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ノーモア 平山!

2004/03/08(月)

アブダビでプレーしていたのはオリンピック日本代表チームだったのか、それとも平山相太、一人だったのか?
今週、私は日本代表の対バーレーン、対レバノン、そして対UAEの3試合を見ていぶかしく思った。
初戦で特に追うものがない時、例えばキックオフ前やファウル等で試合の進行が止まった時など、テレビカメラが追っているのは常に平山だという事にすぐ気がついた。
私にはカメラが日本の若干18歳のセンターフォワードを追い続ける事が理解できなかった。

試合はご存知のように0−0で終わり、翌朝、私は横浜に向かう電車の中で、ある男性が読んでいるスポーツ紙に大きな文字で「平山ノーゴール」と書かれているのに気がついた。
私は憤りを感じ始めていた。
私の隣には年配の女性が座り、娘さん、もしくは義理の娘さんと話をしていた。その年配の女性はバーレーンとの0−0の引き分けに終わった試合の事を話題にし、「平山君は点を取れなかったね」と話していた。
このように、年配の世代の人たちがサッカーに興味を持ってくれるのは、たとえ平山の事だけだったとしても良い事だと思う。

第2戦のレバノン戦では、“平山コンプレックス”に襲われた私はテレビのスイッチを切ろうかとさえ思った。
この日の田中は素晴らしかった。平山がヘッドで落としたボールを巧みなヘディングで先制ゴールを決め、キャプテンの鈴木啓太が挙げた2点目をお膳立てし、それからさらに、右サイドから左サイドへのクロスパスで高松の3点目をアシストした。石川の左足から繰り出された4点目は豪快そのものだった。
それにもかかわらず、テレビ局の人々はベンチに下がった平山の方が気になっていたらしい。

そして金曜日、昨夜も平山は途中交代させられた。高松と田中のゴールが日本に記念すべき勝利をもたらした後半は素晴らしかった。山本監督の目にも涙が光り、それは感動の瞬間だった。
テレビでは平山のインタビューの時間はなかった。田中、高松そして鈴木といった、限られた選手たちのインタビューのみであった。

もし、トルシエがまだ監督であったなら、この“平山ブーム”に激怒したにちがいない。そして多分彼をこの連戦から外していただろう。
もちろん平山には何の落ち度もない。しかしメディアのこの扱いはチーム環境に不均衡をもたらすのだ。
若い人材にたいするこのようなメディアの扱いは彼を迷わせるだけなのだ。そう、あのトルシエ時代の小野伸二のように。
サッカーはチームスポーツだ。そして平山はそのチームメンバーの一人に過ぎない。
彼の受けた扱いは彼自身にとっても、そしてまた、何よりもっと敬意と評価を受けて良いはずの彼のチームメートにとってもアンフェアである。

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