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選手たちが立ち上がった

2005/03/31(木)

火曜日の埼玉スタジアム2002での練習後、日本代表のキャプテン宮本恒靖が、多くの人が薄々感じていたことをはっきりさせた…。
つまり、チームの方針を決めるのは選手であり、監督のジーコではないということを示したのである。
これはジーコジャパンの大きな進展と言える。ジーコの方針はここ最近の数ヶ月、数週間、選手を含めた多くの関係者をずっと困惑させてきたからだ。
そうして事実上、選手たちがこの戦いに勝利を収めた。ジーコはぎこちない4−4−2のフォーメーションを捨て、選手たちが支持している、より流動的な3−5−2を採用しなければならなくなったのである。

こうした方針転換に先立ち、テヘランでの敗戦(1−2)から2日後の日曜日、宮本と年長の中田英寿、それからジーコの三者による緊急会議があった。
火曜日に宮本が語ったところによると、ジーコは「提案」には驚かなかったそうだ。ブラジル人監督もとにかく3−5−2に戻してみようと考えていたのである。
チームの方針を決めるののはジーコなのか、選手なのかという質問が出たとき、宮本ははっきりと答えた。
「それは選手の仕事です」。

この発言から、以下の2つの仮説が考えられる。
1つ目は、選手たちが監督への信頼をなくし、自分たちで問題を処理しようとしたということ。そうであれば、ジーコ時代の“終わりの始まり”に繋がるかもしれない。
そしてもう1つは、ジーコが3−5−2を貫く決心をし、これまで明らかに機能していなかった好みのフォーメーションをついに諦めたということ。ジーコが進む道は決まっている。選手たちがすでに進むべき道を示しているからだ。

結果はどうであれ、今回の出来事は関係者全員に好意的に受け止められるに違いない。
心情がついに吐露され、ジーコは監督を続けたいとの思うのであれば、現在の状況を受け入れなければならない。
選手たちとファンが驚異的な忍耐力を発揮し、ジーコもワールドカップ予選の重要な試合をなんとか勝ち上がってきたために、今も監督の座にいる。
3−5−2の方が4−4−2より日本の選手たちにフィットしていることは、もう何ヶ月も前から明らかだった。

ジャマイカと1−1で引き分けた、ジーコの日本代表監督就任初戦の後にも、私は、ジーコのアイデアは立派ではあるが、モダン・サッカーでは実用的でないと述べていた。
フランスで開催された2003年のコンフェデレーションズカップ。日本はJ2レベルのニュージーランドに2−1で勝ったあと、3軍クラスのフランスに敗れ、それから、引き分けでも準決勝進出が決まるコロンビア戦に敗れた。そのとき私は、3−5−2に変更したらどうかと「提案」した。
中田英寿を使えるからといって、フォーメーションまで変えなければならないということはない。

ジーコは、もはや異議申し立てはできない。これまでにも答えを見つけるための十分な時間があったのだ。
彼に監督としての技量が欠けていることが明らかになり、選手たちがついに立ち上がって混乱を収拾し、チームを改めてまとめようとしはじめたのである。この効果は、バーレーン戦ですぐに現れると思う。
誰かがしなければならなかったことだが、今回それをしたのがジーコでなかったのは明らかだ。

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