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2004年3月

トレーニングキャンプで光る玉田

2004/03/28(日)

かの不名誉な“カシマキャバクラ”の一件の後出てきたポジティブな話の一つは、ジーコ監督が柏レイソルのフォワード、玉田圭司を代表候補に上げたことだ。
久保、大久保抜きでは、ジーコ監督は本山雅志と並ぶもう一人のJリーグのフォワードを探すしかなかった。他の3人のフォワード、柳沢、鈴木、そして高原はすべてヨーロッパ組である。
ジーコ監督による玉田の召集は良い選択である。
レイソルのサポーター達にもすぐわかったように、玉田は主に左足を使う選手である。彼のファーストタッチは素晴らしく、天賦の才に恵まれ、バランスの良いランナーでもある。
簡単に言えば、何をやっても素晴らしい選手に見える。

今週、成田市の練習グラウンドで、私は宮本恒靖と玉田について話した。
ツネはトレーニングキャンプに来るまで、玉田は左足しか使えないと思っていたと言った。
「彼と対する時は彼の左足にプレッシャーをかけなければならない。しかし、彼は右足もかなりうまくなってきていますよ」
「可能性はかなり高いと思います」
玉田は自身でゴールを狙うこともできるし、また、周りの選手をうまく使うこともできるとツネは言った。
「彼はエゴイストじゃないんです」ツネは言った。
「気迫もあり、良いシュートに良いクロスを持っています」

現在、玉田は代表候補23人の中に入っている。水曜夜、シンガポールでの試合までに、その人数は18人に減らされる。玉田は残る事ができるだろうか?
ジーコ監督がヨーロッパからわざわざ呼び戻したフォワード達を選ばないことはないであろうから、玉田は本山と4つ目のフォワードの座を争うことになるだろう。
仮に玉田が代表メンバーに残れなかったとしても、既に自身の存在を充分アピールした彼が、その事について落ち込むことはないだろうと私は思う。
彼はまだ23歳だ(4月11日に24歳の誕生日を迎える)。そして日本代表は2回のヨーロッパ遠征を控えて忙しい1年を迎える。
遅かれ早かれ、玉田にチャンスは訪れる。

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優先選択権は山本にあり

2004/03/25(木)

 日本のアテネオリンピック出場がようやく決まり、日本サッカー協会(JFA)もそろそろ選手選考方針について本格的な議論を進めなければならない時期に来た。
 オリンピックのサッカー競技は8月11日、アテネでの開会式の2日前に開始される。
 そのわずか4日前の8月7日には、アジアカップの決勝戦が北京で開催される。 日本は、フィリップ・トルシエ指揮の下、レバノンで4年前に奪取した王座を防衛する立場にあり、言うまでもなく、JAFは決勝まで進むものとして計画を立てておかなければならない。

 ジーコは、中国に遠征する代表チームに大久保や石川、茂庭、闘莉王、田中、その他の選手たちを選ぶのだろうか?
 山本昌邦は、アテネに行く23歳以下代表に加えることのできる、3つのオーバーエイジ枠に誰を選ぶのだろうか?
 これらの問題は、日本代表がシンガポールから帰国すれば、ジーコと山本、それからJFAの田嶋幸三協会技術委員長の間で議論されるべきことである。
 ただし、次のような方式なら、みんなが満足するかもしれない。

1)オリンピックの参加年齢制限を満たしているあらゆる選手に関しては、山本に選択権があるものとする。
 突き詰めれば、高原、柳沢、鈴木、久保、本山がいるのに、なぜジーコに大久保が必要なのか? 中澤、坪井、宮本がいるのに、なぜジーコに茂庭が必要なのか?

2)オリンピック参加年齢制限を満たしていないあらゆる選手に関しては、ジーコに選択権があるものとする。
 つまり、ジーコは海外組全員を招集し、数多くいるJリーグの選手を選ばないこともできる。オリンピック参加資格がある選手を選んで、ずっとベンチに置いておく必要もないのである。

3)山本は、ジーコにとって必要不可欠でない選手であれば、24歳以上であっても選ぶことができるものとする。
 たとえば、楢崎がトップのゴールキーパーであれば、曽ケ端か土肥の2人のうちどちらかを選び、選ばれた方がアジアカップではバックアップのゴールキーパーとなる。

 この戦略は、ほとんどの国では、おかしなものに思えるだろう。代表チームがオリンピック代表に優先するのが当たり前だからだ。
 しかし、日本ではオリンピックは特別なものであり、オリンピックのサッカー競技は、実際、他のどの国よりも高い注目を集めている。
 バーレーン、レバノン、UAEと日本で戦った先日の最終予選でも、埼玉スタジアムと国立競技場には合計16万人もの観客が押し寄せた。
 世界のどの国でも、オリンピックの予選がこんなに大勢の観客を集めることはないだろう。

 アジアカップとオリンピックの両方に出場するのは、明らかに無理である。両方の代表監督が事前に合宿を行うし、調整試合もあるからだ。
 しかし、山本には、大久保、茂庭、石川らを含め、23歳以下のレベルでは最高の選手を選ぶ権利がある。
 もし大久保に、異常な暑さゆえに「火炉」と呼ばれる重慶でのアジアカップを戦うか、アテネのオリンピックに行くか、どちらを選ぶかと訊ねれば、大久保はきっとオリンピックを選ぶだろう。

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波乱万丈の金曜日

2004/03/22(月)

金曜日は気分的に波乱万丈の1日となった。
金曜の朝、私は元気いっぱいで、駅へと向かう足取りも軽く、「オークボヨシト、ナナナナナ」と口ずさんでいた。
これはもちろん、前夜の対UAE戦に3−0で勝利し、オリンピックの出場権を得たからだ。
国立競技場で山本監督率いる若獅子達が城門を突破し、長い戦いの末にようやくアテネに入る事ができた素晴らしい、そして誇るべき一夜であった。

その夜の3得点中、2点を挙げた大久保はもちろんその中心で、UAEでの最初の3戦とは違った側面を日本にもたらした。
山本監督がアブダビに大久保を連れて行かないのは間違いなのではないかと、特に初戦の対バーレーン戦を0−0で引き分けた直後に思った。
しかし、本当に必要な場面までエースを温存し完璧な大当たりを引き当てたトランプの達人のように、監督は抜け目の無さと計算された戦術眼を証明してみせた。

しかし、それも木曜夜、そして金曜朝までであった。
金曜の午後はまったく違った展開になっていた。
3月31日にシンガポールで行われる代表戦のメンバー発表会見の場で、ジーコ監督はいつもに増して堅苦しい雰囲気であった。
いわゆる“キャバクラ・セブン”達は、前述の大久保嘉人を含め、対オマーン戦でのジーコ監督の救世主・久保、さらにはジーコ監督のお気に入りの小笠原でさえも全員処罰を逃れられなかった。
実際には7人でなく8人であるが、早々に自身の間違いに気づき、わずか数分でバーを出てホテルへ帰った山田暢久もまた処罰された。

スポットライトを浴びることを好み、自身のサッカー哲学等をノンストップでしゃべり続けたトルシエ監督と違って、ジーコ監督は会見の場では常に真面目である。
選手から裏切られ再び彼らを信頼できるかわからないと言う、今回のジーコ監督の気持ちは理解できる。
噂によると、選手達が外出禁止令を破った理由の一つは、いくらJリーグの選手達の出来が良くてもヨーロッパ組を優先するというジーコ監督の代表選抜方針にうんざりしていたことだという。
これが事実かどうかはわからない。しかし明らかにジーコのチームには問題がある。

ジーコ監督率いる日本代表の方向性を巡った疑問や不確実性が再び取り沙汰され、出場権を得たオリンピック代表から輝きを奪った。
日本のサッカー界に再び笑みを取り戻した山本監督率いる若獅子達にとっても非常に残念なことである。

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サッカーを愚弄したバーレーンの戦術

2004/03/18(木)

 およそ2年間にもおよぶ苦しい歳月の成果が、木曜日の夜、90分に凝縮されて示される。その日、日本はオリンピック最終予選グループBの最終戦を戦う。
 正直言って、アブダビでの3試合を勝点7で終えたとき私は、日本の本大会出場はもう決まったも同然で、その後も日本は充分な勝点を挙げ、木曜日のUAEとの最後の試合は「壮行パーティー」になるだろうと考えていた。

 しかし、最近の結果が示すように、サッカーでは予測や予想は不可能である。
 土曜日に埼玉スタジアムで日本がバーレーンに0−1で敗れたために、ライバルたちは新たな希望を抱き、日本は首位の座を維持するために、国立競技場でUAEに勝利しなければならない状況となった。
 しかも、西が丘でバーレーンがレバノンに大差で勝った場合には、僅差の勝利では不十分かもしれない。2つの試合は同時刻にキックオフされるので、どのチームもライバルのスコアを知ってからプレーすることはできない。

 その一方、日本は引き分けでもアテネに行けるかもしれないし、負けても予選を突破できるかもしれないのだ!
 何が起るかはわからない。
 現在も、主導権を握っているのは日本である。日本の得失点差はプラス6で、バーレーンの得失点差はプラス2であるからだ。勝点は両チームとも5試合を終え10となっている。また、UAEは、両チームとは3ポイント差の勝点7で3位に位置し、自分たちが日本に勝ち、バーレーンがレバノンに敗れれば出場権を獲得するチャンスが生まれる。

 スポーツ精神およびフェアプレーの観点から、私は日本が出場権を獲得して欲しいと心から思う。
 軽い接触があると負傷したふりをして倒れたままでいる、バーレーンのやり口は、最近の風潮がどうであれ、サッカーだけでなく「オリンピック精神」をも愚弄するものである。
 埼玉スタジアムの日本のファンもすぐに事情を察し、バーレーンの選手に精一杯のヤジで対応していた。
 土曜日の試合、ありもしないケガでピッチの外に出される前にゴールキーパーがボールをピッチ外に蹴り出したとき、日本の選手がバーレーンにボールを返さなかったのにも、多いに感心させられた。
 バーレーンの選手のような振る舞いは見苦しいものであり、サッカーのためにも、テレビを見ている何百万の若者のためにもならない。

 かつてエスパルスとレイソルで監督を務めたスティーブ・ペリマンはこの戦術が嫌いで、この戦術を行っている選手とそのコーチは、「自分たちにはフェアな試合をして勝つ能力がないと自覚しているのを露呈しているだけである」といつも言っていたものだ。
 私はペリマンには100パーセント同意する。そして、木曜日の夜にはレフェリーもそうであって欲しいと思う。
 日本にとってはタフな試合となるだろうし、選手たちは最大限に集中し、ゴールチャンスをものにしなければならない。
 日本はアブダビでUAEを2−0で破っているものの、今度はたとえ勝つとしても、私には2点差以上の勝利は考えられない。
 サッカーのためにも、そうなって欲しいとは思っている。

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有力チームが警戒する浦和レッズ

2004/03/15(月)

 ここ数週間、私は何人かの選手や監督に、今シーズンのJリーグ優勝争いの強敵となるのはどのチームだと思うか、と質問してきた。
 誰もが、横浜F・マリノス、ジュビロ磐田、鹿島アントラーズが強そうだと答えた。
 これでは面白くも何ともない。
 ただし、全員がもう1つ別のチームも加えていた。浦和レッズである。
 クラブ関係者の間では、今年はついに浦和に順番が回ってきて、ファンは待ち望んでいたトロフィーを手にしそうだという雰囲気があるようだ。
 この冬もたくさんのお金が遣われたが、そのなかでも浦和は三都主アレサンドロの獲得に成功した。
 また、中盤の中央を酒井友之で補強したほか、バックには注目の闘莉王が入り、さらに首脳陣も一新してギド・ブッフバルトとゲルト・エンゲルスというドイツ人コンビになった。

 ブッフバルトは、ご存知のように1994年から1997年までレッズファンのヒーローとして君臨し、引退試合のあとは白馬に跨がって駒場のファンに別れを告げたこともある。
 アシスタント役のエンゲルスは、フリューゲルス、ジェフ、京都で経験を積んでおり、外国人のコーチとしてはもっとも日本サッカーに詳しい人物である。
 前線にエメルソンがいて、都築、山田、坪井、三都主という4人の日本代表と、闘莉王、鈴木、山瀬、田中という4人のオリンピック代表…まさしく、今シーズン優勝してもおかしくないほどの充実ぶりである。
 ブッフバルトは日本に戻ってきて、初めて監督の役目を引き受けることを嬉しく思っているにちがいない。

「とても嬉しく思っているよ。ここは僕の第2の故郷だからね」先日、ブッフバルトはこう語った。
「シュツットガルトでも、懐かしく思えるときがあったよ。
「浦和から監督就任の要請があったときはビックリしたし、とても嬉しかった。今はワクワクしていて、早くシーズンが始まって欲しいと思っている。」

 土曜日のマリノス・レッズ戦がシーズン序盤の大一番であることは間違いなく、およそ5万1,000枚のチケットが金曜日のお昼までに売れた。
 ブッフバルトは、自分がプレーしていた時代と比較して選手の質がずっと高くなっていると口にする。これは、昔のチームメートを批判しているのではなく、日本のサッカー界全体の急速な進歩に対するコメントにすぎない。
「僕の意見では、Jリーグの全チームが良くなり、強くなりつつある。レベルが上がったんだね」とブッフバルト。

 浦和および他の数チームが直面している問題は、代表チームの試合で中心選手が不在のときを乗り越えることができるかどうかである。
 この問題は、多忙なシーズンに大きな影響を及ぼすのだろう。

*このコラム(原文)は3月12日に書かれたものです

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青木の落選が証明する、日本代表の進化

2004/03/11(木)

 オリンピック日本代表の監督である山本昌邦は、来週日本で行われるアテネ五輪最終予選第2ラウンドに備え、2組の選手を入れ替えた。
 阿部勇樹が青木剛に代わり、攻撃陣では大久保嘉人が坂田大輔に代わって招集された。
 阿部と大久保が招集されたのはさほど意外ではなかった。もともと山本監督は、アブダビに遠征する代表メンバーを発表した席でも、選手入れ替えの可能性を示唆していたからだ。
 大久保と坂田の交代も、最初の3戦で活躍した田中、高松、平山を外すわけにもいかないため、予想できた。

 しかし、私にとって、このチームが昨年からどれほど進歩してきたかを理解するヒントとなったのは、青木のポジションがないという点であった。
 長い間、青木はこのチームに不可欠な存在であった。
 鹿島アントラーズ所属のこのミッドフィルダーは23歳以下代表ではリベロとしてプレーしていたが、このポジションを任せられたおかげでエレガントで、自然なボール扱いをあますことなく披露することができた。肉体的な強さとパワーも持ちあわせている青木は、このままさらに成長し、完璧な選手にもなりえるだろう。青木には、まだまだ成長の余地があるのである。
 しかし、現時点では、山本監督は青木を必要としていない。
 いま、山本監督には瞬く間にチームの精神的支柱となった闘莉王がいるからだ。闘莉王はその個性と気迫でチームを率い、自然にリーダー的な存在となった。
 日本の攻撃がうまくいっていない時、闘莉王は自ら攻め上がって状況を打開しようとするが、その場合には自身の抜けたスペースを今野にカバーしてもらうようにしているようだ。

 また、山本監督は阿部も招集した。ジェフユナイテッド所属のこの選手は、手術が必要であった、12月の足のケガからの復帰である。
 ジェフの監督であるイビチャ・オシムは、今シーズンのJリーグでは阿部をリベロとして起用する方針だが、山本監督のチームでは阿部はミッドフィルダーとなっている。
 山本監督が中央のミッドフィルダーである、鈴木と今野のいずれかを代えるとは私には思えない。ただし、今野には、相手選手のユニフォームを引っ張るのは止めて欲しい。アブダビでも、不必要な場面でこれをやっているのを何度か見た。
 もっとも、阿部には、第2ラウンドのなかで、バックか中央のミッドフィルダーのいずれかでプレーするチャンスが与えられるだろう。
 青木にはチャンスが与えられない。そして、この事実が、SARS渦によって最終予選ラウンドの実施が大幅に遅れていた間にオリンピック日本代表がどれほど進歩したかを、如実に示しているのである。

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ノーモア 平山!

2004/03/08(月)

アブダビでプレーしていたのはオリンピック日本代表チームだったのか、それとも平山相太、一人だったのか?
今週、私は日本代表の対バーレーン、対レバノン、そして対UAEの3試合を見ていぶかしく思った。
初戦で特に追うものがない時、例えばキックオフ前やファウル等で試合の進行が止まった時など、テレビカメラが追っているのは常に平山だという事にすぐ気がついた。
私にはカメラが日本の若干18歳のセンターフォワードを追い続ける事が理解できなかった。

試合はご存知のように0−0で終わり、翌朝、私は横浜に向かう電車の中で、ある男性が読んでいるスポーツ紙に大きな文字で「平山ノーゴール」と書かれているのに気がついた。
私は憤りを感じ始めていた。
私の隣には年配の女性が座り、娘さん、もしくは義理の娘さんと話をしていた。その年配の女性はバーレーンとの0−0の引き分けに終わった試合の事を話題にし、「平山君は点を取れなかったね」と話していた。
このように、年配の世代の人たちがサッカーに興味を持ってくれるのは、たとえ平山の事だけだったとしても良い事だと思う。

第2戦のレバノン戦では、“平山コンプレックス”に襲われた私はテレビのスイッチを切ろうかとさえ思った。
この日の田中は素晴らしかった。平山がヘッドで落としたボールを巧みなヘディングで先制ゴールを決め、キャプテンの鈴木啓太が挙げた2点目をお膳立てし、それからさらに、右サイドから左サイドへのクロスパスで高松の3点目をアシストした。石川の左足から繰り出された4点目は豪快そのものだった。
それにもかかわらず、テレビ局の人々はベンチに下がった平山の方が気になっていたらしい。

そして金曜日、昨夜も平山は途中交代させられた。高松と田中のゴールが日本に記念すべき勝利をもたらした後半は素晴らしかった。山本監督の目にも涙が光り、それは感動の瞬間だった。
テレビでは平山のインタビューの時間はなかった。田中、高松そして鈴木といった、限られた選手たちのインタビューのみであった。

もし、トルシエがまだ監督であったなら、この“平山ブーム”に激怒したにちがいない。そして多分彼をこの連戦から外していただろう。
もちろん平山には何の落ち度もない。しかしメディアのこの扱いはチーム環境に不均衡をもたらすのだ。
若い人材にたいするこのようなメディアの扱いは彼を迷わせるだけなのだ。そう、あのトルシエ時代の小野伸二のように。
サッカーはチームスポーツだ。そして平山はそのチームメンバーの一人に過ぎない。
彼の受けた扱いは彼自身にとっても、そしてまた、何よりもっと敬意と評価を受けて良いはずの彼のチームメートにとってもアンフェアである。

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柏レイソル、満開近し

2004/03/04(木)

 『ちばぎんカップ』は、日本でもっとも注目度の高いプレシーズンマッチの1つとなった。
 10回目を迎えた柏レイソル対ジェフユナイテッド市原の千葉ダービーは、日曜日の午後、日立柏サッカー場で行われ、ホームの柏が3−0で完勝した。その結果、大会の通算成績は柏レイソルの8勝2敗となった。

 レイソルのプレーは、とても印象的だった。好調そうで、やる気に満ちていて、何人かの若い選手は自分のスタイルを確立しつつあり、順調に成長して素質の開花も間近であると感じられた。
 そうした若手選手の代表は、ともに20歳である、バックラインの永田と近藤、そしてベテランの下平と並んで中盤の中央でプレーした19歳の大谷であった。
 また、ともに19歳である、ストライカーの矢野とミッドフィルダーの谷澤、21歳のディフェンダー中澤も、途中出場を果たした。
 レイソルのプレーには、最近の数シーズンにはなかった活気と自信が見られ、ジェフのプレーが緩慢で、混乱しているように見えるほどであった。

 コンディションは厳しいもので、ピッチは硬く、風が渦巻いていたが、ジェフの攻撃にはあまり見るべきものはなかった。
 韓国の鷲、崔龍洙(チェ・ヨンス)が抜けたため、攻撃の基点ができず、空中戦でも怖さがない。クレバーで、経験も豊富なマルキーニョスといえども、ジェフのシステムに順応できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうである。

 レイソルの新監督である池谷は、この試合への準備がよくできていた。
 池谷は、明神を中盤の右サイド、当たりが強くて、信頼のおける渡辺(毅)の前に置き、ジェフにとってきわめて重要な、左サイドでの村井の突破を防ごうとした。
 この戦術は期待通りの効果を発揮し、村井は試合のほとんどの時間で力を出せず、79分で交代してしまった。あまりにも簡単に奪われすぎたし、サイドで魔法をかけるためのスペースをまったく見つけることができなかったのである。まだ、調整は十分とは言えず、今後数週間で村井の仕上がり具合も大幅に良化することだろう。

 一方のレイソルは、今すぐシーズンが開幕してもよいというような仕上がり具合であった。前線では山下が新たな発見であり、彼と玉田―天性の非凡な才能がはっきり見てとれる左利きのストライカー―とのコンビネーションは、今シーズン日本中のディフェンダーをきりきり舞いさせることだろう。
 楽しみな大会にジェフのファンも大挙駆けつけており、一方のゴールの後ろには、レイソルカラーの黄色と黒のイエローモンキーが控えており、もう一方の側には明るい黄色と緑、赤のアウェーのサポーターが控えているという図式であった。
 しかし、『第10回ちばぎんカップ』を良き思い出とするのは、レイソル・ファンだけなのだろう。

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アテネ五輪世代は日本の「失われた世代」なのか?

2004/03/01(月)

 オリンピック日本代表候補の選手達は、来週のアラブ首長国連邦(UAE)での最終予選こそ彼らの実力を立証するポイントだと感じている。
 しかしそれは、バーレーン、レバノン、そしてUAEといったグループBのライバル達に対してではない。
 そうだ、それは日本にいる人たちに対してなのだ。

 FC東京のウィング石川直宏も認めるように、選手達は自身が強烈な先輩と後輩にはさまれた日本の「失われた世代」と呼ばれている事を知っている。
「僕は注目されない世代の選手だということには慣れています」と、小平の練習グランドでのインタビューで石川はそう答えた。
「でも、それが僕たちを強くしている部分もある。僕たちは必ず結果を出せると信じているし、その自信もある」
「他の人たちが何を言うか気にするよりも、それを僕たちはバネにして証明してみせることができる」
 これらは常にポジティブで正直な石川らしいコメントである。石川が3大会連続のオリンピック出場に挑む日本代表の要になることは間違いないであろう。

 山本昌邦監督率いる若い選手達にとってやりにくいのは、彼らの先輩たちが凄すぎたということであろう。
 4年前にシドニーへ行った中田英寿、中田浩二、稲本、中村、高原、柳沢、中澤、松田、宮本・・・スペースの都合上ここで書ききれない選手達には申し訳ないが、この顔ぶれを見ると良い。

 2月のオリンピック代表チームの3試合を経て、二人の選手に注目が集まっている。国見高校の18歳のストライカー平山相太とブラジルから帰化したDF田中 マルクス 闘莉王である。
 そのことからも、山本監督のチームに2000年のトルシエ監督のチームのようなスター性がないということが容易にわかる。
 ただし、トルシエ監督自身も常に指摘していたように、良いチームを作るには単に才能ある個人を集めるよりも他に、たくさんの方法がある。
 組織力があり、気迫があり、モチベーションも高く、戦術を理解し、そしてあらゆるポジションにおいて層が厚い、これが山本監督のチームを強く見せている。
 彼らに不信を抱く人たちにこれらを証明してみせる事によって、アテネへの切符を手にし、そして彼らが敬意と評価を得るに値するという事を示せるのだ。

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