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2002年3月

宮本はキャプテンを目指す

2002/03/28(木)

 フィリップ・トルシエは、日本代表監督在任中に多くのことを成し遂げた。
 しかし、まだ成し遂げていないことがあるとすれば、一つはキャプテンを固定させることだろう。

 宮本恒靖は、フランス人監督が抱えている問題の答えを知っているつもりだ。答えは、「俺」、だからだ。
 このガンバ大阪のディフェンダーは、フィールド外でもフィールドにいるときと同じように頭の回転が早く、理知的であり、キャプテンの腕章をつけてプレーすることの責任を楽しんでいるのである。

 ウッジのビジェフ・スタジアムで水曜日に行われるポーランドとの親善試合でも日本代表のキャプテンを務めるのかという質問に、宮本は、「できれば」と答えた。
 「僕のポジションはチームにとってとても重要なので、選手として大きな責任を負わなければなりません」
 「キャプテンを任されたら、他の選手にも指示を出さなければなりません。でも、それも楽しみたいと思っています」

 リーダーになりたいと公言する日本人選手はめったにいないし、このような姿勢をトルシエが見過ごすはずもない。トルシエが宮本をキャプテンに任命したのは、昨年11月のイタリア戦が最初だった。
 宮本は神懸かり的なプレーで応えた。ハイライトは、至近距離で決定的なチャンスを掴んだローマの王子様、トッティへの信じられないようなタックルで失点を防いだことだった。

 先週木曜日のウクライナ戦での1−0の勝利によって宮本の地位が確固たるものとなったとは必ずしも言えないが、故障により森岡隆三の離脱が続けば宮本がポジションを保持し続けることになるだろう。
 25歳のセンターバックは、ワールドカップの日本代表メンバー23人に入る絶好の機会を得たことを認識している。
 「もちろん、森岡さんのケガは僕にとってチャンスなのかもしれないけれど、僕はそれ以前からもずっとポジション争いをしてきたんです」宮本は素早く指摘した。

 事実、森岡が故障する前でも、昨年10月にサウサンプトンで2−2で引き分けたナイジェリア戦や、1−1で引き分けたイタリア戦において、宮本はなにかと議論の的となるトルシエのフラット3のバックラインを率いていた。
 「森岡さんの気持ちはわかります。僕も前にケガをしたことがありましたから。森岡さんがケガから復帰するまでに僕がしなければならないことは、トルシエに僕の能力をアピールすることです」

 日本代表のフラット3は、極めて積極的にオフサイド・トラップを仕掛け、中盤で相手チームにスペースを与えないように素早く押し上げるものであり、チーム全体の成功に関わる重要な要素である。
 もしフラット3のシステムが崩壊すれば、チームは苦境に立たされ、もしスムースに機能すれば、しばしば相手チームを混乱させることができる。

 センターバックにはプレッシャーがかかるものだが、その役目をこなすだけでは宮本は満足しない。
 ムッシュ・トルシエ、キャプテンの腕章をどうか宮本に。

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韓国代表の熾烈なポジション争い

2002/03/24(日)

 ワールドカップ韓国代表のストライカーのポジション争いで最有力なのが、柏レイソルのストライカー、黄善洪(ファンソンホン)だ。
 3月20日にスペインで行われた対フィンランド戦、2−0で勝利を収めた韓国代表の両得点を決めた33歳の彼の決定力には代表監督、フース・ヒディンクも満足したことだろう。

 オランダ人監督の下、着々と組織的かつ戦術的にも統制のとれたサッカーを身につけてきた韓国代表だが、以前から決定力不足が心配視されてきた。
 そういう意味では、この黄善洪の華麗な2ゴールは、3月26日にドイツで行われる対トルコ戦にむけてますますヒディンクの意欲を湧かせる事だろう。

 対フィンランド戦に臨み、ヒディンクは「ワールドカップに向けて23人のメンバー選考はバランスを重視したい。二つしかないフォワードのポジションに6、7人のフォワードを選ぶ訳にはいかないんだ」
 「お互い競い合い、個性を見せてもらいたい」
 「決定力とアシスト能力を見せてくれた者が23人の中に残ってくるだろう」と語っていた。
 黄善洪にはヒディンクの意図する所が明確に伝わっていたようだ。

 日本のサッカーファンも黄善洪の得点能力はよく知っている。彼は柏レイソルに移籍する前はセレッソ大阪でJリーグの得点王にもなっているし、柏レイソルでもイングランド人監督、ステファン・ペリマンにとって貴重な戦力だ。

 彼はすでに1994年のアメリカ大会で、2−3で敗れた対ドイツ戦で決めた素晴らしいゴールでワールドカップ史上にもその足跡を残している。しかし、怪我の多さとそのタイミングの悪さが黄善洪の活躍を邪魔してきた。
 対フィンランド戦の彼の2ゴールは、彼がその頃のボールタッチを失っていないという事を見事なまでに証明した。

 最初のゴールは、オフサイドのようにも見えたが、ペナルティーエリアの狭いスペースで落ち着いて冷静な計算でシュートをゴールの隅に決めた。
 また、二つ目のゴールはまさに彼の本領発揮と言うところで、右ウィングからのクロスに合わせるべくゴールに詰め、ヘッドでネットに突き刺した。

 現時点では、ヒディンクが韓国代表の2トップとして、黄善洪と並んでジェフ市原の崔龍洙(チェヨンス)を使う可能性が高い。
 ヒディンクは崔龍洙をジェフ市原のマスコットにかけて「ジェフィー」と呼びまた、彼のアグレッシブなプレースタイルをとても好んでいる。
 確かに常時出場していないベルギーリーグ、アンデルレヒトの薛叙ゥ鉉(ソルギヒョン)やセリエAのペルージャの安貞桓(アンジョンファン)よりもこの二人が選ばれる可能性は高いだろう。

 0−0で引き分けた対チュニジア戦後、ヒディンクはイタリアでほとんどの時間をベンチで過ごしている安貞桓が本来のコンディションを取り戻すのにはかなり時間がかかると語った。
 また、韓国でプレーする李東國(イドング)は過大評価されているし、金度勲(キムドフン)に至っては今回の遠征メンバーから外れた。

 黄善洪と崔龍洙はこの調子を維持できれば、ワールドカップでは栄光の代表チームの攻撃陣を率いる事になるだろう。

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オーストラリア代表からのアドバイス

2002/03/21(木)

 オーストラリア代表のヨジップ・スココは、今夏の韓日ワールドカップでは、梅雨の影響はそれほどでもないと考えている。
 スココは、昨年6月のFIFAコンフェデレーションズ・カップで3位となった、オーストラリア代表のメンバーであり、8カ国が参加した大会はワールドカップの予行練習でもあった。

 「コンフェデレーションズ・カップの前には、話題は梅雨のことばかりで、土砂降りの雨の中で試合をすることになるんじゃないか、なんてみんな言っていたよ」とベルギーでミッドフィルダーとしてプレーしているスココは語る。
 「でも、韓国と日本にいた間、雨が降ったのは一度だけ、準決勝の日本戦だけだった」
 豪雨のなかの試合、日本のキャプテン、中田英寿の強力なフリーキックが守備の壁を貫通してゴールまで突き刺さり、サッカルー(オーストラリア代表の愛称)は0−1で敗れた。
 その後、オーストラリア代表は韓国に戻り、3位決定戦でブラジルを破った。

 「コンディションにはなんの問題もなかった。ピッチも素晴らしい状態だったしね」とスココは言い添えた。彼は現在、ベルギー1部リーグで優勝を目指しているヘンクでキャプテンを務めている。
 「スタジアム、ホテルはどの土地でも最高だった。あの時点では、ホテルや輸送の面で韓国は日本ほどではないとも思ったけどね。
 「でも、コンフェデレーションズ・カップのあとも、さらに良くなっているんだろうね」

 スココは、日本チームへの注意点も述べた。6月4日、埼玉スタジアムでのグループHの緒戦の相手がほかならぬベルギーであるからだ。
 スココは、ヘンクの同僚、ウェスリー・ソンクにとりわけ日本は用心すべきだと感じているそうだ。今シーズンのベルギー・リーグでは、ソンクはすでに27ゴールを挙げるという、衝撃的な活躍ぶりである。

 「僕はソンクをとても高く評価しているんだ」とスココ。
 「彼は今シーズンとても多くのゴールを決めているけど、チームへの貢献度はそれ以上なんだ」
 「足が速くて、冷静にゴールを決めることができる。ペナルティー・エリアでは、まったく危険な選手だろうね」

 ソンクはベルギー・リーグからワールドカップにレベルアップしても大丈夫かという質問には、このオーストラリア代表選手は自信をもって答えた。「ソンク自身にとって実力を世界にアピールするこれ以上ないチャンスだし、彼はこういったチャンスで最高のプレーができるプレイヤーだと思う。
 「もちろんスピードも技術レベルも違うので、適応するには時間がかかるかもしれない。でも、彼にはそこで成長できるだけの才能、頭脳が具わっている。
 「彼は、なんだってできるんだ」

 日本代表、ベルギーの新星ソンクには最高ランクのご用心を!

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小笠原のチャンス

2002/03/17(日)

 小笠原が待ちに待ったワールドカップ出場へのチャンスがついに来た。
 トルシエ監督は、鹿島アントラーズの若き司令塔を3月21日の対ウクライナ、3月27日の対ポーランドの親善試合日本代表メンバー、22人の1人として選出した。

 トルシエ監督が小笠原に代表候補のイスを与えたと言うことは、単に彼の2シーズンに渡る活躍を認めたと言うだけでなく、日本代表が使う3−5−2システムで2トップ下の攻撃的MFのポジション争いをめぐって中田英寿に大きなプレッシャーを与える事になる。

 2000年、2001年と鹿島アントラーズでの安定したパフォーマンスでチームの勝利に貢献してきた彼を見てきた人々にとって、小笠原の代表候補入りは遅すぎたと言っても良い。
 彼はビスマルクからMFの役割を学んだ。そしてついには、チームにビスマルクの解雇を決断させる程小笠原は大きな成長を見せた。

 彼の持って生まれた才能は早くから認められていた。1999年にナイジェリアで行われた世界ユース大会で日本がスペインについで準優勝を遂げたのは、この物静かな青年の力によるところが大きい。
 主将の小野伸二、ウィングの本山雅志、そしてストライカー高原直泰と注目を集めた選手達の中で、小笠原は司令塔として淡々と、しかし大きな成果を出した。

 彼のように個人プレーよりチームプレーを大事にするタイプの選手は、コーチング哲学としてチームプレーと個人犠牲を掲げるトルシエにとって魅力的なはずだ。
 小笠原は、元々競争の激しい攻撃的MFのポジションでなかなかチャンスをつかめず、シドニーオリンピックの18人の代表メンバーにも選ばれなかった。

 調子が悪いとは言え、セリエA、パルマの中田英がそのポジションの第一候補であることは間違いない。その他にも、森島寛晃、小野伸二と候補がひしめく中、小笠原はチャンスを待つしかなかった。
 トルシエ監督は小笠原の抜擢は、今こそがベストタイミングだと確信している。もし、小笠原がウクライナ戦、ポーランド戦で良い結果を出すようなら、不動のように見えた中田英のワールドカップでの先発出場も危うくなるかもしれない。

 高校時代からのガールフレンドを若くして人生の伴侶として迎えた小笠原だが、日本代表の座というサッカー人生の伴侶を迎えようとしている今、その関係が末永く続く事を願っている。

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怒りのヴァンズワム

2002/03/14(木)

 川口能活のポーツマスからの移籍をジュビロ磐田が申し出たことにより、オランダ人ゴールキーパー、アルノ・ヴァンズワムは磐田退団も辞さずという覚悟でいる。
 イングランド南海岸のクラブで年頭にメンバーから外され、現在も先の見えない川口と自分との交換トレードをジュビロ磐田が画策しているのを知り、ヴァンズワムは激怒した。

 さらに、大柄のオランダ人は、6月の末に契約が切れたとき、自身の将来について再考することを明らかにした。
 「マネージャーが電話してきて、ジュビロが川口と僕をトレードさせるというニュースが新聞に出ているって言うんだ。僕はポーツマスに移籍させられるってさ」とヴァンズワム。

 「そんなこと、なにも聞いていなかったから、クラブに行き、どうなってるんだってたずねた。
 川口には興味があるし、僕がポーツマスに行きたがると思ったってクラブ側は言ったけど、こうなるまでに僕の意向を聞こうともしなかったんだ。
 クラブに対して僕はきわめてプロフェッショナルな態度で応対してきたけど、選手をこんなふうに扱うのは、間違っている」

 契約が切れたあともジュビロに残りたいかという質問に、ヴァンズワムは答えた。
 「日本には残りたい。家族は日本が気に入っているし、子供たちも学校でうまくやっている。でも今はどうなるかわからない。ジュビロからの回答は、今月末までに伝えられるそうだ」

 ヴァンズワムは、32歳。オランダリーグのフォルトゥナ・シッタルトで14シーズン、プレーしたあと、2000年にジュビロに入団した。
 ジュビロ磐田がJリーグのファースト・ステージで優勝し、チャンピオンシップで鹿島アントラーズに敗れた昨シーズン、ヴァンズワムは、Jリーグのベスト11に選ばれた5人のジュビロ選手のうちの1人であった。

 昨シーズンの30試合でジュビロが許した得点は、リーグ最小の26点。ヴァンズワムはこの30試合のうち26試合でプレーし、欠場は肩の故障による4試合のみ。
 ヴァンズワムがジュビロと新たな契約を結ぶことができず、ジュビロがポンペイ(ポーツマスFCの愛称)の悪夢から代表ゴールキーパーの川口を救いだすことができるとすれば、ヴァンズワムの次の可能性は浦和レッズへの移籍であろう。

 ハンス・オフトとビム・ヤンセンのオランダ人コンビが現在指揮する浦和レッズは、昨シーズン鹿島でプレーした高桑大二郎の獲得に失敗し、開幕2連敗。高桑は、その後東京ヴェルディ1969に移籍した。
 ただしヴァンズワムが入団したとしても、浦和レッズは3人のブラジル人、フォワードのエメルソンとトゥット、攻撃的ミッドフィルダーのアリソンのうち1人を手放さなければならないだろう。

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新たな強豪を待つJリーグ

2002/03/10(日)

 今年こそ新勢力の台頭を見たいというサッカーファンの希望とともに、Jリーグ10年目のシーズンが先週始まった。
 Jリーグチェアマン、川淵三郎もその一人である。彼にはリーグの両巨頭、鹿島アントラーズとジュビロ磐田にとっても新勢力の台頭がどれだけ大事かよくわかっている。

 過去6年間にわたって、アントラーズは1996年、1998年、2000年、2001年、そしてジュビロが1997年、1999年と2チームでリーグチャンピオンをわけあってきた。
 特に川淵チェアマンは、関西から新たに強豪と呼ばれるチームが誕生して、大阪や神戸、そして京都でのサッカー人気が上がる事を望んでいる。
 大阪はその在阪2チームのうち、セレッソが昨シーズンJ2に降格した。しかし今シーズンのガンバは両強豪にとって新たな脅威となる予感がする。

 ガンバは元々良い選手には恵まれていた。そして今、日本人監督として最も優れていると評判の西野朗を得た。
 彼は1996年アトランタ・オリンピックでブラジル代表を1−0で下したオリンピック日本代表チームの監督だった。そして柏レイソルでも素晴らしい成果をあげた。Jリーグの2ステージ制というシステムに泣き、チャンピオンにはなる事ができなかったが、明らかに2000年のレイソルはベストチームと言ってもよかっただろう。

 レイソルではそれ以上の結果を出す事ができず、彼は昨シーズン半ばで解雇されてしまったが、ガンバ大阪の監督として再び表舞台に戻ってきた。
 彼はガンバで、代表候補GK都築龍太、DF宮本恒靖、MF遠藤保仁、そしてFW吉原宏太と、才能ある選手達を得た。
 日本代表監督、フィリップ・トルシエはよく日本人選手と海外のスター選手を比較する。かつて、吉原がペナルティエリアでディフェンダーを巧みにかわす姿を見て、彼の事を日本のロマーリオと呼び、また遠藤のパス、シュートレンジの広さをフェルナンド・レドンドに喩えたりした。

 ガンバは開幕戦で昨シーズンまで西野が率いたレイソルを1−0で破り、さい先の良いスタートを切った。そして日曜日には関西ダービーのライバル京都と対戦する。
 ガンバ以外にも、FC東京はアントラーズを4−2で破り、サンフレッチェ広島は5−1でコンサドーレ札幌を破りそれぞれ良いスタートを切ったようだが、2002年のJリーグではガンバの時代が訪れようとしているのかもしれない。

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レアル・マドリード、なにするものぞ−FC東京の心意気

2002/03/07(木)

 フォワードを一人にして戦うことを考えたとき(この場合は、35歳のブラジル人フォワード)、FC東京の監督、原博実はある野心的な目標をたてた。

 新しいシーズンの開幕戦、東京スタジアムで自身が指揮するチームが王座に君臨する鹿島アントラーズをどう猛に攻め立て、4−2で粉砕したゲームを見守ったあと、原はFC東京の将来のあるべき姿について語った。
 「ウチはビッグクラブじゃありません」と原は認める。「でも、ビッグクラブを悩ませるようなチームにはなりたいと思っています」

 彼はスペインを引き合いに出し、レアル・マドリードやバルセロナといったビッグクラブに対するアラベスやベティスにFC東京をたとえた。
 「アラベスやベティスがレアル・マドリードと戦うとき、選手もファンも一丸になります。FC東京もそんなチームになってくれたらと思っています」
 「エキサイティングで、攻撃的なサッカーを続けていたら、ファンも増えるし、収益も上がる。そうすれば、トップクラスの選手とも契約ができる。現状は、うまくやりくりしていくしか、仕方ないですけれどね」

 かつて日本代表のストライカーだった原は、今シーズンからFC東京の監督に就任し、前任者の大熊清が東京ガス時代から7年にわたって基礎を築いてきたチームを引き継ぐことになった。

 24歳のバイーア出身のブラジル人選手、ジャーンがサンドロに代わってディフェンスの中央部に入った以外は、選手も変っていなかった。
 原は4−5−1のフォーメーションを採用し、ベテランのブラジル人選手、アマラオをただ一人トップに置き、右サイドからキャプテンの佐藤由紀彦、左サイドから小林成光、中央をブラジル人の同僚、ケリーがサポートするようにした。
 アントラーズ戦では、小林が2ゴールし、残りの2点はセンターバックの伊藤哲也とケリーが得点した。

 とはいえ、実際に目を奪ったのは23歳の宮沢正史のプレーぶりであった。中央大学出身の宮沢は、これまでFC東京でのリーグ戦出場経験は1試合だけ。しかし、鮮やかな白のシューズとエレガントな左足の技巧により、宮沢はミッドフィールダーとして堂々たるプレーを見せた。

 原は、この試合が宮沢にとって2試合目のリーグ戦出場であることを知りもせず、宮沢を選んだのは、練習試合で調子が良かったからだと述べた。
 原がこのようなやり方でつねに選手達を刺激し、次々とゴールが生まれるなら、FC東京のファンもきっと今シーズンの活躍に応えてくれることだろう。

 レアル・マドリード、なにするものぞ!

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トニーニョ・セレーゾに聞くシーズン展望

2002/03/03(日)

 来日して2年、鹿島アントラーズのブラジル人監督、トニーニョ・セレーゾは6つの主要なトロフィーのうち過去2年のリーグチャンピオンを含む4つを手にした。
 しかし元ブラジル代表MFのトニーニョ・セレーゾは、土曜日に10年目のシーズンが始まったJリーグにずば抜けた優勝候補はないと言う。

 今シーズンの一番のライバルはどこかと尋ねられたトニーニョ・セレーゾは即座に「皆さ」と答えた。
 「今シーズンはどの試合をとっても簡単には勝たせてもらえないだろう。ざっと見ても6〜7チームに優勝の可能性があると思う」

 アントラーズがそのうちの1チームであることは間違いない。しかし彼らは先シーズン後契約を更新されず、現在フルミネンセの一員としてブラジルのチャンピオンシップを闘っているビスマルク抜きでシーズンを闘わなくてはならない。
 「彼は経験豊富な選手だった。その彼に代わる選手なんていないさ」トニーニョ・セレーゾは付け加えた。

 チームの10番は日本代表候補の本山雅志に継がれた。彼は日本がスペインに次いで準優勝を果たしたナイジェリアでの1999年のワールドユース大会でFIFAのオールスターチームに選出された。
 本山はこれまでどうしても先発に定着する事ができなかったが、ビスマルクのいない今ようやくそのチャンスを得た。
 スーパーサブだった本山と小笠原満男が今期のアントラーズの攻撃の起点となるだろう。

 「抜けた穴を埋めるだけの戦力はあると思う」トニーニョ・セレーゾは語る。
 「今シーズンの課題は若い選手を育てる事だが、Jリーグの実戦でするのが一番だ。ディフェンダーにも経験豊富な選手はいるから、きっと若手を育ててくれる」

 アントラーズが一番警戒するのはやはり昨年の準優勝チーム、ジュビロ磐田だろう。なんといってもボカ・ジュニオルスから日本代表のストライカー高原直泰が帰ってくる。
 元ブラジル代表MFセザール・サンパイオと、日本代表MF明神智和を擁する柏レイソルもあなどれない。
 「特にサンパイオには感心するよ」レイソルのイギリス人監督、ステファン・ペリマンはそう語る。
 「ハムストリング(太ももの裏側)の故障で充分なトレーニングができなかったとは言え、彼の頭脳は健在だからね」

 昨シーズンは最終戦でようやく2部降格の危機を免れたが、横浜F・マリノスもまた今シーズンは良いはずだ。
 ブラジル人監督、ラザロニ監督率いるF・マリノスは積極的に戦力補強を行った。ジュビロ磐田からはMF奥大介とFW清水範久。東京ヴェルディ1969からはDF中沢佑二、そしてコンサドーレ札幌からはブラジル人CFウィル。ウィルは2部の大分トリニータから札幌へ移籍し、昨シーズンは24ゴールで得点王となった。

 全16チーム中、7チームが新しい監督の指揮の下、新しいシーズンを迎える。
 浦和レッズもその一つで、監督にハンス・オフト、ヘッドコーチにビム・ヤンセンのオランダ人コンビを起用する。この二人は日本のサッカーを熟知している。オフトは過去に日本代表チーム監督を務め、また、ジュビロ、京都パープルサンガの監督を務めたし、一方ヤンセンはサンフレッチェ広島で2年間監督を務めた。

 しかし、オフトはチームがすぐに良くなるとは考えていない。
 「サポーターは日本一なんだけど、チームがね…」オフトは言う。
 「レッズはレベル的には監督に就任した1994年のジュビロと似たようなものだ。5年ほどかけて順序を追って育てていくしかない」

 ワールドカップ熱がヒートアップする中、スポンサー、テレビ局と長期の契約を結んだJリーグは、2002年に新たなサッカーブームが起こる事を望んでいる。

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