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名良橋の穴を埋めた加地

2005/08/22(月)

ジーコ・ジャパンの大きな収穫の一つは加地亮。これは疑うまでもない。
FC東京のDF加地は、ジーコの4−4−2または3−5−2システムの右サイドバック/右サイドウィングバックの座を勝ち取った。
日本代表候補をあれこれ考えていると、おそらくほとんどのポジションで意見が食い違うはず。
ただし、加地は例外だ。

4−4−2では田中隼磨が安定した右サイドバックになれるだろうし、3−5−2システムでは石川直宏が右ウィングバックとして良いかもしれない。
しかし、加地の持つダイナミックさと安定性は群を抜いている。2006年ドイツワールドカップのアジア最終予選、2−1の勝利を収めたイラン戦で代表初ゴールを挙げたのも当然だろう。
それは、クールにサイドキックで決めた加地のまっすぐなゴールだった。もちろんゴールを挙げるには正しいポジショニングが必要だ。
左サイドの玉田の素晴らしい走りと、キーパーから離れていく低い完璧なクロス。キーパー、ディフェンダー、そして大黒が飛び込むが及ばない。そこにいたのが加地だ。ファーポストからきっちりと決めた。
そう、彼にはこのゴールを挙げる資格があったのだ。彼はジーコに寄せられていた信頼に応え、厳しい立場にあるコーチに安らかな眠りをもたらした。ワールドカップの1年前に決まった2つのウィングバックのポジションのうち、左サイドのアレックスは試合の度に、攻撃力は落ちはしたもののディフェンダーとして成長を見せている。
そしていま、25歳の加地がようやく名良橋晃の抜けた穴を埋めたようだ。

私は名良橋の、そして岡田武史監督のファンだ。名良橋と相馬のコンビはアントラーズでも日本代表、特にフランスワールドカップの時には非常に良く機能していた。
しかし岡田監督の後継者、トルシエは名良橋について後先を考えずにポジションを離れ、攻撃参加する傾向があると考えていたようだ。
結局トルシエは右サイド強化のために信頼できる明神、そしてリザーブには市川を選び、波戸は不運にも2002年ワールドカップの日本代表チームから外れた。
しかし今はジーコの信奉者、加地がいる。イラン戦でのゴールは、加地にとってごく当然の結果だ。ただし、ゴールを奪うことが彼のメインの仕事ではない。

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