを作っており、海外から数名の選手を呼び戻し、新しい構成のチームへとまとめあげるかもしれない。

とはいえ、オシム監督はすでにアレックスのことを知り尽くしている。呼び戻される選手の中には入ってこないだろう。
むしろ、オーストリアで落ち着くまでの数ヶ月、アレックスは向こうに残す方が良いのではないだろうか。
そして、代表チームでプレーできる新しい左サイドを探すべきだろう。
すでに駒野がいるのだが、オシム監督はグランパスの本田、ガンバの家長、さらにはレッズの相馬を試してみる可能性がある。
相馬は浦和レッズのアレックスの後釜。彼は2〜3年前にヴェルディで注目を浴びた頃のフォームを取り戻す必要がある。

来年どこへ旅行しようか迷っている皆さん!
ザルツブルグはいかが?

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2人のディフェンダーの受賞

2006/12/21(木)

ディフェンダーが個人として最高の栄誉を獲得する時代になったようである。
このような賞はフォワードや花形のプレーヤー、ゴール・ゲッターに贈られることがあまりに多く、ディフェンダーの価値ある仕事は報われないことが多かった。
ディフェンダーという仕事はファンタジスタに比べて派手なものではなく、したがって新聞の見出しになることもそれほどない。だからと言って、ディフェンダーが評価に値しないというわけはない。

そういうわけで、今週の2つの賞の受賞者発表は私にとって喜ばしいものとなった。FIFA年間最優秀選手がファビオ・カンナバーロに贈られ、さらに我らが闘莉王がJリーグMVPとなったのである。
私にとっては、どちらの受賞も自然で、当然なものだった。
ディフェンスが重視されたたワールドカップにおいて、カンナバーロはイタリアのなかでもはっきりと際立っていた。カンナバーロは、ここ何シーズンか私が高く評価していた選手で、世界中のどの監督であっても、彼がいるチームで指揮を執りたいと思うだろう。カンナバーロはタフで、人を惹きつける、生まれつきのリーダー。空中戦でも、地上の混戦にも強い。

カンナバーロはレアルで成功していないと言う評論家もいるかもしれないが、個人的には、そんなことはあまり関係ないと思っている。なんと言っても、2006年はワールドカップ・イヤーであり、ドイツで起こったこと――あるいは起こらなかったこと――が、1年の象徴になるべきだ
それゆえ、カンナバーロがジダンやロナウジーニョを差し置いて選ばれたのは、当然のこと。
カンナバーロがジダンやロナウジーニョより優れたサッカー選手なのか? もちろん、そうではない。しかし、カンナバーロは自分のポジションで立派な仕事をしたし、本当に大事なときに最高のプレーをしたのである。

同じことが闘莉王にも当てはまる。
少し前にこのコラムで書いたように、闘莉王はどのチームでプレーしてもそのチームの中心人物となる選手で、今シーズンは浦和レッズのシンボルとなっている。
ドイツでのワールドカップの直前、日本外国人スポーツ記者協会にギド・ブッフバルトを招いた夜のことを、私は決して忘れないだろう。ゲスト・スピーカーのブッフバルトは、「闘莉王は日本最高のディフェンダーであるが、ここ2年間、ジーコからレッズの選手について聞かれたことはなかった」と語った。
闘莉王がドイツ行きの飛行機に乗り、オーストラリアとクロアチアを相手に奮戦したらどうなっていたか、と私は今でも思う。

もっとも、あれは遠い昔のことであるし、闘莉王はイビチャ・オシムが率いる日本代表で長く活躍することが期待されている。私は、彼が日本代表のキャプテンに任命されるべきだと依然として考えているし、オシムがそうしなかったのが少し不思議でもある。
総じて言えば、カンナバーロと闘莉王の受賞はサッカーにとって良いことである。

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バルサ 〜完璧な勝者〜

2006/12/18(月)

12月15日・東京発:バルサで良かった。特にロナウジーニョがいて良かった。
木曜夜、雨の横浜スタジアムは素晴らしい一夜となった。
試合開始当初、私は少々不安だった。
というのも、6万2000人もの観衆が集まったスタジアムだったが、盛り上がりにイマイチ欠けていたからだ。
ハーフタイムに入っても、観衆はまるでシンフォニーオーケストラのコンサートに来たかのようにおとなしく、スタジアムは相変わらず静かなまま。
それが、試合終了のホイッスルが鳴った時、スタジアムはようやく“サッカースタジアムはこうあるべき”という姿になっていた。観客もやっと盛り上がり、バルセロナファンはプライドに満ち、バルセロナファンでない人々もバルセロナの素晴らしいプレーに感嘆しきりだった。

試合は、後半に入るとFIFAクラブワールドカップの準決勝というより、エキシビジョンマッチの様相を帯びてきていた。
バルセロナはメキシコからやってきた相手に華やかで、素早い攻撃をしかけ、完全に試合を支配した。
そんな中で生まれた最初のゴールは、ロナウジーニョのヒールパス、イニエスタの複雑なプレー、そして正確無比なグドヨンセンのフィニッシュ。それはもはやサッカーなどというものでなく、緑のカンバスに色とりどりのペイントで美しく仕上げた、芸術品のようなゴールだった。

私のお気に入りのラファエル・マルケスが2点目をヘッドで押し込み、まるで赤ん坊からキャンディーを奪うくらい簡単なヘディングシュートだったとでも言うかのように、親指を吸うセレブレーションポーズを見せた。
そして、3点目は多くの観衆のお目当てでもあったロナウジーニョ。
ルーズボールをペナルティエリアで拾い、冷静さとテクニックをもっていともたやすくボールにカーブをかけ、コーナーに決めた。
まさに個人技の極み。
そして、ゴールを目前にしていかに落ち着き、いかに集中するか、全選手のお手本となるプレーだった。

そして4点目。これ以上何を言うべきだろうか?
ペナルティエリアのわずかに外の混戦からボールを奪ったロナウジーニョから、パスを受けたデコが相手陣内コーナーまで素晴らしいドライブ。迅速をもってなるバルサのカウンター、そしてデコの教科書通りの素晴らしいドライブ力を見せ付けられた。
デコのプレーは本当に素晴らしかった。彼のボールコントロール能力と試合を見る目は、クラブ・アメリカのディフェンスを翻弄し続けた。

ロスタイム再びロナウジーニョが巧みなドリブルから放った絶品のチップシュートがクロスバーに当たるシーンがあったりと、試合はハイテンションのまま終了。
その頃には、観客は試合開始時の静寂から一転、惜しみない賞賛の拍手を選手に送ったのだった。
数年にわたりトヨタカップの試合を見てきたが、チームが観客に活力と情熱を与えることは容易なことではない。
ところが、バルサは素晴らしいサッカースタイルでそれをやってのけ、日曜日の決勝にむかって大会を盛り上げてくれた。
試合自体やゴール以外に強烈に私の印象に残ったのは、試合開始時と試合終了時の歓声の違い。
ピッチ内外を問わず、まさにバルサの完勝というべきだろう。

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ホイッスルのあとの情熱と感動

2006/12/14(木)

Jリーグは、その短い歴史のなかに数多くのものを得てきたが、昇格/降格を決めるプレーオフ以上のものはない。
昨シーズンは、ヴァンフォーレ甲府が圧倒的なスタイルで柏レイソルを降格させるという、センセーショナルな結果となった。甲府は、2試合を連勝。ホームで2−1で勝ったあとの日立台でのアウェー戦では、バレーが6ゴールを挙げるという爆発ぶり――実際には10点とってもおかしくないくらいだった!――で、6−2で勝利した。

今回は、前回に比べてゴールの数はそれほど多くはなく、2戦合計で2点だけだったが、ドラマ性はきわめて高く、結果的にヴィッセル神戸がアビスパ福岡に代わってトップリーグ入りを決めた。
感極まったような三浦アツの表情、涙を流す両チームのファンのアップ、シーズン当初にアビスパを解雇され、今は神戸を昇格させ、感慨にひたる神戸の松田浩監督。なんという筋書きだろう!

終了間際には、ゴール前の大混戦もあった。ボールがあらゆる方向を行き来し、まるでピンボール・マシンのようだったが、最終的には神戸がボールをゴールから掻き出した。
あのボールが入っていれば、両チームはそれまでの位置、つまりアビスパはJ1に、ヴィッセルはJ2に留まることになっていたのである。これがこの競技の魅力。9ヶ月間の努力の末にある、最後の運命の数秒間によってすべてが変わってしまうことがある。

最終的には、アウェーゴール・ルールにより、スコアが同点の場合はアウェー戦のゴールが2倍になるため(読者のほとんどがご存知なのはわかっているけれど、念のためにね!)神戸が昇格を決めた。
後半、近藤がヴィッセルのゴールを決めてからというもの、アビスパはひたすら奮闘した。2ゴールが必要になったからだ。
1ゴールは得たが、もう1つがどうしても奪えず、試合終了のホイッスルが吹かれると歓喜と絶望のシーンが生まれた――このときのテレビの放送は満点と言えるもので、サッカーという劇場のなかに留まり、その劇場のなかで生まれたドラマを余すところなく伝えていた。

皆さんがどうなのかは分からないけれど、私は、試合終了のホイッスルの直後にCMが入り、ビデオ再生とスタジオでのおしゃべりが流されると本当に腹立たしい気分になる。
選手たちがピッチを去るところ――あるいは場合によっては、ピッチに倒れこみ、その場で思考する、ドルトムントでの中田英寿のような姿――を見たいのだ(ところで、中田英寿は今もあの場所にいて、サニーサイドアップ(編集注:中田の所属事務所)がトレーに食事を乗せて運び、ブンデスリーガのチームが中田の邪魔にならないようにプレーしているという噂は本当なのだろうか?)。

繰り返すが、私は試合終了のホイッスルのあとのシーンが見たいのだ。選手たちのユニフォームの交換、ファンへの感謝、ファンの怒りから逃れるために走り去る姿…ここには、FIFAの会長のゼップ・プラッターがいつも言っている、サッカーの情熱と感動――しかも、戦いが終っているのに!――がある。
J1とJ2のプレーオフは、素晴らしいアイデアであり、長いシーズンの棹尾に味わう刺激だ。
それから、フェアプレーをした両チームを祝福したい(まあ、それなりに。第1戦ではアビスパが時間稼ぎをしたし、第2戦ではヴィッセルがそれを行なった。とくに、パク・カンジョがシューズの紐で演じた茶番は、間違いなくレッドカードに値するものだ)。

忠実で、騒々しいファンを持つアビスパがJ1からいなくなるのは寂しいが、ヴィッセルや他のチームの例を見てもわかるように、君たちはすぐに戻って来られるのだ。

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バレーがレッズに…Jストーブリーグ噂話

2006/12/11(月)

12月9日発:誰が残り、誰が去り、そしてまた誰がやってくるのだろう?
日本のサッカーにとって面白い季節がやってきた。クラブが選手や監督を解雇し、そして来季のチームを強くしてくれる(あるいはそれほど助けにはならないかもしれない)選手を探す時期が来たのだ。

鹿島は積極的に動いており、パウロ・アウトゥオリ監督、ベテランの名良橋、本田、そしてブラジル人のフェルナンドとアレックス・ミレイロがチームを去る。監督とジャーンが去るFC東京も、積極的だ。
ちなみに2〜3年前、私は、ジャーンは来日外国人選手の中で最も優れた選手で、若手の見本になるだろうと思ったものだ。彼はリスクもなく、闘争心あふれるセンターハーフ、そして毎週90分間をフルで戦えるからだ。

大宮アルディージャでは、ベテランのブラジル人選手、トニーニョが(12月2日に)Jリーグ最後の試合を戦った。また、天皇杯後には三浦俊也監督がチームを去り、おそらくコンサドーレ札幌の監督となる。
これは、これから話すことと共に、私が先日聞いた噂である。
#ヴァンフォーレ甲府のブラジル人ストライカー、バレーが浦和レッズに移籍
#大宮は三浦監督の後任としてピム・ファーベックの弟を起用

先にも述べたが、これらはあくまで噂。実現するかどうかわからない。
イギリスのジャーナリズムではこういう事を“凧を飛ばす”と言う。
どうしてかって?
ある凧は空高く舞うが、しかしその一方、地面に落ちる凧もあるからだ。

バレーの獲得はレッズにとってまたとない補強。来季のアジアチャンピオンズリーグに向けた、クラブの意欲を示すことになる。間違いなく、レッズはバレー獲りに動く。
そして、“アジア版のUEFAチャンピオンズリーグ”を真剣に勝ちにいくレッズを、日本中が応援することだろう。
ワシントン、ポンテ、山田、達也、そして永井がいるとはいえ、ミッドウィークの試合、そしておそらくオーストラリアでも、レッズはとにかく攻撃力が必要となる。

先ごろ、私はさいたまスタジアムでバレーのプレーを見た。
彼は非常に好調で、大柄なわりにスピードがあり、ボールを持たせると危険な選手だ。
まっすぐでそしてポジティブ、さらにこぼれ球をネットに押し込むのに最適なタイミングで最適なポジションにいるのだ。
バレーがレッズに移籍したなら、チームの戦力を落とすことなくワシントンにかかる負担を軽減できる。
そして、守備を薄くしても攻撃しなくてはならない時には、ポンテを後ろに控えさせ、彼ら二人にトップを張らせることもできるのだ。

レッズファンにとって、来年はアジアにも彼らの“ブランド”が広がりとてもエキサイティングな一年になることだろう。
もちろん三菱は、市場開拓のためにアウェーゲームでも十分にプロモーション活動を行なうだろう。
バレーがレッズに(ガンバも彼に触手を伸ばしている)移り、そしてピム・ファーベック元大宮監督の弟が大宮の監督になる。
現時点では、これらはまだ噂の段階だ。
我々としては、どの凧が空高く舞い上がりどの凧が地面に激突するか、これは待って見るしかないだろう。

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サッカーはシンプルに!

2006/12/07(木)

シーズンが終わろうとしているときには、議論の余地のない事実がいくつか明らかになる。
たとえば、浦和レッズが日本で最高のチームだということ。34試合を戦ったあとの順位表は、嘘をつかない。また、ワシントンとマグノ・アウベスが、それぞれ26ゴールを挙げ、得点王に輝いた。

しかし、他のランキングについては、正直言って、私はあまり注目してはいない。たとえば、アシスト王。それから、先日あるサッカー雑誌で読んだ「ゴースト(goast)」ランキングと「ゴールキーパーの防御率」。
ゴーストに防御率? サッカーの話なのか、野球の話なのか? とくに、この2つはどうしたものか。
アシスト・ランキングについては、悪いけど、私はこれを統計とはみなしていない。この数字は、アシストした選手ではなく、ゴールを挙げた選手に左右されるから、実態を反映したものとは言えないからだ。

たとえば、中盤の選手がドリブルで5人を抜き去り、ストライカーに素晴らしいパスを出して、ストライカーがシュートを外した場合。ゴールが生まれなかったのだから、アシストも記録されない。
その一方、ある選手がチームメートに短い横パスを渡し、そのチームメートがゴール前30メートルの位置からゴール上隅に強烈なシュートを叩き込むこともある。ゴールは賞賛されるべきだが、その得点者に55メートルのパスを送った人間にもアシストが記録される。

だから、私はアシスト・ランキングを不公平だと考えているのだ。アシスト・ランキングに反映されるのは得点で、選手のクリエイティブな才能ではない。アシスト・ランキングの上位にいる選手に才能がないと言っているのではない。もちろん、彼らは才能に恵また選手だが、ランキング自体は、アシストする選手ではなく、ゴールを決める選手によって決められるのだ。

「ゴースト」ランキングは、ゴールとアシストをプラスとしたもので、それゆえに「ゴースト」と呼ばれている。まったく、よく考えるものだ! このランキングは、以前にアイスホッケーで見たことがあるが、サッカーにはないものだった。英国人の感覚で言えば、アシスト・ランキングと同じように、このランキングもとても北米的な発想である。
ついでに書いておくと、ゴースト・ランキングのトップは、ともに31ポイントを挙げたジュニーニョとワシントン(フロンターレの選手は20ゴール・11アシスト、大柄のブラジル選手は26ゴール・5アシスト)だった。

さらに、ゴールキーパーの防御率というものもある。これは、1試合あたりにキーパーが許した平均ゴール数だ。面白いものだが、あまりにもアメリカ的で私の趣味ではない!
ああ、サッカーはもっとシンプルなものだったのに。「浦和レッズ3−2ガンバ大阪」といったようなものが、私にとって唯一知る必要のあるデータなのである!

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ある街の物語

2006/12/04(月)

東京・12月2日発:一方では、涙と怒りをあらわにした横浜フリューゲルスの選手たちがJリーグに別れを告げたのは、それほど昔のことではなかったように思える。
それは1998年の終わり。Jリーグを日本スポーツ界の頂点に押し上げたバブルがはじけた後の、三ツ沢スタジアムでのことだった。
しかしまた一方では、それは遠い過去の話のような気もする。
Jリーグは当時まだ2ステージ制だったし、J2もなかった。クラブはとうに峠を過ぎた選手たちに、それこそ馬鹿げた給料を払い(パウロ・フットレ、フリューゲルス・1998年)また、入場料収入が非常に少なじ時期に、ビジネスセンスが欠如しているとしか思えないような投資(セザール・サンパイオ、ジーニョ、そしてエバイールのトリオに1000万ドルを投資した――確かに彼らには才能はあったが…)をしていた。

1999年。フリューゲルスは消滅し、横浜マリノスは横浜F・マリノスとなった。その後、フリューゲルスの灰から横浜FCが誕生。2001年にJFLからJ2に参入してきた。
そして来る2007年、横浜FCはJ1に昇格し、横浜・Fマリノスとダービーマッチを戦うことになる。
これは驚くべきサクセスストーリだ。

今年のJ2の優勝争いは激しかった。
レイソルとヴィッセル神戸がペースを掴んでいたように見えたが、終盤に失速。横浜FCがあっという間に彼らを追い抜き、優勝してしまった。
2006年シーズンの最終日、横浜FCは栄冠を一身に浴びていた。その一方で、神戸と柏はJ1昇格の残り1枠を賭け、またセレッソもしくはアビスパとのプレーオフを避けるべく戦う(編集注:12月2日時点)。

横浜FCの復活は、チームや応援し続けたサポーターたちの勝利だけでなく、Jリーグ、そしてサッカー界の勝利でもある。
ピッチの内外を問わず、優れたチームマネージメント(高木琢也監督の功績はもちろん大きい)と、ハングリーな選手たち、経験豊富な真のプロフェッショナルが揃えば、チームは無理なくゴールを達成できるのだ。
とは言え、チームの誰もがこう言うだろう。まだ始まったばかりだ、と。
基礎はできあがったが、ただそれだけなのだ。
J1で確固たるポジションを築き、それを長期にわたり維持するために、横浜FCは、来季、さらにその先に向けて難しい選択をしていくことになる。

佐藤工業が撤退し、全日空がマリノスに移ってフリューゲルスは消滅した。
これはJリーグにとって苦い経験だった。
横浜FCは、これらの苦い経験から学んだのだ。そしてリーグの未来は良いものになるだろう。

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