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2005年2月

大黒がブルーマニアに火をつけた!

2005/02/28(月)

今週、日本サッカー界では興味深い事実と数字が飛び交っていた。
次のワールドカップ(W杯)アジア最終予選、日本のホームゲームにどれだけの応募が来たかご存知だろうか?
驚くべきことに、JFA(日本サッカー協会)が受け取ったバーレーン戦(3月30日)のチケット応募数は、さいたまスタジアムの収容人員6万3700人に対してなんと81万人以上である。
(次のホームゲームと私は書いたが、“次の”ゲームではない。次戦はもちろん、3月25日にテヘランで行なわれるイラン戦だ)

81万という数字は、これまでの記録の北朝鮮戦(2月9日)での申込み数35万の2倍以上だ。
W杯予選の際、世界のサッカー大国でどれほど申込みがあるかは分からないが、おそらくここまでではないだろう。
実際、ヨーロッパや南米のテレビ放送からみるに、スタジアムが満員になることさえないようだし、まして数10万人ものキャンセル待ちリストができるなんて、ありえない!

まぁ北朝鮮を振り返れば、バーレーン戦にこれほど応募が殺到するのも頷ける。電通のデータによると、北朝鮮戦のテレビの視聴率(平均)はなんと47%だったそうだ。
しかし、試合終了間際の数分間、1−1の同点で両チームが勝利への死闘を繰り広げていたその間は57%以上にものぼったという!
ご存知の通り、ロスタイムの大黒のゴールで日本が勝利を勝ち取ったわけだが、その数秒間の白熱ぶりは計り知れないものだ。

Jリーグの新シーズン開幕を目前に控え、これらのデータは日本サッカー界の関係者を勇気付けるものだ。
ただし、日本代表のサポーターがそのまま、Jチームのサポーターであるとは限らない。
地味なリーグサッカーよりも華やかな代表サッカーを好む傾向にあるのは、残念な事だ。
仮に、バーレーン戦のチケットを申込んだ81万人が毎週のJリーグのゲーム15試合(チーム数:30、J1:9試合、J2:6試合)を観戦したとすると、平均観客数はなんと5万4000人になるのだ。
Jリーグにとっては夢のような話だが…。

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レフェリーは大変なんだ!

2005/02/24(木)

あなたはレフェリーになりたいですか?
え、私? 私はごめんですよ!
一度、やってみたことはある。ある夏の夕方、イングランドの自宅裏にある公園でね。

それは、日曜日の草サッカー・リーグに所属する、パブの常連で作ったチーム同士の練習試合だった。どちらのチームの選手もよく知っていたが、その時の私は中立の傍観者。数マイル先にある、他のチームに所属していたからだ。
まあ、傍観者でいるつもりだったのだけれど、レフェリーが来なかった。そして、お楽しみはここから始まる。
「なあ、レフェリーをやってくれよ。ただの親善試合だしさ」と両チームのキャプテンに懇願され、ホイッスルを手渡されてしまった。
25年ほど前のことだが、いま考えると、こんな感じで言い訳したほうが良かったのかもしれない。
「悪いけど、僕はハーフタイムまでしかいられないんだよ。食器洗いを手伝って、犬を獣医に連れて行って、それから、おばあちゃんを教会まで送らなきゃいけないんだ」。

あるいは、おばあちゃんを獣医に連れてゆかなければならない、でもなんでもよかったのだが…。愚かにも、私はレフェリーを引き受けてしまったのである…。
私はすぐに、ピッチの外で友人だった人物が敵に豹変したことを悟った。
ほとんどあらゆる判定に異議が申し立てられた。ときには、とても荒々しく。
スコアなんてどうでもよかったので、思い出せない。覚えているのは、試合終了のホイッスルを早めに吹いたことだけ。なぜって、もう我慢がならなかったのだ。

それから1時間ほどした後にパブで再会すると、みんな私に微笑みかけ、以前のように友好的だった。まるでなにごともなかったかのように。
私の短い経験(およそ87分間!)から言うと、レフェリーはおそろしく困難な仕事だ。実際には、不可能な仕事なのかもしれない。

火曜日の午後、長い間日本でレフェリーを務め、現在はチーフ・インストラクターとなっているレスリー・モットラム氏の興味深くて、楽しいプレゼンテーションが日本サッカー協会で開かれた。そしてそこで、レフェリーが直面している問題がいくつか採り上げられた。
私がとくに気に入ったのは、「シミュレーション」に関する部分だった。
「シミュレーション」というのはダイビングを意味するFIFA(国際サッカー連盟)の業界用語だが、この大柄のスコットランド人の発言は大胆であった。

「これからは、インチキと呼ぶことにしましょう」とモットラム氏は言った。
「プレーヤーがやっているのはインチキにほかならないのですから」。
そう、その通りだ。
あれはシミュレーションではなくインチキで、サッカー界にまん延する現在の疫病なのである。
ダイブをして、フリーキックやペナルティキックを得られなかった選手がレフェリーに不満を言う。ダイブをしたフォワードにまったく触れなかったにもかかわらずペナルティキックを宣告されたディフェンダーも、自己正当化のためにレフェリーに不平を言う。

解決するのは簡単だ。
自重すればいいのだ。正直に、フェアにプレーし、FIFAのフェアプレー・コード」を尊重すればいいのだ。
そうすればレフェリーの仕事もやりやすくなるだろう。近い将来に実現するとは思えないが…。

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日本サポーターからの“ファン”タスティックな反応

2005/02/21(月)

おいおい、一体何が起こっているんだ?
イングランドのサポーターがアウェー戦に出かけることが好きだとは思っていたけれど、しかし日本のサポーターまで……うーん、何てことだ!
どうしてこんなことを言うのかって?

木曜日に私は、3月25日のワールドカップアジア最終予選・イラン対日本戦の取材のためにテヘラン行きのチケットを取ろうと、旅行代理店のHIS(スポーツ・イベントセクション)に電話をかけた。
そう、ホテル無し、飛行機の座席のみの、例の“0泊3日”ツアーだ。
しかしHISの座席はすでに満席で、長蛇のキャンセル待ちリストができていた。
「このリーフレットでは、3月10日申込み締切りとなっているじゃないですか。十分に余裕をもって予約しているのに…」と、私は懇願した。
すると担当の人は、HISは今回のツアーを催行する4社のうちの1社にすぎず、各社が約80席ずつ、合計しても320席しかないのだという。
彼は親切にも、他の3社の電話番号も教えてくれた。

私はそのうちの1社、日本メディア用スペシャルパッケージを扱う西鉄旅行に電話をしてみた。
しかしここでも満席。長いキャンセル待ちリストができていた。
幸運を祈りながら、私は悲しげに「他の2社にもかけてみるべきでしょうか?」と聞いてみた。
「申し訳ありません。どこも同じだと思います。」彼女は同情に満ちた声でそう答えた。

まぁ、いいか。少なくともお金を使わずに済むし、快適な我が家のリビングルームかスポーツバーで見れば良いことだ。それに、翌日にはナビスコカップに行ける。
と、強がってみたものの、正直なところ私はとても楽しみにしていた。
(ツアー価格の)12万9000円は安い。
羽田空港を3月25日の早朝1時30分(木曜(24日)夜と言うべきだろうか)に出発し、テヘランに25日朝9時(現地時間)に到着する。
そして午後6時5分キックオフのアザディ・スタジアムに向かう前に、観光をするのだ。

イランには行ったことがないし、グループBの鍵を握る一戦を、10万人を超える収容人員を誇るスタジアムで観たかった。
しかし…。試合後、午前2時には現地を出発し、土曜日の夜9時半に日本に到着するというハードな旅だというのに、多くの日本人サポーターも同じ気持ちだったようだ。

席が取れた人たちがとても羨ましい。もっと早くから準備しておけばよかった…。何と言っても、私は8年も日本に住んでいるんだからね。こうなると分かっているべきだった。
これだけ多くの人がキャンセル待ちリストに名を連ねているのだ。旅行会社はもう1機チャーターできないものだろうか。
どうか、お願いだ!

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FC東京に厚みを加える、新顔ダニーロ

2005/02/17(木)

フェンス越しの立ち見でも、45分×3本の試合でも、戻って来ることができて嬉しい!
北朝鮮とのワールドカップ予選のドラマと緊張が過ぎ去り、日曜日の午後の小平はずっとリラックスした雰囲気だった。

観ていたのはFC東京とヴァンフォーレ甲府の練習試合。数百人のファンと、かなりの数の報道関係者が集まっていた。
今では昨シーズンがはるか昔のことのよう。代表チームばかりに目が行っていたので、記憶から抜け落ちていた選手たちを見るのは楽しかった。
そのなかには、中盤の宝石・今野や、右サイドで元気いっぱいの石川、鮮やかなプレーを見せるにもかかわらず過小評価されている左サイドの金沢らがいた。
代表チームで疲れているはずだが、もちろん加地もスタメンに入っていた。加地は素晴らしいエンジンを備えており、間違いなくJリーグでも屈指の体力を誇る選手だ。実際、選手生活を終えてからでも、彼ならマラソンを完走できるのではないかと思うほどだ。ピッチでの90分間で、マラソンの距離に匹敵するくらい走っているはずだからだ!

FC東京の新戦力として面白いのは、ケガの多いケリーと入れ代わりに入団した、ブラジル人のダニーロ。
23歳のダニーロは、これまでの半生のほとんどをビーチで過ごしてきたように見える。外見はサッカー選手というよりはオーストラリアのサーファーのようで、ふわりと垂れた前髪、よく陽に焼けた肌、耳には数個のイヤリングを付け、右足の下半分には鮮やかなタトゥがあった。
近づいて見てみると、タトゥは自己アピールのためで、「D-A-N-I-L-O」という自分の名前が縦に彫られていた。どうやらあまり控えめな男ではなさそうだ!

ピッチでは、ケリーとはまったく違うプレースタイルである。
ケリーが純然たるアタッカーで、とてもクレバーで、ハマれば怖い存在であったのに対して、ダニーロはかなり引いた位置でプレーする。
ディフェンダーとボールの間に体を入れるのが上手く、それから右サイドの石川や左サイドの戸田にきれいなパスを送ったり、あるいは中盤でボールをキープしながら同胞のルーカスを探したりする。
よく動き回る選手で、がっしりした体格を盾にしてボールをキープし、ボールに触れられないようにするのだ。
日本代表監督を務めていたころのトルシエは、このような動きができないのが日本人選手の弱点だ、とこぼしていた。あのフランス人監督がダニーロのプレーを見たなら、必ずや感銘を受け、日本人選手にこのようなプレーを学ぶようにアドバイスするだろう。

原監督は、今野、馬場、浅利、三浦(文丈)、宮沢と中盤の中央に錚々たるメンバーを揃えている。したがって原監督のもっとも大切な仕事は、ダニーロの個人技をチームに融合させることと、ダニーロの役割を明確に定義することになる。
いずれにしろ、再びJリーグを身近に感じられて嬉しく思っている。数百人のファンも同じような感慨を抱いたことだろう。

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日本代表の地味男・大黒

2005/02/14(月)

水曜(9日)夜の北朝鮮戦で、日本に思わぬヒーローが現れた。そう、大黒将志である。
ジーコジャパンの新入り、代表2戦目の大黒がピッチに送り込まれたのは残り時間11分、1−1の同点の時だった。
数分後、ロスタイムに入り、振り向きざまにシュートを放った彼は、日本に勝利をもたらす救世主となった。
1年前は久保、そして今回はガンバ大阪の未知のストライカー・大黒だ。
大黒はガンバでそうしているように、北朝鮮のペナルティエリア内で透明人間になった。
ボールがこぼれると、そこには大黒がいた。ネットが揺れ、そして突然のゴール!誰が決めたのか、見た人はいただろうか?

ピッチの外でも、合宿中の大黒は私だけではなく、他のメディアの人間にとっても非常に目立たない存在だった。
このコラムを読んで、大黒が気を悪くしないことを願っている。
ここで言いたいのは、多くのメディアが待ち受けるドレッシングルームからバスに向かう途中のミックスゾーンで、彼はこれまでメディアから無視されてきたということだ。
声をかけられた選手は立ち止まって質問に答えたり、あるいはそのまま素通りすることもできる。スマップのようにもみくちゃにされる選手もいる。しかし他の選手たちは、大黒のようにただ通り抜けるだけである。
私は、外見や舞いが大黒は相馬直樹によく似ているなと思っていた。
ガニ股で走る大黒を見てみてほしい。その姿はまるで相馬では?

大黒にはミックスゾーンでよく話しをするメディアの友人がいるらしい。
しかしそれは雑談といった感じで、ペンが走るわけでもノートのページが忙しくめくられるわでけもない。また、テレビクルーのスポットライトも彼を照らしはしない。
彼は非常に現実的な人間のようだ。ガンバの西野監督はこれまで、数年にわたって大黒のことを声高に吹聴してきた。ガンバに次シーズンの新たなスターが誕生したことは、疑うまでもない。
水曜日の貴重なゴールにより、ピッチ上でもピッチ外でも目立たない地味な選手としての短い選手時代は、おそらく終わるだろう。

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怖れではなく高い意識を見せた日本

2005/02/10(木)

数年前、正確にいうと1997年9月、東京・国立競技場で日本代表の練習を取材したことを覚えている。
そのとき日本代表はホームでのワールドカップ予選を控えていた。相手は、偉大なるライバル、韓国。
非常に重要な一戦で、高い評価を受けているテレビ番組『Futbal Mondial(ワールド・フットボール)』のエグゼクティブ プロデューサー、ゲリー・ハリソンがロンドンから取材に来ているほどだった。

練習前の日本の選手たちは少年のように笑い、ジョークを飛ばし、ふざけあっていた、と私はゲリーに指摘した。
ゲリーは関心を示さなかった。
「それが本心だと思うかい?」と彼は言った。
「思うわけないだろ!」私は即座に、多少皮肉を込めて答えた。
「僕もだよ」とゲリー。「連中はリラックスして見えるように懸命に振る舞っているが、内心はビクビクしているね」。

その時の会話と、彼の鋭い洞察が忘れられない。
また、その時の試合も忘れられない。山口素弘の見事なゴールで日本が先制したにもかかわらず、結局1−2で敗れてしまったからだ。
山口がふわりと浮かせたボールがキーパーの頭上を越え、クロスバーの下、ネットの中に落ちたときのことを、みなさんは覚えているだろうか?
国立は熱狂に包まれた。しかし、すぐに静寂がやってきた。韓国が同点に追いつき、それから逆転したのである。この試合が、監督の加茂周にとっては"終わり"の始まりとなった。
過去のことを持ち出して、申し訳ない。しかし私は水曜日(9日)の北朝鮮戦を前に、気分はすでにワールドカップなのである。

火曜日の夜、私は埼玉スタジアムでの練習を取材した。するとまたもや、日本選手には笑いとジョークがあった。
ロンドンからゲリー・ハリソンが来ていないかと周囲を見回したが、彼の姿はなかった。
今回は様子が違っていた。ゲリーがいたら必ず気付いたと思うが、日本の選手たちはリラックスしていて、自信に満ちており、高い意識を持っていた。
それは、目前の大一番への心配と不安を隠すための振る舞いではなかった。チーム全体にみなぎる高い意識がそのまま反映されていたのである。

公式記者会見でのジーコはきわめてビジネスライクで、俊輔と高原はベンチスタートになると確約した。
ジーコの選択は賢明なものである。ジーコは、これまで彼を失望させなかった国内組への信頼を示したが、欧州組の2人の選手にも、自分たちは用無しだと感じさせない配慮を見せた。
ベンチスタートであっても、俊輔と高原の2人が試合で重要な役割を果たす可能性もある。そう、ちょうど昨年のオマーン戦で久保がやってのけたように!
北朝鮮戦の夜、日本の選手たちは常に高い意識を持ってプレーしなければならない。ただし、気迫に満ち、状態が良く、タフなタックルを誇る北朝鮮チームを破るには、忍耐も必要とされるかもしれない。
日本代表ならやれるし、2−0で勝つと思う。ひょっとすると、途中出場の俊輔のフリーキックで勝利が決まるかも!

*このコラムは2月8日に書かれたものです

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ジーコの大きな前進

2005/02/07(月)

ようやくジーコも気がついたらしい。
そしてこれは、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の北朝鮮戦(埼玉・19時30分)を水曜日に控える日本代表にとって、非常に良いことだ。
木曜日に発表された24人の代表メンバーには、海外組は2人しか含まれていなかった。
この2人というのは、中村俊輔と高原直泰である。リストにはマルセイユの中田浩二の名前もあるが、彼は正式にはまだマルセイユの一員ではない。

カザフスタン戦、シリア戦と2試合を満足な内容で終え、ジーコは北朝鮮戦をJリーグの選手を中心に戦おうと決めた。選手たちも、その重責を喜んで受け入れるだろう。
この決断の意味することとは、肉体的にも精神的にもコンディションが100%ではなく、そして帰国のために長旅を強いられる選手に、代表の座を与える余地はないということだ。
代表から外れた主な選手は、カーディフから呼び戻されると見られていた稲本潤一をはじめ、中田英寿、小野伸二、柳沢敦、そして大久保嘉人といった代表の常連である。
これはジーコのこれまでの方針からの大変革であり、チームの調和や個々の相性を考えた場合、大きな前進である。

昨年の今頃、日本代表はマレーシア戦、イラク戦で2つの勝利を手にし、W杯アジア1次予選のホームゲーム、オマーン戦を目前に控えていた。
しかし、オマーン戦は酷いものだった。体調が万全でなかった中村はPKを外し、後半の決定機にもミスを犯した。そして、チームは大混乱に陥っていた。
しかし後半ロスタイム、ペナルティエリア付近からのボールがまるでパチンコのように決まった、久保の決勝ゴールが日本代表を救った。

しかしジーコは今回、Jリーグの選手たちは日本を代表するだけの力を十分持っており、体調も万全で集中できていると認めたのである。
今回の代表チームはその両方が備わっており、加わるのが中村と高原の2人だけなら、チームパターンが崩れる危険性は最小だろう。
2名の海外組のうち、中村は先発する可能性が高いと思う。彼はジーコお気に入りの選手で、左足、特にフリーキックでディフェンスを崩ることができる。
たった1つのセットプレーが結果を左右する現代サッカーにおいて、こうした選手は必要不可欠だ。
では、高原は?
彼が先発すべきかどうかは、迷うところだ。玉田は鈴木と並んでポジションを得る資格を十分持っていると思う。高原は北朝鮮に疲れが見え始めた頃、交代要員として投入すると有効なのではないだろうか。

バランスの取れた3−5−2システム。チームは大一番の1週間前にすでに落ち着いている。ジーコは、海外組がいつ帰国するのか、彼らの体調はどうなのか、そして彼らがどのくらいチームにフィットするか、どれほど意味のある練習ができるかといった余計な心配をせずに、水曜日の試合に集中できるのだ。
こうしたアプローチは、特にホームゲームにおいて必ずや功を奏するだろう。

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小笠原と玉田のアピールは功を奏する?

2005/02/03(木)

カザフスタン戦はあまりにも一方的な内容で、日本代表の選手たちにとって良い調整となった以外は、あまり価値のないものだった。
しかし後半15分、私にとって特別な瞬間があった。
小笠原が玉田にスルーパスを送り、そこへ走り込んできた玉田が左足で強烈なシュートを放ってこの夜の自身2点目、チームとしてはスコアを4−0にするゴールを決めたときのことだ。
(それにしても、玉田の1点目が右足のシュートだったとは信じられない。でも、ビデオを見ると確かにそうなんだ!)

このときの2人の連係は本当に見事だった。
小笠原は一級品であり、ここ数年間ずっとそうだ。
視野が広く、技術がある。両足で自在にプレーできるし、厳しいタックルもできる。そして1対1にも強い。フィリップ・トルシエはユースチームの頃から小笠原の大ファンだったが、それも頷ける話だ。
実際、トルシエが中田浩二と小笠原のマルセイユ同時移籍を目指さなかったのが、私には意外でならない。

玉田については…。そう、初めて見たときから強い印象を受けていた。
玉田は左足のプレーが魅力的で、ファースト・タッチも素晴らしく、ディフェンスの背後のスペースを突く見事なスピードもある。
ここに小笠原の素早いパスが備われば、2人のコンビが対戦相手にとって大きな脅威となるのは間違いない。

ただし、来週の北朝鮮戦に2人のいずれかが出場するかどうかは分からない。
3−5−2のシステムを採用する場合、ジーコが俊輔をプレーメーカーに起用するのは確実で、小笠原が先発出場する可能性はごくわずかである。
前線では、ジーコの構想においては鈴木がフォワード陣の中心で、実際、鈴木は代表チームで素晴らしい働きを見せている。鈴木は攻撃の最前線に立ち、チームにまとまりを与える存在となっている。チームメートのためにボールをキープすることもできるし、ゴールを狙う嗅覚も鋭い。
とはいえ、ヨーロッパから大久保と高原を呼び戻した場合には、鈴木と高原がワールドカップ予選用のコンビとなり、俊輔が中盤でパス供給の役目を果たすことになるだろう。

先週書いたように、ジーコにとっては厳しい選択を迫られる場面が続く。
このブラジル人監督が、海外でプレーしている選手が最高だと感じているのは確かで、良い選手でなければそもそも海外でプレーできないわけだから、その意見も理解できる。
しかし、2月9日のスタメンに向けての小笠原と玉田のアピール――実際、2人ともシーズン始めにもかかわらず良く仕上がっていたし、相互理解もできていた――もとても強力だった。
そのアピールが功を奏さないのだとしたら、テストマッチに意味はあるのだろうか?

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