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2006年4月

ベンゲルの考え違い

2006/04/27(木)

東京発(4月26日):アーセナル(イングランド)を欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝に導いた、アーセン・ベンゲル監督にお祝いを申し上げたい。
言うまでもなく、ベンゲルは今でも日本とりわけ名古屋で愛情を込めて思い出される存在であり、JFA(日本サッカー協会)が日本代表監督の候補に挙げているのも至極当然だ。
ベンゲルとはこれまで2度ほど話す機会があり、彼によると、日本代表監督の仕事は気に入るだろうけれど――時期尚早ということだった。日本代表監督の職はパートタイムの仕事。半ば引退した状態で受けるには良いが、まだクラブサッカーから身を引くつもりはないとベンゲルは言った。

アーセナルが初の欧州CL決勝進出を果たそうとしており、さらに由緒ある――しかし小さい――ハイバリーからGKのキックが届きそうな距離にある新スタジアムへの移転を間近に控えているなか、それは仕方のないことだと思う。それにベンゲルはレアル・マドリード(スペイン)の監督候補にも挙がっているらしく、日本で仕事をしている彼の親友によれば(分かった、分かった、スチュアート・バクスターのことだよ!)、今シーズン終了後にもレアルに行くかもしれないそうだ。
つまり、日本はベンゲルに指揮をとってもらうまでもう少し待たなければならないのである。おそらく、2010年の南アフリカワールドカップがJFAにとってより現実的な見通しなのだろう。

ベンゲルの力量は認めるが、ノースロンドン・ダービーで起きた出来事を巡る議論では、私は残念ながらベンゲルの側には立てない。アーセナルがハイバリーでスパーズ(トットナム・ホットスパーズ)と戦った、土曜午後のノースロンドン・ダービーは、その晩に日本でも生中継で観ることができた。
(状況を)簡単に説明すると、アーセナルの2人の選手がスパーズの選手と競り合おうとして衝突してしまったのである。この2人の選手、エブエとジウベルトはぶつかり合い、芝の上に倒れ込んでいたが、明らかに、頭と頭がぶつかるような深刻な事態ではなかったことは指摘しておかなければならない。
スパーズはプレーを続け、ゴールを決めた。ベンゲルは怒り狂った。スパーズがボールをピッチ外に蹴り出し、倒れているアーセナルの選手が処置受けられるようにするだろうと考えていたからだ。

個人的には、スパーズがゲームを続けたのは当然で、ベンゲルが相手側のマルティン・ヨル監督を批判したのは間違いだったと思う。
今回は、戦っている両チームの選手が強くぶつかり合い、そのいずれかが負傷したわけではない。事情はまったく違うのである。
しかしいずれにしろ、ボールをピッチ外に蹴り出し、選手が負傷しているか否かにかかわらず処置を受けさせようとするチームが、最近多すぎる気がする。
よくある光景だ…。あるチームがリードしていると、リードしている側のチームの選手が芝生に倒れ、時間稼ぎをする。それから、その選手のチームのGKまたはチームメイトがボールをピッチ外に蹴り出し、試合を止める。医療スタッフがやってくる。すると、なんとまあ、彼はまったくケガなんてしていないのである。これは現代サッカーに侵食している新しい形態の時間稼ぎの方法。反則すれすれのプレーだ。

試合を止めるのはレフェリーの仕事で、選手の仕事ではない。また私は、日本のレフェリーはもっと強い態度をとるべきだと思う。レフェリーはゲームを続行させ、「負傷した」選手に立ち上がるように告げるべきだ。あるいは、ボールをわざと外に蹴り出し、レフェリーの許可なしにゲームを止めた選手にはイエローカードを提示するべきである。
その後、リスタートのときにボールを相手チームに蹴り返してやるチームもあるが、それは親切の度が過ぎると思う。自分たちは負けていて、ゲームを遅らせた相手チームは隊形を完全に組みなおしているのだ。
最近は、一体誰がレフェリーなのだろう?

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三ツ沢での出来事

2006/04/24(月)

東京発(4月21日):MF山口から城へのFK、そしてカズのクロスを城がヘッドで押し込み、ゴール!
まるで過去の、とりわけ1998年ワールドカップが近づいてきた頃の記事のようだが、実はこれは火曜夜、三ツ沢競技場での出来事なのだ。

J2の横浜FC対ヴィッセル神戸戦のこと。スタジアムには観客が溢れ、隣接するマンションのバルコニーから人々が身を乗り出して覗いていた。
(いや、これは言い過ぎた。実際の観客数は3,286人。近くのマンションの住人がベランダから観戦しているのは、三ツ沢では毎度のことだ。でも、ここでは雰囲気を出したかったんだ!)

皆さんご存知のように、試合は城の2発のヘッドで横浜が2−1の勝利を収めた。1点目はオフサイドトラップを破ったキングカズの左からのピンポイントクロスに合わせたもの。2点目は、誰もがファウルだと判断してプレーが止まった間に決めた、物議を醸し出しそうなゴールシーンだった。ゲームは醜く、見ていて満足できるものではなかった。さらに、神戸にとっては、GK荻がボールをキャッチした相手GK菅野に突っ込むという、さらに酷い状況に陥った。

どちらかというとコミカルで笑いを誘うものだったが、腹を立てた菅野が荻を相手のペナルティエリアまで追いかけるという事態に…。そして横浜の選手(私はあまりの事に笑ってしまって誰だか見ていなかった)が荻を突き飛ばし、荻がレッドカードをもらう直前にはさらに数人の選手がその輪に加わった。
そのシーンは映画、“The Keystone Cops”やコメディ番組の“Benny Hill Show”のような、皆が皆を追いかけるといったもの。しかし試合終了のホイッスルが鳴った時、ヴィッセル陣営では誰一人として笑ってなかった。
それでも全体的に見ると、元フリューゲルズのスター三浦淳宏がキャプテンとして地元に帰ってきたし、カリスマ的存在のスチュアート・バクスター監督、そして彼の新たなアシスタントのラファ・ベニテス…いや、ファン・ペドロ(次回は気をつけて見て欲しいのだが、スタンドから見るとペドロ・コーチはリバプールのスペイン人監督に瓜二つだ)が揃っていて、ファンにとって入場料は惜しくないはずだ。

試合前、私は高木琢也監督と少し話をした。彼は横浜FCでの新しい仕事、幸運にも恵まれ上向きのチームについて非常に冷静に、現実的にみていた。
彼は私にMF内田に注目するよう言った。背番号は「10」。私は勝手に、彼はファンタジスタに違いないと思ったのだが、高木監督は首を横に振り、内田は二つのペナルティエリアの間を走りまわるだけでなく、常に得点を狙っていると語った。
私は尋ねた。「それじゃあ、ランパードみたいな感じですか?」
「そうですね、リトル・ランパードといったところかな!」。
高木監督はそう答えた(内田は身長166cm、体重58kg)。

J2ではここ最近、たくさん試合が行なわれている。J1の日程と都合がつく限り、J2の試合も見るだけの価値が十分ある。

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ツネのストッキング、俊輔のレガースくらいは…

2006/04/20(木)

土曜午後の等々力陸上競技場、フロンターレ対アルディージャ戦の観客のなかに、名古屋グランパスエイトのセフ・フォルフォーセン監督がいた。
彼は、次の土曜日に名古屋がホームで対戦するフロンターレの偵察に来ていたのだが、少し言葉を交わしただけで有益な情報をたくさん仕入れていることがわかった。
フォルフォーセンは、日本のサッカー全般、さらには日本人選手についてとても面白いコメントを発した。

彼の言うことはもっともだと思えるもので、正直言って、私も過去に同じような思いを抱いたことがあった。まさに、日本サッカー界の新参者が、まだはっきりと残っているヨーロッパでの記憶と比較して真っ先に気がつく事柄だ。
彼が指摘していたことを記してみよう。
基本的にフォルフォーセンは、選手たちがサポーターへの対応に十分に時間を割いていないと感じている。夜にパーティを開けというのではなく、練習や試合後によくあるような状況での応対をもっと良くしろといっているのだ。

「選手とファンの間に大きな溝があるように思うんだ」とフォルフォーセンは言い、その溝を埋めるのは選手の責任だと付け加えた。
それから、彼は実例をいくつか挙げた。
練習後、選手たちは豪華なSUV車に駆け込む前に少しだけ時間をとり、どんな天気でも数時間も待っているファンにサインをしたり写真撮影をしても良いのではないか。
また試合のあと、ファンがチームのバスから10mしか離れていないところにいても、選手たちが無視することも多々あるという。

フォルフォーセンはヨーロッパでプレーするある日本選手の事例も紹介した。その選手の名前はここでは書かないが、クラブで彼が練習するのを見るためにわざわざやって来た、日本サポーターの小グループを無視して通り過ぎて行ったそうだ。
「すこし傲慢に見えたね」とフォルフォーセン。
私も、このような例を代表チームで、とくにアウェーで見たことがある。2000人ぐらいの「代表ダイハード」な人々(ちょっと待って、このフレーズはマーケティング的な価値があるかもしれない…商標登録しておいたほうが良いかもしれない!)が、多額のお金を払い、長い距離を旅して、ボーイズ・イン・ブルーを応援しに来ているのに、試合後にはあっさり無視されるのである。
選手たちはどうしてサポーターたちのところに駆け寄り、手を振らないのかと不思議に思うことがよくある。おみやげの1つや2つ、投げてやってもいいじゃないか。
ツネのストッキングや俊輔のシンパッド、ヒデの手袋…JFA(日本サッカー協会)なら、彼らの少しの出費を補填してやるなんて簡単なことだ!
もちろん、フォルフォーセンはすべての選手がそうだと言っているのではないし、例外もあるだろう。彼は第一印象を一般化して話しているだけで、良い点をついていると私も認めざるをえない。

Jリーグの試合後、選手たちは結果(勝ち・負け・引き分け)に関わらず、ファンに儀礼的におじぎをするが、もっと感謝の念や感情を表に出しても良いのにと感じる。
「サポーターを尊敬しなければならない」とフォルフォーセンは言う。「サポーターがいなければ、プロサッカーは存続できないのだから」。
さあ、選手たちよ…。次の機会には本当にファンのことを思っていることを示し、ファンにストッキングや手袋を投げてやってくれ――そうすれば、ファンはもう片方のストッキングや手袋をゲットして一揃いにするためにまたやって来るのだ!

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バティ、スーケル、そして“ヤマゴール”

2006/04/17(月)

東京発(4月14日):日本の有力なフォワード達がスタイルを真似すべきゴールゲッターを探すとしたら、それは彼らが想像しているよりもずっと身近にいるだろう。
そう、そのゴールゲッターは日本でプレーしている。しかも、そのゴールゲッターは日本人なのだ!

私のこの意見に、皆さんは驚かれるかもしれない。その選手がジーコ監督のもとで、日本代表として頻繁にプレーしていたと聞けば更に驚くことだろう。
まだ、分かりませんか?
それは、山田暢久をおいて他にない。浦和レッズの万能DFの彼は、水曜夜に駒場で行なわれたナビスコカップ、アビスパ福岡戦でその卓越した得点能力を再び見せ付けてくれた。
アビスパの右サイドのMF平島からボールを奪うと左へ切り込みGK神山の守るゴールへボールを叩き込んだのだ。クール!
GKまで凍らせてしまう山田。“アイスマン”と呼ばれるべきだ。
しかし、ここ最近で彼の見事なゴールを見たのはこれが最初ではない。その前にも、叩き込むのではなく、デリケートなタッチで、まるで撫でるかのように見事なゴールを決めている。

私は山田のゴールでUEFAのテクニカルディレクター、アンディ・ロクスバーグ氏との会話を思い出した。彼は1998年フランスワールドカップ時のスコットランド代表監督だ(日本代表監督就任直前のフィリップ・トルシエ氏が、アフリカのサッカーについて素晴らしいスピーチをしたそのセミナーでの出来事である)。
日本はアルゼンチン、クロアチアに0−1で敗戦。さらにジャマイカにも1−2で敗れ、1次リーグで敗退していた。ロクスバーグ氏は、アルゼンチンにバティストゥータ、クロアチアにスーケルがいるという事実は別として、これらのチームとは少し違いがあると語った(実際にはこれは非常に大きな違いだ)。

「世界のトップストライカーを見ると良いよ」。ロクスバーグ氏は言った。
「ゴールを挙げるチャンスを得た時に、いかに彼らがリラックスしているかを見るんだ」。「日本のFWを見てみるとね、彼らは急ぎすぎているんだ。チャンスが来るとパニックに陥りチャンスを逃してしまっている」。

もう8年も前の事になるが、そんな内容の会話だった。
水曜日の夜にロクスバーグ氏が駒場にいて、山田の美しいゴールを見ていたなら、彼はきっとこう思っただろう。
『ワォ!日本のストライカーも1998年に比べて随分と良くなったものだ』

水曜は黒部と並んでトップでプレーした山田だが、ご存知のとおり、彼は決してストライカーではない。
4−4−2では右サイドバック、3−5−2では右ウィングバック、そしてトップ下と、山田はこれらのポジションを全てこなしてきた。しかし彼がFWとしてプレーするのを見たのは今回が初めてだった。
この夜、山田はGKとの1対1であっさりゴールを決めた。バティストゥータやスーケルがそうしたように…。
そう、最高のゴールだった。
かつてバティストゥータのゴールが“バティゴール!”と呼ばれたように、レッズの新たなスコアリングセンセーションを“ヤマゴール!”と呼ぼうじゃはないか!

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マリノス、駒場で不発

2006/04/13(木)

横浜F・マリノスは一体どうなってしまったのだろう?
ここ数日で私はマリノスの試合を2度観たのだが、控え選手を含めたチーム力は申し分ないのに、どうしても優勝するチームには見えないのだ。
もっとも直近の試合は、土曜日の浦和駒場スタジアム。
相手は大宮アルディージャ。レッズの出ていないJリーグの試合を駒場で観るのは、なんともおかしな気分だった。
いつもロビーで試合前のタバコを吸っているアシスタントコーチ、ゲルト・エンゲルスはどこに行ったんだ? 右サイドを駆け上がる野人はどうしたんだ?

マリノスも、おかしな気分になっていたに違いない。モチベーションも危機感も欠けており、1−2の敗戦もまったく当然と言えるような内容だった。
敗戦後の岡田武史監督は不機嫌きわまりないといった様子。そのため、私は英語で話しかけるのを遠慮した。彼の英会話能力は全く問題ないのだけれど…。私は彼が通り過ぎるのを静観し、あまり近づかないようにした!でも、彼が悪いわけでもない。

彼が指揮する、高給のスター選手たちは地味な大宮に苦汁を飲まされた。そのプレーぶりは野次を浴びせかけられた、試合後の大規模な「アウェーの洗礼」も当然と思えるようなものだった。
あれだけのメンバーが揃っているのだから、マリノスにはだらしないプレーに対する弁解の余地などないはずである。
松田、栗原、中澤が強固な3バックを形成。22歳の栗原は、ドイツワールドカップ(W杯)後の日本代表に招集される可能性がある有望選手だ。空中戦に強く、彼の左右に位置する2人の「達人」から多くを学ぶことができる。
中盤もバランスが良い。右サイドには田中、左サイドにはドゥトラがおり、中央では上野とマグロンが下支えし、吉田が久保とマルケスという2人のストライカーと連携するのを助ける。
ただし、吉田は少し線が細く、インパクトのあるプレーがあまりないため、フォワード2人があまり有効に機能できていない。
久保は、大宮のまずい守備に乗じて得意のヘディングでゴールを決めたものの、あまり目立つシーンはなく、体調は100%の状態からは程遠いようだった。ドイツW杯で久保に大きな期待を寄せるであろう日本代表のジーコ監督にとって、今の久保の状態は悩みの種になっているに違いない。

マルケスはクレバーな選手だが、日産スタジアムでFC東京と1−1で引き分けた、先週の試合での伊野波のマンマークが軽いトラウマとして残っているように見えた。マルケスはまるで伊野波が自分の肩の上にいると感じながらプレーしているようで(そのときには同じ県内にもいなかったのに)、まったくゲームに溶け込むことができなかった。
いつも元気な坂田と獰猛な大島はペナルティボックスエリア内では危険な存在だが、岡田監督のチーム自体が単調で無気力なプレーを見せているため、終盤に起死回生の働きを見せることができなかった。
中澤と久保は代表チームのことを考え自重しているのかもしれない。もしそうなら、マリノスファンはW杯後のリーグ戦再開までにレッズにあまり大差をつけられないよう、ひたすら願うしかないだろう。

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イングランドと対照的な静かな日本の代表監督候補報道

2006/04/10(月)

東京発(4月7日):現時点で日本と、イングランドの共通点はなんだろうか?そう、ジーコ監督とスベン・ゴラン・エリクソン監督はワールドカップ(W杯)終了後、二人とも辞任する。すなわち、両国ともに新しい監督を探しているということだ。
イングランドの新聞には、このスウェーデン人監督の後継者に関する記事がほぼ毎日溢れているが、一方、日本の新聞は非常に静かだ。
そこで今回は、外部からではなくサッカー界内部の色々な情報源から最近得た情報をもとに、少しゴシップを提供しよう。

最も直近に聞いた話によると、日本サッカー協会(JFA)の川淵三郎キャプテンは日本人監督を採用する考えに傾いているらしい。最有力候補は、西野朗氏だそうだ。
アトランタオリンピックの代表チームを率いた彼には、ガンバを昨シーズンのチャンピオンに導いたという大きな実績がある。さらに、もしJFAがオリンピック代表とA代表の両方を兼任させようとするならば、色々な年齢レベルでの選手達の質を知る人間を選択するのは理に叶っている。
事実、W杯後に2年契約で日本人監督に2007年アジアカップと2008年北京オリンピックを任せるというのは理屈に合う。さらにいうなら、仮に外国人監督の有力候補が2006年に日本に来られないとしたら(例えばベンゲル監督のような)日本のことを全く知らない、ゼロからスタートしなければならない監督にお金を使う必要はない。

とにかく、直近で私が聞いた話では川淵氏はどうやら西野監督を推しているようだ。
外国人監督に目を向けてみると、前リバプール監督のジェラール・ウリエ氏はJFA技術部に尊敬されていることはよく知られた話。しかし彼がそう早くリヨンを去るとは考え難い。
もう一人の名前は、高い評判を得ながら昨シーズン終了後に鹿島を去りブラジルで監督をしている、前アントラーズ監督のトニーニョ・セレーゾ氏である。ブラジルでは監督の交代は日常茶飯事なので、それについては問題ないが、ブラジルのチームに対するJFAからの補償金だ。
また、前アルビレックス監督の反町氏がオリンピック代表の指揮を執ると考えている人は多いようだ。もしこれが事実なら、日本は2007年アジアカップまでの1年契約だとしてもA代表の監督が必要になる。それは誰だろう? オシム氏? いや、西野氏? それとも岡田氏?
皆の話では、JFA技術委員会は今月末までに候補者のリストをまとめて川淵キャプテンに提出するらしい。
日本のマスコミがイギリスのマスコミが日常に書くような憶測を盛んに書き始めるのは、それからになるだろう。

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巻のチャンスはどれくらい?

2006/04/06(木)

ワールドカップが近づけば近づくほど、私には、巻誠一郎がドイツに行くのではないかと思えてならない。
ただし、「弾丸ツアー」の1ファンとしてではない。
23名の日本代表の1人として、ドイツに行くという意味だ。FIFA(国際サッカー連盟)指定の最終登録期限が5月15日という早めの時期に設定されており、代表メンバーはそれ以前にジーコにより選出される。

さて、データを見てみよう。
第一:巻は体調に問題がない。完璧な状態といって良いほどだ。つまり、全く故障を抱えておらず、毎週のゲームに出場しているのである。
第二:試合への対応が万全だ。ピッチでは動きが切れているし、ゲーム勘も冴えている。
第三:毎週90分間プレーしている。
第四:ゴールを挙げている。今シーズンは、Jリーグの6試合で3ゴールを記録している。

通常は、上記のような要素が揃っていてもさほど特別なことではない。
しかし、日本代表のFWは普通の状況にはないのだ。巻のライバルで、上記の要素すべてにチェックマークが入る選手は何人いるだろう。
柳沢は負傷。久保は復調の途中でいつ壊れるかわからない状態。高原はハンブルガーSV(ドイツ)の控えメンバー。(鈴木)隆行はベオグラードの霧の彼方。マジョルカにいる(大久保)嘉人はジーコのレーダーの射程外。玉田は昔の姿を取り戻そうと苦闘中。大黒はフランスの草サッカーのようなレベルでプレーしている。

他に、誰かいたかな?
ああ、そうだ、佐藤寿人がいた。エクアドル戦のゴールは鮮やかだったし、ゴールに負けず劣らず見事なクロスを供給したアレックスも、2年間の沈黙の後、ようやく再点火の兆しが見え始めた感じだった。
日本代表“C”チームで彼の相棒である巻を除けば、佐藤はすべての要素にチェックマークが入る唯一の選手である。

土曜日、私は巻が出場した等々力でのフロンターレ対ジェフ戦を観た。
展開が速く当たりの激しい試合で、午後の間ずっとタックルが飛び交っていたが、レフェリーの穴沢努氏の試合コントロールは素晴らしかった。このレフェリーは、見え透いたダイブ(たとえば、ジュニーニョのやったようなもの)と純粋な転倒の違い、そして正当なショルダー・チャージ(伊藤が巻にやったようなもの)とプッシングの違いをわかっており、ゲームの進行をできるだけ妨げないようにしていた。
フロンターレのスリーバックは箕輪、寺田、伊藤の身長がいずれも180センチ以上――佐藤羽生が勇人の肩の上に立ったときと同じ高さ――あり、「バスケット・スリー」と呼んでも良いほどだが、このトリオがあまりうまく活用されていない。
しかし、巻は試合中ずっと疲弊した状態で、ストッキングをずり下ろしながら走り回り、チームの2−2の引き分けに貢献した。
試合後、ジェフのオシム監督に話を聞くと、「どんなチームにも、それが日本代表であっても、巻のような選手が不可欠だ」と語った。
オシム監督によれば、代表チームでの巻は、たとえばハーフタイムか残り30分くらいのところで途中出場させ、疲れの見える相手DFをかき回す役割を与えると最も効力を発揮するそうだ。

「3年間まったく故障なし。奇跡だ!」。
「とても勇気があり…タックルもできる…テクニックはそれほどすごくはないが、チームに対する思いは、とてもとても強い」。
これが、巻に対するオシムの総評。
私は、前述したさまざまな要素を考慮して、巻にチャンスが来るのではないかと考えるようになっている。
しかし、ジーコはどう考えているのだろう?

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ドイツ人とソーセージ、そして梶山

2006/04/03(月)

東京発(3月31日):ピッチ上やベンチの中を除いて、Jリーグの試合で外国人の姿を見るのは稀だ。
時にはエージェントが自分の担当する選手をチェックしに来たり、ヨーロッパのクラブのスカウトの姿を見ることもある。

先日、等々力陸上競技場でブンデスリーガ、ボルフスブルクのチーフスカウトであるウールリッヒ・モー氏に会った。
彼が言うには、誰か特定の選手を見に来たというわけでなく、Jリーグのシーン全般、そしてギド・ブッフバルト監督、イビチャ・オシム監督に会いに来たらしい。
水曜日にはナビスコカップの予選リーグ、レッズ対FC東京戦を見るため駒場スタジアムに来ており、試合後、私は彼と話をした。
モー氏は日本のチームのスピード、攻撃力、前方への動き、そして日本人選手の技術に感心したと語った。また、ヨーロッパのサッカーを教えられる若い選手の獲得に興味を示していた。
彼は、誰が良い選手なのか尋ねてきた。それで私はFC東京の徳永、今野、伊野波の名を挙げたが、彼はより創造的で攻撃的な梶山のプレーが気に入ったようだ。
私がまだイギリスの新聞社で働いていたなら、すぐにでもノートパソコンを取り出し記事を書き始めるところだ。

『ブンデスリーガのボルフスブルグ、FC東京の若きテクニシャン梶山陽平の獲得へ』
『チーフスカウトのウールリッヒ・モー氏が水曜日の浦和戦に出場した20歳の若手実力派MFを視察。チームは彼に100万ポンドを用意する準備がある』
『FC東京は才能ある若手選手の放出を渋っているが、梶山はすでにドイツ語のレッスンをスタート。ソーセージとザワークラウトを毎食たべ、ブンデスリーガでの生活に向け準備を始めている』

イギリスのサッカーライターなら、試合後の何気ない会話にこんな記事で反応するだろう。しかしこんな記事が実現する可能性だってあるはずだ。
だって、梶山の名前(実際はナンバー23と彼は言っていた)を出したのは私ではなく彼なのだ!
とはいえ、日本人DFがヨーロッパに移籍できるチャンスは明らかに多くない。東欧出身の190cmクラスのFWがペナルティエリアに潜む、タフでフィジカルなブンデスリーガでは身長が高いことは絶対条件だからだ。

「レッズのナンバー2(坪井)が良いね」。以前の試合を持ち出し、モー氏は言った。
「彼はスピードもあるし、積極的でテクニックもある。だけど身長があと10cmあったらね…。ドイツではやはりDFには長身の選手が望まれるんだ。MFやストライカーは、コーチしやすい若くて優秀な選手が良い」。

日本にも長身のDFがいないわけではない。例えばマリノスの中澤や松田は背が高いし、また、フロンターレのDF陣はピッチから出るとまるでバスケットボール選手のようだ。しかし、より創造的な選手の方がヨーロッパのスカウトの目に留まるチャンスは多いことは間違いない。
梶山は20歳、MF、身長180cm、体重は75kg…。ちょっと待てよ、私は記事を考えていたのだ。

『バイエルン・ミュンヘンはマンチェスター・ユナイテッドに移籍するミヒャエル・バラックに代わる選手としてFC東京の1000万ポンドクラスの実力派MF梶山陽平を…』

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