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ヒデとガッザ

2006/06/26(月)

ハノーバー(6月23日)発:ヒデが“ガッザの涙”を再現することになろうとは、一体誰が考えただろう。
人前で感情をめったに露にしない日本の“アイスマン”中田英寿は、イングランドのポール・ガスコイン、そしてチームの敗退で悔し涙を流したその他大勢の選手達とともに、その名を歴史に連ねた。

ガスコインは、1990年のワールドカップ・イタリア大会、準決勝のドイツ戦でのことだった。トーマス・ベルトルドへのファウルでイエローをもらい、仮に決勝進出を決めても累積警告で決勝戦に出られなくなったガッザの目から、とめどなく涙があふれ出た。
チームメイトのゲーリー・リネカーが、ベンチで悲観に暮れるガッザを気遣っていたその姿が忘れられない。結局、イングランドはドイツにPK戦の末に敗れ、ガッザの目には再び涙が溢れた。
しかし、彼の涙は国中の人々の心を掴んだ。そうして彼の人生はすっかり変わってしまった。

自己中心的な選手だとか、サッカー選手というよりビジネスマンだと言われ、イタリア、イングランドと渡り歩いたヒデもまた然り。
しかし、ブラジル戦終了のホイッスル後に見せた、中田の絶望ともいえる落胆の姿はこうした誤解を氷解させた。
チームメイト達がファンに挨拶をしてロッカールームへ消えていったその後も、センターサークルで横たわっている姿には心が痛んだ。

実は私は、中田が心身ともに疲れ果てているように見え、彼の健康を心配していた。
試合がブラジル優位に進んでいた後半半ば、中田浩二が投入されるとヒデはより前方へ上がっていた。日本が攻撃をしかけボールを失う度に、ディフェンスのヘルプで駆け戻るヒデのその姿が次第に辛そうに見えてきたのだ。
彼の体力はどんどん奪われ、ガス欠のまま走っているその姿は、まるで車の後ろでクビを振っているおもちゃの犬のようだった。

この試合、このワールドカップは、彼にとって非常に大きな意味があった。日本の1次リーグ敗退というフラストレーション、ブラジルを相手に日本が何もできなかったという事実は、非常に重かったに違いない。
中田はチームのことを考えているし、常にそうしてきた。ただ彼の場合、それが他の人と少し違い、多くの日本人にとって理解しがたいものなのだろう。
世の皮肉屋と疑い深い人たちに聞いてもらいたい。彼は日本のために精一杯戦った。1990年、ガスコインが帰国後ヒーローとなり伝説となったような評価に値するべきものなのだ。

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