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さよならサンパイオ、Jリーグの偉大なる奉仕者

2004/07/01(木)

 サンフレッチェ広島のファンが一心不乱にブラジルの国旗を振り、「サンパイオ、サンパイオ」と歌っていた。
 この光景は、なんと駐車場の中。しかも、土曜日の午後のジュビロ磐田戦が終わって、かなり経ってからのことである。
 その男、セザール・サンパイオは、最後にもう1度だけファンに控えめに手を振り、待たせてあったタクシーに乗り込み、夕暮れのなかに消えて行った。
 Jリーグは、偉大なる奉仕者を失った。

 現在36歳のサンパイオは、J1で最後となる、156試合目の試合に出場した直後であった。
 この中盤の達人も年齢には勝てず、スタミナやスピードも、かつては展開の速いJリーグに充分対応できていたが、最近はそうもいかなくなった。
「前半はまあまあだった。」
 試合後、サンパイオはそう話した。
「でも後半は、一生懸命走り回ったのに、ボールに触れなかったんだ」

 誠実な人間であり、サッカー選手である、彼らしい正直な告白だった。
 横浜フリューゲルスから柏レイソルに移り、最後は広島でプレー。彼の日本での選手生活を通じて、私にとってサンパイオは信頼できる紳士であった。
 最初に彼に会ったのは、1995年のタイ。アジアサッカー連盟のイベントで、フリューゲルスがタイ・ファーマーズバンクと試合をした時だった。
 サンパイオはクラブにやって来たばかりで、彼とともに、1994年ワールドカップ優勝チームのミッドフィルダー、ジーニョ、さらに長身のセンターフォワードのエバイールもフリューゲルスに入団していた。フリューゲルスはこのトリオを獲得するために1,000万ドル以上を払っていた(数年後の破綻も不思議ではないか!)。

 サンパイオは古典的な守備的ミッドフィルダーだった。エネルギーを節約して頭を使い、タイミングの良いタックルで相手チームの攻撃を分断すると、直後に短い、クレバーなパスを出してカウンター攻撃の糸口となった。
 彼のプレーは、おしゃれでも、スペクタクルでも何でもなかった。基本的なことを、とてもうまくこなした。簡単にプレーしているように見えた。

 サンフレッチェのファンは、J1昇格を勝ち取った際の彼の働きぶりに感謝していた。ファンは、ヤマハスタジアムに「Obrigado」(オブリガード:ポルトガル語で「ありがとう」の意味)と書いた大きな横断幕を掲げ、何人かは緑とカナリアイエローのブラジル国旗を振っていた。試合後、サンパイオは、サンフレッチェ・ファンの暖かさに感極まった様子であった。

 サンフレッチェの小野剛監督は、日本の若手選手たちは試合や練習で、そして彼の規律正しいライフスタイルを見て、ピッチの内外のサンパイオから学ぶことができたと言う。小野監督の言葉を引用すれば、サンパイオは完ぺきなプロフェッショナルだった。
「彼は、言葉では言い表せられないくらい多くのことを与えてくれました」と小野は言う。
 サンパイオは自分のチームのためだけでなく、ブラジルの国民のためにも、日本で大きなことを成し遂げたのである。
 Obrigado!(ありがとう!)

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