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2006年8月

小笠原の完璧な移籍タイミング

2006/08/31(木)

ついに、小笠原満男の活躍の場が日本からイタリアに変わることになった。
ここ数シーズン、この中盤のプレーメーカーにはずっと移籍のうわさが出ていたが、月曜日、小笠原は日本から1年間のレンタル移籍をするメッシーナに旅立った。
彼が海外を目指すのは、わかる――それに、急いで日本を出たがることも。

結局のところ、彼に残された選択肢はそれほど多くはなかった。確かに、鹿島に残り、日本代表に招集されるのを待つというテも、あるにはあった。
しかし、すでに直近2回のワールドカップでプレーしており、オシムから声がかからない現状では、小笠原は自身の代表選手としてのキャリアは終わったと感じているにちがいない。チャンスがあるのにイタリアに渡らないテはない。おそらく、最後のチャンスに。
今の状況での移籍は完璧なタイミング。日本代表に残るためにクラブに好印象を与えなければならないというプレッシャーもなく、小笠原が新たな環境で成功する条件は整っているのである。

代表チームについて言えば、オシムのポリシーにより多くの選手たちが将来についてより慎重に考えるようになり、選手たちはヨーロッパのクラブからのオファーにも簡単に飛びつかなくなると思う。
オシムがJリーグの選手の能力に信頼を寄せているのは明らか。彼は、日本でプレーすることはヨーロッパでプレーすることに比べて不利にはならないと事あるごとに立証している。
若手選手たちは、オファーが来た場合にはこのオシムの姿勢も慎重に考慮しなければならないが、小笠原はこの分類には入らない。
彼はすでに代表チームで一定の評価を受けており、いまさらアピールするものもないし、失うものもない。
小笠原はイタリアでリラックスし、プレーを楽しめばよいし、小さな子どもを含めた家族たちとの新しい生活に慣れ親しむことだけを考えればよい。そして、日本代表としての遠征や苦労については、考えないようにしてもいいだろう。

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ミッション・インコンプリート。マリノスを去った岡田監督

2006/08/28(月)

東京(8月26日)発:いずれにせよ、岡田武史監督は辞めざるを得なかったようだ。
彼の指揮する横浜F・マリノスの状況は悪くなる一方。チームの早期再建の見通しがつかない。
そうして、水曜日にホームで大宮に1−2で敗れた後、結局、岡田監督は辞任した。

私は復活したFC東京と石川直宏を見に国立へ行っており、三ツ沢には行かなかったのだがテレビで試合のハイライトを見た。
松田がPKを決め同点に追いついたものの、試合終了間際に吉原に決勝点を決められてしまった。
テレビに映し出された岡田監督の姿には、完全に手詰まりとなった様子が表れていた。
だから、翌日彼の辞任が発表されても驚きはなかった。

マリノスを去る岡田監督には、おそらく仕事の達成感はないだろう。
2003年、2004年とリーグ優勝を果たしたものの、アジアレベルではアジアチャンピオンズリーグ優勝を逃した。
今シーズン、私は岡田監督の将来について度々考えていた。
98年ワールドカップ・フランス大会で日本代表を指揮し、マリノスでリーグを2度制覇した彼の未来は、結局のところ、落ちるしかなかったのではないか…。

おそらく、彼はしばらく解説者として現場から離れるのではないだろうか。
J1昇格を目指すJ2のクラブからJ1優勝を目指すクラブまで、彼を欲しがるクラブは多いはずだ。
岡田監督は自分の道をしっかりと歩くタイプの人間。
自分のやりたい事が現れるのを待つだろう。
メディアの注目から逃れるため、札幌で弱小J2チームの監督を引き受けた時のように“荒野”へ身を投じることを願うかもしれない。
2007年のシーズンはきっとそうするのではないだろうか。
監督就任の要請は事欠かないが、しかし彼は、新たなチャンレンジを急いではいない。

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闘莉王こそキャプテンの器

2006/08/24(木)

就任間もないイビチャ・オシム日本代表監督に、次期キャプテンは誰かという質問が投げかけられた。
キャプテンというものは新しい選手たちのグループから自然と生まれ出てくるものだが、当面は、経験豊富で尊敬もされている川口能活がキャプテン・マークを着けることになるだろう、というのがオシムの返答だった。

さて。その後2試合が行なわれ、長期にわたってキャプテンを任せられる選手が私なりにわかったように思う。
もちろん、それは闘莉王!
まあまあ、確かに彼はまだ日本代表で2試合しかプレーしていないさ。だけど、それがどうした。闘莉王は生まれついてのリーダー。ブルー(それからレッド)を愛し、ピンチを救うためならレンガの壁だって突き破って駆けつけてくれるだろう。
ポジションも完璧にキャプテン向きで、日本代表の前のキャプテンである宮本、そして井原と同じ。現在のイングランド代表でも、同じポジションのジョン・テリーがキャプテンを務めている。
私は、2010年に南アフリカで開催されるワールドカップの優勝チームのキャプテンとしてキング・デビッド(ベッカム)の後任となるのはジェラードよりテリーのほうがふさわしいと常々思っていたし、闘莉王を見ているとテリーを思い出してしまうのだ――まあ、2人のサラリーの差(推定)はおいといて。

オシムには他の選択肢もある。ヨシ(川口)をそのままキャプテンに据えても良いし、ジェフの主将・阿部勇樹を昇格させる手もある。また、他のレッズの選手、坪井または啓太(鈴木)にキャプテンを任せることもできる。
だが、闘莉王は代表チーム内の他の誰よりも存在感があるし、オシムのチームでスタメン入りが確実視されているのも、ここでは重要な要因だろう。

また、キャプテンを務めるのは闘莉王本人にとっても良いことだ。闘莉王は自身に負わされた責任を楽しむだろうし、他の選手の手本となり、みんなが協力して最大限の力を発揮し、たとえ上手くいかない場合でも決して頭を垂れないようメンバーを鼓舞するだろう。
そう、闘莉王こそが宮本の後継者となるべき男。サウジとイエメンでのアウェー2連戦では、私の願望がぜひ実現して欲しいものだ。
さらに言えば、彼は2010年ワールドカップでもまだ29歳。センターバックとしてピークを迎えているのである。

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成長した松井、代表入りは目前

2006/08/21(月)

東京発(8月19日):日本代表のイビチャ・オシム新監督が、ドイツで打ちのめされた代表チームを再建しはじめたいま、国内を活動の基点としている選手たちに注目が集まるのはきわめて当たり前のことだ。
しかしオシム監督は、ヨーロッパでプレーしている選手たちのことを忘れてしまっているわけではない。彼らもチームの建て直しに必要なのだ。
ただし、“誰が?”そして“いつ?”に関しては別問題。その疑問の答えは近いうちに得られるだろう。
とは言うものの、私が耳にする唯一の名前は、“松井大輔”である。

先週土曜日の夜、私はテレビでルマンの試合のハイライトを見たのだが、松井は絶好調のようだった。そのプレーは速く、自信にあふれており、2〜3人のディフェンダーをドリブルで抜き去るプレーを数回見せ、すっかりチームのMFの要となっているようだ。
事実、彼は私の大好きな選手の一人。そのプレーはイングランド代表でニューカッスルに所属していたピーター・ベアズリーを彷彿させた。
ビアズリーはケビン・キーガンやクリス・ワドルと並んでマグパイズの中核を務め、また、イングランド代表では多くのゲーリー・リネカーのゴールを演出した。ビアズリーはスピードがあり、また、賢い選手だった。
バランスやコントロールにも優れ、背の低さに見合わないタフさも持っていた。
キーガンとよく似たタイプの選手だったが、彼よりも天賦の才を備えていた。

皆さんご存知のとおり、松井はジーコ監督の代表チームの選考からは外れた。
しかし、それは必ずしも悪いことだったとは思っていない。
当時、彼が代表チームから漏れたことを私は驚きとして受け止めたが、ニュースとしては巻の代表チーム入りの方が大きく扱われた。
オシム監督はヨーロッパでプレーする選手たち全てを見捨てたわけではない。
そして松井は彼のリストのトップに入っているに違いない。
松井はJリーグ時代と比較して大きな成長を見せているし、規律と責任感に溢れている。
つまり、彼はチームのためにプレーしており、彼自身のためにプレーしているのではないのだ。
そしてさらに、フランスで多くの大切な事を学んできた。

日本代表の次の試練は9月にアウェーで行なわれるサウジアラビア戦とイエメン戦。それらの試合は新生日本代表にとって厳しいテストとなるだろう。
個人的には、オシム監督がこのままJリーグの選手に目を向け、より日本らしいチームに育ててくれることを望んでいる。
次のアウェーでの2試合をとおして日本代表に何が欠けているのかを見極め(おそらく彼は既にわかっているだろう)、それからヨーロッパ組の状況に目を向けることができる。
そう、松井の代表招集は時間の問題だ。

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ジェフの選手の招集は当然の評価

2006/08/17(木)

イビチャ・オシムがイエメン戦の日本代表メンバーにジェフの選手を4人選んだことを“サプライズ”とする人はいないだろう。
また、選ばれたジェフの選手たちは代表チームに値しないと言う人もいないだろう。
4人のうちの2人、巻と阿部は、A3チャンピオンズカップ後の招集が確実視されていた。巻は2006年ワールドカップ(W杯)でもプレーした――ただし個人的な意見を言えば、もう少しプレーさせて欲しかった。巻はオーストラリア戦の60分過ぎに投入すべきだった。そのときには高原と柳沢は明らかに疲れきっていたし、まだ試合をモノにすることができる状況だった。そう、つまり、日本が勝っていたということだ。

阿部はW杯前の数ヶ月間、オシムの求める全てをこなしていた。オシムは、自らのチームの若きリーダーのメンバー落ちを知らされたとき、苦い思いをしたことだろう。
したがって、巻と阿部の招集は十分に予想できた。しかし、羽生と佐藤勇人についてはそうではなかった。
もっとも、羽生と勇人はジェフの「駅伝スタイル」そしてスピリットの象徴的な存在。この2人は味方に引継ぐまで走り続け、決してあきらめず、その粘り強さと積極性でしばしば相手をも驚かす。
相手チームが自陣深くでボールをキープしているとき、羽生と勇人がプレッシャーをかけに行く姿を見てみると良い。2人は交代でミッドフィールドからダッシュし、まるでビックリ箱のように、あるいは自然ドキュメンタリーで観るハエトリグサのように相手に襲いかかるのである。観察、急襲、撤退――まばたきをする間にその一連の動きがなされる。

羽生の招集をとりわけ喜ぶだろうと思われるコーチに、アストン・ビラやセルティックを率いたこともあるジョゼフ・ベングロシュ氏がいる。「ドクター・ジョー」はジェフの監督を務めていた当時、夢中で羽生のことを話していたものだ。筑波大学を出た22歳の羽生ではなく、16歳の頃から指導できていたら、というのが、彼の叶わぬ望みだった。

勇人も、双子の弟の寿人と同じようにゴールがどこにあるかを知っている小柄な素晴らしい選手である。オシムのチームがイエメン戦でどんな試合をするのかはわからないが、巻とそのサポート役である達也(田中)と羽生で構成された3トップは、非常に魅力的だ。大胆な展開とすばやい動きが発揮されれば、イエメンのDF陣は今日が何曜日なのかも、あるいは自分たちがいるのが新潟なのかナイジェリアなのかネパールなのかもわからなくなってしまうかもしれない。
したがって、アウェーのイエメンはゲームをできるだけゆっくりと進めようとするだろう。日本を苦しめるのにはその方法しかないわけで、ホームの日本にとってはフラストレーションのたまる夜になり、スピードとともに忍耐も必要になるかもしれない。

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闘莉王、長谷部、達也…日本の“ライジングレッズ”

2006/08/14(月)

8月12日(東京発):水曜日、国立競技場に掲げられた横断幕の一つが全てを物語っていた。
「ライジングレッズ」
オシム・ジャパンはまだスタートしたばかりだが、浦和レッズの3人のプレーヤーは、彼らが新生オシム・ジャパンの中で重要な役割を果しえることを存分に見せ付けた。
ディフェンス陣では闘莉王が、積極果敢で強烈な守備をチームにもたらした。
彼は空中戦に強いだけでなく、ゲームをよく読み、タイミングよくパスをカットしてボールをクリアしていた。

闘莉王の前では、オシム・ジャパンの3人のMFの1人、長谷部がこれ以上の強化は必要ないと思われるほどのレベルの違いを見せつけた。その姿は若かりしロベルト・バッジョを思い起こさせるものだった。
彼はロベルト・バッジョのボールタッチ、技術、そして優雅さを持ち、さらにパワーと存在感も兼ね備えている。
昨年の天皇杯で彼のゴールを見たが、それはまさに1990年ワールドカップのチェコ戦でバッジョが見せたゴールの再現のようだった。
長谷部のパスは、シンプルなパスではない。
ただ単にボールを蹴るのではなく、まるでボールを愛撫する感じ。
前半に見せた右ウィングへの数本のパスは、彼のテクニックの美しい見本のようだった。
まだ22歳の長谷部は、これからもどんどん成長していってくれるだろう。

そして、田中達也。
彼の疲れ知らずの働きはゴールにも値する。
トリニダード・トバゴ戦でも、敵陣の奥深くまでよく走っていた。

フォーメーションについては、常に議論が重ねられ、意見の分かれるところだ。
今回私の見たところでは、4−3−3、いやもっと細かく分けると4−1−2−2−1を採用していた。
鈴木啓太をボランチに置き、我那覇の1トップ。そして山瀬と達也が彼をサポートする。
達也は我那覇と並んで2トップだったと言う人もいたが、私の見たところ、達也はやや下がり気味だったように思う。
だからこそ、時として鋭い走りこみを見せていたし、ボールを深い位置で受けてディフェンダーに挑んでいけたのではないだろうか。

もう一人の“レッズ”坪井は、ジーコ監督指揮下の代表の時よりも、より周囲に指示を出していた。
そして三都主は、駒野が後ろに控えているおかげでより自由に攻撃参加ができていた。
鈴木啓太は普段通り、ミッドフィールドの後方で落ち着いたプレーを見せていたが、彼には、特に後半に助けが必要だった。彼の補佐役は阿部がこなしてくれるだろう。
トリニダード・トバゴ戦はまさに“ライジングレッズ”を見せ付けた試合だったが、同時に紛れもなくこれは“ライジングジャパン”でもあるのだ。

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A3杯に意義はある、しかしタイミングが問題

2006/08/10(木)

火曜日の夜に東京で行なわれたA3チャンピオンズカップのジェフユナイテッド対ガンバ戦は、まさに優勝のかかった試合と感じさせる内容だった。
展開が速くて激しい試合で、両チームに意外な出来事や疑問に思うプレーがあった。
ご存知のとおり、最終的にはガンバが2−0で勝ったが、トロフィーと優勝賞金の40万米ドルを手にしたのは、ガンバでも、ジェフでもなかった。優勝は蔚山現代(韓国)。イ・チョンスの活躍が印象的だった。

A3は終わっても、私には複雑な感情が残った。この大会は開催する価値があるものなのか? それとも、お金は稼げるが、1年のスケジュールを台無しにし、Jリーグのシーズンを中断させるだけの、よくある大会なのか?
総合的に見れば、毎年開催するだけの価値はあるが、シーズン半ばに行なうべきではない。たとえば、3月上旬のプレーシーズンマッチにしたほうが、参加する3ヶ国にとって意味があるし、参加チームにとっても来るべき国内シーズンに備えてメンバーの微調整を行なう機会となるだろう。
今年、2006年大会の時期はまったく意味が無いもので、調整期間にしかならないイライラするような中断を再びJ1にもたらしただけでなく、日本代表のオシム新監督が強力な2チームから選手を招集するチャンスをも奪ってしまったのである。

ガンバ対ジェフ戦は、先月フクダ電子アリーナで行なわれたJ1の試合に続き、大阪のクラブが千葉のチームを返り討ちにした。
遠藤は、ガンバのヒーローから憎まれ役へと早変わり。最初はガンバの先制点となる素晴らしいフリーキックをゴールの下隅に決めた。しかしその後、図々しくもPKを得ようとしたある行為で、高価かつ恥ずかしい代償を払わされた(ペナルティ・エリア外でマグノ・アウベスが空中を飛んだあれは、本当にフリーキックをもらうようなものだったのだろうか? 私には、ペナルティ・エリアに進入しようとしたときの左足のドリブルが大きくなりすぎ、仕方ないから夜空に向かって跳び上がったように見えたのだが。リプレーを見れば私が間違っていたということになるのかもしれないが、フリーキックには思えなかった)。

その直後、阿部が元気な明神に接触したプレーで、審判はPKを与えた。遠藤はあまりにもリラックスした様子で、ゆっくりした足取りでボールをキック。まるでバックパッスのようなボールを立石に送り、簡単にセーブされてしまった。
韓国人審判はジェフにお返しをしなければならないとでも思ったのか、坂本がオリンピックの北島康介ばりのダイブを披露すると、ジェフにPKを与えた。それはアテネの北島も真っ青になるくらいのダイブで、金メダル級というか、金メダルを2つとれるくらいの見事な飛び込みっぷり! 審判がペナルティ・スポットを指差したとき、記者席で笑っていたのは私だけではなかった。
もっとも、阿部が蹴ったPKはボールが神宮球場まで届くのではないかという、大ホームランとなった。

試合自体は、ガンバが2−0でリードしていても当然の展開。1−1でもおかしくはなかったのだが、PKの失敗が2つあったため、依然としてガンバが1−0でリードしていた。サッカーとは、なんてすごいゲームなんだろう!
状況打破を任されたのは播戸。目を見張るようなダイビングヘディングシュートがバーの下をくぐりゴールに入った。
播戸は最近のリーグ戦でも「フクアリ」でゴールを挙げている。そのときも、右足で下隅に蹴りこんだ、なかなかのフィニッシュだった。
来週のイエメン戦に備え、オシムがジェフ、ガンバ、アントラーズの選手の招集を考えるのなら、播戸の代表入りもありえないことではないだろう。

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代表チームのムードを変えるオシム

2006/08/07(月)

8月5日発:わずか13人の選出だったが、オシム・ジャパンにとってエキサイティングなスタートとなった。
5人は初代表、そして若手の再招集者が数人…、そしてなんと13人中6人が浦和所属。オシム・ジャパンはブルーでなくレッドに身を包み、“レッドサムライ”と“レッドフィーバー”と呼ばれるようになるのではないかと思うほどだ。
ドイツでの不完全燃焼を一掃するためにも、日本にはこうしたフレッシュなスタートが必要だった。日本に滞在する時間が長いオシム監督は、優秀な選手、チームに必要な強固なキャラクターを備えた選手を見抜く目を持っており、チーム再建に迅速に着手した。

個人的には、闘莉王が代表に戻ってきたのが嬉しい。まだまだ荒削りな闘莉王だが、ディフェンスライン、そして前線に上がった時のフォワードラインを、責任を持って強固なものにしてくれるだろう。
昨年12月の時点で、オーストラリアやクロアチア戦では体力的不安があるとわかっていながら、ジーコ監督はなぜ彼にチャンスを与えなかったのか、今でも私にはそれが理解できない。
闘莉王なら、オーストラリアとの空中戦も望むところだっただろう。
エリアで仁王立ちとなり、「こんなものか?」とオーストラリアのロングボールを待っている彼の姿が、皆さんの目にも浮かぶのではないだろうか。

さらに嬉しいことに、ジーコ監督がわずかな時間しか見なかった今野が代表に戻ってくる。
今野を起用せず、また育てもしなかったことは、ジーコの犯した最大の間違いの一つと言える。
ここ数シーズン、今野は明らかな可能性を見せていた。
しかしジーコは彼を無視し、若い彼の2年間の代表としてのキャリアを無駄にしたのだ。

小林大悟は、大宮で輝きを見せている。しかしオシム監督の下ではさらに走らなくてはならないだろう。さらに彼の選出は、中村俊輔の将来に大きな影響を与えるに違いない。
田中隼麿は4バックでもMFを5人起用するシステムでも、右サイドの経験が豊富だ。同じポジションの加地にプレッシャーを与えることになるが、オシム監督は加地を高く評価しており、今後もおそらく加地が第一候補だろう。
数年前、まだ隼麿がまだヴェルディにいた頃、当時のロリ・サンドリ監督が彼はいずれ日本代表の右サイドバックになるだろうと言ったが、それが現実になろうとしている。

長谷部は格の違いを見せている。また一方、我那覇はフロンターレの前線を牽引して好調なチームの原動力となっている。
A3チャンピオンズカップのために巻を招集できない今、オシム監督には高さが必要だ。我那覇はその高さをチームに与え、さらにはきっと、ゴールももたらしてくれるだろう。

ワールドカップ・ドイツ大会が終わり、ジーコ監督の下ですっかり腑抜けになった日本代表のムードを変える必要があったオシムには、結局のところ、明るく想像力のあるスタートが必要なのだ。

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フロンターレ、首位を行く

2006/08/03(木)

そろそろ、川崎フロンターレを正真正銘のJリーグ・チャンピン候補に加えても良いだろう。
今シーズンのフロンターレは一貫して良いプレーを見せているが、私には、まだタイトルを狙えるとまでは言いがたいところがあった。
理由はたった1つ。これまでこんな高い順位に到達した経験がないチームだったから、プレッシャーに対応できるかどうか疑問だったのだ。分かる人には分かるだろうが、フロンターレにはビッグな選手はいるが、ビッグ・ネームはいないのである!
しかし、全34節のうちの16節を終了した時点でもフロンターレは勝点34で首位を守っており、浦和レッズとガンバ大阪とは1差。また、4位の鹿島アントラーズには3差をつけている。
優勝争いは、この4チームに絞られただろう。それより下位にいる横浜F・マリノスやジュビロ磐田といった実績ある「ビッグ・チーム」のなかに、シーズン後半にチーム力を大幅にアップできるところはないように思えるからだ。

フロンターレの躍進は、日本のサッカーにとって良いことである。タイトルを狙えるチームが多いほど、リーグは面白くなる。
フロンターレは、自滅も崩壊もしないのではないだろうか。タフな選手が揃っているのは明らかだし、チーム・スピリットもチーム構成もしっかりしており、首位に立っていることでやる気も十分だろう。
ワールドカップ後のJ1再開以降の成績は、なかなかのもの。ただし、ホームで浦和に0−2で敗れた試合は、別にしなければならない…。私は等々力に何度も足を運んでいるが、このスタジアムに2万3,000人ものファンが入るとは思いもしなかった。しかし、浦和戦は例外的なイベントだった。レッズはたくさんのファンを引き連れて来ただけでなく、その魅力でホームチームのサポーターの足も等々力に運ばせた。
この敗戦の前後には、アウェーで鹿島を4−2、ホームでガンバを3−2で破るという見事な試合があった。さらに直近のアウェーでの大分戦は手堅く1−1のドロー。
駒場の浦和戦での大分のプレーを見たあとでは、アウェーでの引き分けはフロンターレにとって上出来だと思えるし、最後まで優勝を争える力があることを再認識させた試合だった。

しかし、戦いの再開は8月12日まで待たなければならない。J1の日程に、またもイライラさせる中断期間が組み込まれているからだ。ただし、再開後の試合は待っただけの価値があるものとなるだろう。等々力でのフロンターレ対マリノス。今度も満員になるのは確実だろう。

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