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2006年2月

優勝候補のレッズ、そして数チームが後を追う

2006/02/27(月)

最後の最後、土壇場でガンバ大阪が接戦を制し優勝を遂げた、2005シーズン最終戦のようなドラマを、Jリーグは今年も再現できるだろうか?
最終節を残して5チームに優勝のチャンスがある。こんなシーンにお目にかかることはないだろう。しかし、かと言って、イングランドのチェルシー、イタリアのユベントス、スペインのバルセロナ、そしてドイツのバイエルン・ミュンヘンのような、いわゆる“スーパーチーム”、ダントツの独走でタイトルを手中に収めるようなチームはない。

先日、ジェフのイビチャ・オシム監督と話をした。彼は、8〜9チームはコンスタントなプレーで上位争いをし、そして、そのうち3〜4チームが優勝争いをするだろうと予想しているらしい。
昨季はガンバが勝点60で優勝し、レッズ、アントラーズ、ジェフ、そしてセレッソが同59と、わずか1ポイント差の中に5チームがひしめいていた。
今季はと言うと、さらに2つの優勝経験チームがタイトル争いに加わるだろう。
「今、横浜とジュビロが非常にいいね」。オシムは言った。「当然だけどね」。

(ガンバ大阪の)西野朗監督もオシムと同じ考えだ。彼は、レッズとマリノスが今年のガンバにとって最大の脅威になると考えている。
西野監督は、昨季のマリノスとジュビロはアジアチャンピオンズリーグ(CL)の影響が大きすぎたと感じている。両チームは6試合多く戦い、ミッドウィークの試合のために広い大陸を行ったり来たりしなければならなかったからだ。
アジアCLに関わったことが、彼らに肉体的、そして精神的負担を与えたことは疑うまでもない。今年12月に開催されるFIFAクラブ選手権(FIFAクラブワールドチャンピオンシップ)への出場権を得られるとは言え、(横浜F・マリノスの)岡田武史監督はアジアCLに参加しなくても良いということにホッとしていることだろう。
岡田監督は余計なストレスや面倒とは無縁のJリーグチャンピオンとして、FIFAのこのイベントへの出場資格を獲得することを選びたいだろう。

私は以前、ガンバが優勝するだろうと予想したが、今回はそうは予想しない。
彼らはアジアCLに出場しなければならないだけでなく、昨季驚異の49ゴールを叩き出したアラウージョと大黒がいないのだ。
昨季、ガンバにタイトルをもたらしたのは彼らの攻撃力。守備力ではなかった。マグノ・アウベス、播戸、そしてフェルナンジーニョのFW陣の攻撃力は、2005年のFW陣のそれとは程遠い。右サイドの加地、そして明神がミッドフィールドの中央を抑え、おそらくディフェンスはよりタイトになるだろう。

優勝の最有力候補は、小野、ワシントン、相馬、そして黒部を新たに迎え入れたレッズだ。
しかしオシム監督が言うように、1つのチームが独走するようなことにはならないだろう。私もそう思う。

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『小笠原に恋して』

2006/02/23(木)

先日、私は1年前に英国で買った“David Beckham Annual”(「デビッド・ベッカム年報」)を読んでいた。
「デビッドの記念日」という見出しの下には、1996年8月17日の金字塔的偉業が記録されていた。
「セルハースト・パークでのウィンブルドン戦、デビッドはハーフラインあたりから衝撃的なゴールを決め、その名を知らしめた」と日誌には記されている。
「そのゴールが決まったのは、2−0でユナイテッドがリードした試合の終盤。ベックス(ベッカムの愛称)はこう回想する。『キーパーのニール・サリバンが前に出ているのが見えたので、ロブで頭を越そうと決めたんだ。それからは、みんなが言うように、歴史になっちゃったね』」。

なんとなく「デビッド・ベッカム」が「小笠原満男」に見える。
そう、土曜日のフィンランド戦で小笠原が見せたロングシュートは、ベッカム級だった。実際には、ドンズ(ウィンブルドンの愛称)を相手に決めたベッカムのシュートより良かった。小笠原のシュートのほうがもっと距離があったからだが、もちろん、マンチェスター・ユナイテッドがプレーするイングランド・プレミアリーグの試合ではないので、世界中の多くの人がこのシュートを見るというわけにはいかない。

日曜日の日本のスポーツ紙や一般紙は、実際の距離を決めかねていた――50mと報じるところもあったし、55mも、57mも、58m、さらには60mというのもあった。しかし、距離の判断はどうであれ、各紙のメッセージは明らかであった。エコパと日本は、疑いようのない才能を持った1人の日本人選手が放った、真に驚異的なゴールを目撃したのである。
右足でシュートを放ったとき、小笠原は自陣にいた。前述のケースのベッカムと同じように、彼もキーパーが8mほど前に出ていることに気がついた。彼のキックは、完璧と言うしかないものだった。

タイガー・ウッズがフェアウェイから打っても、あれほどピンにピタリとつけることはできなかっただろう。小笠原が美しく浮かせたボールは、まさに正確かつ精密。
あの状況下では、フィンランドのGKを批判することはできない。GKの身になってみれば分かる。1人の日本人選手が日本側のハーフでボールを受け、前方にフィードする態勢にある。FWへのロングパスなら、GKはゴールエリアから飛び出して割って入る備えをする。しかし、GKは不意にそのボールがパスではないことを悟った。ボールが強く蹴られたからだが、背後にスペースはほとんどない。GKは後ずさりしてゴールラインを死守しようとしたが、バランスを崩し、バーの下に落ちてきたボールに触れることもできなかった。完璧だ!
そう、GKを責めるのは酷というものだ。GKのせいにすれば、小笠原の素晴らしさが少し色あせてしまうではないか。

1996年、その衝撃的なゴールを足がかりとし、ベッカムはスーパースターへの階段を駆け上がった。スケールこそ小さくなるが、小笠原の信じられないようなゴールも日本サッカーの歴史にずっと刻まれることだろう。
映画『ベッカムに恋して』は世界中で放映された有名な作品だが、今回、小笠原があの長い距離からゴールネットに突き刺したベッカム・スタイルのシュートは、映画のタイトルを『小笠原に恋して』にしたほうが良いと思わせるようなものだった。

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小倉の引退決意

2006/02/20(月)

先日、とある短信が目に留まった。それは小さな記事だったが、私は大きなショックを受けた。
記事の内容は、小倉隆史がJリーグから引退するというものだった。
扱いが小さい理由は明白。現在32歳になる小倉は2002年以来J1でプレーしていないし、それ以前から存在感を失いつつあったからだ。

私は1995年の天皇杯準決勝、鹿島アントラーズを5−1で粉砕した試合で2得点を挙げた、若く絶好調だった小倉についてのアーセン・ベンゲルのコメントが忘れられない。
当時、香港から東京に来ていた私は、その試合が見たかったし、1994年の秋にUAEのアブダビで会って以来ご無沙汰だったベンゲルにも会っていろいろと話をしたかった。94年に会った時のベンゲルは、ちょうどモナコを離れ、グランパスの監督に就任する前だった。
試合後の記者会見で小倉について聞かれたベンゲルは、“彼が望むだけ”良くなると言った。世界最高レベルで成功するにあまりある小倉の才能を理解していたベンゲルからの、最高の賛辞だった。素材と素質はすでに持っている。あとは姿勢と意欲があれば良いのだと、ベンゲルは小倉を評した。

しかし。プロサッカーというものは時として非常に残酷である。わずか2ヶ月後の1996年2月、マレーシアで行なわれていたオリンピック代表チームの合宿で小倉は膝に重傷を負い、残りの予選、そしてアトランタ五輪の欠場を余儀なくされた。
小倉の復活は絶望的と見なされ、1999年にグランパスを去ると、小倉はジェフ、ヴェルディ、札幌と渡り歩き、2003年からは甲府でプレーしていた。
“レフティ・モンスター(左利き/左足の怪物)”と称された小倉は、左利きの日本人選手史上最高の選手の一人として、いつまでも記憶に残るだろう。たくましい体、183cmの長身、彼は全てを持っていた。しかし怪我のために自身の持てる可能性を開花させることなく終わってしまった。

94年5月のキリンカップ。スター選手がひしめくフランスを相手に日本は1−4の敗戦を喫したが、小倉は日本唯一のゴールを決めた。そして、そのシーズンには就任1年目のベンゲル率いるグランパスのフォワードとして37試合で14ゴールを挙げた(天皇杯は5試合で5ゴール)。

記事を読んだ数日後、土曜夜のサッカー番組に出演している元気な小倉を見た。
彼がどれだけ偉大になれたのかは、もう誰にもわからない。しかし彼は自身のキャリアを通して、自身の才能に見合うだけの正しい姿勢と強い意欲を持っていたことを十分に証明した。
そして、これこそベンゲルが望んでいたことだったのだ。

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未来のために、伸二は後ろに

2006/02/16(木)

米国戦で、ジーコがワントップの後ろの位置に小野伸二を起用したのは、まあ、勇敢だったし、大胆であった。
しかし、試合に出られるほど体調が整っていなかったのを割り引いたとしても、伸二が聡明で、創造的かつ攻撃的な選手であった時代が終わったのは明らかだった。
現在の伸二は、縦横無尽に動き回る魅力的な選手という、かつてのイメージから離れ、中盤の底の将軍、保護者、支援者、提供者となっている。見た目は若者だが、老人のような配慮ができる選手になっており、日本にとっては中盤のエンジンルームに欲しい選手。前線では彼の資質を十分に発揮できないかもしれない。

もっとも、この試合でジーコが3−4−2−1のフォーメーションで久保の後ろに小野と小笠原と並べ、彼が前線でプレーするのを見たかったというのも分かる。
スピードがあり、仕上がりもモチベーションも十分な米国を相手に、日本は前半にリードを奪われ、さらに後半早々に追加点を許したが、その問題がシステムにあったとは私は思わない。
個人レベルで日本の選手が差をつけられ、圧倒されたにすぎないのだ。私は今でも3−4−2−1こそ日本がとるべき道だと思っている。そうすればジーコは中盤に6人の選手を配置でき、基本的に守備陣が5人(バックの3人と中央のミッドフィルダー2人)、攻撃陣も5人(ウイングバックの2人と2人のシャドーストライカー、それからもちろんセンターフォワード)というバランスの良い構成が可能になる。

ジーコは、最初の10分は良いプレーができていたと指摘していたが、まさにその通りだった。同じポジションにいた小野と小笠原の仕事は相手ディフェンダーに時間を与えず、プレッシャーのかかった状態にし、クリアするのが精一杯だと思わせること。
俊輔が復帰すれば同じ仕事をするのだろうけれど、2人のシャドーストライカーは前線で効果的な守備もしなければならず、大変な役割ではある。
伸二が後ろに下がったほうが良いと思う、もう1つの理由は、最近の故障から復帰したあと、長期的に体調を維持できるのかどうかということが、やはりジーコと浦和にとっての懸念となるに違いないからだ。

ワントップの後方の2人の攻撃的ミッドフィルダーは、中村や小笠原、さらには大久保や中田英寿のほうが良いとジーコが考えた場合、小野は中盤の底のミッドフィルダーのポジションを中田(英寿と浩二の両方)や稲本、福西、阿部、遠藤、それから今は長谷部(できれば今野も)と争わなければならなくなる。
クラブや代表における伸二の過酷なスケジュールを考え、彼が頑張り過ぎないよう、急ぎ過ぎないよう、願おうではないか。

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オシムの的外れな批判

2006/02/13(月)

ジェフユナイテッドのイビチャ・オシム監督のコメントは、いつも傾聴に値する。ただし、今週、中田英寿と中村俊輔を批判したのは少しやりすぎではないかと思う。
クロアチアの新聞のインタビューは、日本のメディアおよび日本の英字紙でもとりあげられたが、そのなかでオシムは、中田と中村はあまり働いていない、と発言したのである。
「ジーコは、中田と中村のせいで苦しむだろう。2人はクラニチャルのようには走らず、ボールを持つだけ」という、オシムの発言が引用されていた。彼は、クロアチアのゲームメーカーで、ズラトコ・クラニチャル代表監督の息子ニコ・クラニチャルと日本のコンビを比較していた。

ところで、私は先日、香港でクラニチャルを2度見た。彼は、毎年行なわれるカールスバーグカップで、メンバー落ちのクロアチアチームに入ってプレーしていた。
まさしく、クラニチャルは完成されたテクニシャンで、エレガントなボールさばきを見せ、攻撃を加速させるようなショートパスを数多く送っていた。
しかし、ボールを奪われることも何回かあった。原因は主に不正確なパス。動きが緩慢に見えることもあった。香港まで随行してきたクロアチアの記者たちと彼について話し合ってみたが、息子の方のクラニチャルはまだこれからの選手、というのが結論だった。

私の意見にみんなが賛成してくれたのは嬉しかったが、もちろん、ドイツでベストメンバーのクロアチアチームに入れば、クラニチャルははるかに良く見えるだろう。
中田、中村との比較では、中田のほうがクラニチャルよりはるかに力感があり、プレーのテンポも速い。スタミナも中田の資質の1つなので、私には、オシム――私が大いに評価しているコーチ――がなぜ、中田はあまり走らないと考えたのか、不思議でならない。

俊輔については、存在感があるのは認めるが、中田のような持続力がない。スコットランドでも後半にしばしば交代させられるが、理由はそのあたりにあるのだ。
中村の才能はあらゆるところで垣間見られる。その技術、その視野、そのパス、そしてなによりそのワールドクラスのフリーキック。とくに、現在のサッカーではフリーキックを過小評価してはならない。最高レベルの試合では、1つのセットプレーで勝敗が決まる場合が多くあるからだ。

クロアチアの新聞のインタビューで、オシムはいくつか面白い発言もしていた。
たとえば、ジーコは新しい選手を使おうとせず、クラブで結果を出していない選手にこだわり、攻撃を重視するあまりディフェンスのバランスにあまり配慮しないと述べていたし、個人に責任を委ねるというジーコのポリシーは日本人の気質には合っていない、とも言っていた。
ただし、中田と中村があまり走らないというのは、的外れである。

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やっぱり久保に期待

2006/02/09(木)

数ヶ月前の久保竜彦は、ワールドカップの日本代表を目指す競争から脱落したかのように見えていた。
しかし、新しい年がやってくるとともに、ジーコにその存在感を改めて見せつけるチャンスがやってきた。
今週、サンフランシスコで米国と親善試合を戦う日本代表には、ヨーロッパ組のストライカーが含まれていない。そのため、久保には自身の復調とチームにとっての価値をアピールする舞台が与えられたのである。
体調が万全なら、久保には何か特別なもの、何か違うものが、確かにある。

あらゆる日本人フォワードのなかでも、久保は空中戦で抜群の強さを誇っており、高いジャンプを持つ彼はつねに相手マーカーの脅威となっている。
また、フィジカルも強く、しかもペナルティエリア内を遠慮なく動き回るため、そのふてぶてしいプレースタイルはディフェンダーにとっては悩みの種である。
地上戦での久保は、予測不可能だ。次に何をするつもりなのか全く読めないのである。こんなありえないような位置から、強烈な左足でシュートを打つつもりなのか? あるいはパス? それともドリブルか?

久保の復帰により、ジーコは強固な相手ディフェンスの鍵を開く人物を手に入れることになる。また、今でも私は、2002年ワールドカップの代表選考で西澤ではなく久保を選ばなかったのはトルシエのミスだったと感じている。
日本のストライカーのリストを一覧すれば、ドイツ行きの席はまだ十分に余裕がある。鈴木、柳沢、高原、そして久保は、いずれも3−4−2−1の1トップとしてプレーできるが、もし久保の体調が良いことがわかり、しかも何点かゴールを決めたなら、久保の代表入りの可能性は大きくなるだろう。
これまで、私は久保を代表候補としては考えていなかった。その理由は、久保は故障のカタログのような状態で、2004年の9月以来、代表でプレーしていなかったからというだけに過ぎない。

久保がクラブそして代表で普通にプレーできるというなら話は別だ。そうなれば、久保には確実に代表の座が与えられなければならない。
当面は、センターフォワードとして先発する2人は(鈴木)隆之と柳沢、控えは大黒と大久保という考えを変えないつもりだが、サッカーでは、あらゆることが一瞬にして変わってしまうこともある。

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キャリアの軌道修正を果たした中田浩二

2006/02/06(月)

2月3日:中田浩二がようやくマルセイユを去った。
新聞などで私が見た元アントラーズのスターはいつも笑顔だったが、彼はフランスで辛い時期を過ごしてきた。
しかし今、その悪夢が醒めた。スイスのFCバーゼルへの移籍が決定したのだ。契約期間は2008年6月までである。

個人的に、この移籍は中田浩二にとって非常に良いことだと思う。おそらく小野伸二もこのような契約を望んでいたのではないだろうか。
まず、スイスは非常に素晴らしい国だ。英語が幅広く話されており、中田は、フランス、ドイツ、そしてイタリアといった様々なヨーロッパ文化の融合を楽しめることだろう。
次に、スイスのサッカーは中田がインパクトを与えられるレベルにある。フランスリーグのマルセイユから見れば明らかなステップダウンだが、選手にとっては必ずしも後退というわけではない。
彼は再びプレーに集中し、1軍のレギュラー定着を目指すことができる。

中田には、バーゼルで成功するための素質、経験、そして多様性があることは間違いない。そして彼もこの新たな素晴らしい環境に解放感を感じているはずだ。
ヨーロッパ残留を決めた中田の幸運を祈りたい。彼はイスラエルに移籍することもできたのだが、しかしマルセイユに戻り、もっと魅力的な話を待った。そして今、彼はスイスにそれを見つけたのだ。

ピッチ上のポジションについては、私は今でも彼が日本で最も天性あふれる守備的ミッドフィルダーだと思っている。
4−4−2、3−5−2、そして3−4−2−1のいずれのシステムでも守備的ミッドフィルダーとしてフィットする。ゲームを読む力にも長けており、チームの中盤にバランスをもたらすことができる。さらに、中田英寿、小野、稲本、そして福西の誰とでもコンビを組めるのだ。
試合勘を取り戻した中田浩二は、ジーコに多くのオプションをもたらすはずだ。バーゼル移籍は単に彼自身だけでなく、日本代表のためにもなり、ジーコも歓迎していることだろう。

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韓国に芽生えはじめた自信

2006/02/02(木)

中国の春節(旧正月)の時期に香港で行なわれているカールスバーグ・カップ。韓国代表を取り巻く輪のなかに、とても懐かしい顔が1つあった。
それは、2002年ワールドカップ(W杯)の代表に入っていた数人の選手でも、伝説的な選手から転身を果たし、現在は監督のディック・アドフォカートの補佐を務めているホン・ミョンボ(洪明甫)でもない。
懐かしかったのは、ブロンドのもじゃもじゃ頭のピム・ファーベークである。もちろん、彼は日本でもおなじみの顔。4年前には韓国でフース・ヒディンクのアシスタントコーチも務めた。

天気が良く、暖かい木曜日の朝。香港島の小さなスタジアムで韓国代表の練習が終わったあと、私はピムとのおしゃべりを楽しんだ。ピムの指摘を受けずとも、韓国の選手たちに何らかの変化があったのは見てとれた。
彼らは、以前よりずっと開放的で、リラックスしているように見えた。ピッチでコミュニケーションをとる機会も多くなり、アドフォカートが――非常にずけずけとした言い方で――意見を述べると、選手たちは即座に耳を傾け、実践する。
大会主催者によると、韓国の選手たちの態度はホテルでも変わらないらしい。ロビーでファンとしゃべったり、クロアチアの選手たちとも言葉を交わしているそうだ。
クロアチアと韓国の選手が冗談を言い合っている姿はなかなか想像できないが、これも、韓国の選手が開放的になり、ピッチの内外で殻から出ようとしている証拠なのだろう。

長い間、韓国の選手はむっつりとしていて機械みたいだと言われ、ほとんど笑わず、いつもプレッシャーを感じながらプレーしていた。
しかし、4年前のワールドカップで準決勝まで進み、最終的に4位という実績を残したことで、明らかに韓国の選手はこれまでよりはるかに大きな自信とプライドを持つようになった。そして、それが態度にも現れているのである。
もちろん、ハードな練習、ハードなプレーには変わりはないが、現在は、精力的な動き、スピードそして身体のパワーに、内面の強さと自信が備わっているように思える。
ピムはこのような事柄をすべて指摘した。4年前に比べ、はるかに準備が進んでいると感じているようだ。(W杯までに)まだ数試合が予定されているし、ヨーロッパ組の選手もチームに招集されるようになるので、トーゴ、フランスそしてスイスと戦うW杯のグループリーグ突破も有望だろう。

日曜日、韓国は2−0でクロアチアを破った。左サイドのウイングバック、キム・ドンジン(金東進)とFWイ・チョンス(李天秀)のゴールはどちらも見事なもの。1点目は、中盤のクロアチアサイドでボールを受けたキムが、一旦フォワードにボールを預けてから走りこんで決めた鋭いロングシュート。2点目は、GKイ・ウンジェ(李雲在)の大きなクリアボールをセンターフォワードのイ・ドングク(李東国)がコントロールし、ボールを受けたイ・チョンスが豊富な運動量を生かして決めたが、いずれも一連の動きのなかでクロアチアの守備を崩したものだった。

韓国はホームではなかなか負けないチームになっているが、体で勝るヨーロッパのチームと戦うアウェー戦でも、同じようにならなければならないとアドフォカートは話している。
クロアチア戦での印象的なパフォーマンス――正直言って、クロアチア代表は正規のレギュラーが1人しかいなかったが――から判断すれば、韓国がこの新たな目標を達成するのも近いかもしれない。

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