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2004年6月

川崎でのカンフー:J2の奇妙な一夜

2004/06/28(月)

昨年の今頃、柳下正明監督はジュビロ磐田の監督として優勝争いの真っ只中にいた。
水曜日、彼は等々力スタジアムのベンチで、彼が指揮するコンサドーレ札幌が絶好調の川崎フロンターレに0−6でこてんぱにやられるのを見ていた。
私は常々、札幌のサポーターには感心させられていた。そしてこの水曜日にも約400人のサポーターがチームカラーの赤と黒に身を包んでいた。
6点もの大量ゴールが札幌のネットに突き刺さっても、それでもサポーター達は悪戦苦闘しているチームの応援を続けていた。
試合終了のホイッスルが鳴り、両チームの選手たちが各サポーターへの試合後の挨拶に向かった。しかしこの後、ビジターサイドに何が起こるのか誰も予想だにしていなかった。

何人かの札幌サポーターは選手に向かって後半の彼らの不甲斐なさに対する怒りをあらわにしていた。
そしてペットボトルがスタンドから投げ入れられた。
札幌の選手たちはこれらのサポーターの反応に気を悪くすることもなく、ピッチとスタンドを隔てるフェンスに向かって歩き始めた。
突然一人のサポーターがフェンスを越えて、エリック・カントナのように一人の選手に向かって空手の蹴りのポーズをした。
5〜6人のサポーター達がそれにつづいてフェンスを越え、警備員達は小競り合いを止めようと間に割って入った。柳下監督も続いて何とかいざこざを収めようとした。
多くの人々が大きなショックを受けたが、札幌の選手たちのショックはさらに強いものだった。

さて、事態はどう収拾されるのだろうか?
コンサドーレは自チームのサポーター達をコントロールできなかったとして処罰されるのだろうか?
ホームゲームを非公開で戦わなければならなくなる?
乱入したサポーターの身元が判明したなら、彼らは今後、チームの試合観戦を禁止されるのだろうか?
フロンターレはアウェーチームのサポーターへの警備を怠ったということで問題にされるのだろうか?
マッチコミッショナー、難波邦雄氏のレポートはJリーグの調査の重要な鍵を握ることになる。

Jリーグで北海道を代表するコンサドーレの重要な役割を考えると、厳重な警告を発するのが妥当であろうと私は思う。
チームはいつでもサポーターの行き過ぎた行動に対して禁止を言い渡す事ができる。
しかし何が起ころうとも、サポーターのメッセージは、わずか勝点9でJ2最下位に甘んじている選手たちに伝わらなくてはならない。
この事件がチームに転機をもたらすかもしれない。そして結果的にポジティブなものを生み出すことになるかもしれない。

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1stステージはまだ終わっていない

2004/06/24(木)

 勝点2をリードして、ホームの試合を残している横浜F・マリノスがファーストステージ優勝の最有力候補であるのはまちがいないだろう。
 土曜日に最終第15節を残している現在、論理的に考えればそういう結論になる。
 しかし、昨シーズンのセカンドステージに迎えた劇的な結末は、サッカーの世界では何でも起りえるのだということを改めて立証するものであった。
 個人的には私は、ファーストステージはまだなにが起るかわからない、と思っている。

 マリノスは勝点33で、ホームの鹿島アントラーズ戦。
 ジュビロは勝点31で、ホームのサンフレッチェ広島戦。
 小野剛監督と彼の「三本の矢」にはまったく申し訳ないのだが、対戦相手にはどちらが恵まれているだろう。
 マリノスが勝てば、勝点が36になり、優勝決定である。
 引き分けで勝点が34になった場合、ジュビロが勝てば勝点34になり、その結果…、得失点差で有利なジュビロのファーストステージ優勝となる。
 その日は、緊張した1日となるだろう。マリノスもジュビロも、勝たなければならないと自覚しているからだ。

 先週の土曜日、私は鹿島に行っていたのだが、ロスタイムの失点で敗れたジュビロのロッカールームの外側には失意とあきらめの雰囲気が漂っていた。
 その夜には、状況はジュビロにとってさらに悪くなった。柏の葉でマリノスが2−1で勝利し、首位に立ったからだ。
 しかし、それから数日経った今の時点では、ジュビロの選手たちも気持ちを入れ替えているし、土曜日には、サンフレッチェに勝つというモチベーションは充分に高まっていることだろう。

 先週、ジュビロの選手たちは、アントラーズが誰にも譲歩しないこと、たとえ自分たちの順位に関係ない時であっても譲歩しないことを、骨身に感じたはずだ。
 アントラーズは誇り高く、威厳に満ちたクラブである。先週の土曜日には、カシマスタジアムでジュビロが優勝を祝うのを許さなかったし、今度もマリノスに敗れて、自分たちではなく、他のチームが優勝を祝う席には立ち会いたくはないだろう。

 今週、マリノスの岡田監督が次のように語った。「アントラーズは良いチームで、高いモチベーションで試合に臨んでくるから、簡単な試合にはならないだろうね。」
「ただし、うちのチームもモチベーションが高まっているし、コンディションも、コンビネーションも良くなっている。」
 両チームは素晴らしいプレーをしなければならないだろう。今回も土壇場の大逆転があり得る状況だからだ。

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宙ぶらりんの山本監督のプラン

2004/06/17(木)

 数週間前、オリンピック代表監督の山本昌邦は人もうらやむような立場にいた。
 日本の23歳以下の代表は3大会連続のオリンピック出場を決め、山本はアテネに連れて行くオーバーエージ枠の3選手を自由に指名することができた。
 慎重に考え、分析した末、山本はゴールキーパーの曽ケ端、中盤の小野、前線の高原を選んだ。
 現時点では、アテネで確実にプレーできるのは曽ケ端だけである。
 小野のアテネ行きは、フェイエノールトの許可が出るのを日本サッカー協会(JFA)が待っている状態で、高原はといえば、2002年ワールドカップ欠場を余儀なくされた病気にまたも悩まされている。

 フェイエノールトがあまり小野を行かせたくないという理由はわからないでもない。
 まず、ヨーロッパではオリンピックはあまり重要視されていない。それに小野はチームで最高の選手の1人だし、オランダでは2004-05年のシーズンがオリンピック期間中にスタートする。
 小野は次のシーズンのキャプテンに任命されるかもしれないし、新監督のルート・フリットはシーズン前のチーム強化の段階から小野のチーム合流を望んでいる。
 高原は、まだオリンピック参加が絶望になったわけではない。現在、日本に戻っており、JFAのメディカル・チームのお墨付きが出れば、所属クラブのハンブルガーSVはアテネでのプレーを許可するだろうと関係者は自信を持っている。

 山本は待つしかない立場であり、本当なら今ごろ問題なく出場が決まっているはずの、自分の選んだ選手の動向にやきもきしていることだろう。
 もし小野と高原の出場できなくなれば、山本はオーバーエージ枠の選手を曽ケ端だけにする覚悟に思える。
 表面的には、山本はJFAとジーコに他の年長選手の招集を求めていない。A代表には、7月17日からのアジアカップが待ち受けているからだ。
 オーバーエージ枠が曽ケ端だけということになるのであれば、山本の大胆な決断と言うほかはなく、若き日本代表は今まで以上のプレーを披露し、自分たちを信頼するという監督の決断に報いなければならない。

 日本代表のオリンピック予選を振り返ると、私には、ゴールキーパーと中盤の左サイド、それにセンターフォワードの3つのポジションが弱いように思える。
 山本は、おそらく今野の左でプレーする守備的ミッドフィルダーとして小野を起用するつもりだったのだろうか、それともツートップの後ろの攻撃的ミッドフィルダーとして起用するつもりだったのだろうか?
 ひょっとすると、我々には永遠にわからないかもしれない。

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久保:未完の大器からの脱却

2004/06/14(月)

今の久保竜彦は止められない。
いや、厳密に言うと右ひざに爆弾を抱えてはいるのだが。
その爆弾とは、久保が日本代表の頼れるストライカーとしてちょうど頭角を現し始めた頃の負傷で、彼にとって非常に嫌なタイミングだった。

水曜夜の対インド代表戦、彼はペナルティーエリアで三都主の絶妙なパスを受け、左ボレーで素晴らしいゴールを決めた。
そして、彼のヘッドで落としたボールが福西に2−0とするゴールを与え、その後久保が受けたファウルがチーム3点目となる中村のフリーキックのきっかけとなった。
ジーコ監督は久保の膝を考慮して、ハーフタイムで交代させた。

土曜日に神戸で行なわれる試合でも彼はマリノスの先発メンバーから外れることだろう。
金曜日、戸塚での練習後、岡田監督は久保をベンチには入れるかもしれないが、試合自体には出場させたくないと話していた。
チームドクターは岡田監督に、久保には休息をとらせるしかないと伝えたのだが、ファーストステージはまだ2週間残っている。チームドクターは久保には2〜3週間の休息が必要だと付け加えた。

岡田監督の下で久保はものすごく成長した。
サンフレッチェでの彼の未完の大器ぶりは忘れられないものだ。彼はワイルドで予測不能で、マークすることが困難だった。
現在の彼は、未完から完成された大器に見え始めている。完璧なセンターフォワード、頭でも足でもゴールを決めることができ、かつ、チームメイトのアシストもできる。

トルシエ監督は久保に幾度かチャンスを与えていた。といってもそう長いものではなかったが・・・。そして彼が2002年ワールドカップのメンバーの座を勝ち取るのを待っていた。しかしながら久保はそこには至らず、トルシエ監督は代わりに西沢を選んだ。
久保のターニングポイントは12月に開催された東アジア選手権、対中国戦で2ゴールを挙げたことだった。そして、それ以来彼は対オマーン戦、ハンガリー戦、チェコ戦、アイスランド戦(2ゴール)、そして今回のインド戦と得点を重ねてきた。日本代表11試合で8ゴールである。これはいくつかの強豪国相手に、素晴らしいゴール率である。

来月中国で行なわれるアジアカップでアジアのディフェンスを撃破するために、ジーコ監督は久保が必要である。彼の右膝の回復を祈ろう。

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中田浩二、代表復帰!

2004/06/10(木)

 ジーコは、代表監督に就任して以来、面白い人選を何度かしてきた。
 バック陣に坪井を加えたのは、成功だったようだ。
 中盤の右サイドでは、加地が立派な新戦力となっている。
 また、前線では柔らかいボールタッチと優美な左足の技術を誇る玉田が観る者を魅了する。

 最近のジーコの絶妙な人選といえば、私のもっとも好きな日本人選手の1人である中田浩二を、故障による長期離脱から復帰したばかりであるにもかかわらず招集したことである。
 水曜日のインド戦は、浩二が先発メンバーに名を連ねるには1ヶ月早過ぎるように思われるので、稲本のポジションを埋めるのは福西になるだろう。福西は、コーナーキックやフリーキックの時にニアポストの空中戦で抜群の強さを発揮する選手だ。
 とはいえ、ジーコがさっそく浩二を代表に再招集したのは評価したい。浩二には前途洋々な未来があるからだ。

 2002年のワールドカップ後にジーコが代表監督に就任したとき、私は、浩二の起用が少なすぎる、と感じていた。新監督がいわゆる「黄金の4人」を中盤に起用しようとしていたからだ。
 浩二は、チームにバランス、まとまり、方向性をもたらす選手であり、金曜日の夜の11時に渋谷駅に集まった日本の「オールスター」の中盤に欠けていた才能なのである(あの時は、あらゆる方向から人々が殺到してきたなあ)。

 浩二が先発メンバーに復帰してからの鹿島のゲームは観戦していなかったので—鹿島ファンには申し訳ないのだが、最近の私はジェフやヴェルディのような「ビッグ・チーム」ばかり観ているのである—、渋谷駅で浩二のいわば「実物」を見たときには心底驚いた。
 浩二は体が大きく、たくましくなったように見えた。おそらく膝の回復期間に行なっていた水泳とウエイトトレーニングの成果なのだろう。

 私が最初に感じたのは、ほんの少しパワーと筋肉が増した、新しい外見の中田をトルシエが見たら、きっとディフェンスの左サイドに起用したがるだろうということだった。
 浩二の体重が増えたかどうかは確認できていないのだが、おそらく体重は変わっていないのだろう。JFA(日本サッカー協会)には74キロで登録されていて、シーズン当初のJリーグハンドブックにも同じ体重が記載されていたからだ。
 しかし、見た目ははっきりと大きくなっているし、これはモダン・サッカーでは悪いことではない。

 月曜日の高校チームとの練習試合で控えチームの一員としてプレーした浩二の調子は良さそうだった。特に、小笠原や本山が横に並び、アントラーズの同僚であった柳沢や鈴木が前線にいるときは、良く見えた。
 中田浩二が代表のレギュラーに復帰するのはさほど先ではないだろう。ジーコのチームに何より必要なのは、彼の経験と静かな威厳なのである。

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3−5−2システムの恩恵を受けるジーコ監督

2004/06/07(月)

ジーコ監督が日本代表監督に就任してほぼ2年になるが、最近のヨーロッパ遠征の結果は非常に明るいものがある。
それはなぜだろう?
個人的には、彼が“黄金の4人”を諦め、ディフェンス戦術を変更せざるを得なくなったからだと思う。

98年フランスワールドカップでの岡田武史監督、そして1998年から2002年のフィリップ・トルシエ監督も使っていた3−5−2システムはチームによりバランスをもたらし、またよりチームをまとめ、そしてその結果、自信をも生む。
ジーコ監督の4−4−2システムでは、守備の甘いディフェンダーのお陰でミッドフィールドが混乱することになり、対戦相手よりもむしろ日本の選手を混乱させた。
3−5−2システムの利点を少し述べてみよう。

1)2人のセンターバックの代わりに3人のセンターバックを使う事で、ジーコ監督は4−4−2システムでの坪井と宮本の代わりに日本のベストディフェンダー中澤を使えるようになった。
2)ディフェンス意識の欠如が目立ち、さらには彼のもつ天性の攻撃本能が抑制されてしまっていた三都主をこれ以上左サイドバックとして使わずに済む。
3)右サイドに加地、左には三都主、中央に小野と稲本、そしてプレーメーカーに中村という具合に中盤に5人のMFを配置する事によってチームはより良くまとまる。稲本の負傷は彼自身の将来にとって微妙な時期であり、非常に残念である。
4)2人のフォワード、久保と玉田はヨーロッパでベンチを暖めている選手と違い、毎週Jリーグでプレーしており非常に好調だ。ジーコ監督もこの点については思い知ったらしく、対イングランド戦では先発メンバーのうち8人がJリーグの選手だった。
5)ただ1人、中村だけがチーム構成の範囲内で、ある程度自由が認められる。

言葉を代えて言うと、今のジーコ監督のチームは3人のバック、5人のMF、そして2人のトップと、トルシエ監督のチームとほぼ同じだと私は思う。
もちろん今のディフェンスはオフサイドトラップと相手オフェンスの動きに合わせたラインの上げ下げに重点をおいた“フラットスリー”でなく、リベロ(宮本/井原)と2人のストッパー(中澤/秋田、坪井/中西)を配置した岡田監督の3バックシステムに近い。個人的にはリスクの高い“フラットスリー”より現在の3バックシステムの方が良いと思う。
2度のヨーロッパ遠征を終えた後、代表チームについてはトータルとしては楽観的に考えられるようになった。
もちろん、ジーコ監督が失敗から学んだのなら、である。
そこはまだ私にはわからない。それと言うのも中田英寿が復帰した時にジーコ監督が4−4−2システムに戻したとしても全く不思議ではないからだ。
そうなったらそれは重大な誤りだと私は思う。

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ブラジルの達人、ジャーン

2004/06/03(木)

 間違いなく、FC東京は若くて優秀なディフェンダーを多数輩出しつつある。
 これら若手ディフェンダーがするべきことはただ1つ。一緒にプレーしているブラジルの達人、ジャーン・カルロ・ウィッテを観察し、模倣すれば良いのだ。
 練習では、原監督が自分の持つあらゆる知識を伝授できるが、実戦の場では、ジャーンが戦士兼指導者となる。
 2002年にジャーンがこのクラブに入団して以来、私は彼がひどいプレーをしたのを見たことがない。
 しかし、ジャーンは堅実なディフェンダーであって、クリエイティブなミッドフィルダーや得点能力の高いフォワードではないので、注目に値するプレーぶりであっても、さほど注目は受けてはいない。
 ただし、彼が日本でプレーしている外国人選手のなかでも最良で、最も安定した実力を誇っている選手の1人であることは間違いない。

 土曜日、私は柏の葉公園総合競技場まで遠征し、ナビスコカップのレイソル対FC東京戦を観た。
 FC東京はキーパーの土肥とライトバックの加地が日本代表に招集され不在だったが、同じ理由で攻撃陣に玉田を欠いている不調のレイソルが相手では、さほど痛手ではなかった。
 そのうえ、FC東京にはライトバックに徳永がいたし、ディフェンスの中央にはジャーンと並んで茂庭もいた。また、左サイドでは金沢がバランスをとっていた。いつも私はジュビロのミッドフィルダーだった頃の金沢を思いだすのだが、彼はFC東京では守備の仕事を立派にこなしている。
 おそらく、これもジャーンの影響力なのだろう。

 私にとってディフェンダーの最大の仕事は、守ることであり、攻撃することではない(ここで、三都主が脳裏に浮かぶ)。
 そしてもちろん、ジャーンは素晴らしいディフェンスをする!
 馬場のフリーキックから狙いすましたようなヘディング・シュートを決めて先制点を叩きだしたのを見てもわかるように、ジャーンは空中戦に強く、しかもタックルすることを怖れず、ボールを持った時には常に正しい選択をする。
 時間とスペースが充分にあれば、ジャーンはディフェンスからボールを回し、そうでない時には確実にクリアするという方法を選ぶ。
 あまり格好良くは見えないかもしれないが、彼は絶対にリスクを負わず、絶対に余分なことをしないタイプの選手なのだ。
 日本人選手が0−0の時に危険な地域でひょいと無造作にバックヒール・パスをしようとするのを本当によく見かけるが、ジャーンは常に規律を重んじ、確率を考えてプレーしているのである。

 ジャーンは敏捷なセンターバックというわけではないが、常に試合をしっかり読み、自分の役割を全うしようとする。土曜日に何回か気づいたのだが、ジャーンは1度なら抜けるが、2度は抜けない。
 土曜日は土肥が不在のため、ジャーンがキャプテンを務めた。そして同時に、ジャーンは選手であり、コーチであり、得点者であり、教授でもあったのだ!

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