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劇的だったエムボマの代表招集

2003/11/20(木)

 一度は代表でのキャリアは終了したと思ったのに、パトリック・エムボマは瞬く間に代表に復帰した。
 日曜日、東京ヴェルディ1969とジュビロ磐田のJリーグの試合が終わった直後に、どんでん返しはあった。
 私と、東京の別の英字新聞の記者の2人は、試合後エムボマにインタビューを行った。
 目的は、終わったばかりの試合の感想と、水曜日に大分で行われる日本対カメルーンの親善試合に対するコメントをとるためであった。
 その時点では、エムボマは代表のメンバーではなかった。カメルーン代表のドイツ人監督ヴィニー・シェーファーが彼を選ばなかったからだ。
 当然、エムボマは動転し、落ち込んだ。カメルーン代表は1つの家族のようなもので、6月のコンフェデレーションズ・カップでチームメイトのマルク・ビビアン・フォエが死亡してからは、チームの絆はかつてないほどに強くなっていた。

 私はエムボマに、君の代表でのキャリアは終わったのだろうか、と訊ねた。
「おそらくね」と彼は答えた。
 そのとき、エムボマの携帯電話が鳴った。
 電話の相手はシェーファーで、大分で代表に合流するようにとの要請であった。インタビューを始めた時、大分まで行って試合を観るつもりはない、とエムボマは言っていた。自宅でテレビ観戦をするつもりだったらしい。チームの部外者としてそこにいるのは、あまりに悲しすぎるから。

「コメントを変更したいんだけど」
 シェーファーとの会話を終え、エムボマはそう言った。
「僕の代表でのキャリアは、まだ終わってはいない!」
 ホッとしているようでもあったし、誇らしげでもあった。
 エムボマは、前の週にリヨンで行われた、フォエの家族のための慈善試合でカメルーン代表のメンバーたちと一緒にプレーしたが、これがカメルーン代表としての最後の試合になるかもしれないと感じていた。

 カメルーンの選手たちが、大分でエムボマと一緒にプレーしたいと望んだのは明らかであった。選手たちがシェーファーにそう要請し、シェーファーが自分の代表招集を決めたのだ、とエムボマは言っていた。
 選手たちにもそれぐらいの力があることが、証明されたのだ。
 エムボマには、自分の経験とプレーを通して、まだまだカメルーン代表に伝えたいことがあり、自分の存在が水曜日の試合のちょっとしたスパイスになるかもしれないとも感じている。
 日本のディフェンス陣は、そんなことにはなって欲しくないだろうけれど。

*このコラム(原文)は11月18日に書かれたものです

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