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2004年12月

日本サッカー界が確実に成長した1年

2004/12/27(月)

2004年は日本の野球界にとって非常に面白い1年となった。そう、「野球界」にとってだ。
このコラムはサッカーについてのコラムのはずだ、ということは百も承知だが、少し説明させて欲しい。
ここ数ヶ月、スポーツニュースというと野球の話が大部分を占めていた。ただし、そのニュースのほとんどは球場の外の話題だ。
2つのチームが多大な経常赤字のために合併。そして右往左往した末に新しいチームの加入が認められたが、野球界は突如、ファン離れを防ぐためには劇的な変化が必要だということに気がついたのだ。

一方、Jリーグは粛々とシーズンを進めていた。
ホーム&アウェー制のサントリーチャンピオンシップ・プレーオフに押し寄せた大勢のファン、新しいナビスコカップチャンピオン、18チーム制の導入が決まったJ1。10チームからスタートしたJリーグは、来シーズンから30チームとなる…。
これは、2ヶ月ほど前、私の北米人の同僚が「Jリーグは日本の野球界を当惑させている」と言ったことと無関係ではない。
しかし、Jリーグの関係者で、このことについてほくそ笑んでいる者はいない。彼らはまだこの国にサッカーの礎を築いている最中であり、まだまだ先は長いことを理解しているからだ。

2004年は日本サッカーにとって、Jリーグレベルでも国際レベルでも満足のいく年だっただろう。
FC東京はナビスコカップ優勝を果たし、歌と活気でチームを元気づけてきたサポーターたちにトロフィーを渡した。
横浜F・マリノスはファーストステージを制し、セカンドステージチャンピオンのレッズをPK戦の末に下してリーグチャンピオンの座を守った。岡田武史監督の経験と実用主義はピッチ上で選手たちによって存分に発揮され、彼は最優秀監督賞を受賞した。
就任1年目のギド・ブッフバルト監督率いるレッズは、どちらのトロフィーも獲れなかったができなかった。しかし来シーズンに向けて、チームはより良い選手を惹きつける魅力と経済力を持っている。

ナビスコカップ決勝、そしてサントリーチャンピオンシップ決勝の2試合、そのいずれの試合も得点シーンは多くなかった。しかしサッカー通の目には、組織にも個人にも、コーチング技術、テクニック、そして戦術の質の向上が見てとれた。
そうでない人達はきっと、90分で5−4という試合を好むだろう。しかし高得点ゲーム、多すぎるゴールは効果的な攻撃というよりもディフェンスの悪さが原因と考えられる。

また私は、ディフェンダーはスター性や独創性がないことから常に過小評価されがちだと考えていたが、今回、中澤佑二がJリーグのMVPに選出された。非常に良いことだと思う。ようやく正当な評価を得たと思うし、中澤はこの賞を受ける資格を十分持っている。
中澤は中国で行なわれたアジアカップでも日本代表として素晴らしい活躍をみせ、2000年にフィリップ・トルシエがレバノンで獲得したタイトルを、今回ジーコ監督のチームの一員として守った。
さらに日本代表は、ドイツワールドカップ(W杯)アジア1次予選を6戦全勝、失点はわずかに1(シンガポールで2−1で勝利した試合)で勝ち抜け、本大会の出場権は手の届くところにある。

今年最もがっかりしたこと(一番驚いたことではないが)は、オリンピックでの日本代表の戦いぶりだろう。春の予選後、全てがうまく回らなくなり始めていた。もし時計の針を戻すことができるのなら、山本監督は全く違うやり方をしただろうと、私は確信している。

とはいえ、全体的に見ると日本のサッカーが大きく成長した1年だった。
最初に述べたように、野球が日本のスポーツ界の話題をさらい、サッカーは目立たなかったかもしれない。しかし、便りのないのは元気な証拠、と言う。
2004年はJリーグにとって素晴らしい1年だったと言える。

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2004/12/20/Mon.

2004/12/23(木)

計画性がないという評価は、日本サッカー協会(JFA)にはあてはまらない。
したがって、JFAがワールドカップ予選の準備として、2つの国を相手に、ホームでの親善試合を立て続けに組んだのも驚くには値しないことだ。
日本代表は来年1月29日にまずカザフスタンと、その後2月2日――つまり、グループB初戦、北朝鮮戦のちょうど1週間前――にシリアと戦う。

数年前、正確には1994年、広島でアジア大会が開催された当時ならば、カザフスタンは日本にとって手強い相手となっていたかもしれない。
しかし、日本サッカーはここ数年間で急速に進歩し、成熟しているので、勝利は固いだろうし、年の初めの景気付けにはなるだろう。
日本がカザフスタンとの試合を組んだのは、体の大きさとフィジカルの強さを期待したからだが、反面、スピードと底力には欠ける。

広島でのアジアカップで、カザフスタンの関係者と話した時のことだ。その関係者は、チームに十分な予算をかけることができたなら、カザフスタンが金メダルをとっていたに違いない、と言っていた。
最終的にはウズベキスタンがビッグアーチで中国を4−2で破って金メダルを手にし、アジアサッカーの新たな時代の到来を告げた。

1つ確かなことがある。カザフの選手には、冬の寒さは影響しないだろう。今年の初めに鹿島で戦った、格下のマレーシアとは事情が違うのである!
その次に日本の相手となるシリア。この中東のチームとの試合は、イランやバーレーンとの試合を想定したものになるはずだ。

同じく1994年、私はジャカルタで開催されたU−19アジアユース選手権も取材したのだが、その時の日本代表は決勝でシリアに敗れている。
印象的だったのは、その時のシリアチームには、年齢の割にとても経験豊かに見える選手が何人かいたこと。2位という結果は、日本にとって悪くないものだった。
当時の日本チームのキャプテンは背番号10のゲームメーカー、伊藤卓で、中田英寿はウイングだったはずだ!
他にも傑出した選手がいて、熊谷浩二は守備的MFだったものの最優秀DFに選出された。
熊谷のキャリアがケガによって大きな影響を受けたのが、残念でならない。

2つの準備試合は、ジーコにとっても、選手にとっても何らかの指針にはなるだろうが、ワールドカップ予選のような緊張度の高い試合にはなりえない。
そのことを最も良く理解しているのは、ほかならぬジーコ自身なのである。

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ビデオ判定がサッカーを救う

2004/12/20(月)

ついに、いや多分、サッカー界も特定の状況下でレフェリーをサポートするためにビデオを導入する。
私は早急に実現すべきだと思うし、FIFA(国際サッカー連盟)はもっと早くから取り入れるべきだったと思う。
FIFAのゼップ・ブラッター会長は日頃から、ビデオの導入はレフェリーの権威を失墜させ、審判の裁定が最終決定であるべきだと語っている。
しかし彼の論点は明らかに的を外れている。ビデオ技術はレフェリーを助けるためにあるのであって、彼らを妨害するためではない。

これについて私はよく、1998年にスタッド・ド・フランスで行なわれたワールドカップ準決勝を思い出す。
フランスがクロアチアを2−1で下したこの試合で、フランスのDFローラン・ブランがありもしないスラベン・ビリッチへのファウルで退場となった。
ビリッチが浅ましくも故意に倒れたのは明らかだったが、ボールに絡んでいなかったためレフェリーは見てさえいなかったのだ。
それにもかかわらずフランスのディフェンスの要、ブランは決勝戦出場停止になってしまった。

世界中のテレビ局のように、FIFAもこうした場合にはビデオを使うべきだと思った。そしてブランの決勝出場を認め、ビリッチをより長い出場停止に処すべきだった。
当時、ビリッチはイングランドのエバートンでプレーしていたが、そのエバートンのファンでさえワールドカップが終わってチームに戻った時に彼のスポーツマンらしからぬ行動にブーイングしていた。

今、ゴールか否かの判定にビデオが使われるというのは良いことである。
オフサイドの判定には使わず、ボールがラインを越えたかどうかの判定に使う。
これは非常にシンプルだ。そしてビデオで明らかになれば双方とも判定に異論は唱えられまい。

これまで、重要な場面でのレフェリーやラインズマンのミスによって不利益をこうむってきた。今やこの世界には何億というお金が関わっている。それにも関わらず基準を向上させる単純な技術を遠ざけてきた。
そして今、UEFA(欧州サッカー連盟)とFIFAがこの件について検討しはじめた。これはサッカー界の明るい将来のための大きな一歩だと私は思う。
ビデオを有効活用することによって不要な抗議もなくなり、もっとフェアなサッカー界になるのではないだろうか。

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中澤、ついにMVP受賞

2004/12/16(木)

Jリーグアウォーズの夜、1年遅れではあったが、ついに正当な評価がなされた。
2003年のJリーグMVPに中澤佑二が選ばれるべきだと感じていたのは、私だけではなかったのである。

昨シーズンは、最終的に中澤の所属する横浜F・マリノスがファースト、セカンド両ステージ制覇を達成した。
当然、最高の個人賞はマリノスのプレーヤーに与えられるはずであったが、結果は異なり、浦和のストライカー、エメルソンがMVPに輝いた。
今回はそうした予想外の出来事もなく、マリノスの年間総合優勝に大いに貢献した中澤がMVPを受賞した。

よく言われるように、タイトルは奪う時よりも、守る時の方が難しい。チャンピオン・チームは全チームの標的となるからだ。
しかし、マリノスは敢然と立ち向かった。結果を出せた要因としては、良く組織され、規律と準備が整ったチームで天性のリーダーとして台頭した中澤の、ささやかとは言えない貢献があった。
中澤が初めてシーズンMVP——華やかでクリエイティブな選手の影に隠れ、見落とされることの多いディフェンダーにはあまり授けられない栄誉——を獲得したのに対し、岡田武史監督は最優秀監督賞を連続受賞した。
ギド・ブッフバルトが僅差の2位だったはずだ。ブッフバルトはナビスコカップの決勝とチャンピオンシップのプレーオフにチームを導いたが、残念ながらレッズはどちらのタイトルも獲れなかった。

今になって思えば、レッズとの第2戦に備えチーム作りをしていた時の岡田監督の言葉は、見事なまでに結果を言い当てていた。
ストライカー陣が故障を抱えているなか、岡田監督は、シーズンもここまで来れば大した問題ではない、と言った。残りは2試合しかないのだから、マリノスには1つか2つのゴールがあれば充分だろう、というのが彼の言い分だった。
この言葉はチャンピオンシップ2試合の内容を言い当てたもので、最終的にマリノスは第1戦の河合のヘディングシュートだけで、PK戦の末、タイトルを獲得することができた。

評論家のなかには、Jリーグのレベルが落ちているという人もいるが、私はこの意見にはどうしても同意できない。
私は、日本のサッカーは急速に成熟化していると感じている。コーチの戦術、そして選手の技術と理解力を見れば、それがよく分かる。
18チームで戦う1シーズン制となる来シーズンは、さらに良くなるのではないかとも思える。

来シーズンも再び、マリノスが各チームの標的になるだろう。
もっとも今は、まったく受賞にふさわしい働きをした中澤をはじめ、マリノスの選手たちは、その成功の余韻を楽しめば良いだろう。

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Jリーグにヨシ復帰の朗報

2004/12/13(月)

川口能活が日本に戻りジュビロ磐田でプレーすることになった。これは彼にとって非常に良いことだ。
また、ジュビロにとっても良いことである。
“ヨシ”はこの3年間、ヨーロッパで成功するためにイングランドのポーツマス、そしてデンマークノアシェランでベストを尽くしてきた。ただ、彼のベストはあと一歩、及ばなかった。
そしてついに彼は、レギュラーとしてプレーするために、また2006年ワールドカップの残りの予選ラウンドにおいて日本代表チームでポジションを確保するために、帰国を決断した。

ヨシがイングランドとデンマークで、厳しく、孤独な時間を耐え抜いてきたであろうことは想像に難くない。横浜F・マリノスでの活躍、そしてファンの絶大な人気を集めていたJリーグでの快適な環境を何故捨てて来たのかと、悔やんだ時期もあったはずだ。
しかし、こうした経験が彼の人格形成を大いに助け、彼をより強くし、良い選手(キーパー)にするのである。
彼はヨーロッパに渡ることにより、可能性を広げようとした。私達は、彼のこの決断に敬意を払うべきだ。
物事は彼の希望したようにはいかなかった。しかし、彼を敗者と呼ぶべきではない。全てが順調で、待遇も良い日本での生活を捨て、新しい挑戦をすることは多大な勇気と志が必要なのだ。

山本昌邦新監督のもと、ジュビロは来シーズンから新しい時代を迎える。彼らは来季から数シーズンに渡って頼れるゴールキーパーと真のプロフェッショナルを手に入れた。これはジュビロのフロントにとって願ってもないことだろう。
もちろん、川口も完璧ではない。そもそも完璧なゴールキーパーなんているのだろうか?
彼はハイボールを入れられ飛び出す時に、判断ミスをする傾向がある。例えば2001年のコンフェデレーションカップ決勝戦、横浜での対フランス戦。そして記憶に新しいところでは、マスカットで行なわれたワールドカップ予選、対オマーン戦などがある。オマーンでは田中がクリアして日本はことなきを得た。
ヨシは来季のJリーグの目玉になり、また、多くのファンが彼の復帰を喜ぶだろう。
最初に述べたように、ヨシの復帰はまさに時宜を得ており、ジュビロはヨシが積んできた経験の分、さらに強くなるに違いない。

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女心とアジアチャンピオンズリーグ

2004/12/09(木)

AFCチャンピオンズリーグ(アジアCL)がUEFAチャンピオンズリーグと並び称されるようになるのは、まだまだ先のことだろう。
しかし、アジアのサッカー関係者たちの努力は続いている。
木曜日の夜、クアラルンプール郊外に新しく建てられた立派な本部で、アジアサッカー連盟(AFC)は2005年のアジアCLの抽選会を行なった。
アジアCLはアジアのトップクラブが集う大会で、日本のクラブは過去2回、あまり良い成績を収めていない。
UEFAチャンピオンズリーグがヨーロッパ・チャンピオンズカップあるいは単にヨーロッパカップと呼ばれていたのと同じように、アジアCLもかつては「アジアクラブ選手権」と呼ばれていた。
今年の大会を振り返り、AFCの事務総長ピーター・ベラパン氏は聴衆を前に次のように語った。
「アジアCLは、アジアを代表するものとなるでしょう。」
「今年の大会では88試合が行なわれ、およそ60万の人々が試合をスタジアムで観戦したほか、数百万人がテレビで視聴しました。」

ベラパン氏は、合計264のゴールが記録された、と語った後、こう付け加えた。「決勝の2試合では9つのゴールが挙げられました。」
決勝の第1戦は、ジェッダの西にある港湾都市で行なわれ、韓国の城南一和天馬がサウジアラビアのアルイテハドを3−1で破ったが、韓国での第2戦ではアルイテハドが5−0で勝利し、2戦合計6−3として優勝をさらった。
ベラパン氏の話は続く。
「今回の歴史的な試合により、私たちは、サッカーはまるで女性のようなものだと、またも痛感いたしました。つまり、予測が不可能だということです!」

AFCでは、この重要なクラブ選手権の人気をさらに高めようと懸命に取り組んでいるが、私も、日本の全サッカーファンに、来シーズンはできる限りスタジアムで試合を観戦して欲しいと呼びかけたい。
他の国の選手を見て、技術や体力のレベルをチェックし、戦術やフォーメーションを分析するのを、私はいつも楽しみにしている。素質のある選手を何人も発見して驚くのだが、これらの選手がトップレベルのリーグに進出することはない。ヨーロッパのリッチなリーグへの選手供給地としては、アジアは南米やアフリカより下に見られているからだ。

ジュビロ磐田は来年、グループEで中国チャンピオンの深○健力宝(*)、韓国・Kリーグのチャンピン(未定)、そしてベトナムのホアンアインと戦う。東アジアのライバルである中国と韓国のチャンピオン・チームと戦うわけだから、天皇杯優勝チームにとっても厳しいグループである。
もう1つの日本チームは横浜F・マリノスか浦和レッズのどちらか(J1年間優勝クラブ)だが、こちらはグループFで、タイのBECテロ・サーサナ、そして中国とインドネシアのカップ戦優勝チーム(ともに未定)と戦う。
このグループなら、マリノスでも、レッズでも、簡単に突破して、準々決勝に進出できるだろう。

日本は、代表チームが2000年のレバノンならびに今年の中国のアジアカップで連覇を達成したものの、アジアCLでは不振が続いている。
できることなら、来年は日本のクラブが真剣にトライし、優勝して欲しいものだ。

*文中「○」は土へんに川

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チャンピオンシップに向けて雰囲気作りをする現実的な岡田監督

2004/12/06(月)

横浜F・マリノスが非常事態にある。
それは故障者が続出していることだ。
日曜日に横浜国際競技場で始まるサントリーチャンピオンシップ、浦和レッズとの2試合を前に、岡田監督はチームの故障者続出について一笑に付した。
特にチームの攻撃の要、久保と安の不在についてである。

「シーズン開始直後なら問題でしたね。ただ、2試合だけですし、1〜2ゴール挙げれば良いのですから」岡田監督はそう語った。
いかにも岡田監督らしい、現実的で論理的な言葉である。
監督の言っていることは、もちろん正しい。ホームゲームに1−0で勝ち、11日のアウェーゲーム(さいたまスタジアム)は0−0で引き分ければ十分なのだ。
マリノスがそうした結果を残せないと、誰が思うだろう。まるで今回のサントリーチャンピオンシップのリハーサルであるかのように、マリノスは10月半ばにさいたまスタジアムで行なわれたレッズ戦に0−0で引き分けている。

マリノスは統制がとれているチームだから、たとえキープレーヤーを欠いても、また浦和のハイスピードな攻撃であっても、それを崩すことは難しいだろう。
レッズのランニングゲームに対し、守備力とカウンター攻撃のマリノスの戦術。この2試合は接戦になるに違いない。

シーズン開始当初、岡田監督はレッズがマリノスのリーグ制覇の壁になるだろうと話していた。そして、彼が正しかった事が証明された。
他のチームが3人の外国人選手しか使えないのに対して、レッズは5人使えるので有利だと指摘していた。
と言うのは、エメルソン、ネネ、アルパイと並んで、闘莉王と三都主、2人の帰化選手がいるからだ。
それにも関わらず、レッズは大事な場面で不安定な一面を見せてしまう。ナビスコカップの決勝ではFC東京にPK戦で敗れ、セカンドステージ優勝がかかった試合ではグランパスにホームで敗れてしまった。サントリーチャンピオンシップでは、彼らはリラックスして自然なゲームをしなければならない。
たとえマリノスに故障者が続出していようと、サントリーチャンピオンシップはどちらに転がるか分からない。

*このコラムは12月3日に書かれたものです

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またも見送られるディフェンダーのMVP受賞

2004/12/02(木)

MVPとは本来、個々の選手への注目を高めるためにあるものだ。
では、サッカーという競技のためにはなっているのだろうか?
個人的な見解だが、私は、なっていない、と思う。アジアサッカー連盟(AFC)の2004年MVP候補3人の顔ぶれを見ればよくわかる。
バーレーンのアラー・フバイルに、イランのアリ・カリミ、そして日本が誇る中村俊輔の3人は、いずれも攻撃の選手である。
ミッドフィルダーもバックも、守備的な選手への評価はまったく見られない。それゆえに私は、こうした賞には根本的な欠陥があると思っている。

たとえば、中国のアジアカップでも、ワールドカップ(W杯)アジア1次予選の一連の試合でも、日本チームで最高のプレーを見せたのは、中澤佑二である。
とりわけ、マスカットでのオマーン戦。日本が1−0で勝利し、8チームで争うワールドカップ最終予選進出を決めた試合の中澤のプレーは記憶に新しい。
ただし、中澤の役割は派手なものではない。クラブでも、代表チームでも、貴重なゴールを決めることはあるが、それは変わりない。

ピッチのなかでのプレーだけでなく、ピッチ外での振る舞いを見ても、私は、中澤が年間アジア最優秀選手にふさわしかったと思う。中澤は試合では懸命に仕事をこなし、そのひたむきさによりトップ・クラスの選手へと登り詰めた。
とても快活な性格なので、ヨーロッパでも十分やっていけるだろう。いちばん最近の情報によると、ドイツのあるクラブが中澤に興味を示しているらしい。世界最高クラスのディフェンダーには伝統的にいつもドイツの選手が入っているものなので、この情報自体が中澤に対する素晴らしい賛辞でもある。

マスカットでの日本代表の試合のあと、AFCの内部の人間が、中澤を年間最優秀選手の候補に入れたいと私に話してくれたが、この試みは失敗に終わったようだ。
もちろん、アジアカップのMVPに選ばれた俊輔が受賞の有力候補に違いない。残りの2人、フバイルとカリミはともにアジアカップで5ゴールを挙げ、W杯1次予選でも自国の最終ラウンド進出に貢献した。
これまで日本とイランの選手がこの賞を独占してきたから、AFCにはバーレーン躍進の象徴として22歳のフバイルを選びたい気持ちもあるのかもしれない。
受賞者は、最終予選の組分けの前日、12月8日にクアラルンプールで発表される予定だ。

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