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2005年7月

俊輔に求められる、速さと激しさへの対応

2005/07/28(木)

結局、中村俊輔の移籍先はセルティックになった。
セルティックのゴードン・ストラカン監督にとっても、俊輔本人にとっても、勇気ある決断だ。
間違いなく、スコットランドとイタリアのリーグでは全く違ったサッカーが展開されている。
イタリアでは、まるでチェスのようにゆったりと戦術的に流れる試合が多くあるが、スコットランドのサッカーは速く、激しい。
だから、俊輔がかの地でうまくやれるかどうか心配で仕方ない。彼は圧倒的なスピードがあるわけでもなければ、フィジカルがずば抜けて強いわけでもない。
中田英寿がスコットランドあるいはイングランドに移籍するというのなら、彼なら心配いらないよと自信を持って言えるだろう。
でも、俊輔はどうだろう?
はっきりとは分からない。

そうはいっても、レンジャースとのグラスゴー・ダービーで俊輔がプレーする姿を想像するだけでもワクワクする。
グラスゴー・ダービーにはもちろん、単なるサッカーの試合では終わらない、とても深い背景がある。セルティックがグラスゴーのカソリックの人々を代表しているのに対し、レンジャースはプロテスタントを代表しているのだ。
ダービーのときには街中が息をひそめ、勝ったチームのファンは次のダービーまで人生を謳歌できる。
プレーは重厚で、速く、そしてタックルがあらゆる角度から飛び、試合展開にはよどみが全くない。

俊輔が直面するもう1つの違いは、レフェリーがプレーを流すケースがはるかに多いことだろう。セリエAを退屈なものにしている、あのイタリア・スタイルのホイッスルからリスタートという場面があまりないのだ。
とにかく、俊輔には頑張ってもらいたい。
順位表の真ん中あたりをうろうろし、セリエA残留だけを目指していたレッジーナとは違い、セルティックでは少なくとも優勝トロフィーを手にするチャンスが得られる。
イタリアを出るのは良いことだし、スコットランドのサッカーに対応できれば、俊輔のプレーの質は必ず上がるだろう。

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キング・カズよ!退位はまだ早い!

2005/07/25(月)

そして再び、カリスマ三浦知良の華やかな物語の新たな章がはじまった。
ヴィッセル神戸から横浜FCへの移籍は、おそらく両者にとって――ここで言う両者とはカズと横浜FCだが――良いことだろう(もしかすると、実際ヴィッセルにとっても良いことなのかもしれない)。
神戸でのカズは明らかに“終わって”いた。そして彼は、それに気付くセンスとプライドを持っていた。
J1で最下位に甘んじている神戸から、カズはJ2へ行くことを決断し、関西から神奈川へ移ることにしたのだ。

カズが横浜FCでどれほどの年俸をもらうのかは分からない。ただ正直言って、年俸などどうでも良いのではないだろうか?彼は必ず、年俸以上の働きをしてくれるはずだ。
J2に観客を呼んでくれるだろうし、カズの仕事に対する姿勢とプロ意識はチームの若い選手たちの良い見本になることだろう。
真のプロフェッショナルとして自らにハードなトレーニングを課し、ピッチの外でも自身を律しているカズを悪く言う人間は、Jリーグには1人としていない。
全盛期に比べれば、スピードは落ちたかもしれない。しかし彼の頭脳は少しも衰えていない。何よりもチームメートやチーム、そして自分自身に対する責任感の強さはあの頃のままだ。

少し前のことだが、私はヴィッセルの試合を見に大宮へ行った。神戸はあっさり敗れ、結局その試合がエメルソン・レオン監督の最後のゲームとなった。
試合後、私はチームの窮状について聞こうと三木谷氏を正面ゲートで待っていた。彼が現れる前に、カズが通り過ぎた。やはり彼は今でもスターだ。
大宮のサポーターたちはこんな目の前で憧れのスターに会えるとは思っていなかったらしく、老いも若きも群集の中を通り過ぎていくカズの写真を撮っていた。
カズのスターとしての魅力、そして彼の人間性は、必ずやJ2の、そして特に横浜FCの起爆剤となるだろう。
カズと城の2トップ?
どこかで聞いた覚えがありませんか?

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アルディレス、またも解任

2005/07/21(木)

こうなるのも仕方がないか。
1−7、0−7、0−6…。このような状況で監督の座に居つづけるのは難しく、オジー・アルディレスはまたもや職を失った。
ヴェルディを天皇杯優勝に導いてから数ヶ月が経った火曜日、このアルゼンチン人監督はクラブから解雇を言い渡されたのだ。
沈み行く船を立て直すために、ヴェルディはできる限りのチャンスを彼に与えてきたが、磐田での0−6の敗戦により万事休す。
アルディレスは7週間の中断期間にクラブが十分な対応をしなかったことの責任をとらされた形だが、クラブにとっても今回のことは貴重な教訓になるだろう。

ヴェルディは、オジーの言うところの「ガッツのある」パフォーマンスで先々週の東京ダービーを0−0の引き分けに持ち込み、ガンバとレッズにそれぞれ7ゴールを許した惨憺たる状況からは脱しつつあるように見えた。
その次の試合は3−1とヴィッセル神戸をリードしながら三浦淳宏を中心とした神戸の逆襲に遭ってしまったが、なんとか3−3で引き分けることができた。
そして、アウェーの磐田戦で0−6の敗戦。ホームチームの前田の活躍がとても印象に残った試合だった。

ヴェルディはいかにも“アルディレス的”なチームだった。素敵な、技術のあるチームで、デキの良いときには試合でとても魅力的なサッカーを披露した。
ヴェルディには大悟と慶行、2人の小林や相馬、森本など素晴らしい才能を持つ選手が何人かいるが、以前のアルディレスのチームと同様、しっかりとした芯が通っておらず、守備での規律が欠けている。
ワシントン、平本、森本という強靭な体を持つ選手がそろっている前線を除けば、チームとして戦うのに必要な肉体的な強さがなく、チーム・スピリットという観点からみれば、アルディレスはそれをチーム全体に行き渡らせることができないでいた。
キャプテンのヤマタク(山田卓也)のような誇り高きヴェルディの戦士がいるにもかかわらず、このチームは自らのモチベーションを一定以上に上げようとはしなかった。

こうした事態になれば、クラブとしては打てる手を打つしかない。
もっとも、アルディレスが去っても、チームには生き残るのには十分なだけの良い選手が揃っている。必要なのは、彼らを鼓舞し、ピリッとしたプレーをさせる、タフな監督の存在である。そういえば、最近、トルシエはどうしているのだろう?
それとも、ペリマンかなあ?

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アルディレス、またも解任

2005/07/21(木)

こうなるのも仕方がないか。
1−7、0−7、0−6…。このような状況で監督の座に居つづけるのは難しく、オジー・アルディレスはまたもや職を失った。
ヴェルディを天皇杯優勝に導いてから数ヶ月が経った火曜日、このアルゼンチン人監督はクラブから解雇を言い渡されたのだ。
沈み行く船を立て直すために、ヴェルディはできる限りのチャンスを彼に与えてきたが、磐田での0−6の敗戦により万事休す。
アルディレスは7週間の中断期間にクラブが十分な対応をしなかったことの責任をとらされた形だが、クラブにとっても今回のことは貴重な教訓になるだろう。

ヴェルディは、オジーの言うところの「ガッツのある」パフォーマンスで先々週の東京ダービーを0−0の引き分けに持ち込み、ガンバとレッズにそれぞれ7ゴールを許した惨憺たる状況からは脱しつつあるように見えた。
その次の試合は3−1とヴィッセル神戸をリードしながら三浦淳宏を中心とした神戸の逆襲に遭ってしまったが、なんとか3−3で引き分けることができた。
そして、アウェーの磐田戦で0−6の敗戦。ホームチームの前田の活躍がとても印象に残った試合だった。

ヴェルディはいかにも“アルディレス的”なチームだった。素敵な、技術のあるチームで、デキの良いときには試合でとても魅力的なサッカーを披露した。
ヴェルディには大悟と慶行、2人の小林や相馬、森本など素晴らしい才能を持つ選手が何人かいるが、以前のアルディレスのチームと同様、しっかりとした芯が通っておらず、守備での規律が欠けている。
ワシントン、平本、森本という強靭な体を持つ選手がそろっている前線を除けば、チームとして戦うのに必要な肉体的な強さがなく、チーム・スピリットという観点からみれば、アルディレスはそれをチーム全体に行き渡らせることができないでいた。
キャプテンのヤマタク(山田卓也)のような誇り高きヴェルディの戦士がいるにもかかわらず、このチームは自らのモチベーションを一定以上に上げようとはしなかった。

こうした事態になれば、クラブとしては打てる手を打つしかない。
もっとも、アルディレスが去っても、チームには生き残るのには十分なだけの良い選手が揃っている。必要なのは、彼らを鼓舞し、ピリッとしたプレーをさせる、タフな監督の存在である。そういえば、最近、トルシエはどうしているのだろう?
それとも、ペリマンかなあ?

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ダービーにおける情熱と暴力の際どいライン

2005/07/18(月)

今シーズン、Jリーグは地元対決いわゆる“ローカルダービー”を積極的に取り入れようとしている。
世界中のサッカーファンがそうであるように、日本のサポーターにも自分の応援するチームにプライドと情熱を持ってほしいと考えているからだ。
しかしそれは、必ずしも必要以上に加熱して良いということではない。
その線引きは非常に難しい。些細なことで脳内のスイッチが切り替わり、その本人でさえ生涯後悔するような行動を引き起こしかねないのだ。

先週の土曜日(9日)に味の素スタジアムで行なわれた“東京ダービー”でのこと。1人のFC東京サポーターがヴェルディサポーターに灰皿を投げつけ、3名の負傷者が出た。
負傷者のなかには警官もおり、灰皿を投げた本人はその場で逮捕、連行されている。
私は試合が終わるまでこの事件のことを知らなかった。ただ、試合前に売店へ見るからに体に悪そうなスナックを買いに行った時、いつも正面スタンドの左側に陣取っているはずのFC東京サポーターの声援がすぐ近くから聞こえ、驚いた。彼らはその日に限っては中央にいたのだ。

FC東京の村林裕専務は普段は朗らかな人物なのだが、試合後の彼は明らかに動揺していたし、また、サポーターのイメージを落とすことになりはしないだろうかと心配していた。
彼によると、事件が起きたとき、約200人のサポーターがヴェルディサポーターの近くで応援歌を歌っていたそうだ。それがたった1人の人間が起こした行動によって、全て台無しになってしまったのだ。
問題を起こす人間というのは常にほんの一握りしかいない。これは、評論家によるイングランドのフーリガン評だ。
「トラブルはいつも一握りの人間によって引き起こされる」というのはお決まりのフレーズ。
例えば1998年のワールドカップ。マルセイユに2万5000人のイングランドサポーターがいて、そのほんの一握りの人たち(例えば1%としよう。250人かな?どうも数学は苦手だ)がトラブルを引き起こしたとしよう。ごく一握りといっても、それでも大勢のフーリガンということになる。

シーズンはじめに起きた柏レイソルの件といい、Jリーグは常に教訓を得ている。
レイソルファンと1人のFC東京のフーリガン。彼らがチームの成績が良くない時にこうした行為を犯したのは、もちろん偶然ではない。
FC東京もレイソルも(13日に)ようやく勝利を手にしている。うまくいけば、全てが普通に戻るだろう。
一見害がないようでも、FC東京は今後、サポーターがアウェー側近くに集まったり、そこで歌ったりしないようにした方が良いだろう。
そうすれば挑発行為や野次などを防げる。暴力はたいてい、そんなことがきっかけで起こるのだ。

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驚く価値もない、エメルソンの移籍

2005/07/14(木)

エメルソンのカタール移籍は、驚くに値しない。
「金のためだよ」。レッズのコーチングスタッフの1人が言った。不在の“ヒーロー”の最新情報を知りたくて、土曜日に大原練習場へ出かけたときのことだ。「サッカーのためじゃない」。彼はそう付け加えた。
「選手が、その選手生活の終了間際にプレーして最後の大金を稼ぐ場所だね」。
現代のサッカーではその場所をカタールといい、今回はアルサドがその舞台となる。

エメルソンも、明らかに金銭面を考慮したようだ。
とても、とてもたくさんのお金。エメルソンは浦和で年間100万ドル(約1億1000万円)以上を稼いでいたと言われているが、それを上回る額。おそらくはるかに上回る額だ。
エメルソンが日本で不可解な移籍をするようになったのは、たいして昔のことではない。
2000年にコンサドーレ札幌で34試合に出場し、31ゴールを記録したが、エメルソンが前年のJ2王者のメンバーとしてJ1に登場することはなかった。
エメルソンは川崎フロンターレに移籍し、J2に残ったのだ。川崎Fだけが、彼の金銭面での要求に応えられたからだ。あるいは、彼の代理人の金銭面での要求と言うべきかもしれない。

J2でのエメルソンはピッチ内を縦横無尽に駆け回って相手選手を翻弄し、とても楽しそうだった。しかし、次のシーズンの途中、2001年の夏に浦和へ移籍した。
もちろん、エメルソンはゴールを量産してずいぶんとレッズファンを喜ばせてきたが、彼と、彼の代理人はもう少しファンを大切に扱うべきだっただろう。
エメルソンにはブラジルでの長い休暇が与えられていたが、再来日、そしてキャンプへの参加が2〜3日遅れることが当たり前のようになっていた。
2〜3日の遅れがやがて2〜3週間となり、告知が壁に貼り出され、彼はもう日本には戻ってこないということが明らかになった。
いわゆる彼の“仲間”が埼玉ダービーで大宮アルディージャに負けていた頃、エメルソンは大盤振る舞いの移籍契約の詳細をつめるためにヨーロッパにいたのだ。

あまりにもナイーブすぎる、あまりにも英国人的で善悪にこだわりすぎる。私をそう批判する人もいるかもしれない。
そういう人たちは、こう言うかもしれない。
「なあ、エメルソンはプロなんだぜ。短い選手生活のなかで、できるだけ多く稼がなければならないんだよ。これまでの人生で誰にも親切にしてもらえなかったのに、自分から親切に振舞う必要がどこにあるんだい?」
それも、わかる。
しかし、サッカーにはお金では割り切れないものがある。それは個人のプライドであり、忠誠心、チームのため、クラブのためにプレーするということだ。
彼を崇拝していたサポーターは、ひどく落ち込んでいるに違いない。
しかし、こんなことは驚くに値しないと考えてほしい。
そのゴールや才能は認めるけれど、私個人としては、この先エメルソンに戻って来て欲しいなんてことは少しも思わないだろう。

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ヴェルディは中断期間に何をしていたのか

2005/07/11(月)

この世で、時計を1週間戻したいと思っているのは誰かと尋ねられたなら、それはオジー・アルディレスに違いない。
先週の今頃、東京ヴェルディ1969は他のJ1チームと同じように、7週間の中断期間後のシーズン再開を待ち望んでいた。
しかし再開後、ヴェルディは2戦連続で7失点した。読売ランドに警報が鳴り響いている。

先週の土曜日は万博でガンバ大阪に1−7で敗戦。水曜の夜にはホームグラウンドとも言える国立競技場で、浦和レッズに0−7と完膚なきまでに叩きのめされた。
私はそのどちらの試合にも行っていないのだが、ゴールは全てテレビのハイライトで見た。
プロにあるまじき失点の山と、チームの混迷の様(さま)は、ヴェルディファンにとって非常に不快なものだったに違いない。
確かに、ガンバはアラウージョ、フェルナンジーニョ、そして大黒といったダイナミックな攻撃力を擁しているのだが、彼らは学生と試合をしているような気分だったに違いない。
浦和戦では相手にツキがあったのも確かだが、それは言い訳にはならない。
結局のところ、チームが2試合で連続7失点を喫するというのは、もはや技術や戦術の問題というよりハートと意欲の問題なのだ。

土曜日に味スタで行なわれる東京ダービー以降のその全てが、このアルゼンチン人監督、アルディレスの去就に影響してくる。
チームとしては、6試合を消化する7月末までは監督の進退問題については触れないと聞いているが、先の2試合のようなことが繰り返されるとなれば、そうもいかないだろう。
最初の2試合はまさに“崩壊”だったが、ヴェルディにとって東京ダービーはプライドを取り戻し、また、勝ち方を忘れてしまっているFC東京とのわずかな勝点差を広げる絶好のチャンスだ。
いずれにしても、今夜は非常に際どいダービーになりそうだ。
そしてみなさんは、精神的・肉体的にこれほど酷い状態で戻ってくるとは、ヴェルディは中断期間に一体何をしていたのだろうと思うことだろう。

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「エメルソン弁当」の後味

2005/07/07(木)

土曜日(2日)の夜、埼玉スタジアム2002の外で「エメルソン弁当」が売られていたのは、なかなか面白いい光景だった。
当然、私は買わなかった。皆さんがご存知のように、エメルソンは私好みの選手ではないからだ。
ストライカーとしての能力が問題なのではない。
私が好きではないのはサッカーに対する姿勢だ。エメルソンはいつでも、FKやPKをもらおうとしたり負傷したフリをしたり、そして相手選手を警告や退場処分に陥れようとする。
いずれにしろ、こんなことは、現時点ではまったく問題ではなくなってしまった。彼はまたもやクラブとファンを失望させてしまったのだ。

「彼はいつ帰って来るの?」
私はギド(ブッフバルト監督)にそう尋ねた。土曜日、アルビレックスに勝ったあとのことだ。
「分からないんだ」。ギドは正直に答えた。
「どこにいるの?」というのが、私のその後の質問。
「分からないんだ」。ギドは同じ言葉を繰り返した。「信じられないよ!」。

まったくおっしゃる通りだ。高い給料をもらい、明らかにJリーグより高いレベルのプレーができる選手が、休暇が終わっても姿を現さないというのだから…。
いくつかの情報筋によると、最初は幼い子供が熱を出したということで来日が遅れ、それから彼の妻が米国の通過ビザを取らなければならないということで、さらに来日が遅れた。
私は、柏レイソルのエジウソン騒動を思い出した。あの時はブラジルの歯医者に診てもらう必要があるから来日が遅れる、ということだった。

レッズには、アルパイのケースと同様に、エメルソンには厳しい態度で接してほしいと本当に思う。今回が初めてではないのだ。
実際、ハンス・オフト元監督は2003年、ナビスコカップで優勝したシーズンに総額6万米ドルの罰金をエメルソンに科したと言っていた。来日の遅れや練習への遅刻がその理由だった。

「目覚まし時計を買ったほうが安く済むぞと、彼には言ったんだけどね」。オフトは言っていた。
今回のギドはニコリともしなかったが、それももっともである。
7月にはJリーグのゲームが6試合あり、鹿島を追うレッズは最大18ポイントを挙げることが可能だ。
すでにレッズは1試合を戦い、エメルソン抜きで勝点3を獲得した。彼が戻ってきても、いきなりの起用はありえないように思える。調整が十分ではないと予想されるからだ。それに、クラブのために懸命にプレーしている田中や永井たちを、ギドは外せるだろうか?

さて、エメルソン弁当に話を戻そう。
この話題で、もちろん、ジョークがいくつかできている。1つは、「エメルソン弁当を開けると中身は空っぽ」というものだ。弁当の中身が消えてしまったのだ!もう1つは、「弁当を開けると、怒り狂ったファンに切り刻まれたエメルソンの肉が入っている」というもの。
レッズファンは、これからもエメルソンを敬愛しつづけるのだろうか?
悲しいけど、そういうことになるのだろう。

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自分を責めるしかないアルパイ

2005/07/04(月)

それは数週間前のことだった。自宅でくつろいでいると、電話が鳴った。
携帯電話ではなく、自宅の電話だ。
きっとまた、2007年4月のさいたまスタジアムでのホームゲームのチケットは267枚しか残っていません、という浦和レッズからのファックスだろうと思った。まだどこと対戦するかもわからないと言うのに…。
ファックスの高いトーンが聞こえるだろうと思いつつ受話器を取った耳に、消え入るような声が聞こえてきた。
「ハロー、ハロー、ムッシュ・ウォーカーですか?」。
ご想像の通り彼女はフランス人。サッカーのエージェントで働いている。
「ムッシュ・アルパイ・オザランの電話番号を教えてもらえませんか?」。
私は、電話番号は知らないと答え、かわりに浦和レッズの番号を教えた。“ムッシュ・アルパイ”の電話番号を教えてもらうには、クラブに電話をするのが早いだろう。

彼女は「あるフランスのチームがアルパイを獲得したがっているんです」と付け加えた。
「ええ、恐らく彼なら獲得に時間はかからないでしょうね」。私はそう答えた。
「なぜですか?契約が切れるんですか?それとも、あまり調子が良くないとか?」。彼女は尋ねた。
「えぇと…。いや、それどころか彼は全くプレーしていないんですよ。レッドカードとイエローカードをもらい続けていてね。恐らく今シーズンは、ブラッド・ピットがバレンタインデーにもらう以上のカードをもらってるんじゃないかな」。
(実際には、ブラッド・ピットのくだりはフト思っただけで口にはしなかった。次回のために覚えておくことにしよう。)

翌日、アルパイはまたも退場になった。大宮スタジアムで大宮アルディージャがヴィッセル神戸を粉砕するのを見ていた時、私の日本人の同僚が新潟の同僚から聞いたと教えてくれたのだ。
そして案の定、今週アルパイは契約満了まで6ヶ月を残して解雇された。
思えばシーズン開幕戦の鹿島アントラーズ戦で退場になったのが、全ての予兆だったのかもしれない。
退場処分を受けるまで、アルパイは鈴木隆行にイライラしていた。
正直、それはそんなに難しいことではない。鈴木隆行はみんなをイラつかせる。しかしアルパイはまんまとハマってしまったのだ。
アルパイは鈴木のあごを掴み、鈴木は再び倒れた。その日、鈴木は度々ピッチに倒れていたので、ペナルティエリアの周辺には鈴木の体の跡が残っていると噂されていた。まるで『Xファイル』のような話だ。

アルパイの気の短さは折り紙つきだった。しかし、ピッチ外ではとても良い奴でフレンドリーなのだ。それがピッチ上では豹変してしまう。
チームへの貢献、決意…人は様々なことを言うだろう。
しかし選手は、海外へ移籍したらその国のサッカーというものを学ばなければならない。
日本のサッカーは危険や乱暴というものとは縁遠い。にもかかわらずアルパイは試合終了の笛を聞くまでピッチに残ることができない。時にはハーフタイムの笛を聞くことさえできないのだ。
彼は、日本サッカー界で大きく飛躍する機会と高額の給料を与えてくれたチームを裏切り、そして彼自身を裏切った。
良い選手で個性的。日本のサッカーにもっと様々なものを与えられたはずなだけに、残念でならない。

おっと失礼。また電話だ。
きっと、さっきのフランスのエージェントに違いない。

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