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後退するジーコ・ジャパン

2003/06/05(木)

 日韓戦は、日本のファンにはおもしろくない試合だったのではないだろうか。
 私は、韓国は充分勝利に値する内容だったし、1−0というスコアは日本とって幸いだった、と思う。
 日本は、2−0あるいは3−0で負けていてもおかしくない内容であった。
 実際、後半の半ば、シュートを決めようとしていたユ・サンチョルのシャツを森岡が明らかに引っ張った場面で、レフリーが順当にペナルティー・キックを韓国に与えていれば、スコアはもっと開いていただろう。

 月曜日、私は東京・品川のホテルで開催されたワールドカップのシンポジウムに出席して、懐かしい顔に会った。アジア・サッカー連盟事務局長のピーター・ヴェラパン氏だ。
 週末は別のワールドカップ1周年記念行事に出席するために、氏は韓国にいて、日韓戦はテレビで観ていたという。
 2002年のワールドカップでFIFAのコーディネーターを務めたヴェラパン氏は、「特に後半、日本チームに組織力、気迫が欠けていたことにはまったく驚いた」そうだ。
 ヴェラパン氏は、アルゼンチンとパラグアイと対戦する、これからの2試合は日本代表にとって「きわめて重大」である、とも述べた。
「日本代表は、規律、まとまりとともに、戦術の一端を披露しなければならない時期に来ています。日韓戦では何も見られませんでしたからね」

 ジーコ・ジャパンを注意深く追いかけてきた者なら、ヴェラパン氏の論評に驚くことはないだろう。戦術や組織力が育まれていると感じている者は、ほとんどいないからだ。
 それ以上に問題なのは、実は、日本代表に気迫、情熱が欠けていたことである。
 この点は試合終了を待つまでもなく、試合中でもはっきり分かった。
 選手たちは援助、アドバイス、指導を求めるばかりで、自発的なものは何も見て取れなかった。

 キリンカップに目を向けると、注目は中田英寿と高原直泰に集められるだろう。
 何よりも、この2人はチームにとって、そしておそらくジーコにとっての救世主と見られるだろう。
 しかし、一部の選手に過度に依存するのは、ジーコ・ジャパンが進もうとしている方向が、トルシエ・ジャパンとまったく正反対であることを意味する。
 ヴェラパン氏は2人の監督を比較しようとはしなかったが、日本はJリーグから無名の若手選手を抜擢してみてはどうか、という意見は述べていた。
 2006年ワールドカップの予選が始まるまでの今後1年間は、実験期間として考えても良いのではないかとヴェラパン氏は言う。そうすれば、ワールドカップの2年前には、少なくとも30人の代表候補が持てるようになる。
 氏の発言は、ジーコの指揮で5試合を戦い、前進ではなく、後退しつつある日本代表にとって、良きアドバイスであるように思える。

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