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2003年3月

進化する中田英寿

2003/03/30(日)

中田英寿のキャリアを細かに追ってきた者にとって、彼のピッチ上、そしてピッチ外での変貌には目を見張るものがある。
水曜の午後、鹿島ワールドカップスタジアムでの出来事が良い例である。
代表チームのトレーニングセッションの間、彼はチームメートを指揮し、ジーコ監督よりも多くの指示を出していた。時には個人に、そしてある時はグループに、それはまさに完璧なキャプテンの姿だった。ジーコ監督の弁を借りれば、監督自身がピッチに立つ事ができない以上、監督の戦術を理解し、それをチームに的確に伝えることのできる誰かが必要であるということだ。

トレーニング終了後、ホテルへ向かうバスに乗り込む選手をつかまえようと、報道陣が選手出口付近に集まっていた。
日本の取材陣が小野や中村、そして稲本をはじめ他の選手を追っている間に気づかれないようにと思ったのか、中田は最後の方に出てきた。
しかし、東京で働く数人の外国人ジャーナリストを見つけ彼は立ち止まった。
「ヒデ、いくつか聞いても良いかい?」我々はそう話しかけた。
「OK、だけど少しにしてよ」と中田は流暢な英語でキッパリと言った。
皆さんもテレビでご覧になったと思うが、インタビュー中の彼はリラックスし、始終ユーモアに溢れていた。
「ウルグアイ戦ではキャプテンを務めるのかい?」
きっとそうなると知っている中田の答えは「どうかな?たぶんね」と返ってきた。
「ジーコ監督は経験のある君が他の選手達をリードしていく事を期待しているのかな?」
「どうかな?監督に聞いてよ」

掴み所がなく、やや分かり難いが茶目っ気があるやり取りは、彼がベルマーレ平塚にいた頃や、1998年にイタリアに渡ったばかりでペルージャにいた頃の彼とは比較にならないほど変わった。
当時の彼は一匹狼で、ピッチ上では勇気や才能を見せつけるものの、ファンに対しては距離を保ち情熱や感情を表にだすことはなかった。
私は、対香港戦で素晴らしいフリーキックで得点を決めた彼の姿を覚えている。それこそデビッド・ベッカムなら両腕を広げてスタンドに走り寄り、観衆の喝采を全身に浴びるところだが、中田はバツが悪そうに自陣へ小走りに帰っていった。

私は彼に、なぜ他の選手のように喜びを素直に表さないのか尋ねた。
「その時一瞬の事でしょう。何も特別な事じゃない」彼はそう答えた。そして、彼はたまたまサッカーが得意だっただけで、もしかしたら他のものが得意だったかもしれないと付け加えた。
「そうでしょう?もしかしたらピアニストになっていたかもしれないよ。だけど、たまたまサッカー選手だっただけのことだよ」彼は言った。

エスパルスとFマリノスの元監督、オジー・アルディレスでさえ、中田については2・3年前に彼を代表チームのキャプテンに推しながらも、彼は試合のことなどどうでも良いように見えると言っていた。
中田は常に真剣だ。そして、イタリアではチームメートやライバルから選手として、また人間として非常に評判が良い。
単に、サッカーが彼の人生の全てではないと言うことだ。いつの日か彼は次の人生へと進んでいくだろう。
イタリアでの様々な経験が彼を成長させ、そして今や信頼できるリーダーになった。
まさに驚くべき変化である。

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ジーコの課題は解決されるか?

2003/03/27(木)

 ジーコ監督の日本代表がまもなく3戦目を迎えるが、このブラジル人監督の課題はまだ何も解決されてはいない。
 ワールドカップの伝説であるペレから、「ジーコにはブラジル代表チームでの経験があるし、サッカーの知識も豊富だから監督としても成功する」と御託宣を受けても、私にはまだ信じられないのだ。
 ジーコが指揮する日本代表は準備不足で、戦略や戦術的規律が欠如していたことは、1−1で引き分けたジャマイカ戦、2−0で敗れたアルゼンチン戦、これまでの2戦を見れば明らかであった。
 金曜日に東京の国立競技場で行われるウルグアイとの親善試合に向けた強化練習において、ジーコは、自身が選んだ4−4−2のフォーメーションから、直近の2人の前任者である、フィリップ・トルシエと岡田武史が好んでいた3−5−2に変える可能性があると語っている。
 先日の東京での記者会見では、選手たちが4バックになじめないのなら3バックに変えてもいいと述べた。
 明らかにジーコは、今の段階になって自身の方針を変更するつもりだ。JFA(日本サッカー協会)の川淵三郎会長がジーコを代表監督に任命した主な理由を、鹿島アントラーズで長い経験があり、日本のサッカーや日本の選手を熟知しているからとしていたにもかかわらず、だ。

 日本は中盤が強く、ディフェンダーには身体的に頑強というよりは機動性に富み、多彩な動きができる選手が揃っているので、私には3−5−2がより適したシステムに感じられる。
 ジーコが黄金の4人--中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一--を中盤で使いたいと思っているのなら、中盤を5人にした方がやり方はもっと簡単になる。その場合、この4人にプラスされるのは中田浩二であろう。中田浩二のディフェンス能力によりチームのバランスがずいぶんと良くなるからだ。
 中村は左サイド。中田英寿はパルマでも良く機能している右サイドに配置するのだろう。小野は、2トップの後ろの中央の位置。この2トップは高原と鈴木が有力で、黒部が途中出場で初キャップを獲得するかもしれない。
 稲本と中田浩二は中盤の中央でディフェンスの安定に務めるが、2人ともチャンスがあれば攻撃に参加することもできる。
 ディフェンス陣は、ジーコが3バックを採用するとすれば、右に森岡、中央に宮本を配し、左は秋田(あるいは服部)となるだろう。
 4バックの場合は、中西、秋田、宮本(あるいは森岡)、服部の並びが考えられるが、私としては、相馬がレフトバックに戻って欲しい。A3マツダ・チャンピオンズカップをご覧になった方は、相馬の方が服部よりはるかに調子が良いことがお分かりになっただろう。相馬なら、攻撃参加も多くなりそうだ。

 やはり、3−5−2のフォーメーションが日本チームには合っているように思える。4−4−2に適した、オーソドックスなフルバックがどうしても見当たらないからだ。
 ただし私は、ジーコはまだしばらくは4−4−2を試すだろうと考えている。
 ウルグアイ戦のフォーメーションがどのようなものであれ、ジーコは素晴らしい試合を提供しなければならないし、初勝利も必要であろう。
 我々がすべきことは、ジーコ・ジャパンがどちらの方向に進んでいるのかを見定めることである。
 前進なのか、後退なのかを。

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アメリカ遠征中止は正解

2003/03/23(日)

 日本サッカー協会(JFA)が、当地で2試合戦う予定であった日本代表の米国遠征を取りやめる決断を下したのは、予想できたことであり、当然だと思えた。
 さらに言えば、正しい選択であった。
 JFAに批判的な人々もいる。とくに日本に住む北米出身の人々は、JFAはパニックに陥っており、危険はないはずだと申し立てている。
 しかし、先のことはだれにもわからない。ましてや、米国を中心とした軍隊が国連の承認なしにイラクを攻撃したあとの世界がどうなるかなんて、だれにわかるというのだろう?
 いちばん怖いのは、もちろん、イラク攻撃をジハード(キリスト教徒対イスラム教徒の聖戦)の始まりと考えるイスラム過激派の反撃であろう。
 このようなテロリストに2001年9月11日に起ったようなことができるのなら、連中はどんな場所で、どんなことでもできることになる。
 それゆえ私は、JFAが選手の安全を最優先に考えたのは正解であり、適切であると考える。

 試合をやって欲しいと思うのはみんな共通であるが、たとえわずかであってもテロの恐怖が存在するなか、戦時国家に飛行機で遠征し、西海岸の都市から都市へと飛行機で移動するという不必要なリスクを、いまの時点で負う必要はまったくない。
 世界がこのような状況になってしまったのは悲しいことだが、JFAに責任はほとんどなく、用心しすぎであるとJFAを批判するのは的外れである。
 自国に留まり、ジーコが希望するように合宿を行うほうがずっと良い策であろう。さらに3月29日に親善試合を、できればウルグアイを相手に組めれば良いと思う。

 ジーコがアメリカ遠征メンバーとして選出した23人の代表メンバーには、ヨーロッパでプレーしている選手が7人含まれているが、7人が日本までやって来るかどうかは疑問である。
 中村俊輔が所属するイタリアのクラブ、レッジーナは、中村が米国に行くことも好ましく思っていなかったくらいだから、合宿するためだけに日本に帰国するのには賛成しないだろう。
 ハンブルガーSVも高原直泰に対して同じように感じており、現在のようなデリケートな状況下で高原には世界中を飛行機で移動するような真似はして欲しくないと考えているようだ。

 遠征中止のニュースを私が聞いたのは、金曜日の午後のジュビロ磐田対横浜F・マリノスのJリーグ開幕戦の前であった。
 JFAの決定にはだれも驚いてはいなかったが、ジュビロが開始10分で2点をリードされ、岡田武史が刷新したチームに4-2で敗れたことにも、驚いた人はそれほど多いというわけではなかった。
 ジュビロはシーズン前の調整が順調ではなかったし、ベテラン選手の何人かは疲労しているように見え、動きも鈍かった。
 これは、練習不足というよりは練習過多が原因であるように思える。新監督の柳下正明がハードな練習を選手に課しているからである。
 もっとも、今シーズンの柳下の使命は達成不可能なものであると言える。昨シーズン、ジュビロは鈴木政一指揮のもとすでに両ステージ制覇を達成しているからだ。
 今年のジュビロには下がり目しかなく、上り目はない。
 柳下は、チームをオーバーホールして新戦力を使うか、2002年と同じベテラン選手でシーズンを乗り切ろうとするかを決断しなければならない。
 Jリーグの魅力的な新シーズンは、まだ始まったばかりである。

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日本のスポーツ文化の変化を象徴する、U-22日本代表

2003/03/20(木)

 4月1日に愛知県の豊田スタジアムで行われる、コスタリカとの親善試合に招集されたU-22日本代表のリストを眺めていて、とてもおもしろいことに気がついた。
 山本昌邦監督が選んだ23名の選手のうち、22名がJリーグのクラブに所属しているのだ。
 例外は、早稲田大学の学生である、ミッドフィールダーの徳永悠平だけである。
 この数字は、日本のサッカーが高いレベルで大きく進歩した理由を示すものであると思う。

 数年前まで、U-22の日本代表チームはほとんど全てと言っていいくらい大学生で占められていた。
 Jリーグの現役のトップ選手、あるいは最近引退した選手を見れば、それがよくわかる。
 1998年ワールドカップの日本代表キャプテン、井原正巳は筑波大学に所属していた。ジュビロ磐田のゴール・マシーン、中山雅史も同じ大学の同級生だ。
 ジュビロの他のベテラン選手では、服部年宏(東海大学)、名波浩(順天堂大学)、藤田俊哉(筑波大学)らが、遅くにプロ入りした。

 世界では、大学に行ってからプロのクラブに入団する選手はきわめて珍しい。
 例えばイングランドでは、選手は14歳のときにプロ・クラブと「学童用」の契約を結び、16歳でプロの見習いとしてクラブに入団することができる。17歳になると、もうプロの選手である。
 イングランドでは、人々は職業上の専門性を高めるために大学に行くが、プロ・サッカー選手としての職業上の専門性は大学では学べない。それにクラブは、大学を卒業した選手とは契約したがらないだろう。大学を卒業した選手は、16歳でクラブに入団した選手に比べて、プロとしてのトレーニングや戦術知識といった面で5年遅れている、と感じるからだ。
 高校や大学のサッカー部に所属することは日本では普通だったが、それゆえに日本は1998年までワールドカップに出場できなかったと考えることもできる。
 日本の選手は、プロとしての環境がなかったため、他国の選手より遅れていたのである。こういった観点から見ると、Jリーグは、選手が高校から参加してハシゴを駆け上がるための完ぺきな基盤を提供している。

 ただし例外もある。それは今回ジーコが発表したアメリカ遠征のメンバーを見ればわかる。
 黒部光昭は、J2から天皇杯優勝まで躍進した京都パープルサンガのメンバーとして、チャンスを見事にモノにした。
 黒部もデビューは遅く、プロ入りは福岡大学卒業後であった。京都入団は2000年で、プロとしてのデビューは22回目の誕生日の直後であった。
 これはプロのサッカーでは極端に遅い例であるが、3年後に黒部は代表チームのメンバーとなった。
 Jリーグ発足前は、選手がプロとなる環境がまだ整っていなかったため、多くのベテラン選手が大学でのプレーを選んだ。同じような例でもう一人思い浮かぶ選手としては、早稲田からプロ入りした相馬直樹がいる。
 そして、今度は徳永が現れた。
 しかし、このような選手は、将来そんなに多くは出ないだろう。

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もちろん、ペレは社交もキング

2003/03/16(日)

 これから私が伝えることに、どうか嫉妬しないで欲しい。
 先日の夜、東京で日本のサッカーについてペレと話したのは、とても楽しかった!
 ペレに関する唯一の問題は、彼が有能なサッカーの大使であると同時に世界中のマスターカードを代表する外交官であるため、受け答えの内容がほとんど予測できてしまうことである。
 本当のところ、ペレの答えは質問する前に書いてしまえるほどであった!

 オーケイ、真実を話そう。
 実は、ペレは東京にはいなかった。彼はドイツのベルリンで、スポンサーが開いた記者会見に出席していたのである。この会見の主旨は、マスターカードが過去5年間にサッカーに寄与するために支出した額が2億ドルに達したというものであった。
 私は、渋谷のセルリアンタワーの16階にある、マスターカードのオペレーション・オフィスにいた。ペレとの会話は電話を通じてであったが、アジア各地のメディアにワールドカップの伝説と話をするという希有な機会が与えられていた。
 私はペレに、クラブでもナショナル・チームでも監督経験がないジーコが代表監督になったことについてどう思うか、と訊ねた。
 ペレは、「もちろん」ジーコは成功する、と語った。
「ジーコはフランス・ワールドカップではブラジル代表チームのスーパーバイザーを務めましたし、ブラジルの2部リーグのチームも所有しています」とペレ。
「ジーコには才能も経験もあるし、サッカーをよく知っています」
 ただし、そのあとでペレは意味あり気に付け加えた。「しかし、いつの場合も、監督にはほんの少しの幸運が必要です。ジーコも日本で幸運に恵まれればいいと思います」
 ほとんどの質問に対する答えを、ペレは「もちろん(no doubt)」で始める。
 ペレのあまりの愛想良さは、仮に「シンガポールは次のワールドカップで優勝できますか?」と訊ねても、「もちろん。しかし、まず強いリーグを作り、選手たちに国外で経験を積ませることが必要でしょうね」と答えたのではないかと思えたくらいだ。

 次に、東京から私の同僚がペレに質問した。
 「日本が2006年のワールドカップで準々決勝まで進む可能性はあると思いますか?」 ペレは答えた。「もちろん。昨年の活躍は見事だったし、日本は良いチームです。しかし、ヨーロッパでの戦いは自国での戦いより、少し難しくなります。それに、自国で戦う時のようなサポーターの後押しがないことも忘れてはいけません」
 2006年の大会では日本はベスト8に進出できないとペレは暗に示唆しているのだ、と私は感じた。
 個人的には私は、日本のファンは2006年ワールドカップの準々決勝のことなど考えるべきではないと思っている。まず考えるべきは、予選を突破することである。韓国や中国、サウジアラビア、UAE、クウェート、イランなどが一堂に競い合うだから、結果は予断を許さないものとなるだろう。
 でも、ペレとのおしゃべりは楽しかっただろうって?
 もちろん!

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それでも、ガンバが優勝候補

2003/03/13(木)

 第一印象がいちばん大切だとよく言われる。
 それが正しいのなら、ガンバ大阪が秘めたる実力を発揮し、今シーズンのJリーグの王者となるには、まだ足りない部分があるのかもしれない。
 土曜日の午後、私は万博スタジアムを訪れ、ナビスコ・カップでのガンバ対セレッソのダービー・マッチを観戦した。リーグ・シーズン前に関西の2チームの仕上がり具合を見る良い機会であったからだ。
 私はすでに今年の優勝候補にガンバを挙げている。その考えには変りはないが、攻撃陣の動きには多少物足りなさを感じた。
 ゲームでは、注目すべき点が二つあった。

 一つ目。デキは良くなかったが、途中出場の松波が試合終了間際にゴールを決め、ガンバは勝った。松波はスーパー・サブ的な働きをする選手だと思う。チャンスを与えられるとつねに全力を尽くすし、常に危険であるからだ。
 二つ目。ガンバは1点も与えなかった。セレッソの強力な攻撃陣を相手にしても、だ。何といっても、相手は、新キャプテンとなった西沢明訓が前線におり、早熟な才能、大久保嘉人が後ろからサポートし、ベテランの森島寛晃が駆け上がり、しかも空中戦で抜群の強さを発揮するマルセロ・バロンがベンチに控えているチームである。
 ガンバの3バックは堅実な守備を見せた。印象的な働きを見せた山口が右サイドに位置し、宮本が中央、キャプテンを務める陰の実力者、木場が左サイドを守った。
 ガンバの監督である西野朗は、新たに獲得した南米出身の二人の選手、右サイドのパラグアイ人選手フランシスコ(チキ)・アルセと中盤の中央を遠藤と守るブラジル人選手ガレアーノは、昨年のマルセリーニョ・カリオカとファビーニョのコンビを相当上回る活躍をすると感じていることだろう。
 アルセは、マリノスに入団が決まっているカフーと非常によく似た攻撃的な選手で、今シーズン、彼のフリーキックやコーナーキック、クロス・ボールは相手ディフェンスを苦しめ、長身のセンターフォワード、マグロンはアルセの加入によりずいぶんと良い思いができるだろう。左サイドからは新井場がクオリティーの高いクロスを上げることができるので、ガンバは両サイドからの攻撃が可能になる。

 アジア大会のヒーロー、中山悟志が左サイドを駆け上がる姿も印象的であったが、ガンバには吉原の活躍が欠けていた。
 吉原は、かつてフィリップ・トルシエがそのペナルティー・ボックス内の動きから「日本のロマーリオ」と呼んだこともあるくらい、ダイナミックで、積極的な選手で、相手選手にとっては本当に厄介な存在である。
 吉原が調子を上げれば、ガンバにとって大きな戦力となるだろう。
 セレッソにとっては、0−0の引き分けでも満足のゆく結果となっていただろうが、松波の土壇場のゴールにより、全てが台無しになってしまった。

 セレッソでは、私はミッドフィルダーの久藤に強い印象を受けた。ボールタッチが素晴らしいし、ボールを持ったとき、常にシンプルなパスを出すように選択していたからだ。
 選手というものは、野心的パスや冒険的なパスをしばしば狙うもので、そのようなパスは10回に1回くらいしか成功しないのだが、久藤は短く、シンプルなパスを選択していた。おそらく、監督の西村もイージーなパスを好んでいるのだろう。
 ゲームの終盤、久藤は右のバックに下がり、二川に突破されてしまった。その直後、ガンバのゲームメーカーが中央にクロスを上げ、松波のゴールが生まれた。
 久藤とセレッソにとっては痛恨のエンディングであったが、これがJ1とJ2の違いであり、セレッソの選手も試合の最初から最後まで集中し、どのようなボールにも激しく競りかけてゆかなければならないとわかっただろう。
 ガンバは優勝できるだけの実力を持ったチームであるが、フォワード・ラインには吉原の完全復調が不可欠である。

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毅然とした態度を迫られるJリーグ

2003/03/09(日)

 数週間前、私はトットナムに移籍した戸田和幸の事で、イングランドの自宅にいたスティーブ・ペリマンと電話で話をした。
 最初は弾んだ会話も、最後には沈んだものとなってしまった。
 これは、前清水エスパルスの戸田和幸とは関係ない。

 柏レイソルのブラジル人ストライカー、エジウソンの事である。ペリマンはエジウソンについて、彼が今まで関わったプロサッカー選手の中で最悪であったと言い放った。
 彼のように経験があり、高い給料を支払われている選手が求められる責任を果たそうとしないだけでなく、怪我をしたフリをしてまで試合から出ようとする等、彼の選手としての態度は最悪だったとペリマンは言う。
 数週間前にレイソルから解雇されていたペリマンには、単にワールドカップ優勝のブラジル人という事を利用しているだけのエジウソンにあまりにも寛容なレイソルが理解できなかった。

 あれから数週間、ペリマンが間違っていなかったことが再び証明された。
 1月28日、レイソルの選手達がトレーニングのために集合した。しかし、その中に先シーズン直後に帰国したエジウソンの姿はなかった。
 クラブからの情報によると、エジウソンは先シーズンあげたゴール以上の言い訳をこの数週間でしているようだ。
 最初の言い訳はビジネス上の理由で来日できないというもので、次には歯医者に行かなければならない(千葉県に歯医者はいないとでも言うのか)、そして更には家族の事が理由だと言うのだ。
 最新情報では、エジウソンは土曜日に日本へ帰ってくるらしい。レイソルがナビスコカップでベガルタ仙台と戦うまさにその日にである。

 エジウソンには、なんとも呆れ果ててしまう。また一方、エジウソンと同じ代理人を持つ浦和レッズのエメルソンも来日が遅れたようだ。こちらはビザ取得上の問題で、新しいパスポートが必要だったらしい。(これも数ヶ月前に気が付いていても良いはすだ)
 クラブにはこうした選手達に毅然と対し、時には処罰してもらいたいと思う。彼らは高額の年俸を得、優雅な生活をさせてもらっているのだ。
 昨シーズン、チームメートの奥大介を蹴って即刻解雇されたマリノスのウィルのように、彼らがどれだけ日本で厚遇されているのか気づくべきであろう。

 また私は、Jリーグがもっと立ち入って選手を罰することがあっても良いと思う。特にエジウソンのようにサッカーというゲームそのものに悪評を持ち込む恐れのあるものについてはだ。
 日本のサッカーはまだまだ若い。そして、いまや多くの日本の子供たちがこの素晴らしいサッカーを始めている。
 クラブが誰と契約し、どのような扱いをするのか注意を払わなければならない理由はここにある。若いファンや更には若い日本人選手たちが、これらの外国人“スター”を見本としてしまう恐れがあるからなのだ。
 ベテランの選手達はただ、また金目当ての奴等が騙されやすい日本のサッカー界を利用しているだけと肩をすくめるだけだろう。

 昨年夏、エジウソンは柏レイソルと2年半の契約を結んだ。すなわち、彼はまだあと2年の有利な契約が残っているということだ。
 次には何が起こるのだろう?
 クラブは他の外国人選手、おそらくは他のブラジル人選手で本当にこのチームのためにプレーしたいと望む(もしくは最低限、そう口にしている)選手と契約するために、多額の違約金を支払ってエジウソンを切るのだろうか。
 ペリマンから昨シーズンの話を聞いた後では、レイソルに対してもあまり同情心はわかない。
 しかしこれだけは言える。レイソルのファン達はもっと良い思いをしても良いはずだ。少なくとも私は、今シーズン彼らが“ゴージャス・エジウソン”の横断幕を外すことができるのを願っている。

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またも真価を発揮した、藤田

2003/03/06(木)

 A3マツダ・チャンピオンズカップを無得点で3戦全敗したあと、ジュビロ磐田を新シーズンの優勝候補からはずしてしまった人もいるかもしれない。
 中国の大連実徳の監督、ミロラド・カサノビッチもその1人である。
 A3大会の最終戦でジュビロを1−0で破ったあと、カサノビッチ監督は、これからは大連の時代で、ジュビロの時代は終わりつつあると述べた。また、鹿島アントラーズが今シーズンのJリーグ・タイトルの本命であるとも言った。
 ただし、ジュビロの実力を疑わなかった人もいる。京都パープルサンガのドイツ人監督、ゲルト・エンゲルスである。
 先週土曜日のゼロックス・スーパーカップの前、エンゲルスは、3連敗後のジュビロとの試合は「危険」である、と語った。
 そして、予想は的中した。

 ぱっとしない0−0の前半を終えると、ジュビロはついに本来の動きを取り戻し、あっさりと3−0で勝利した。
 見た目はフランチェスコ・トッティそっくりのブラジル人ストライカー、ロドリゴ・グラウが2得点を挙げて多くの注目を集めたが、チームに活力を与えたのは、高い信頼性を誇る藤田俊哉であった。
 前半は京都のオフサイド・トラップが見事に機能し、ジュビロのフォワードはおもしろいように罠にかかっていた。
 状況を打破するには特別なことが必要であったが、藤田は特別なことをやってのけた。

 2001年のJリーグMVPも、昨シーズンは26ゴールを挙げた高原直泰の影に隠れてしまったが、調子自体は決して悪くはなかった。
 藤田はどの選手にも負けないくらいチームにとって貴重な存在であるが、それは彼がサッカーに必要な明敏な頭脳を持ち、常に考え、常に走っているからである。
 中盤から長い距離を駆け上がる藤田の動きで、京都のディフェンスは混乱をきたした。また、藤田はペナルティー・エリア内の密集の中でも冷静さと優れたテクニックを披露し、結局それが先制点に結びついた。
 2点目のゴールも藤田が演出したのもので、タイミング良く走り込んで打ったシュートにより、ブラジル人ストライカーにスペースが与えられることになった。藤田は3点目のアシストも決め、右サイドからの正確なコーナーキックを福西崇史がバック・ヘッドで後ろに流したボールを、グラウがダイビング・ヘッドで楽々とゴールした。
 その日の藤田は見事で、MVPを受賞した2シーズン前と同じような動きとリーダーシップを見せていた。

 先制ゴールを挙げてジュビロは気が楽になったようだが、昨シーズンのような強力なチームを作り上げるにはまだまだすべきことがたくさんある。
 ストライカーは自信によって成長するものであり、グラウが2ゴールを挙げたことは、本人にとっても、チームメートにとっても今後自信となるであろう。
 もっとも、グラウが今後もずっと中山のパートナーを務めるかどうかは、まだわからない。
 しかし、イキが良くて、聡明な藤田が今シーズンもジュビロ磐田のキーマンになることは、まず間違いないだろう。

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藤本がJポップスのトップに!?

2003/03/02(日)

 3月19日に発売されるJリーグの新しいオフィシャルソングのスターは誰なのか。
 そして、名古屋グランパスエイトのサポーターマガジン「グラン」3月号の表紙を飾るのは誰なのか。
 それはもちろん藤本主税だ。
 J2に降格したサンフレッチェ広島からグランパスへ、この冬の藤本の移籍はオフシーズンのビッグニュースだった。
 “チーキー”主税は、ピッチ上でもピッチ外に負けず劣らず明るくクレバーだからだ。
 そのオフィシャルソングは「飛躍」というタイトルで、藤本主税をはじめ中田浩二、中西永輔、森島寛晃、宮本恒靖、そして中山雅史と、そうそうたるJリーグのスター達がボーイ・バンド”スタイルのビデオに出演している。
 ゴン中山も含めそのメンバーの中では、藤本が一番テレビカメラの中で自然に、リラックスし、自信タップリ、感情タップリに見える。その様子は土曜夜のテレビ番組、「スーパーサッカー」にメインゲストとして出演しているかのようだ。

 私は、セネガルとナイジェリアとの親善試合のためにパリに到着した日本代表チームに同行した際、藤本が空港で待ち受けていたフランスやその他の国のメディアの輪の中心にいた事を思い出した。
 ただ、その時は取材陣が彼を中田英寿だと勘違いしたに他ならなかった。
 確かに2人は似ている。そして藤本は注目を浴びるのが好きだ。中田と間違えられたという事も、彼にとってはとるに足らない事だったようだ。

 名古屋のスロベニア人監督、ズデンコ・ベルデニックは藤本をとても気に入っている。
 前ジェフユナイテッド市原監督でもある彼は、「彼はうちのチームにすっかり溶け込んでいるよ」と語った。
「彼は良い選手だね。能力的にも優れているし、何より2トップの下で自分がどうプレーするのかとてもよく理解している。彼は我々にとって重要な選手になると思うよ」
 過去には藤本を名指しで、チームプレーより何でも一人でしたがると非難する者もいた。
 もちろんベルデニック監督はその事についても十分承知している。
「その事についてなら、彼にも話したよ。彼が一人でやり過ぎてしまうのを私は見ているからね」
「いまや彼もチームのために変わろうとしているところさ」
グランパスのサポーター達は藤本がミュージックビデオだけでなくピッチでもヒットする事を願っているに違いない。

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