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2004年11月

2006年ワールドカップに南北統一チームを

2004/11/29(月)

ドバイで行なわれたワールドカップ(W杯)アジア1次予選、UAE対北朝鮮戦(グループ5)の試合後、北朝鮮代表のユン・ジョンス監督が興味深いコメントをした。
それは、韓国と北朝鮮、両国が最終予選を突破したら、南北統一チームを実現したい、というものだ。
アジア最終予選の抽選は12月9日にクアラルンプールで行なわれる。1次予選を突破した8ヶ国のなかには日本、韓国、そして北朝鮮が含まれている。
しかし当面は、両国とも別の国として予選を戦い自力で予選突破を決めなくてはならないとユン監督は話した。

もし両国が最終予選を勝ち抜くことができたなら、統一チームは可能なのではないだろうか?
私も十分可能であると思うし、FIFA(国際サッカー連盟)のセップ・ブラッター会長も、ここまであらゆる方法でうまくいかなかった事がサッカーを通して可能になるという見方をするだろう。
ドイツW杯出場32ヶ国のうち、4.5ヶ国をアジアが握っており、アジア最終予選では2組の上位2チームが自動的にW杯出場権を得る。
そして各組3位のチームは、北中米カリブ海地区の4位チームとの大陸間プレーオフ出場権をかけて対戦する。
これが、0.5ヶ国の意味するところで、アジア、北中米カリブ海地区がそれぞれ半々を持っているということである。
その4.5カ国という枠をどう埋めるかは、AFC(アジアサッカー連盟)次第。
仮に韓国、北朝鮮が同組の1位と2位になり、統一チームがAFCとFIFAから承認されれば、そのグループの3位チームが自動的にワールドカップ出場権を得ることになる。
そして最下位チームがもう一方の組の3位とプレーオフで戦うことになるのだ。

ここでの最大の問題点は当然、“時間”である。
両国とその役員たちは、統一チームを編成するためにとにかく急ぐ必要がある。
2002年W杯の際に韓国が北朝鮮に統一チームの話を持ちかけた時のように、グズグズしてはいられないのだ。
当時は北朝鮮からの反応がなく、結局実現には至らなかった。
しかしながら公的なものではなくあくまで監督個人の考えとは言え、今回は北朝鮮側からのアイデアであり韓国側も前向きな姿勢を見せている。
これは非常に興味深いアイデアであり、これから数ヶ月、両国の役員たちは知恵を絞ることになるだろう。
とは言え、それまでにまだまだ勝ち抜かなければならない試合がある。
とにもかくにも、両国ともまずは最終予選を突破しなければならないのだ。
そうなって初めて、このアイデアは現実味を帯びてくる。そしてその時、AFCとFIFAは何とか実現しようと努めることだろう。

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優勝を陰で支えた人々

2004/11/25(木)

浦和レッズの救世主、ギド・ブッフバルトは、チームをセカンドステージで優勝させたのだから、賞賛や注目を集めても当然と言える。
しかし、今シーズンは彼のワンマンショーだったわけではなく、他の人々も自分の職務を全うした。
なかでも、同じドイツ人としてブッフバルトの助手となり、同僚となった、ゲルト・エンゲルスの仕事ぶりは特筆すべきものだった。

今回がブッフバルトにとって初の監督業という事実は見逃せないし、エンゲルスを自分の右腕として指名した手腕は見事なものだったといえる。
もちろん、エンゲルスはJリーグでの知識も経験も豊富で、横浜フリューゲルスで監督を務めたのを始めとして、ジェフユナイテッド市原や京都パープルサンガでも指揮を執った。フリューゲルスとサンガでは天皇杯を獲得しており、日本人のメンタリティーだけでなく、プレーにおける長所と短所を熟知している人物である。

その上、言うまでもなく、エンゲルスはサッカー関係の日本語もとても上手で、選手と直接コミュニケートできる能力は大きな利点となっている。
新監督のブッフバルトと経験豊かなエンゲルスの二人は、揺らぐことのない、気迫に満ちた姿勢でレッズを率いた。
ブッフバルトが白馬の背に跨がってグラウンドを1周し、引退式に詰めかけた観客の声援に応えた、1997年の駒場スタジアムでのシーンを、私は決して忘れないだろう。あのシーンはまさに彼の選手生活の最後を飾るもので、あの時の人気を見て、いつの日か必ず、彼は指導者として戻ってくるだろうと思わずにはいられなかった。

もっとも、ブッフバルトの前任者もレッズの成功に大きな貢献を果たした。ハンス・オフトは、2003年のナビスコカップで浦和を優勝に導き、信頼していたアシスタントのビム・ヤンセンともに、今日の成功の基礎を築いた。
オフトとヤンセンはレッズのプレーに規律と方法論を持ち込み、さらに熱狂的で、忠実なサポーターの姿により、クラブは日本中の若くて、才能のある選手の憧れとなった。

また、レッズのセカンドステージ優勝は坪井と山瀬という二人の主力日本人選手なしでは成し遂げられなかったということも記憶に留めておかなければならない。
ナビスコカップ決勝のFC東京戦と、ホームでのグランパスとのリーグ戦という、最高にプレッシャーのかかる2つの試合で浦和が敗れたため、総合優勝を賭けた戦いではわずかに横浜F・マリノスが有利という予想も成り立つが、坪井と山瀬を途中で欠いた状態でも、最後には優勝を勝ち取った浦和レッズの選手層の厚さも証明済みである。
レッズはシーズンの掉尾を勝利で飾りたいところだろうが、現実的で、忍耐強い岡田武史も新たな作戦を練って2試合のプレーオフに臨んでくるだろう。

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ジーコと日本代表が逸したもの

2004/11/22(月)

(日本代表の)プラスの面に目を向けてみよう。日本は2006年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選にパーフェクトレコードで進出した。
6戦全勝、そして許したゴールは3月31日にアウェーで行なわれたシンガポール戦(2−1で勝利)でのわずか1点だけである。

次はマイナス面。水曜夜に行なわれたホームでのシンガポール戦で、ジーコ監督がなぜ代表メンバーの選択肢を広げようとしなかったのか、私には理解できない。
玉田のゴールで1−0の勝利を勝ち取ったとはいえ、ジーコは来年はじまる最終予選のための新たな選手を見る良い機会を逸したのではないだろうか。
ジーコの選択は、ヨーロッパ組の選手たちの陰でベンチに座っていた忠実なプレーヤーに対するご褒美のようだった。
ただしディフェンダーは、三浦淳宏と松田直樹の2人がプレーしているし、必ずしもそうではないらしい。これについてはまた別問題である。

さらに、だ。ジーコはなぜ、選手たちが好み、チームもうまく機能する3−5−2から4−4−2のフォーメーションに戻したのだろうか。
数週間前のコラムで私は楢崎、茂庭、宮本、中澤、石川、今野、中田(浩)、村井、小笠原、鈴木、そして大久保というメンバーをシンガポール戦の代表候補として書いた。
思うに、このラインナップならチームのバックボーンを保ち、これまでのチーム方針を妨げることもない。また一方で、調子の良いJリーグの選手たちにW杯という経験を積ませることもできる。
仮にジーコが、このメンバーではあまりにも変更が多すぎる、また、これでは松田、三浦、藤田そして本山といった控え選手たちとの信頼関係が損なわれると考えたのだとしたら…。ただ単に、新メンバーに「代表とはどういうものなのか」を理解させるために、また来年の代表招集が困難にならないようにするためだけにでも、招集してみてもよかったのではないだろうか。

グループ3ではすでに最終予選進出チームが決定しており、ジーコにはプレッシャーも何もなかった。彼の選手選出のポリシーが、私にはまったく理解できない。大久保は再び代表でプレーするチャンスを得た。しかしまたしてもゴールはならなかった。
それにしても、ジーコはなぜ大久保を先発させなかったのだろう?途中交代では、限られた時間内で初ゴールを挙げたい彼にプレッシャーを与えるだけではないか。できることなら、試合の2〜3日前に大久保を呼び、「先発させるが、リラックスしていつものプレーをするように」と話をする。そうしていれば大久保はゴールを挙げられたかもしれないし、彼につきまとう汚名を晴らすことができたかもしれないのだ。

先にも述べたが、ジーコのW杯予選の記録は6勝0敗である。ただし、この先には強力な対戦相手が待ち受けている。
次の対戦相手の3ヶ国は12月9日、クアラルンプールでの抽選会で決まる。
来年について今言えることは、どうかジーコがフォーメーションを4−4−2に戻さないように、そして、ヨーロッパ組の全選手を同じMF−FWラインで固定するように、ということだ。
もちろん、ジーコも1次予選で様々なことを学んだであろう。今度は全ての代表監督がそうであるように、難しい決断をしなくてはならなくなる。

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北朝鮮代表を追いかけて…

2004/11/18(木)

ミステリアスで秘密主義の孤立国家…。
もちろん、北朝鮮、正式名称で言えば朝鮮民主主義人民共和国のことである。
日本と同じく、北朝鮮も2006年ワールドカップのアジア最終予選進出を決めている。
先月、日本はマスカットで勝利して1次予選・3組突破を決めたが、北朝鮮は2−1でイエメンを破り、同じ日にアラブ首長国連邦(UAE)がアウェーでタイに完敗したため、5組突破が決まった。
そういうわけで、12月9日、1次予選を勝ち抜けた8チームを4チームずつ2つに分ける最終予選の組分け抽選で、日本と北朝鮮が同じグループに入る可能性もあるのである。

今、私がドバイにいるのには、そんな理由もあるのだ。つまり、北朝鮮が水曜日にUAEと戦うので、最終予選の試合が始まる前に北朝鮮を見ておきたいと思ったのである。
北朝鮮代表がUAEに到着したのは月曜日のお昼。平壌(ピョンヤン)から北京、香港、バンコク、バーレーンを経由した18時間の旅のあとであった。チームはすぐ近くのシャラジャーにある「ホテル・ホリデーインターナショナル」にチェックインし、午睡をとり、それからアル・シャラジャー・クラブでの練習に出向いた。

率直に言うと、メンバーはとてもリラックスしていて、友好的そして開放的に見えた。
団長のキム・ジョンシク氏はかつてのFIFAの公認レフェリーで、英語が達者な人だ。彼をサポートするのは、北朝鮮オリンピック委員会事務次長であるリ・ハクム氏。
ユン・ジョンス監督は42歳にしては若く見える人で、かつては代表チームでキャプテンを務めていた。選手時代は代表で10年間プレーしており、1993年にカタールのドーハで行なわれた、1994年ワールドカップ最終予選の北朝鮮代表チームのメンバーでもあった(思い出させて申し訳ない。その後の輝かしい戦績にも関わらず、イラク戦での2−2のドローは今も日本のファンにとって辛い思い出なのに…)。

私は2回の練習を両方見学したが、北朝鮮の選手たちは好調で、頑健で、運動能力が高そうだった。湾岸地帯の熱気のなかでも、全力で走り回っていた。
北朝鮮はUAE、タイ、イエメンと同組のグループを勝ち上がってきた。勝って当然というようなグループではなかったのである。
北朝鮮について詳しい人はあまり多くはいないため、水曜日の夜の試合はとても興味深いものとなるだろう。

火曜日の朝、監督は雑誌『フットボール・アジア』とウエブサイトのインタビューを受けていたが、とても快活で、冗舌だった。水曜日の試合のフォーメーションだけは明らかにされなかったが、それを秘密にするのは彼だけではない。
その夜の公式練習はメディアに公開されていたので、私はタッチライン沿いの北朝鮮ベンチの横に置かれた椅子に腰かけ、自分自身の目で北朝鮮チームを見ることにした。
1966年ワールドカップ・イングランド大会での北朝鮮は今も伝説として語り継がれているわけなのだが、今回の北朝鮮チームにしてみれば、一人の西洋人が自チームに興味を抱いていることが驚きであったようだ。

*このコラムは16日に書かれたものです

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安全圏に一歩近づいたレイソル

2004/11/15(月)

柏レイソルにとって、とても大きな1勝、そして貴重な勝点3だった。
彼らは国立競技場でのアルビレックス新潟戦にどうしても勝つ必要があった。その新潟戦に3−1で勝ち、柏はリーグ最下位のセレッソ大阪に5ポイントの差をつけた。
残り3試合の時点で、セレッソは勝点19、レイソルは同24。セレッソがレイソルに追いつくことは非情に難しくなってきた。セレッソはアウェーでの2試合を含む残り3試合のうち、できれば全勝、少なくとも2勝する必要がある。

ホームスタジアムについて言うと、私はこの数年間で、レイソルにとって日立スタジアムは彼らの要塞であると考えるようになっていた。大き過ぎず、コンパクトなグラウンドで、ファンがピッチに近く素晴らしい環境だ。
熱狂的な“イエローモンキーズ”たちがゴール裏のネットに群がる姿は、アウェーチームに威圧感を与える。
にも関わらず、今シーズンのレイソルは、日立スタジアムではシーズン開幕戦の大分トリニータ戦の2−1の勝利、このわずか1勝しか挙げていないのだ。
チームが好調を維持していくためには、ホームゲームは勝たねばならない。これが今シーズン、レイソルの抱えている根本的な問題である。

彼らの直近の敗戦はホームでのヴェルディ戦。若きストライカー森本に素晴らしい2得点を奪われ、0−2で敗れている。
森本の2ゴールには彼の成長と冷静さがよく出ており、今後6年間にわたって彼が日本の各年代で鍵を握る存在になるだろうと思わせるものだった。2008年に開催される北京オリンピック予選に出場するU−23日本代表でも、彼がプレーする機会は必ずあるだろう。

ヴェルディがレイソルを破ったその翌日、セレッソは磐田で試合終了3分前までリードしていながら、結局2−2で引き分けた。
セレッソのディフェンスで私が最も納得できなかったのは、リーグの中でも屈指のヘッドの強さを誇る福西をペナルティエリア内でフリーにし、その結果、同点ゴールを決められたのは何故なのかということだ。
福西は前半にもヘッドで決めていた。それにも関わらず、名波の左コーナーキックの場面でセレッソディフェンスは福西へのマークを怠ってしまった。日本代表のMF福西がこんな至近距離でミスを犯すはずもない。

こうした小さなミスは、シーズンを通して見ると重くのしかかる。この日、セレッソは貴重な勝点2を逃す結果になった。
今シーズン、ホームで絶不調のレイソルだが、なんとかシーズンを乗り切れそうである。

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大久保なら、大丈夫!

2004/11/11(木)

大久保嘉人がヨーロッパでのプレーを目指す日本人選手のリストに加わることになったのは、当然の帰結と言える。
現時点(※編集注:8日時点)では、どうやらスペインが大久保の移住地になりそうである。もっと正確に言えば、スペインの保養地であるマジョルカ島である。
福岡県出身でセレッソ大阪に所属する22歳の火の玉小僧にとって、これは大きな飛躍のチャンスだろう。スペインの1部リーグはおそらくヨーロッパで、そして世界で最高のリーグだからだ。
若き大久保が6か月間のレンタル契約でマジョルカに移籍するとして。さて、大久保には成功できるだけの資質が備わっているのだろうか?

少し前から、私はこの質問をJリーグの選手や監督たちに幾度となく投げかけているのだが、みな一様に、こう答えた。
「大丈夫。大久保にはヨーロッパで成功できるだけの資質が備わっているよ。」

うまく契約がまとまって欲しいなと思っている。スペインの大舞台で大久保が実力を発揮し、成長してゆく姿を見るのが楽しみでならないからだ。
大久保がみんなから好かれる理由は、そのひたむきさにある。
ゴールを決めることをひたすら愛し、自信と信念を持って相手ディフェンダーをかわし、シュートを放つ。
どんなストライカーでも、たとえロナウドでもミスすることはあるのだが、大久保はそれをいつまでも悔やみ続けたりはせず、ひたすら挽回を目指すのだ。
日本では、明らかにシュートのチャンスという時に、ボールを思い切り蹴らずにワンタッチしようとして、ディフェンダーのタックルを受けたり、自分で責任を負わずにチームメートにパスやクロスを送ろうとするシーンがあまりに多い。

でも、大久保はそうじゃない。
大久保は自分が何をしたいのかを知っていて、ゴールがどこにあるのかも知っている。スペインでも、大久保はこの冷酷な、殺し屋のようなプレーを続けなければならない。
君のことをどん欲だとか、自分勝手だとか言う人たちに耳を貸す必要なんかないんだよ、嘉人!
君はストライカーであり略奪者だ。仕事はゴールを奪うこと――しかもできるだけ多く奪うことなんだ。

もちろん、大久保にはもう1つ別の一面がある。過去に何度もトラブルに首を突っ込んでしまったということだ。
問題は彼の気性、怒り、不満であり、1人の選手が一人前のサッカー選手、そして一人前の男になるための成長途上にあるということなのである。
いま大久保がしなければならないことは、エネルギーを正しい方向に向け、日頃から感情を爆発させないように努め、自分の仕事に集中することなのだ。

スペインでプレーすることは、こうした部分でも助けになるだろう。第一に、レフェリーやアシスタント・レフェリーには日本語の暴言を理解できない。第二に、大久保もJリーグのときのように井の中の蛙ではいられないからだ。
大久保の攻撃性やパワーに驚くスペインのディフェンダーも、少しはいるかもしれない。だから、彼が移籍後すぐにいくつかゴールを決め、チーム内で確固たる地位を築けるように願おうじゃないか。

散々な立ち上がりであったマジョルカも、今後は新監督のエクトル・クーペルのもとで順位を上げてゆくことだろう。
そのとき大久保がチームに貢献できているようなら、夏には完全移籍が実現するかもしれない。

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ジーコ監督の選択にホッとした日本サッカー協会

2004/11/08(月)

ごくごく当然の選択だった。
私が言っているのはもちろん、17日のワールドカップ予選、日本にとって消化試合となったシンガポール戦に数人のベテラン選手を招集するという計画をジーコ監督が断念したことである。
ジーコ監督は金曜日に代表メンバーを発表したが、その中には、ゴン、カズ、そして秋田の名前はなかった。ジーコ監督は日本代表への彼らの貢献に対する感謝の気持ちとして、この3人を選出することを検討していたのだ。
考えそのものは素晴らしいが、こうした場で、この時期に行なうべきものではないだろう。あまりの批判的な報道の多さに、監督は考えを改めた。

今週初めにジーコ監督は、この計画に対する批判は、名前の挙がったベテラン選手に対して失礼だと話していた。
しかし、このジーコ監督の発言は見当違いだろう。
私はオマーンから帰国する際に関西空港で最初にこのニュースを目にした時から、彼の計画には反対だった。そして私が反対する理由は、ベテラン選手を軽視することとは全く関係ない。
カズはプロフェッショナルの見本で、彼の仕事に対する意欲、態度は誰もが見習うべきものである。
ゴンも然り、サッカーへの情熱、そして彼の華々しいゴールの数々は彼の年齢の半分ほどの選手たちからも羨望のまなざしを受けるに違いない。
ラフでタフなイングランドスタイルのセンターハーフであり、鹿島アントラーズの成功の中核でもあった秋田は、常にお気に入りの選手だった。

私は決して、彼らベテランを軽視しているわけではない。
ただ、ワールドカップ予選というものは、こうした慈善ゲームを行なう場ではないだろう、ということだ。
ジーコ監督がベテラン選手に対して感謝の意を込めたゲームをしたいというのなら、日本サッカー協会が主催して、そうした目的のための試合を行なうべきだ。
例えば、オーバー30日本代表対オーバー30韓国代表、“キリン・ゴールデンオールディーズ・スーパーチャレンジカップ”、なんてのはどうだろう。きっと国立競技場も観衆で埋まだろうし、カズやゴン、秋田らにの感謝の意を表するにはもってこいの場になるだろう。

さて、シンガポール戦代表メンバーに話を戻そう。ジーコ監督はもっと新しいプレーヤーを選出すべきだったと思う。
選ばれたのは大久保だけ。ただ、“若きヨシト”にとってはフル代表での初ゴールをあげる良い機会であることは間違いない。
ジーコ監督には、オリンピック代表メンバーや他の選手たちにもっと目を向けてもらいたかった。2006年ワールドカップに向けて、来年は代表メンバーをもっと充実させなければならないのだから。
以前にも言ったが、茂庭、今野、そして石川といった選手たちにとって、シンガポール戦は経験を積む良い機会だっただろうし、左ウィングに村井のような新メンバーを選択することだってできたはずだ。
一方、ジーコ監督は、代表メンバーを軽視しているという非難を受けることもなく、これまで黙ってベンチでチャンスを待っていた何人かの選手たちに機会を与えられるのだ。
これは彼の最初の計画よりずっと意味があると思うし、いわゆる“ゴールデンオールディーズ”計画を断念した今、ずっとフェアな歩み寄りといえただろう。いずれにせよ日本サッカー協会にとっては、これで信頼度も上がり夜もゆっくり眠れるというものだ。

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ナビスコカップ決勝戦を前にして

2004/11/04(木)

Jリーグ待望の決勝戦である。
スポンサーのヤマザキナビスコにとっても、待望の決勝戦だ。
しかしそれは、FC東京にとっても待望の決勝戦なのだろうか?どうもそうではないような気がする。

カップ戦の決勝戦は何が起きるか分からないと言われていることは知っているが、水曜日に国立競技場で行なわれるナビスコカップ決勝戦直前の両チームの成績を無視するわけにもいかない。
浦和レッズは絶好調で、セカンドステージ残りわずか4試合の時点で、2位に勝点7差をつけて首位。初のステージ優勝を目前にした状態だ。
一方のFC東京は、ゴールを挙げるのにも、勝点を獲得するのにも苦労しているといった状態で、ナビスコカップ決勝戦でも苦戦は免れないように思える。
とはいえ、FC東京は大勢の熱狂的ファンが直近の対戦を思い出させ、チームを鼓舞してくれるかもしれない。
9月24日、両チームは味の素スタジアムでリーグ戦を戦い、FC東京が見事な戦いを見せ、1−0で勝利した。
その夜はディフェンスの中央に位置する茂庭とジャーンのコンビが素晴らしい働きをみせ、セカンドステージ開幕から5連勝中に21ゴールをマークしたレッズの攻撃陣を封じ込めた。

シーズン初めにはレッズが埼玉でFC東京を2−1で破っているので、リーグ戦での直接対戦を見るかぎりは互角と言える。
どちらが勝つにしろ、激しい戦いになりそうである。
浦和に勝って以来、リーグ戦でのFC東京の戦いぶりは悲惨なものだ。実際、浦和戦以降リーグ戦では1勝もしておらず、3分け2敗という成績。ひょっとすると、大一番に備えて力をためていたのだろうか?

同じ時期、レッズはリーグ戦で4勝し、引き分けは1つだけ。水曜日の決勝戦、どちらのチームが自信満々でピッチに登場するかは明らかである。
浦和には過去2シーズンの経験がある。いずれのシーズンも、浦和はナビスコカップの決勝戦を鹿島アントラーズと戦った。
2002年はアントラーズが勝ったが、昨年はレッズがリベンジを果たした。その日は、ハンス・オフトがシーズン終了後に辞任するというショッキングな発表をした日としても記憶されるようになるだろう。

オフトの後任ギド・ブッフバルトのこれまでの仕事ぶりは申し分がなく、チームはリーグチャンピオンシップ、ナビスコカップ、天皇杯の三冠も狙える状態である。
個人的にはFC東京の素晴らしいファンのために、そして一般的にはFC東京以上の財源を実際に持っている他のクラブのお手本となるように、青のユニフォームのFC東京にはレッズ相手に果敢に戦って欲しい。
しかし、リーグ戦の成績に反してFC東京が勝利すれば、ビッグ・サプライズとなるだろう。
さて、私の予想は、レッズが2−0で勝利だ。

*このコラムは11月2日に書かれたものです

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ジーコの役に立たないアイデア

2004/11/01(月)

以前、あるドイツ人ジャーナリストが、「FIFAのゼップ・ブラッター会長は毎日50のアイデアを思いつくが、そのうちの51は役に立たない」と書いていた。
ワールドカップ・アジア1次予選グループ3での日本の最終戦、11月17日のシンガポール戦でジーコが「黄金のベテランたち」を起用するプランを立てていると知った時、このフレーズを思い出した。

J1の16チームの多くはこのアイデアに反対のようで、その意思をJFA(日本サッカー協会)技術委員会の田嶋幸三委員長にはっきりと伝えた。

そりゃあそうだよね。
クラブの意向が考慮されてしかるべきだし、ジーコが代表選手の発表を行なう前に、プランそのものが取り下げられて欲しいと思っている。
報道によれば、ジーコが母国で今も続けている、おなじみの休暇から帰ってきたら、田嶋委員長がこの件について伝えるそうだ(来年に向けて自分のチームをさらに強化したいのなら、ジーコはJリーグの若き才能をチェックしたほうが良いのに、と私は思った)。

そんなわけで、過去ではなく、未来に向けての取り組みを進めている日本サッカー界の人々の希望がまったく潰えたわけでもないのである。
私は、当初からこのプランに反対である。とても多くの疑問点が浮かび上がってくるからだ。
たとえば、もしゴン中山がシンガポール戦で3ゴールを上げたらどうするのだろう? どのような理由をつけて、ジーコは彼を次戦のメンバーから外すのだろう?
もしキング・カズが、国立で6−3で勝利した1997年のウズベキスタン戦のように、4ゴールを決めでもしたらどうするのだろう? これまたどのような理由をつけて、ジーコは次戦でのカズの招集を見送るのだろう?

私は、こんな馬鹿げたプランはないと思っているが、嬉しいことに、他のJ1チームの多くも同じように考えている。JFAはこのプランを阻止すべきである。
シンガポール戦は、ジーコにとって、何人かの新顔にワールドカップ予選を経験させる、願ってもないチャンスなのである。
日本はすでに楽々と最終予選進出を決めているから、“次のラウンドへの予選”という意義はなくなってしまったが、それでもこの試合がワールドカップの予選であることには変わりはない。つまり、プレッシャーや期待を背負って戦う試合なのである。
何人かの新しい選手を試すのに、これ以上のチャンスが今後ジーコに訪れるだろうか? ジーコはいつも、ワールドカップまでに選手を見る時間が少なすぎるとこぼしていたのに、いざチャンスが来たら、功労者を感謝する試合に変えようとしているのである。

それから、ヨーロッパにいるスター選手を呼び戻す必要もない。
最後に、私が選んだシンガポール戦の日本代表を記して終わりにしよう。

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